ラ・プペ〜少女と人形
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■ショートシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月28日〜09月02日
リプレイ公開日:2007年09月03日
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●オープニング
「あの子にも困ったものですわ。もう7歳になるというのに、お客様がいらしてもろくな挨拶も出来ませんし、それに子供のくせににこりともしないのですから!」
「あら、でも大層利発な子供だと家庭教師の先生はいつも誉めて下さるのよ?」
眉間に皺を寄せて怒っている女に、年若い奥方は花瓶に活けられた花を指先で丁寧に整えながら透き通るほどに美しい声で優しく言葉を掛けた。
「奥様がそうやって甘やかすからいけないのです。あれではこの先貴族様の所へ嫁に出す事も出来ませんわ。ああ、詰まる所全ては私の責任になるのです! やはり今からでももっと厳しく躾けなければ」
そう言って養育係りの中年女が目を吊り上げながら溜息を吐いた所で、俄かに玄関の呼び鈴が鳴る。侍女が速やかに扉を開けると、KBCの有能な書記であるエドガー・クレハドルが実に礼儀正しく挨拶し、奥方への面会を求めた。彼は広く風格のある屋敷の中央にある階段を上り、幾つかに分かれた細い廊下のひとつを奥へと案内され、更に廊下を突き当たった水色の扉の部屋の中へと通された。
「王宮からの要請で先日のお返事を伺いに参りました。ご主人様は如何様に申されましたでしょうか?」
エドガーの品の良い立ち居振る舞いを見て奥方はふと思う。我が息子も彼のような立派な青年に成長してくれるのだろうか――。いつの世も我が子に対する母親の欲は尽きないものである。
「はい、王宮のお役に立てるならば、これほど名誉な事は無いと申しておりました」
婦人の快い返事にエドガーはほっと胸を撫で下ろす。
「それは有難うございます。きっと王も安堵される事でしょう。‥‥それで、もし宜しければ今ここで一目お嬢様にお会いする事は叶いますでしょうか」
「勿論ですわ」
そう来る事は予想していましたという風に若い奥方は後ろに立っていた中年の養育係りに目配せをした。エドガーがテーブルに置かれたハーブティーに2、3度口を付けた所で、今回の依頼の主賓である少女が部屋に入ってきた。否、主賓とは正確には少女が今この時も大事そうに抱きかかえている、白いレースのドレスを着飾った愛らしい人形である。
つい先頃、巫女ナナルは王宮にて『風の涙』の在処を夢で見た。そうして夢から覚めた後、彼女は不思議そうに首を傾げたという。それもそのはず、涙は遺跡でもなく泉でもなく人がこしらえた人形の中にあるというのだから。
兎も角王宮はKBCの協力の元、急ぎその人形の持ち主を探し出し、冒険者を向かわせる事にした。エドガーはそれに先立ってその商家の屋敷を訪ねる事になったのだが、巫女は彼に十分気を付けるよう言い含めた。彼女はその場所に不吉な影を感じ取っていたのである――。
「こんにちは、マギー」
エドガーが話しかけると青い瞳の金髪の美少女は顔を強張らせて人形を抱き締め、それから継母の手を振り切って突然部屋を飛び出してしまった。継母、つまり館の主の後妻である若い奥方は継子の非礼を深く詫びた。
「申し訳ありません、先日あの子の世話をしていた侍女が急な流行病で亡くなったばかりなので‥‥少し神経質になっているんですの」
なるほどとエドガーは頷く。実は彼はその話をすでに知っていた。だが、話はそれだけではない。マギーの世話をする者は何かしらの不運な事故や事件に遭遇している。時には突然耳が聞こえなくなったり、目が見えなくなった者もいるという。尤も目や耳は次の日には嘘のように治っているのだが、そんな事が度々起こると侍女たちは気味悪がって早々に館を去るので、町ではこの商家の事を『呪いの館』と呼ぶ者さえ出る始末だった。
「ところで、近頃ご主人様のお体の具合が優れないようだと町の人たちが噂していましたが‥‥」
刹那、奥方の麗しい横顔に影が差す。
「時々真っ青な顔で倒れる事があるのです。確かに仕事が忙しい分、食事も睡眠もたっぷり取っているのですが‥‥。ご覧の通りマギーは後妻である私には全く懐こうとしませんし、頼りとする主人は日に日に弱ってゆくようで、私は一体どうしたら良いのやら‥‥」
奥方は長い睫毛を伏せて小さく溜息を洩らした。
「‥‥マギーの母親の怨念かもしれませんわね。マギーは彼女に生き写しですのよ。変な話ですけれど、主人はたまに『男』の目でマギーを見る事があるのです。女の私には分かるんです。あの人は今でも亡くなったマギーの母親を愛して――」
「奥様は少しお疲れなのです。美味しいお菓子を召し上がって、観劇にでも出掛けられるのが良いですよ」
エドガーは手土産に持参した小奇麗な菓子箱をそっと差し出した。
「まあ、貴方がエスコートして下さるのかしら?」
奥方の冗談交じりの誘いをいつもの品の良い笑顔でさらりとかわして、エドガーは館を後にした。
さて、以下はエドガーが事前に調べ上げた事柄の纏めである。
●少女マギーは商家の亡くなった先妻の娘で、母親に似て大層な美人である。また、大事にしている人形は母の形見であり、寝ている時でも傍から離さないようだ。
●マギー付きの侍女は立て続けに不運な事故や怪我・病気に見舞われており、その事に怯えた彼女は継母のみならず他人に対してすっかり閉鎖的になってしまっている。
●後妻である奥方は主人との間に男子を儲けるが、夫がマギーを可愛がる余り、自分の息子がおざなりにされるのではと時々館の者に不安を洩らしていたという。
●養育係りの中年女は最近館に入ったのだが、彼女だけは不思議と災難には遭っていないようである。躾けと称してマギーに常々厳しく当っているらしい。
■依頼内容:王宮から『火の涙』を持って行き、商家の娘の人形から『風の涙』を受け取り、無事持ち帰る事。道中もしもカオスの魔物に遭遇したならこれを速やかに退治する。
尚、今回もナナルは大事を取って王宮で待機となる。冒険者諸氏は館に着いたらマギーに人形を借りて、その人形に『火の涙』を翳し、虹竜の命を受けて『風の涙』を受け取りに来たと言えば良い。
マギーを説得するのも骨が折れそうだが、何よりきな臭い匂いが立ち込めている館なのでくれぐれも慎重に。又、魔物以外にもバの息が掛かった者が涙を狙ってくる事も無いとは限らない――と、これは相変わらず疑り深い琢磨からの助言である。
●リプレイ本文
●宮廷
「えー? お前が持つのか?」
真綿色の大きなベッドの上で体を起こしたナナルが、傍から大きな手を差し出したグラン・バク(ea5229)をじっと見つめ返す。
「何か問題があるのか」
「いや、お前の強さはよく知っている。が、私が心配するのはその強さゆえだ。戦闘に夢中になって努努涙を落すなよ」
「承知!」
気合の篭った返事を返すとグランはどこか嬉しそうにナナルの頭を撫でた。彼女が強気な事をバンバン言えるのは、元気になって来ている証拠であった。
「わしらが戻る頃には、ナナルさんも外に出られるよう、元気になっていて下されや」
「勿論だ。トシナミも他の皆もくれぐれも気をつけてな」
トシナミ・ヨル(eb6729)から手土産の甘い保存食を受け取ったナナルはしっかりした口調で礼を述べて後、集まった冒険者の顔を見渡した。そこにアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)とリューズ・ザジ(eb4197)の姿は無い。
「彼女たちなら一足先に侍女や使用人として館に入ったよ。君にくれぐれも宜しくってさ」
と、巫女が尋ねる前に朝海咲夜(eb9803)が答えた。彼は今回隠密行動に出ると言う。
「一人位は影から仲間を助ける者がいてもいいかと思ってね」
「相手は魔物だ。無理はするなよ」
刹那、不安顔の巫女の小さな額に咲夜が自分のおでこをぴたっと付けた。
「熱は無いみたいだね♪」
「咲夜っ」
「大丈夫! 僕らの事は心配ない。必ず涙を持って帰るよ」
咲夜の言葉に全員が頷くと、その様子に気丈なナナルにも思わず笑みが零れる。皆の心遣いと高い志が巫女には何より嬉しかった。そうして、冒険者たちは朝の清々しい風が吹き渡る王都を後にした。
●館へ
「侍女かぁ‥‥力仕事なら絶対の自信があるんだけどなあ」
昨今人気のメイド服には興味が無い様子のフォーリィ・クライト(eb0754)は商家へ向かう道すがらトシナミに尋ねた。
「暇を取った使用人たちのその後は分かった?」
トシナミは友人に頼んでその周辺についての情報を集めていた。
「彼らはすっかり元気だそうですぢゃ。ただ、あの館は気味が悪いから戻りたくないらしいですぢゃ」
「『呪いの館』ですか」
「呪いを掛けるには、何か媒体になるものがいるんじゃなかったかな」
ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)の言葉を聞いて、ふとサーシャ・クライン(ea5021)がそう呟いた。
「兎も角屋敷に着いたらリューズ殿らと上手く連絡を取らねばならんな」
バルザー・グレイ(eb4244)はそう言って、慎重に『石の中の蝶』を指に嵌める。
「彼女ら以外に最近雇われた者にも要注意だ」
同様に、風烈(ea1587)はバの回し者への警戒を促した。
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「まあ、立派な犬をお連れですね」
「大きいでしょ。アリアっていうのよ」
フォーリィは犬を連れて辺りを見回ると奥方に断ってから、庭先で水を撒いていたアレクセイに近づき、今の所石の中の蝶は館の中では反応していない事を伝えた。
「でも油断は禁物ね」
一方アレクセイの話によれば、災難に遭った者は皆養育係の女と対立した者たちであった。彼女のマギーへの折檻が余りに厳しいので何度も抗議していたという。
「ただ、そのような養育係を容認している奥方も気になります」
アレクセイは養育係の過去の経歴についても探ってみたが、彼女は格式ある然る貴族の家で奉公していたとしか分からなかった。又、リューズは怪しげな噂や会話をこっそりメモリーオーディオに録音していった。中でも『養育係が夜な夜な奥方の部屋を訪ねている』という話は彼女の興味を強く引いた。
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「皆さんの事は主人の方から『お国の大切な御用だ』とあの子に申し聞かせてありますので」
若く美しい奥方はよく通る綺麗な声でそう冒険者に伝えた。彼女がマギーの部屋の扉を開くと、中から上品な服を纏った美少女がこちらを見つめて立っている。例の人形はやはり彼女の腕の中にあった。
「ようこそいらっしゃませ」
少女は微笑みもせず言葉を発する。
「では、後ほどお茶の用意をさせましょう」
奥方はそう言って足早に部屋を去り、中には冒険者と少女が残った。
「やあ、ボクハ通リスガリノ『フール』くんだ。君トソノ子ハなんていうのかな」
男は道化姿のパペット人形を腕に嵌めると、起用にそれを動かしながら明るい声で少女に話しかけてみた。だが、
「私はマギー。この子はピピ」
少女は簡潔に答えると、グランにくるりと背を向けて窓の傍にある小さな椅子に腰掛けて人形の髪を梳き始めた。
「‥‥」
(グラン、がんば!)
がくりと肩を落すグランを後ろからサーシャが励ます。すると、
「マギー様、今日はとても天気が良いですし、外で乗馬遊びはいかがしょう。セラブロンディルは賢い馬ですし、宜しければ私がエスコート致します」
ジャクリーンの口から出た馬という言葉にすぐに反応を返したマギーだったが、彼女はすぐさま小さく首を振って答えた。
「マギーが一緒だときっとお姉さまが怪我をするわ。だから行きません」
「マギー様‥‥」
「大丈夫。皆さんの手伝いをするようにと父から言われてます」
幼い少女はひたすら人形の髪を梳きながら素っ気無く言った。
「ピピはちゃんと貸してあげる。でも、今日はまだいいでしょ?」
「マギーちゃん、何かご本を読んであげようか」
少女の頑なな態度を少しでも和らげようと、今度はサーシャが声を掛ける。すると、それを追いかけるように部屋の扉が開き、フォーリィのコリー犬が部屋に飛び込んできた。
「ワンワンッ!」
「遅れてごめーんっ!」
「――――出てって!!」
「え??」
「皆出て行って! マギーに優しくしないでっ、マギーに優しくした人は皆いなくなっちゃうのっ! だったら、マギーは一人ぼっちでいい!!」
刹那、暗い沈黙が部屋を覆う。
「マギーさんや‥‥すまんかったのう。わしらは客間に下りるから心配せんでええ」
トシナミはマギーの傍まで飛んで行き、その小さな背中を撫でてから皆を部屋から出し、最後に扉を閉めた。
「幼い子が賢すぎると言うのも考えものだな」
その夜、少女の部屋の前の廊下に腰を下ろしたバルザーが隣の烈に声を掛けた。彼はしきりに魔法の指輪に注意を払う。実は夜になってから蝶がゆっくりと羽ばたき始めたのだ。一方、烈は少女が想像以上に深く傷付いている事を案じていたが、彼はふと思い付いた事をすぐ行動に移した。
「マギー、俺たちは絶対逃げ出したりしない! 最後までマギーを守ってみせるからな!」
突然廊下で声を張り上げる烈にバルザーは慌てたが、少女はまだ起きていたのか、扉が音を立ててほんの僅かに開いたと思うと小さな手が現れてまた直ぐ引っ込んだ。扉の前に置かれた可愛らしい布に包まれた菓子を二人の男は嬉しそうに頬張った。
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その頃咲夜は奥方の部屋の天井裏に忍び込んでいた。カオスの魔物を呼び込む動機は後妻の方が強いと彼は推理したのだ。そしてその推察を裏付けるように深夜に例の養育係が彼女の部屋を訪れる。
「奥様、新しい侍女たちの髪の毛を手に入れました」
「ご苦労」
「五感の1つを封じる事が出来る『呪い』が存在するなど、初めは信じられませんでしたが」
養育係の女が髪の毛を包んだと思われる布を恭しく奥方に差し出すと、彼女は満足げに微笑んだ。
「これを使えばマギーを又苦しめる事が出来るわ。ふふ‥‥あんな生意気な子供、苦しみながら病気にでもなるがいい。そして邪魔な客の魂は明日にでも私が奪ってやる!」
咲夜は布を後で盗み出す事に決め、まずは仲間たちにこの事を伝えに走った。彼が合図に彩絵檜扇を投げたのは赤い風車の代わりだとか。
●風の涙
さて、涙の入手は翌日昼食を済ませた後にマギーの部屋で行なわれる事になった。バルザーは朝のうちに奥方に近づいて蝶の反応を確かめたが動きはない。魔物はどうやら時を決めて奥方に憑依しているようだ。冒険者は部屋に鍵を掛けて儀式を行なう事にした。人形から離れるのは嫌だと言ってマギーも部屋に残った。
「『風の涙』をどうかこの手に!」
グランが『火の涙』を人形に翳すと辺りは眩い光に包まれる。
『風の涙を受け取るがよい』
主の声が消えた瞬間に光は弱まったが、次の瞬間、グランに何者かが体当たりを食らわせた。それは彼が閃光に包まれながらも、両の手に涙の存在を確認した直後の出来事だった。
「しまった!」
扉を押し破ってグランから『風の涙』を奪い取った養育係はほどなく冒険者に押さえられたが、彼女は捕まる手前で涙を窓の外へ放り投げた。外に仲間がいたのだ。
「俺が涙を追う! マギーを頼む!」
そう言うや否や烈が窓から庭先へ飛び出し、彼の後をサーシャも追った。彼女はもしもの場合に備えてペットのフロストウルフを敷地内に放っておいたのだ。
「怪我は無いかっ?」
人形を抱いたまま動く事も出来ないマギーにリューズが駆け寄った直後にバルザーは石の中の蝶が激しく羽ばたくのを確認した。見ると扉の所に奥方が立っている。
「人間どもが慌てふためく姿は滑稽だな」
奥方に憑依した魔物がぞんざいに喚く。だが、この時トシナミは危険を承知で彼女の足に掴まるとレジストデビルを詠唱した。すると彼女の体から女の姿をした小柄な魔物が突如弾き出された。
「逃がしませんっ!」
「ぶったぎる!」
宙にふわりと舞った魔物にジャクリーンの矢が刺さり、次いでグランとフォーリィの剣が矢継ぎ早に繰り出され、やがて魔物は消滅して果てた。
「ジラフのお手柄だな」
フロストウルフのジラフは涙を取ろうとしたバの手先の者に襲い掛かり、その隙に烈がしっかと『風の涙』を取り戻した。
●別れ
「お目覚めですか」
別室で奥方が目を覚ますと、リューズは身分を偽って館に潜入した事を詫びてから事の顛末を語って聞かせた。すると奥方は涙を流しながらマギーを呼んで欲しいと彼女に頼んだ。
「貴女がいつも幸せでいる事が、天に召されたお母様への何よりの供養だと思いますよ」
アレクセイがそう言って少女の背中を押すと、少女は恐る恐るベッドに近づいた。奥方が彼女を抱き締めて幾度も『ごめんね』と謝ると、マギーも大声を上げて泣いた。
「きっともう大丈夫だよね」
サーシャが仲間を振り返ってそう言うと、皆は笑顔で頷いた。その中には咲夜と彼の忍犬の姿もあった。
翌朝、冒険者はすっかり打ち解けたマギー親子に別れを告げた。
サーシャはローズ・ブローチを、グランはパペット人形を友達の証として彼女に贈り、出会いを大切にして欲しいと少女に伝えた。
「お母さんと仲良くなれて良かったな。その笑顔が俺たちには何よりの報酬さ」
烈が手を振ると、マギーは満身の笑みで答えた。
「また遊ぼうねー!」
「ワンワンッ!」
「乗馬遊びも致しましょう」
「ピピ殿にも宜しくな」
冒険者たちは別れを惜しみながらも、巫女ナナルが待つ城へと帰還した。
その途中、烈が巫女への土産を見繕う隣でグランが巫女の好物のクッキーを買い込んだとか買わなかったとか。
尚、捕まった養育係とその仲間は騎士団の厳しい取調べを受ける事となった。
残る涙はあと2つである。