シーハリオンの巫女〜王宮にて
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■ショートシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月05日〜06月10日
リプレイ公開日:2007年06月13日
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●オープニング
『阿修羅の剣』を探し出す為に、いよいよシーハリオンの巫女が国王と謁見する――という噂はあっと言う間に王都中に広まっていた。
町には『虹竜焼き菓子』や『巫女酒』なるグッズが出回った‥‥かどうかは定かでないが、巫女は当然貴族が集う社交界でも話題の的であった。
「一目、巫女様にお会いしたいっ♪」
「是非にも、我が領地へお迎えしたいっ♪」
「いやいや、ワシの方が爵位は上じゃ、ワシの館へ是非っ♪」
「いやいやいやいや、何を申すかっ! 私の方が上である。当然、私の領内へお入り頂いて‥‥」
と、諸侯らが兎にも角にも五月蝿いので、王宮は公平を規す為に王との謁見が終わった後に、王宮の大広間にて巫女を主賓に迎えて盛大な祝宴を催す事を決めた。
王宮はこれで万事事を丸く収められると考えたのだが――果たして。
***
「王宮の舞踏会に列席? 俺が?」
「そーゆーこと」
「‥‥」
「お前‥‥先輩の前で露骨に嫌な顔すんの、そろそろ止めろ」
ジョゼフに窘められるも、琢磨の表情は益々硬くなるばかりであった。
「だって‥‥そういうの、エドのが適任じゃないですか。あいつ、いかにも育ち良さそうだし、礼服の2〜3着持ってそうだし、作法だって‥‥」
「目上の者を掴まえて『あいつ』呼ばわりも止めろ。俺、そーゆーの一番嫌いって知ってんだろ。え? どうなんだ、琢磨」
(ちっ、半年以上も本部を留守にしたくせに、戻って来るなりいきなり先輩ごっこかよ)
琢磨は仕事部屋のエドガーの椅子に腰を掛け、自慢の長い脚を組みながらふんぞり返っているジョゼフを横目で見ながら溜息を吐いた。
「エドガーは私用でリザベに戻ってるし、それにこの仕事はお前向きだ」
「仕事?」
「巫女さんの護衛だ」
「え? だって今回の祝宴には王宮の近衛兵が揃って警護に当たるって聞いてるし、KBCが出向く必要なんて」
「『バ』の国の工作員が動くらしいぜ」
「確かなのか」
「詳細を掴んだわけじゃないが‥‥そりゃー、敵さんにしてみれば、巫女に『阿修羅の剣』を見つけられちゃ当然困るだろ。見つけるってか‥‥再生だっけ?」
「先輩がこっちに戻ったのも、それが理由?」
「まーな。お蔭で可愛い後輩とまた一緒に仕事が出来て、俺は嬉しくて涙が出るよ」
「お互いさまっす」
ジョゼフは額に掛かる長い黒髪を無造作に撫で上げながら、毒々しい血の色にも似た石榴色の瞳で琢磨を睨み付け、琢磨がそれをあっさり無視した。
ちなみに、この二人の仲の悪さをKBC内で知らぬ者は居なかった――。
■依頼内容:近々王宮で開かれる盛大な祝賀舞踏会でナナルの警護に当たる事。
○今回の舞踏会には王族筋を始め、位の高い貴族や国に貢献している豪商なども列席します。
○アリオ王は多忙の為、祝辞を述べたら即時退席されますのでご了承下さい。
○冒険者には騎士として赴き近衛兵と連携を取るか、あるいは給仕や楽士に紛れたり、来賓として正装し貴族に紛れて参列しても構いません。
○ただし騎士以外で潜入する場合、怪しい動きを見せると王宮の近衛兵を刺激してしまう場合が有ります。最悪、身柄を拘束されますのでご用心をば。
○舞踏会は夕刻から夜更けまで。
○大広間は2階にあります。
○必要な装束は王宮にて手配します。騎士以外で潜入する場合、護身用の短剣程度しか持てない可能性があります。
【2階大広間】※広間の左右は廊下です。
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■/壇上。主賓席
楽/楽士
近/近衛兵
□/給仕
○/円柱
扉/扉
仝/庭
●リプレイ本文
●宴の前
白い壁の長い廊下を歩いて突き当たった部屋の扉をノックしてから、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)は静かにそれを押し開けた。
「ちゃっかり此処まで来ちゃいました!」
「ちゃんと近衛に断りは入れて来たから大丈夫だ」
ソフィアに続いてツヴァイ・イクス(eb7879)が声を掛けると、控えの間の奥で侍女に髪を結ってもらっていたナナルが驚いて振り向いた。
彼女の傍らには、緊張した面持ちのトシナミ・ヨル(eb6729)も控えていたが、よく見知った仲間の顔を見るなり、彼もほっと安堵の溜息を吐いた。
「ソフィア、今日はやけにめかし込んでるな。普段とはどうも気合が違うぞ」
ナナルが指摘するのもそのはず。
ソフィアは薄緑の清楚なチャイナドレスに身を包み、気品漂う薔薇のブローチとそれに合わせた香水も仄かに香る程に纏って、宛ら貴婦人のようであった。
「あうっ、ちゃんと似合ってるかしら?」
「勿論だ。ツヴァイもドレスにすれば良かったのに。今夜は舞踏会だぞ」
「それは分ってはいるが‥‥」
痛い所を突かれたかのように一瞬ナナルから目を逸らすと、ツヴァイはトシナミを激励した。
「ナナルの傍には俺や近衛の騎士が付くが、正面の守りはトシナミだ。ナナルを頼んだぞっ」
その言葉にトシナミが大切な十字架を握り締めながら頷くのと同時に、別の扉からナナルを促す声が聞こえた。
いよいよ広間へ入るのだ。
「ナナルちゃん!」
床に届くドレスの裾を気にしながら椅子から立ち上がったナナルの両手をソフィアがぎゅっと握り締める。
「とっておきの『信頼する力は何にも負けないですとも魔法』を今かけましたからねっ、もう大丈夫!」
「有難う、ソフィア。それから皆も」
仲間たちを振り返って、ナナルが小さく微笑んだ。彼女はまだ13歳の少女なのだと感じさせる、どこか危うげな印象が冒険者の胸をそれぞれに貫いた。
それでも、彼女は‥‥。
「あのね、さっき咲夜も来てね、『周りはみんなカボチャだと思えばいい』って教えてくれたんだ。だからナナル、カボチャたちに挨拶してくるよ」
ナナルが小さく手を振って、その後をトシナミが追って行った。
長い夜が始まろうとしていた。
***
「うぬ‥‥ナナル殿にプロテクションリングをめいっぱい付けさせたのはいいが、それだけではどうも心許無いな。心配するとキリは無いのだが」
と、大広間の入口付近に佇むバルザー・グレイ(eb4244)が隣にいるリューズ・ザジ(eb4197)に思わず零した。
彼らはツヴァイ同様、騎士として近衛と協力しつつナナルの護衛に当たる事になっていた。
ちなみにバルザーはリングの他にも盾の役割を果たす《微風の扇》をナナルに持たせていた。
決して多くを語るタイプではないが、彼がどれほど彼女の身を案じているか、その思いは仲間たちにも十分に伝わっていた。
「これはバルザー殿、リューズ殿、そろそろ中に入らないとせっかくの王の祝辞を聞き逃してしまいますよ」
「カフカ卿!」
思い掛けない所で思い掛けない人物に声を掛けられて、二人は動揺しつつも昨日の近衛兵との面通しの一件について早速礼を述べた。
「カフカ殿に口添え頂けて助かりました。我らだけではやはり気まずい場面もありましたし‥‥」
そう話しながら、リューズは昨日の様子を思い出していた。
『我々を予想外の部分を埋める遊軍として扱って頂ければ幸いだ』――バルザーが低姿勢で進言するも、近衛の中にはそれすら面白くないと言わんばかりの顔をする者もいたのだ。
「いえいえ、貴方方が付けておられた勲章の効果は大きかったですよ。ただ、彼らは騎士の中でも特にエリート意識が強い。やり難い部分もあるでしょうが、そこは良しなに」
その様な中で、将校と言えども気取らないカフカの柔らかな応対に思わず緊張が解れる二人であった。
「それはそうとリューズ殿は、今宵はドレス姿で来られるとばかり‥‥」
「ドっ、ドレスなどでは思うように戦えません!」
「クスッ‥‥それは道理ですが、出来れば女性の麗しい姿を拝見したいと願うのは男の我が侭でしょうかね」
カフカがバルザーに同意を求めるように視線を振って、バルザーが困ったように肩を竦めて見せた。
真っ赤になっているリューズの肩を優しく抱きながら、カフカは二人の騎士を伴って広間に入って行った。
●祝宴
「我らが祖国に、アトランティスに竜と精霊の祝福があらん事を!」
さて――アリオ王より巫女をメイの国に迎え入れる祝辞が述べられ、乾杯の音頭が執り行われて後、大広間で客たちは歓談に入った。
「流石に近衛だね。王宮行事の仕切りには慣れてるって事か」
手際よく配置に付く騎士の様子を覗いながら、朝海 咲夜(eb9803)が風 烈(ea1587)に小声で囁いた。二人は給仕役として今宵の宴に潜入している。
カフカが述べた通り、はっきりいって近衛は数多い騎士の中でも超エリート職である。彼らは政治に携わる大臣同様に往々にして世襲である事が多く、成りたくても誰もが簡単に成れるものでは無かった。
また、主賓席近辺の要所は近衛兵で固められており、ナナルの世話には重臣たちにも顔が知れていそうな古参の給仕や侍女のみが対応しているようだった。
一国の王が住まう宮殿にしてみれば、この位は当然――と言った所だろうか。
「あれじゃあ、俺たちのような新参者は主賓席に近づく事すら出来ないな」
「まあ、ナナルに直接料理を運べなくても、他の手段に出る場合も考えられる。用心に越した事は無い」
「咲夜さんはナナルの事になると、本当に熱心だな」
「なんだよ、烈だって今日の為に礼儀作法を事細かく確認してたじゃないか。お互い様さ」
そう言いながら二人はどこか楽しげにそれぞれの持ち場に戻って行った。勿論、周囲への注意は怠らずに――である。
***
一方、グラン・バク(ea5229)はウィルで得た男爵の位を利用して来賓として参列していた。
ソフィアも同じく来賓として広間に姿を見せていたが、彼女は『阿修羅の剣研究家』という肩書きを持って他の貴族たちと雑談を交えていた。
「なんで俺が‥‥あ、はい、署名はこちらへ。ええ、特別な紹介者が有れば列記して頂いて‥‥」
琢磨は己の前に長蛇の列が出来ているのを確認すると、近くにいたグランを一瞬恨めしそうに睨んだが、彼は愛想よく微笑んでから人の輪の中へそそくさと消えていった。
実はグランとツヴァイから、ナナルとの面談用に特別な卓の設置が提案されていたのだが、実際の所有力貴族たちの間では、誰と誰が公式に巫女に挨拶をするかは当然のように予め内々に決められていた。
どの世界でも力関係というものは存在するのだ。
選ばれた貴族たちは主賓席に座るナナルの前に恭しく進み出て、祝辞を述べた。彼らは礼と品位を重んじたので軽率な質問は控えた。まあ、とりあえず『面通し』さえ出来れば良いのである。
果たして、不満が募るのは彼らより下級の貴族たちである。
そうして彼らの為に卓は利用される事になった。巫女がわざわざ下に座す事は無いと、王宮より巫女の都入りに一役買ったKBCを代表して琢磨に彼らの世話が任された。
***
さて、登場が遅くなったが、此処に今回の依頼において中々に論理的な推理を展開した二人の女性がいる。
フォーリィ・クライト(eb0754)とエルシード・カペアドール(eb4395)である。
彼女たちは今回、騎士として宴に潜入していた。
「犯人は犯行が明るみになった時点で王宮から無事に帰れる可能性は少ないわけで、こんな状況でどんな人間を暗殺者に使うかって部分は重要よね」
エルシードは敵の視点から入念に推察する。
「王宮に客として招かれるような立場にある貴族や豪商は、私なら勿体無くて捨て駒には出来ないし‥‥近衛兵も王の傍で武器を携帯出来る立場だから人選は極めて厳格か」
「警戒が必要なランクとしては入り込み易そうな給仕・楽師が一番高いわね。楽師団は人数も多くないから顔を覚えておくわ。休憩の移動中に理由を付けて入れ替わる可能性もあるし」
フォーリィもエルシードに続いて、細かな策を立てた。
来賓や近衛については、リザベの某伯爵のように何か弱みを握られて脅されている場合も想定して注意を怠らない事にした。
●襲撃
「大丈夫か、ナナルさん。顔色が悪いようぢゃが」
「うん。トシナミ、大丈夫だ」
ナナルは直感力や知力は人並み以上に高かったが、体力だけは劣っていた。文字通り彼女はひ弱であった。
トシナミは彼女の心労を減らす為に、シーハリオンの事などを尋ねられても『秘密ぢゃ、お察し下され』と惚けて通した。
会場にいる人々全員の視線が彼女に集まるだけでも相当な負担だと、トシナミは理解していたのである。
そんなナナルを遠巻きから不安げに烈が覗き込んでいる頃――。
「なんだよっ、俺が何したってんだよ!!」
「何もしていないなら、大人しく我らに同行してもらおう」
大広間の主賓席の真反対側――つまり、窓際で一人の若い給仕が近衛兵2、3人に取り囲まれていた。
(あいつ‥‥さっきから妙におどおどしてた奴だ。近衛にも目を付けられたか)
事の様子を少し離れた所から見ていた咲夜が、すかさず仲間たちに合図を送った、まさにその時である。
給仕の体が緑色の淡い光に包まれたかと思うと、突風が近衛兵たちを襲った。
続いて、広間には悲鳴が飛び交ったと思うと、真っ青な顔で楽士たちが楽器を手に壁にへばり付いた。
「ストームかっ!」
「小癪な真似を!!」
転倒を免れたグランやバルザーが近衛に代わって素早く敵を押さえ込み、リューズとエルシードが吹き飛ばされた人々の手当てを行なった。
皆の者、鎮まれ!――と、王の声色を真似て令を発した咲夜の奇策も動揺する貴族たちを鎮めるのに功を奏した。
だが‥‥。
●黒きシフール
騒ぎの直後、ツヴァイはナナルを抱きかかえて壁の隠し扉から通じている隠し部屋へと逃れていた。
近衛兵たちの頭上を飛び越えて、烈もナナルの傍に付いていた。
「わしが様子を見てくるで、ナナルさんを頼みますぢゃ」
そう言ってトシナミが部屋を出ようとした時に、一人のシフールが飛び込んできた。
「助けて下さいっ! 悪い奴に捕まって此処に連れて来られたのです。どうか助けて!」
「悪い奴?」
トシナミの頭に一瞬疑問が過ぎったが、それはすぐに打ち消された。
黒きシフールは部屋の中に入ってゆくと次々に仲間たちを『魅了』したのだ。
「可哀想に、怖かっただろう」
「可哀想なのはお前さ。巫女の魂であればさぞや値打ちも上がるだろう。お前の生命を少しばかり頂戴する」
黒きシフールが《デスハートン》を唱えると、ナナルの体から黒っぽい霞のような物が現れて魔物の手に集まり、それはやがて白い玉となった。
「「その玉を渡してはならぬ――――――――っっ!!」」
突如、城中に響きそうなくらいの大きな声が小部屋を中心にして轟いた。声の主は虹竜であった。
「れん‥‥ちゃん?‥‥」
「しっかりしろ! ナナルっ!!」
虹竜の声のする方へ仲間たちは大急ぎで駆けつけた。
卑しく笑う邪なる妖精を見つけると、ソフィアが直ちに《アグラベイション》を発動させ、間を置かずにフォーリィやツヴァイたちが魔力を帯びた剣で魔物を切り裂くと、シフールの姿をした魔物は皆の前で塵のように消え失せた。
「これがカオスの魔物‥‥」
小さく呟く琢磨の声が力無く宙に浮く。
やがてソフィアが白い玉をナナルに飲み込ませると、血の気の無かったナナルの顔に少しだけ赤みが戻った。
近衛の将校はこの騒ぎの後で、冒険者に厚く礼を述べた。
***
尚、この事件のすぐ後で楽士の一人が死体で見つかった。魔物はその能力を使って楽士の姿で宴に忍び込んだと推察された。
黒きシフール、つまり『カオスの魔物』の出現は王宮を、そしてメイの国を震撼させた。
今では伝説と化していた悪魔のような者たちが甦り、事もあろうに王都の、しかもその中核に現れたのだ――それは、混沌の勢力が更に勢いを増している事の証であった。
冒険者たちの不安は増すばかりだったが、ただ、ナナルが程なく元気になったのは幸いであった。
阿修羅の剣への道は険しく遠い――。