いと深き穴、いと深き淵

■ショートシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月12日〜09月17日

リプレイ公開日:2007年09月17日

●オープニング

 ここに飾られた絵は先日巫女が夢で見た場所――『カオスの穴』入口付近の風景画だ。何とも不気味な情景である。
 カオスの穴の中は一体どうなっているのか? 確信は持てないが、その場所が『カオス界』へ繋がる通路であるとするなら、我々が持ち得る常識だけで判断すべきではないだろう。 
 巫女はその穴を突き進んだ奥に『強大な力を持つ恐ろしい敵』が潜んでいると語る。その容姿がどうやら竜に似ている事から、王宮はその敵を『カオスドラゴン』と名づけた。巫女の話によればこの『カオスドラゴン』こそが『カオスの穴』の守護獣であり、この守護獣を倒す事で『カオスの穴』を封印する事が出来るのだと言う。
 かつての英雄『竜戦士(ドラゴンウォリアー)』ペンドラゴンが戦った相手もカオスドラゴンだったのかもしれないし、あるいはまた別のモノだったのかもしれない。ただ、阿修羅の剣の力で竜戦士となったペンドラゴンですら生還はなし得なかった。必然的に勇者諸君は今度の戦いに於いても相応の覚悟をもって挑まねばならないだろう。

**エドガーの質問コーナー**

【エド】「ナナルちゃん、例の巻物の暗号文を要約すると『竜戦士』ってのは詰まる所何なのかな?」
【巫女】「阿修羅の剣を持って敵と戦う者はその闘志が真に強まった時、魔剣の『奇跡』の力によって戦士自身が竜の姿を模した巨大な『竜戦士(ドラゴンウォリアー)』に変身する。強敵カオスドラゴンと戦うには相応のパワーが必要だ。竜戦士はその為のカードだが、戦う場所はカオスの穴の中だから他にも何が出て来るか分からない。実際には、竜戦士の力と信頼出来る仲間との連携が無ければ敵を倒す事は叶わないだろう」

【エド】「竜戦士になれるのは一人だけなの?」
【巫女】「阿修羅の剣の数だけ。つまり一人だけだ」

【エド】「竜戦士になるのにゴーレム操縦スキルは必要?」
【巫女】「必要ない。強い意志があれば女子供もなれるぞ」

【エド】「竜戦士になれるのは一度きりなの?」
【巫女】「一度きりだ。その一回で剣の魔力も戦士の体力・精神力も限界値に達するだろう」

【エド】「竜戦士は魔法も使えるの?」
【巫女】「精霊魔法と神聖魔法は無理だが、もし剣の使用者がオーラ魔法を使えるならオーラ魔法は発動出来るようだな」

【エド】「竜戦士の武装は?」
【巫女】「自分が欲しいと思う武具(剣・盾・弓等)を心に念じれば装備出来る。ただし、一度決めたら変更は効かぬ」

「うーん‥‥つまり、阿修羅の剣はこちらの切り札って事ですか」
「カオスドラゴンが奴らの切り札であるのと同様にな」
 とオレンジジュースをすすりながら巫女ナナルは答えた。ちなみに王宮は現在カオスの穴へ向かう為の準備を躍起になって進めている。あの穴を塞がなければ、カオス勢力を主力とするバの兵力は決して衰える事が無いからだ。詰まる所戦争とは物量がモノを言うのである。
「ナナルちゃんも行くんですか‥‥その穴へ」
 KBCのエドガーは不安げに尋ねる。彼女がどう答えるか彼には当に分かっているのだが、それでも彼は聞いてみたかった。
「カオスの穴を塞ぐ事が私に課された使命だ。巫女として出来る限りの事はするつもりだぞ」
 なぜ彼女は平然と答えるのだろう。生きて帰れるかも分からない旅なのだ。穴に入ったが最後逃げる場所など何処にも無いのに、なぜ――――?
「私も行こうかな」
「フ‥‥無理するな。エドがいないとKBCの本部は困るだろう。エドにはエドにしか出来ない事がある。人にはそれぞれ必要とされる場所があるのだ」
「私も貴方を必要としてますよ。貴方が戻らなかったら困ります」
 エドガーは彼女の小さな手を握り締めてそう言った。ナナルは何も言わず、ただ嬉しそうに微笑んで見せた。

  **

 さて、少しばかり話が逸れたが今回の依頼について説明しておこう。冒険者諸氏には王都を少し北に上がった所にある村まで行ってもらいたい。その村の中心にこんもりとした雑木林があり、その中に天界人が立てたと思われる祠があるので、そこで涙の主から『陽の涙』を受け取る事になる。ナナルは城で準備しなければならない事があるので、まずは冒険者のみで祠まで行き、その近くにある古い井戸の前で『地の涙』を翳せば良いそうだ。巫女もすぐに追いつくだろう。
 さてこの祠。入るのには何も問題は無いと思われたのだが、しかし‥‥その村に突然魃(ひでりがみ)がやって来た。
 魃とは片手片足のライオンの様な姿の獣で、陽の精霊魔法を全て使いこなせるという。おまけに、魃の周りは常に干ばつ状態だそうである。
 連日の日照りと水不足に困った村人たちは魃に山奥に帰ってもらうよう説得を試みたが、魃の怒りは収まらない。魃は元々人間と関わりを持つ事を好まないのだが、平穏であったこの国にカオスの勢力が押し寄せ、それに対抗する為に人間はゴーレムという巨人兵器を繰り出して戦争を始めてしまった。何時止むとも知れないこの騒乱に己の棲家の安全もままならず、堪忍袋の尾が切れた魃は実力行使に出たようである。
 魃は今だ祠の傍に居座っており、諦めた村人たちは次々に水を求めて村を離れているそうだ。
 冒険者はくれぐれも水分補給の準備を怠り無く。ああ、ついでに前回同様バの手先がうろついている可能性も有る。情報によれば村で見慣れない旅人たちが目撃されているとの事、注意すべし。

 又、これは巫女からの要望であるが、仮に七つ目の涙の主に『おまえはなぜ阿修羅の剣を欲するのか』と聞かれた場合、どう答えるかを用意してもらえると有り難い。世界を救いたい」だの「王様の命令だから」だの、何でもよい。これは最後の涙を取り出す際に重要な鍵となるかもしれないそうだ。
 皆の思いが強ければ、最後の涙は必ず現れる――と巫女は言っている。

●今回の参加者

 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4244 バルザー・グレイ(52歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4395 エルシード・カペアドール(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4494 月下部 有里(34歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb6729 トシナミ・ヨル(63歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb7896 奥羽 晶(20歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb9803 朝海 咲夜(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●日照り
「マジ暑いわね〜〜〜〜っっ!」
 足元と脳天から同時に伝わって来るうだる様な熱気に思わずエルシード・カペアドール(eb4395)がまず悲鳴を上げる。彼女は酒場で買い取った樽に目一杯の水を詰め込んで戦闘馬に積んで来たのだが、まさにその水を今此処で頭から被りたい心境であった。
「木陰で休みながら行く他ないな。村までまだ少しある」
 さしもの剣豪グラン・バク(ea5229)も暑さには勝てないようで、彼はそう言いながら一番近い木立の影に座り込んで一息吐いた。
「後から来られるナナル殿は大丈夫だろうか‥‥体力のある我らですらきついのだ。再び具合が悪くならねば良いが」
 グランの隣に腰を掛けながらバルザー・グレイ(eb4244)は不安を溢す。彼は巫女より『地の涙』を預かって来ており、懐からその涙を取り出すと、小さな玉が放つブロンズ色の淡い光を無言で見つめた。
「巫女様には虹竜も付いておられるようですし、私たちは課せられた眼前の使命に集中致しましょう」
 ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)は心配ないという風に優しい口調でバルザーに語りかけ、それから武具の状態を確認した。
「それはそうと、古い井戸と祠と魃って何か関係があるのかしら。祠を建てた天界人が近くの山にいる魃神を察知していたとか‥‥なんだか気になるのよね」
 そう話題を振ったのは月下部有里(eb4494)である。彼女は地球出身の天界人であり、魃や祠についての知識を持ち合わせていたのだ。又、医学の心得もある彼女は出立前にナナルを見舞っており、より適切な看護のアドバイスを王宮に進言するなど骨を折ってくれていた。
「それでは私が村の方から御話を伺ってみますね。祠がいつ頃からあったのかや、村人がどのような扱いをしてきたかを聞いてみますわ。魃とは出来るだけ穏便に話を済ませたいですし」
「そうだな、魃は陽精霊の力で遠方の事まで見通す事が出来るというし、すでに我々も監視されているかもしれん。言動には気を付けねばな」
 ジャクリーンの言葉を受けてリューズ・ザジ(eb4197)が慎重な面持ちで答えた。すると、
「バの軍人かスパイが村に入り込んでいるとすれば、彼らへの対処も思案の為所ですね。もし旅人がバに関係の無い人々であったなら、確認もせずに戦ってしまっては問題でしょう」
「アレクセイ殿や咲夜殿は何度も敵と対峙しているから、その点は抜かりなく偵察しているだろう。ただ、敵から襲撃を受けだ場合、殺すのではなく捕縛の形で身柄を押さえるのが良策か」
 フィリッパ・オーギュスト(eb1004)の懸念にそう答えるも、リューズ自身にも別の意味で不安があった。
(ゴーレムが争乱を拡大させている‥‥そう感じているのは、あるいは魃だけではないのかもしれないな)
 メイの民の中にも同様に感じている人間はいるかもしれない――そう思うと、彼女の心は曇った。
「兎も角、皆のためにもガンバル! 困ってる村の人や阿修羅の剣の復活を心から願っている人たちの為に‥‥ね!」
 刹那、明るく声を上げた奥羽晶(eb7896)に皆の視線が注がれる。
 冒険者たちはいつもの笑顔に戻ると、日差しが強く降り注ぐ熱砂の荒野を目的の村目指して再び歩き始めた。

  **

 一方、レインフォルス・フォルナード(ea7641)とアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)、朝海咲夜(eb9803)の3人は斥候として他の仲間に先行して村に入っていた。アレクセイはハーフエルフ特有の目立つ耳を上手く誤魔化し、旅人に扮して村人から情報を集め、これにレインフォルスが同行した。咲夜は2匹の忍犬と共にまず祠のある雑木林の様子を少し離れた場所から窺った。すると俄かに犬が吠え始めたと思うと、次の瞬間咲夜の目に一筋の閃光が射す。
「アチチ――ッッ!!!」
 突然足元が熱くなり、焦げ臭い匂いがしたと思うと、羽織っていた外套の裾が焼け焦げて小さく火が点いていた。彼は大慌てで火を消すと再び林に目をやった。
「魃の仕業か‥‥警戒させちゃったな。ごめんなさい、僕らは決して争いに来たわけじゃないから」
 咲夜は林に向かってそう呟くと、一礼してからその場を離れた。そしてそのまま仲間たちとの合流場所へと向かって行った。

  **

「何でも最近になって、祠の傍の井戸に近づいてその付近を散々荒らしまわった者が数人いたらしい」 
 レインフォルスは村外れの廃屋に集まった仲間たちに仕入れた情報を語って聞かせた。廃屋の屋根の上では、鷹のリョーニャが鋭い眼光で不審者を見張っている。
「村人が言うにはそいつらは皆、雑木林を出た直後に眩い光の矢に焼かれたそうだ。大怪我を負った見知らぬ男たちは皆早々に村を出たって話だ」
「明らかに妨害工作ね。それで連中、全員退却したのかな」
「いえ、何名かは残っていますね。私たちが村のあちこちを回っている間、幾度か後を付けられている気配がしました」
 アレクセイがそう言うと皆思わず周囲に耳を澄ませた。
「では我々が魃と交渉に入る時を狙って何か仕掛けてくる可能性がありますね。私は警護に回りましょう」
 と、ジャクリーンは咲夜らに追従する事となり、冒険者は魃を説得する班とで二手に分かれた。有事には忍犬やアレクセイの陽の妖精を連絡係として、互いに連携が取れるよう打ち合わせた上で彼らはそれぞれの場所へと動いた。

●魃と祠
「バルザー殿、貴殿、剣はどうされた」
 バルザーが腰に太刀を差していないのに気付いたグランが問いかけると、バルザーは己の愛馬を指差した。
「魃に敬意を払いたいのだが、流石に何も持ち込まないわけにもいかんのでな」
 よく見ると、馬の鞍には確かにバルザーの霊剣『ミカヅチ』が積まれている。
「身に着けぬ事でその証しとさせてもらおうと思ってな」
「なるほど‥‥」
 グランが自分もそうしようかと迷った所に有里の声が飛んだ。
「祠が見えたわよ!」
 雑木林を中ほどに進んだ所にその祠は確かにあった。
「魃の姿は見えないですね」
「魔法で姿を隠して、わたくしたちの様子を窺っておられるのかもしれません」
 フィリッパが言うように、魃はインビジブルを使っているのかもしれなかった。そこで思い立ってグランが行動に出た。
「ずっと祠に留まっておられるのならさぞ退屈されている事だろう。慰みに我々の道中の話でも聞かれるか」
 グランは宙に向かってそう声を上げると、巫女と共に『七色の竜の涙』を求めた今までの冒険談を語り始めた。それは彷徨いの森の悲劇から始まると炎の山や花園の話にまで及んで、又それらが大層面白く語られたので冒険者もすっかり彼の話に夢中になった。
「俺たちは争いを収める為に『陽の涙』を求めてここまで来た。ぜひ魃殿にも立会いを願えないかな」
「お前の話は面白かった」
 ふと聞きなれない声がしたと思うと、冒険者の目の前に魃はゆらりとその姿を現した。
「不思議な玉を持っている所を見るとお前たちの話はまんざら嘘ではないらしい」
 片手片足のエレメンタルビーストはバルザーをちらりと見てそう言った。
「ふむ、必要であれば『陽の涙』とやらを探すがいい」
「「オオ――ッ!」」
「だが、俺はここを動かんぞ」
「「エエエ――――っっ!!!」」
「それとこれとは話は別だ」
 用が済んだならさっさと行けと言わんばかりに、魃は顔を背けた。
「でもこの村の人々が旱魃で苦しんでいるのです。どうか以前の山奥にお戻り頂けませんでしょうか」
 フィリッパは偽りの無い言葉で切実に訴えたが、魃の返事は同じだった。
「それでは村の水不足は収まりません、どうか山奥の里へお帰り下さい」
「お帰り下さい〜〜」
 バルザーと陽の妖精コロナも願い出たが魃は首を縦には振らず、こうも言った。
「俺も困っている。だからここでハンストしてるのが分からんのか」
「ハ‥‥ハンスト‥‥」
「戦争の事を言われているのか。確かに我らはゴーレムという強大な力を行使して争いを繰り返している。だが、全てが混沌に飲み込まれてしまってからでは遅いのです。この地に住まう精霊達にも必ず影響が出ましょう」
 懸命に説得を試みるリューズにエルシードも続いた。
「戦乱で棲家を荒されたと言うなら新しい棲家を用意して付近に人間を立ち入らせないよう確約する事も出来るわ。でも、今の状況で戦争を止めろという事は敵国への防衛戦も止めろという事、即ちメイに降伏しろという事よ。いくら何でもそれは理不尽じゃないかな」
「――何が理不尽だ」
 だが、魃はきっぱりと言い放った。
「負けたからとて、敵国の奴らはお前たちをバリバリ食らうのか? そうではなかろう。なのに、なぜ同じ種族で血を流す? お前たちと相手とは言葉が通じないのか」
「それは‥‥」
「混沌の脅威については俺も多少は知っている。混沌の脅威はこの世界の脅威だ。だが、それは敵国にとっても同じではないのか」
 魃の言葉に全員が沈黙する。
「俺にはよく分らん。2発殴られれば5発返す。5殴られれば10返す‥‥そうやっていつまでも繰り返すつもりか」
「あの‥‥」
「なんだ坊主」
 その時、晶がおずおずと魃の前に歩み出た。
「僕、ここに来る途中でこの日照りの村に今も残って頑張ってる人たちを見ました。皆この村が好きで‥‥だから離れたくないんだと思うんです」
「それで?」
「僕、村長さんにお願いして魃さんの棲み家周辺に立ち入り禁止令を出してもらいます。魃さんに助けを求められたら僕が真っ先に駆け付けます! もっと偉い人の約束がいるなら王様にもお願いしてみますっ‥‥だから、どうか村の人たちをこれ以上苦しめないで下さい。――どうかお願いしますっ!!」
 晶はその場に座り込むと鼻が地面に着くくらいまで頭を下げた。それを見た魃は流石に唸った。
「ぬぬ‥‥子供に土下座までされては無碍にも出来まい」
「あ‥‥」
「それじゃあ♪」
 魃はまだ何か言いたそうだったが、冒険者の真剣な瞳を見て後言葉を和らげた。
「俺の思いは坊主が国王へ代弁してくれ。そして俺はもう暫くの間、お前たちがこの先どう行動するのかを黙って見ている事にしよう」
 お前たちが説く戦争の義を認めたわけではない――が、結論を出すのはもう少し先でも良かろう。そう言って魃は祠とは別の方向へと歩き始めた。
「それはそうと、お前たちの仲間が村の入口で誰かと戦っているようだぞ。俺は争い事は好かんから、さっさと片付けてくれ」
 魃に大声で礼を述べると、仲間たちは急ぎ村の入口へと向かった。

  **

「お前たちに邪魔はさせん!」
 レインフォルスは唐突に斬りつけて来た賊の太刀を難なくかわすと、自分も剣を抜いて反撃に出た。だが、
「阿修羅の剣が甦った所で、お前らに勝ち目などないわ! 伝説のロード・ガイもペンドラゴンも只の無駄死にさ!」
「所詮、大いなる混沌の力に勝てはしないのだっ」
 暴言を吐きながら襲ってくる敵の数は気付けば10数人にも及んでいた。アレクセイも咲夜も魔法や忍術を駆使して奮闘していたが、数の多さにはやや押されている。
「お前たちはなぜカオスに味方するのです! この世界がカオスに犯されても良いと言うのですかっ!」
 ジャクリーンは愛馬シュナイゼンに跨り敵の指揮官らしき男を目掛けて矢を放つも、配下の者が男を庇って矢に射られた。
「バの国は汚されなどしない!! 『義』の前に滅びるのは卑劣極まりないメイやジェトの方だ!!」
「な‥‥何を馬鹿な‥‥っ!」
 叫ぶジャクリーンに敵が投げつけた短刀が宙を割いて襲い掛かる。が、それをレインフォルスの剣が豪快に叩き落し、アレクセイの矢が短刀を投げた男の肩を射抜いた。
「ジャクリーンっ、レインフォルス――――待たせた!!」
 と、その時リューズとグランが先頭を切って賊に斬り込むと味方は更に勢い付き、晶もファイヤートラップに敵を呼び込み交戦。やがて敵の指揮官が負傷し討ち取られた所でバの間者たちは皆捕縛された。
 そうして賊の見張りをリューズたちに任せるとバルザーらは再び雑木林に戻り、古い井戸の前で儀式を執り行って無事『陽の涙』を入手した。

  ** 

「これを機会に村人たちにも祠や自然を大事にしてもらえるといいわね。魃が何処かからこっそり見てるかもしれないし」
 仲間の傷の手当てを終えた有里は村の入口から祠の方角を眺めつつそう呟いた。
 結局の所天界人がなぜ祠を建てたのか、それが魃を祭る為のものなのかどうかは分からず終いだったのだが、恐らくこの後は祠を見る度に村人は魃を思い出し、自然への畏怖と感謝の気持ちを抱くのだろうと有里は思った。
 やがて、暫くすると南の方角から馬の蹄の音が近づいて来た。馬車は冒険者の姿を認めると村の入口の手前で止まり、付き従ってきた兵たちは芋蔓式に縛られたバの賊を認めると彼らの身柄を速やかに引き取った。
「皆お疲れさんだ。首尾よく行ったようだな」
「ナナルこそお疲れ様」
 咲夜は摘み取った紫の野花をナナルに差し出すと、彼女は黙ってそれを受け取って左の胸ポケットに挿した。それがお互いを本物と見定める合図であり、人の姿を真似るというカオスの魔物の介入を恐れた咲夜の案であった。
「じゃ、少し東へ移動するか」
「虹竜はどちらに?」
 冒険者の問いにナナルは笑って青い空を指差して見せた。

●七色の竜の涙
 巫女ナナルは冒険者を村から少し離れた草原へと導いた。魃が去ったせいか大地には再び潤いが満ち始めていた。
「今は竜たちが高みから私たちを守ってくれている。だから安心して良いぞ」
 敵がいないかと辺りに気を配る冒険者たちに巫女は穏やかにそう言葉を掛けた。
 次に巫女は懐から5つの涙を取り出した。赤や青色に輝く掌サイズの玉であった。彼女はそれらを目の前の草地に小さな円になるように置き始めたのでバルザーも慌てて預かっていた2個の涙を巫女に渡した。やがて玉を円状に置き終えると巫女は冒険者たちに言った。
「皆、円になって座って隣の者と手を繋いでくれ。そう時間は掛からんと思うが、手を繋いだなら目を閉じ心静かに待っていて欲しい」
 ナナルがバルザーと咲夜の手を取って草の上に座り込むと、グランたちも慌ててそれに倣う――刹那、草原に一陣の涼風が吹き渡った。

『冒険者よ、ご苦労であった。皆の力で6つの涙がここに集った今、精霊と竜の祈りをもって伝説の魔剣に再び奇跡の力、最後の涙を授けよう』
 それは虹竜の声のようでもあったし、他の竜たちの声のようでもあったし、あるいは今は無き英雄の声であったのかもしれない‥‥。
『今一度お前たちに尋ねる。汝は何ゆえに阿修羅の剣を欲するのか』
 と主の声。
「一番は巫女殿を助けてやってくれと頼まれたからでしょう。でも今我々がこうしているのは皆の願いに導かれたからだと感じております。この世界に希望の光を灯す為に」
 とグラン。
「混沌の勢力を倒す為‥‥この世界と其処に住まう者達を護る為。そしてそれを願う仲間の為でございます。阿修羅の剣が世界を破滅へと導くカオスを倒す鍵となるならば」
 とリューズ。
「私はナナル殿の降臨より今日まで、この一件に関わって参りました。そして例え尊きものを失おうとも、それが犠牲の上に成り立つ物であろうとも、罪無き民を守るために魔剣が必要なのだと私は信じております。勿論、犠牲は出来うる限り留めおきたく思いますが」
 とバルザー。
「私のいた世界と違ってこちらの世界なら戦乱を終わらせる事が出来るのだと感じました。その為であれば、私は迷う事無く剣を求めます」
 と有里。
「私は力とは力無き者を護る為に使うべきだと考えております。私が騎士として国に仕え冒険者として活動するのは多くの者を護る事が出来ると信じるが故、そしてより強き力を求めるのはより強大な相手に対抗する為の手段。阿修羅の剣もまた同じと考えます」
 とジャクリーン。
「わたくしは魔剣が強力であるか否かが重大とは思いません。人の心に勇気が燃えているからこそ困難に立ち向かえるのです。ですが我々一人一人の可能性は一粒の砂のような物。それを集めて黄金の砂漠に変える事が出来るのが阿修羅の剣。我々が求めるのは剣の形をした希望なのです。多くの人々が持つたくさんの顔とたくさんの腕を1つにする象徴――竜がこのアトランティスにおいてそうあるようにです」
 とフィリッパ。
「私が阿修羅の剣を求める理由‥‥それがカオスを決定的に倒せる可能性のある道具だからかな。世のため人のためとか、国のためでもない。私は戦争終結という現実的な目的のために必要な『力』を欲しているのです」
 とエルシード。
「そうだな、俺は魔剣を得る事で『少しでも苦境から助けられる人物を増やす』かな。――と思います」
 とレインフォルス。
「世界平和とかそういうのは漠然としていてピンと来ないけど‥‥みんなが望んでいるから。友人とか知っている人には笑顔でいて欲しいからです」
 と晶。
「ナナル嬢がカオスの穴を封じるのを使命としているなら、僕はその力になりたい。そして大好きな彼女のいるこの世界を護りたい! これが僕が剣を求める理由です」
 と咲夜。同時にふと顔を赤らめる巫女。
「私は‥‥」
 ふいにアレクセイが口篭る。
『申してみよ』
 と声の主。
「母親に甘えたい盛りなのに己が役目を受け入れ、その役目を全うせんと気丈にも耐えている巫女を一刻でも早くその役目から解き放ってあげたい‥‥何の代償をも支払う事無く‥‥。護ると決めた命を散らさせるのは、もう二度と嫌なのですっ!」
 彼女は辛く悲しい出来事を思い出していた。それは至って個人的な理由であり、一見世界の情勢とは関わりないように思える。が、しかし彼女の熱き思いは強く揺るぎ無いものであった。
「アレクセイ‥‥有難う」
 その時ナナルがそっと自分の手を握るのをアレクセイは感じていた。
「皆の言葉はしかとこの胸に仕舞ったぞ」
 冒険者が目を開くと白く美しい羽毛に包まれた神々しい虹竜が3対の翼を広げて巫女の傍に立っていた。
「動機がなければ事は成就する事はない。それが困難であれば尚のことだ」
 虹竜は6つの涙を一つずつ手に取った。『地の涙』は『水の涙』に合わさり、その上に『風の涙』『月の涙』が合わさって、やがてそれは虹色に輝く一つの美しい玉になった。
「これが『七色の竜の涙』?」
 冒険者が見守る中、虹竜の掌で一つになった『虹の涙』に今度は巫女が祈りを捧げる。すると、矢庭に辺り一面を閃光が包む。

 ――――――――――――パリン‥‥。と高い音がしたと思うと、周囲を包んでいた強い光が徐々に弱まる。
「出来たぞ。ほれ、皆、目を覚ませ」
 強烈な光を浴びた直後でまだ視界に慣れない目を擦りながら冒険者たちが巫女を見ると、彼女の手には一枚の布が折り畳まれて収まっている。それは天界にあるインド地方の織物に似ているようにレインフォルスには思えた。
「『虹の涙』はどうしたんだ? まさかそれが‥‥」
「この布こそが魔剣を復活させる『七色の竜の涙』だ。こいつで包んでやるとボロボロの剣が嘘のように立派になるぞ」
「ええ〜〜これがぁ?」
 エルシードや有里が不審そうに布を眺め回すのを見て虹竜と巫女は思わず微笑んだ。
「さて、いよいよこれからが本番だ。私はナナルと共に穴の中へは入ってゆけぬ‥‥が、私はこの地で私の務めを果たそう」
「うん、れんちゃん、行ってくるね!」
「必ず戻って来るんだぞ」
 虹竜の言葉にナナルが頷き、冒険者たちも互いに顔を見合わせて頷いた。
 この先に冒険者を待ち受けるのは、深き淵――カオスの穴である。

 尚、王宮は『七色の竜の涙』が無事手に入った祝いにと、冒険者諸氏にささやかな祝いの品を贈ったようである。