戦士の遺言〜闇の衣
|
■ショートシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月15日〜01月20日
リプレイ公開日:2007年01月21日
|
●オープニング
●闇深い森
森の奥は、昼だというのに薄暗く、どこか神秘的で異様な雰囲気を醸し出していた。
ランディを先頭に、リューグ、クウェル、隊列の後ろにアレクセイ。クウェル以外は馬を、アレクセイはユニコーンのアリョーシカを従えて、行方不明の隊員の手がかりを求めて森の奥へと突き進んだ。
ある程度のところでランディが、エレメンタラーフェアリーのエルデを使って『グリーンワード』で樹木に尋ねる。
「人間、どっち?」
答えない木もあったが、大抵の木は単純な答えをエルデに返した。返答があるということは、人が通った証。生きている可能性だってある。冒険者たちは辛抱強く探索を続けた。すると、アリョーシカが突然身震いして、アレクセイの服を引っ張った。
「見つけたのか! アリョーシカっ」
アリョーシカは脇目もふらずに細い迷路のような道を奥へと駆け出し、他の者もすぐさま後を追った。
やがて、木々が密集していない小さな陽だまりに出ると、そこには人であった者の屍が2体、陽光に晒されながら静かに横たわっていた。
「くそぉッ! 遅かったか!」
リューグが、拳を握り締めて天を仰いだ。
「ひどい‥‥誰が‥‥こんな事を‥‥‥‥」
「誰‥‥ってどういう意味だ? クウェル!」
「見てください。この傷‥‥獣に噛まれた痕じゃない。剣で斬り付けられた傷です」
「まさかっ!」
だが、彼らはそれ以上の探索を続けることは出来なかった。ウルフの群れがびっしりと彼らを取り囲んでいたのだ。
(「戦士の遺言」報告書より)
●孤島再び
「琢磨、こっちは何も無いよ。あるのは埃まみれのガラクタばかりだ」
勇ましい身なりをしたレンジャーの女が、彼女から少し離れた場所で、打ち捨てられた家屋や、風雨に晒され、ぼろぼろになった家財を丹念に調べている天界人の青年に向かって、大きな声でそう告げた。
「‥‥これといった収穫は無しか」
琢磨と呼ばれた青年は、メイディアにあるKBC本部に席を置く若者で、『戦士の遺言』事件に関してある女性から直接情報を得た本人であった。
「そろそろ浜に戻らないといけない時刻ではないのか?」
青年に同行したウィザードが、天候を気にするかのように空を見上げて言った。確かに、西の方角に怪しげな乱雲が発生している。
「そうだな、海が荒れないうちに島を離れないと‥‥。よし、引き上げだ! 皆、ここまで一緒に来てくれてありがとう!」
「あんたに礼を言われる筋合いはないさ。俺たちは、たんまり貰うものは貰ってるからな」
「そうそう」
と、青年に付き従って島へ渡った冒険者たちは口々に余裕の笑みを湛えた。
先の冒険者たちが、この島で遭難した調査隊の生き残りを救出してから10日余りが過ぎた。島付近には巨大な魚獣が生息している事も鑑みて、領主は一時島の調査を打ち切ることを決めた。
いくら『阿修羅の剣』捜索が重要とはいえ、フロートシップを駆り出しての捜索は慎重を要するのであろう。
だが‥‥。
国が動かないなら致し方ない――と、代わって乗り出したのは、豪商たちである。また、KBCこと瓦版クラブは、表向きこそ『庶民のジャーナリスト集団』ではあるが、先の報告書(砂漠に誓う友情)を読んでも分るように、裏では貴族階級や有力商人とも強力なコネクションを持っている。
話は長くなるが、貴族階級あるいは豪商たちがKBCを重視する理由のひとつに、「天界人」の存在がある。
アトランティスにおける「天界人」の数は希少であり、その多くはその博識と器用さを生かして冒険者として功を挙げる者が多いが、武具を携える以外で己の才能を最大限に発揮する天界人もまた存在する。有体に言えば、KBCには「天界」出身の至極優秀な諜報員がいるということだ。
――という訳で、今回は然る商人の依頼を受けて冒険者とKBCが組んで島の再調査を行なう事となったのだった。
では、そろそろ舞台を島に戻そう――。
「手ぶらで帰るってのも、なんだか気が引けるよねぇ」
と、先ほどのレンジャーの女が、浜辺に向かう道すがら青年に声を掛けた。
「いや、手ぶらってわけでもないさ」
「え? だって‥‥」
「この島に渡る前に、俺たちは海域の他の小島の住人、猟師、果ては海賊にまで丹念に聞き込みをやって、この島に小さな集落があることをつきとめた」
「ああ、さっきの村だね。村といってもほぼ廃墟だったけど」
「そう。誰も住んでいない村‥‥でも遺体はひとつも無かった。ひとつもだよ?‥‥皆どこへ行ったんだろうね」
「さあねぇ、皆そろって墓の下とか?」
「‥‥どうだろうね」
KBCが集めた情報からは、この島で「遺跡」や「魔剣」に直接繋がりそうな手がかりは全く掴めなかった。そもそも遺跡の噂が以前からあれば、もっと多くの海賊や冒険者がこの島を訪れただろう。それが真か偽りかは別として、『戦士の遺言』は恐らくごく最近になって我々の前に現れた『情報』なのだ。
青年は、自分に島の地図を渡し、その後忽然と姿を消した女の記憶を頭の隅で辿った。
その刹那――――――。
「うわあああぁぁぁ――――――ッッ! 幽霊っ、おばけっ! 助けてくれエエエッ!」
「幽霊??」
道の真ん中で腰を抜かしているファイターが指差す方を見ると、全身血まみれの男がぬぅっと木の陰からこちらを睨んでいる。
「ばか野郎! お化けなわけないだろっ」
青年が男に駆け寄ると、ポーションをバックパックから取り出してレンジャーもそのすぐ後を追った。
「君っ、しっかりしろ!」
ポーションのおかげで男の顔にほんの少しだけ赤みが差した。
「‥‥△△‥‥△△△‥‥△△△‥‥」
「なんて言ってるんだっ」
「‥‥『兵隊』‥‥『巨像』‥‥『助けて』‥‥『みんな』‥‥『助けて』‥‥『助けて』‥‥」
苦しげな声でそう呟きながら、男は青年の腕の中で意識を失った。
島人と思しきその男を迎えの海賊船に乗せると、青年は休みも取らずに、船室に籠もった。
青年は謎の女が残した地図を、再び入念に調べなおした。『全てはその中に書かれてある』と女は言った。まだ明かされていない謎が、その中に隠されているのでは‥‥と思ったのだ。そうして、青年はその革の書記が二重になっていることに気付いた。
ウルフに襲われ深手を負いながらも奇跡的に命を取り留めた島人の話と、青年が見つけた隠し地図から、北の領主は驚くべき島の真相を知ることとなる。
バの国による要塞の建設――――島人は残らず捕虜となって、カオス兵のもとで過酷な労働を強いられ続けていた。青年たちの前に現れた島の男は、先の冒険者と魚獣の戦いで動揺を来たしたカオス兵の隙を掻い潜り、必死に砦を脱け出したのだった。
「エレメンタルキャノンが3門。人型ゴーレムと思われる兵器が最小2騎。‥‥これらは、いずれにせよ殲滅せねばならんが、その前に捕虜の救出だ。森の奥に要塞内部への入り口が一箇所あるが、常時中型恐獣部隊が駐留している。これを突破し、囚われている島人を迅速に救出するのが最優先である!」
かくして、再び冒険者ギルドに依頼が張り出された――。
●リプレイ本文
●夜明け前
――陽と月の精霊力が共に弱まる夜明け。双方の輝きが弱くなることで、空はその本来の色である七彩の虹色へ戻る。天界から来た者にとって、それはまさに『神秘の刻』以外の何ものでもない。
その僅かな時が過ぎると、瞬く間に陽精霊の力が強まり、空は徐々に明るさを増してゆく‥‥。
だが、音無 響(eb4482)にそれだけの時間は残されてはいない。
「まずいな‥‥俺が、初手から足を引っ張るわけにはいかないし」
十分というには程遠いが、これ以上の要塞周辺の偵察は危険と判断し、響は速やかに後方で待機している攻撃型巡洋艦ルノリスを目指して旋回した。
だが、夜明け前の薄暗い周囲に十分な注意と警戒を払いながらの偵察飛行は、その能力を十分に高めた彼だからこそ成し得る技能であり、そして彼は常に仲間の信頼を裏切らなかった。
***
「よっ、どうだった?」
「お疲れ様〜」
響がフロートシップに戻るなり、船で待機していた仲間は各自の作業の手を止めて、一斉に響のもとへと集まった。
「うーん‥‥残念ながら精霊砲の位置は確認できませんでした」
「やはり目視するには暗かったですか」
「あ、いえ‥‥そうではなくて」
と、ふいに響はマグナ・アドミラル(ea4868)の手前に広げられていた隠し地図を引き寄せると、精霊砲を表すものと推測される記号が印された点を指でコツコツと叩いた。
「俺が思うに‥‥要塞から逃げ出した村人の証言と隠し図面の内容がぴったり一致している事から、ここに精霊砲があるのは間違いないと思います」
「ああ、‥‥まあな」
と、それを見ながら慎重な面持ちで陸奥 勇人(ea3329)が相槌を打つ。
「ですが、実際には森と小山しか存在しないんです。おそらく精霊砲は、森の木々と小山によってカモフラージュされていて、敵を撃つ時にだけその姿を現すんじゃないでしょうか」
「つまり、この山が要塞本体で、これが稼動すると何らかの仕掛けが働いて、印の付いている所から精霊砲が顔を出してくると‥‥」
レネウス・ロートリンゲン(eb4099)は少しだけ眉を寄せると頭の中でそれを想像しながら、慎重に言葉を選んで言った。
「ええ、基盤さえしっかり作れば、仕掛け自体は単純なものですから‥‥技術と資材、労力と時間さえあれば可能ではないかと」
「そんなモノを造らせるために、村人を拉致して酷使するなどっ‥‥許せません!」
と、黙って皆の話を聞いていたアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)は、怒りを抑えきれずに思わず叫んだ。だが、誰一人として彼女を諌めない。皆同じ気持ちなのだ。
「だが、響殿の推測が正しければ、こちらも動きやすいのではないか?」
「その通り。そんな面倒な仕掛けがあるなら、奴らが精霊砲を撃つまでには多少の時間が掛かる。こっちもそれなりの備えが出来るってもんだ」
と、急に明るい声を発した勇人の背後から、恐る恐る響が言葉を続ける。
「あ、でも、これって俺の推測だし‥‥要塞に近づいたものの、もしいきなりバヒューン、ドカーンとか撃たれちゃったら‥‥」
「‥‥」
「そん時は‥‥お前をボコボコにして島に置いていく」
「えええ〜〜〜〜〜〜そんなぁぁ!」
響が泣き叫ぶのを無視して、皆一斉に準備に取り掛かった。
その間にも、船は水面ぎりぎりの高度を保ちつつ確実に島へ接近し続けていた。
マグナは調査隊を襲った巨大魚竜の強襲を懸念していたが、先の戦闘での傷が癒えないのか幸いにして魚竜の気配を感じることは無かった。
やがて――船は島の海岸線に静かに着岸した。
***
一同は要塞と魚竜の両方に細心の警戒を払いつつ、速やかにゴーレムを降ろした。
朝の輝きが遥かな水平線を白く染め上げる前に、冒険者たちは森を介して可能な限り要塞の入口付近まで歩を進めなければならない。
「チャリオットは実質初めての搭乗だからね。やれることはやっておかないと」
と、ラヴィニア・クォーツ(eb9107)が緊張した顔つきで操縦感覚を確かめていると、その横を重そうな皮袋を抱えたガイアス・クレセイド(eb8544)が通り過ぎる。
「‥‥何それ?」
「秘密兵器だ」
と、意味ありげにラヴィニアに告げると、ガイアスはそれをグライダーに積み込んで何やらごそごそと手元を弄っている。
顔に泥を塗りつけ、隠密行動に万端の準備を整えたアレクセイがユニコーンと共にチャリオットに乗り込むと、他の仲間もそれに続いた。
「では、参るか」
「森で殺された調査隊の方々の敵を!」
「ああっ! 闇の衣だかなんだか知らないが、そんなモノは俺達が祓ってやる!!」
勇人の合図を受けて、2騎のモナルコスをはじめ仲間たちは村人の待つ要塞へと静かに前進を開始した。
●夜明けの奇襲
「入り口正面に中型恐獣部隊が1個群。入り口を挟んで東西に離れて、こちらもそれぞれ各1個群でした」
と、手早く周囲の偵察を済ませたアレクセイが、声を潜めつつ報告を上げた。
「その程度なら、私たちだけで殲滅出来るんじゃないかな?」
腕に覚えのある黄 麗香(ea8046)はこう提案したが、マグナがこれを制した。
「いや、今回は何より迅速な行動が優先だ」
「あいつらデカイし、体力有りそうだし‥‥逐一、仕留めてたら確かに時間が掛かりそうだよね〜 」
と、半ばかったるそうに無天 焔威(ea0073)も同意する。
「俺はぁ、恐獣どもの眼と脚の腱を狙ってくことにするな」
そう語る焔威の瞳には、軟弱そうな物言いとは裏腹に、研ぎ澄まされた殺気がすでに漲っていた。
「モナルコスが、動いたわ!」
ラヴィニアが叫ぶと同時に、大地が揺れる。レネウスらの陽動が始まったのだ。
突然眼前に現れた巨大なゴーレムに、カオス兵たちは一瞬狼狽の色を浮かべたが、それはすぐさま残忍な魔物の顔へと変わった。
***
(剣ほどには長槍の扱いに慣れないものの、こういう芸当はこちらが有利だな)
モナルコスに搭乗したクーフス・クディグレフ(eb7992)は、足元に纏わり付く恐獣どもをゴーレム用の巨大な槍で、次々となぎ払った。
同じくモナルコスを駆るレネウスも、恐獣の足を挫いては騎手ごと叩き潰すという荒業をやってのける。
恐獣部隊の頭は、この2騎のゴーレムによってすでに討ち取られ、後は捕虜救出後の退路を確保するため残党を一人残らず殲滅するのみであった。
また、ゴーレムグライダーで陽動部隊に加わった響とガイアスも好戦を続ける。
ガイアスは、他国の騎士から教わった『砲丸攻撃』を、今回の実践に用いていた。砲丸といっても、実弾はすぐには入手出来なかったので、皮袋に石を詰め込んでの『即席砲丸』ではあったが、これもそれなりの効果を上げていた。
砲丸の的中率を上げるには、まだまだ鍛錬しなければならないが、多勢の歩兵を撹乱し、怯え上がらせるには十分であった。
「さてと‥‥ここまではどうにかなってるけど‥‥」
こちらの状況が優勢であるにも関わらず、敵の精霊砲が未だ沈黙を守ったままでいることに、響は微かな不安を覚えた。
●要塞侵入
「グワアアアアア――――ッッ!!」
――――狭い通路の上で断末魔の叫びを残して、血みどろのカオス兵が倒れた。
「だからぁ、俺達に向かって来ずに、他所の大将のところへでも行きなさいって言ったのに」
と、目の前のカオス兵を討った焔威がしらっと答えた。
「お‥‥お前なあっ! さっきから俺の獲物ばっか横取りしてねえか?」
「ええ〜? そうだっけぇ」
「――――いい加減にしろっ!」
と、子供のけんかにマグナが割って入った。
「急ぎましょう。私は此処で分かれて指示系統が置かれている部署を探ってきます」
「了解した」
「気をつけてねっ」
捕虜の救出に向かった麗香たちは、立ちはだかるカオス兵たちを尽く粉砕しつつ急ぎ歩を進める。
「無法なりカオスニアン、我が剣で切り払うのみ。覚悟!!」
――――――刹那、マグナの大太刀が鈍い唸りを発しながら宙を舞い、鮮血と共に見事カオスの躰を切り裂いた。
***
一方、要塞の外では響の不安が違った形で現実のものとなっていた。
――――――バの国のゴーレム『バグナ』が、突如モナルコスの前にその巨漢を曝け出したのだ。
「奴ら、一体どこから出て来たんだっ!?」
モナルコスの中で、レネウスとクーフスは俄かに焦りを覚えた。それもそのはず。先ほどまで影も形も見えなかった2騎のバグナが、今は自分たちの目の前に‥‥。
「レネウス殿っ、危ない!」
「うぐぐぐッッ――――――――――――!!!」
バグナの動きは速かった。レネウスは寸での所で敵の大剣をかわすと、今度は自分が反撃に転じた。
「かわせるものなら、‥‥かわしてみろ――――――――ッッ!!」
レネウスが渾身の力を込めて振り放った『モーニングスター』はバグナの左肩を襲い、その巨漢は軋みを立てながら僅かに体制を崩した。
すると、もう一騎のバグナが鉄球に繋がれた鎖を絡めとリ、レネウスの体制を崩しに掛かる。だが――
「貴様の相手は、この俺だ――――!」
と、すかさずクースフの大槍がバグナの足元を目掛けて突き出される――。
4騎のゴーレムが縺れ合いながらの戦闘を続ける最中、無事仕事を終えた勇人たちが、村人たちを連れて外に出て来た。
「勇人さん、こっちです! 早くッ」
チャリオットの操縦桿を握るラヴィニアの元へ、皆が一斉に駆け出す。後から出てきたアレクセイも彼らを追った。
年寄りと弱っている者を乗せると、チャリオットは満載――。それでも辛うじてチャリオットの守りに麗香を乗せると、他の者は村人を守りながら自力で一気に森を駆け抜けることになる。
「モナルコスがバグナを抑えている間に、なんとしても森を抜けるんだ」
「では、先に行きます」
「皆、がんばって!」
ラヴィニアと麗香の声が機体と共に遠ざかると、残った村人の避難が開始された――――――その刹那。
「お‥‥おっ‥‥狼だああああ―――――――――――――――!!!」
村人の叫びで気付いた時には、すでに無数のウルフの群れが勇人たちを取り囲んでいた。
「なんでこのタイミングなのかね〜‥‥」
「仕組まれていたのかも‥‥しれませんね」
「ああ、タイミング良すぎ‥‥って、愚痴ってばかりいられるか!」
その時、空から数個の皮袋が狼の群れの中に振り落とされた。悲鳴を上げて地に伏すウルフが数頭――。
「勇人さん、今のうちですっ」
遥か頭上から、響の叫ぶ声が聞こえた。ゴーレムグライダーからの後方支援であった。
「助かったぜ――――響、ガイアス、モナルコスに撤退の合図だ! 急ぎ、島から離脱する!」
森のウルフは――――彼らが森を抜ける際まで、執拗に彼らを追い続けた。それは文字通り消耗戦となり、強者で知られる冒険者たちを手ひどく追い込んだ。自分たちだけであれば圧倒的な優勢であっただろうが、武器を持たず疲れ果てている村人を庇いながらの戦闘は、彼らを精神的な面で追い詰めた。
だが、彼らの誇り高いプライドはウルフの攻撃を押さえ込み、村人たちを全員無事な姿でフロートシップへ送り届けた。
モナルコスは起動時間ギリギリのところで、敵バグナを振り切っての帰還となった。相手にかなりのダメージを与え得たが、それはこちらも同様であった。
結局のところ、『精霊砲』は3門とも沈黙を守ったまま、『無傷』でこの戦いを終えた。
●帰還
助け出された島民たちには、勇人が用意した保存食(有に30食分!)とアレクセイの進言で作られた温かいスープと新しい衣類、そして毛布が配られた。
それから、本人は只の暇つぶしと言いつつも、上陸前に焔威が入念に用意した島民収容用のスペースは、大いに役立った。
「要塞はもう殆ど完成しているようです」
島の村人から少しだけ話を聞きだしたガイアスが、仲間の所に戻って来るなりそう告げた。
「ということは‥‥敵のフロートシップがあの島に配備される可能性もあるわけか」
「あの海域は、未だ両国のグレーゾーンですからね。悪くいえば取ったもの勝ち‥‥」
「でも!‥‥でも、島の人たちは助かったんだよ? あのままじゃ殺されてたかもしれない‥‥でも、皆生きて戻って来れたんだ。それでいいじゃないか!」
皆の話をいつも黙って聞いていた麗香が、突然泣きそうな声でそう叫んだ。
彼女の言うとおりだった。今はそれだけでいいのかもしれない――。と、
クーフスが、震える麗香の背中を優しく2度――ぽんぽんと叩いた。
***
「少し時間かかるかもしれませんが、きっと島で安心して暮らせるようにしますから」
響は、仲間たちとは少し離れた場所で、島民の介護に携わっていた。
「あの‥‥ところで」
と、響は先ほどまでの柔らかな笑顔を少しだけ引っ込めると、真面目な顔つきで島の人たちに尋ねた。
「あの島に何か伝承みたいな物、伝わってませんか? 闇の衣を纏いし光とか、もしくは、あの要塞で変わった物を見たとか‥‥」
彼の言葉に大半の島民は不思議そうな表情で答えるだけだったが、一人だけ‥‥。
「あー、そういやあ、昔この島にえりゃあ位の高い騎士が来たとかで‥‥珍しいことだっけ‥‥島の自慢話ちゃーそれくらいで」
「それっ‥‥もっと詳しく」
「もっと詳しく聞きたいな。俺も」
聞き慣れない声に、はっとして響が振り返ると、そこには響がよく見知っているブランド物のスニーカーにGパン、Tシャツ姿の青年が立っていた。
「あなたは‥‥」
黒髪の青年は響の顔を一瞬眺めてはすぐ視線を逸らし、矢庭に先ほどの島の村の男の手を取ると愛想よく自分から名を名乗った。
「俺はメイディアKBC本部の琢磨。あんたの話、俺が買うよ」
冒険者たちを乗せたフロートシップは、夕の刻――――空と共に紅色に染まり輝き始めた北の海を、静かに飛び続けていた。