亡者の旋律

■ショートシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月16日〜06月21日

リプレイ公開日:2007年06月25日

●オープニング

「すげー‥‥。貴族じゃなくても、こーんなでっかい家に住めるんだ」
 裏切り者のドレークから奪い取った『宝の地図』の約定書に書かれていた住所を辿ってティトルの町までやって来た海賊ユーリは、目の前にある立派な邸宅を見るなり大きな瞳を更に大きく見開いた。
「んー、兎に角当たって砕けろだ!」
 これはユーリの信条でもあった。

  ***

「こんちはー! こちらにラ・ニュイって人居ますかー?」
 職人の手で丁寧に彫り込まれた唐草模様の大きな扉を開いて開口一番ユーリが叫ぶと、屋敷の奥から可愛らしいメイド服に身を包んだ下働きの娘が4〜5人揃って出て来た。
「旦那様は今お留守ですが」
「失礼ですがどちら様で‥‥」
 ふと、ユーリの綺麗な顔立ちと少年にしては少し小柄で華奢な姿を繁々と眺め回していた娘の一人が小さく声を上げた。
「(あー、この子って)」
「(ねえねえ、もしかして)」
「(うんうん、そうだよねー、もしかするよねー)」
「(旦那様って可愛い子に目が無いからねー)」
「あのー‥‥」
 眼前の自分の事は無視して、何やらヒソヒソと楽しげに密談を始める彼女たちにユーリは仕方なくもう一度声を掛けた。
「俺、その人が帰るまで待ってますけど‥‥」
「「「ええ、勿論ですわっ! 此処で貴方を帰してしまったら私たちが叱られますわっ!!」」」
 そう言い終るや否や、娘たちはキラキラと瞳を輝かせながらユーリの腕を引っ張った。
「ささ、こちらへ!」
「どうぞ奥へ」
「御召し替えもしなければ」
「大丈夫♪ 私たちに全てお任せあれ♪」
「え??」
 かくして、抵抗する間もなくユーリはメイド部屋の奥へと連れ込まれた――。

  ***

 ラ・ニュイが屋敷に戻った時、事はすでに成就していた。
 ユーリが着ていた旅の衣は風合いの良い真っ白な絹にレースやフリルが贅沢にあしらわれたブラウスと、仕立ての良い細身の黒のスラックスに摩り替わり、少し癖のある見事な金髪は丁寧に櫛で梳かれ、襟元には上品な光沢のある真紅の細いタイが結ばれている。
 勿論、靴もピッカピカに磨き上げられた高価な革靴である。
 然しながら、それほど贅沢な装いにも関わらずユーリはそれらを見事にそつなく着こなしていた。まるで、生まれながらの貴族のように‥‥。
「旦那様、如何ですか?」
「ばっちりございましょ?」
「まるでお人形さんみたいです♪」
「流石に旦那様がスカウトされたお小姓衆ですわ!」
「お前たち何か勘違いしてないか‥‥?」
「え??」
 その時彼女たちは初めて事の真相を知った。
「「「もも、申し訳っ、ありませ――――――――んっっっ!!!」」」
 クモの子を散らすようにメイド娘たちが居間を去った後、着慣れない服にぎこちなく顔を赤らめながら突っ立っているユーリ少年と狐に抓まれたような面持ちのラ・ニュイが残された。

  ***

「確かにこれは私がドレークと交わした約定書ですね。なるほど、凡その事情は分りました」
「それじゃ、地図を返してもらえるんだよね。あれはそもそもドレークが親父から盗んだ物なんだ」
「彼が盗んだかどうかは私の知る所ではありませんが、約定書を奪われたのは彼の落ち度です。いいでしょう――貴方に宝の地図をお渡ししましょう」
「あ、有難う!」
「でも‥‥」
 刹那、軽く眉間に皺を寄せて伏せ目がちに言葉を詰まらせるラ・ニュイに、ユーリの心配そうな視線が注がれる。
「そのうちにドレークが私の所に乗り込んで来て、あれこれ言い掛かりを付けてくるかもしれません」
「それは‥‥」
 この人は恐らくドレークに大金を支払ったのだろう。でも、俺に地図を渡すと余計な面倒を背負い込む事に成りかねない――。
 ユーリが困ったように黙り込むのを見て、ラ・ニュイはにっこりと微笑みながら助け船を出した。
「貴方はどうやらとても良い人のようだ。真正直な貴方に免じてあの男の件はこちらで何とかしましょう。その代わりと言っては何ですが、ちょっとばかり私を助けてはもらえませんか?」
「助ける?」
「はい。海賊の貴方を見込んでのお願いです。実は私のお得意様が住む島の周辺の海に近頃魔物が出没していて、航路に支障が出ているのです。私としては大切なお客様との取引を台無しにはしたく有りませんし、そこで何とか魔物退治をお願いしたいのです」
「それって海に住む魔物の話?」
「はい。噂ではその魔物は大層美しい女の姿をしていて、魔力がこもった歌で獲物を誘い出し、船を難破させて人を食らうのだそうです」
「‥‥。セイレーンの事かな」
 海賊の間で、この伝説の魔物を見た事は無くても知らない者はまずいなかった。その恐ろしさも――。
 ユーリは少し考え込むように腕を組んだ。引き受けるにしても自分一人ではまず無理だ。すると、ラ・ニュイが続けて言葉を添えた。
「船や漕ぎ手など必要なものは私が用意しましょう。もし、無事に魔物が退治出来た暁には、その船を貴方に差し上げても構いません」
「船を――本当にっ?」
「ゴーレムシップのように贅沢なものではありませんけどね」
「そんなの全然へっちゃらだよ! だって、船さえあれば直ぐにでも宝の島に行く事だって出来るんだぜっ♪」
 男の申し出にユーリは思わず歓喜の声を上げた。
「ただ、魔物が出る海には時折幽霊船が出るという噂も有ります。道中はくれぐれもご用心を」
 ユーリとラ・ニュイは快く握手を交わして別れた。
 別れた後で、ラ・ニュイは少年に大変良く似ている然る女性の事を思い出したのだが――それは今はさておき。

 はてさて。ユーリは首尾よく海の魔物を退治し、船を手に入れて宝の島へ向かう事が出来るのだろうか?


■依頼内容:ラ・ニュイのお得意様が住むという島の海域に現れる魔物を退治し、船が安全に通れるようにする事。

○魔物はセイレーンと呼ばれているようです。歌を歌うのであれば、会話が可能かもしれません。
○この手の魔物は通常の武器で傷つけられない場合が有ります。
○話に出た幽霊船ですが、メイでは現状『アンデッド』なるものは確認されていません。恐らくは、幽霊船を装った海賊ではと‥‥。
○依頼は魔物を退治(あるいは追い払う)出来れば成功です。もし幽霊船まで退治できれば尚良しです。

●今回の参加者

 ea0073 無天 焔威(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea3585 ソウガ・ザナックス(30歳・♂・レンジャー・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea4426 カレン・シュタット(28歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・フランク王国)
 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb7900 結城 梢(26歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 eb9803 朝海 咲夜(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec3064 ゲオルグ・ヒルデブルグ(58歳・♂・ウィザード・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●いざ海へ
  幽霊は〜 幽霊は〜 この世に未練たっぷりさ〜
  幽霊船にはお宝が〜 お宝いっぱい未練もいっぱい
  手を出す奴らにゃ呪いが掛かる〜 海の亡者の呪いなのさ〜♪

 港町の酒場で無天 焔威(ea0073)がいつものように琵琶を手に歌を流している一方で、仲間たちはラ・ニュイが用意した船の上で着々と出航の準備を整えていた。
「焔威さん、船に乗り遅れたりなさらないでしょうか」
「あいつはああ見えて案外抜け目のない男だ。恐らく酒場で歌っているのは、幽霊船の噂に乗じて同じような騒ぎが起きるのを防ぐための工作だろう。吟遊詩人の歌ってのは、あっという間に広まるからな」
 カレン・シュタット(ea4426)が焔威を気遣う姿を見て、ソウガ ・ザナックス(ea3585)が心配無いと笑って答えた。
「友達がユーリ君の事を凄く気に掛けててさ。来れない彼の変わりに俺で役に立つならと思って‥‥皆、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、情報集めに同行して頂けて助かりました! 色々と難題も多いですがこの一件、無事に解決しましょうねっ」
 出没している魔物についてあれこれと船乗りたちから話を聞きだす役を朝海 咲夜(eb9803)とシルビア・オルテーンシア(eb8174)が請け負った所、王都に程近い海に魔物が出るというのは久方無かった事らしく、これと言って明瞭な情報は得られず終いであった。
 だが、冒険者たちの姿勢はいつも前向な所が素晴らしい。
「セイレーンってライン川に出てくるあれかな」
「ライン川‥‥これまた懐かしい響きですね〜‥‥という事で、地球渡来の携帯電話、これ使えないでしょうか」
「携帯?」
「これに歌を録音して逆に魔物に聞かせてみるとか」
「なるほど」
「後で再生して、歌詞を書き取ったりしてみたいですね♪」
 天界人である龍堂 光太(eb4257)と結城 梢(eb7900)が携帯を弄っているとシルビアも器用にそれを使いこなした。
 携帯電話はすっかりメイの人気グッズのようである。

「あ、ユーリさん、初めま‥‥」
「全然成っとらんわいっ!! 小僧! もう一度始めからじゃ!」
「はいっ!!」
「あのー」
「えっ」
「なんじゃっ、今忙しいわい!」
 イェーガー・ラタイン(ea6382)の呼び掛けにようやく気付いたユーリとゲオルグ・ヒルデブルグ(ec3064)がモップを動かす手を止めた。 
 ユーリは何やら彼から床磨きの講習を受けていたらしい。
「掃除は基本じゃ! 立派な海賊になる為の心得と思うべしっ」
「はいっ、お師匠様!」
「ねえねえ、この白髪本物?」
「痛――――――――ッッッ」
 と、ユーリの周りの人だかりに吸い寄せられるようにレフェツィア・セヴェナ(ea0356)がやって来ると、矢庭にゲオルグが後ろで束ねている長い髪を引っ張った。
 勿論彼女に悪気は無い。
「全く、どいつもこいつも成っとらん!」
「あのー」
「ああ、そうだ、ユーリ」
 ふと、甲板が賑わう中で今度はソウガが声を掛けた。
「?」
「ドレークに復讐するなとは言わないが、相手が何故裏切ったのか、その理由を蔑ろにしない方がいい。報復には報復が待っているだけだからな」
 そう言うと、ソウガは魔力が宿る剣を手渡した。魔物には通常の武器では歯が立たないからだ。
「有難う、ソウガ!」
「あのー‥‥」
「お待たせ〜」
「あ、焔威さん!」
「皆揃ったな。じゃあ、出発するか」
 仲間たちがそれぞれの持ち場に戻る中、イェーガーが一人ぽつんと甲板の真ん中に残された。すると、ユーリが慌ててブリッジから駆け出して来る。
「イェーガーさん‥‥だよねっ、魔物退治、どうか宜しくお願いします!」
「ユーリさんっ、こちらこそっ!」
 ようやく『初めまして』の挨拶が叶ったイェーガーであった。

●セイレーン現る
「早速お出ましとは、手間が省けたな」
 マストと大凧を結んだロープの上から、咲夜は遥か前方の大きな岩の上に、上半身が人で下半身が魚という不思議な姿のモンスターが腰掛けているのを見た。
 彼がすぐさま備え付けておいた連絡管を落として仲間に伝えると、彼らは耳栓を着け、人を魅了するというセイレーンの歌声に備えた。
 つい先ほどまでは青い空の下を航海していたはずなのに、気付けば空はどんよりと曇り、徐々にその明るさを弱めていった。
「歌が‥‥」
 誰かがそう呟いた。
「綺麗な歌声‥‥どうしたのかしら‥‥私、なんだかとっても気持ちがいいわ」
 カレンはそう言うと、ふらふらと船の穂先へと歩いて行った。すると、その後を梢とシルビアがまるで幸福な夢でも見るようにうっとりした表情で追って行く。
「カレン! 梢たちまで!」
「ちっ、魔物の歌はやっぱ月魔法と同じで、直接精神に作用するようだな」
 携帯からイヤホンで音楽を聴いていたにも関わらず、セイレーンに魅了されてしまった梢たちを見て、焔威は即座に自分の腕を刀で傷付けた。
 痛みがあれば、僅かでも己に意識を集中出来るからだ。
「きれーなおね〜さん〜悩みがあるなら聞いちゃうよ〜〜♪」
 焔威が懸命に歌で呼び掛ける中、船は魔物のいる岩の前で停泊した。

  ***

「なんだ。術に掛からなかった者がこれほど居る船も珍しい」
「「「おおっ、美女がしゃべった!」」」
 男たちは思わずセイレーンの美貌に目を見張ったが――見惚れている場合では無い。
「なぜ此処で歌うんだ?」
「決まっている。腹を満たす為だ」
「前は別の場所に居たんだろ? どうして今になって此処に」
「前居た海に船が通らなくなった。私自身が貪り過ぎたせいかもしれぬが‥‥そうしたら、久方ぶりに掴まえた船の船乗りらが、もっと良い餌場があると教えてくれたのだ」
「それがこの海域というわけじゃな」
「話をしたら腹が空いて来た。お前たち、あいつらをふん縛れ」
「はい♪ セイレーン様」
 魔物に促されて、カレンがユーリの腕を掴んだ。
「わっ、何を‥‥っ」
「待て! 餌だってすぐにまた無くなるぞっ、それよりもっと上手い手が有ります!」
 カレンの手を押さえると、イェーガーが大声で魔物に叫んだ。
「船を安全に航行させる代わりに人間から贈り物を貰うんです。その方がずっと効率的だし、確実です」
「そうだ。歌で金を稼いで家畜を買う事も出来るし、そもそも俺たちみたく術に掛からない奴がいるって事は、お前自身が討たれる危険だってあるんだぞ」
「うーむ‥‥」
 イェーガーやソウガの説得に、幸いセイレーンは興味を示したようだった。だが、その刹那――。

  ***

「姐御、こんな奴らに騙されちゃいけませんぜ」
「お前たちが噂の幽霊船の海賊かっ!」
 いつの間に近づいていたのか、ユーリの船のすぐ傍に気味の悪い帆を揚げた幽霊船が迫っていた。
「こいつら、上手い事言って姐さんを誑かして、ばっさり首を撥ねるつもりでさぁ。それが証拠に、あいつらが持ってる武器は全部魔剣でさぁ」
「本当か!」
 海賊たちが魔力が宿る武器を見知っていたかどうかは定かで無いが、はったりだったにせよ、顔色を変えた冒険者の様子からそれが事実である事は魔物の知る所となってしまった。
「違う! 戦闘は最後の手段だ。出来るなら話し合いで‥‥」
「五月蝿――――――い!! もう騙されたりはせぬ!」
(うわあ、ちょっとやばい展開だよねっ) 
 レフェツィアは咄嗟に魔法の詠唱に入り、《コアギュレイト》を放った。
 幸いセイレーンとシルビアの動きを止める事は出来たが、代わってカレンと梢が魔法の詠唱に入る。
 ゲオルグの《アイスコフィン》は残念ながら彼女たちには成功せず、光太が網を投げつけるも魔法の詠唱は止められない――。
「「セイレーン様の為に♪」」
 梢とカレンによって乱射された《ライトニングサンダーボルト》は敵味方問わず船上で炸裂、2隻の船をぼこぼこにし、船の安全確保を任されたゲオルグは出火を抑えるのに奔走する嵌めになった。
 やがて彼女らの背後から飛び掛った咲夜とイェーガーによって二人は取り押さえられ、怯んだ海賊を仲間たちが容赦なく打ちのめし、事が収まった頃にセイレーンとシルビアに掛けられていた魔法が解かれた。

●帰還
「幽霊船を装って悪い事するなんて許せないよ。おまけに魔物まで巻き込むなんて!」
 レフェツィアはゴツンと海賊の頭を小突くと、延々と説教を説いた。彼らはこの後騎士団へ引き渡される事となる。
 一方問題のセイレーンはと言うと、冒険者たちの強さに恐れをなしたか、遠い海の彼方へ去って行った。
「セイレーン様との別れは辛かったですが、これも運命ならば仕方有りませんね」
 シルビアの言葉に、梢とカレンがそっと涙ぐむ。――魅了の力、恐るべし。

「頭からバリバリされずに済んで良かったよ。ところでキャプテン、次はどうする?」
「え? 次って‥‥まず船を修理して‥‥それから」
 ユーリはごそごそと懐を探ると、一枚の紙を取り出して咲夜に見せた。ラ・ニュイに返して貰った宝の地図であった。
「「本当にあったんだ!」」
 冒険者たちは興味深く地図に見入った。といってもかなりアバウトな図ではあったが……。
「そーいえば、ユーリ、ラ・ニュイとどんな約束してきた?」
「ドレークと問題が起こらないといいのですが」
 交渉の場にいなかった焔威がユーリに尋ね、カレンも不安げに言葉を足した。
「え? 特に何も。地図を返してくれて有難うって。魔物退治頑張りますって」
「それだけ?」
「うん。それだけ」
「彼もこっそり宝を狙ってるような気配は?」
「え? それは無いよ〜だって、いい人だもん♪」
 どうやらユーリはラ・ニュイの言葉や人柄を頭から信用しているようだが、焔威たちには不安が残った。
 また、ソウガが懸念していた情報屋アメについては、彼がきっすいのカオスニアンである事や背格好からラ・ニュイではないだろうと推察された。
 勿論、両者に繋がりがあるか否かは分からない。
 ともあれ、少々壊れはしたが船と地図は手に入った。
 少年の旅はまだまだ続く――。