アニュス・デイの花園

■ショートシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:07月24日〜07月29日

リプレイ公開日:2007年08月02日

●オープニング

 『七色の竜の涙』のうち、『月の涙』と『火の涙』を手に入れた巫女ナナルは、また夢を見た。
 次なる目標は『地の涙』。それは色とりどりの花々が美しく咲き乱れた花畑の冷たい土の下に眠っているらしい。

 さて、ナナルの夢の話を元にKBCの腕利き美青年ナビゲーター、エドガー・クレハドルが事前に付近の調査を行なった所、何とも血生臭い事件の噂が彼の耳に飛び込んできた。
 その事件の概要はこうである――。

  ***

 ステライド領内のある小さな村が一人の若者の剣によって血に染まるという惨劇が起きた。
 若者は大層気の良い正直者で村人たちから好かれていたのだが、ある日突然「制裁を!」と叫ぶと、父の形見であった剣を取って家族に斬り掛かり、次に通りに出ては見境無く村人に斬り掛かっていった。
 暫くすると若者は突如正気を取り戻すも、幼い子供を殺された村人の矢に射られて、その場で命を落した。
 その1週間ほど後に、隣村で同様の事件が起きた。今度は村長の娘が突如錯乱し、家族や村人に斬り掛かっていった。
 彼女は非力であったので程なく取り押さえられて正気を取り戻すも、心に深い傷を負い床に伏せってしまったという。

 ナナルと冒険者はその怪事件が起った小さな村々に程近い集落を抜けた先に広がる花畑へ向かう事になるのだが‥‥。
「これってごく最近に起きた事件で、原因も何もまだ判明していないんです。『地の涙』を取りに行くのは、シーハリオンから戻った後でも良いんじゃないですか?」
「シーハリオンに行くとは決めていないぞ」
「子供のくせにやせ我慢するもんじゃありません」
「やせ我慢じゃないもんッッ!!」
 愛らしい目を吊り上げながら、ぷいっと横を向いて拗ねる幼いナナルの姿を見て、エドガーは思わず肩を落とした。
(すぐムキになる所とか、どこかの誰かさんそっくりですね‥‥仕方ない。もう少し詳しい事を調べてからギルドに依頼を回す事にしましょうか)
 エドガーは一旦書類を棚に戻すとナナルの手を引いて本部を出た。貴族街の中で昼食を取る為であった。
 王宮に程近い貴族街は治安もよく、清潔で美しい町並みを保っていたのだが、ナナルにはさほど魅力的には映っていないようだった。
 また、街を往来する人々の会話や噂話も、ナナルの興味を引くものでは無かった。
 彼女が今まで育ってきた環境とは余りに違い過ぎるのだ。
 逆らえぬ運命とは言え『阿修羅の剣』の再生は、まだ13歳の幼い少女には重過ぎる任だとエドガーは思った。
 であるならば、せめて少しでも彼女の荷を軽くしてあげたい――。
 エドガーは翌朝早くに、その惨劇が起きたという村に足を運んだ。

  ***

 以下は、彼が集め得た情報及び状況である。
・村人の証言によると事件が起きる前、村では見慣れないシフールが度々見かけられていた。シフール便だと思い、誰も気に留めていなかった。
・だが、シフールが只のシフールではなく『黒きシフール』であるならば、怪事件に繋がっている可能性もある。
・ナナルが夢で見た花畑は元々貴族の別荘地であった。今は住む者もなく捨て置かれているので廃墟になっている。花畑は元はその屋敷の花園であったらしい。
・王宮からの命である事を告げて廃墟に立ち入る許可を得ようとした所、事件が起っていないC村から道案内と世話係を兼ねて若者一人、その母親、C村の村長が冒険者に付き添うという事になった。

■依頼内容:ナナルと共に廃墟に入り、花畑から『地の涙』を入手。又、もし付近に『黒きシフール』と思しき魔物を発見したなら退治して欲しい。


↑北
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仝/森
丘/丘陵
湖/湖
∴/平地
□/最初に事件が起ったA村
△/次に事件が起ったB村
○/今のところ事件のないC村
■/廃墟と花畑がある場所

●今回の参加者

 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4244 バルザー・グレイ(52歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb6729 トシナミ・ヨル(63歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb9803 朝海 咲夜(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●サポート参加者

緋垣 刃(ea3361)/ バニス・グレイ(ea4815)/ ファング・ダイモス(ea7482)/ アリウス・ステライウス(eb7857)/ アンドレア・サイフォス(ec0993

●リプレイ本文

●出発
 ナナルと共に『地の涙』を求めて王都を出立した冒険者たちは問題の村に入る前に、その途中にある比較的大きな町で一夜の宿を取った。
 冒険者ばかりであれば野宿でも何でもさせる所なのだろうが、巫女が一緒という事で王宮もそれなりに気を使っているようである。
 そうして、明けて翌朝――彼らはいよいよ目的の村へ足を踏み入れようとしていた。
「ナナルと旅するのは久し振りだな。ま、ひとつ気合入れて行こうか!」
「うん、宜しく頼むぞ、勇人」
 陸奥勇人(ea3329)は巫女の言葉に満面の笑顔で応えた。
「えーと‥‥符丁は紫ぢゃったな‥‥紫っと」
「ええ、間違えると大変ですからね」
 真面目な顔で掌に何度も指で紫と綴るトシナミ・ヨル(eb6729)の姿を微笑ましく眺めていたアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が、彼の傍で優しく声を掛けた。
 符丁とは、カオスの魔物を警戒して勇人が考案したものであった。
 『虹の7色目は何か』を相手に尋ね、答える時は『紫‥‥いや、やっぱ判らん』と2重の返答で確認するという中々高度なものである。
「ところでナナルはぐっすり眠れた? 寝苦しくなかった?」
 と、まだ眠そうに目をこすっている幼い巫女に声を掛けたのはフォーリィ・クライト(eb0754)である。彼女はリューズ・ザジ(eb4197)と共に一晩中ナナルの部屋で護衛に付いていた。
「ん‥‥ちゃんと寝たから大丈夫だ。それより‥‥」
「それより?」
「フォーリィは琢磨みたいなのが好みか?」
「は、はあ??」
「朝方寝ぼけてあの男の名を呼んでいたぞ」
「え‥‥」
 この手の話題は誰の耳にもよく届くようで、なぜかその場にいた全員が彼女を振り返った。
「‥‥マジ?」
「嘘ぴょんっ」
 吉備団子を頬張りながら飄々と巫女が立ち去った後、フォーリィは幾度も『そんなはずは無いっ』とリューズの同意を求めたと言う‥‥。
「さて悪ふざけはそれ位にして、今回も万が一の場合に備えて、これらを装備しておいて頂けませんか」
 バルザー・グレイ(eb4244)は皆の先頭に立って歩き始めたナナルを呼び止め、バックパックから取り出した様々な形の魔法の指輪をナナルに付けさせた。
「それぞれ効果の違うものです。カオスの魔物相手に油断は禁物ですから」
「うん、承知した」
「大丈夫。いつでも我らが傍におります」
 バルザーはそう言い終えると、今度はフォーリィを呼び寄せて『石の中の蝶』と呼ばれる指輪を持たせた。話によると宝石の中の蝶が魔物に反応するらしい。
「くれぐれも指輪を過信せぬようにな」
 その言葉にしっかと頷き、彼女はソフィア・ファーリーフ(ea3972)やトシナミらと共に巫女の護衛に付いた。

  **

 さて、宿を出た所でアレクセイと朝海咲夜(eb9803)の二人はナナルたちと離れて別行動を取る事にした。勿論、黒きシフールを警戒しての事である。
 咲夜は予めKBCのエドガーから入手した情報を元に、町の酒場等で目的地に土地勘のある者を尋ねては新たな情報を継ぎ足して大まかな地図を作り、それを仲間たちに手渡した。
「見知らぬ土地では尚更、退路の確保は重要だしね」
 ナナルの事をくれぐれも仲間に頼んだ後、二人は皆の前から鮮やかに姿を消した。
「アニュス・デイ、世の罪を除き給う主よ我らを憐み給え‥‥か」
「アニュス・デイ?」
「神の子羊‥‥つまり、俺たちの事だよ」
「私たちが羊ですか??」
 天界人であるグラン・バク(ea5229)がふと口にした奇妙な言葉にベアトリーセ・メーベルト(ec1201)がひどく困惑しているので、此処ぞとばかりにクレリックのトシナミが事細かく聖書の教えを説き始め、彼女の困惑は深まる一方であったが、それはさておき。
 やがて町を出た一行は順調に旅を続け、昼には目的の村に到着した。

●屋敷跡
 怪事件が起った二つの村は今だ喪に服しているのかひっそりとしたものだったが、被害が出ていないC村においては噂の巫女を一目見んと村人たちが大騒ぎであった。
 中でも際立って浮き足立っているのが村の長である村長自身だから始末が悪い。
 巫女に付き添うと言い出したのも彼が筆頭で、彼は嬉しそうに巫女に近づいてはあれこれ貢物を差し出して機嫌を取った。
「フォーリィ、蝶の様子は?」
「んー、今の所反応無しね」
 ソフィアはそうとは気付かれないよう気を配りながらも、村人たちを観察し続けた。魔物が人に変身し、紛れ込んでいる可能性があるからだ。
 ナナルたちが準備を整え終わると、村長は先に立って廃墟まで冒険者を案内した。廃墟は古びた石壁で囲まれており、それは延々と続いているように見えた。
 石壁を伝って歩くとその先に大きな門があり、傍には中年女と若者が立っている。恐らく案内人の二人だ。
 彼らは快く冒険者に挨拶し、皆を屋敷跡へと招き入れた。
 村長の話では、女の母親が昔この館で下働きをしており、幼い頃は彼女自身もよく屋敷の裏庭などで遊んでいたそうである。
 その言葉通り、彼女はクモの巣が張っている薄暗い屋敷の中を迷う事なく奥へと進んでいった。彼女は少し足が悪いようで、時折若者が彼女を脇で支えた。大変仲の良い親子であった。
「異常は無いか?」
「異常無し!」
 先頭を歩いている案内人の親子に歩調を合わせていた勇人とバルザーが同時にフォーリィを振り返り、確認する。
 同様に、殿を守っているグランとベアトリーセも状況を把握した。今の所魔物は傍にいないようである。
 やがて幾つかの棟を抜けた所で、ナナルが小さく声を上げた。
 夢で見たのと同じ、色鮮やかな花畑が彼女の瞳に映ったのであった。
「美しい‥‥」
 思わずリューズが呟いた。
「此処に来るのは本当に久ぶりです。ご高名な巫女様がご訪問されるなんて、奥様がいらしたならどれほどお喜びの事だったか知れません」
「あの、どうして今は誰も住んでないんですか?」
 ベアトリーセの問いに女は優しい声で答えた。
「春の花の咲く季節には、奥様が坊ちゃまたちを連れていつもこの別荘においででした。ですが、国境でのカオス兵との戦で次々にご子息は戦死‥‥悲しみの余り奥様はお倒れになられて、以後この別荘に来られる事は二度と有りませんでした」
「戦争で息子さんを‥‥」
 冒険者たちはこの話に胸を詰まらせた。戦となれば我先に戦場に駆けつけ、国の為に少しでも良き働きをと勇んで戦うのが騎士道ではあるが、命を散らしてしまっては残された者たちは哀しみを纏うばかりであった。
「バとの戦争を早く終わらせる為にも、頑張らないといけませんねっ!」
 ソフィアの力強い言葉に皆頷いた。

「‥‥動いたっ」
 刹那、フォーリィが低い声で呟き、同時に冒険者たちに緊張が走った。
(ああ〜〜わしがしっかりナナルさんをお守りせねばっ‥‥!)
 王宮で一度魔物に魅了された経験があるトシナミには不安があった。だが、それを打ち砕くかのようにリューズが彼を激励した。
「トシナミ殿、怖れるな。気をしっかり持てばそうそう魔物になぞやられはしない!」
「心配ない。トシナミは強い」
 そうにっこり微笑むナナルを見て、トシナミは思わず十字架を握り締めた。彼の心には迷いも不安もすでに無かった。
「おいっ、ナナルッ!」
「大丈夫、『地の涙』が呼んでいる‥‥取りに行かねばな」
 勇人が制するのも聞かず、ナナルは花畑に足を踏み入れ、ゆっくりと湖のある方角に向かって進んだ。グランの忍犬が素早く彼女の後を追い、仲間たちがそれに続いた。
 暫くすると忍犬がナナルの数歩先で激しく吠えた。
「津吹、分かるのか? お前は賢い奴だな」
 ナナルは犬の頭を優しく撫で、そしてその場に膝まずいて小さな声で祈りを捧げた。
 果たして、その時大地が小刻みに揺れたと思うと辺り一面が眩しい光に覆われた。
 そして冒険者たちは誰かの遠い声を聞く。――『地の涙を‥‥受け取るが良い』 

「ほー! そいつが噂の竜の涙。厄介な代物〜代物〜!」
「出たなっ、魔物め――――ッ!!」
 閃光を浴びた皆の目がまだ周囲の光に馴染めずにいるその時、一羽の黒い鳥が舞い降りて、黒きシフールへと姿を変えた。その瞬間を、木陰に潜んでいた咲夜とアレクセイが逃さず討って出た。
 だがその小さな魔物はひらりと彼らの攻撃をかわすと、母親に付き添っていた若者の背中に取り付き、ある言葉を放った。
『巫女を殺せ』
 矢庭に若者は足元に落ちていた先の尖った大振りの石を拾うと、母親が悲鳴を上げる中、ナナル目掛けて突進した。
「止めろっ、正気に戻れ!!」
 バルザーやリューズが身を呈してナナルを守る中、駆け寄った勇人のスタンアタックで若者は気を失った。
 一方、魔法で魔物の動きを封じようとしたソフィアの目の前でファイヤーボムが炸裂した。
「火の魔法を使うなんて上等じゃないっ」
 冒険者は魔物を追ったが、魔物は今度は村長の肩に乗って冷ややかにほくそ笑んでいる。村長は魅了されてしまったらしく、全く抵抗する気配がない。
「お前たち、俺様に手を出したらこいつの命は無いからな」
 黒きシフールはその尖った長い爪を男の首筋に突き立てていた。
 それを見た仲間たちが一瞬怯んだ隙を見て、魔物は煙幕を放ち、その場から素早く逃げ去った。
 トシナミの呪縛魔法や咲夜の睡眠香は後一歩の所で間に合わなかった。

●竜の涙
「見す見す取り逃がすとは、悔しい〜〜っ!」
「皆大した怪我は無かったのだ。『地の涙』も無事だし、ひとまずは成功だ」
 仲間と共に被害にあった村々を慰問し終えたナナルは、村外れの木陰で一息つくとそうベアトリーセを慰めた。
「竜の涙を『厄介な代物』と呼んでいた所を見ると、魔物たちも次からは本腰で狙ってくるかもしれませんね」
 不安そうな面持ちで語るアレクセイに、皆も無言で頷いた。
「あっ」
 刹那、バルザーが差し出した缶ジュースを受け取ろうとしたナナルのポケットから『地の涙』が転がり落ちた。
「おやおや、気をつけなくちゃね」
 それを拾おうとしたソフィアの顔色が瞬時に変わる。重くて持ち上がらないのだ。
(どうして? 掌に収まるサイズなのに‥‥それに、触れているとなんだか力が抜けるよう‥‥)
 するとソフィアの異変に気付いたナナルが横から素早く玉を掴み、ポケットに戻した。
「ナナちゃん‥‥?」
「ナナル、顔色が悪いぞ」
 心配するグランの方を振り向こうとしてそのまま、ナナルは静かに地に倒れた。
 慌ててトシナミがリカバーを施すが、ナナルは目覚めなかった。
 咲夜が大声で何度もナナルの名を呼んだが、やはり彼女は目覚めなかった。
 眠る彼女を王都の城に送り届けた後、咲夜は摘んで来た花をそっと彼女の部屋に飾った。
 KBCからの報告では、後に虹竜が再び王宮を訪れたと言う。
 仔細は恐らく次の依頼で明かされる事になるだろう。