月の雫と謳いし君は

■ショートシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月26日〜07月01日

リプレイ公開日:2007年07月01日

●オープニング

●伝説
 『竜戦士』ペンドラゴンの伝説――。
 メイの子らであれば知っていて当然の物語ではあるが、かの天界より来られた方々には当然知り得ぬ話でもあるので、此処で簡単に語っておこうと思う。
 
 精霊暦984年、メイの国の領土の一角にかつて封印されたはずの『カオスの穴』が再び開いた。
 その近隣一帯はカオスの地と呼ばれ、混沌の勢力であるカオスニアンやカオスの魔物などが徘徊する禁忌の地となり、メイの国はこの地を手放す事を余儀なくされる。
 勢いを増すカオス勢力の跳梁により世界が未曾有の混乱に襲われる中、更にその機に乗じて精霊暦987年、ヒスタの大陸にある大国『バ』の国が世界征服を企み、諸国に侵略を開始した。
 やがて彼らの侵攻に屈したジェトの国とメイの国は、バの国の軍にこの時ほぼ侵略されるが――。
 同年、天界(ジ・アース)より一人の勇者が降臨する。
 『ウーゼル ・ペンドラゴン』と名乗る勇者は『阿修羅の剣』という剣を持ち、竜戦士(ドラゴンウォリアー)と化して人知を超える力を持ってバの国と戦い、混沌の勢力を粉砕、世界に勝利と平和をもたらした。

 ――以上が、メイに今日伝わる伝説である。

 さて、この時『天界王』ロード・ガイと同じくペンドラゴンも勝利と引き換えに自身の命を散らしてしまったわけだが‥‥。
 実際にこの『カオス戦争』を終結させるのに用いられたという『阿修羅の剣』もまた、その時すでに魔剣としての効力を使い果たし、深い眠りに就いた。
 後にこの魔剣は『カオス戦争』を辛うじて生き永らえた者たちの手によって密かに隠蔽される事となり、今現在、王宮はカフカ・ネールを提督とする海戦騎士団にその任を与え(依頼「海賊の島、遠い島」)、失われた剣の探索に全力を注いでいる最中であった。

 だが、剣が発見されたとて、魔剣はまだ眠ったままなのだ。
 『阿修羅の剣』の真の覚醒には『七色の竜の涙』が必要なのだと巫女は言う。
 『七色の竜の涙』がどのような物なのか、我々はまだ知らない。だが、巫女は語る。

 ――聖なる竜に護られし其の魔剣は高潔なる志と、純潔なる血の証を汝らに求める―― 

 魔剣の再生に本当に必要なものは、冒険者たちの強く気高い意志と知恵と勇気なのかもしれない。

●『月の涙』
「それで、その遺跡は森の奥深い場所にあるわけですね」
「そうだ。結構歩くだろうな。小道が入り組んでいるから、馬で駆けると迷う確率が高くなるらしい」
「それで、この森に入り込んだ旅人は何者かに幻覚を見せられて、7日7晩飲まず食わずで森を彷徨う事になったり、森を流れる小川で溺れて死にかける事もあるようだと‥‥」
「生きて出られたのは幸いだな」
「次に、この森では時折、小さな竪琴を抱えたドレス姿の非常に美しい女性が見かけられている」
「かなり色っぽいらしいぞ。でも、エドはそーゆーの好みじゃ無さそう」
「え‥‥いや、私だって一応その‥‥男ですし」
 KBCの記者兼データ処理係の純情癒し系美青年エドガーは巫女ナナルの前で頬を紅潮させながら口篭った。
「ふーん。人は見かけによらないな。あ、そうそう、女性を見たという者の中には、その容姿に違わぬ美しい声で話しかけられた者もいるとかいないとか」
「あ、此処に詳しく書かれてますね、何々‥‥。夜更けに森の奥から大層美しい竪琴の音が聴こえて来たので誘われるように行ってみると、美しい女性が月明かりの下で琴を奏でていた。『美しい音色ですね』と言うと、彼女はにっこり微笑んで次から次へと曲を弾いてみせてくれた。だが一向に演奏が終わる気配は無い。怖くなって逃げ出した所道に迷い、森の中で10日間飲まず食わず‥‥」
「助かったのなら良かった」
「次に最後の‥‥これが問題ですね」
「ああ。これを目にした時点で依頼に参加するのを止める冒険者もいるだろうな。私とて彼らの命の保証までは出来ぬ」
 エドガーは手にした資料に赤い文字で記入された部分を慎重に読み返した。

「――『この森では時折、血を吸われて死んでいる旅人の死体が発見されています』‥‥ですか」
 二人は暫し沈黙した後に、同時に声を上げた。
「「でも行くしかないっ!!」」
 かくして、森の奥の遺跡から『月の涙』を持ち帰るという依頼が冒険者ギルドに張り出された。


■依頼内容:巫女ナナルと共に『月の涙』が眠るという森の遺跡に入り、それを無事に持ち帰る事。

【追記事項】
○遺跡に入った後、『月の涙』を探す作業は巫女に任せれば良いので、冒険者にはその間の巫女の身辺警護をお願いします。
○尚、この森にずっと以前から住んでいる『何者か』は、先ごろ王宮を騒がせたカオスの魔物とは無関係と思われます。
○何があろうとも、森を無事に往復して生きて帰る事!

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4244 バルザー・グレイ(52歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb6729 トシナミ・ヨル(63歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 eb9803 朝海 咲夜(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●森の入口
「う〜ん、旅人によって見逃しもすれば吸血で死に追いやる‥‥というのは、強ち男性の選り好みというわけでは無かったのですね」
 グラン・バク(ea5229)や朝海 咲夜(eb9803)らの聞き込みによって明らかになってきた事実を検証する過程で、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)は大きく目を瞠ってから後、なるほどという風に頷いてみせた。
「殺されていたのは、密猟者やらその他の犯罪人やら‥‥兎も角胡散臭い連中ばかりだったな」
「つまりは正義の味方という事でしょうか」
 ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が不思議そうに言葉を返すも、誰一人そうだと言い切れる者もこの場にはいない。
「だが、敵意をこちらから示すと言うのも憚られる状況だな。相手方から見れば侵入者は我々の方だ。知性ある相手ならまずは礼節を持って接するのが礼儀だと思う」
 グランの提案に全員が賛成し、冒険者たちは付近の村から森の入口へと移動した。
「今回の魔物はやはりラーミアぢゃろうか」
「吸血という点を見ると、以前僕が出会った魔物とは別物みたいだね。ただ、セイレーンが魅了してきた時の経験は生かせるかな」
 トシナミ・ヨル(eb6729)が不安げに咲夜に話し掛けると、彼は心配無いという風に小さなトシナミの背を軽く押して微笑んでみせた。

「ナナルさんですね! 初めまして!」
 前方に真っ白なユニコーンに跨った小さな少女を見つけると、シルビア・オルテーンシア(eb8174)は思わず駆け出した。
 ナナルはバルザー・グレイ(eb4244)らと共に一足先に森の入口に来ていたのだ。
「こいつが役に立つような事態となっては私達の仕事は失敗したも同然ですが‥‥万一に備えて持っておいて貰えれば幸いです」
「いつもすまない、バルザー。恩に着る」
 そう言うと、ナナルは自分の細い指にバルザーが用意してくれた魔法の指輪を嵌め、微風の扇を身に付けた。
 ナナルはシルビアと快く挨拶を交わすと、速やかに皆に声を掛けた。
「日が暮れると厄介だ。そろそろ行くか」
「はい。行きましょう、アリョーシカ」
 アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)はナナルが騎乗しているユニコーンの手綱を優しく引っ張った。ユニコーンは彼女のペットであった。
 忠実で利口な犬を連れた風 烈(ea1587)や咲夜がまず先に森に入り、続いてナナルを中央に置いて彼女を守るようにして隊列を組んで後、彼らは森へと足を踏み入れた。
 又、その殿はリューズ・ザジ(eb4197)が務めた。
 彼女は烈に借りた月乙女の衣をふわりと羽織ると月魔法を操るという魔物の事を一瞬心に思い描く。
(恐らく全部で7個の竜の涙を揃えねばならぬのか‥‥。まずは最初が肝心だな)
 彼女は腰に差した剣を今一度確かめてから、皆の後を追う様にして森に入って行った。

●遭遇
 森の中は生い茂った木々の葉で幾分陽光を遮られはしたが、心配した程には暗くは無く、小鳥たちの囀りが心地よいほどであった。
 土地勘に長けたソフィアはその技能を生かしつつ、森で迷う事がないように烈と手分けしてマーキングを行なった。又、周囲の警戒を含めて時折トシナミが上空からの偵察を行ないつつ、皆は順調に森の遺跡を目指していた。
「シュナイゼンは力持ちですから他の方や荷物を載せる事も出来ますわ。お疲れになられたら遠慮なくどうぞ」
 ナナルのバックパックが妙に膨らんでいる事に気付いて、ジャクリーンがそれとなく気遣った。すると、
「ナナル、中に何が入ってるんだ?」
「保存食とおやつだ」
 予想通りの答えに咲夜が溜息を漏らす。
「甘い物ばかり食べちゃ虫歯になってしまうよ」
「‥‥」
 咲夜の小言にナナルがプッと頬を膨らませると、そこへ樹木に手刀で道順を印し終えた烈が追い討ちを掛けた。
「そうだぞ。ナナルはもっと体力をつけた方がいいが、おやつを食べてばかりじゃ駄目だ」
「咲夜も烈もうるさあああーいっ!」
「「ナナルを心配してるんだっっ!!」」
「ま、まあまあ二人ともその位に‥‥」
 ププーっと頬を思い切り膨らませたナナルを見かねてアレクセイが間に割って入ったが、その刹那、頭上から突如素っ頓狂な声が響いた。
「で‥‥出たっ、び‥‥び‥‥」
「どうした、トシナミ?」
「美女ぢゃー! 竪琴美女ぢゃっ!!」
 ナナルの膝元に降りてきたトシナミが指差す方角から、しなやかな足取りで女はやって来た。
 品の良いドレスに身を包み、長い金色の髪を靡かせながら女は言った。
「ご機嫌よう」
「こ、こんにちは」
「この奥に入って行かれるのか」
 バルザーたちがナナルを庇うようにして守備を固める中、グランは女に敵意が無いのを見て取ると皆より一方進み出て言葉を返した。
「お騒がせしてしまい申し訳ない。我々は竜と精霊の導きにより『月の涙』を求めし者。どうかお通し願いたい」
「あの遺跡へ‥‥『月の涙』を」
 女は暫く考えて後、優しく微笑んだ。
「承知した。行くがよい」
 女はそう言い残すと、忽然と姿を消した。
「幻覚‥‥だったのかしら」
「いえ、大丈夫。道は間違っていないと木々たちが教えてくれました。まっすぐに進みましょう」
 グリーンワードで森の中の位置を再度確認してからソフィアが皆にそう伝えたので、ナナルたちは再び遺跡を目指した。
「このまま無事に済めばいいけれど」
 シルビアが不安げに呟くとナナルが心配するなと明るく声を掛けた。
 おやつにさえ固執しなければ、彼女はすこぶる優秀な巫女であった。

●遺跡と奇跡
「うわッ!」
「グラン、気を付けろ。その橋はフェイクだ。進むと途中で堕ちるぞ」
「‥‥」
 ナナルたちはすでに遺跡の中にいた。
 入口はさほど広くは無く、極有り触れた小さな古びた建物に見えたのに、中に入るとそこはまるで別世界のようであった。
 暗闇の中で幾重にも折り重なるように続く通路を仲間の協力で照らしてもらいながら、ナナルは迷う事無く進み続けた。特に、バルザーが用意した手回し発電ライトは灯り役のMP消耗を軽減するのに役立っていた。
 道の途中に転がっている髑髏を見つける度に、ジャクリーンとシルビアは思わず目を背けたが、やがてようやく道が一本に繋がった先に苔むした石の彫像が見えて来たので、ナナルは皆を後ろに下がらせたままで一人その像に歩み寄った。
「竜と精霊の御前にてその栄光を褒め称え奉らん。我の忠誠と義を示し、御心に叶う事を祈らせ給え」
 ナナルが暫し古い竜の像の前で祈りを捧げると、果たして閉じられた竜の眼から一筋の光が放たれ、その瞼が開かれると同時に眩い光が輝きを増して行く。
『月の涙を――受け取るが良い』
 竜の石像は、目の前で起っている奇跡をただ茫然と見守っている冒険者たちの前で口を開く事無くそう告げて後、輝く眼を再び閉じた。 
 ――そうして、再び闇が訪れた。

「今のは‥‥一体なんぢゃ」
「まるで夢を見ていたようです」
 ナナルは狐に抓まれたような顔をしている仲間たちに至極冷静に声を掛けた。
「長居は無用。日が暮れないうちに帰るぞ」
「あ‥‥そ、そうだな」
 烈が歩き出したナナルの一歩前に進み出て、他の仲間もすぐその後を追った。
 彼女の小さな手には淡く銀色に輝く美しい宝玉が握られていた。

●美しき魔物
 仲間たちが揃って遺跡を出た時には、森には柔らかな雨がしとしとと降り始めていた。
「あ、あそこに人影がっ!」
 リューズが叫ぶと、皆はナナルを後ろに下がらせて隊列を整えた。
 人影はゆっくりと近寄っては皆の前で止まった。それは森で先ほど出くわした美女と同じ顔をしてはいたが、下半身は大蛇であった。
「やはり、ラーミアだったのか」
「我らに何用か!」
 バルザーはいつでも剣を抜ける体勢で魔物に尋ねた。
「『月の涙』を持って出るとは、やはり本物であったようだ。これで私の役目も終わりかな」
「役目?」
「私はある男と約束したのだ。名も知らぬ男、遺跡の前でたった一人で賊と戦い勝利した男、そして瀕死の傷を負った男。男は私に自分の命を差し出す代わりにこの遺跡を守って欲しいと言ってきた。私は彼と契約し、その血を飲み干した。彼はいずれにせよ助からなかっただろうからな」
「それで遺跡に近づく者を襲ったのか」
「森を傷つける輩もな」
 ラーミアは静かにそう答えた。
「だが‥‥長かった。此処で私はずっと一人だった。ある日通りすがりの旅人が私に竪琴を教えてくれた。私はすっかりそれが気に入った。彼は3日後に帰ると告げて森を出た。だが、彼は戻らなかった」
「貴方は待っていたのに?」
「‥‥。それから私は意味も無く竪琴を奏でるようになった。旅人たちは私が奏でる調べを誉めてくれた。そして優しくしてくれた。でも‥‥」
「でも?」
「優しくしてもらう度に、私の孤独は一層増すのだ。温かい言葉を聞く度に私の心は冷えてゆくのだ――それももう終わりにしたい」
「ラーミア??」
 刹那、ラーミアはその大蛇の身をくねらせて大地を蹴ると突如ナナルに襲い掛かった。
 彼女の腕がナナルを掴むより早く、グランの魔剣が彼女の胸を貫き、シルビアの放った矢がその脇腹を抉った。
「お前‥‥始めから殺られるつもりで‥‥」
 グランが剣を引き抜くと同時にラーミアは雨に濡れた大地に倒れこんだ。彼女は幻影は愚か魅了の技さえも使う事なく討たれた。
 リカバーを唱えようとしたトシナミを彼女は制し、そしてゆっくりと瞼を閉じた。
「見ちゃいけないっ」
 思わず小さなナナルの身体を抱き締めるリューズの手は微かに震えているようだった。
「あなたが居なくなったら、誰がこの森を守るのですか‥‥誰がっ!」
 ソフィアの叫びに魔物は答えなかった。物言わぬ雨がすでに物言わぬものとなった彼女の上に絶え間なく降り注いでは流れ落ちていった。

  ***

「俺がスマッシュを繰り出さなければあるいは‥‥」
「グランは私の為を思って動いたのだ。お前のせいでは決して無い」
「グラン様で無くとも誰かが同じ事をしていたと思うわ。そういう状況でしたもの」
 ジャクリーンの言葉に仲間たちは静かに項垂れた。
「旅人を道に迷わせたのは彼女の寂しさからだったのかな」
 烈がそう呟く傍らで、咲夜は懐に忍ばせておいた焼き菓子をそっとナナルに手渡した。
「ナナルには僕たちが付いてるからね。一人ぽっちには絶対させないから」
 驚いたように顔を上げたナナルの瞳に、仲間たちの笑顔が映った。
 雨上がりの夕空は切ないほどに美しく輝いていた。

 後にアレクセイの提案で、KBCを通じてこの森には立入禁止の布令が王宮より出され、ラーミアは森の守護として丁重に葬られる事となった。