パパからのお年玉
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■ショートシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:易しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月07日〜01月12日
リプレイ公開日:2007年01月13日
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●オープニング
メイディアの城下にある男爵家の豪邸では、使用人たちが朝早くから、明日より開かれる「新年パーティ」の支度に大忙しであった。
男爵家は家柄こそ高くは無いが、メイでも有数の豪商たちと入魂の仲であり、またその人徳も相まって各方面の著名人とも面識があった。ゆえに男爵家で催されるパーティは相当な数の客人が見込まれ、地方からやってくる者たちには前日、前々日から邸内に宿泊用の部屋が用意されていた。
そんなわけで、パーティはまだ始まっていないにも関わらず、男爵家の門前ではひっきりなしに招待客を乗せた馬車が右往左往していたのである。
「お兄さまっ、着いたよ〜! 凄いよっ、お馬さんがいっぱい〜! ほらほら、見てよっ」
末っ子のトロワが、肩まで伸びた金色の巻き毛を揺らしながら、長男のアンの服の袖をしきりに引っ張ると、アンは面倒臭そうに頷く。
「ねぇ〜ハロルド、あたし、お腹空いちゃった‥‥」
「はいはい。では、お部屋に着いたら、私がトロワのために美味しいお菓子を頂いて参りましょう」
「えーっ! なら、ボクも欲しい! ハロルド、ボクのも忘れるなよっ、トロワのより大きいのだぞっ!」
ローディール卿の提案に、それまで窓の外に気を取られていた次男のドゥが激しく抗議する。
「トロワのが一番だもん。ドゥは2番に決まってるでしょ?」
「なんだと〜〜、妹のくせに、お前生意気だぞっ」
「なまいきじゃないもんっ‥‥‥‥わっ」
手の早いドゥは、小うるさい妹を黙らせるために、妹の自慢の髪を素早く掴んで、思い切り引っ張った。すると、一瞬の沈黙が過ぎたかと思うと、やがて耳の鼓膜が破れそうなくらいの勢いでトロワの号叫が始まった。
「うわわわアァァ――――――――ッッん! ドゥのおばかあっっっ!!!」
「こらこら、こんな処でケンカはいけません‥‥ってば‥‥」
ローディール卿の懸命の仲裁は、幼い子供たちには聞き届けられず、トロワとドゥは互いの服を掴んで揉みくちゃになって暴れだしたので、狭い馬車の中は一瞬のうちに大パニック状態に‥‥。
「ちょっと‥‥アン、黙って見てないで、手を貸して下さいっ‥‥明日のパーティに、この子たちを『顔中引っ掻き傷だらけ』で出すつもりなんですかっ!」
事の次第を冷ややかに見守っていたアンは、また至極面倒臭そうな顔でハロルドに目をやってから、トロワとドゥの首根っこを押さえて怒鳴りつけた。
「いい加減にしろ! お前たち!」
アンの鋭い一声に、弟と妹は飛び上がって驚いた。それからは貝のように口を閉ざして、一言もしゃべらない。一番幼いトロワに至っては、大きな目に涙をいっぱい溜めたままで、震えながらただ黙って俯いている。
(アンの言うことは絶対なわけですね‥‥)
――――ハロルドことローディール卿が、この幼い子供たちのお守りを任されるのは今年が初めてではなかった。
アンたちの父親は王宮の然る重臣の側近であり、『カオスの侵攻』が深刻化する昨今、激務に追われる上官に付き従う父親は、新年の休暇すら取る余裕も無かった。
また、母親の方も王宮では有能な書記であったため、留守がちな両親に代わり、長男のアンが小さな弟、妹の面倒を毎日よく見ていたのだった。
「実は‥‥私はお父様からトロワたちに『お年玉』というものを預かっているのですよ」
「おとしだま‥‥それな〜に? 美味しいのっ?」
ついさっきまで座席で小さく背中を丸めていたトロワは、突然顔を上げると、好奇心に目をキラキラと輝かせながらハロルドの顔を食い入るように見つめた。
「美味しいかどうかは‥‥開けてからのお楽しみですね」
ローディール卿は小さなレディの手を取ると、いつもと変わらない穏やかな笑顔を、彼女にみせた。
「明日のパーティの間中、皆が良い子でいたら渡して欲しいと、お父様に頼まれました。ですから‥‥もう二度とケンカはいけませんよ」
「‥‥分ったわ、ハロルド」
トロワはあどけない笑顔の内にも、その生まれついての気高さを仄かに漂わせながら、コクリと頷いた。
「なんでもいいけど、ボク、一番でっかいのがいいや」
ドゥは自分で持ってきていた手提げ鞄の口を少しだけ開くと、その中にやおら両手を突っ込んで、何やらごそごそと確認を始めた。
(確か‥‥去年はあの中に、おばけ蛙のビックリ箱やら、切れないナイフやら、解けないリボンやらが入っていたっけ)
その他にも、大広間の紳士淑女たちを卒倒させた数々の悪戯小道具が入っていたような気がしたが、ローディール卿はあえて全てを思い出すのは避けた。
「――大変お待たせ致しました。早速お部屋へご案内致します」
ようやく卿の馬車が順番通りに邸の門の中へ通されると、ほどなく男爵家の者がやってきて、荷台から手早く荷物を降ろし始めた。
早く外に出たくてうずうずしているトロワとドゥを先に馬車から降ろしてから、ローディール卿は去年よりもまた一段と背が伸びたアンの肩を優しく叩いた。
「素敵なパーティになるといいですね」
「あなたも‥‥いい加減、父の頼みなど断ればいいのに。いつまでも一人身でいるのは、世間体が悪いですよ、ローディール卿」
「‥‥」
アンはローディール卿とは視線を合わすことなく、貴族らしい優雅な物腰で馬車を降りた。
まだ大人ぶった口を聞くには早すぎる歳なのだが、その年頃ゆえにアンにも色々と思う事は多いのだろう。
(ともあれ――この国にとっても、あの子らにとっても――この1年がより良き年でありますように)
男爵家の門の前から、また一台の馬車が走り過ぎてゆくのを静かに見守りながら、ローディール卿は胸の奥で、そう呟いた――。
●リプレイ本文
●いざ、パーティへ!
今回のパーティでは、海龍院 桜(eb3352)の友人がローディール卿の口添えで初日のみ厨房に入る事を許されたので、恐らく華国風の甘いお菓子が出てくるだろう。
ソフィア・ファーリーフ(ea3972)も友人に、パーティ会場に連れて入れないぺットの世話をお願いした。なので、ペットたちの事は心配要らない。
「さて。それじゃ〜お仕事にいきますか」
フォレスト・オブ・ローズ騎士訓練校の制服に身を包み、気品漂うマントを颯爽と羽織ると、フォーリィ・クライト(eb0754)は皆の先頭に立って歩き始めた。フォーリィの真紅のマントの留め飾りには、勇ましい獅子頭の彫刻が施されており、マントの下には彼女の勇気の証である精竜銅貨章が、鈍い輝きを放っていた。
客人用の棟を抜けて、パーティ会場となる大広間の前までくると、それはもう艶やかで賑やかな人の渦!
一体どこからこれだけの人が集まってくるのか‥‥冒険者たちはしばし呆然とその光景を眺めていた。すると、
「皆さん、昨夜はよくお休みになれましたか?」
と、聞き覚えのある優しい声がする。振り返ると、ローディール卿が子供たちを伴って立っていた。まだ幼いドゥとトロワは、高い天窓から差し込んでくる陽光を眩しそうに見上げながら、その小さな口を思い切り開けてあくびをしてみせた。
そんな子供たちを、冒険者らが微笑ましく見ていると、
「はじめまして」
と、アンが貴族らしく姿勢を正して、行儀よく挨拶をする。まだ十四、五という年頃のようだが、彼はすでに嫡子としての威厳と品格を備えていた。すると、小さな弟、妹たちも慌てて立派な兄に習って、礼儀正しく挨拶をする。
(流石に育ちが良いと違うもんだね‥‥)
普段から荒くれた兵士たちと過ごす時間が長い冒険者にとって、それは少しばかり緊張した瞬間であった。
「それでは、中に入りましょう。ご馳走も出揃っている頃だと思いますよ」
「やたー☆ !」
それを聞いていの一番に扉を開けたのは、ルシール・アッシュモア(eb9356)。
ルシールは、裾がフワッと広がった膝丈の短い白いドレスを着て来ていた。膨らんだスカートの下には、今日の仕事のための準備が入念に施されているらしかった。
彼女に続いて入場したのが、ソフィア。彼女の井出達はというと、異国情緒溢れる薄緑色のチャイナドレスで、スリットが短く控えめに入っていた。新緑の髪飾りと、白い羽扇も彼女のエレガントさを十分に醸し出していた。
儀典官である天界人の結城 梢(eb7900)は、普段は巫女姿で過ごす事が多いのだが、今日は艶やかな赤のドレスを着込んでみた。これは梢の栗色の髪と明るい瞳の色に合わせたローディール卿の見立てで、ラインも幾分セクシーに細身に仕立てられていて、梢の女っぽさを十分に引き立てる事となった。
海龍院 桜(eb3352)はドレスは苦手ということで、優雅な鷹頭の留め飾りだけを用意すると、後はあえて礼服で男装を。だが、これがどうしてなかなか様になるから不思議である。テーブルに着いておしゃべりしていたどこぞのご令嬢たちが、頬を紅潮させて桜の方をしきりに見入っていたのだから‥‥。
最後に、自前の礼服に身を包んだ男性陣のハルナック・キシュディア(eb4189)とティス・カマーラ(eb7898)が続く。
「‥‥あれ? 一人足らない気がするのですが‥‥」
●サリエル、会場にて公演中
ローディール卿ことハロルドが、サリエル・ュリウス(ea0999)の不在に気が付いた時、広間の一角で歓声が轟いた。見ると、人だかりの頭上で金色の物体が宙で踊っている。
「もしかして☆」
「‥‥まさしく大道芸人の鑑‥‥」
サリエルは朝早くからすでに準備を済ませ、広間を訪れる客たちに己の芸を次々と披露していたのだ。興味深そうに遠目で見ているトロワたちの背中を押して、ハロルドが促す。
「私たちも見に行きましょう」
「うん!」
ようやく現れた鴨を前にして、サリエルの口元がにやりと笑う。
「何処へ行こうと黒兎。所業世情は旅の唄。遊々自適の旅芸人。
本日綴るは器械の身体と揺蕩う日輪。
今回は約3名のお客様を向かえて開業致します〜」
サリエルは先ほどまでジャグリングの投げ回しに使っていた金の腕輪を一旦仕舞い込むと、今度はドゥたちによく見える位置でパントマイムを始めた。お題は、ゴーレムの挙動を模倣した『人形芝居』である。面を被り、カクカクとした不思議な動きでサリエルが踊り始めると、ドゥもつられて踊りだす。
ちょっとコツが分ってくるとドゥは上機嫌で、サリエルと共にノリノリで『ロ○ットダンス』を‥‥。それに飽きたのは、末っ子のトロワである。
「トロワちゃん、あっちで遊ぼうか」
と、そう声を掛けたのはフォーリィ。庭先で待たせていたボーダーコリーのアリアを連れてきた。
「うっわああ〜〜おっきい!」
「明日はお馬さんも連れてくるよ」
動物が大好きなトロワは、すっかりアリアに夢中になったようだ。
「うんうんっ! ねぇ、トロワ、乗ってもいい?」
「いいよ、暴れて落っこちないようにね」
恐らく普段から乗馬の訓練を受けているのだろう。小さなトロワは造作なくアリアの背に跨ると、その場でくるくると小回りしてみせた。
「ねぇ、お姉さま。トロワ、この犬欲しい」
「はあ?」
「ね、いいでしょ? トロワ、一生のお願い‥‥ねっ」
「欲しいと‥‥言われても‥‥」
と、フォーリィは言葉を詰まらせる。いくら子供相手といえどもその場限りの嘘はつけないし、かといって愛犬のアリアを手放すわけにはゆかない。
「ねーねーねーっ!」
「ぐっ‥‥」
すると、頬を膨らませて詰め寄るトロワに苦戦しているフォーリィに背後から助け舟が出された。
「トロワちゃん、そんな怒った顔をしてるとお年玉もらえないかもしれないですけど、いいのかしら?」
ドレスの裾を気にしながらその場にしゃがむと、ソフィアは目線をトロワに合わせてそう問いかけた。
(ケンブリッジ魔法学校のパピーフォームの子供達を思い出しますね。先生として培った技を活かす時ですわ!)
と、ソフィアは余裕の笑みを浮かべてみせる。すると矢庭にトロワが切り返す。
「お年玉って何?」
「うっ‥‥それは‥‥」
そもそも『お年玉』なる習慣は天界でも限られた地域にしか存在しない。残念ながらノルマン王国出身のソフィアが、その正体を知るはずもなかった。
「それはですねえ‥‥あ! サンタクロースさんもいっしょにお菓子食べたいなぁ、って言ってますよ?」
と、すかさず用意していたサンタクロース人形を披露してみせる。
「我輩は、聖夜祭に来たまま迷子になってしまってお腹ペコペコだよ」
わざと声色を変えて人形芝居をしてみせるが、トロワは人形には興味を示さず、再び例の質問を繰り返す。
「だからぁ、お年玉ってなぁに〜? あら、もしかして‥‥お姉さま、知らないの?」
ふふん、という風にトロワは唐突に態度をでかくする。流石に幼いとはいえ『女性』である。
「ぐっ‥‥(ドゥちゃんのお相手の方が良かったかしら‥‥)」
と、額に汗を掻き始めた処へ、先ほどまで熱心に各テーブルに並べられた料理を試食していた梢が登場。梢が手にしている白い皿には華国風の菓子が盛られていた。
梢が早速、トロワの前でひとつ摘んで口に入れる。
「美味しいです〜!」
「トロワも食べるっ!」
「はいっ、トロワちゃんの分」
トロワは、梢からもらった菓子を頬張ると、幸せそうに微笑んだ。お菓子に取って代わられて、お年玉のことはすっかり頭から消え去ったようだ。
「梢さん、助かりました」
「いえいえ〜神社の周りでも近所の子供達がよく遊んでましたから」
と、小声で話していた二人が同時に小さく悲鳴を上げる。お尻の辺りになにかもぞ痒い感触を覚えたのだった。恐る恐る手を伸ばして、お尻にくっついている物体を剥がして見ると‥‥。
「キャ――ッッ!」
それは8本の足を持った気味の悪い――――――蜘蛛。
それはよく出来た玩具だったのだが、例え玩具でも気味が悪いのはどうしようもない。
「引っかかった! 引っかかった〜〜!」
怯える女性陣の前で勝ち誇ったように声を張り上げるのは、ドゥだ。どうやら、サリエルは休憩がてら広間から抜け出たらしい。そこで、待ってました! とばかりに勇んで登場したのが、ルシールとティス。
「フっ☆、『すかぁとめくり』されたってルシはへっちゃらだもんねっ」
いかにも捲りやすそうな丈のスカートの下は、しっかりとパニエでガードされている。少々のことではうろたえない。ルシールはわざとスカートの裾を揺らしながら、ドゥの前を横切る。
すると、すかざすドゥが動く!
「来たねー、ルシはこの時を待ってたよ☆」
ルシールが余裕の笑みで振り返ると、そこにはドゥの姿はない。
「あれ? 鞄が開いてるぅ?」
と、突然ルシールの顔から血の気が一気に引く。――――――巻物が無い。【影縛り】の為に用意した巻物が影も形も無くなっている。
「ひえ〜〜〜! あれがないとっ‥‥」
「これ、何だよ? 変な文字がいっぱい並んで‥‥わけわかんないや」
「うあっ、返せえぇぇ――――――!!」
「やだねー!」
「ぎゃー! ティスっ、あいつ捕まえてー!」
「わ‥‥わかった!」
(僕は、ドゥ君の寂しい心を癒してあげるために、わざと悪戯に引っかかってあげようって思ってたけど‥‥この展開でいいのかな?)
どこか釈然としない疑問を抱きつつも、ティスは広間を逃げ回るドゥをルシールと共に、必死で追いかけた。それを見つけたトロワが、
「鬼ごっこ? トロワもやる! 混ぜて〜!」
とドゥを追って一目散に駆け出した。当然広間は振って沸いたような大騒ぎに‥‥なるかと思われた、その刹那。
「そんなに大騒ぎしてちゃあダメだろう?」
と、桜の長い手が二人の小悪魔をむんずと捕まえる。
「ほーらほら、高いたかーい、ってね」
「‥‥!!」
2m以上もある桜の肩に乗せられて、逃げ場を失った二人は目を丸くして黙り込む。
かくして、大惨事は避けられた――――――。
●アンとハルナック
ドゥたちの喧騒を他所に、広間の大きな窓の傍でハロルドとハルナックはワインを片手に語り合っていた。アンは、久しぶりにあう友人たちと仲良さげに話込んでいる。
「これまで殺伐とした出来事ばかり経験してきたので、のびのび育ったお子さん達を見ると心が癒されます。親御さんが大切に守り育てた結果でしょうね」
と、ハルナックは遠目に子供らの様子を伺いながら穏やかに話す。すると、いつの間に傍に来たのか、珍しくアンが話に入ってきた。
「ハルナックさんには、弟たちが幸せにのびのびと育ったように見えるのですか?」
「勿論」
と、ハルナックは続けた。
「大人が怒らない範囲で行なう悪戯は、ただの甘えでしかありません。しかし心に余裕がなく若いのに精神が老いているような者より余程良いですよ」
「‥‥」
「ただし、貴族である以上その立場に見合う精神と態度を身に付けるのは義務です。して義務を果たさない者に向けられる視線は、控えめに表現してもとても冷たいものです。周囲の大人に行状を正されるより、自分自身の力で己の甘えに気付くまで待つのが良いと思いますよ」
すると、ハルナックの言葉に耳を傾けていたアンが、ゆっくりと言葉を発した。
「僕は‥‥。僕が生まれた時は、父も母もよく家にいて、始終僕の遊び相手をしてくれました。でも、ドゥが生まれる頃から、父の仕事も忙しくなって‥‥ドゥもトロワも、僕ほどには父と母に甘える時間が無かった。僕はそれが、気がかりで‥‥だから、僕に出来ることがあれば、‥‥父の代わりは出来ないけれど、せめて‥‥」
と、ふいにアンが言葉を詰まらせる。
「大丈夫。あなたは間違っていない」
「そうそう‥‥いいお兄さんですよ」
幼い子供にするようにハロルドに頭を撫でられて、顔を真っ赤にして佇むアンであった。刹那――大広間に心地よい音楽が流れ出した。
「おっと。ソフィアさんを誘いに行かなければ。‥‥ダンスの相手を約束していたのでね。それでは、お二人も楽しんで!」
と、そそくさとソフィアの傍に歩み寄るハロルドを見送った二人の目の前に、艶やかなドレスに身を包んだ女性たちが現れ、ドレスに着替えたフォーリィが麗しき薔薇で花吹雪を散らせてみせる。するとアンが歩み出て
「お相手をお願い出来ますか? 麗しいお嬢様」
慌てて、ハルナックも女性陣にダンスを申し込む。パーティは華やかに、夜が更けるまで続いた――。
●お年玉と眠る天使たち
「では、アンにだけこっそりお年玉を披露しましょう」
用意された小部屋に冒険者たちが集められ、ハロルドはそこでアンの父から預かったお年玉を取り出した。ドゥとトロワはソファの上ですっかり眠り込んでいる。
ハロルドがテーブルの上に置いた箱を開けると、中から木彫りの像が出てきた。よく見ると‥‥男が一人、女が一人、少年と子供が二人。一人は小さな女の子だ。
「これってもしかして‥‥」
「アン君のご家族じゃないですか?」
あまり上手に彫られたものではなかったので、顔は分りにくかったが、それはどうみてもティスの言い分が正しいと思えた。
「寂しいのはお父様も同じです。皆、会いたい時に会えないからこそ、大切な人のことを一番に心に想うものです。この木彫りの像はきっと、お父上からアンたちへの想いの結晶――なんですね」
と、ハロルドはそういって、木彫りの像をアンにそっと手渡した。
「本来のお年玉とは少しばかり違うようですがね」
「父がこれを‥‥彫ったのですか?」
ゆっくりと頷くハロルドを見つめるアンの目から、幾筋も光るものが零れ落ちた。
「お母様からはこれを‥‥」
温かそうな手編みのマフラーと手袋が3人分。皆おそろいの柄が編みこまれている。よく見ると、小さく「アン」「ドゥ」「トロワ」とそれぞれの名前も。
そんな中、ドゥは夢を見る。夢の中では今日友達になったサリエルと一緒にジャグリング。目の前には大好きなパパとママ、そしてアンとトロワも楽しそうに笑って‥‥。
「さァ遷軍と為ります黒兎。舞台の下の旅の唄。遊歩自脚の旅芸人。
併し世の常狂々廻り。何れの刻に再見を。
今回は約3名のお客様を迎えて興行致しました‥‥」
おしまい。