●リプレイ本文
●業深き者
人間の業は、深い。
仏教にせよジーザス教にせよ、生物の命を奪うことは罪とされている。仏道に在るものが生臭を嫌うのと、そしてジーザス教徒が聖餐を催すのと同じく、命の価値は何者にも代えがたい。
しかし汎ヒューマノイド世界、特に人間世界においては、命の価値には多寡がある。人間は人間以外の命を軽んじるし、モンスターの命など無いものとして扱っている。害虫は殺し害獣は斃(たお)し、命の犠牲で塗り固めた土地に種を撒き、家畜を育てる。
そして、『収穫』と称して草木と家畜の命を奪うのだ。
「生きるためには仕方の無いことだ」と言う者はいる。だがほとんどの者はその矛盾に目を向けず、見ない振りをし正面から向き合うことは無い。
ましてや、目に見えない恐怖――迷信などに振り回されようものなら、なおさらだ。
その母子は、人間では無かった。父親はわからないが、おそらく人間。母親はエルフ族だった。
一ヶ月前に居なくなった子供は、ハーフエルフだったのである。
人間とエルフは、生き様は似ても似つかないが美的意識は似通っている。特にエルフの女性は人間の観点から見ると美しい部類に入り、人間の男子から見て羨望のまなざしで見られることもある。
だが、混血を忌避し忌み嫌うこの世界で、その婚姻は決して幸せな結果を結ぶとは限らない。むしろ、その逆の方が圧倒的に多いのだ。子供は『忌み子』、『迷い子』、『取替え子』とさげすまれ、また親も寿命の違いからどちらかが必ず取り残されるのである。また、エルフは長命だから子供より長生きする例もまれではない。
「あれは『忌み子』だった。災厄の前触れではないかと、村人はみな恐れていた。正直、いなくなってホッとしたものだ」
ジジという名の村長は、やってきた冒険者に対して、肩を落としながら言った。
言うまでも無いが、迷信はある意味事実より恐ろしかった。神聖ローマのファランクスの戦列の前に立つよりも、目に見えない恐怖にさいなまれるほうがはるかに恐ろしい場合もある。それは焦げたタールのように胸郭の内にべったりと貼りつき、のろのろと心を蝕み焼き焦がしてゆくのだ。
その様子を、人間のジプシーであるトオヤ・サカキ(ea1706)は、凝(じ)っと見ていた。
――予想の半分は当たりだね。もっとも、残り半分が当たると村人全員を敵に回しかねない。
依頼主であるジジ村長の独白に耳を傾けながら、トオヤは思った。残りの半分とは、行方不明になった子供が、実は村人のリンチを受けて殺されたという可能性である。ありえない話ではない。そういったヒステリー現象は、西欧の村落に限らず小さな集落では比較的起きやすいのだ。恐怖に狂った人間が何をしでかすか分からないのは、今も昔も変わらないのである。
「最初の子供――リナさんがいなくなったとき、ジジ殿たちはリナさんを探そうとは思わなかったのですか?」
ビザンチンの神聖騎士、セラ・インフィールド(ea7163)がジジに問う。リナとは、いなくなった娘の名だ。もっとも『娘』とは言うが、実年齢は20歳に近い。
「先ほども言いましたが、アレらは村人たちから恐れられていました。探そうという声は、むしろ封殺されました。それに、ここは『人間の村』です。母親――エルフの女が何を言っても、声が届くとは限りません」
文化が進んだ現代になっても、人は平等ではありえない。生まれは選べないし、自分で切り拓かなければ運命も変わらない。そして人種・階級問題はどこに行っても根強く残り、その人間をあるべき型枠にはめようとする。インドゥーラでカースト制度が無くならないのと、同じ理由である。
つくづく、人は業が深い。
「その母子の特徴をお聞かせ願えますか?」
ノルマンのウィザード、キルト・マーガッヅ(eb1118)が、ジジ村長に問うた。
「母親は、ネルという名のエルフ女です。身長は約160センチほどで、痩せ型。長い金髪に青い目で、耳に赤いイヤリングをしていました。子供の名はリナ。母親似の女の子で、母親からもらった同じイヤリングをしていました」
キルトの問いに、ジジは全て過去形で答えた。もはや母子は、この世のものではないと思っているようだった。
「探索は今日から行う」
明王院浄炎(eb2373)が、厳しい態度で言った。
「事情は分からないではないが、命に貴賎なし。村人の咎は後ほど問うとして、今は犯行を未然に防ぎ事件を解決することが重畳。おのおの方、心してかかってもらいたい」
浄炎が言って、席を立った。
●調査
「悪いが、俺は何もしらねぇ。帰ってくれ」
ヒゲ面をしたきこり風の村人はそう言うと、バタン、と、扉を閉めてしまった。奥で怯えたように母子が抱き合っているのが印象的だった。
「あらあらあら、怯えているわねぇ‥‥」
イギリスの女ナイト、トリスティア・リム・ライオネス(eb2200)がぼやくように言った。その側には同じくイギリスのナイトの、シャー・クレー(eb2638)とロドニー・ロードレック(eb2681)が控えている。
トリスの情報収集は、万事そんな感じであった。母親は子供を外へ出そうとはせず、家の中にかくまい怯えて暮らす。父親が居る家は、玄関口でほとんど門前払い。依頼してきたわりには、協力的とは言いがたい。
むしろ、言外に「用事を終わらせてさっさと帰ってくれ」みたいな雰囲気がある。村人が期待しているのは、明らかにネルというエルフ女の『排除』だ。
――でも、そんな簡単に終わらせるつもりは無いのよね。
トリスは思った。
「トリスさま、ここは一歩引いて酒場などで情報収集するのがよろしいのではないでしょうか」
ロドニーが、かしこまって言う。
「手早く脅かしちまえばいいじゃんか。なんなら俺が――」
ばちんと、シャーの頭が殴られた。
「バカ、それがイギリス騎士のすること? あんたはもうちょっと気品とか常識とかを身につけなさい!」
トリスティアが言う。だが確かに、一騒ぎ起こしでもしないと、村人の協力は得られそうになかった。
――ぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!
ドスン! と、シャーの上に何か落ちてきた。すわ、何ごとかと、ロドニーが身構える。
「ふあ‥‥」
キルト・マーガッヅだった。
「なんでアンタが落ちてくるのよ!」
トリスティアが、憤慨したように言う。
「いや、ちょっと空から探索してて‥‥」
シャーに『お姫様抱っこ』された状態でキルトがほほを染めた。なにかこう、幸せそうでトリスティアは面白くない。
夜半になって、冒険者たちは村長の家、あてがわれた客用の部屋で進捗会議を行った。皆一様に、表情はかんばしく無い。
「現れた女については、ネルというエルフで間違いないらしい」
ハーフエルフのファイター、シャムロック・ホークウインド(ea9738)が、開口一番に言った。
「実際の話、声や姿を見かけた者もいる。酒で口を滑らせたヤツを締め上げたら、口を割った。子供を捜していたそうだ」
うーむと、冒険者諸賢がうなる。
「殺しの線は?」
明王院浄炎が、シャムロックに問う。
「母子が村人のリンチに遭って死んだという線は薄いな。この村の村人に、それほどの度胸があるとは思えない。まあ、放置して見殺しにしたのを恐れている節はある。だがそういうことなら、母親は子供を捜すのではなく村人に恨みを向けるはずだ。想像だが、母親はまだ子供の生存を信じている。それがどれだけ絶望的な確率でも、すがらずにはいられないのだろう」
シャムロックが言った。
「子供から話を聞いたんだけど」
トオヤが口を開いた。
「ネルさんは、無差別に村の子供をさらっているわけではないようだ。子供の前に立ち、「違う‥‥あの子じゃない」と言って去ったことがあったそうだ。何かを探しているようだったと、その子供は言っている」
ふむ、と浄炎がうなづく。
「やはり、狂われてしまったのかな」
浄炎が、重い口調でいう。浄炎の調べでは、リナに特徴の似ている子供――つまり金髪碧眼の女の子、が次々と3人殺されたらしい。それも、かなりむごい殺し方で。
もっとも、発見されたのは死体で、狼に食われたりして損傷が激しく、親族には見せられずに土葬されたそうだ。
「罪は免れませんね‥‥」
セラが、沈うつな表情で言う。確かに、展開的に救いは無い。さらって放置しただけかもしれないが、それだけでも充分罪に当たる。おそらく、つかまって騎士団に渡されても待っているのは死であろう。
「とにかく探すわよ」
トリスティアが言う。
「そのお母さんでも娘さんでも、あるいは死体でもなんでも見つけなければ、話は始まらないわ」
「「ははっ」」
そばで、シャーとロドニーがかしこまる。
このとき、トリスの言葉がすさまじく正鵠を射ていた事に気付く者は、まだ居なかった。
●探索
森の捜査は、村人の案内を得て行われた。
人の手の入っていない森林は、迷う=死につながることがある。基本的に、人間の領域など冒険者ギルドに飾られているイギリス地図では羽根ペンの先端ほどの点が道でつながっている程度のものでしかないのだ。ましてや農耕や牧畜に向いた土地など、古地図の油しみ程度の大きさしかない。
世界は、広いようで狭いのである。
「疑問に思っていたのですが」
セラが、獣道を並んで歩くトオヤに向かって言った。
「ネルさんは、食料などをどうしているんでしょうね」
素朴な疑問である。が、それゆえに核心を突いていた。
「あらかじめ、一ヶ月も食料を用意して森に迷い込んだわけじゃないよなぁ‥‥」
トオヤが、あごに指を当てる。食料も水も、用意すればかなりの量になる。ましてや相手は、他の村の近隣にまで足を伸ばしている。闇森人と呼ばれるエルフだから森林での活動には長けていると想像できるが、それも万能というわけではない。ましてや、相手は冒険者などではなく一般人だと聞いている。どんなに健脚でも、気力はともかく体力がもたないはずだ。
だが現実に、ネルは近隣の村に現れて子供をさらっている。同じことを、三度も繰り返しているのだ。
はっと、セラは何かを思いついたように立ち止まった。シャーがあごをセラの後頭部にぶつけ、「ぎゃっ」とうめいた。イギリス騎士にしては、気品の無い悲鳴である。もっとも、気品のある悲鳴というものがどういうものかは、知らない。
――食料や水が無い。
――足が早い。
――神出鬼没。
――一定のパターンで行動する。
「まさか‥‥‥‥」
その条件を満たす存在を、セラはよく知っていた。神聖騎士だからというより、聖職に携わる者だから知っていると言い換えたほうがよいかもしれない。
「もしかしたら、かなりやっかいなことになるかもしれません」
セラがトオヤに向かって言った。
「どういうことだい?」
トオヤが、セラに返す。
「ちょっと思い当たる――」
「何か匂うぜ」
探索後半、セラの言葉を切って。
シャーが、何かを感じ取った。
●悲しき結末
夜――。
村の広場で、冒険者たちは待っていた。
互いに口をきかない。目も合わせない。
ただひたすら、待つ。『ソレ』が現れるのを。
『私の子供――リナはどこ?』
そして、『ソレ』は現れた。
村のはずれに、ほっそりした白い人影が立っている。まるで幽鬼のようだ。
いや、正真正銘の幽鬼だった。レイスとかゴーストとか言う存在、つまり、アンデッド。
エルフがアンデッドになるという話はあまり聞かないが、現実にそれは居た。
『リナはどこ?』
泣き妖精――バンシーのように、その幽鬼は美しく、そして悲しかった。
「リナさんはもう居ません」
セラが、剣を抜きながら言った。浄炎が息吹を行い、その剣に《オーラパワー》を付与する。
「あなたも死にました。これ以上苦しむのはやめましょう。願わくば天界に行き、安らかに眠ってください!」
セラが言った。
シャーが森の中で嗅ぎ取ったもの、それは腐臭――つまり死臭であった。
探してみれば、大木のうろの中に、腐乱した死体がくずれ折れていた。
耳には、赤いイヤリングがあった。
不思議なことに、頭蓋骨は二つあった。一つは子供のように小さかった。
おそらく、リナのものであろう。
何が起きたのかは分からない。だが結果的に、ネルは死にアンデッドとなってこの世にさまよい出た。
『リナはどこ?』
ネルの幽霊が、同じ言葉を同じ抑揚で言った。もはやそれは、ただの妄執の塊でしかなかった。意思すらない、怨念だけの存在。つまるところ、人間とは相容れない死すべきもの。
だが、これほど悲しい幽霊など、誰も見た事は無かった。
何が起きたのか、想像は出来る。ネルは森の中で、変わり果てた娘の死体を見つけたのだ。
だが、現実を認めるには、彼女の精神は摩滅しきって弱り果てていた。生きる気力すら無くした彼女は、娘の死体――おそらくは頭骨のみ――のあった場所で、衰弱死したのであろう。
そして、その魂はこの世に縛り付けられ、現在もさまよっている。そして自分の子供に似た子供をさらっていたのだ。
『ギャ――――――――――――――――――――――っ!!』
ネルの亡霊が、悲鳴をあげた。恐ろしい狂気の悲鳴。泣き妖精バンシーの泣き声もかくやという、恐ろしさだった。
『――リナはどこ?』
三度、ネルの亡霊が繰り返す。これ以上は、正視に堪えがたかった。
「可哀想‥‥」
キルト・マーガッヅが言う。言いながらも、自分は呪文の準備に入っている。彼女はこのメンバーの中で、直接幽鬼にダメージを与えられる貴重な約一名なのだ。
「これ以上苦しめるのは、酷だ。出来るだけ一撃でしとめたい。一撃でなくとも、可能な限り短い時間で‥‥」
「分かってるよ」
トオヤ・サカキの言葉に、シャーが割って入った。
「お嬢もとめねぇよな?」
シャーがトリスティアに話を振った。そのトリスティアも武器を構え、浄炎の《オーラパワー》の付与を待っていた。
「無論よ。二人とも全力で事に当たって」
「「承知」」
シャーとロドニーが同時にうなづく。
「この戦い‥‥必ず俺の胸に刻もう」
シャムロックが、剣を構える。すでに《オーラパワー》が付与され、ほのかに青白く光っていた。
「済んだ」
浄炎が、必要な者全てに《オーラパワー》を付与して言った。そして自身にも、《オーラパワー》と《オーラボディ》をかける。
「戦(や)ろう」
浄炎が言った。
「神よ、大いなる父よ、哀れな母子に救いを‥‥」
セラの祈りの声が、戦闘の合図となった。
●終わりに
冒険者はネルの死体を、村の共同墓地に埋葬した。
反対する村人も居たが、冒険者たちが黙らせた。直接手を下したわけではないが、ネルを死に追いやったのは間違いなく村人である。
もっとも、ネルの亡霊は消滅した。今となっては、事実を確かめる術も無い。
報酬をもらい、冒険者たちは村を後にした。
後味の悪い旅だった。
【おわり】
(代筆:三浦“SAN”昌弥)