狙われたゴーレムニスト

■ショートシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月12日〜01月17日

リプレイ公開日:2007年01月19日

●オープニング

●魔術師『ゴーレムニスト』
 鎧を纏った石像は、最終仕上げ用の魔法儀式の間に運び込まれる。機密保持の為、部屋の中には入れないが、熟練らしき職人と数名のゴーレム魔法を修得した魔術師『ゴーレムニスト』達が入って行くのが見える。
 中からはなにやらごそごそと動いている物音と、緩急をつけた詠唱の声が断続的に聞こえてくる。そんな状態が数日続いた後、工房担当の鎧騎士が呼ばれ儀式の間に入っていく。
 鎧の触れ合う金属音が聞こえたと思うと、重い足音が響き、巨大なものが動き回る音がしばらく続いた。一度止まった後、鎚を打つ音や詠唱の声が聞こえ、また再び動く音が響く、これを数度繰り返した後で大きな扉を潜り、新たなストーンゴーレム『バガン』がその勇士をみせた。
 『バガン』の躍動感と力強さを感じさせる威容は、運び込まれる前の鎧を着た石像とは全く別物だった。
(バガン製造風景4〜最終魔力付与〜)

●白羽の矢
 『ゴーレムニストの急死』。――その知らせは朝早くにリザベの城へもたらされた。

 某日の夕刻、王都メイディアの王宮に程近い館に住んでいた男が庭先で死んでいるのを、館の者が発見し、すぐさま城へ知らせた。
 男は人間でいうなら30代半ばの働き盛りのウィザードで、メイの中でも至極有能なゴーレムニストの一人であった。
 死因については心の臓の発作とされたが、騎士団をはじめ城からは何人もの係官がやってきて、昼夜問わず館の中を丹念に調べて回った。
 ――それもそのはずである。男は自分が負っている役目上、常日頃から健康管理には十分に気を配っていたし、持病のひとつも持ち合わせてはいなかった。また現にその日も、昼過ぎまで王宮のゴーレム工房で、普段通り元気に仕事に就いていたのだった。
 男は用事を思い出したと言って、工房を出た。城の者が彼の姿を見たのは、それが最後となった。それから、彼が屍となって発見されるまでの間、誰も彼の姿を見たものは無かった。
 誰一人として――である。
 この件を検分した係官の一人が、ある一つの推論を導き出し、王宮はまたひとつ重い課題を背負わされる事になる。
 ――――――バの国の『暗殺者』の触手が、ゴーレムニストたちにまで及ぼうとしているのだ。『ゴーレムニスト』はゴーレムの生産・開発に無くてはならない要素である。ゆえにこういった事態は予測できたし、十分な配慮も警戒も行なわれていた。にも関わらず‥‥‥‥。

 だが、今回の依頼はメイディアの事件の解決ではない。
 失われたパーツを埋めるためには新たなパーツが必要である。
 王宮は、迅速に彼の代役に「白羽の矢」を立てた。
 その矢を射られた年若き女性ゴーレムニストが、今丁度、リザベ領主よりメイディアへの移管の任を仰せつかったところであった。

●狙われたゴーレムニスト
「ふうん、それで俺らがその女性の護衛をすると‥‥」
 冒険者はもの珍しそうに、鎧騎士の後ろに隠れるようにして立っているゴーレムニストをしげしげと眺め回す。頭から深くベールを被っているので顔はよく見えないが、衣から覗くきゃしゃな腕や白く小さな手、またその小柄な体格から、女はまだ少女と呼んでも過言のない歳頃に思えた。
「その通り。リザベの港からメイディアに向けてゴーレムシップで海路を行く。ゴーレムシップへの指示系統は、冒険者に一任するものとする」
「海路ですか」
 ふと、その場にいた一人の騎士が鎧騎士の言葉にやや不満げに、言葉を漏らす。すると、
「海路なら、楽勝じゃん! アロに襲われる心配も無し!」
 腕っ節にさほど自信が無いのか、あるいはアロに手ひどい目に会わされた過去があるのか、海路と聞いてパラの男が途端に余裕のある顔を見せた。
「だが‥‥私掠船からの襲撃の可能性は、十分に有り得る」
「私掠船‥‥って、海賊船のこと?」
「お前、海賊と戦ったことねーのかよ」
「うッるせーっ!」

 刹那――途端にざわつき始めた集団に水を差すかのごとく、先ほどの騎士の言葉が重く響き渡った。
「バの国の私掠船は、バリスタの他にエレメンタルキャノンを積んでいると聞いた事がある。勿論一部の船だけだろうが‥‥」
「エ、エレメンタルキャノン‥‥」
 エレメンタルキャノン、またの名を『精霊砲』。そのゴーレム兵器は、水晶球に蓄えられた魔法の力を打ち出す大砲であり、攻城兵器としても使用される豪傑な威力を備えた武器であった。バ同様に、現在メイの一部のゴーレムシップやフロートシップにも搭載されている。
 冒険者たちは皆、噂に高いその大筒を頭の中に思い描いて、思わず身震いした。だが、次の瞬間、
「命が惜しいものは、この依頼に参加しなくて結構! 今すぐ、この場を去ってもらいたい!」
 幾度もその身を死の際に晒してきたであろう鎧騎士の太く勇ましい声が、港中に響き渡った。
「命が惜しくて――――――冒険者なんてやってられっかよ!!」
「うオオオ――――――ッッッ!!!」

 冒険者たちも鎧騎士の威厳に負けじと吠え返し、その様子に鎧騎士は満足げに微笑むと、すぐさま真面目な顔つきで冒険者に向きなおって、こう言った。
「バの私掠船は確かに強い。だが、君たちの本当の敵は、陽の下にいるとは限らない。真の敵は、暗闇の中で息を潜め、虎視眈々と機会を伺っているかもしれないのだ。道中くれぐれも油断無きよう頼む」

 この鎧騎士の言葉の意味を理解した者が、この中に何人いたかは分らない。
 ただ、彼らに守られながら『新たな戦場』へと旅立つ年若いゴーレムニストは、小さく震える手を胸の上に重ね合わせて、静かに竜と精霊の加護を祈るのみであった――。 

●今回の参加者

 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3585 ソウガ・ザナックス(30歳・♂・レンジャー・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb0432 マヤ・オ・リン(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb4489 スレイ・ジェイド(30歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb7880 スレイン・イルーザ(44歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 eb9916 八社 龍深(38歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

リィム・タイランツ(eb4856

●リプレイ本文

●船出の朝
その日も大空いっぱいに陽精霊の輝きが満ち溢れ、リザベの港には朝早くから大勢の人々が忙しなく行き来していた。
「鎧騎士のシルビアです。よろしくお願いします」
 と、シルビア・オルテーンシア(eb8174)の晴れやかな声が船の甲板に木霊する。
 冒険者の中にはまだ眠そうな顔の者もいたが、ともかく全員時間通りに甲板に集合した。

「メイディアまで宜しく頼む。では、ドナ=ウ殿道中くれぐれもお気をつけて‥‥」
 そう言って、リザベの鎧騎士の隊長は、不安げに佇んでいた少女の背をそっと押し出した。
 少女は、裾が地に届きそうなくらい丈の長い灰褐色のローブに、その小さな身体を包んでいた。肩まで伸びた黒髪は左右に分けられ、きっちりとおさげに結われている。
 化粧気のない素顔だが、大きな瞳に被さる長い睫毛と、ほんのり薄赤い小さな唇は少女の可憐さを引き立たせるに十分であった。

(ふーん。あの子がゴーレムニストねぇ。まったくの子供に見えるんだけど)
  八社 龍深(eb9916)は自分の想像とは少々かけ離れていた現実に首を傾げながらもここは大人として、まずは愛想よく振舞って見せた。
「はじめまして、ドナ=ウさん。もし良ければ名前も教えてもらえるかな? あ、私は八社龍深ね」
「あ‥‥ルル‥‥ルルベル=ドナ=ウと申します」
 人見知りが激しい方なのか、八社の問いかけにルルベルは小さな声を震わせながら答える。気の短い男であれば、もっとしゃんとしろ! などと怒鳴る所であろうが、一人でどこにでも飛んでいってしまうようなお転婆娘よりは、よほど楽な護衛というものだ。
 八社に続いて皆一通り挨拶が済んだところで、ソウガ ・ザナックス(ea3585)が優しく声を掛けた。
「昼間は自分が、夜はルイスが主に護衛に付く。勿論、他の連中も各自の持ち場で昼夜問わず見張っている」
「はい」
「だから、何か気がついたり不安に思った事があったら遠慮せず、すぐに言ってくれ」
「はい‥‥分りました」
 ルルベルが恐る恐るルイス・マリスカル(ea3063)の方に目をやると、ルイスは被っていた白い羽根のついた帽子をさっと取って、軽く会釈を返した。

「ゴーレムニストは、国の宝。ましてや年若き方を危険な目に会わせるような事があってはなりません」
 ルメリア・アドミナル(ea8594)は、先ほどの隊長に一言そう告げてから、今度はやや声を潜めて或る事を尋ねた。
「ところで‥‥甲板の後方に佇んでいる冒険者たちはどなたに雇われているのでしょう。私たちとは異なる依頼人のようですが」
 彼女の視線の先には、『騎士風の男』『パラの男』とその他に2名見知らぬ男たちの姿があった。すると隊長はルメリアの不安を汲み取るように、丁寧に言葉を続けた。
「ああ、彼らの雇い主はリザベの然る商人です。彼らはその商家の荷の護送に当たる予定でしたが、急にドナ=ウ殿のメイディア行きが決まったので、事情を鑑みた商人が、彼らも護衛にと推挙されたのです。なので身元の調べは城の方で済んでいるかと‥‥」
「あ‥‥いえ、決してそのような意味では」
 ルメリアが少し照れ臭そうに戸惑うのを見て、隊長はにっこりと微笑みながらこう言い添えた。
「恥じ入ることはありません。護衛たる者、その位の用心深さはあって当然‥‥安心致しました」

 刹那――――――港の青い空に、一際高く警笛が鳴り響いた。
「では、名残惜しいが、我々には次の仕事が待っているので見送りはここまでとさせて頂く。竜と精霊の加護があらん事を!」
 船が港を離れても尚、若いゴーレムニストはいつまでもリザベの城の方角を遠く懐かしそうに見つめていた。  

 ***

「ルルベル様、お城に想い人がおられたのですか?」
「‥‥えっ!?」
 甲板でぼんやり佇んでいたルルベルは、マヤ・オ・リン(eb0432)の突飛な質問に驚いて、思わず手にしていたロッドを落としかけた。
「だって、今も物凄く寂しそうなお顔をなさっておられましたよ」
「わっ‥‥私はまだ修行の身! ‥‥その様な事はっ」
 と、見るからに取り乱している彼女をみて、まんざら自分の推測が外れていないことに満足気に微笑むマヤだったが、そこへ客室の点検を終えたソウガたちが戻ってきた。

「貨物の点検は出向前に全て完了しています」
「ルルベル嬢の部屋も、問題無い」
「では、私はこれから例の巻物を持って厨房を覗いて来ます。異常があればすぐさま連絡を」
 そう言って、マヤはルルベルに一礼してその場を去った。彼女の言う巻物とはリヴィールエネミーの事である。自分たちを暗殺の邪魔だと思えば光って見えるが、敵がその存在を屁とも思っていなければその効果は得られない‥‥。
「私も船員名簿の方は入手しました。それにリィムさんからの情報も‥‥」
 シルビアはそう言って、鎧の下に忍ばせた小さな羊皮紙をちらりと見せた。
 その中にも乗員の素性等がたんまり盛り込まれていた。不審者は針の穴を突付いてでも燻り出そうという狙いだ。
「では私はグライダーに救命胴衣を配置して来ます。用心に越したことはありませんし」
「俺も一緒に行こう。そのまま偵察に飛んでもいいしな」
「ええ、そうして頂けると助かります!」  

 一番に飛ぶ事になったスレイン・イルーザ(eb7880)とシルビアがその場を離れると、それまで余り言葉を発しなかったスレイ・ジェイド(eb4489)が、矢庭にルルベルの正面に躍り出た。
「ゴーレムニストってどこでも狙われる職業なのかしら、難儀よねえ」
 実は、彼は以前も他国でゴーレムニストの護衛をした事があったのだ。
「兎に角‥‥何があっても個人行動をしないこと。絶対よ」
「はい‥‥」
「それから、わたくしの経験から言わせてもらうと、昼間でも顔はなるべく見せないこと。仮面があれば一番いいわね」
「おいおい、そこまでするのか?」
「わ‥‥分りました!」
 ソウガはスレイの指示に反論しかけたが、ルルベルは素直にそれに従い、ローブのフードを深く被りなおした。
「よく出来ました! それじゃあね」

 スレイはすこぶる機嫌よく甲板の警備へと向かい、他の者もそれぞれの持ち場へ戻る事となった。
「宜しければこれを」
 別れ際、ルイスがルルベルの小さな手を取って、その手のひらに貝殻で出来た首飾りを乗せた。
「船乗りのお守りです。これを身に着けていれば酔う事はありません」
「あ、有難う‥‥ございます」
 この様に些細な事でも顔を赤らめて俯いてしまう彼女をみて、ルイスは当初願い出ようと思っていた『寝室での警護』は諦めることにした。
 そんな事をすれば、繊細な彼女は昼夜一睡もせずにこの旅を終えることになるだろう。
 ソウガに後を任せると告げて、ルイスもその場を離れた。

 その後は――気まずいほどではないが何処と無くぎこちない沈黙が、ソウガとルルベルを包んでいた――。


●2日目
(マストがない‥‥。なんでマストが‥‥)
 ゴーレムシップは精霊力を利用するため、構造が帆船のそれとは大きく異なる。その事がジ・アース出身のマヤにはどうにも納得が行かない。
 と、そこへ
(うーん‥‥気になることは山ほどあるんだがなー‥‥なんだかなー)
 と、やはりどうにも納得行かない風のスレインが通りかかる。

「お」
「これは、これは」
「マヤ殿、その後何か掴めたか?」
「いえ、特には。スレイン様は?」
「いや。特には。というか‥‥これは疑心暗鬼という奴じゃないのか?」
「?」
「つまり‥‥なんだ。お互いに疑い過ぎて、疲れ果てたところを狙われるという‥‥」
「そうですねぇ‥‥こういう状況はちょっと疲れてしまいますね」
 実際の所、これと断定できる不審者は発見できず、誰をマークするでもなく緊張した時間だけが船内を過ぎていった。

 ――と、理由もなくぐったりしている二人に、シルビアが声を掛ける。
「どうしました、二人とも」
「いえ、どうという事は‥‥それよりルルベル様のご様子はいかがですか?」
「ええ、毒物を避けるために缶詰類をお出ししたのですが、自分だけ特別は嫌だとおっしゃって」
「ルルベル様らしい‥‥」
「それで、ソウガさんがどうにか説得して、私たちと同じ保存食を召し上がって頂いた処なのです」
(ルルベル様って、あれで案外頑固なのよね)
 と、マヤは一人で頷いてしまう。と、その刹那――。

「お〜〜い! これからルルベルがグライダーを見てくれるそうだ! 一緒に見に行かないか?」
 なぜかすでにルルベルを呼び捨てにしている八社が、マヤたちを大声で誘う。興味深い光景を一目見ようと、冒険者たちはこぞって甲板の一点に集まった。
 仮眠を取っているルイスを除いてただ一人、ソウガだけはグライダーには目もくれず、ルルベルの傍に狩猟犬のサイファーを残して、自分は人の輪の端に立っていたルメリアの肩を小さく叩いた。
「海賊船の方はどうだ?」
 ソウガが尋ねているのは、サンワードによる船の探索だ。
「それが‥‥この辺りは航行する船が多くて。敵の船を絞り込むには条件が少なすぎるわね。精霊砲の有無は不確定要素だし」
「なるほど、確かにな」
 厄介だな、という風に眉をひそめるソウガを他所に、グライダーの周りでは何やらひとしきり歓声が上がっている。
 見渡す限り、ただ海原が広がるだけの航路に『退屈』という文字は付き物だ。ちょっとした事で羽目を外したい皆の気持ちを諫めて、ソウガはルルベルをその場から連れ出した。
「疲れただろ? 無理することはない」
「いえ‥‥私は。私は自分に出来ることを行なうだけです。そうすべきだと‥‥教わりました」
 誰に? と問おうとして、ソウガは言葉を引っ込めた。彼女の瞳がなぜかひどく寂しげだったからだ。
 ルルベルを部屋に戻すと、暫く休むように言って、ソウガは扉の前に座り込んだ。それを見越したかのように、ルイスが毛布を片手にやって来た。

「なんだ? 昼寝するつもりはないぞ」
「無理しなさんな」
「‥‥女の守りは疲れるよな」
「‥‥同感」

 二人は並んで扉にもたれ、しばしの休息を取った、だが、それは文字通りしばし――であった。
 なぜなら、見張り台に詰めていた船員が、敵国の私掠船の接近を声高に叫んだからである。

 
●謎の伝言
「やっぱり来たか!」
 と、ソウガが剣を持って立ち上がると、ルイスも同様に戦闘態勢に入った。
「これで、もう片方の敵も動き出すかもしれませんね」
「ともかく、お嬢さんには今すぐ起きて頂こう」
 だが、彼らが扉を叩く直前に、女性のものと思しき甲高い悲鳴が甲板に轟き渡った。と、同時に八社が血相を変えて、二人の前に飛び込んできた。

「グっ‥‥グライダーが‥‥――やつらに乗っ取られた――――――――ッッ!!」

 ***

「全く、間抜けな冒険者どもがこの高速船を選んでくれて助かったぜ」
 と、槍を構えたパラの男は相棒が抑えたゴーレムグライダーの前で、したり顔でそう語った。 
「グライダーが一騎しかないのなら、我々を追うことも出来まい。丁度迎えの船も来たようだし、ゴーレムニスト殿にもご同乗頂いて、我らは早々に立ち去る事にしよう」
 そう言いながら騎士風の男は、長いローブを身に纏い、フードを顔の前まで深々と被った人物を脇に抱きかかえるようにして、ゴーレムグライダーの後部座席へ乗り込んだ。

「待てっ! そのまま逃げ切れると思うのかっ!」
 雷撃手と謳われるルメリアは、その力強い雷の矛先を賊に向けようと試みたが、騎士の長い剣の切っ先がローブの人物の顔面近くに添えられると、その先を続ける事は出来なかった。
「それ以上我らに手出しをするなら、この者の首が直ちに飛ぶが‥‥それでも良いのかな?」
「人質とは‥‥卑怯な‥‥」
「ゴーレムニストは生かしておいても使い道はあるからな」
「メイディアの誰かさんは運が悪かったのだろう」
 そう言って男達は小気味よく笑った。
 すると、
「死者を愚弄するとは――――――――――――ぜえぇぇぇ――っ対に許せんっ!」
「スレインさんっ?」

 スレインはそう怒鳴りつけるや否や、賊の背後から猛烈なタックルを食らわせた。
「スレインさん、凄いです! いつの間にグライダーの背後にっ」
「いや、偶然だ」
「‥‥」
 予期せぬ反撃に戸惑う賊に、今度はローブの人物が壮絶なパンチをお見舞いする。
「貴様っ‥‥ゴーレムニストではっ‥‥」
「わたくしを本気で女と間違えるなんて、あなたたちも相当な間抜けですわね」
 ローブを脱ぎ捨てると、スレイは勇ましく短剣を振りかざして、賊に立ち向かう。
「マヤ、ルルを頼むっ!」
 そう言い捨てると、ソウガらもこれに参戦。ルイスのバーストアタックは彼らの刃をへし折り、ソウガの急所攻撃賊が鮮やかに決まり、程なく賊は取り押さえられた。
 彼らは、冒険者たちが予想したよりも遥かに弱く、暗殺者と呼ぶに相応しい敵ではなかった。

「あ、そう言えば海賊船は!」
「私たちの遥か後方だよ。速度差もあるが、奴ら、深追いする気は無かったのかもしれない」
「ただの威嚇‥‥ですか?」
 青い海の彼方を見つめながらシルビアがそう呟いた。  
「今回の一件はどうにも腑に落ちないですね。あれだけ念入りに調べたのに、結局あの二人が賊だったわけでしょ」
「あるいは‥‥」
「キャッ」
 刹那、小さく悲鳴を上げるルルベルに、一同の視線が注がれた。
「‥‥これが、私のフードの中‥‥中に‥‥」
 そう言って差し出された彼女の手の中から、一枚の紙片が現れた。メイでは珍しい紙であった。
 そこにはたった一言――「メイディアにて待つ」――と達筆な文字で記されていた。

 冒険者たちは大慌てで、捕らえた二人と共に船に乗り込んでいた『影の薄い見知らぬ男たち』を探したが、彼らの姿は忽然と船から消えていた。
 ―――――――そうして、その後船は無事港へ到着した。

 ルルベルとの別れ際に、八社は『叫びたいのなら思い切り叫べ、海と空とが受け止めてくれる』という一節を彼女に送った。誰の言葉だったかは忘れたと、彼はしらっと答えていたが、八社なりの彼女への思いやりだろうと皆は思った。

 ルルベルが最後に声を掛けたのはソウガだった。皆さんの事は一生忘れません――と彼女は言い、深く頭を下げた。
 ソウガは何も答えなかった。
 彼女と別れて後、マヤがしつこい位に――なぜ、ルルベルにちゃんと別れを言わなかったのかと問い詰めると、ソウガの代わりに笑ってルイスが答えた。
「今度会ったら、ちゃんと言いますよね」
「今度‥‥ですか?」
 その時――――多分、ソウガは素直に言うのだろう。言いそびれた言葉を。
『今度町で上手いものを奢るな』と。

 メイディアにほど近い海は、嵐の前のような静けさを称えながら輝き続けていた――――――。