慕情ワルツ
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■ショートシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月01日〜05月08日
リプレイ公開日:2007年05月07日
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●オープニング
●今までのお話
――ケースを手にしたアスタロトの表情が突然和らいだ。ドロだらけになった服は無駄ではない。環境汚染については次回という事で。
「お茶や食料まで頂いちゃった事だし、ツキちゃんの顔を立てて知ってる事を教えてあげるわ」
この言葉に全員が安堵したのは言うまでも無い。
「その魔術師なら、一時期結構噂になってたわよ。メイの国の東から西まで転々と修行の旅を続けていて、彼女に弟子入りした人もいるって聞いたわ。とにかく腕は第一級ってとこね」
「なるー、それで今どこに?」
「わかんない。この1年ぱったり彼女の噂は聞かないわ。メイの国を離れたのか或いは‥‥」
「あのっ、お姉ちゃんが最後に居たっぽい場所とか分りませんか? 何でもいいんです、何か手がかりだけでも掴めたら!」
必死にすがるミルクに困ったような顔でアスタロトが答える。
「1年前にはラケダイモンに居たらしいけど、今はどうだか」
ラケダイモン――とは、リザベ領南端にある都である。
(「魔術師の棲家」報告書より)
●再び、月翳る湖の畔
「どうしても教えては頂けないんですか?」
黒の光沢のある布に紅と金糸で蝶の刺繍が施された艶やかなチャイナドレスを纏った美しいアスタロトを前にして、KBC諜報員の琢磨が食い下がる。
彼が追っているラ・ニュイと、彼女が知るレオナルド・フォン・クロイツが同一人物なのか――アスタロトがその点についてより多くの情報を隠し持っているであろう事を持ち前の勘で琢磨は察していた。
「教えるも何も、知らない事は話せないわ。ちょっとツキちゃん、あなたからもこのお友達に説明して上げて頂戴」
アスタロトは閉じていた長い睫毛の上瞼をほんの少し持ち上げて、ツキの事を横目で睨んだ。
「琢磨、彼女は知らないって言ってんだしさー。これ以上同じ事を何度聞いても無駄だよ。ねえ、そろそろあたいと一緒に帰ろーよ」
琢磨の上着の裾を軽く引っ張りながら、ツキ・ジントニックが責っ付いた。
「‥‥。俺、諦めませんから。また来ます」
琢磨は軽く会釈をすると厳しい表情のままで扉を開けて部屋を出て、その後を慌ててツキが追った。
「――ごめんねぇー、アスタロト! 後で手紙書くからさぁ、それまでに機嫌直してよねっ、じゃあまたねー!」
玄関の方からツキの叫ぶ声が聞こえたかと思うと続いて扉が勢い良く閉まる音が響いて、その後は気まずい静寂だけが館に残った。
ペットのジャイアントパイソンが、彼女の心の震えを察したように心配そうに傍に寄り添った。
その刹那、再び玄関の扉が開く音がしたので、アスタロトは眉を顰めると小煩い諜報員を追い払うべく勇み足で部屋を出た。
――が、彼女のミステリアスな黒曜石の瞳に映ったのは、琢磨では無かった。
「久しぶり」
聞き覚えのある懐かしい声が、彼女の鼓膜に届いた。実に4年、いや5年ぶりになるのだろうか。
あの頃よりは少し顔の骨格や体つきが大人のそれに変わってはいるものの、髪の色も目の色も唇の形も――どれを取っても、彼は紛れも無く彼女がかつて愛した『レオナルド・フォン・クロイツ』であった。
「幽霊に抱かれる趣味は無いわ」
「相変わらず手厳しいね、君は‥‥」
ふいに男の長い腕に思い切り強く抱き竦められて、一瞬仄哀しい懐かしさが彼女の胸を押し潰す。
「ずっと‥‥君に会いたかった」
「嘘吐きね、相変わらず。レオナン‥‥貴方はいつだって嘘吐きだったもの」
男が笑い女も釣られて微笑み、戸惑いながらも二つの影が扉の前で激しく重なり合う様を、庭の垣根越しからツキが複雑な面持ちで見守っていた。
ツキは、部屋に置き忘れたハンカチを諦めて琢磨が待つ森の入口へと重い足取りで歩いて行った。
●その頃、メイディアでは‥‥
「ミルクちゃん、本当にラケダイモンまで一人で行くつもりですか?」
「うん、だってツキ姉ちゃんは忙しそうだし、いつもミルクに付き合せてばかりじゃ悪いでしょ?」
「でも、ラケダイモンは遠いし、それにあそこにはKBCの支部も無いから‥‥やはり不安です。せめて琢磨くんが戻って来るまで待って下さい。そしたら私が‥‥」
「いいよ、エド! 大丈夫だって!」
と、ミルクが笑って冒険者ギルドの前を元気に駆け足で通り過ぎようとした矢先だった。
「――――わわっ!!!!」
「どうしまし‥‥えっ、ミルクちゃんっ‥‥ひょえっ!」
刹那、彼女の小さな手がエドの腕を掴んだと思うと、エドは物凄い力で強引に路地裏に引っ張り込まれた。
(ミ‥‥ミルクちゃんって実は怪力の持ち主だったんですね)
エドが焦りながらそう小声で話し掛けようとするのを、ミルクが『しィ〜〜ッッ』と人差し指を唇に当てて黙らせた。
「やはり王都まで来ていたのか」
「ともかく、一刻も早く見つけ出して旦那様の元に連れ帰らねば、我らの首が危うい」
「ああ。マリア様といいシャルロット様といい、あのお屋敷のご息女はどうしてこうも問題ばかり起こされるのか」
「どうせ『混沌の刻印』に呪われているんだろう」
「くわばらくわばら‥‥ところで、ラケダイモンにも先に使いを出した方が良くないか」
「そうだな。シャルロット様がKBCとやらの人間と仲が良いのであれば、『あそこ』に辿り着くのは時間の問題かもしれない」
「兎も角、打てる手は全て打つ! その上で、全力でシャルロット様を確保だ!」
「おおっ!」
ギルドの中から出て来た数人の旅人風の男たちは、そんな会話を交わした後町の四方へと散って行った。
その様子を物陰から息を殺して見守っていたミルクが、エドの前でやっと深い安堵の息を漏らした。
「エドさん‥‥あのっ、あたし‥‥ギルドに依頼を出してもいいですかっ」
大きな瞳いっぱいに溜めた涙をキラキラと潤ませながら不安そうに訴えるミルクに、エドが大きく頷いた。
シャルロットという愛らしい名前を持ちながらもそれを隠し追っ手を逃れて、たった一人で懸命に姉を探しているこの少女の力になれるのなら‥‥と、エドは冒険者ギルドの扉を開いた。
■依頼内容:追っ手からミルクを守りながら、ラケダイモンで行方知れずの姉マリアの消息を知る手掛かりを探す事。
○ミルクはマリアの絵姿を肌身離さず持ち歩いています。
○男たちの会話から察すると、やはりラケダイモンにはミルクの失踪中の姉マリアの手掛かりが残されているようです。
○今回はラ・ニュイの一派が絡む事は無いと思われますが、ミルクを追っている男たちの素性や力量は知れません。
しかし彼らを上手く捕縛し情報を引き出す事が出来れば、あるいはマリアとミルク(シャルロット)の再会が早まる可能性もあります。
勿論、町を巡って手掛かりを探すのもOKです。
○ラケダイモンとは、リザベ領の最南端にある海に面した町です。対岸にはバの国が見えます。
○現地へは、現状運行しているゴーレムシップに便乗する事になります。
○今回は琢磨もツキもエドも同行出来そうにありませんので、ミルクの事を宜しく頼みます。(出発まで作戦ルームでの琢磨のサポートは付きます)
●リプレイ本文
●船上にて
「よし、これでほぼ完璧のはずだが」
「「「オオオ――――――ッッ!!」」」
アリオス・エルスリード(ea0439)が最後に手際よく髪を梳き終えた所で、船室にいた全員から感嘆の声が溢れた。
「こうして見ると、ミルクもお姉さんに負けない程の器量良しだな」
「ええ、薄っすらと紅を注すだけでも、女の子って変わりますねー」
「大体、あの子供っぽいおさげヘアが問題だったんじゃねーのか? 今のがずっと可愛いぜ」
グラン・バク(ea5229)に続いて、朝海 咲夜(eb9803)やランディ・マクファーレン(ea1702)までもがミルクの変身ぶりに驚きの色を隠せない。
「えっと‥‥あのっ、そんなに見られると恥かしいですっ」
「スタイリストはこの俺だ。注目されて当然だ」
「うーん、確かにアリオスさんの腕はピカイチですねー。ではそれにおまけを加えると言う事で‥‥」
と、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)がバックの中からごそごそと布に包まれた品物を取り出してみせると、隣にいたイリア・アドミナル(ea2564)が不思議そうに小首を傾げる。
「ソフィアさん、これってもしや」
「そうですっ、これぞ美少女専用胸当てパッド! 立処に乙女の胸をプリンプリンのボヨヨンにして見せます!」
「‥‥ボヨヨ〜ン」
男性諸氏が個々に妄想に浸る中、船室のドアを僅かに開けてフォーリィ・クライト(eb0754)がアリオスに目配せをするので、彼はミルクたちに気付かれないようにそっと部屋を出た。
「これがマリアの似顔絵なんだけどさ」
ゴーレムシップの甲板で、フォーリィに金髪美人の絵姿を見せられたアリオスの顔が仲間たちの前で一瞬曇る。
先の砂漠の戦いの折に金髪の魔術師に遭遇したリューズ・ザジ(eb4197)も言葉少なげにその絵姿に見入っていた。
「俺ははっきりとベリアルを見たわけじゃないから断言は出来ない。確証が無い以上ミルクには黙っている方がいいと思う」
「ティトルの男爵の所にもマリアそっくりの絵があったんだよね。只の偶然だろうけど‥‥色々考え出すといやだなぁ」
珍しく弱音を吐くフォーリィの背をぽんと押して、風 烈(ea1587)がその迷いを打ち消すように潔く答えた。
「俺はミルクがどんな選択をしたとしても、あの子のために最善を尽くす。俺に出来る事はそれくらいだからな」
遥かな海原の先を見つめながら烈がそう言うと、他の仲間も皆静かに頷いた。
クーフス・クディグレフ(eb7992)は皆から少し離れた所で、グランたちが用意してくれた似顔絵の模写をただ無言で眺めていた。
目的の地まであと僅かであった。
●町長チーム
「事情は凡そ分りました。あなた方が王宮とも縁のあるKBCの方であるのも間違いないようだ」
現地に着いて後、町の中央にある役場を訪れたフォーリィとランディ、クーフスはさほど待たされる事もなく町長に面会し、一通りの挨拶を終えていた。
「しかし、もう1年以上前の事ですし、誰も詳しい事なぞ覚えていないと思いますがね」
男のやや険のある物言いにランディがむっとして言い返そうとするのを、クーフスが首を振って押し留めた。
「ともかく気が済んだら早々に王都へお帰り下さい。こんな田舎町に長居をしてもつまりませんからね」
町長は彼らを受け入れる事はおろか、協力する気も毛頭無い。
肩を落として役場を出た3人の周りに、なぜか突然通りにいた子供たちが大勢群がって来た。
「うわーっ! 兄ちゃん、その鎧本物なのっ?」
「え? ‥‥ああ、まあな」
「すげー! ガイコツそっくりだぜ!」
「ねえねえ、本物なら被って見せてよ!」
どうやら子供たちのお目当ては、ランディが手にしているスカルフェイスらしい。そこでフォーリィがはたと閃く。
「ねー、あんたたち。このガイコツのお面触らせてあげるからさ、その前にお姉ちゃんに教えて欲しい事があるんだけど」
(おいっ、勝手にそりゃ無いだろ!)
(お黙りっ、ランディ! マリアの事調べるチャンスでしょっ!)
フォーリィは有無を言わせずランディから鎧を取り上げると、クーフスが持っていたマリアの絵姿を子供たちに見せた。
「この綺麗なお姉さんの事、皆覚えてる?」
「あ。マー姉ちゃんだ」
「嘘‥‥」
「ほんとだ、マー姉ちゃんだよっ♪」
「ねえ、お兄ちゃんたち、マリア姉さまのお友達なの?」
子供たちが嬉しそうに問いかける姿から、マリアが彼らに大層好かれていた事は明白だった。
「マー姉ちゃん、元気なのか?」
「マー姉ちゃん、突然帰っちゃうんだもん」
「お別れくらい言いたかったよな」
「うん‥‥」
「マリアが帰った? 帰ったって何処へ」
「何処って、実家に決まってんじゃん。兄ちゃんあったまわりぃーなあ」
(このク○ガキ‥‥っ)
またしても額に卍の印を刻むランディを再びクーフスがなだめた。
「つまり、この女性は皆にお別れを言う間もなく、遠い北のおうちに帰ってしまったんだな」
「うん。父さんがそう言ってた」
クーフスの問いに子供たちは一応に頷いた。
●酒場チーム
「ちょっとぉ、みんなー! いきなりイイ男が来たわよ〜〜っ!」
グランと烈が酒場へ入るなり、店の女の子たちから大歓声が沸き上がった。
「今日の船で流れて来たのかい? 今日来た客の中じゃ、あんたらが一番男前だよねー」
「ちょっと、メグ、新入りのくせに正面の席占領しないでよっ!」
「フン、年増女より若い子相手のが客も喜ぶに決まってるじゃない」
「誰が年増ですってー!!」
(グランさん‥‥この店、やたら女の子が多くないか)
(そのようだな‥‥カーナの店とはどこか違う雰囲気が‥‥)
綺麗どころを皆彼らに奪われて、あぶれた男たちが文句を言う中、ウェイトレスらは挙ってカップを手に集まる。
「では早速皆で乾杯――――!」
(此処は自腹だな)
二人の男は財布の中身を確認してから小さく溜息を吐くのだった。
「『混沌の刻印』の女ぁ?」
「ああ。俺たちの連れの嬢ちゃんが探してる姉がその人らしいんだ」
「1年前まで此処にいた事は分っている。彼女がその後何処へ行ったか、なぜ町を去ったかを知りたい」
「マリアの話ねぇ‥‥」
その場がようやく治まって来た所でグランたちが本題を切り出すと、古株と思しき年配のウェイトレスが幾分怪訝そうに答え始めた。
「あの子ねぇ、凄くいい子だったわよ。うちの若い子たちも結構彼女の世話になったしね」
「世話というと?」
「魔法で村の壊れた設備を直したり性質の悪いモンスターを退治したりして、いつも困ってる人を助けてたね。子供に読み書きを教えたりもしてたよ。それが‥‥」
「それが?」
「突然消えちまったのさ」
「消えた!?」
「礼儀正しいあの子が誰にも挨拶無しで町を出るなんて妙な話さ。それに‥‥あの子が消えてからすぐ後に何処かの貴族がやって来て、町の上役連中に大枚叩いたって噂もあったね。何の金だか、あたしらには皆目見当も付かないけど」
「金か‥‥」
女の話が終わるなり、グランと烈は困ったように黙り込む。その様子を見て女が慌てて彼らを元気付けた。
「妹さんがいたのかい。マリアに早く会えるといいね‥‥そうだ! マリアは海の見える岬が大好きだったから、一度妹さんを連れて行くといい。町の南側にある岬さ」
「ああ。色々貴重な話を有難う」
「こっちに来たらまた寄らせてもらおう」
二人は女に厚く礼を述べてから店を出た。それから皆との待ち合わせの場所へと足を速めた。
●海の見える岬
遅い昼飯を兼ねて仲間たちは町外れにある食堂に集っていた。船旅の間にリューズが船員たちから聞き込んだ情報は地理を含めて大いに役立った。
町の住人からはそういう魔術師は確かにいたが、今はいないという返答しか返って来なかった。彼女の弟子たちも今は誰も町に残ってはいない。
「マリアはもう実家に帰ってるって事は?」
「なら王都にいた追っ手がミルクにそう話して連れ帰る方が簡単だろう」
「確かにそうですね」
「皆さんにお世話を掛けてすみません」
薄化粧の少女がぽつりと呟く。
「気にするな。子供が大人を頼った所で誰も非難しないし、迷惑だなんて思わないさ」
案の定しょげ返っているミルクを烈が優しく慰めた。
「僕は痣の事が気になったので、ジアースに伝わるガイの戦士の紋章の話を町の人にしてみたのですが、どうも彼らは痣よりもマリアさんの話に触れられるのが嫌みたいでしたね」
「貴族が渡した金ってのは体のいい口止め料か」
「これじゃ、マリアの行き先を追うのは難しいわね。その貴族が誰か分かれば‥‥」
「此処はバの国にも近い。例のエクレール男爵が裏に絡んでいる事も考えられるが」
クーフスには『バ』の存在が気に掛かっているようだった。
「なあ、嬢ちゃん」
刹那、ミルクを向き直るとグランが真顔で問いかけた。
「行方を追う事は姉さんに取って迷惑な事かも知れない。それでも嬢はマリアを探すのか?」
「グランさんっ!!」
子供には辛い質問だと感じた咲夜が、思わず声を荒げた。それでもミルクはきっぱりと答えた。
「皆がお姉ちゃんを忘れようとしてる。いつでも一番辛い思いをして来たのはお姉ちゃんなのに‥‥だからミルクは諦めません! ミルクは絶対にお姉ちゃんを忘れない。その為にもミルクは一人ぽっちになっても探しますっ!」
悪かったという風に、グランは泣きじゃくるミルクの髪を優しく撫でた。
刹那――店の扉が勢いよく開いたと思うと、先程の酒場の女が冒険者に向かって叫んだ。
「み、岬で人が襲われてるんだ! あんたたちなら助けられるだろっ、頼むよ!」
***
仲間たちが駆けつけると果たして、岬の突端で若い男が数人のチンピラ風の男に囲まれている。
「多勢に無勢とは卑怯なっ」
アリオスと咲夜が飛び出すと彼らの忍犬もすぐに後を追った。
イリアとソフィアの達人級魔法攻撃もあって、乱暴者たちはすぐに取り押さえられた。
「大丈夫ですか?」
「‥‥パトリック?」
「シャル‥‥その声、シャルロットだね!」
「なんで‥‥どうしてパットが‥‥」
「君が無事で良かった‥‥」
目の上を切って片方しか開かない瞳をどうにか開いて、傷だらけの青年が微笑んだ。
「どーなってんだ、一体?」
「つまり、ご実家からの追っ手の他にも、彼女を追いかけて来た奴がいたって事さ」
「その声――――――――――――琢磨あぁぁ!?」
***
「遅くなって悪かった。同じ船に乗りたかったんだけどさ、間に合わなくて」
「本当でしょーね。実は一緒に来てて、あたしたちに隠れて様子を伺ってたなんて事は‥‥」
「おいおい、フォーリィ、そりゃない‥‥イテテテっ」
フォーリィに頬を思い切り抓られている琢磨を無視して、リューズが青年に切り出した。
「あの野盗連中はなんだ? 心当たりはあるか」
「シャルロットは‥‥」
「彼女なら別の部屋で仲間が面倒を見ています。こちらの話を聞かれる心配は有りません」
イリアの言葉にほっとしたように青年は話し始めた。
「彼らは恐らくヨハン家――つまりシャルの実家の息の掛かった連中か何かでしょう。僕がマリアの消息をあれこれ探るのが気に入らないんですよ」
「そういうあんたは誰なんだ」
「もしかして――ミルク殿の婚約者か?」
青年の身なりから推察したクーフスの言葉に青年は頷いた。
「元々はマリアの婚約者でした。今はシャルの‥‥」
「政略婚とはいかにも貴族だな」
アリオスのやや皮肉混じりの言葉に青年は苦笑するしか無かった。
「まー、連中は後で締め上げるとしてだ。せっかくだから情報交換しようぜ。少しでも早く姉妹の再会が果たせるに越した事はない」
ランディの提案に皆が賛成したが、青年の口は突然重くなった。
「僕はこれ以上、シャルがマリアに関わる事には反対です。彼女は明日にでも僕がセルナーに連れて帰ります」
「なんだって!」
「理由は何ですか!」
「理由は、幸せに暮らしていたマリアを町から追い出したのが彼女の父親で、その痕跡を消そうと金をばら撒いたのも父親。――彼女の行き場を次々に奪ったのがマリアの実の父親、ヨハン子爵だからだろ」
「どうしてそれをっ」
「別件を追ってたら偶然ね」
「琢磨‥‥それって‥‥」
皆の顔が一瞬にして凍りついた。琢磨はベリアルを追っていたのだ。そうしてやはり彼も此処へ来た。
「マリアは‥‥この岬で、実家の手の者に追い詰められて崖から海へ堕ちたそうです。僕はシャルが家出したと聞いたその日彼女の屋敷を訪れ、偶然その話を聞いてしまった」
「お父様は娘さんの行方を捜されないのですか? まだ生きている可能性だってあるのにっ!」
青年は黙って首を横に振った後、両手で頭を抱え込んだまま暫く動かなかった。
「遣る瀬無いな話だな‥‥」
ぽつりと誰かが呟いた。
窓を開けると夜の闇に紛れて誰かが歌うセレナーデが聞こえてくる。恋人に捧げる優しい愛の歌だった。
婚約者が部屋を出た後、マリアの遺体は見つかっていないと琢磨が言った。
だが、ベリアルがマリアなのかという仲間の問いに琢磨は答えなかった。彼の中でまだパーツは揃っていないのだ。
それにしても、それほどまでに娘を嫌う父親がこの世に本当にいるのだろうか。
父親に関する事は当面伏せられたが、マリアが子供たちに好かれていた事実はミルクを元気付けた。
一行はパトリックを伴って、一旦王都へ戻る事にした。
捕縛した賊は只の雇われ人で、事の詳細を聞きだすのは無理だった。
王都にいた追っ手が姿を現さなかったのは、彼女が婚約者と合流する事を計算したのかもしれない。現に婚約者はミルクを実家へ連れ帰る気でいるのだから。
港を出る時に、昨夜の歌が微かに皆の鼓膜に届いた。
恋人との別れを惜しむように、その歌はいつまでもいつまでも続いていた――。