魔の交渉人〜盗賊退治
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■ショートシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月27日〜02月01日
リプレイ公開日:2007年02月02日
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●オープニング
●リザベ国境線上/戦いの結末と残る謎
〜略〜
結局、敵の大将は、勇人やランディたちが大慌てで『逃走したゴーレムと馬車』を追い始めたのを尻目に、鮮やかに逃亡。
ゴーレムを逃したものの、敵のアジトを沈め、カオスニアンの野盗をほぼ壊滅せしめた事は、それでも高く評価された。
「俺がもっと早く気付いていれば‥‥! 何のために偵察にいったのか、これじゃ分らないです‥‥」
誘い出すつもりが、まんまと敵の誘導に乗せられ、馬車とは逆の方向に飛行してしまったことを響は悔やんでいた。
「でも、謎のゴーレムの外見や動きはしっかり確認出来たし、詳しく領主様に報告してみるね」
すでにゴーレムに自前のコードネームをつけてメモを取っているフィオレンティナは、明るく響を励ます。
「そうですね。俺も、ゴーレム以外の背後関係の証拠がないか、注意しつつアジトを調べてみました。念の為携帯で撮影したものを見せてみます」
その時、響が偶然見つけた奇妙な紋章(のようなもの)が、新たな別の事件の発端を開くことになるが‥‥‥‥。
それはもっと後の話となる――。
(〜「汚れなき空の下で」報告書より)
●子爵家跡と盗賊
さて――――――――。
先頃、リザベ領西端、『カオスの地』との国境付近を流れる河川下流域にて『正体不明の人型ゴーレム』との戦闘が繰り広げられた折に、冒険者の一人が野盗らのアジト跡から持ち帰った『紋章』付きのいくつかの遺留品。これらは後の調べで、当時その領地一帯を治めていた然る子爵家のものと断定された。
冒険者の証言により、野盗の正体が『カオスニアン』だった事を思えば、彼らがメイの領土内で大型馬車を手に入れたり、多数のカオス兵士を長期で駐留せしめるに必要な物資を調達するには、それ相応の後ろ盾があったと考えて差し支えない。それが貴族であれば、尚の事カオスニアンには好都合だったろう。
だが、由緒正しき子爵家がなぜ『カオスニアン』の庇い立てなど‥‥。
リザベ領主は、それらの事実関係を突き止めるべく直ちに調査命令を下したのだが、その直後に信じられない事態が起こった。
――子爵家は何者かの手によって『一家惨殺』という――非業の最期を遂げたのである。
それは文字通り、邸に仕える使用人を含めて皆殺しであった。その手口は極めて残忍で、遺体を回収して回った者の多くは、あまりの惨たらしさに何度も嘔吐したという。
子爵家に恨みを持つ者の仕業か、あるいは国境付近で勢力を広げつつある盗賊どもの仕業か‥‥いずれにせよ犯人は未だ捕まっていない。
***
「それで、その子爵家の領地はあなたが仕える伯爵家が引き継ぐことになったんですね」
「はい」
KBCこと瓦版クラブ・リザベ支部に席を置く男の問いかけに、エルフの騎士は短くそう答えた。
「私は縁あって生前の子爵家の方々とも懇意にさせて頂いておりました。あの聡明な子爵様が野盗の片棒を担ぐなど‥‥絶対に有り得ない事です」
騎士は穏やかな口調でそう語りながらも、テーブルに置かれた彼の手は行き場のない怒りで、微かに震えているように見えた。
「それで、あなたが私に調べて欲しいと言われる事は、子爵家とも関係が?」
男の問いに騎士は黙って頷いた。
「伯爵家では先ごろ、3歳の誕生日を迎えられた末のご子息の盛大な祝賀会が催されました。ですが、祝賀会が終わってからというもの、館の者は誰一人としてご子息の姿をお見かけしておりません」
「どこか旅行にでも?」
「いえ! いえ‥‥伯爵はそう仰せなのですが‥‥母君は勿論乳母一人としてご子息に連れ添ってはおられないのです。皆、館におられます。ただ一人、末息子のユリエル様だけが‥‥おられないのです」
と、エルフの騎士はそこまで言い終わると、不安げに頭を垂れた。
「確かに、少し不自然ですね」
男が彼の言葉に相槌を打つと、騎士は俯いたまま声を低くしてこう続けた――。
「実は‥‥これは後に子爵家に出入りしていた農家の者から聞いた話ですが、子爵様があのような最後を遂げられる半年程前から、子爵家の末のお嬢様の姿もぷっつりと館から消えていたそうです」
エルフの騎士の言葉に、男は思わずメモを取っていたペンの手を止める。その話は全くの初耳だった。
「私は‥‥恐ろしいのです。なにやら恐ろしくて‥‥不安で堪らないのです‥‥! せめてユリエル様の確かな居場所が掴めさえすれば、私はっ‥‥」
エルフの騎士が蒼ざめた顔をやや引き攣らせながら、そこで言葉を詰まらせると、男は暫く考えて後、机の引き出しから羊皮紙のメモの束をひとつ取り出して一番上の紙に目を通してから騎士に向き直って言った。
「分りました。今からお話することは、伯爵家のご子息の件とは関わりのない事かもしれませんが」
「はい」
「実は、例の子爵家の館跡に先日まで頻繁に野盗が出没していたんです。まあ、貴族さまのお屋敷ですからね、金になるものはいくらでも有るでしょうが‥‥ただ、領主が館の家財一式を全て引き取った後、もぬけの殻になった空き家同然の館を、あろう事か賊は自分たちの根城にしてしまったんです」
「?」
「当然、領内に賊をのさばらせてはおけないので、即時に討伐隊が組まれたのですが、存外こいつらが強くて」
「‥‥では、新手の冒険者に」
「そういう事です。賊のせいで子爵家の館跡には近づけなくて、正直私も頭を痛めていたところでした」
KBCに席を置く男は小さく笑って、そう言葉を閉じた。すると、
「あの、これもユリエル様のご不在に関わる事かどうか分りませんが‥‥祝賀会の前後から、館に見慣れない風貌の男たちが頻繁に出入りするようになったそうです。商人風の赤い髪が印象的な男だとか‥‥」
了解した――という風に頷くと、男は部屋を出る騎士を丁重に見送った。
それから、メイディア本部と連絡をとるためにシフール便を頼んだ。
(盗賊が、なぜ子爵家の館跡なぞを根城にする必要があるのか‥‥怪しいとは思っていたが)
ユリエルの件はこちらで調べるとして、だが同時に子爵家も洗い直す必要がある――――と、男は考えていた。なんといっても、子爵家はあの『正体不明の人型ゴーレム』との唯一の接点だったのだ。
○館の母屋は3階建てで、そこに15〜20人ほどの盗賊が寝泊りしている。
○食料は当然、近隣の農家や旅の商人から略奪。
○首領は大太刀を操る剣の達人で、噂によると『火』と『水』の精霊魔法に長けたウィザードが首領の脇に二人いるらしい。
○先の討伐隊をあっさり全滅させた事で、盗賊たちは余裕綽々のようである。
さて。後は冒険者諸君が鮮やかに賊を捕らえてくれるのを願うのみ――。
男は上着を羽織ると、また情報を集めにリザベ城下の町へと足を運ぶのであった。
●リプレイ本文
●夜襲
「素人の私が描くものですから、距離感まで正確には出せませんが‥‥」
と前置きをしてから、エルフの騎士はテーブルの上に置かれた石版にチョークで手早く複数の線を引き始めた。
「ここが正門、入ってすぐに大きな庭が広がっています。庭を抜けると正面に母屋。その脇に使用人たちの棟が並んでいます」
明確に書き分けられた図形は、まだ旧子爵邸を見たことが無い者にも、その姿を容易に想像せしめた。
「正門の反対側に裏門がありますが、裏から入った場合、母屋に辿り着くまでに馬小屋や納屋などの障害物が多いので、返って敵の待ち伏せを喰らう可能性も‥‥」
「全滅したっていう前回の討伐隊は、裏から仕掛けたのか?」
騎士の言葉に反応したランディ・マクファーレン(ea1702)が尋ねると、この部屋の主であるKBCの男が代わって答えた。
「いや。彼らは昼間、手下の半数が邸を出たのを見届けてから、正面から切り込んだらしい。だが、彼らを出迎えたのは盗賊ではなく、まるで花火のような爆発だったそうだ。‥‥これは、討伐隊の活躍を見ようと農家の物陰に潜んでいた子供らの話だがね」
「ファイヤーボムかっ‥‥」
眉間に僅かに皺を寄せて悔しそうに呟く陸奥 勇人(ea3329)に一同は一瞬黙り込んだが、重い沈黙を真っ先に破ったのはアリオス・エルスリード(ea0439)であった。
「ともかく当初の計画通り、我々は夜に行動しよう。闇を味方につければこちらにも分は有る」
「そうですね、それまでに少しでも多くの情報を集めましょう」
アリオスの提案に、彼と同じく隠密行動に長けたアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)も賛同した。
「ところで」
と、彼女は続ける。
「現時点で知り得た状況からすると、子爵の子女が人質にされていた‥‥という可能性もありますね」
「あの、例えば、押収した家財の中に子爵の日記の様な物は無かったでしょうか?」
自分もそう思うという顔つきで、音無 響(eb4482)がKBCの男に向き直って尋ねると、男は即座に返答した。
「残念ながら、それらしき物は発見されなかったよ」
「じゃあ、まだ邸の中に何か証拠が残ってるのかも?」
「いや‥‥」
フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)の言葉を制して、男は話を続けた。
「発見されてまずい品が残っているのなら、邸を燃やせば済む事だ。違うかい? だが、奴らはそれをせず、ただあの場所に居座っている。なぜだ‥‥奴らの目的は?」
「まさかっ‥‥あの中に、ユリウス君が!」
もし人質がそこにいるなら、簡単には手出し出来ない――。が、
「ここでうだうだ言うても始まらんちゃ!!」
刹那、業を煮やしたかのようにカロ・カイリ・コートン(eb8962)が、声高に叫んだ。
「今は賊どもをブチのめすのが先じゃ。臨機応変、その場でやれることをめいっぱいやるしかないちゃ」
カロの言葉に、皆が深く頷いた。――――やれる事をやるしか無い。
(こっちの一件が片付く頃に、咲夜さんが何か掴んでくれているといいけど‥‥)
響は王都を発つ前、友人に『赤い髪の男』の素性を探ってくれるよう頼んでいたが、男の身辺調査は難航を極め、未だ有力な情報を得るには至っていない。
「それでは、もし他に私に手伝える事があればいつでもおっしゃって下さい。竜と精霊の加護があらんことを」
エルフの騎士はそう告げると、どこか寂しげな微笑を浮かべながら静かに部屋を去って行った。
***
旧子爵邸襲撃決行の夜――――。
集めた情報をもとに、冒険者たちは野盗の頭が書斎と連なった3階の子爵の部屋で寝泊りしていると推測した。
館は横長の四角い建物で、正面玄関から2階に繋がる階段、それと3階まで繋がっている階段が建物の左右に2ヶ所。出入り口は正面と、左右の通用口があるが左右は共に賊によって封鎖されている。
「1階にいる賊は勇人たちに任せて、俺たちはすぐさま上に向かう。階段付近に寄ってくる奴らは、俺とアレクセイで押さえ込む。他の皆は構わず親玉の所へ向かってくれ」
「承知した」
ランディの指示に、刀の柄にしっかと手を掛けながらマグナ・アドミラル(ea4868)が答えた。ウィザードのゼディス・クイント・ハウル(ea1504)とサーシャ・クライン(ea5021)も続いて静かに頷く。
仲間たちがそのまま建物の影に身を潜めていると、間もなく正門付近から、『夜討ち』を告げる見張り番の大声が上がった。勇人らが動いたのだ。2階にいた手下が階段を駆け下りてくる様は、アレクセイのエックスレイビジョンで壁越しにはっきりと確認出来た。
彼らは、賊が一通り降りてくるのを見計らった後、アリオスのウォールホールを使って素早く邸内へと侵入を開始した――。
●水の精霊使い
「悪い奴らに手加減はしないからね〜!」
フィオレンティナは颯爽と剣を振りかざすと、敵の攻撃を身軽に交わしながらがんがん攻撃を命中させていった。
「賊の数は‥‥ざっと10人そこそこか。此処は俺たちだけでなんとかなりそうだな」
「ちゃきちゃき片付けて、ボスを潰しに行くぜよっ」
「はいっ!」
「っくしょー! ‥‥ざけんなッッ! お前ら、女子供に舐められるんじゃねーぞっ!!」
威勢を挙げ、数にモノを言わせようとする野盗たちであったが、幾多の修羅場を潜り抜けて来た冒険者にとって彼らは所詮敵ではなかった。彼らの意に反して、その場にいた賊はほどなく討ち取られ、一階の廊下は連なって横たわる悪漢らの図体ですっかり埋め尽くされてしまった。
賊が一人も動けないのを確認すると、勇人は正面の階段を数段登った所から仲間に次の指示を出した。
「じゃあ、俺とフィオレンティナは3階に上がる。悪いが、カロと響は用心のため正面口を見張っててくれ」
「分りました。二人とも気をつけて」
「そっちもな」
フィオレンティナが勇人の後に続き、響が正面玄関へ向かおうとしたところで、響の先を歩いていたカロがふいに立ち止まる。
「カロさん‥‥?」
響が声を掛けるのと同時に、カロの上背のあるしなやかな肉体が、一瞬大きく反り返って後、天を仰ぎながらその場に倒れた。
「‥‥カ‥‥ロ‥‥さん?」
カロの顔は恐怖に引き攣り、その胸からは夥しいほどの赤々とした鮮血が湧き出ていた――。
「――――――カロさんっっ!!」
何が起こったのか分らないまま、響は傷ついたカロのもとへ駆け寄った。
「なんて事‥‥凄い血だ‥‥と、とにかく止血しなきゃ‥‥」
響は恐怖から停止しようとする思考を必死に揺り起こしながら、応急処置を試みたが、その刹那――。
「危ないっ――――――――――響!!!!」
勇人は叫んだ。
彼はそれを見たわけではなかった。
だが、彼の経験がそうさせたのだ。
――凄まじい憎悪。背筋が氷りつきそうなほどの深淵なる殺意。
それが響に向けられたのを感じ取った瞬間、勇人は叫ぶしか無かった。ただ、叫ぶしか‥‥。
「‥‥グフっ‥‥」
声にならない音を上げて、響は大量の血液をその口から吐き、そのままカロの上に折り重なって倒れた。二人の周りはすでに血の海と化していた。
フィオレンティナの絹を裂くような悲鳴が聞こえた後、勇人の耳に誰かの足音が入ってきた。やがて――それはカロの傍で止まった。
「子‥‥供‥‥?」
階下には10歳を過ぎた位の少年、あるいは少女が一人立っている。その者は肩に掛かる銀の髪に濃い碧色のローブを纏っていた。
「きゃ‥‥」
刹那、子供の口元が僅かに動いたかと思うと、素早く印は結ばれ、光るものがフィオレンティナの身体を裂いた。
「フィオ‥‥くそっ、なんで俺は‥‥‥‥うわわあああァァ――――ッ!」
階段を転げ堕ちたフィオレンティナを追おうとした勇人の行く手を、今度は猛吹雪が襲った。
「チャクラの次は‥‥アイスブリザードかよっ‥‥‥‥やはりお前が」
圧倒的な風力に倒れそうになるのを堪えて、冷えきった体を支えながら勇人は子供の数m前に立ちはだかった。
「へえ、君は結構タフなんだ。でも、次に会ったら手加減はしないからそのつもりで」
「なっ‥‥」
子供の瞳は不思議なくらい青く澄んでいた。とても人殺しをする者とは思えない。
「僕のことより、お友達の手当てをしないと大変だよ? 3人とも君と違って体力無さそうだしね」
「うるさいっ! お前の差し図なぞっ‥‥」
「じゃあ、僕の役目は終わったから失礼するね」
「待ち‥‥待ちやがれ‥‥ッ!」
「嫌だな‥‥しつこい男は嫌いなんだ。この人、僕のチャクラをもう一発喰らうと多分死んじゃうけど、それでもいいの?」
少年は、その澄んだ瞳のままで、血潮の中に横たわるカロを指差してそう言った。
「くっ‥‥」
普段なら。普段ならウィザードの一人や二人に怯えるような勇人ではない。
だが、この時ばかりは流石の彼も軽々しくその子供に手を出すのは憚られた。
それは判断ではない。勘である。数々の試練に耐えてきた本能が、返って彼を動けなくさせていた――そいつは危険だと。
「まあ、そんなに残念そうな顔しなくても、すぐにまた会えると思うよ。『あの方』がそう言ってた」
「お、おい! 誰だっ、あの方って‥‥」
「‥‥ん‥‥ウウッ‥‥‥ッ‥」
その時背後で仲間の苦しそうな息遣いが聞こえ、勇人が駆け寄った後、彼が再び正面口を振り返った時には少年の姿はすでに消えていた。
「勇人、どうしたッ! 何があっ‥‥――――――」
「‥‥!!」
叫び声を聞きつけて階下へ降りてきたランディとアレクセイは、目の前に広がる惨状に語る言葉を持たなかった。
それでも、アレクセイは一番深手を負っていそうなカロと響の元へ行き、黙って傷の手当てを始めた。ランディもそれに倣った。
勇人だけが、拳を握りしめて天井を仰いだまま、その場に長く佇んでいた――。
●炎の精霊使い
「さて。これでもうお前たちの壁になってくれる者はいなくなった」
残っていた最後の賊の手下をアイスチャクラで蹴散らし終えた後、ゼディスは淡々とした口調で敵に告げた。
敵――すなわち、野盗の頭領とその脇に控える黒い髪の女ウィザードは、じりじりと壁際に追い詰められた。
「お前たちが大人しく投降するなら、強いて剣は振るわぬ。が、戦うのが好みとあらば、お相手いたす」
マグナはそう断りを入れると、ゆっくりと大太刀を構えた。
「フン。貴様らごときに後れを取る俺ではないわ。ミカエル、魔術師どもはお前に任せた。剣士はこの俺が討ち取る」
「いやだね」
「ミカエル?」
と、唐突に内輪もめを始めた二人の動向を、マグナたちは慎重に見守った。
「あたいの役目は済んだ。後はお前の好きにすればいい。『あの方』の視察も昨日終わった事だしな」
「ミカエルっっ! 今さら何を‥‥ッ」
「あたいのボスはお前じゃない。契約を忘れたのか?」
「し、しかし‥‥!」
「くどい」
女はそう言うと頭領の背中を足蹴りし、その勢いに乗じて部屋の窓を蹴破り、そのまま窓枠に張り付いた。
「逃がすもんか!!」
サーシャはすかさずサイレンスを唱えた。だが、
「うるさいガキだね。ミカエル様を舐めんじゃないよ」
魔法に長けた者ほど、その魔法抵抗は強くなる――サーシャは悔しげに唇を噛んだ。
「次はあたいの番だね」
女は口元に残忍な笑みを浮かべると、彼女を目掛けて得意のファイヤーボムを放った。
「エルスリード、アドミラル、長椅子の後ろに伏せろっ」
ゼディスは咄嗟にサーシャを庇うと、ボムに対抗するためアイスブリザードを詠唱する。
バババッ――ババッバリバリバリバリバリバリバリバリ――――――――――――ッッ!!
次の瞬間――――猛吹雪と爆音が一気に部屋を飲み込んだ。
だが、火と水という相反する物の衝突は双方の威力を奪い合う結果で終わった。
やがて、残り雪が微かに舞う静まり返った部屋の中で、ゼディスに助け起こされたサーシャが真っ先に声を上げた。
「あ、ありがとう!」
「‥‥。ウィザードの数は限られる。此処でこちらの戦力を削ぐわけにはいかない」
「‥‥」
礼を言って損をした気分に襲われる彼女だったが、傍らではマグナと賊の頭領との一騎打ちに決着が着いていた。
「エルスリード、どうした?」
ゼディスが壊れた窓に目をやると、弓矢を手にしたアリオスがゆっくりとこちらへ向き直った。
「‥‥女に逃げられたよ。だが、手応えはあった。女が手傷を負っているなら、朝になれば多少の痕跡は拾えるかもしれない」
そう言い終わると、彼はプットアウトを用いて、まだ部屋のあちこちに燻っていた火を丁寧に消し始めた。
長い夜が間もなく終わろうとしていた。
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結局のところ、賊の頭領から引き出せた情報は限られたものだった。
ユリエルの姿は旧子爵邸には無く、彼もその件については全く関与していないようだった。
野盗たちは或る男からの依頼を受けて、ただ子爵邸に居座っていたに過ぎなかった。その男が再び館を訪れる日まで――それまでの間、二人の用心棒を貸し付けるという約束で。
彼が契約を交わしたという相手の男については、可能な限り詳しい調書が取られ、リザベ領主の命を持って徹底した捜索が行なわれる事となった。
賊の身柄をリザベ領主に引き渡して後、冒険者たちは時間の許す限り、手分けして館内部を探索した。襲われた子爵家の謎に繋がる手掛かりを探し出す為である。
「何やってんですか?」
一階の執務室の扉が開きっぱなしになっていたのに気付いて、ランディが足を踏み入れると、そこには例のKBCの男が床に這いつくばって何やらしきりに床板を叩いていた。
「あ、うん‥‥琢磨君がね、貴族の館なら隠し部屋のひとつやふたつはあるだろうって‥‥ね」
「たくまぁ?」
「館の構造を考えると、地下室が一番無難なんだよなぁ。ああ、‥‥造るとしたらね」
そう言い終わる前に、男の目が一瞬鋭く光った。
「ビンゴ」
果たして、男の言う通り執務室の床板の一部を外すと、そこには地下室へと通じる細い通路があった。
だが――――その狭い地下室に置かれた本棚や机の上は、すでに何者かの手によって荒らされた後だった。
「目ぼしい物は持っていかれた後かもしれないけど、大丈夫。ここから先は私たちの仕事だからね。君たちの仲間が犠牲になった事――私たちは決して忘れない」
男はそう言うと、爽やかに笑って見せた。
それは、冒険者が久しぶりに見た笑顔だった。
――リザベの空は、哀しいくらいに青かった。