小劇場の怪人

■ショートシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月22日〜01月27日

リプレイ公開日:2007年01月27日

●オープニング

「‥‥だからぁ、2度も3度も同じ事を言わせないでって‥‥さっきから言ってるでしょっ!」

 黒っぽい背広に身を包んだ長身でやせっぽっちの中年男は、冒険者ギルドの職員を前にして、朝早くから散々に嫌味を撒き散らしていた。
「全く、ギルドの職員はどいつもこいつも‥‥本当に使い者にならないですわねっ!」
 男の甲高い怒鳴り声に、周囲の者たちが皆眉を潜めても、男は一向に態度を改める様子はなく、それどころか益々早口に捲し立て始めた――。

「とにかく、さっさと依頼書を張り出して、ちゃきちゃき人を掻き集めて頂戴っ! 事情がどうあれ、こっちは今夜も芝居の幕を上げなくちゃならないんですからねっ‥‥」 
「支配人さんのお立場は分りますが‥‥事件を早期に解決するには正確な情報が必要ですからね。まあ、もう少し付き合って下さいよ」 
 と、ギルドの年配の職員は手馴れた風に男をあしらう。すると、その職員の態度が気に触ったらしく、男は右の手をすっと自分の頭の高さまで持ってくると、やにわに拳を握り締めて、そのままそれを勢いよく机の上に振り下ろした。
 
 ドォォ――――ン。と鈍い音がギルドの館内に短く木霊する。

「あと5分で終わらせて頂戴」
 そう言って、男は背広の内ポケットから懐中時計を取り出して眺め始めた。
 メイにおいて懐中時計は希少なものだ。恐らくは天界人が持っていたものをオークションか何かで競り落としたのだろう。
「はいはい‥‥では最後にひとつだけね」
 と、男の強引な態度に根負けした職員は仕方なく、自分が一番最後にメモした部分に目を移した。
「とにかく、その正体不明の怪人とやらは今の所、客にも芸人にも大きな怪我を負わせるような所業はしていない‥‥んですな」
「怪我人が出たら、それこそ劇場は潰れてしまいますわっ! そしたら私は王都で完璧に職を失ってしまう‥‥そうなる前に食い止めるのです!」

 男が絶叫し終えるのを待って、ギルドの職員はわざとゆっくり頷いて見せる。
「分りました。支配人と劇場のために優秀な冒険者を募ることに致しましょう」
「当然ですわっ! メイディアの中でも有数の歴史を誇るうちの劇場が潰れるなんてことになったら、どれだけの人が悲しむ事か‥‥くれぐれも宜しくお願いしますわっ!」
 男――すなわち劇場の支配人はそういい残して、ギルドを去った。

 すると、彼がその場を去るのを待っていたかのように、今度は別の依頼人が興味深々でギルドの職員に話しかけてきた。
「さっきの男、仕事熱心なのはいいんだが‥‥あの性格がねえ。もういい年なのにまだ嫁の来手もないんだろ? 世話してやりたくても、ああ頭ごなしに怒鳴られちゃあね。それに、やたらプライドの高い人だから‥‥あの支配人と揉めて、劇場から締め出された芸人も多いって聞くよ」
 ギルドの職員が愛想よく適当な相槌を打つ間に、その依頼人に別の窓口からお呼びが掛かったので、職員はようやく落ち着いて仕事の続きに取り掛かることが出来た。
「さてと‥‥」

○1〜2週間ほど前から小劇場に『怪人』なる者が出没し、良からざる所業を働いている。
○狙われるのは花形芸人と称される踊り子や役者ばかり。
○出番直前に彼女らの舞台衣裳が盗まれたり、小道具・大道具に細工をされて舞台で立ち往生したり。客達も不審に思い始めている。
○荒らされた舞台のどこかに必ず『小劇場の怪人より』とメッセージが残されている。  

「舞台裏に出入り出来る人物には限りがあるはず‥‥。上手く事件が収まるといいが」
 そう、独り言のように呟くと職員は脇にあるドアを開け、書き終えた書類を持って、長い廊下を奥へと足早に去っていった――。

●今回の参加者

 eb1248 ラシェル・カルセドニー(21歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 eb4141 マイケル・クリーブランド(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb8300 ズドゲラデイン・ドデゲスデン(53歳・♂・鎧騎士・ドワーフ・メイの国)
 eb9356 ルシール・アッシュモア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・メイの国)

●リプレイ本文

●まずは潜入〜情報収集

「がははははははは――――! 久々の現役復帰ぢゃな。腕が鳴るワイ」

 調査開始初日の朝――今回の依頼元であるメイディアの小劇場の前に着くなり、ズドゲラデイン・ドデゲスデン(eb8300)は自慢の大斧ギガントアックスを肩に担いだまま、仁王立ちの姿で豪快に笑う。すると、劇場の前を往来する人々が、興味深げに冒険者たちを振り返った。

「ちょっと、ズドゲラデインさん! ま‥‥まずいよっ」
「そうそう〜これから隠密行動開始って時にぃ〜〜」
 開口一番、マイケル・クリーブランド(eb4141)とルシール・アッシュモア(eb9356)に小声で諌められ、ズドゲラデインは思わず背中を丸めて縮こまった。
「すっ‥‥すまん、つい‥‥」
「まぁ、少しくらい良いじゃありませんか。私も、舞台の脇で楽士として参加出来るなんて、考えただけでも今から胸が躍ってしまいます」
 ラシェル・カルセドニー(eb1248)はそう言うと、少しはにかんだ様子で小さく微笑んだ。
 彼女の笑みに魅せられて、他の皆も初日の緊張が解れたようだった。

「さてと。じゃあ、俺は新人の踊り手ってことで支配人に紹介してもらって、芸人仲間や裏方から色々情報を探ってみようと思う」
「わしは、今日のところは『用心棒』で潜入じゃ。同業者から何か怪人の噂を聞きだせるやもしれぬのぅ」
「じゃー、ルシは初日はお客ってことで、常連客や芸能通っぽい雰囲気の人を探し出して色々話を聞いてみるね。あと‥‥ルシは支配人さんからも、詳しい話が聞きたいんだけど‥‥」
「あ、それはあんたが適任だ。任せるんでよろしく」
「え?」
「そうですね、ルシールさんは見た目もとても愛らしいですし、きっと大丈夫です」
「は?」
「そうぢゃな〜。わしは、ああいう気の短い男はどうも苦手でいかん」
「へ?」
「それじゃあ、宜しく!!」

 他の3人はそう言うと、ルシールを残してさっと各自の持ち場へ行ってしまったので、彼女は止む無く一人で支配人室へと向かう。
 それでも、彼女が口うるさい支配人の嫌味にもめげずに多くの情報を聞き出せたのは、大きな収穫であった。
 ――かくして、この日より3日間に渡り、ラシェルたちの聞き込み調査が行なわれた。
 

***
 
 そして――3日後の夕刻。劇場の楽屋部屋を一室借り切って、4人は集めた情報を持ち寄っての情報交換と今後の作戦立案に取り掛かった。

 部屋の扉の前に誰もいないことを入念に確かめてから、まずはラシェルが語り始める。
「私、楽団の方々とのおしゃべりから、手がかりになりそうな話を聞き出してみようと試みたのですが」
「どうぢゃった?」
「皆さんの愚痴話を聞いていると、正直きりが無くて‥‥」
「数の割には、決定打にかけるってところか」
 マイケルの指摘に、ラシェルはこくりと首を縦にふる。どうやら、他の者も同じのようだった。――が、そこへルシールが、メモを書き綴った羊皮紙を片手に、肩を落としてどんより沈んでいる仲間に明るく声を掛けた。
「あのさ、これはルシの只の推測なんだけど‥‥」
 ルシールの言葉に、一同の顔にぱぱっと光が差す。
「あの支配人さんってさ、やたら時間に拘る人っぽいよねー。だから、ルシ、『遅刻が原因でクビになった人』に当たりをつけて聞き込みしてみたんだ」
「うん、そしたら?」
「エヘヘ〜〜ビンゴだよん☆」

 彼女が調べた話はこうである――。
 この小劇場には古くから勤める清掃係の男がいた。歳の頃は支配人と同じくらいだ。この男は支配人同様、仕事熱心で働き者だったので、彼のおかげで劇場はいつも綺麗で、埃が溜まっているような場所は殆ど無かった。
 だが、一月ほど前、彼の妻が重い病で倒れた。家族思いの男は毎朝仕事に行く直前まで妻の世話をし、そして劇場では役者たちが帰った後も夜遅くまで仕事をした。
 体力にそこそこ自信のあった男は、そんな生活を暫く続けていたが、実際のところ若者のように無理が効く歳ではない。彼はちょくちょく劇場に遅刻するようになった。
 あの支配人も始めのうちは、幾分柔らかめに小言を言うに留めていたのだが、遅刻が連日続くようになると、流石に堪忍袋の尾が切れた。――――程なく男は泣く泣く劇場を去った。

「そんな‥‥奥様がご病気では仕方ないでしょうに」
「ああっ、妻あっての亭主だ! そいつは間違っておらん!!」
 と、家族思いのズドゲラデインも、言葉につい力が入る。
「それで、その男が辞めたのって‥‥」
「うん、ちょうど2週間前なんだよね」
 2週間前といえば、劇場に怪人が出没し始めたのと同じ時期――。


「なあ、ひとつ相談なんじゃが」
「?」
「ここいらで、罠を仕掛けてはどうぢゃ」
「罠‥‥ですか??」

 ズドゲラデインは立派な髭を蓄えた大きな口元ににやりと笑みを浮かべると、早速仲間と共に作戦の打ち合わせに取り掛かった。


●誘き寄せ作戦!

 小劇場の前にはでかくて派手な看板。それを取り囲む人の群れ。メイディアの街は小劇場の新しい出し物の噂で持ちきりであった。

『ハゲーフラッシュ! で華麗に変身!』『大斧の武者、火花散る情熱の舞!』
 と、大きな文字で書かれた看板の前に立つ一人の男をそっと指差して、マイケルが支配人に尋ねた。
「あの男が、この間まで勤めていた清掃係に間違いないですか?」
「ええ‥‥でも、彼が‥‥まさか、そんなっ」
 柄にもなくひどく狼狽する支配人。だが、清掃係であれば、普段から劇場の裏の通路や内部構造に精通していて当然である。
 外からは目立たないような小さな窓など、芸人や客が気付かない場所からこっそり劇場内に出入りしたとも考えられる。

「彼が犯人と決まったわけじゃない。でも、マークするに越した事はない」
 マイケルの言葉に頷くと、仲間たちは気合を入れて各自の持ち場に戻っていった。  

***

 開演5分前――客席は新しい出し物見たさで超満員である。
 やがて、舞台に一筋の光が当たると舞台の幕が静かに上がり、異国情緒溢れる音楽が聴こえて来た。

「マイケルくん、さっすがだねー!」
 舞台の中央で独特の舞いを舞っているのはマイケルだ。踊りが得意というだけのことはある――と、舞台の袖で女性二人が感激しながら仲間の踊りに見入っていた。
「‥‥ちょっと。あなたたち、しっかり仕事して頂戴ねっ」
 と、刹那背後から聞き覚えのある甲高い声。支配人に怒られて、二人は慌てて舞台の裏へと視線を走らせた。
「うーんと‥‥そろそろズドゲラデインさんの出番だよね」
「そうですね、此処でかなり盛り上がるでしょうから‥‥怪人に要注意ですね!」
  
 そうラシェルが言う傍から、ルシールは反対側の舞台の袖で忙しなく動く人影に気付いて、
「あ――――――――! あの掃除係の人だ!」
「嘘っ‥‥やはりあの人がっ!」
「‥‥」
「とにかく、あっちに回ろう。まだ間に合うかもっ」
 そう叫ぶや否や、二人は裏の通路を走って急ぎ男の下へ向かった。

 ―――――――――――――――グググッ――――ガシッッッ!!!

「き、君たちは一体、‥‥何なんですかっ! この手を離しなさいっ」
 舞台の袖に到着すると、二人は有無を言わさず掃除係の男を押さえ込んだ。
「悪さしようったって駄目だよ!」
「諦めて、大人しく観念して下さいっ!!」
「何を言ってるんだ! あの『迫出し』は危険なんだぞっ、早く止めないと間に合わない――――!」
「迫出しって何の事です?」
 男の言葉にラシェルが反応を返したが、即座にそれは、自分の踊りを終えて舞台袖に駆け込んできたマイケルによってかき消される――。

「今更、言い訳するんじゃないっ!!」
 刹那――――――――――キリキリと音を立てて舞台中央の『迫出し』の大ネジ細工が回転を始めた。

「しまった、‥‥危ない――――――ッッ!」
「えっ」
 男が頭を抱えるようにしてその場に座り込むのに驚いて、マイケルたちは思わず舞台を振り返った。
 舞台では中央に備え付けられた『迫出し』から、煌びやかな衣裳を身に纏い、自慢の大斧を担いだズドゲラデインの姿が現れた。
 武者姿の彼が大斧を豪快に振り回し、わざと派手なポーズを取ってみせる度に、客席は歓声と拍手の渦に包まれていた。

「あの‥‥大丈夫みたいですよ、舞台」
「え‥‥」
 ラシェルの呼びかけに、清掃係の男が弱々しく声を返す。
「そうか‥‥なんとか持ったんだ‥‥そうか‥‥‥‥良かった‥‥」
「???」
 わけが分らず目を白黒させているマイケルたちのもとに支配人がやって来た。
「『迫出し』の大ネジ細工に不具合があったのかね?」
「ああっ、支配人! その通りです! ネジの一本が古くなっているので取り替えた方がいいと、辞める前に大道具に伝えておいたのですが、さっき彼に尋ねたらまだ交換してないと言うので、どうにも気になって‥‥」
「それで、わざわざ‥‥戻って来てくれたんだね」
 支配人の問いかけに、男は黙って頷いた。支配人の目から一瞬、光るものが頬を伝って堕ちた――。

***

「せっかく奮闘してくれた所申し訳ないが、彼は怪人なんかじゃありませんよ」
 舞台が大成功で幕を閉じた後、支配人はマイケルたちを別室に通し、飲み物や菓子を振舞いながら説明した。

「本当は真面目で仕事熱心な彼をクビになどしたくなかった‥‥。でも、皆の手前、けじめは必要です」
 と、支配人はいつもの高飛車な態度など微塵も出さずに、静かな口調で語った。
「いえ、悪いのは遅刻をし続けた私なんです。それなのに、支配人は、こんな私に頭まで下げて‥‥申し訳ないと‥‥何度も」
 男はそう言って言葉を詰まらせた。すると、黙って二人の話しを聞いていたズドゲラデインが、
「なるほど、だれ彼問わず辞めさせていたわけでは無かったんじゃな」
 支配人の表の顔にばかり気を取られていたと、男らしく非礼を詫び、仲間もこれに倣った。

「うーん、という事は‥‥怪人はまだ捕まえてないから」
「もう一度初めから出直しですね」

 刹那―――――――――――――――バンッ、と大きな音がしたかと思うと、部屋の扉を勢いよく開けて一人の女性が現れた。 

「『小劇場の怪人』の正体は‥‥‥‥私ですっ!!!」
「フローラ‥‥」
「フローラあ??」

***


 後でルシールが、フローラ嬢の自供通りにパースト初級の巻物で過去の残影を覗いてみると、確かに怪人はフローラ自身であった。

 ――フローラ嬢は、劇場のお抱え踊り子の一人で、支配人の事を好いていた。
 彼女はある日一大決心をして、支配人にデートを申し込んだ。
 驚いた支配人は、照れ臭そうにそれを承諾した。
 だが、デートの当日。約束の時間を過ぎても、支配人は現れない。フローラはてっきり振られたものだと思い、失意のうちに家に帰った。
 だが、当の支配人はというと、デートの前夜、興奮し過ぎたためか殆ど眠れず、デートの時間に遅刻しそうになった。
『いつも人に厳しくしている自分が、遅刻しました‥‥などど言ってはいられない!』――と、彼は小さな見栄を張ったのだ。
 
 その後、二人の仲は気まずくなってしまったのだが‥‥彼女の気持ちは治まらない。
 支配人に気付いて欲しい、声を掛けて欲しい、振り向いて欲しい――と、思い余って取った行動が、『小劇場の怪人』である。
 女性というのは――――何処の国であっても、厄介な生き物である。
     
「今回の依頼は成功なのかなあ」
「うーん、ルシたちが掃除男さんを掴まえた事がきっかけで、フローラさんが自供してくれたわけだから‥‥成功だよー多分☆」
 と、浮かない顔の仲間を励ますように、ルシールは元気よく笑顔で答える。
「その通りぢゃ! 怪人はあれからぷっつり出なくなったし、掃除係さんは奥さんの具合が良くなって職場復帰が決まったし、めでたしめでたしぢゃ! がははははははは――――!」

 それから暫くして、支配人とフローラ嬢の結婚式がメイディアで晴れやかに執り行われた。
 小劇場では今でも時々、『大斧の武者、火花散る情熱の舞!』の演目が演じられている。ズドゲラデインは、支配人に頼まれて仕方なくだと言っているが、真意の程は明らかではない。
 
 ともあれ――めでたし、めでたし。