戦士の遺言〜光の剣

■ショートシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:12人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月07日〜02月14日

リプレイ公開日:2007年02月14日

●オープニング

『再びカオスが目覚め、国が乱れし時が来たなら、遥か北の海を目指せ。そこには「闇の衣を纏いし光」が眠るなり』
  
 ペンドラゴンが恋人に送った最後の手紙と噂される『戦士の遺言』。
 セルナー領主がその手紙に記された孤島の調査に乗り出してみると、あろう事か島には『バ』の要塞が建設されていた。
 だが、冒険者たちの活躍によって島民は全員無事に助け出され、要塞内部の構造もほぼ明らかになった。
 そうして、メイの聡明なる王は――遂に、この精霊砲3門を含むゴーレム兵器を備えた『バ』の要塞撃破の命を下したのである。

***

「これほどの要塞‥‥半年やそこいらで到底造れるはずは無い」
 先の島民救出の際にレンジャーの一人が調べ上げた内部情報に目を通した後、今回の任務遂行責任者であるネール隊隊長カフカ・ネールはそう呟いた。
「君はどう思う?」
「‥‥隊長のご推察通りかと」
 カフカの問いかけに幾分無愛想に答えたのは、KBC諜報員の上城(かみしろ)琢磨であった。彼はこの孤島の要塞に関わる貴重な情報提供者であり、天界人という騎士待遇の身分とある方面からの後ろ盾もあって、この場に同席することを軍より公認されていた。然るに彼は着座もせず、壁に寄り掛かったままであえてカフカとは視線を合わさず、ただ一言そう答えた。
「まあ、それはともかくとして」
 琢磨のやや礼節に欠ける態度はカフカの部下たちの神経に触ったが、上官である彼はそれを制して話を本題に戻した。
「最も新しい情報に寄れば、この要塞には先ごろ奴らのフロートシップである鹵獲艦が配備されたようだ。数は今の所1隻のみ」
「フロートシップまで‥‥っ、好き放題しやがって!」
 と――刹那、兵士たちの間に思わず暴言が飛び交うが、隊長は冷静にこれを再び制した。
「現状を整理すれば、敵の兵力はまず、例の精霊砲が3門。それにバグナ級ゴーレムが2騎あるいは3騎。先の戦いで確認された数は2騎だが、要塞内の格納庫の広さ、設備から推察すると3騎でも十分に考えられる。その他に要塞の守りで、中型恐獣部隊2〜3個群が常駐している。加えて、先ほどの話にでた鹵獲艦が1隻。以上だ」

「初期の調査隊を襲った魚竜は、その後どうなったのですか?」
 隊長の副官と思しき男が、矢継ぎ早に尋ねた。すると、カフカは目の間に広げられた海図を指差して答える。
「ここ‥‥この島より西に外れた地点で、つがいのモササウルスが2頭確認された。1頭は傷を負っていたらしい。島民救助の際にモササウルスが暴れなかったことを見ても、魚竜はカオスニアンが飼い慣らしているものではないだろう。同じく、島付近に翼竜も確認されてはいない。小さな島ではあるし、精霊砲とバグナがあれば、わざわざ大型恐獣を連れてきて配置する必要も無い‥‥ということではないか?」
「確かに‥‥」
 隊長の言葉に、副官をはじめその場にいた者は皆同意したようだった。
「厄介なのは、精霊砲だな」
 と、恐獣の話が落着したところを見計らって、唐突に琢磨が言った。
「3門の精霊砲――――これらが合わさって360度島を守っている。死角は無い。先に1門でも破壊しない限りはな」
「そ、そんなことは貴様に言われずとも分っている!」
 琢磨の、まるで他人事のような口ぶりに溜まりかねて、一人の兵士が席を立ち、彼を怒鳴りつけた。が、琢磨はそれには気にも留めず、今度はカフカをしっかりと見据えて言葉を続けた。
「予め敵陣に潜伏し、厳重な警備を掻い潜って精霊砲を内部から破壊。同時に始まるであろうゴーレム兵器同士の大消耗戦の中――もし万が一にも退路を断たれたら、先に潜入した隊は全滅だ。たとえ、それで要塞が落とせたとしても‥‥そんな危険な任務を、あんたたちは冒険者に押し付けんのかっ!!」

 琢磨の叫びに、一瞬部屋に重い沈黙が流れた――が、カフカは慎重に言葉を選びながら、努めて冷静に答えを返した。
「君が言いたい事はよく分る。だが‥‥今のメイでは彼らこそが『希望』なのだ。我ら正規軍人に、彼らほどの経験と力量が備わっているのなら‥‥」
 行けるものなら自分が行く――カフカの気持ちを察することが出来ない琢磨ではなかったが、出した言葉を引き戻すことは出来なかった。
「チっ‥‥命が惜しいだけの、野次馬が‥‥ッ」

 刹那、吐き捨てるように囁かれた言葉が、琢磨の耳に刺さる。
「俺は――――――――命より大切なものなんて知らない。知りたいとも思わないッ!」
「琢磨ッ!!」
 カフカが止めるのも聞かず、上城琢磨は重い扉を開き、その部屋を後にした。
 部屋に残った者の中には動揺を隠せない者も少数見受けられたが、そこは軍人として隊長が喝を入れて仕切り直した。
「ともかく、要塞をこのまま野放しにすることは断じて許されない!――そんなことをすれば、バは勇んでこのセルナー領へ多大な圧制を仕掛けて来る事は必須だからだ。我々は持てる力の全てを持って、この状況を打破しなければならない。分るな?」
「はいっ、隊長!」
「我々は如何なる時でも隊長に従います」
 若い兵士たちの目に漲る『揺るぎ無き闘志』をその身で受け止めながら、指揮官カフカ・ネールは言葉を結んだ。
「作戦の詳細は、集められた冒険者との協議によって詰めることとなる。場合によっては、この中から歩兵数名を冒険者に追従させる事も有り得る。その場合は、彼らの指示に忠実に従う事。如何なる時も、軍人としての誇りを忘れるな。本日は以上だ」

 全員を解散させた後、カフカは琢磨が行きそうな場所を覗いてみることにした。
 彼は自分を、あるいは軍人を嫌っているのだろう――と、カフカは薄々感じていたが、それでも彼は『風変わりな天界人』への興味を消し去ることは出来なかったのである。
 なぜなら、琢磨自身も十分な危険を冒し、この戦いの渦の中にすでに身を投じているのだから‥‥。
 そして数日後、北の孤島要塞撃破の依頼は軍から正式に冒険者ギルドにもたらされた。 

【要塞断面図】

∴空∴∴∴∴∴∴∴∴□□□□□□
∴∴∴∴∴∴∴∴∴□
∴∴∴∴∴∴∴∴□
∴∴∴∴∴∴∴∴精霊砲/3F
∴∴∴∴∴∴∴■■■
∴∴∴∴∴∴∴∴∴□□□────────
∴∴∴∴∴∴∴∴□□
∴∴∴∴∴∴∴□□/階段2箇所有り/2F
∴∴∴∴∴∴□□────────────
∴∴∴∴∴□
仝仝仝仝 □/階段2箇所有り/1F ※各階ごとに見張りの歩兵2〜4名
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

地下・ゴーレム格納/階段有り
──────────────────────
※侵入可能な入り口は1F正面、あるいは要塞周囲の排気口より地下へ潜入後上へ。

【精霊砲位置・上側】
仝仝仝∴∴∴∴∴■∴∴仝仝仝
仝仝∴∴∴∴∴∴■∴∴∴∴仝仝   
∴∴∴∴∴□□□■□□□∴∴仝仝
∴∴∴∴□∴∴∴砲∴∴∴□∴∴仝仝
∴∴∴□∴∴∴∴∴∴∴∴∴□∴∴
∴∴□階段∴∴∴∴∴∴∴∴∴□∴仝仝
∴∴□∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴□∴仝
∴∴□∴∴∴∴要塞内∴∴∴∴□∴仝仝
∴∴□∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴□∴仝
∴∴■砲∴∴∴∴∴∴∴∴∴砲■∴∴ 
∴■∴∴□∴∴∴∴∴∴∴□∴∴■∴
■∴∴∴∴□∴∴階段∴□∴∴∴∴■
∴∴∴∴∴□□□□□□□∴∴∴∴∴

 ※精霊砲一門につき/カオス兵各3名配置
 ※精霊砲の材質は概ね木材です。

●今回の参加者

 ea0266 リューグ・ランサー(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4189 ハルナック・キシュディア(23歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb7992 クーフス・クディグレフ(38歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)

●サポート参加者

エリオス・クレイド(eb7875)/ 朝海 咲夜(eb9803

●リプレイ本文

●『モーヴェ島奪還作戦』
 阿修羅の剣探索に端を発し、遂にはバの隠し要塞の露見にまで及ぶ事となった『戦士の遺言』事件。
 この事件の舞台となる北の孤島――。

 この島は海賊たちの間でモーヴェゼルブの島と呼ばれていた。周辺に浮かぶ小さな島々の中でも比較的緑に恵まれていたため、モーヴェゼルブ(雑草)という名が付いたらしい。
 尤も、長ったらしい名前ではあるので、大抵の人はこの島を「モーヴェ島」と呼んでいた。
 そうして、セルナー領における今回の対カオス戦には『モーヴェ島奪還作戦』というコードネームが与えられる事となった。

    ***

「モナルコスには優れた体と有効な重さがあり、恐獣や敵ゴーレムからの攻撃を受け止めることが出来ます」
 と、ハルナック・キシュディア(eb4189)は説明する。
「これを大いに活用する事で攻撃を‥‥つまり、戦果を上げる機会をあなた方に確実に提供できるのです」
 モーヴェ島から西に2kmほど離れた地点で待機するフロートシップ「メーン」のゴーレム格納部の中で、これから自分と共に出撃するネール隊の兵士たちを相手にハルナックは熱弁を振るっていた。
「この作戦中はチームを組んで、連携を保ちつつ行動しましょう。私が乗るモナルコスが盾になって、矢を防ぎ恐獣を食い止めます。その間にあなた方は敵歩兵を排除し、私が食い止めている敵を側面から長槍で思いっきり刺して下さい。思いっきりです」
 ハルナックが説明し終えると、兵士たちは皆、了解したという風に大きく頭を上下に振って見せた。

 また、彼らとは反対側の、モナルコスにほど近い位置でも、風 烈(ea1587)によって兵士たちとの意思疎通が図られていた。
「戦場で共に戦うには何よりも、仲間を信頼できるか否かが大事に成ってくると俺は思う」
 と、烈はこう前置きをしてから、一緒に戦う仲間の顔をぐるりと見回した。
「バグナが現れたなら、1騎は俺が引き受ける」
 烈の言葉に、同じく対バグナを担当する鎧騎士のクーフス・クディグレフ(eb7992)が無言で頷いた。
「だが、恐らく敵の恐獣部隊が、同時にバグナの支援に回り込んで来るだろう。俺がやばそうな時は、すかさず奴らを叩いて欲しい」
 そう言って、烈は自分の今までの戦闘体験から、兵たちに対恐獣戦における基本的な事柄を細かくアドバイスし始めた。クーフスも興味深くそれに聞き入っていた。

 一方、チャリオットとグライダーが置かれた近くでは、それぞれの操縦担当者たちが、念入りな準備を行なっていた。

「出航前に肩慣らし程度の走行はして来たけど、実戦は結構久しぶりだから‥‥やっぱりちょっと緊張するよな」
 フロートチャリオットの操縦者、龍堂 光太(eb4257)はそう呟きながら、積荷や命綱を注意深く点検している。
「俺が一緒に行ければいいんですが‥‥」
 と、申し訳なさそうにシルビア・オルテーンシア(eb8174)に話し掛けているのは、音無 響(eb4482)であった。

「フロートシップの位置をしっかり確認するには夜明けまで待った方がいいですよね。俺は夜明け前にチャリオット隊に同行して出撃する事になるから‥‥とりあえず、今までで分っている地形や危険そうな場所を地図上にポイントします。良かったら、飛ぶ時の参考にして下さい」
 響が手際よく描いた島とその周辺の略図を受け取ると、シルビアは嬉しそうに微笑んだ。
 その時、彼女の目に水色の塗料を入れた缶が映った。
「あ、これっ、何でもないんですっ‥‥先に模型組んでテストしてからでもいいかなーなんて‥‥いや、ほんと‥‥っ」
 彼女には、響が言わんとする事がさっぱり分らなかったが、とりあえず礼を述べてその場を離れた。

 ――と、丁度その時、ブリッジで打ち合わせを終えた陸奥 勇人(ea3329)たち残りのメンバーが格納部へ降りてきた。
 勇人は皆を呼び寄せると、やや緊張した面持ちで言葉を発した。
「ネール隊長との詰めも終えてきた。彼からGOサインが出次第、潜入工作班は出発する。みんな、それまでに準備よろしく頼む」
「‥‥全く。山一つ分の要塞とは、敵も思い切った物を造ったもので。その思い切りの良さは見習うべきかもな」
 と、そう他人事のように呟いたランディ・マクファーレン(ea1702)に、フォーリィ・クライト(eb0754)の容赦無い突込みが、軽やかな足蹴りと共にランディの脇腹に入った。
「ちょっとー、他人事みたいに言ってんじゃないわよっ! あんたたちもしっっっっかり、仕事して来なさいヨッ!!」
 フォーリィの足蹴りを避けるどころか、まともに喰らってよろめいたランディを支えようとしたエイジス・レーヴァティン(ea9907)までもがその勢いに押されて、二人無様に転倒してしまった事は、この場だけの秘密である。

「じゃあ、俺はそろそろ、武装部へ上がる事にする。船首にある精霊砲の調子も見ておきたいしな」
 リューグ・ランサー(ea0266)は、そう勇人に告げると、頑張れよと勇人の肩を軽くポンと叩いた。
「ああ、そっちも‥‥船は任せたぜ」
 リューグは小さく頷くと、くるりと背を向けて階段のある出入り口へと向かった。すると、
「いよいよですね」
 暫し、リューグの後姿をぼんやりと目で追っていた勇人の後ろから、アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が静かに声を掛けた。
 彼女はこの中の何人かの仲間と共に、すでに2度この島を訪れていた。
(『闇の衣を纏いし光』が一体何なのか‥‥果たして、この決戦の後に分るのだろうか)
 釈然としない思いを胸に抱いたまま、彼女は3度目の上陸に向けて、しっかと身支度を整えた。

    ***

 冒険者一向がブリッジを出た後、KBCの上城琢磨は、当作戦の指揮官であるカフカ・ネールと共に、机上に重ねられた様々な資料に目を落としていた。
「君も本当に物好きですね。事が片付いてから、海賊船で島に下りる方が遥かに安全ですよ」
「あんたが指揮官なんだから、この船は沈まないよ」
「その言葉には全く根拠が見えませんが‥‥」
「まあ、これも俺の仕事のうちなんでね。邪魔はしないから‥‥」
 と、言いかけて琢磨はふいに口を閉じた。

○潜入工作班
 勇人
 アレクセイ
 フォーリィ
 光太(チャリオット)
 響(グライダー)

○地上戦担当
・対バグナ
 クーフス(モナルコス)
 烈 
 正規軍兵士 (3人×2組)
 
・対カオス恐獣部隊
 ハルナック(モナルコス)
 正規軍兵士 (3人×4組)

○対地支援担当
 リューグ(メーンにて攻撃指揮)

○対艦/地上戦担当
 エイジス
 ランディ
 シルビア(グライダー)

「なあ、この対艦‥‥ってやつだが」
 と、琢磨は担当部署と名前が列記された部分を指で指し示した。  
「ここを動かすのは、ギリギリ待った方がいいと思うぜ。バのフロートシップはまずこっちには仕掛けてこない。撃ってもせいぜいバグナを出すまでの時間稼ぎだ」
 琢磨はそう言って、指で地図をパチンと弾いた。
「バグナが出れば、フロートシップはさっさと尻尾を巻いて退散する――この小さな島要塞は、隠れていたからこそ価値があった。現時点でその実態が暴かれたなら、島の橋頭堡としての価値は余りに低い。そんな場所を、奴らが死守するとは思えない」
 琢磨の論説を、カフカは横で黙って聞いていた。
「それよりも、潜入班だ。此処は入る時より、出る時の方が厄介なんだ‥‥独力で脱出出来る状況ならいいが‥‥」
「どうして、それを先ほどの会議の席で言わなかったんですか」
 カフカは静かに、だが、十分に彼の怒りが伝わる程度の重みを持って琢磨を責めた。
「それは‥‥」
「『野次馬』と兵に言われた事を気にしているのですか」
「俺は‥‥。現場に行くのは俺じゃない。戦うのは俺じゃない。血を流すのは俺じゃない――俺は最後まで自分の言葉に責任を‥‥」
「責任を負いたくても負える立場ではないから、と君は逃げるんですか?」
「俺はっ!」
 カフカに言い返す言葉を、琢磨は持たなかった――。
「琢磨‥‥焦る事はない。この異界の地で君が何をなすべきか‥‥ゆっくり考えればいいんです」
 カフカはそう言って、琢磨の肩を静かに叩いた。

●精霊砲を目指して
 陽と月の精霊力がともに弱まり、空が虹色に染まり始めた頃、シルビアはエイジスを乗せて、島の偵察に飛んだ。
 以前に一度この島を訪れているランディが、出来れば先に島の全様を見ておくことをエイジスに勧めたのである。
 二人は注意深く高度を保ちながら、優良視力を用いて敵のフロートシップのありかを探し出す事に努めた。
「あれは‥‥」
「きっと、アレだよね」
 程なく、二人はバのフロートシップの姿を視認する。詰まる所案ずるには及ばなかったのだ――フロートシップは琢磨の報告にあった場所から動いてはいなかった。
 つまり、要塞内部には入らずに、島要塞の北側の海岸に依然停泊したままだった。
「どうして‥‥なぜフロートシップを格納しないのかしら」
「うーん、カオス兵って、思った以上に案外間抜けなのかな?」
 二人は何か引っ掛かるものを感じつつも、一旦メーンへ帰還した。
 その頃、勇人ら潜入工作班の一行は、要塞西側の岩場の影から上陸。チャリオットを隠蔽した後、最寄の排気口を探し出し、地下通路への侵入に成功していた。

    ***

 排気穴の隙間から僅かに差し込む光によって薄暗く照らされた地下通路の中、息を潜めながら勇人たちはアレクセイの帰りを待っていた。
「あ、帰ってきたみたいだな」
 まだ彼女の姿はその瞳に映らなかったが、勘の良い天界人の光太が真っ先にアレクセイの気配を感じ取った。やがて、アレクセイはインビジブルのスクロールを解くと皆の前に姿を現した。
「(お疲れ様〜!)」
 と、フォーリィが小声で明るくアレクセイを出迎える。
 足元には先ほど彼女にのされた見張りのカオス兵が3名、口から泡を吹いたまま倒れていた。
「(で、どうだった? バグナは)」
「ええ‥‥それが」
 勇人の問い掛けに少し困ったように返答するアレクセイを見て、バグナ奪取に燃える光太と響が勇人の背後から身を乗り出した。
「警備‥‥厳重なんですか?」
 黙って首を縦に振ることで、響の予想通りの反応を彼女は返した。
「バグナは2騎です。個々のバグナを2層の柵状の壁が仕切っています。恐らく壁は稼動式のもので、起動と同時に開くと思われますが‥‥ただ、警備の兵を黙らせつつその壁を破り、ハッチを開けてバグナに乗り込むには‥‥相応の人員と時間が必要かと」
「つまり、光太と響の二人だけじゃ少々キツイわけだ」
「僕たちが手に入れた情報以上に、中の警備は厳しくなってるんだ。予測はしてたけど‥‥」
「あたしは、バグナを無視してこのまま3階へ上がる案を押すわ。バグナ奪取が叶わないのは残念だけど‥‥あたしたちの第一目標は精霊砲なんだからね!」
 と、潔くもフォーリィがまず決断の意を表した。それを受けて、勇人が即座に指示を出した。
「よし、俺もここで時間を食うのは本意じゃない。気持ちを切り替えて、精霊砲破壊に集中する!」
「了解!」
 咄嗟の勇人の言葉に、皆が瞬時に従った。頼れる仲間を持った‥‥と彼は心の奥で安堵した。

    ***

 ――アレクセイが先の2度に渡る依頼で集めた要塞内部の情報は、今回の奇襲作戦に大いに役立った。
 なぜなら勇人ら潜入工作班は、見張りの目を掠めながら敵に気取られる事無く、無事精霊砲が格納されている3階へ達する事が出来たからである。
 3階へ到着した彼らの動きはまさに『疾風の如く』であった。
 まず、多彩な戦技を有するフォーリィとアレクセイが先手を打って敵を抑えに掛かった。フォーリィに至っては、精霊砲の真正面で固まっていたカオス兵士5人をソードボンバーで十把一からげに薙ぎ倒すという大技をやってみせた。
 これを見た光太と響が『以後絶対に、何があっても、彼女にだけは逆らうまい』と、心に固く誓った事はこの場だけの秘密である。

 ある程度フロア内を制圧し終えると、勇人と光太が階段付近の入り口を固め、残りが順次精霊砲を破壊してゆく。
 手順は、フォーリィのバーストアタックで木片のガラクタと化した精霊砲に響が油を注ぎ火を点ける。予め島人たちから聞き込んだ情報をもとに砲座の開閉機構らしきパーツをアレクセイが動かすと、果たして仕切られた壁が開き、砲座が中から外へと迫出す形になった。
 紫煙は空へとゆっくりと立ち昇り、ランディのイーグルドラゴンパピー、アーシェのテレスコープによって程なく確認されるだろう。

「さぁて、命が惜しく無い奴は相手になるぜ。でなけりゃさっさと尻尾を巻くんだな!」 
 階下から駆け上がってくる雑兵たちに向けて、勇人の第一声が放たれた。――――撤退の合図だ。
 バグナの奪取は成らなかったものの、3門の精霊砲を見事破壊し終えた冒険者たちは、この後に展開する地上戦を支援するため一路出口を目指した。

●メーン出撃
 夜明けの偵察を終えたグライダーを収容して後、メーンは島から1kmの地点へと移動していた。
 『狼煙』確認の報は速やかに艦内に伝達され、バリスタ部隊と共に待機していたリューグのもとにも届けられた。
「戦力が少ない俺達にとってこの船は最大の攻撃力でもあり生命線だ。絶対に沈めるなよ!」
「「オオ――――――――――ッッッ!!!」」
 バのフロートシップが一体どう動くのか――リューグの心に一瞬僅かな不安が頭を擡げたが、彼は勇気を持ってこれを制した。
 要塞制圧を賭けたメーンの上陸作戦はすでに始まっているのだ。引く事が出来ない以上、押して成し遂げるしかない。
 リューグは遥か前方に横たわる緑の島を見つめながら、黙って拳を握り締めた――。

    ***

 作戦通り、メーンは島の南西方向(村の西海岸)より侵入し、モナルコス2騎と正規軍兵士らを船胴中央部のカタパルトから極めて迅速に展開した。
 すると、まさに機を狙うが如く、バのフロートシップがその姿を上空に見せた。と、フロートシップは間を置かずに空の上から大弩弓を使って、モナルコスに向け勢いよく大石の雨を降らせた。
 対象物と十分な距離を詰める前に放たれた石はモナルコスにかすりもしなかったが、ともすれば士気を殺ぐ効果はある――要は威嚇攻撃だ。
「小癪な真似を‥‥」
 刹那――モナルコスの操縦席でそう呟いたクーフスの瞳の中に、浅黒く光る巨人の塊りが映る。
「バグナだ‥‥」
「あれが‥‥バグナ‥‥」
「あの装甲の色‥‥俺、気味が悪い‥‥」
 と――――――モナルコスの足元にいたネール隊の騎士の間に動揺が広がった。無理もない。
 バグナに遭遇する事自体まだ希少な上に、今から自分たちはアレを相手に闘うのだ。気後れするな――と言う方が無謀だった。
 だが――。
「バグナなんぞ一撃で倒して、俺様の尻の下に敷いてやるわ――――――っっっっ!!!」
 いわゆる――ファック・ユー!――である。あるいはサラヴァ・ビッチ(意訳:雌豚の息子)か‥‥。
 このクースフの雄叫びに、味方から大歓声が沸き起こった。
「少々荒っぽいですが、的確な判断と行動でしたね」
 もう一方のモナルコスの制御胞の中でハルナックが、その足元で烈が、共に小さく微笑んだ。

●予期せぬ敵
 一方、バのフロートシップは琢磨の読み通り、最初の威嚇射撃の後はあえてメーンに接近しようとせず、じわじわと戦線を離脱し始めていた。
「このままでは、敵のフロートシップに逃げられます!」
「私たちを出撃させて下さいッ!」
 と、対艦戦闘員としてまだブリッジに残っていたエイジスとシルビアが、カフカ・ネールに強く進言したが、カフカは首を縦には振らなかった。そして、先ほどからブリッジの窓越しに戦況を伺っていたランディに声を掛けた。
「マクファーレンさん。陸奥さんたちは全員、要塞から出て来ていますか?」
「狼煙が上がってからすでに十分な時間は経過してるんだ。勇人くんたちなら、当然、楽勝で‥‥」
「いいや。まだだ」
「そんなっ‥‥」
「そういえば‥‥響さんのグライダーも‥‥」
 まだ見ていない、と言いかけてシルビアは言葉を飲み込んだ。
 何か――――目に見えない壁が、自分たちの前に立ちはだかっているような錯覚を3人は感じていた。
「要塞へ‥‥飛んでもらえるかな」
 カフカはゆっくりと言葉を選んでから、声に出した。琢磨の予想が当たっていない事を願いながら‥‥。

    ***

 光太は――文字通り『焼け付くような痛み』をまさにその身を持って体験していた。
 三角に削られた鋭利な鏃(やじり)を持つ長い矢は、光太の右足のふくらはぎ部分の後ろから前方向へ深々と食い込んでいた。
 額にはあぶら汗が浮き、唇の色はすでに無い。
(しっかりしろっ‥‥! こんな所で‥‥こんな所でへたってる場合じゃないんだッ)
 頭の隅でそう叫んでみても、身体は思うように動かないどころか、その震えを止めることすら、今の光太には叶わなかった――。
「‥‥飛び道具で待ち伏せとは、卑怯じゃねーか」
「他人の家に勝手に上がりこんで家財をぶっ壊すのは、許されるってのか。えぇ? どうなんだよ」
 カオスニアンの兵士に混じって、恰幅の良い鎧騎士風の男が高飛車に勇人を睨み付けながらそう答えた。
 勇人たちは地下へ降りる階段を封鎖され、正面出口を強行突破しようとした所、建物の中で待ち伏せていた大勢の弓兵と数人のてだれの兵士によって足止めされていた。
 正面出口に繋がるホールは吹き抜け状態で、2階部分に配置された弓隊は後ろと両横から、1階にいた兵士は前後から、勇人たちを取り囲む形となった。
「人の家に先に土足で上がりこんだのはお前らだろっ! お前たちのせいで島の人たちはっ‥‥」
「よせ! 響!!」
 刹那――。
 ヒュュウンンンン――――――――と、空気を割くような音がしたと思うと、矢は響が咄嗟に構えた『貝殻のバックラー』に当たって弾かれた。
「ちぇっ‥‥盾持ってる奴狙うのはつまらね〜よなあ。弱い所から責める、これ『戦の常識』あるね」
「う‥‥煩いっ! 黙れっ‥‥」
「動いちゃ駄目よ!! アレクセイッ」
 フォーリィの盾に隠れるように身を伏せていたアレクセイが、無理に立ち上がろうとするのを、必死でフォーリィが制する。
 彼女も光太と同じく、弓隊が最初に放った矢によって左足の太腿を負傷していた。
「直に俺たちの仲間が、ここを抑えにやってくる。その前に逃げ出した方があんたらのためじゃないのか?」
「勿論、そうするさ。ただ、帰るには土産が要るだろ? 俺たちのような傭兵は、敵の首を討ち取ってなんぼの商売さ。精霊砲をぶっ壊した張本人たちの首を挙げれば、さぞかし褒美も弾むってもんさ。なあ、そうだろ? お前たち」
 小隊長と思しき男の下衆な笑い声が聞こえたかと思うと、再び、勇人たちに向けて一斉に矢は放たれた。
 一瞬――メイディアを発つ日に見送りに来てくれたエリオスの言葉が、勇人の脳裏に甦る。
 ――――「くれぐれも油断なきよう」
 生きて還れたなら、彼に大目玉を食らうだろうと勇人は思う。生きて‥‥還れたならと。

    ***

 一方、要塞の外では壮絶な地上戦が繰り広げられていた。
 恐獣部隊が有するヴェロキラプトルは当初6頭だったが、槍隊と組んだハルナックの策は見事に功を奏し、また、リューグが指揮するバリスタ部隊の後方支援もあって、その数はすでに半数を下回っていた。
 対して、バグナと1×1で戦闘を続けているクーフスは、すでに体力というよりも己の精神力との戦いに入ってしまっていた。
 相手に致命傷を与え得る武器あるいは技を持たないゴーレム同士の戦闘は、まさに気力の勝負であり、クーフスはそれに懸命に耐えていた。
 そして烈は‥‥。
 目の前に立ちはだかる浅黒い巨漢を見据えて、彼は敵陣に突貫する直前に話をした、ネール隊の年若い兵士の言葉を思い出していた。
「戦場では人一人の力などたかが知れている。故にたった一人で戦況を覆せるものは英雄と呼ばれるのだろうな」
 ふと漏らした烈の言葉に若い兵士が答えた。
「いえ、たった一人で戦況を変えられる人なんていません。その人を信頼し、その人に付き従う大勢の者がいるからこそ、戦況は動き、彼はのちに人々から英雄と呼ばれるんです」
「そう‥‥かな」
 予想外の答えに戸惑う烈に、兵士は笑顔で答えた。
「その大勢の中に加わることが出来れば、自分は本望です」
(本望‥‥か)
 烈は、己の意識を一気に集中し、眼前のバグナに三度挑む。 
「今こそ奥義を持って応えよう。――――ゆくぞッ、破岩―――――――斬鉄!!!」
 烈の拳は、バグナの右脚部の下部を僅かに砕き、深い裂け目が脚部の上下に走った――。

●シルビア小隊、突撃!
「シルビアちゃん、大回りしてもいいから、確実に要塞に取り付こうね!」
「はいっ」
 要塞の外にやはり勇人たちの姿は無い――――。 
 シルビアとエイジスはライダーで、その傍らにランディがペガサス、フェーデルに騎乗し、3人は込上げて来る不安と闘いながら一路要塞を目指した。
「おい‥‥正面の入り口付近ががら空きだぜ」
「ほんとだ」
 敵のバグナが島の東側へ移動した事で兵の多くはその流れに従い、逆に西寄りの位置にあった要塞正面の出入り口がほぼ無防備な状態になっていたのである。
「面倒臭いから、あそこから入っちゃおっかー」
 と、いつものにっこり笑顔で提案するエイジスに、相変わらず大胆な事をあっさり言う奴だとランディは目を丸くしたのだが、
「はいっ、ではそうします!」
 と、ランディが答える間も無く、シルビアは一気に急降下を始めた。
(やれやれ‥‥)
 シルビアの底知れぬ度胸の良さにも感嘆させられるランディであった。

    ***

 ――勇人たちは、自分たちより数の多い敵に囲まれながらも、よく耐えていた。
 弓矢は厄介だったが、盾で応戦する間は致命傷を負う事はない。また、敵の大将も存外小賢しく、彼らの技量を見抜くと一体一での格闘戦を挑んでは来なかった。
 だが、このままでは勇人たちに反撃の機会は回ってこない‥‥光太たちの手当てもしなければ、大事に至ってしまう‥‥。
 『焦り』が、彼らを追い詰め始めていたその時――――。

「「「おっまたせ――――――――――――――――ッッッ!!!」」」

 一際晴れやかな声がフロアに轟き渡ったかと思うと、真っ白な翼を広げたペガサスが勇人の頭上を飛び越えた。
「ぐえっっ」
「ググッ」
「ギャア――ッッッ!」
 断末魔の叫び声と一緒に、勇人たちの足元に、矢ではなく夥しい血の雨が降り注ぐ――。
 フェーデルに跨るランディが薙刀で2階の弓兵を尽く薙ぎ払う間に、エイジスが目にも留まらぬ速さで1階にいる兵士を次々に打ち倒した。
「引けっ‥‥!」 
 敵の小隊長の命で、生き残った兵が必死に要塞の奥へと逃げ込もうとするのを見て、思わず彼らを一人で追おうとしたエイジスをランディが咄嗟に制した。
「間に合ってよかった‥‥本当に‥‥良かったですっ‥‥」
 やがて。静まり返ったホールの床にへたり込むと、綺麗な青い瞳を潤ませながらシルビアが何度も、何度もそう呟いた――。

    ***

 シルビア隊の活躍により全員が無事要塞を脱け出た直後、島の北側から爆竹のような音と共に狼煙が上がった。
 それが敵の撤退の合図だったらしく、バグナ2騎は突然静止すると、中の操縦士はハッチを抉じ開け、バグナを乗り捨てて味方と共に逃走した。
 勿論、ネール隊もその後を追ったのだが、あらかじめ用意されていた逃走用のルートだったようで、要所に仕掛けられた罠に足止めされ、追跡は叶わなかった。
 後で分った事だが――彼らは島を撤退する際の保険として、小型のゴーレムシップを複数島の北側に確保していたようだった。つまり、フロートシップはその隠れ蓑だったと思われる。
 今回は対バグナ戦という貴重な情報収集の機会を得たわけだが、バグナ制圧に依然これといった上策を探り当てる事が出来ないでいる現状は、クーフスのみなならず、鎧騎士全員の今後の大きな課題となった。(ちなみに捨てられたバグナの制御胞内部は、逃走した操縦士により破壊されており、主要なパーツは持ち去られている)
 また、メーンに残りバリスタによる対地支援を担当したリューグの功績は高く評価された。
 今後さらに激化するであろう対艦、対地戦においてフロートシップが果たす役割と任務の重さを改めて痛感するリューグだった。

●再び村へ
「どうして俺たちに護衛を頼んだんですか?」
「知りたそうな顔してたから」
 響の問い掛けにあっさり一言、琢磨はそう答えた。クーフスと響は、この無愛想な青年の後を仕方なく付いて行った。
 森の中を暫く進むと、開けた広場に出た。かつて村人たちが暮らしていた場所だった――。
「彼女がいたら、ブツを探すのにさほど手間は掛からないんだが‥‥怪我人を呼びつけるわけにはいかないし。俺の勘が外れてたら謝るよ」
 彼女とはきっとアレクセイの事だ――と響は直感した。
 琢磨は一つの家屋に見当を付けると、ずかずかと中に入って、手当たり次第にその辺のものを引っ掻き回し始めた。
 二人が驚いてその様を眺めていると、ふいに琢磨が口を開く。
「この島の連中は、他に移住する事になったよ」
「え?」
「可哀想だが仕方ない。メイの軍部はあの要塞自体をぶっ壊すような馬鹿はしない。利用価値はあるからな‥‥そんな島に住んでる方がずっと危険だろ?」
 正直――響は琢磨の話に落胆の色を隠せなかった。彼は、島人が再びこの場所で幸せに暮らす事を願っていたからだ。
「そんな顔するなよ。あんたたちの想いは十分彼らに届いてるって」
 琢磨はそう言って、少し寂しい笑みを浮かべてみせた。こんな顔もするんだ――と二人は異国の珍しいものを見るような目で琢磨を見た。
 上城琢磨は彼らにとって、まだ謎多き不審者であった。
「あった‥‥」
 そう、琢磨が埃まみれの小箱から取り出したのは、一振の短剣だった。大層高価なもので、鞘と柄の部分に宝石や細かな金細工が施されている。
「これが『光の剣』」
「ええ――っっ!」
「魔剣じゃないぜ、言っとくけど」
 琢磨の話によれば、それは王都へ帰還する際嵐に遭遇し、この島に流れ着いた高貴な騎士の持ち物らしい。彼は島の娘の手厚い看護を受けるうちに、彼女を見初め、王都へ連れ帰る事にした。
 そして、彼は島の長に礼としてこの剣を納めた。それが彼が身につけていた物の中で最も価値あるものだったのだろう。
 以後、娘の縁で島には年に1、2度大層な贈り物が届けられた。娘を大事にしているという気持ちを伝えたかったのだろう。だがそれは、先の「カオス戦争」を境に途絶えた――。騎士が命を落としたのだ。娘もほどなくその後を追ったと言う。
 島人は騎士と娘を思い、剣に名を与えて以後これを大事に守った‥‥。
「では、あの遺言の伝説は一体‥‥」
「あれは体のいい、でっちあげだ」
「ええ――っっ!」
「誰かが俺たちを此処へ――来させたかったのさ」
 琢磨はそこまで語ると急に無口になった。そうだ――『島の隠し地図』を彼に渡した女の正体もまだ分らないんだ。
 響は、王都で頑張ってくれている咲夜を思った。彼が何か新たな情報を見つけ出していてくれる事を‥‥。

    ***

 尚、今回の功績により、冒険者全員に精竜銀貨章がめでたく授与された――。