●リプレイ本文
●橋の手前で作戦会議
「百聞は一見にしかずって言うから、撮ってきました」
携帯電話を片手に、音無 響(eb4482)がまず声を上げる。携帯電話――天界人にとっては、身の回りにあって当たり前の物品だが、此処アトランティスではかなり事情が異なる。
まず電気機器というものは一切存在しないのだから、当然『充電』の問題が発生するわけだ。また、困ったことに、この世界ではほぼ万能に見える魔法を使っても、携帯電話の充電は未だに不可能らしい。
響は、偶然持ち合わせた予備電池の残りを気にしつつも、今回の依頼に当たり、道中をグライダーで偵察しながら、問題の橋を含め気になる地点をカメラに収めて持ち帰ったのであった。
響が差し出す小さなモニターを覗き込みながら、一堂が黙り込む。
「?」
「うーん‥‥」
「響さん、絵が小さくて良く分りません‥‥」
「‥‥」
「ねぇ、あんたが実際に見てきたんでしょ? じゃあさ、もっと分りやすく、でっかい地図を描いてよ」
アイシャ・フランシス(eb9749)が自慢の髪を指で弄りながら、響に色っぽく懇願する。
「は、はあ‥‥」
響は顔を真っ赤にして照れ臭そうにしながらも、きびきびと橋の周囲の見取り図を描き上げる。
見取り図は非常に分りやすかったようで、皆はそれを真剣に眺めながら、今回の依頼についてそれぞれ意見を述べ始めた。
「目的は食料を届けること。だが、突破は難しいだろうな‥‥。なんせ馬車が橋から落ちれば、そのまま谷底へとまっ逆さ。それだけは避けないとな」
スレイン・イルーザ(eb7880)が、慎重に発言する。
「補給物資輸送作戦か‥‥補給がなければ戦えないのは僕でも知っている。しかし、その補給のために敵部隊を突破していかないといけないのは難儀なものだね。孤立して包囲されそうになったら一度撤退して、体制を整えなおした方が良かったんじゃないかな? 橋が落とされたら撤退もままならなくなってしまうし」
と、作戦立案に長けた龍堂 光太(eb4257)が、自らの豊富な戦闘経験をもとにコメントを入れる。
「ともかく、現状を打破することが肝要だ。モナルコスは消耗を考えると交代できるといいのだが、戦闘中ということを考えると厳しいかもな。モナルコスの操縦は、光太殿にお願いして、俺はフロートチャリオットででるつもりだ」
スレインの言葉に、了解したという風に光太が頷く。
「それではわたくしは馬車に乗り、後方支援役として、橋の通行を支援しますわ」
と、ルメリア・アドミナル(ea8594)。
「難しい依頼ですが、雷の打ち手として皆さんと力を合わせ、必ずや補給物資を届けて見せますわ」
刹那、彼女の碧眼がキラリと澄んだ輝きを放った。
「サンレーザーの射程が300mだから、あたしも後方支援で、敵に接近されないように戦うよ」
アイシャ・フランシス(eb9749)も、ルメリアと共に馬車に搭乗することに。
「では、自分は馬車の護衛として、前衛で敵集団に立ち向かいます」
アルファ・ベーテフィル(eb7851)は、スレインのチャリオットに搭乗するか迷ったが、動きやすい戦闘馬に騎乗することを選んだ。
「俺は戦闘は今回が初めてだが、皆さんどうぞ宜しくお願いします」
冒険者としては初心者のウォタラ・エルフィ(eb9762)が、流石に緊張を隠せないでいるところに、飛行恐獣を警戒して上空の守りを担当することになった響が明るく声を掛ける。
「孤立した部隊の人達の帰りを待ってる人もいると思うし、俺が力になれるなら、力になりたくて‥‥。ウォタラさんもぜひ一緒に頑張りましょう!」
「はい!」
馬車にはすでに女性2名が乗り込むので、ウォタラは軍の装備を借りてスレインの駆るチャリオットに同乗することとなった。
「‥‥‥‥遅れて大変申し訳ありませんっ」
そこへ、外の様子を伺いに行っていたエデン・アフナ・ワルヤ(eb4375)が急いで戻ってきた。見慣れないメイの風景に見入ってしまっていたのだろうか‥‥。
「エデンさん、また一緒に冒険できて嬉しいです!(思わず抱きっ)」
感極まった風に、響がエデンに抱きついた。
「響お嬢様‥‥っ、あの‥‥お変わりないようで安心‥‥致しましたっ」
凛々しく騎士然としていたエデンが、思わず取り乱す。
エデンと響はウィルの国に居た頃からの知り合いで仲も良いらしい。ただ、どうやらエデンはその容姿から響を女性だと勘違いしているようだ。
響があえて、その部分を正さない理由は定かではない‥‥。
「敵の注意を引き付ける役は皆様にお任せし、わたくしは人命を最優先とし退路の確保に努めたいと思います。避けられる戦闘は極力避け、時間のロスが無いよう早期決着が望ましいかと」
エデンはアルファ同様に戦闘馬に騎乗して、馬車の後方守備を担う事となった。
●橋についての論議
「僕はモナルコスで陣形を崩して味方の援護をすると共に、アロを引きずり出す。アロの動きを封じることで橋を守り、撃破して敵の士気を挫く」
「橋は戦闘行為で壊れる恐れがあります。敵の攻撃だけでなく、こちら側の攻撃ミスにも注意が必要ですね」
「自分も橋に攻撃が行かない様に注意を引き付けつつ、受け流しと後退で、橋に攻撃させません」
「わたくしも、アロサウルスが橋に辿り着く前に雷撃により足を鈍らせ、橋を守って魔法で援護します」
皆がアロサウルスに橋を壊される事を恐れて、慎重に協議しているところへ、ふいにウォタラが発言する。
「あの、思うんですが‥‥橋を落とされて困るのは敵も同じじゃないでしょうか?」
「??」
「つまりですね‥‥」
と、腕を組みながらウォタラは言葉を選ぶ。
「敵が最後の橋を残していた理由が気になります。不要であれば、3つの橋全部を落として良かったはずです。橋は壊すのは一日で出来ても、建設するには時間が掛かる‥‥。つまり、敵にとってもあの橋は何らかの理由で必要なんじゃないでしょうか」
「そう言われれば‥‥」
「戦況を展開するにおいて、橋を使わず回り道をしていては、双方に不利益ということか」
「‥‥だとしたら、橋を渡っている時よりも橋を渡り終えてからの方が、アロが出現する可能性が高いわけだ」
「それなら、両軍共に、アロが橋を壊す心配は減ります!」
「橋の上ではアロより飛行恐獣に注意を向けるべきかもしれません」
光太が即座に反応すると、皆もそれに続いた。
「もしモナルコスが橋の上で飛行恐獣に捕まった場合は、どうしましょう‥‥」
「‥‥飛行恐獣をモナルコスを任せたとして、橋を渡り終えたところでいきなりアロに襲われたら‥‥厄介だよね」
「チャリオットで強引に抉じ開けて、全力で突っ走るしかない!」
「といっても、馬車の速度には限界がある。ともかく僕が素早く飛行恐獣を片付けるしかないか」
「響さんとラプラスには、状況を見極めつつ、援護について頂くのはどうでしょう?」
「了解しました!」
かくして、作戦はまとまった――。
●いざ状況開始! 〜飛来する巨獣
「空からは俺もグライダーで援護しますから、頑張って助けに行きましょう!」
まずは輸送部隊の人達を元気づけてから、冒険者たちは橋を前にしてそれぞれの配置に着いた。
モナルコスは馬車のすぐ前方に配置された。
(恐獣の相手は初めてではないけれど、騎手によって全然違う性格になっているかもしれない。谷に突き落とされないように、また敵陣深くで孤立しないように注意して戦うことにしよう)
モナルコスの制御胞で、光太は果敢に己が集中力を高めている。
(補給物資が無ければ、戦線の維持は難しい。何としても補給物資を届けなければ‥‥。此処で、自分の全力を出し切るんだ!)
チャリオットと並んで、輸送部隊の先頭に立つアルファも、懸命に士気を奮い立たせる。
――やがて合図と共に、最初にルメリアの魔法攻撃が橋向こうの敵陣を目指して放たれた!
「最も速き物、閃光を司る雷鳴の精霊よ、我が祈りに応え、天空の力を此処に示せ、‥‥ライトニングサンダーボルト!!」
ルメリアが放つ達人レベルの雷は、押し寄せてくるカオスの第一波恐獣部隊を尽くなぎ払う。
「精竜銅貨章に恥じない戦いを!」
体制を立て直そうとする敵兵に、今度は高速詠唱を使ったルメリアの第2射が炸裂する!
「あたしだって‥‥!」
アイシャも負けじと、サンレーザーで次々と敵にダメージを与えてゆく。すると、弱ったカオス兵の上に、鍛えられたアルファの剣が豪快に振り落される!
スレインと光太は、ゴーレムの強力な力を操って、橋の上に残る恐獣部隊を一掃。馬車はその後を追って順調に進んで行くかに見えた。
だが――――――――――。
刹那、冒険者たちが予測した通りに、馬車を橋から振り落とそうと敵陣から翼竜プテラノドンがその姿を現した。
「今回はグライダー用のランスも用意したし、もう撃墜なんてされない。この空は俺が守る!」
響はランスを握り締めると、いつもの何倍も神経を研ぎ澄まし、集中力を十分に高めてから、目の前に迫る巨大な獣目掛けて一目散に突進してゆく。
(馬車には絶対、触れさせないっ!)
グライダーはモナルコスと違って、操縦席が丸裸だ。敵の攻撃を受ければそのダメージは直ちに自分の身に降りかかる。もし意識を失えば、グライダー諸共に地上へ叩き付けられるのだ。
(自分の力を信じるしかない‥‥っ)
響は前進することだけを頭に描いた。
「行けええええぇぇぇ―――――――――――――――――――っっ!!」
響のランスが、プテラの脇腹に鋭く切り込んだ! ‥‥かに見えたが、プテラもまた、空を制する大恐獣である。そう易々とは傷付けられない。
『キィィエエエ――――ィィッ!!』
響を振り切ったプテラは、橋の上を目指して急降下を始めたのだ。
「‥‥‥‥しまった!」
それを見た光太が、素早く身構える。
「来るなら来いっ!」
モナルコスのその巨体を生かし、光太は盾となってプテラの強襲から馬車を懸命に守った。
「橋は危険だ! このまま敵陣を突破するぞ!」
「援護しますっ!」
チャリオットの上からスレインが叫び、気持ちを切り替えた響が前衛に加わった。
「行くよラプラス、突撃だ!」
上空に待機させていたロック鳥のラプラスを大声で呼び寄せると、響は即座に次の指示を与える。
「羽ばたけ、ラプラス!」
怪鳥ラプラスの羽ばたきによる突風でカオス兵の隊列が乱れる――――――その隙を突いて輸送部隊は一気に橋を渡りきり、包囲網を突破せんと勢いに乗って前進し続けた。
●いちかばちか!!
「さて‥‥このまま無事に突破できれば良いのですが」
馬車の後方でストームサイズ+1を振りかざして、敵兵を馬車に寄せ付けなかったエデンがルメリアたちに声を掛ける。
「楽観は出来ませんね。わたくしは今のうちにアロサウルスに備えます」
と、ルメリアは持っていたソルフの実を口に入れた。
「来ましたっ!」
と、突然大声を上げるウォタラが指差す方角に――――出た。ついに奴が。巨獣アロサウルスが‥‥。
「やっぱり来たか‥‥。ウォタラ殿、しっかり捕まっていてくれ!」
馬車の行手を阻もうとするカオス兵を、チャリオットが次々に弾き飛ばす。逃げ切るしか道は無いのだ。
だが、その瞬間――――――ルメリアの甲高い悲鳴が、戦場に響き渡った‥‥。
「ルメリアさんっ!!」
「ルメリア様――っ!」
達人級の魔法を使いこなすルメリアは、敵の弓兵にしっかりとマークされていた。
弓矢の攻撃を恐れていたアルファは、懸命に弓隊を抑えていたのだが、彼の一瞬の隙をついて、一本の矢がルメリアの細い肩に深く突き刺さったのだった。
「ちっくしょー!よくも仲間を‥‥っ」
怒りに任せて、アイシャはサンレーザーを炸裂させるが、ルメリアほどの効果は残念ながら得られない。
だが、仲間をやられた怒りは、プテラと応戦中のモナルコスの操縦胞にいる光太にもしっかり伝わった。
「こんな所で‥‥‥‥‥‥もたもたしていられるかっ!!!」
光太の怒りは、一気に彼の精神力を高め始めた。
「響! アロから離れろ!」
ラプラスと共にアロを牽制していた響に、光太の指示が飛ぶ。
「僕を‥‥‥‥‥‥本気で怒らせるなよな!」
光太は突如プテラの首を掴むと、力いっぱい振り回し始めた。そうして、十分に勢いがついたところで、アロに向かって投げつけた――。
「凄い‥‥」
グライダーで間近に事のてん末を見届けた響から、恐怖の混じった声が漏れる。
プテラノドンをぶつけられたアロサウルスは、その巨体を庇う術もなく地響きと共に地に倒れ、起き上がる事は無かった。
翼竜も同様である。
大型恐獣を失ったカオス兵の残党は、早々に撤退を始めたのであった。
●戦い終わって
「ふぅ……なんとかなったか」
無事物資を届け終え、陣営で休息をとり、ようやく体力と気力が回復した光太が呟く。
モナルコスはそのまま陣に置くこととなり、帰路でモナルコスに乗れることを期待していたスレインは、少々がっかりした様子だ。
「ルメリア様は大丈夫でしょうか‥‥」
エデンの言葉に、皆の顔色が暗くなった。
「幸い重傷には至りませんでしたし‥‥看護兵の方に出来るだけの手当ては施して頂きました。後は、彼女の回復力を信じるしか‥‥」
馬車の中で眠るルメリアを起こさないように、皆はゆっくりと歩を進めた。
「大丈夫だって‥‥! 暗い事は考えるもんじゃないよっ!」
と、皆を明るく元気づけたアイシャが、突然叫んだ。
「あ――――ッ!」
「??」
「あたし、マジカルミラージュ放つの忘れてた‥‥ゴーレム数体をマジカルミラージュで作って撹乱させようって思ってたんだ」
「撹乱‥‥」
「ですか‥‥」
アイシャはにこりと微笑んで立ち止まる。
「ねぇ、此処でやってみてもいい?」
「まさかっ‥‥」
「いけませんっ!」
だが、アイシャはすでに詠唱に入っていた‥‥。
「マジカルミラージュの射程10Km! 明後日の方向にゴーレム数体! いっけ〜〜!」
「うあ――――――――――――ッッ!」
「やめてくれ〜〜〜〜っっ!!」
その後、不用意に味方陣営を混乱させた罪に冒険者が問われたかどうかは定かではない。