諜報員の休日
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■ショートシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月08日〜05月13日
リプレイ公開日:2007年05月14日
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●オープニング
KBC諜報員上城琢磨は超多忙人である――。
メイディアに一応仮住いを持ってはいるが王都にいる日はKBCの本部に寝泊りする事が殆どで、無論、調査目的の出張は頻繁にあるし、軍の作戦に同行したなら1週間王都に帰って来れない事も稀では無い。
それでも風邪一つ引かずに仕事をこなしているという事は、彼なりに普段から食事等の健康管理に気を使っているのだろうと推察されるが、しかし――――。
「琢磨くん? ちょっと‥‥こんなとこで寝たら風邪ひきますよ、琢磨くんっ!」
「‥‥ん‥‥もちょっと‥‥調べてから‥‥」
「調べるって、もう朝ですよっ!」
「あ‥‥さ‥‥? 朝だァァァ――――――――ぁっっ??」
KBCの資料庫の床に幾重にも積み上げられた本の中に埋もれるようにして眠っていた琢磨が、エドに何度も肩を揺すられてようやくその重い瞼を抉じ開けた。
足元に置かれたランタンの油が随分減っている事からして、彼が相当遅くまでこの場所で書物を読み漁っていたのは明白であった。
「‥‥」
「‥‥おはよ、エド」
「『おはよ』じゃありません。また昨夜も此処に泊まったんですか」
「んー‥‥目当ての資料をゴソゴソ探してたら、ラム語で書かれた本が出てきたから、ちょっと気になって」
(ラム語‥‥)
そう聞いて、エドは小さく溜息を漏らした。
琢磨は頗る語学の才に長けていた。
KBCのボスに拾われた時、すでに彼はアプト語をほぼ独学でマスターしていたというし、本部に配属されるなりいきなりセトタ語を覚え始めて、程なくヒスタ語の基礎も身につけた。
そして彼が今凝っているのは遠い北にあるラムの国の言語であった。彼は不思議な事に天界のラテン語やイギリス語の知識までも持ち合わせていた。
『情報の伝達こそが文明である』――誰の言葉かは知らないが、琢磨はそれをよく口にした。
ゆえに彼は、アトランティスにおける識字率の低さを心底嘆いていたが、それはこの際横に置いて‥‥。
「琢磨くん、この所ろくに休んでないでしょ? 気分転換も兼ねて休暇を取ったらどうですか」
「俺が休んだら、その間にまた仕事が溜まる」
「それは私たちで如何様にもフォローしますから! ともかく、1日でいいから仕事の事は忘れて下さいっ!」
「エド。なんでそんなに必死になるわけ? 俺、仕事好きだし楽しいし、そりゃ戦場に行くのは正直嫌な時もあるけど、俺で何かの役に立つならそれはそれで嬉しいし‥‥」
ああ、そうなのだ――とエドは思う。
仕事にも慣れ、友人と呼べそうな付き合いも生まれ、彼は以前に比べて随分落ち着いて来たように傍目には見えるのだ。
だが――実質彼は変わっていない。本人ですら気付いていないかもしれないが、此処『アトランティス』に堕ちた日から彼は何ひとつ変わってはいないのだ。
彼はギリギリまで自分を追い込む事でしか、この異質な世界との『均衡』を保てないでいる。
当初はもっと荒々しく敵意剥き出しの形であったものが、今はオブラートに包まれて若干柔らかくなってはいる。
だが、依然として彼が心底欲するものは『此処』には無く、その事実を忘れるため、その真実から逃げ出すためだけに彼は身を粉にして働き続けているのだ。
少なくとも、エドはそう感じていた。
――――『帰りたい』。
たった一つのシンプルな願いだ。
でも、誰もそれを彼に叶えてやる事は出来ないし、忘れろとも言えない。
そんな答えの出ないやり場の無い思いを抱え続けたままで、ネジ巻き時計は有る日突然、音すら立てずに止まってしまうのではないか――琢磨を傍で見ているエドにいつもそんな不安が付き纏うのだった。
「琢磨くん」
「え? なんだよ‥‥気持ちわりーな」
突然正面からふわりと優しくエドに抱きすくめられて、慣れない事に暫し戸惑う。
「今、琢磨くんに倒れられたら困るんです。私たち皆、本当に困ってしまうんです。だから‥‥一度くらいは私の頼みを聞いて下さい」
一瞬、エドのさらさらした金髪が琢磨の明るいブラウンの瞳の脇を掠める。
いつもと変わりない朝陽が緩りと差し込むカビ臭い部屋の中で、背中から伝わるエドの手のぬくもりが妙にこそばゆくて照れくさい。
自分より5つ年上の、いかにも育ちの良さそうな穏やかな青年の心のうちを全て把握出来る訳は無かったが、彼が自分の事をひどく心配しているのは琢磨にも分った。
「しょーがねえなぁ。休めばいいんだろ、休めばっ」
「‥‥はいっ」
「んじゃ、気が変わらないうちに休暇願い出しとくよ。それでいいだろ?」
「勿論!」
「休むのは一日だけだからなっ!!」
そう怒鳴りながら、琢磨は手にした本を抱えて資料庫を出た。
エドはというと――。
***
「え? これ、本当にエドさんが自腹でギルドに依頼されるんですか?」
「はい。是非とも宜しくお願いします」
「そりゃまあ、馴染みのKBCさんからの依頼とあっちゃ断れないけどねぇ」
「埋めるならまず外堀からです。『敵』は相当に手強いですから」
「敵‥‥ねぇ」
エドことエドガー・クレハドルは、その水色の綺麗な目を輝かせながら嬉しそうに微笑んだ。
やがて彼が置いていった書類に目を通しながら、ギルド職員は不思議そうに首を傾げる。
それから、まぁいいかという風に2度コクリと首を縦に振って頷くと、すらすらと所定の欄に必要事項を記入してから書類をいつもの棚の書類箱の上に差し入れた。
「強力な助っ人が現れるといいですね、エドさん、そして琢磨さん‥‥」
独り言のように呟いて後、ギルド職員はまた窓口の椅子に腰を掛けて、いつもと変わりなく仕事を始めるのだった。
■依頼内容:琢磨が休暇を取るので、その日一日朝から夜までの間、彼がKBC本部に近づかないように上手い具合に相手をしながら琢磨を引っ張り回して下さい。
○メイディアの外に出てもOK。海や山に連れ出すのもいいかも。
○今までの依頼の話を話題に出して質問攻めもOKですが、その最中に彼の仕事の虫が騒ぎ出すかもしれませんので、その点のみご注意をば。
○食事については琢磨は普段から食が細くて、好き嫌いが激しいです。
○うーん‥‥途中で変な『ゲスト』に出会さないとも限りませんが、その時は善処よろしくです。
○ちなみに琢磨はとても海が好きです。(酒も好きですが‥‥)
○KBC本部はメイディアの貴族街の近くにあるようです。
●リプレイ本文
●海!
「お前ら、これはれっきとした誘拐だぞっ! 誘拐!!!」
朝――真っ青な海を臨む白い砂浜に立てられた天幕の中で琢磨の怒鳴り声が一際響き渡る。しかし仲間たちは一向に知らん顔であった。
「だってぇ、たっくんてば家の裏口から逃げ出そうとするんだもん」
刹那、琢磨の寝込みを『必殺セッター舐め』で襲いそびれたベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が唇を尖らせて拗ねてみせた。
「お前らの奸策に気付かないで諜報員が務まるか!」
「でも捕まってしまったものは仕方ありません。どうかお覚悟を、お兄様」
「誰が兄だっ! アリオスっ!!」
「今日一日は魔法の密偵、リリカル☆アリエスでーす♪」
「頑張れッ、リリカル☆」
アリオス・エルスリード(ea0439)は言葉通り、リリカル☆アリエスとして完璧な変装をこなしていた。
彼はこっちのアイドル職でも優に食べていけるのでは‥‥とエールを送った仲間たちは密かに思った。
「兎も角この縄を今すぐ解けっ、じゃなきゃ、お前ら全員――」
「全員何だ?」
リィム・タイランツ(eb4856)持参のロープで手足を拘束されたまま天幕の中央に座らされている琢磨にしたり顔で近づいたのは、この企画の長を務めたツヴァイ・イクス(eb7879)であった。
彼女は琢磨の前で片膝を着くと、徐ろに彼の細い顎を指で擡げて自分の方に向けさせた。
「琢磨、お前は自分の立場が分っていないようだ。人に頼み事をする時はそれ相応の態度が必要だろう?」
「どういう意味だ」
「例えば‥‥そうだな。貴様が俺の靴を舐めたら縄を解いてやろう」
「な‥‥っ」
(オオオオオ――――――――ッッッ!!!)
――プライドの高い琢磨が他人の靴を舐める。そのような場面は滅多と見れるものではない。冒険者たちは響動めき立った。
音無 響(eb4482)に至ってはしっかと携帯カメラを握り締めて、その一瞬を生唾を飲み込みながら待ち構えた。
「出来るか?」
「‥‥舐めればいいんだな」
「ああ」
こういう場面でしおらしく泣いて許しを請わない所が琢磨であった。そして、皆が固唾を呑んで見守る中、琢磨がツヴァイの足元に顔を寄せた瞬間――。
「なーんちゃって♪ んじゃ、今日はめいっぱい楽しむぞー!」
「「「お――――――――っっっ!!」」」
ツヴァイの掛け声と共に、仲間たちは男女分れて一斉に水着姿に着替え始めた。
水着の無い女性たちには前日に響が仕立てたビキニ型水着が配られた。仮縫いもしていない服のサイズがなぜぴったりなのかは多々疑問が残る所だが。
「‥‥」
「はい、これ、あんたの分」
ふて腐れる琢磨の縄を解きながらフォーリィ・クライト(eb0754)が響から預かった水着を手渡した。
今日のフォーリィは珍しくスカート姿におさげ髪で、更に伊達眼鏡を掛けての女学生スタイルであった。
「スカート持ってたんだ」
「あ、当たり前でしょっ!」
「悪くない」
「‥‥」
びしっと一発軽く琢磨の頬を平手で打ってから、フォーリィが立ち上がる。
(どうして琢磨さんは素直に人を誉められないのでしょうか‥‥)
やや離れた場所から様子を伺っていたソフィア・ファーリーフ(ea3972)とリューズ・ザジ(eb4197)が二人同時に溜息を吐いた。
***
「マグナさんっ、凄いよ〜〜〜っ!!」
「そ、そうか?」
ベアトリーセに事の他感動されてマグナ・アドミラル(ea4868)は思わずその場で照れた。
マグナは彼女が持ってきたゴムボートに空気を入れるのを引き受けたのだが、通常30分は掛かる所を10分少々でやって退けたのだから、驚かれるのは当然であった。
「それじゃ、早速泳ごうよ!」
トランジスタグラマーのリィムが先頭を切って海に入り、ボートを持ってマグナたちも後を追った。
リリカル☆アリエスは日焼けを気にしてか日傘を差して天幕端に待機。
グラン・バク(ea5229)は何処で入手したのか、サングラスに龍の柄入りジャケットに海パン――といういかにも玄人風の装いで浜辺で日光浴を決め込んだ。
リューズは白いワンピース水着に着替えたものの、素足になるに留めたソフィアと共に天幕の下で休む事にしたのだが――。
「あ、琢磨殿。忘れないうちにこれを」
「え?」
渋々海に入ろうとする琢磨をリューズが呼び止める。琢磨に渡した白木の箱(なぜ白木?)には『防刃・防弾ベスト』が綺麗に納められていた。
「これを俺に?」
「備えあれば憂い無しだ」
「‥‥」
暫く黙って胴衣を眺めていた琢磨は、ふいに箱の中からその衣を取り出すと丁度胸元に当たる部分に優しく自分の唇を押し当てた。
「た‥‥琢磨っ?」
「効果あるかどうか分からないけど、一応魔除けのおまじない。こーゆーのは前線に向かう戦士が着てなきゃだめだ」
改めて箱を手渡されて動揺する彼女に、一瞬琢磨が微笑んだように見えたが、気が付けばいつものすまし顔に戻っていた。
「わ、いいなあ。たっくんのキスマーク付き防弾ベストぉ〜」
「何やってんだかー♪」
「流石お兄様♪」
ただし。あんな気障な事、俺もしてみたい――と他の男達が思ったかどうかは定かでない。
***
さて、昼飯のバーベキューに関しては、その準備にマグナと響、リリカル☆アリエスが浜辺で大奮闘してくれていた。
ソフィアも岩場で手頃な海藻等を採取した。彼女はその岩場で、フォーリィに叱咤されながらも懸命に『初めての釣り』に挑戦している釣初心者の琢磨を見た。
彼の趣味に今後釣りが加わるかどうか、酒場での良い賭けネタが出来たとソフィアが思ったかどうかは定かでない。
「みんなー、用意できたよー!」
海パンにエプロン姿のホスト響が銀のトレイ片手に呼びかけると、匂いに誘われるように仲間たちが天幕の傍に集って来た。
リィムの進言で琢磨の苦手な食材もこっそり料理に仕込まれたのだが、歓談に紛れて本人はさほど気にせず口を付けていた。
「食べず嫌いはいけないと思うよー♪」
と、彼女が後で種を明かすと少なからず本人は驚いていたが‥‥。
「お疲れ様。楽しんでいるか?」
食事を終えて皆が後片付けに勤しんでいる所を一人抜け出して、波打ち際でぼーっと海を眺めている琢磨にリューズが缶ビールを差し出す。
「いえ、お姉さまからお先に。俺は残りを頂きます」
「今度は例の間接キスとかいう奴か? 案外子供っぽいな、琢磨殿は」
「俺は子供ですよ」
「それじゃ、子供は子供らしく俺たちの遊びに付き合ってもらうか」
「え?」
そう言って、浪打ち際からビーチバレーのコートへと有無を言わせずグランが琢磨を引っ張って行った。
「えええ――――――――――ッッッ!!! 球をオーラで強化なんて、グラン、ずるいよっ!」
「フッ‥‥俺たちが普通のバレーをしてもつまらんだろ?」
しかしリィムはコートで真剣に怒っている。どうやらグランは彼女を本気にさせてしまったらしい。
「そっちがその気なら‥‥僕の踏み台必須☆超ジャンプスパイクを容赦なくお見舞いしてやるからな!」
(‥‥手加減してくれ。頼むから)
と、願ったのは琢磨だけでは無かっただろう。
☆――――☆
チームグラン:大将グラン 琢磨・響
チームリィム:大将リィム ベアトリーセ・リリカル☆アリエス・ツヴァイ
見学:ソフィア・リューズ
グランのスマッシュEXに対してツヴァイのカウンターアタック、リィムの超〜スパイクが炸裂。
後にフォーリィとマグナがリィム側に参戦。マグナのスマッシュEXに加えて、フォーリィがソードボンバーを放ち、グランチームは敢え無く撃破された。南無‥‥。
●地球人同士
「お前、水着を縫って来るなんて下心見え見えだな。相変わらず」
「や、やだなー、せっかくだから皆で記念写真取りたかったんだよ」
「写真、売れるかな」
「印刷出来ないってば‥‥」
そこまで話して琢磨は初めて響の前で学生気分で笑った。ほんの一瞬ではあるが大声で笑った。琢磨は学生だった――ここに来るまでは間違いなく。
響には同じ故郷を持つ者の匂いがした。
でも、戦場ではその空気は掻き消されてしまうのだ。この世界の空気に掏り替えられてしまうのだ。
それでも休日のこの一瞬だけ、響の前で彼は学生の時間を取り戻した。
琢磨は横浜の生まれだった。母親は神戸の出身で、琢磨が海を好むのはその生い立ちゆえだろうと響は思った。
暫くして他の仲間の視線に気付いて琢磨が会話を止めた。案外、周りに気を使う奴だと響は思った。
(一度、大掃除に押しかけてやろうかな)
響の楽しみが一つ増えた。
●酒宴
「タクマくまやこん琢磨くロリコン、美味しいお酒になーれー♪」
静かな夜の浜辺にソフィアの明るい声が木霊する。リューズの陽のフェアリーが飛び回る度に、人影が滑らかに移ろった。
「私達以上に貴方の事を心配している人がいる事忘れちゃ、めっ! ですからねー」
昼間とは打って変わって、宴は酔いどれ加減も上々のソフィアがすっかり仕切っていた。
仲間たちは持って来た酒を振舞いながら、旅の話や戦の話で盛り上がった。
マグナがジャパンで入手したという、鬼をも倒す神酒『鬼毒酒』はまた格別に上手いと皆が口々に絶賛した。
グランが阿修羅の剣について尋ねると、琢磨は体よく答えをはぐらかした。ナナルについては上の並みと答えた。
「お前、今更気負いはしてないよな。こういう時間は大事にしろよ」
ほろ酔い気分の琢磨の隣で、ツヴァイがふいに声を掛ける。
「琢磨はいくなよ」
「行く?」
「死力を尽くす事も必要だが、絆を此処に残したまま去っていく奴が多すぎる。皆がこの国の為に頑張ってくれてるのは俺も理解しているつもりだ。でも‥‥」
「ツヴァイ?」
「こいつだけ残して逝っちまうなんて‥‥さ」
託された剣を琢磨に見せると、ツヴァイは悲し気に微笑んだ。
「あのさ。俺、この間エドに抱き締められた時、思い出したんだけどさ」
「?」
「人肌っていいよな。なんてか‥‥人って本当に温かいんだなーって‥‥ちょっと嬉しくてさ。俺、そういうの暫く忘れてた気がする」
そう言うと、琢磨はそっとツヴァイの肩にもたれ掛った。時として触れたら切れそうな程危なげな琢磨が長い睫毛を伏せて安心したように自分に寄り沿ってくれている。
(そ、それはこの俺にギュッと抱き締めて欲しいって事なのかっ? なのかっ?)
酒の席とは言え、予期せぬ展開にツヴァイは少し慌ててしまう。
「た‥‥琢磨、俺‥‥」
彼女が緊張しながらもその腕をそっと琢磨の肩に回そうとした刹那――。
「うわああああああ――――――ッッッ! ツヴァイさん、ずるいっ! たっくんを独り占めは許さなーい!」
「そんな優柔不断な変態男に甘い顔見せる事無いわよっっ!!」
「おおっ、なんだか分らないけど、琢磨お兄様が皆からチューしてもらいたいんだそうでーす♪」
どさくさに紛れてリリカル☆アリエスからトンでもない指令が発せられた。
「アリオスっ、貴様っ!!」
「今日はぁ、リリカル☆アリエスでぇ〜す♪」
「琢磨くんだけ、いいなぁ」
「響さんもチューしてもらいたいんだそうでーす♪」
この瞬間、グランとマグナが身を隠したのは言うまでも無い。
酔いどれソフィアを筆頭に、日頃恨みを持つ者から興味本位の者まで、美女たち(とそのペットたち)のチュー攻撃に琢磨と響は延々と晒されたのであった。
●帰路
帰りはフォーリィの馬に同乗した琢磨だったが、王都に着く頃には後ろで手綱を引く彼女にもたれて静かな寝息を立て始めた。
落ちると危ないからと馬車に移された琢磨の上着のポケットに、ベアトリーセが栄養ドリンクと貝殻を忍ばせる。耳に当てると波打ち際の音が聞こえてくる不思議な貝殻だ。
「これで明日からも頑張れるよね。‥‥でもまた気分転換に皆で遊ぼうね」
琢磨に泳ぎを教わろうと張り切っていたベアトリーセだったが、元々彼は面倒見の良い方ではない。
その事は少々残念だったが、それでも十分に楽しかったと彼女は思う。
翌朝部屋で目覚めたら、琢磨はベッドの傍に一本の蒸留酒が置かれている事に気付くだろう。
勘の良い彼がその贈り主を推察出来ないわけはない。
今回の影の功労者は、他ならぬリリカル☆アリエス――アリオスであった。