ピエロの泉
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■ショートシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:08月15日〜08月20日
リプレイ公開日:2007年08月20日
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●オープニング
●虹竜の封印
「この短期間に3つの涙を集めるとは‥‥無茶をしたな、ナナル」
「ごめん‥‥れんちゃん‥‥ごめんね、私‥‥っ」
王宮の中にある静かで見晴らしのよい部屋の白いベッドの上で今しがた目を覚まし、瞳いっぱいに涙を浮かべて半べそを掻いているナナルを虹竜は両手でそっと抱き締めた。
たまには人間の姿になるのも良いものだと虹竜は思う。
そうして、天井が思い切り高いその部屋のドアの脇の壁に寄り掛かっているKBC諜報員上城琢磨に向かって、虹竜は静かに頷いた。
朝陽を浴びたナナルの細い指がピクリと動いた瞬間、琢磨は少女に駆け寄りその小さな肩を思い切り揺さぶろうとしたが、それを黙って虹竜が制した。虹竜が目を閉じて何か呪文のようなものを呟きながら掌を少女の額に当てている間、琢磨は邪魔をしないよう少し離れた場所で辛抱強く待っていたのである。
「一時はどうなる事かと思ったぜ」
コツコツと革靴の音を小さく響かせながら琢磨はナナルのベッドに近寄り、傍に置かれていた丸い背もたれのついた椅子に腰を降ろした。
「ふぅ、兎も角目が覚めて良かった‥‥ほんとに良かった。有難う、れん」
「私ではない。ナナルが頑張ったのだよ」
そう言って虹竜は再びナナルの薄桃色の頬に優しく手を当てた。
先の依頼で倒れたナナルが王宮に運び込まれて後、琢磨はすぐにシーハリオンへ飛ぼうとしたが、その日の夜に虹竜は王宮に現れた。ナナルの異変を感じ取ったのであろう。
虹竜と琢磨がナナルに付き添って二日後の朝にナナルは目覚めた。彼女は物を見、言葉を発する事は出来たが、ベッドから起き上がる事は叶わなかった。体力が十分に回復していないのである。
「琢磨、ご覧の通りまだナナルを動かすわけにはいかぬ。だが‥‥」
「『七色の竜の涙』は集めなければならない」
「その通りだ」
「れんちゃん、あのね‥‥あれ、やろうよ。手段を選ぶ余裕は、今の私たちには無いもん」
「しかし‥‥」
ナナルの言葉に虹竜が暗い顔を見せるも、彼女の決心は変わらない。
そこで意を決した虹竜は『月・火・地』の3つの涙を並べると、言葉の意味が分からず怪訝そうに二人を見つめる琢磨の前である儀式を行なった。
**
『七色の竜の涙』は大いなる精霊の力が封じ込められた魔法のアイテムである。
その涙と呼ばれる玉に内包されたエネルギーは凄まじく、通常は竜と精霊に認められた『選ばれし者』にしか触れる事は叶わない代物だ。
また、それを手にした者は確実に自身の精神力や時には生命力さえも玉に吸い取られるという。
ナナルはカオスの魔物たちの妨害を恐れ、大急ぎで涙の回収に取り掛かった。
だが、巫女ナナルが力尽きて倒れた今、かくなる上は巫女の体調が回復するまでの間、冒険者のみで残る『七色の竜の涙』の収集に赴かねばならない。
ナナルの要望により虹竜は月・火・地の3つの涙にある種の『封印』を施した。
巫女ではなく冒険者が涙の主から『七色の竜の涙』を得るには『選ばれし者』たる証が必要。
その証としてすでに集め終えた涙の中のひとつを持参し、涙の主に提示する必要があるからだった。
その『封印』のおかげで、冒険者はナナルと同じように涙を持つ事が出来るようになる。(新たに授けられる涙にも主により同じ封印がなされる)
だが唯一異なる点は、涙を持つ者が敵の攻撃を受けて負傷した場合、そのダメージは所持者ではなく『封印』の媒体となっているナナル自身に降り掛かるという仕組み。
これまた極めて危険を伴う『封印』であった。
**
「大丈夫だ。私は冒険者を信じる」
「ナナル‥‥」
なぜこの少女なのだろうと虹竜は思う。『世界』の総意とは言え、なぜかくもか弱き者が重い荷を負わなければならないのか――。
「大丈夫に決まってるだろ? お前はゆっくり休んで早く元気になれ」
「ちぇ、琢磨が行くわけじゃないだろ。それより他で皆の足を引っ張るなよ」
さっさと剣を確保しろとナナルは琢磨に小言を言った。3人に小さな笑みが零れた。そして、ナナルは夢で見た次なる涙の場所を琢磨に話した。
●ピエロの泉
さて、次なる目標は『水の涙』であった。向かう先の町は王都の南方の海の近くにあった。
港に近いので商人の往来が多く、朝から市が立つ明るくて賑やかな町であるが、その町の中心にある広場の泉に『水の涙』が眠っていると言う。広場にはいつも大勢の人が出ているので、実際に涙を取り出す時には、町長に面会し予め人払いを願い出るのが良いかもしれない。
ところで、この広場に近頃大層人気の大道芸人の一座が天幕を張っているという噂であった。
その一座の呼び物は『宙に浮くピエロ』で、種も仕掛けも無い路上からふわふわと宙に浮いてはおどけた芸を披露する道化師が子供たちに好評なのだが、実はこの一座にはもう一つの隠れた呼び物があった。死に別れた者に再び会えるという不思議な天幕である。
それは広場の片隅に設けられていて、小さなテントの中には背中にコウモリの羽を生やした鉛色の膚の気味の悪い小鬼の像が数体あるという。
ピエロは客がその天幕に来る度に一緒に天幕の中に入って行った。そうして暫くして後、客は幸せそうな笑顔を浮かべて満足げに天幕を後にする。中には涙で顔を濡らしながら出て来る者も少なくなかった。
ただ、気になる事にこの天幕から出て来る客たちは皆一様に顔色が悪く、年老いた者の中にはその翌日に床に伏せってしまう者や、永眠してしまう者さえ出る始末だった。
『きっと何か怪しげな薬を飲ませているに違いない』と噂する者もいたが、夢であれ幻覚であれ天幕に入る者が愛する者に再会出来るのは本当らしかった。
「実は昨日、久しぶりに妻の笑顔を見てね‥‥」
「母さんに叱られたのは久しぶりだったよ。やっぱり母さんじゃないと駄目だね」
「息子が戦地から帰って来たんですじゃ! 自慢の息子ですじゃ!」
失ってしまった者への愛着が人々をピエロのテントへと向かわせる。
例え己の命を代償にする事になったとしても――。
そしてギルドに依頼は出された。冒険者はその噂の広場に向かう事になる。
ちなみにKBCのジョゼフは、その町からカオスの魔物の匂いがプンプンすると言っている。道中くれぐれも気を付けられたし。
勿論、カオスの魔物であれば即刻退治して頂けると有難い。王宮は大喜びするだろう。
■依頼内容:『月の涙』を持って行き、町の広場の泉から『水の涙』を受け取り、無事持ち帰る事。カオスの魔物に遭遇したならこれを速やかに退治する。
・泉に着いたら、虹竜の命を受けて『水の涙』を受け取りに来たと述べ、同時に『月の涙』を泉に翳す事。
・涙は一人が2つ持っても構わない。ただし、落さないように。
・KBCのジョゼフは魔物は複数いるのではないかと言っている。
●リプレイ本文
●王宮へ
「に、虹竜か?」
陸奥勇人(ea3329)が目を丸くしているのを見て、ベッドの上でナナルが楽しそうに笑った。純白の正装着に身を包んだ見慣れない紳士が声を発しなければ、勇人は彼が虹竜だと気付かなかっただろう。
「なんだかすっかり人の姿が板に付いて来たみたいだな。せっかく王都にいるんだし、たまにはれんちゃんと一緒に遊びに行ったらどうだ? ナナル」
風烈(ea1587)は久しぶりに会う巫女を振り返り、彼女の顔色がまだ十分に優れない事に心を痛めながらも、そう言葉を掛けた。
「元気になったら皆で美味しい物を食べに行こうな」
そう言ってリューズ・ザジ(eb4197)が手土産の菓子を取り出すと、他の者もごそごそと持ってきた菓子や果物を次々にテーブルに並べてみせた。さながら市のようである。中でも珍しいのはホットケーキミックスなる白い粉で、シルビア・オルテーンシア(eb8174)曰く牛乳を混ぜて焼く菓子らしい。
ナナルが申し訳無さそうに礼を言い仲間たちが笑顔で返答する中で、勇人がふと真顔で巫女に向き直る。
「それはそうと‥‥万が一の時にはこれを使え。身代わり人形だ」
虹竜に支えられながらベッドの上で静かに身を起こしたナナルに、勇人は木で出来た人形を手渡した。
「町にはカオスの魔物がいるようだな。くれぐれも油断するなよ」
「あたぼうよっ」
「ま、実は私も心配なぞしていないがな」
ナナルは小さく笑って見せるとパジャマのポケットから『月の涙』を取り出して勇人に預けた。
「そうやって毎日肌身離さず涙を持っているのですか‥‥?」
「心配するな、アレクセイ。大事ない」
「でも‥‥っ!」
それで何事も無いわけは無い――透ける程に蒼白い顔をした巫女の言葉にアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)は思わず反論しかけたが、傍にいたファング・ダイモス(ea7482)がまずはその場を押し留めた。
「それじゃ、俺もここで渡しておこうかな」
機転を利かせて話題を変えようとアリオス・エルスリード(ea0439)が二つのアイテムを勇人に預ける。聖なる釘と聖遺物箱であった。
「これが聖なる釘ですか、ちょっとだけ見せて下さい♪」
「なんか普通っぽいわねー」
シルビアとエルシード・カペアドール(eb4395)が興味深げにアイテムを触っている所へ、アリオスが小難しそうな本を片手に天界のデビルについて少々説明を挟んだ。カオスの魔物は概ねデビルと同じようなものらしい。
「あいつらは知性があって、人の弱味に付け込んで狡猾に立ち回れる点が厄介だな」
「奴らは本気で阿修羅の剣を狙ってくると思うか?」
アリオスの問いに巫女が答える。
「魔剣を一番欲しがっているのはバの国だろう。魔物たちはそれに乗じてこの世界に恐怖と混乱を齎そうとしている」
「ナナル殿、もう休まれた方が良いのではありませんか」
「僕たちもそろそろ出発しよう」
刹那、バルザー・グレイ(eb4244)と朝海咲夜(eb9803)に促されて彼らは会話を中断する。確かに結構な時間が過ぎてしまっていた。
「咲夜、あの‥‥この前はお花を有難う」
「その髪型も素敵だね。ナナル嬢によく似合ってる」
綺麗な長い髪を下ろしたナナルに咲夜が微笑んだ。照れ臭そうに手を振る少女に早く元気になれと声を掛け、冒険者たちは王都を出立した。
●聞き込み
町に到着すると冒険者は真っ先に町長の元を訪れた。シルビアは王宮の公式な書面を提示し、翌日は朝から誰も広場に入れないよう願い出た。突然の申し出に驚く町長ではあったが、『余計な邪魔が入ると貴重なアイテムの回収に失敗し非常に危険な事態が生じる』というエルシードの脅しは効果があった。
彼女はそれに加えて立入り禁止の看板と外周を囲うロープの使用の許可も取った。
「この警戒網を破って泉に接近してくる者はメイに害意ありと見做されても仕方ないわね」
彼女は魔物退治に大いに意欲を見せた。
次いで、彼らは複数のグループに分かれて町の偵察と情報収集に動いた。
「もしかしたら、以前天幕に入った人が魔物に操られて泉に来る可能性もありますよね」
シルビアは烈と組んで天幕に熱心に通っている者がいないか、人数はどうか等を町内を回って徹底的に調べた。又、リューズと咲夜も忍犬と共に大道芸人に関する噂を市や酒場の人々に聞いて回っていた。一方、他の仲間は実際にその天幕の近くにいた。天幕にはすでに長蛇の列が出来ている。
「あのう、皆さんは天幕に入る順番を待っておられるのですか?」
「そうだよ。旅費を掛けて遥々ここまで来たんだ。順番抜かしは困るな」
「いえ、そういう訳では」
列の中ほどにいた旅人風の男に注意されて、ファングとアレクセイは思わず退いた。人の噂が広まるのは早い。天幕の人気は鰻上りのようだ。ファングは列の後方に回って衰弱事件の話をし、天幕に入るのを一時思い留まるよう説得を試みたが、人々はただの偶然だろうと言い、誰も気に留めなかった。
と、そこへ『月の涙』を守っている勇人たちが合流した。首尾を尋ねるファングにバルザーは宝石の中で忙しなく羽ばたいている蝶の様子を見せた。
「これは!」
「さっき子供らの前で芸を披露していたピエロの前を通ったら、蝶は石を壊さんばかりに羽ばたいたよ」
「ピエロの奴、天幕へ入っていったな。やはりあいつが幻覚を使って‥‥」
「兎も角、これだけ人がいちゃ今は迂闊に動けねえ」
「全ては明日だな」
気休めかも知れんが何もないよりはマシだろうと言って、バルザーは勇人にブラッドリングを見に付けさせた。烈たちも戻った所で冒険者は一旦宿に戻った。
●水の涙
明けて翌日の早朝――。
「他所から来る人の数が想像以上に多いですね。ここは宿も多いし、彼らが魔物に利用されなければいいのですが」
昨日町内の聞き込みを終えたシルビアが不安そうに呟いた。すると、泉周辺の下調べを終えた咲夜が仲間の所に戻ってくる。
「僕が見た限りじゃ特に不審な点はなさそうだ。例の天幕はどうだった?」
「天幕の中は蛻の空だ。蝶の反応も無かったな。ただ、例の像とやらが1体も残っていなかったのが気に掛かる」
「やはり魔物かっ」
バルザーの言葉にリューズが険しく反応したと同時に、アリオスから護符を使った結界を張り終えたとの声が上がった。
「そんじゃあ、いっちょやるか!」
仲間が見守る中、勇人は懐から大事そうに『月の涙』を取り出した。涙は仄かに銀色の光を放ち続けている。
(ナナルが待ってるからな‥‥どうか俺に涙を授けてくれっ)
勇人はそう心の中で強く念じてから、巫女に教わった通り涙を泉に翳した。
「虹竜の命により巫女に代わって涙を受け取りに来た。『水の涙』をどうかこの手に!」
暫し沈黙が流れて勇人は不安になる。が、次の瞬間――泉が突如閃光に包まれた。バルザーは素早く泉に背を向けると手元の石の中の蝶の動きを凝視した。
『勇気ある者よ。水の涙を受け取るがよい』
光と声が消えた時、勇人の空いていた方の手には『水の涙』があった。
彼は即座に2つの涙を聖遺物箱へ納める。
「よっしゃ、こっからが本番だ。皆、頼むぜ」
そう、確かにここからが本番だった。石の中の蝶は激しく敵の来訪を告げている。
「何をするっ、正気に戻れ‥‥っ」
刹那ファングの声が上がり、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえた。襲って来たのは昨日天幕の列にいた旅人であった。他にも大勢が広場にやって来る。口々に『殺せ』『奪え』と叫びながら‥‥。
「くそ、操っている奴が近くにいるはずだ。そいつを先に倒せ!」
アリオスはそう仲間に叫ぶと、人々の間に紛れて宙に浮きながら詠唱している鉛色の膚をした小鬼を見つけ出し、素早く矢で射た。悲鳴を上げる魔物を今度はアレクセイの矢が襲う。
「奴らはきっと複数いますから気をつけて!」
「他人を操ろうなんてワンパターンすぎるんだよっ」
咲夜は仲間に襲い掛かろうとする者たちに次々と当身を食らわせ、烈も彼らを傷つけないよう手加減しながら交戦した。やがて弓隊が小鬼を何匹か射落とし、ファングがスマッシュEXで止めを刺す頃には、広場で操られていた者も次第に正気を取り戻していった。
**
「なんとか防げたかな」
勇人の守備に入っていたエルシードが安堵したように溜息を洩らした。
「いや、涙を持ち帰るまで油断は禁物だ。今のうちに態勢を‥‥」
「リューズ、どうした?」
「‥‥まさか‥‥兄さん?」
「おいっ!!」
仲間の問いを無視して数歩前に足を踏み出した所でリューズは倒れた。
「リューズ!!」
「‥‥嘘だ‥‥違うっ! あの子がここにいるわけはないっ! 私に幻など見せるなああ――っ!!」
「アレクセイっ?」
呼吸を乱し、激しく動揺しているアレクセイをアリオスが支えたその背後で、咲夜の忍犬が高い木の上目掛けて激しく吠える。
「そこか!」
しなやかに伸びた烈の鞭が木の枝を打つと、果たして天幕にいたピエロが姿を見せた。
「人の心に土足で踏み込もうとはいい度胸だ‥‥だが断る!」
涙を持つ勇人の周りを仲間が取り囲み、矢が一斉に空に浮かんだ魔物に放たれた。だが、魔物はふっと姿を消すと今度は彼らの数m先にあった天幕の前に立った。ピエロ目掛けてシルビアが矢を放つが、矢は幻影であるピエロの身体をすり抜けて、天幕の陰になって見えなかった町娘の肩に突き立った。シルビアとバルザーは大急ぎで娘に駆け寄ると、手当てをしてポーションを飲ませた。
「なんて卑怯なっ!」
「隠れてないで出て来いっ!!」
『ヤナコッタ‥‥』
再び忍犬が吠える方角に目をやろうとした冒険者たちは突如真っ暗な闇に包まれ、暫くの間動けなかった。
闇が晴れた後、彼らはリューズをやっとの事で揺り起こした。彼女は懐かしい兄の夢を見ていたようである。
●帰還
冒険者は王都に戻り、2つの涙を無事ナナルに届けた。
「月の魔法を使う魔物もいるのか‥‥。兎も角皆が無事で良かった」
「お前もな」
勇人の言葉にナナルが微笑む。彼女は使わずに済んだ身代わり人形を彼に返した。
「リューズ、どうかしたのか」
あまり元気がない彼女をナナルは気遣ったが、心配ないと彼女は答えた。
「町の者があの天幕に惹かれた気持ち、兄の亡霊を見せられた私には分からぬでもない。恐ろしい敵が現れたものだ」
一語一句噛み締めるようにリューズは語った。
「あ、これ食べるか?」
唐突にアリオスが懐からクッキーの袋を取り出した。するとたちまち巫女の顔が晴れやかになる。
「蜂蜜漬けの果物、まだ有りますよ」
「確かに使命は重大だが、一度しかない人生をナナルはもっともっと楽しまなくちゃな」
烈はそう言ってナナルの小さな手を握った。手は温かく、彼女の頬にも少し赤みが差してきたように思えた。
さて、シルビアが懸念していたようにピエロの姿をした魔物は涙の在処を察知していたのだろうか?
いや、虹竜の話によれば主によって隠された竜の涙の場所を知り得るのは巫女のみである。
だが――然しながら、カオスの穴を封印されては困るバの国が、持ち得るネットワークを最大限に利用して逸早く王宮の動きを探っているケースは十分に有り得るだろう。或いは人の姿に化けた魔物自身が王宮やその付近に出入りする事も可能性として無くは無い。
だが、そのような事を言い出せばキリが無いし、恐ろしくなって来るのでここで一先ず筆を置くことにしよう。
今はただ冒険者と共に、ナナルの復帰を願うばかりである。