堕天使たちの砦〜潜入調査
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■ショートシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:12人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月22日〜05月28日
リプレイ公開日:2007年05月30日
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●オープニング
「――本気で言っているのか」
仄明るい燭台の灯りに照らされた広い書斎に、男の声が静かに響く。
感情を幾分抑えてはいるが、彼が相当憤慨している事は目の前にいる話相手にも十分に伝わってはいたが‥‥。
「勿論。それに、どう考えても俺が適任だし」
「何処をどう考えれば、そういう結論がいとも簡単に飛び出して来るのか、指揮官であるこの私に『分るように』説明してもらいたいね」
疲れた声でそう言い捨てると、カフカ・ネールは溜息を吐きながらクッションの効いた座り心地の良い高級革製の大柄な椅子に深々とその身を沈めた。
カフカの予想通り、『翼竜の魔戦士』――イザク・イス率いるカオス精鋭部隊は、制圧し終えた砂漠の東の地に先頃中規模の砦を完成させていた。
セルナー領とステライド領を分断すべく更なる進撃の準備を進める為である。
また、彼らは砂漠周辺に潜伏していた野盗らも味方に引き入れて砦の傍に住まわせた。
恐獣部隊の後ろ盾を得た野盗らはここぞとばかりに勢い付き、近隣の村や町を襲っては食料や物品を根こぞぎ略奪、女子供を甚振り家々に火を放ち、悪行無道の限りを尽くしていた。
カオスニアンも人間も含めて、文字通り――――砂漠の東は『混沌の坩堝』と化していたのだった。
「今がチャンスなんだ。奴らは調子に乗って腕の立つ人間をほいほい配下に付けている。誰があの『盗賊村』のボスになるか、奴らの間ですでに縄張り争いは始まっているんだ。――今なら容易く潜り込める」
「だが、お前は民間人だ。お前自身がそれほどの危険を冒す必要が何処にある?」
「『混沌の刻印を持つ魔女』に心当たりがある」
「あの‥‥ベリアルとかいう魔術師か」
「可能性は低いが、もし彼女をあそこから引き離す事が出来れば、騎士団には大層な利になるだろ?」
「しかし‥‥」
『混沌の刻印を持つ魔女』の噂は野盗の口から各地へと瞬く間に広まっていた。
美しく聡明な魔女。魔戦士の片腕。金髪の妖魔。希有の天才魔術師――と、彼女を例える言葉にキリは無かったが、いずれにせよ彼女がイザクの軍にとって貴重な戦力になっている事は否めなかった。
「何れにせよ、このまま睨み合いを続けてても意味無いし、突破口を開く為にも砦内部の詳細な情報は必要だ。そうだろ?」
「お前に言われなくても分っている!」
「ちぇ、最近怒りっぽくなったよな、カフカは」
「お前が怒らせるんだっっっ!!」
カフカ・ネールの心配を他所に、琢磨は椅子から身を乗り出すと一通り作戦の草案を話した。
カフカは所々でメモを取り、琢磨の案に若干の修正を加えながら大まかな流れを決めていった。
「これ以上無理だと思ったら、迷わず脱出しろ。どんな手を使っても構わん。私はお前の骨など拾う気は毛頭無いからな」
どんな手を使っても――つまり、相手を斬ってでも――と言う事だ。
だが、カフカが本当はそれを望んではいない事を彼はよく知っていた。一度でも人を殺めれば歯止めは効かない。
「カインを殺す者は誰でもあれ7倍の復讐を受けるであろう。そして、誰も彼を撃つことの無いように神はしるしをつけられた‥‥」
「‥‥? なんだそれは」
「天界の掟って奴」
「お前の言う事はよく分らん」
そう言って、カフカは一振りの見事な長剣を琢磨に手渡した。
「賊が太刀の一本も持っていないようでは話にならん。それはお前に預けておく」
「くれるんじゃないの?」
「絶対にやらん!!」
頭から湯気を出してプンプン怒っているカフカを宥めながら、琢磨は冒険者ギルドへ回す書類の草稿を仕上げた。
■依頼内容:砂漠の東の砦の潜入調査及び、調査班を逃がす為、空からの奇襲を行なう事。
○作戦の流れ
・賊に化けて野盗の集落へ潜入、ついで聞き込み調査(琢磨+冒険者)
・夕〜深夜に砦内部の調査
・翌朝、空から陽動作戦
・調査班の脱出
1 砦の調査後、琢磨らは夜明け前に□□□から東※へ移動。
2 丘陵等を利用して凸凸東を空軍(グライダー、フロートシップ)で奇襲。凸凸は見張り櫓に極少数の兵がいるだけ。可能であれば潰す。
3 凸凸東付近にメーンを降下。チャリオットを降ろす。その間グライダー隊及びルノリスが後方支援。
4 琢磨ら潜入班を※地点でチャリオットで確保。最速で南下。
5 翼竜部隊が出てきたら、チャリオットの脱出を確認の上、空軍は大きなダメージを受ける前に早々に撤退。
←サミアド砂漠
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃∴∴凸∴∴∴∴∴∴∴▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲┃
┃∴凸北凸∴∴∴∴∴∴∴▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲┃
┃∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲┃
┃∴∴∴∴∴凹凹凹凹凹凹∴∴∴∴∴▲▲▲▲▲▲▲▲┃
┃∴∴∴∴∴凹∴∴∴∴凹∴∴∴∴∴∴∴▲▲▲▲▲▲┃
┃∴∴∴∴∴凹∴砦∴∴凹∴∴□□□∴∴∴※▲▲▲▲┃
┃▲▲∴∴∴凹∴∴∴∴凹∴∴∴□□□∴∴∴∴∴∴▲┃
┃▲▲▲∴∴凹凹凹凹凹凹∴∴∴∴∴∴∴∴∴東∴∴∴┃
┃▲▲▲∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴凸凸∴∴┃
┃▲▲▲▲∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴┃
┃▲▲▲▲▲▲∴∴∴∴南∴∴∴∴▲▲▲▲▲∴∴∴∴┃
┃▲▲▲▲▲▲▲∴∴∴凸凸∴∴▲▲▲▲▲▲▲∴∴∴┃
┃▲▲▲▲▲▲▲▲∴∴∴∴∴▲▲▲▲▲▲▲▲▲∴∴┃
┃▲▲▲▲▲▲▲▲∴∴∴∴∴▲▲▲▲▲▲▲▲▲∴∴┃
┃▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲∴∴∴▲▲▲▲▲▲▲▲∴∴∴┃
┃▲▲▲▲▲▲▲▲▲∴∴∴∴∴∴▲▲▲▲▲∴∴∴∴┃
┃▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲∴∴∴∴∴∴▲▲▲▲∴∴∴∴┃
┃▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲∴∴∴騎騎騎∴▲▲▲∴騎騎騎┃
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↓南・ステライド領
▲/丘陵
凹/砦
□/野盗たちの集落『盗賊村』
凸/見張り櫓
騎/騎士団屯営
※/チャリオット合流地点
【前回までに確認された敵兵力】
中型恐獣部隊 2個群(デイノニクス)
中型翼竜 4騎
大型翼竜 1騎
魔術師2人以上
【使用可能なゴーレム】
・攻撃型高速巡洋艦メーン
・攻撃型巡洋艦ルノリス
・グライダー 5騎まで
・チャリオット 1〜2騎(1騎は必須)
○騎士団より騎兵100名はすでに防衛線上にて駐屯。
○カフカ指揮官はメーンに乗船。ミケーネは騎士団陣営にて有事に備えて待機。
○琢磨はテレパシーの使用が可能。
○人員の配置状況によりチャリオット操縦者の確保が厳しい場合は騎士団から選出します。
●リプレイ本文
●『盗賊村』
騎士団の屯営を砂漠側に北上すると、そこはまさに人の皮を被った魑魅魍魎が徘徊する非道で凶悪な無法地帯であった。
安易にその場所に足を踏み入れた者は、身一つで生きて帰る事すら叶わない――そういう場所であったので、逆に言えば『盗賊村』へ無傷で辿り着ける事は即ち、その者たちの実力を周囲に知らしめる事でもあった。
(琢磨殿を無理に娘姿にさせたのは返って良かったかもしれん)
正当防衛とは言え、己のすぐ目の前で次々に人が斬られ、断末魔の叫びと共に血みどろになって倒れて行く様を平静に直視出来ずにいる彼を見て、グラン・バク(ea5229)は心の中で呟いた。
「皆、着いたみたいよ」
「これまた大層な出迎えだな」
『盗賊村』の入口を塞ぐように10数名のならず者たちが肩を怒らせながら立ち並ぶを見て、下劣な投げナイフ使いに扮装したアリオス・エルスリード(ea0439)が半ば呆れるように呟いた。
「『盗賊村』へようこそ。まずはお前たちの名を聞こう」
するとアリオスの言葉に応えて、居並ぶ男たちの中でもとりわけ恰幅の良い大男が、冒険者たちを睨み付けながらドスの利いた声で言い放った。
「あたしたちは盗賊団ブラッディヘアー。そして、このあたしが首領のリィよ」
フォーリィ・クライト(eb0754)が自慢のジャイアントソードをチラつかせながら男たちの前に進み出ると、大男は満足気に微笑んだ。
「女頭領とは気に入った。だが、此処の決まりは変えられねえ。悪いが俺らなりの挨拶をさせてもらおう」
「どうやら新参者には、古参の手厚い出迎えがあるようだね」
「ケンカかー? ケンカっ♪」
どこか楽しげにアシュレー・ウォルサム(ea0244)が囁くと、頭の悪そうな猫背の荷物持ちに成りきったグランが応え、わざと無精髭を生やしたクーフス・クディグレフ(eb7992)も槍を構えた。
やがて、琢磨が一歩後ろに退くと同時に盗賊共が襲い掛かり、それを透かさずフォーリィが《ソードボンバー》で迎撃。仲間たちのそれぞれの得意技も決まった所で勝敗は敢え無く決した。
***
「こいつらを一撃でのすとは大したもんだ! まあ、飲め!」
「「「いっただきまーすっ!!」」」
ばつが悪そうにしている大男の隣で、丸々と太った親分が上機嫌でフォーリィたちに酒を勧め、彼女も持参のハーブワインを差し出した。
グランとクーフスは駄馬に積み込んだ略奪品を納めると言って、砦の方に向かって行った。
ちなみに今回の潜入作戦に備えて数日間水浴びや湯浴みをしなかったクースフは、自身の『体臭』をひどく気にしていたのだが、それは現地の空気にしっかと馴染んだ。
「此処まで来たものの、右も左も分んないからどーしようかと思ってたんだ。村で早速こんなに勇ましいボスに会えて、あたしらは幸運だよー!」
言い馴れないおべっかを使う上に、ならず者たちがあれこれ自分に言い寄って来るのをフォーリィは懸命に笑顔で耐えた。
その様にして、村の奥にある太っちょ親分の棲家で酒の勢いに紛れて彼らがあれこれ砦の情報を聞き出していると、突然使いっぱしりの子分が慌てた様子で広間に飛び込んで来た。
「親分っ、ベリアル様の見回りでっす!」
「今日はやけに早いな‥‥どれどれ」
と、太った親分がその大きな図体を動かし掛けた刹那、戸口に一人の金髪の美女が現れた。
女の後ろには半ば彼女に隠れるようにして銀髪の少年魔術師ジブリールの姿もちらりと見えた。
「これはベ、ベリアル様っ‥‥ご機嫌麗しゅう‥‥」
先ほどまで腹を出して下品にそっくり返っていた連中が挙って身を竦める様子から、此処での彼女の影響力は直ちに計り知れた。
「新参者が来たと聞きました。こちらですか?」
「あ‥‥あたしらの事?」
「そうです。この中で魔法が使える者は‥‥」
そこまで言うと、ベリアルは小さく表情を変えた。彼女が無言で凝視する先には、唇に紅を差し村娘を装って部屋の隅っこから同様にベリアルを見据えている琢磨の姿があった。
その時、一瞬琢磨の身体を銀系統の淡い光が包んだが、彼が多勢の中の死角に座っていた事と、盗賊たちには酒がたんまり回っていたせいで幸い周囲の者には気付かれなかった。
「ベリアル様‥‥?」
矢庭に、戸口で無防備に突っ立っている美女に彼らの視線が集まる。先ほど琢磨がテレパシーで彼女に何を伝えたかは、仲間たちにはある程度推察出来たが――。
そこで周囲の様子に気付いたベリアルはぐるりと皆を見渡してから、再び村娘姿の琢磨に視線を戻して言った。
「そこの娘は精霊魔法が使えるようですね。後で私の部屋へ来なさい。門番には申し伝えておきます」
「‥‥」
「おいっ、返事くらいしろ!」
「ご‥‥ごめんっ、こいつ喋れないんだ。病気で、そのっ‥‥」
刹那――フォーリィが狼狽する背後で、アリオスがピシッと村娘――琢磨の頬を打った。
「お前のせいでお頭がいつも恥を掻くんだよ。‥‥分ってんのか!!」
「‥‥っ」
「リオもその位にしてやんなよー‥‥ねっ」
アリオスの機転に合わせてアシュレーが動き、その場は無事治まった。
●陽動部隊
一方、明け方からの陽動に備えて、グライダー隊はカフカを交えて細かな打ち合わせに入っていた。ペガサスに騎乗して全体のカバーに入るランディ・マクファーレン(ea1702)も一緒であった。
「では、手話を始め双方合図はきっちり確認し合うという事で宜しくお願いします」
「了解しました。こちらこそ宜しく」
バルザー・グレイ(eb4244)に快く返答を返し、カフカは再度、エルシード・カペアドール(eb4395)が立てたタイムテーブルに目を通しながら言葉を続けた。
「ああ、それからすでにご存知かもしれないが、翼竜の操者であるカオス兵を射落とした時の興味深いデータが上がって来ている」
「と言うと?」
カフカは予定表から目を離し、仲間たちを振り返って話を続けた。振り向きざまにその見事な金色の巻き毛が僅かに踊る。
「ご承知の通り、カオス兵は特殊な香料を使って恐獣を操るわけだが、その香料の効果が十分に残っている間に操者が射落とされた場合、恐獣は予想外の行動を起こす事がある。簡単に言うと、通常5分の手傷を負えば退散する獣が瀕死の状態に陥っても尚、戦意を失わずに突進してくる――といった感じかな」
「かなり危険ね‥‥」
「コントロールする者がいないわけだから、敵味方問わずって事だし」
カフカの説明にシルビア・オルテーンシア(eb8174)と音無 響(eb4482)が唸った。
「仮に操者を射た場合は、翼竜の突発的な動きを十分警戒する事が必要だ。また現状、天界人の特殊戦闘技術を以てしても中型翼竜を撃墜するのは容易ではない」
「プテラノドン‥‥なまじ図体がでかいわけではないな。操者の腕も達者だから、そう何度も急所を狙わせてはもらえんしな」
バルザーの言葉に誰からともなく溜息が漏れる。
「そうは言っても、当たれば何がしかのダメージを与えられるわけだし、当面の問題は‥‥まず敵の魔術師ですよね」
と、触り慣れないソーラー腕時計を弄りながらベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が言うと、響もこれに賛同した。
「まあ、今回はあくまで陽動が目的だし、俺たちは無茶はせずに後はこいつが役に立ってくれれば‥‥」
「?」
「呪文って詠唱がいるみたいだから、これを掛けたら邪魔出来ないかなって。翼竜や魔術師が花粉症なら尚ばっちり!」
響は粉末入りの袋を嬉しそうに掲げた。
この世界にコンビニが無い事は不便だったが、響が期待していた胡椒が手に入ったのは幸いだった。
また、花粉の効果については疑問の余地を残したが今後の研究課題にと彼はその袋も用意していた。
「カフカ殿」
一通りの確認を終えて後、兵士たちと閑談に入ったカフカにリューズ・ザジ(eb4197)が声を掛けた。
彼女は先だっての冒険者の休日の事を語りながら、それとなく琢磨の事に触れた。
「今彼が手にしているものは、ペンではなく剣です。何れは彼が通らねばならぬ道であったとしても、私は正直複雑な気持ちです」
彼女が言わんとする思いはカフカにも十分に伝わっていた。
人を殺める事を簡単に思い切れる人間はそう多く無い。ましてや平和な世界からやって来たのであれば尚のこと――。
リューズが危惧するのは尤もだった。
「我々は、彼を信じるしかありません」
「中途半端な気持ちで剣を取るようなら、この先二度とあいつに剣は触らせないこった」
いつの間に傍にいたのか、ランディが一言そう吐き捨てるように呟いた。
●ベリアルと名乗る女
「砦の警護が厳重と言うよりも――だ」
『盗賊村』の外れの目立たない岩場近くに集まってから、昼の間に砦の備蓄庫の前まで行き、夕刻更にもう一度砦周辺の様子を窺ってきたグランとクーフスが説明を始めた。
「あれだ。盗賊同士の対立が激しくて、互いを牽制する意味で誰か彼かが砦の周りを彷徨いているという感じだな」
クーフスは彼らに敵の大将への不信を煽ってみたが、利用出来るうちは利用するというスタンスは双方同じようだった。
また、カビ入り小麦を献上したグランだったが、食物に関しては賊と兵士できっちり仕分けされていた。彼らの間に信頼と呼べるものは無さそうである。
「じゃあ、案外砦の警備自体は手薄かもしれないね。反面腹の座った連中が多そうだけど」
「兎も角、俺とアシュレーが先導して中に入って、後は手分けしつつ敵兵力の確認や内部構造を掴む」
「捕囚の有無も大事だな」
アリオスたちが打ち合わせている所へ琢磨がふいに割って入った。
「悪いんだけど‥‥一人か二人ほど俺に付けてくれないかな」
「ベリアルと話すのか? 段取りはもう‥‥」
付けてあるという風に琢磨が頷いて、アリオスも渋々納得した。
夜明け前のまだ暗いうちに再びこの場所に落ち合う事を決め、仲間たちは早速行動を開始した。
***
「シャルロットには私は死んだと伝えて下さい。そして即刻館に帰るようにと‥‥私は本当にあの日一度死んでいるのですから」
ベリアルと名乗る女性――マリアは冒険者にそう告げた。クーフスが刹那、眉を顰めた。
「でもあんたの噂は王都に届いて、ミルク‥‥あの子の耳に入ってるんだ。今はKBCの連中がなんとか宥めてるけど、あの勢いじゃ、あんたを追って此処まで来るかもしれないぜ」
「そんな‥‥っ!」
「なあ、あんたの命を助けたのは、あのイザクなのか?」
常に彼の傍らにいて献身的に働く彼女と『翼竜の魔戦士』の関係について村で噂を聞かない者はいなかった。
彼らが恋仲であるという事も――。
「今の私にはあの人しかいません。誰も私たち二人を裂く事など出来ません」
「相手がカオスニアンでもかっ!」
思い余ってクーフスが声を荒げたが、透かさずマリアも言葉を返した。
「カオスニアンにも感情は有ります!」
「じゃあさー、この無益な殺生を止めさせてよ。あんたになら出来るんじゃないの?」
生半可に口出しするのを控えていたフォーリィもこの時ばかりは流石に口を挟んだが、その時扉がキィっと音を立てたので皆一斉に部屋の入口を振り向いた。
そこには黒い肌の長身のカオスニアンが立っていた。
大層端整な顔立ちであったが、切れ長の瞳に宿る眼光は鋭かった。
「イザク‥‥!」
仲間たちは一斉に剣を構えたが、マリアがそれを制した。
「俺はマリアの客に手は出さない。だが、下の連中は違う。命が惜しいなら今すぐ此処を出ろ」
青年らしい、高潔さを覗かせる清清しい声であった。
なぜ彼が『翼竜の魔戦士』なのか――冒険者たちにはどこか納得の行かない思いが残った。
一度は健気な妹に顔を見せるように、とのアリオスの伝言を最後に伝えて後、一行は砦を出た。
***
一方、砦の探索に当たったグランたちも首尾よく仕事を終えていた。
アシュレーは懐かしい仲間と再び仕事が出来る事を喜んでいたし、彼の腕は正しく一流であった。
また、ことアリオスに至っては、お目当ての美少年魔術師ジブリールの寝屋に忍び込み、あーんな事やこーんな事をやりたい放題――であったが、事の詳細は敢えて伏せる事にしよう‥‥。
さて、待ち合わせ場所に集合した潜入班は、チャリオットと合流する為に『盗賊村』を抜けて東に向かわなければならなかったが、此処で問題が起きた。
「臭い臭いと思ってたら、マジ間諜だったわけか」
「うちの親分の読みは、毎度ながら冴えてますね〜」
「こいつらをふん縛ってカオス兵に付き出しゃ、俺たちの立場も更に良くなるって寸法よ」
昼間彼らを招き入れた盗賊団の連中が薄暗い闇の中で、にやけながら刀に手を掛けた。
「昼のようには行かないぜ。あれは単なるやらせだからな」
「へえ、どうやらこっちも本気で一戦交えるしか無さそうね」
冒険者たちもそれぞれに武器を構えた。夜明けはすぐそこまで迫っていた。
●奇襲開始!
「翼竜部隊が出てくる前に見張り櫓は潰す! くれぐれも前に出過ぎんなよっ」
明けて早朝――時間通りに空軍は奇襲作戦に出た。
ルノリスとグライダー隊が東の櫓を潰している間に、ランディは先に南の櫓の上空に回り込んで、東に気を取られている南の見張り兵に斬り込んだ。
ランディの後に続いた響のグライダーが櫓の敵兵と交戦している中、東の櫓をほぼ制圧し終えたバルザーとエルシードが砲弾を抱えて接近、南の櫓の制圧に掛かった。
敵の弓兵は予めグライダーに同乗した弓兵たちの活躍で抑える事が出来た。
ベアトリーセのグライダーはチャリオットを降ろすメーンの後方支援の為、ルノリスと共に東側に残っていた。
「たっくん‥‥無事村を脱出出来たのかなぁ‥‥リューズさんに電波連絡入ったのかなぁ‥‥あああ〜〜っっ!! 心配するとキリが無いっ!」
ベアトリーセが上空で気を揉む中、メーンは2台のチャリオットを砂漠に降ろした。
(琢磨からまだ連絡が入らない。距離的には彼のテレパシーが届く範囲のはずなのだが‥‥)
リューズは彼方にある合流地点に目を凝らしたが、土煙が舞っていてよく見えない。
「リューズ殿、どうかされたのですか?」
「あ、いや‥‥定刻を少し過ぎてしまったな。此処から一気に合流地点まで飛ばすぞ!」
「はいっ!」
リューズのチャリオットが鎧騎士の前に出たその時だった。――彼女の待っていた声がようやく頭の中に響いた。
(‥‥遅くなった‥‥全員無事‥‥むかえよろし‥‥)
(琢磨殿? ‥‥おいっ、琢磨! ‥‥)
「リューズ殿! 北西から翼竜来ま――――すッッ!」
「よし! 全速力で突っ込む!!」
「了解っ!!」
陽光が焼ける程に熱く眩しく降り注ぐ砂漠を、2台のフロートチャリオットが一陣の風を斬りながら走り抜けて行った。
***
「チっ、敵の大将はまた高みの見物かぁ?」
「まあ、その方がこちらも都合が良いですけれど‥‥」
砦から出て来たのは中型翼竜4騎のみであった。それぞれ後ろに同乗者を乗せていたが、その中にベリアルの姿は無い。
「兎も角、奴らをチャリオットの進路に入らせないようにしましょ。上手く南へ誘導出来たら、騎士団の一斉射撃の餌食にしてくれるわ」
ランディたちの前でエルシードが不敵な笑みを見せ、それぞれにターゲットを定めた後、ペガサスとグライダー隊は一斉に散開した。
次いで、2騎の翼竜がチャリオットを追うように東に反れたので、その後をバルザーとベアトリーセが追って行った。
「うわー、本当に来たねぇ、プテラノドン」
チャリオットの上から空を見上げて、アシュレーが思わず声を上げる。
「逃げ切るまでの時間を稼ぐのはいいけど‥‥倒してしまっても構わないんだよね?」
チャリオットに積んで置いた天鹿児弓から放たれた矢は、同じく恐獣に跨って空から矢を射掛けようとしていた弓兵を見事に射落としたが、次の瞬間アシュレーの身体を真空の刃が貫いた。
「‥‥ぐウッ」
「アシュレーっ!!」
接近して来た翼竜2騎のうち、もう片方の翼竜に同乗していたのはどうやら風の魔術師であった。だが、魔術師も程なくグライダー隊の弓兵の矢に下った。
「参ったな‥‥いきなりウインドスラッシュは反則でしょ」
痛みを堪えてポーションを飲むアシュレーの瞳に、バルザーとベアトリーセに追い込まれた翼竜がメーンのバリスタに撃破される姿が映った。
***
「ちくしょー、あと1〜2発ファイヤーボムを食らったら俺より先にグライダーが持たないかも‥‥」
火の魔術師が放つファイヤーボムは少々厄介であった。魔法抵抗で操縦者のダメージが軽くとも、機体の損傷は免れない。
これがベリアルのような格上の術者が放つ魔法であったなら、その威力は如何程のものなのか‥‥。
「響、チャリオットがもうじき屯営に入るわ。あたしたちもこのまま速度を上げて南下しましょ!」
「魔術師を警戒しつつ、翼竜を振り切るぞ!」
「わ! じゃあ、此処でアレを試さなきゃっ」
エルシードとバルザーに促され、突然響が慌てて例の袋を取り出した。
「お。私もやっちゃいますよー! なんとしてもチャリオットには無事帰還してもらわねばっ!」
「お前ら‥‥遊びじゃねーぞ」
ランディの言葉が届いているのかいないのか、若い二人はにこやかに微笑みながら後続の翼竜部隊に対して新兵器の香辛料及び石灰の2種の散布型爆弾を投下した。
ちなみに石灰爆弾には響が採取した花粉も仕込まれていた。
「負けられない‥‥絶対にみんなを守るんだから!」
●残された課題
「さて。『翼竜の魔戦士』とやらは案外、こちらが思っている以上に知略家なのかもしれん」
宿営地にある建物の一室に帰還した冒険者たちを全員揃えた所で、カフカ・ネールが今回の作戦を振り返ったが、その中に琢磨の姿は無かった。
「これまでの二度に渡る戦いで、彼らはこちらの戦闘パターンをほぼ把握したと見ていいでしょう。だが、我々は肝心の大型翼竜との直接戦闘を行なっていない」
「散布型爆弾は今回は功を奏したが、次は敵も何か防御策を練って来るだろうしな」
「「えええ――――――っっ!!」」
バルザーの言葉に爆弾開発担当の若い二人は項垂れた。
「いずれにせよ、『翼竜の魔戦士』を潰さない限り、砦の攻略は難しいってことね」
「大型翼竜を戦場に引っ張り出さなきゃ、話にならねーな」
「引っ張り出して、潰す!」
「でも‥‥ベリアルやジブリールは‥‥」
「ベリアルと言えば、たっくんはどうしたの? ねぇねぇ、たっくんは!」
ベアトリーセが無言で俯くグランやアシュレーに食い下がると、それを見かねたアリオスが応じた。
「ベアトリーセ、あいつなら心配は無用だ」
「うん。傷たって軽傷だしね、一週間もすれば‥‥」
「そういう意味じゃ無くて!!」
彼女が苛立つ意味を理解出来ない仲間たちでは無かったが、リューズが彼女を宥め、休息を兼ねて解散するようにとカフカが指示を出した。
***
「ごめん、後で皆の前に顔出すよ」
「無理しなくていいわよ」
宿営地の古びた建物の影で休んでいる琢磨の隣にフォーリィが腰を下ろした。
琢磨の右腕に巻かれた包帯にはすでに薄っすらと血が滲んでいた。
「俺、当分ワイン飲めそうに無いよ」
「‥‥なんで刺さなかったの」
「‥‥」
「あの時、なんで止めを刺さなかったのかって聞いてんのよっ!」
「‥‥分らない」
「あんたねー! 殺される所だったのよっ、グランが飛び込まなきゃ、あんた今頃絶命してんのよっ! どうして‥‥っ」
「‥‥ごめん。ほんとに分らないんだ。誰だって死にたくなんか無い。俺もあの男も‥‥死なずに済むんならって」
「ばっかじゃないのっ!!!」
琢磨に一声痛烈に罵声を浴びせると、フォーリィはすっくと立ち上がった。
「あたしは絶対許さないからねっ、そーゆー甘っちい考えは‥‥絶対っ!」
そう言い捨ててフォーリィは去った。琢磨の足元に飲料水の入った小瓶を置いて。
「俺だって、許されるなんて思ってないさ――」
砂漠に一陣の風が吹いた。夕闇はすぐそこまで迫っていた。
冒険者と『翼竜の魔戦士』との戦いはまだ始まったばかりだった――。