翼竜の黒影

■ショートシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:12人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月17日〜04月23日

リプレイ公開日:2007年04月25日

●オープニング

「リザベ領のみならず、砂漠の東からも難民が続出する事になろうとは‥‥」
 額に掛かる見事なブロンドの巻き毛を手で軽く掻き上げながら、カフカは大きく溜息を吐いた。彼の薄く引き締まった口元から零れた吐息に、先ほどからテーブルに運ばれてきた苦いハーブ茶を啜っていたKBC諜報員の琢磨が即座に反応した。
「ここは何が何でも抑えておかないと、騎士団はおろかメイ全土の民の士気にも関わるだろうな」
「全く、他人事のように言わないでくれ。KBCを批判するつもりは毛頭無いが、君らが書く記事次第で民の気持ちは揺れ動く。それはすなわち国を揺るがすという事だぞ」
「情報の隠蔽か? 確かに騎士団の大敗ぶりを隠すことは、識字率が低く公のネットワークも構築されていないこの世界じゃ至って簡単な事だ。でも、それじゃ問題の根本的な解決にはならないだろ?」
「私は別に嘘を書けとは言っていない」
「でも実際、俺に圧力掛けてるじゃん」
「‥‥」
 三十歳そこそこの年齢に達するカフカ・ネール隊長は、自分の目の前でしゃあしゃあと開き直る年下の琢磨に思わず閉口してしまう。
 任務の内容はともかく、今回の作戦にKBCの人間が同行する事に彼はいささか困惑を隠せないでいたのだ。
「こっちが勝てばいいのさ」
「確かに。勝てば‥‥というより、勝たねばならんのだ」
 そう言いながらも、どこか胸騒ぎのようなものを覚えずにはいられない。
「『翼竜の魔戦士』とやらをとくと拝ませてもらう。俺はそのために作戦に参加するんだから」
「目的はやはりそれか」

 『翼竜の魔戦士』とは――大型翼竜一騎を含む中型翼竜を主力とした新手のカオス兵団の指揮官の異名であった。
  サミアド砂漠とステライド領の国境は以前よりカオス勢との攻防が絶えないが、ガス・クドが実質砂漠の拠点を押さえている事に乗じて、今現在、北のセルナー領への牽制を含め砂漠の東を果敢に攻めているバの部隊があった。
 『翼竜の魔戦士』と呼ばれるカオスニアンの指揮官で編成された部隊がそれである。
 彼らに襲われ陥落した村々は皆大火で焼き尽くされ、元の形を微塵も留めないほどに徹底的に破壊し尽くされた。
 新たな世界を構築するためには古き世界を破壊し尽くして『無』に帰す事が肝要。
 何の躊躇もなく破壊と侵攻を繰り返す彼らの行動は、まさにそのプロパガンダのようにさえカフカには思えた。

「私の部下たちは一度、『モーヴェ島奪還作戦』の折に中型恐獣部隊と戦っているが、デイノニクスを相手に十分に闘えると思うか」
「‥‥スタミナが要るな。奴ら、体はヴェロキよりでかいくせに俊敏さでは劣らない。殺傷能力は当然上だ。出来る事なら武具も防具も新調してグレードを上げておいた方がいい」
「率直な助言は助かる。それにしても戦とは厄介なものだな。一度手にした武力は強大に成りこそすれ弱体化する事はない。どこまでも終わりのない力比べをやるしか無いか」
 刹那、カフカの言葉に琢磨の顔が曇った。
 自分は、もといた世界でかつて起った数々の戦争を知らない。実際に経験したわけじゃない。それでも‥‥。
「血を流すのは兵士だけじゃない。あんたたちはすぐにそれを忘れる。‥‥戦争では、見えない所で絶えず、より多くの血が流されているんだ」
「それでも兵士は戦場で戦うしかない。ちがうかい?」
 琢磨はほんの一瞬カフカを振り返ると哀しげな瞳で彼に何かを訴えたが、ほどなくいつもの生意気そうな表情に戻り、再び苦いハーブ茶を啜った。
 いつかこの不器用で純粋な青年と、兵士としてではなくただの一人の人間として語り合える日が来るだろうか、とカフカは思う。
 いつか、この戦争が終わったならと――。

   ***

 『翼竜の魔戦士』とその部隊。彼らが放つ火種がメイ全土に及ぶ前に、一刻も早く敵の侵攻を食い止めるべく王宮より冒険者ギルドに依頼が出された。

■サミアド砂漠東端の集落を次々と襲っている新手のカオス兵団の侵攻を阻止。殲滅あるいは砂漠へ撤退させる。

【敵の武装状況】
・大型翼竜 1騎 =指揮官のものと推測される
・中型翼竜 4騎(プテラノドン)
・中型恐獣部隊 2個群(デイノニクス)

【使用可能なゴーレム】
・攻撃型高速巡洋艦メーン あるいは攻撃型巡洋艦ルノリス
・モナルコス 2騎まで
・グライダー 5騎まで
・チャリオット 1騎

※騎士団より、騎兵50名まで。
※モナルコス及び騎士団は、輸送艦エルタワ(もしくはリネタワ)にて現地まで護送可能。


←サミアド砂漠
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↓南・ステライド領

▲/丘陵
凸→/進軍中のカオス兵団
凸/在留カオス兵
■/すでに陥落した集落
□/集落

●今回の参加者

 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4244 バルザー・グレイ(52歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb7992 クーフス・クディグレフ(38歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●サポート参加者

龍堂 浩三(eb6335

●リプレイ本文

●メーン
「俺ってもしかして晴れ男かもな」
「晴れ男?」
 攻撃型巡洋艦メーンのメインブリッジの窓から外を眺めながら琢磨が呟いた不可解な用語を、思わずカフカ・ネールが聞き返す。
「俺が参加する戦って、どういうわけかいつも天候良好なんだよ。ほら、雨が凄いと兵士が辛いじゃん。‥‥体冷えるしさ、特にグライダー隊とか」
「なるほど、そう言えば‥‥」
 と、思わずカフカも頷く。モーヴェの戦の時もそうであった。
「しかし、天候が良いのがお前のせいとは思えないが」
「きっと俺のおかげだって。そうに決まってる」
 戦闘開始前だというのに琢磨がにいつになく楽しげに話すのは、やはり『翼竜の魔戦士』と対峙する事への諜報員の期待からなのだろうか――。
 一瞬、カフカの心に複雑な思いが交錯するが彼はそれを表に出す事は無かった。 

   ***

『目的地点まで、あとわずかです。グライダー隊、発艦準備急いで下さい』
 ブリッジから格納庫と甲板へそれぞれ命令が伝えられた。
 モナルコスをやや後方に押しやって、まず先発としてカタパルトから離陸する4騎のグライダーには、バルザー・グレイ(eb4244)とシルビア・オルテーンシア(eb8174)、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が後部座席にそれぞれ弓兵を乗せて、リューズ・ザジ(eb4197)の機体には風の魔術師、ルメリア・アドミナル(ea8594)が雷撃手として乗り込んだ。
 甲板にはペットのロック鳥と共に参戦する音無 響(eb4482)のグライダーと、同じくペットのペガサスに騎乗したランディ・マクファーレン(ea1702)の姿があった。
 出撃を目前に控えてランディは《オーラエリベイション》を専門レベルで施術する。精霊魔法による攻撃に対抗する手段として闘気魔法は十分に有効であった。
「危険な戦いだけど、俺はどうしてもみんなを守りたいんだ‥‥お願いラプラス、俺に力を貸して」
 響はロック鳥を優しく撫でながら愛鳥を戦場へと駆り出す事を心の中で深く詫びたが、ロック鳥は毅然とした姿で高い空を見上げて響を勇気付けた。

「蒼穹を汚し大地を蹂躙する醜悪な獣共の翼など、この私がへし折ってくれる!」
 リューズの晴れやかな声でその場の兵士たちの士気が奮い立つ。戦いとはまず己に勝つ事から始まるのだと、当たり前のようでいて頗る困難な課題を戦士たちは勇気を持って乗り越えようとしていた。
『目的地点に到達! グライダー隊、発艦ッ!!』
 合図と共に、5騎のグライダーが一斉にメーンを飛び立ち、白いペガサスと巨大なロック鳥がその後に続いた。
 雲ひとつない晴れ渡った青い空へと彼らが放たれた時、敵はすでに東側の大集落の手前にある小さな集落をその汚れた足で踏み潰し、邪悪な爪で惨たらしく掻き捌いている最中だった。

   ***

「連中、派手にやってるな」
 ブリッジの正面に濛々と立ち込めるきな臭い土煙――。
 大陸の中央に広がる広大なサミアド砂漠の周辺で、懸命に営みを続けてきた人々の大切な場所の一角が今、カオス兵たちに好き放題に凌犯されている。
 破壊する事がさながら美徳であるかのようなカオス軍の様を見せ付けられて、琢磨は言いようの無い嫌悪を感じていた。
「あの小さな集落の村人は全員、在留していた騎士団がすでに東側の集落へ避難させている。グライダーを含む兵士たちにもその事は伝えてある」 
「って事は、遠慮なく‥‥」
「精霊砲を眼前の敵に発射した後、速やかにモナルコスと騎兵を此処から北に向けて展開。彼らに敵陸戦部隊の脇腹を抉ってもらいつつ、我々はリネタワの前に出る形で一旦東方へ移動、後にグライダーと連携して翼竜部隊の正面に回り、大弩弓を持ってこれを排除する」
「了解」
 あからさまに貴族の出である事を感じさせる上品な指揮官ではあったが、戦場での冷静沈着なカフカの指揮はほぼ寸分の狂いもなく正確で的確であった。
 メーンが角笛を合図に精霊砲を敵陣の懐深く命中させた後に、その巨漢を降下させるのをモナルコスの制御胞の中で感じ取りながら、龍堂 光太(eb4257)とクーフス・クディグレフ(eb7992)は自分たちの役目をもう一度頭の中で思い返す。
(敵の派手な航空戦力は脅威だけど、実際に破壊を行なっているのは地上部隊だ。奴らを素早く叩く事が敵の撃退に繋がる。――だからこそ僕たちは確実にこの任務を遂行しなければならないんだっ)
 光太の気迫がクーフスにも伝わったのか、彼もモナルコスに装備した長槍を持つ手にあらためて力を込めた。
(俺は翼竜とは相性が悪いと常々思ってしまっていたが、今度こそジンクスを打ち破ってみせる!)
 カタパルト開放の合図と共に格納庫に差し込んでくる眩い陽光のその先に向かって、モナルコスを始めとする陸戦部隊が次々に戦地へと降り立って行った。

●リネタワ
 一方、騎士団の騎兵部隊を積んだ輸送艦リネタワは東側に広がる集落の手前に防衛線を引くために南から上がるメーンの動きに合わせて東側から進軍した。
「ミケーネ殿! 避難民の状況は如何かっ?」
「これはっ、グラン殿!」
 グラン・バク(ea5229)は、陸奥 勇人(ea3329)、フォーリィ・クライト(eb0754)と共にメーンから敵の恐獣部隊を撃破するために出撃したが、リネタワが着艦すると避難民の誘導、護衛に当たるべく現地の指揮官である女戦士ミケーネの元へ走ったのであった。
「我らが到着した時には、集落の村民の7割はすでに内地へ移動済みであった。彼らが抱える『翼竜の魔戦士』への脅威は相当なものだったようだな。残った3割は体の弱い者や年寄りばかりだが、艦への収容はほどなく完了するだろう。貴殿が進言してくれた馬車は大いに役に立ったというわけだ」
 年は自分とさほど変わらないのだろうか。血生臭い戦場では男だとて少なからずの畏怖を感じると言うに、ミケーネの他を圧するまでの凛とした風貌に、グランは暫し魅了された。
「さて。私はこれより兵を従えて前線へ出るが、貴殿はどうされる?」
「前線へ? こちらの指揮は‥‥」
「此処は私でなくとも十分に務まる。『攻撃は最大の防御』。今前に出て先の部隊に合流し、一気に恐獣を叩けば敵の士気は大いに挫かれる。違うか」
「確かに‥‥」
「では、先に参る! 戦の後にまた会おう!」
 颯爽と騎乗した白馬の上からグランに微笑みかけるや否や、ミケーネは兵を引き連れて土煙の中へと猛々しく突進して行く。
(はっ‥‥俺が出遅れて何とするッ!)
 村人たちの保護が速やかに行なわれているのを確認した後、グランも慌てて彼女を追いかけた。

●空戦
 紺碧の空を己の戦場として、中型翼竜部隊とグライダー隊は互いに正面から向き合う形のままで、暫し膠着状態を維持していた。
 グライダー隊はその速度を有効に生かして側面から弓矢で急襲を掛けるも、残念ながらさほどの成果を挙げられなかったのだ。
「翼竜部隊と名を持つだけの事はありますね」
 不敵に笑うカオス兵を睨みながら、シルビアが悔しそうに呟いた。
 彼女は隊の先頭を切って、同乗の弓兵のみならず自身も弓を構え中央の翼竜の片翼を狙って矢を放つも、寸での所をプテラノドンの操者の熟練した腕でかわされてしまった。
「ともかく、睨み合っていても仕方が無い。相手の力量が測りしれないのは敵も同じ。ならばまずは敵を撹乱し、素早く奴らの後ろに回り込み、敵の弓兵を確実に射落とそう」
 敵の出方を見てから仕掛けに行く算段をしていたリューズだが、あまり時間を掛けられては、精神的にも体力的にも飛行時間に制限を持つグライダーは不利であった。
「メーンが追いついたら、バリスタの射程内に誘い込む事も忘れずに。船からの発射時の合図も聞き漏らさぬようにな!」
 と、今度はリューズの提案にバルザーが言葉を添える。本作戦では、彼の提案でごく簡単な手話、つまり片手で行なえる共通の合図を導入する事になった。勿論、それらの信号を戦闘中に間違いなく送受信するためには、グライダー操者の冷静な判断力と更なる技量が求められる事になるだろう。

「では改めて先陣を切らせて頂きます!」
(これが彼らの戦い、なんて惨い‥‥)
 地上の惨状にルメリアの怒りが込み上げて来る。
「竜と精霊の尊き御名のもとに‥‥ライトニング――サンダぁーボルト――――ッッ!!」
 眼前の4騎の翼竜部隊を切り裂くかのようにルメリアの手から稲妻が放たれ、その閃光に触れた翼竜の足先が見事に焼け爛れ、異臭を放った。
「チぃッ、――――各騎、散開ッ!」
 中型翼竜部隊のリーダーと思しき男から号令が飛び、プテラノドンが散り散りに飛び回るのを5機のグライダーが追った。
 グライダーはその機動性を生かして機敏に彼らの後ろを取ると、弓矢やルメリアの魔法攻撃で果敢に攻め入った。
「今度は絶対に逃さないっ」
 先の負けを取り戻すべく、シルビアが敵へ突っ込む。今度は後方の弓兵に射撃を任せ、自分は敵の微動な挙動も見逃すまいと操縦に全神経を集中した。
 操縦技術では他の仲間にやや遅れを取っている事を気にしていたベアトリーセも、戦場では大切な仲間であり、また大事な戦力であった。
 彼女は主に後方支援の役割を果たした。ランスを構えて巧みに敵翼竜の尻を追う響や、ルメリアの雷攻撃から逃れようとする敵を捉えては、機体を上手く配置して同乗の弓兵に敵弓兵を狙わせた。
 やがてグライダー隊はほどなく2名の敵弓兵を射落としたが、こちらの戦法を少し離れた場所から伺っていた翼竜の乗り手が赤っぽい光に包まれ始めると、ペガサスに騎乗して同じく戦況を冷静に見守っていたランディからすかさず声が上がった。
「炎の魔術師だっ! 皆、気をつけろ――――ッ!!」
「リューズさん、急速浮上して下さいっ!」
「承知!!」
「全員、散開――――――っっ!」
 響の掛け声に瞬時に反応してリューズが機体を一気に上空へ押し上げ回避行動に出る。
 無論魔法の炎は外れることは無いが、バルザーの合図で、全騎が《ファイヤーボム》の直撃を受けるという事態は避けられたのである。

『出来合いの部隊にしちゃ、結構やるじゃないか。ガイコツ面のあんちゃんよぉ』
「んだとぉぉ――?」
 スカルフェイス(いわゆるガイコツ面の鎧兜)で顔を覆っているランディに、敵の小隊長らしき男が声を掛けた。
 ペガサスのホーリーフィールドとの伝説の盾は、屈強にランディの身を守り通した。
『だが、お前たちは大事な事を忘れてねえか?』
「大事な事だぁ?」
「よ‥‥翼竜の魔戦士‥‥」
 震える声で、ベアトリーセが呟いた。
 彼女の言う通り、大型翼竜ケツァルコァトルスの姿はそこには無かった。
 大型翼竜はなぜか遥か後方で悠々と旋回を続けながら流血の戦場を眺めていた。

●恐獣戦
 リネタワのミケーネ隊の参戦も有り、デイノニクス1頭を3〜4人の兵士で取り囲む形になった地上部隊は冒険者が想像した以上に優勢であった。
「物量作戦ってのはどうも面白くねー気もするが‥‥」
「何言ってんの! 負けたらお終いよっ!!」 
 ぶつぶつ愚痴を洩らす勇人に横からフォーリィの叱咤が飛ぶ。
「そりゃそうだ。負けちゃ話になんねーな」
 そう言って、勇人は自分たちに向かって猛進してくるデイノニクスに狙いを定める。
 フォーリィがまず恐獣の周りに群れているカオスニアンの歩兵数名を《ソードボンバー》で一撃で薙ぎ払った後、勇人がすかさず《スマッシュ》を決め込む。
 するとデイノニクスは足元をふらつかせながら3mもの巨体を大きく後退させたが、フォーリィがそこを逃さず恐獣の喉元を狙って《ソニックブーム・ポイントアタック》を叩き込むとデイノニクスは卒倒したままついに動かなくなった。
 流石に熟練を積んだ冒険者である。彼らほどの技量を備えていない騎士たちは、力の足りない部分を仲間との強力な連携と粘りで応戦した。恐獣の足を執拗に狙うチームや、恐獣の胸元を狙うチームなど、傷付きながらも戦いの中で彼らは敵の弱点を少しずつ見極めていった。
「勇人殿!」
 2頭目の恐獣を倒した勇人らに、白馬に跨ったミケーネが駆け寄った。
「我ら騎士団は恐獣を押さえ込むので精一杯だ。すまないが、敵の頭を討つのはそちらに任せても宜しいか」
「もとよりそのつもりだぜ♪」
「あんた、嬉しそうねー‥‥」
 子供のようにはしゃぐ勇人に呆れながらも、自分もまた逸る心を抑えられないフォーリィだった。
 また、光太とクーフスが乗るモナルコスも奮闘している。
 ヴェロキラプトルよりも体が大きくなった分、デイノニクスはモナルコスにとって扱いやすい面も出て来ていた。
 いくら俊敏とはいえ、的が大きければ当てやすい。クーフスの長槍が繰り出す《フェイントアタック》は功を奏した。
 また実際、馬力いわゆる腕力においてはモナルコスの方が勝っていた。恐獣の鋭い爪と牙から繰り出される攻撃は確かにモナルコスに傷を与えたが、モナルコスが一旦恐獣を抱え込んでしまえば彼らは身動きが取れず、腹に騎士団の槍攻撃を一斉に浴びせられたり、地面に投げつけられたりして、その獰猛な闘志とスタミナは徐々に削られていったのである。

●再び空
 敵の大将を欠いたままで、空も陸も戦闘を続けていた――それは、微かな不安を冒険者に抱かせたが、まずは目前の敵を倒す事。皆の意識はそこに集中していた。
 空ではメーンがグライダーと連携してのバリスタでの一斉射撃を試みていた。
 今までの戦いでは、翼竜は際どくバリスタの射程範囲をすり抜けながら艦に攻撃を仕掛けて来たが、今回はグライダー隊が追い込んできた翼竜をタイミングよくバリスタが狙うという策を用いる事で、空飛ぶ敵を射落とす事に成功した。
 当たれば大蒼穹の威力は凄まじいのだ。
 急浮上して、かろうじてバリスタの矢をかわした所で、上で待ち構えていたグライダーやペガサスが翼竜を捉え容赦ない攻撃を加えたので、4騎いた翼竜はすでにその半数に減っていた。
 また、響のペットであるロック鳥もその存在だけで敵に十分な脅威を与え得た。ロック鳥のストーム並みの羽ばたきは敵の弓兵の矢を吹き飛ばす事はおろか、翼竜の飛行能力さえも奪いかけたからである。
「でも、向こうにはまだ火の魔術師が残っていますね」
 残った2騎のうち後方に位置する1騎のプテラノドンを見据えてルメリアが言った。
「敵はたったの2騎で、こちらは5、加えてランディとロック鳥もいるのだ。流石にこの状況でメーンに手を出して来るとも思えないが」
「そうですね、魔術師を射落とす事を優先しつつ、あと2騎、頑張って堕としましょう!」 
 グライダーは操縦者の気力と根性で浮いている――つまり、あまり戦闘が長引けば、残念ながら状況は極めて不利になる。
 疲れの見え始めたグライダー隊に僅かな焦りが見え始めた、その時だった。
『‥‥引くぞっ』
『はいっ』
 2騎のプテラノドンはグライダー隊の目の前から突然撤退した。
「追うか!」
「いや、深追いは危険だ」
「これで‥‥終わりでしょうか」
 不安げにベアトリーセが呟いた直後に、『それ』は動いた――。

●翼竜の魔戦士
「すまない、ベリアル。あの男の言った通り、お前の力を借りねばならないようだ」
「イザク様。あなたと一緒なら、わたくしに怖いものなど何一つ有りは致しません」
 女がそう囁くと、男はふと口元に小さく笑みを浮かべながら黙って女を見つめ返し、それから徐に正面を向き直った。
「しっかり掴まっていろ!」
「はい!」
 プテラノドンの倍は有るその大きな翼をはためかせて、指揮官と魔術師を乗せた翼竜はカオス兵と冒険者たちが戦っている血みどろの場所を目指し蒼穹を翔る。
 砂の大地に黒い影が動いた――。

   ***

「なんだっ?!」
「一体どうしたんだッ、敵が一斉に引いて行くぞ!」
 地上では突如始まった敵兵の撤退に、騎士団や仲間たちに動揺が走っていた。
 確かに冒険者は優勢だった。だが、カオス兵らがまるで何かに怯えるような顔つきで我先にと逃げ出す様は、撤退というには相応しくない異様な風景を醸し出していた。
「――――――――――――――空だああぁぁ!!!」
 誰かが叫んだ。
 モナルコスに乗った光太とクーフスが同時に天を仰ぐと、すぐそこに今までに見たこともないような巨大な黒い翼竜の姿が映った。
「あれが‥‥『翼竜の魔戦士』」
 『それ』は美しかった。
 グライダーなど所詮人の作った紛い物だという事を否応無く感じさせるほどに、強い生命力に満ち溢れた強大なその対の翼は何に縛られる事もなく、青く澄んだ空を凌駕していた。
「綺麗だな‥‥」
「光太、何をしているっ! 早く騎士たちを避難させるんだ。奴は何を仕掛けてくるか分らんぞーっ!」
 クーフスの怒鳴り声で我に帰るも、足の遅いモナルコスでは到底奴を避けられない程に、大型翼竜は光太たちの上空に迫っていた。
(しまった! ‥‥ならば、せめて俺が皆を守る!!)
 負傷し逃げ遅れた騎士たちを庇って前に出ると、光太は重心をしっかと落とし盾を構え、天に剣を突き出した。
「皆、出来るだけ低く構えて! 俺がモナルコスで奴の体を食い止めます!」
「ならば、俺も!」
「ここで逃げちゃ、女がすたるわよっ」
「大将の顔くらい拝んでおかねーとな」
「それもそうだな」
「みんな‥‥」
 光太の周りにクーフス始め、仲間たちが皆終結した。
 勿論、グライダー隊も黙って眺めてはいなかった。
 彼らは俊足を生かしてケツァルコァトルスに追いついたが、黄金の髪を棚引かせた女魔術士の《ストーム》攻撃を受け、後退を余儀なくされた。
 翼竜はモナルコス目掛けて急降下しつつ《ファイヤーボム》を放ち、光太らの突き出す剣を際でかわしてそのまま浮上した。
 幾人かは魔法抵抗により《ファイヤーボム》の威力を軽減出来たものの、今までの戦闘ですでに疲弊していた騎士団の被害は相当なものだった。
 『翼竜の魔戦士』は遥か西へ去った後、敵は沈黙し、カフカたちはどうにか防衛線を死守したかに見えた。

●砂漠にて
「皆、本当によくやってくれた。有難う」
 砂漠の東側の集落付近に降り立ったメーンの艦中でカフカ・ネールは疲れ切った兵士たちに厚く礼を述べると、ミケーネに負傷兵らの手当てと後の段取りを伝えて後、彼女にもゆっくりと休むように言ってからメーンを降りて、自ら砂漠の地に足を着けた。その後を琢磨が静かに追った。
「この集落は捨てるしかないな」
 冷静に吐く琢磨の言葉に、カフカは無言で頷く。
「此処は無傷で残せたが‥‥それも冒険者あっての話だし、敵の戦力はまだ未知数だ。騎士団だけじゃ守りきれないもんな」
「ああ。防衛線はもっと南で敷き直す。村人たちに不自由を掛けるが、危険に晒すよりはマシだ」
「あんたのせいじゃない」
「私のせいだよ。私は軍人で、指揮官だからな」
 寂しそうに笑うカフカの横顔の向こうで空はすでに青から濃い赤に染まり始めていた。
「奴ら、西に砦でも築くつもりかな」
「そうだな。私ならそうする‥‥或いはすでに築いているかもしれない」
「ちぇっ、仕方ないな。その辺は俺の管轄だから、この際何とかしてやるよ」
「フッ‥‥では、当てにせず待っているとするか」
 琢磨はカフカに何か言い返しかけたが、あえてそれを止めた。一瞬、平和だった天界の事が走馬灯のように懐かしく琢磨の脳裏を掠めた。

   ***

「だから、そんなはずは無いと何度も言っている!」
「そうは言うが、しかし彼女は確かに絵の女性だった!」
「それは見間違いだ! 他人の空似だっ!」
「貴殿も頑固だな‥‥誰が何と言おうと彼女に間違いないっ! ――俺の目に狂いは無い!!」
「何やってんの? 二人とも」
 クーフスとグランが激しく口論しているのを見て、仲間たちが駆け寄ってきた。
 話を聞くと、なにやら彼らが別件で関わっている赤毛少女の生き別れの姉に、今日出てきた女魔術師が似ている似ていないで揉めているらしい。
「クーフスが認めたくない気持ちも分からなくは無いが、彼女である可能性は高い」
「『混沌の刻印』も見たの?」
「いや、さすがにそこまでは‥‥」
「ほらみろっ! あれほどたおやかで清純な乙女が敵の魔女であるはずなどぜ――――――ったいに無いのだっ!!」
 そう言い切るクーフスにも十分な根拠があるわけでは無い事は、その場にいる全員にも分っていた。
「じゃあさー、琢磨に調べさせれば?」
「「えっ?」」
 簡単に言ってのけるフォーリィに皆の視線が集まった。
「そりゃそうだが‥‥」
「まあなー。藪突付くの好きみたいだしな」
「琢磨さんならきっと引き受けてくれますよ!」

   ***

「「「と言う事で、宜しくお願いしま――――――――――すっっ!!」」」
 頭を抱えて眉間に皺を寄せる琢磨の肩を、仲間たちが順番に叩いていった。
「私もまだまだですが、きっとお役に立てることがあるはずっ! と信じて頑張りますから、琢磨くんも頑張って下さいね!」
 最後に彼の肩を優しく叩いたベアトリーセが、そう言ってにっこり微笑みながらメーンの格納庫に戻ってゆく姿を甲板でぼんやりと見送った後、琢磨は貯蔵庫からくすねてきたワインの栓を抜いて、夜空を見上げながら一人で酒を飲んだ。
 砂漠の夜は肌寒く、切ないくらいに綺麗だった――。