【巫女と魔物】幸福な悪夢をあなたに

■ショートシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月12日〜02月17日

リプレイ公開日:2008年02月19日

●オープニング

 先頃、エイジス砦、オルボード城壁とナイアド近郊に現れたバの巨大新型ゴーレム兵器――――。
 これらについて王宮内で様々な調査が進んでいないわけではないが、ジェトの特使を交えたメイとバの国との停戦交渉が慎重に協議されている今、この新型についてあれこれ吹聴されるのは王宮としては甚だ好ましくない。

 だが、大破し回収されたナイアドのゴーレムはともかく、エイジスやオルボードにはいまだバの軍が駐留しているのだから、KBCを含むいわゆる知識階層の関心が、この問題から薄らぐはずもなかった。
 彼らは、『かの新兵器は今後の量産や性能の向上を図るため、交戦データとともにバの国へ一時送還されたのではないか』という見方を強めていたが、王宮がこれらに公式な見解を出すはずもなく、結局のところ、民衆は停戦交渉の成り行きを伺いながら、じりじりと時の経過を見守るしかなかった。

 **

 その頃、王宮に長らく留まっていた巫女ナナルが、停戦交渉の間に一度シーハリオンの丘へもどりたいと王へ申し出た。もし交渉が上手くまとまらないまま暖かな春を迎えることになれば、恐獣の動きも活発になり、カオス勢力の侵攻が更に活性化する恐れもある。
 そうなる前に、シーハリオンの丘周辺や世話になった麓の村人たちの様子を見に行きたいというのだ。
 ただ、国王やナナルの個人的な気持ちに関わらず、『阿修羅の剣を復活させた巫女』の存在は王宮にとってその存在自体が重要であり、彼女を王都の外へ連れ出すことにはあまり良い顔を示さなかった。

 そんな折、王都を北に行った村で、伝説のカオスの魔物が現れたという噂が立った。
 その村は馬ならば日帰りができる距離であったので、目の不自由な巫女は冒険者を連れ立って、魔物退治に出向きたいと王宮へ申し出た。ナナルにしてみれば、日がな一日を王宮の片隅でお飾り人形のように過すよりは、少しでも民の役に立ちたいのだ。
 王宮も城のすぐ傍でそのような噂が広がるのを見過ごすわけにもゆかず、『冒険者と一緒であれば』という条件で渋々承諾した。

 さて――。
 この問題の村の話だが、異変はまず老人や赤子に起こった。体力的に弱い者たちが、まるで精気を吸い取られるように弱ってゆき、床に伏せる者が大勢でた。
 だが、異変はそれだけに留まらず、今度は村の若者が朝になっても目を覚まさず、そのまま昏々と1週間眠り続けた後に息を引き取った。すると、次に村長の娘が同じように眠り続け、やはり一週間目の朝に帰らぬ人となった。
 この有様を見て、村の年老いた長老のひとりが『夢を紡ぐもの』という名の魔物の伝承を思い出す。
 なんでもこの魔物は、狙いを付けた獲物の理想の異性の姿を取ることができ、深夜の間に獲物に憑依し、魔物に取り付かれた者は幸福な夢を見ながら眠り続け、1週間後に衰弱死してしまうというのだ。


「その昔、天界人が取り付かれた人間から魔物を追い出して、見事退治したという話を子供の頃に聞いたことがありますじゃ。どうかわしらの村を救ってくだされ。お頼み申しますだ‥‥」
 娘を亡くした村長と長老たちは、冒険者ギルドの役人に深々と頭を下げた。


■依頼内容:王都に程近い村へ巫女ナナルと共に向かい、『夢を紡ぐもの』と目される魔物を退治する。

・冒険者が村に入った時点で誰かが憑依されているようなら、その者から魔物を追い出す、あるいは魔物にだけダメージを与えるなどして退治する。
・憑依された者がいないようならば、村に暫く留まり、魔物を探し出して退治。その間に冒険者自身が狙われる可能性もあるので注意すること。
・冒険者が希望すれば、レジストデビル魔法を修得している白の教義に仕える天界人クレリック(冒険者)の同行が可能。ただし、彼女はかなりの高齢で足腰も弱く、おまけに耳が遠い。冒険者の足手まといになる可能性もあるので、強制はしない。

 また、昨今、カオスの魔物や得体のしれないモンスターの動きが国内で活発になっている。
 各自用心だけは怠りなきよう、と巫女ナナルからの進言である。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6917 モニカ・ベイリー(45歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4494 月下部 有里(34歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb6729 トシナミ・ヨル(63歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)

●リプレイ本文

●村へ
「「ウオオォ――――ッッ!! カワユ・いぃ――――――――っっっ!!!」」
「‥‥そ、そうなのか」

 巫女ナナルが月下部有里(eb4494)特製のウサ耳ヘアバンドを付けると、冒険者たちから一斉に歓声が沸き上がった。頭の周りに物がぶつからないようにとのウサ耳職人、有里の考案だ。
「我ながら、上出来だわ」
「兎の耳とは考えたな」
「ナナル、似合ってるぞ」
「‥‥そ、そうなのか」
 陸奥勇人(ea3329)や風烈(ea1587)にも誉められて、顔を真っ赤にしたナナルが照れ臭そうに下を向く。こういうところは普通の少女と何も変わらないのだ。
「あ‥‥こらっ、トシナミ、耳を引っ張るな!」
「オオ! 一発でわしの仕業と見抜くあたりが、流石はナナルさんぢゃ」
「本当に、勘だけは人の数倍いいからな」
 アリオス・エルスリード(ea0439)の声のする方を向きなおって、ナナル。
「勘だけとは何事だ。この男は少々口は悪いが、まあ、腕は立つ。婿にはもってこいだぞ」
 そう言いながら、ナナルはギルドから借りてきたバックパックを開いて、用意していた天界で言うところのアリオスのお見合い写真ならぬ、お見合い絵姿を女性軍に配った。
「さて、冗談はさておき、ナナル殿に万が一にも何かあっては今後の外出に支障が出るかもしれない。事件を解決するのも勿論だが、無事城に帰り着くまでは我らも警戒を怠らぬようにせねば」
 リューズ・ザジ(eb4197)の進言に皆が頷く。
「民の役に立ちたいというお気持ち、ナナルさんらしくていいと私は思いますよ。いざという時、外の世界や国民を知らないことには、そこに住んでいる者の悩みはわかりませんからね。一緒に頑張りましょうね!」
 その小さな手を取って励ますシルビア・オルテーンシア(eb8174)に、巫女が嬉しそうに微笑んだ。
「それではナナルさん、ちょっと失礼します」
 長身のファング・ダイモス(ea7482)が軽々とナナルの身体を抱えて、フォーリィ・クライト(eb0754)の馬の背に乗せる。
「よろしく頼む、フォーリィ」
「まかせなさいっ♪」
 ドンっと胸を叩くフォーリィの傍に、シフールのモニカ・ベイリー(ea6917)とトシナミ・ヨル(eb6729)が寄ってきた。
「用心のためにも、ここからは鷹のローに上空警戒に入ってもらうね」
「村に着いたら、わしらは魔物の調査に回るので、ナナルさんにはくれぐれも気を付けて欲しいのう」
「うん。皆もな」
「そうだ、言い忘れていたが‥‥巫女では目立ち過ぎるから、依頼の間中は、ナナルには占い好きのただの冒険者になってもらうからな」
 フォーリィの馬にそっと近づいて、烈が片目を瞑りながら小声で囁いた。
「皆と同じ冒険者か。それもまた楽しそうだな」
 ナナルが嬉しそうに承諾したところで、一行はメイディアの高い城壁から一歩外へと踏み出した。

●村の様子
「お裾分け、頂いちゃってすみません。この菓子、めちゃくちゃ美味しいです!」
「礼ならリューズにな。私からも、いつもすまぬ」
 道中、ドライフルーツの入った焼き菓子を差し入れたリューズに、シルビアがペコリと頭を下げる。
 また、勇人が手土産に差し出した甘い保存食は、ナナルのバッグにしっかと収まっている。
「そろそろ見えてきましたね」
 他の者よりも背丈が抜きん出ているファングが、まず村の入り口を見つけて皆に知らせた。
 すると、やにわにモニカが『石の中の蝶』を準備する。
「所詮保険でしかないけど、魔力も有限だから、使えるものはうまく使わないとね」
「村に着いたら、まずは現状調査。何体敵がいるのかわからないから同時に何人倒れた事があるか、きちんと把握してから分かれて行動した方がいいわね」
 と、慎重にフォーリィ。
「それにしても質の悪い連中だな。狙う相手も見境無しとは‥‥」
 昨今勢いを増しているカオスの魔物の跳梁に、勇人も唇を噛み締めた。
「今回は神聖魔法白を使える者が二人もいるから、なんとかなるとは思うが‥‥ともかく油断せずにいこう」
 と、アリオス。気付いた事があったら、いつでも声を掛けるようナナルに言い含めて後、冒険者はいよいよ問題の村に入った。

 一行を温かく出迎えた村長や村人たちに事情を聞いたところ、今村の中で床に伏せっている者は数名。そのうち問題の7日間に満たない者が3人いたので、まずはその者たちから調べることになった。
 初めに『石の中の蝶』で探知。
 一軒目の家では蝶は羽ばたかなかったが、南北に隣接する残り二軒の家では指輪の中の蝶がしっかりと羽ばたいた。
 そこで、神聖魔法の使い手を中心にモニカ・勇人・アリオス組が北を、トシナミ・ファング・シルビア組が南の家に向かうことになった。残りの者はナナルの護衛だ。
「さて、カオスやデビルと対峙するのは久しぶりね。気を引き締めていきましょう」
 モニカはそう言って、巫女の護衛に当たる有里に指輪を一旦預けた。アリオスも聖なる釘を烈に預ける。彼らが魔物の相手をしている間に、別の魔物が巫女を狙ってきた時に備えての配慮だった。
 モニカとトシナミは家の傍までくると各自にレジストデビルを付与し、それぞれの目的の場所へと向かった。

 **

「勇人たちなら、大丈夫だと思うけど‥‥どうも落ち着かないわね」
 ナナルの傍でフォーリィがどこかそわそわするのを見て、リューズが声をかける。
「魔物退治が気になるフォーリィ殿の気持ちも察するが、奴らが巫女を狙ってこないとも限らぬゆえ、我らはここを守らねば」
「そうだな、魔物の中には小賢しく頭が回るのもいるようだしな」
 予め書物で知識を深めてきた烈も警戒を高めた。幾人かの村人が最近になって、見慣れない顔のシフールを度々見かけたことがあるという。尾の先端が矢尻の様になっていなかったかと尋ねてみたが、村人たちはそこまで詳しく見てはいなかった。
「ナナルさん、目は大丈夫? 疲れてない?」
 ふと、天界の医学に精通した有里が巫女に尋ねた。心配ないと答える巫女に笑顔で応えながらも有里は思う。環境さえ整っていれば、彼女の目を詳しく調べることが出来るのに――。
 ナナルの目は思った以上に見えていない。ただ、勘の良い彼女の身振り素振りに騙されて、皆が必要以上に事態を重く受け止められないだけなのだ。治療の遅れが、彼女の病気を悪化させないことを有里は切に願った。
「あ‥‥そうだ、ナナルぅ、最近琢磨の奴、お城に上がったりした?」
「琢磨? そういえば、最近会ってないな。あいつがどうかしたのか」
「えっ、いやいや、なんでもないっ!」
 巫女に心配をかけまいと、フォーリィは咄嗟に言葉を濁す。
 それにしても、近くにいるのが当たり前――と思っていた相手の安否が掴めない現実に、これほどまでに心を乱されるとは‥‥。
(ええいっ! 集中、集中ッ!!)
 両手でパンパンっと頬を叩いて気合を入れる仲間につられて、皆も一様に気を引き締めた。

●対決
「数1、デティクトアンデット、反応ありです」
「よっしゃ。確実に追い出してくれれば、後は俺たちの受け持ちだ。モニカ、頼むぜ」
 家の者は屋外に出されていたので、平屋の家の中には奥の部屋で寝ている若い女しかいなかった。
 だが、彼女に狙いを定めてモニカが詠唱に入った瞬間に、寝ていたはずの娘がムクっと起き上がる。
「きゃあ!」
 女は月明かりのようにほの明るい光の矢をモニカに放った。
「忌々しい奴らめ! 邪魔をするなっ」
「くそっ、魔物に操られたか!」
「なんだとぉ? 人の夢と命を喰い物にしてんじゃねぇぞ!」
 女に当身を喰らわせようと勇人が飛び出した瞬間に、魔物に取り付かれた女が唱えた真の闇が周囲を包んだ。

「あれは、いったいなんぢゃ!」
 南の家から出て来たトシナミが、北の家を包んでいる漆黒の闇を指差す。南の家の者は幸い魔物には憑依されてはいなかったようだ。
 やがて闇の中から寝巻姿の若い女が、身体を擦り傷だらけにしながら、地面に這うようにして出て来た。
「トシナミ! その女にレジストデビルを!!」
「ひょえ〜〜、了解ぢゃ!」
 やはり同じ闇の中から、家のあちこちに身体をぶつけてボロボロになった勇人とアリオスが息を切らしながら出てきた。モニカもそれに続いてフラフラと闇の宙から逃れ出る。
「悪しき者よ、汝が住まう闇へ帰れ――!」
 魔法で女の身体から追い出された霧の様な姿の魔物にファングのスマッシュEXが炸裂する。それに続いてアリオスとシルビアの矢が命中すると事切れた魔物は塵のように消え果た。
「自分に都合のいい展開ってのは余り信用しねぇようにしてるんだ。相手が悪かったな」
 勇人は倒れている娘を抱き起こし、モニカが応急手当とリカバーを施した。

 **

 魔物が消え去って後、石の中の蝶はまったく反応しなかったが、冒険者一行は用心を兼ねてそのまま村に一泊滞在した。が、実際には今回活躍したモニカとトシナミが、すっかり疲れてしまったこともあった。
 村の者でナナルのことを噂に高い巫女ではないかと疑う者もいたが、『竜の巫女様は王宮におられるはずだろ』と、体よく烈が誤魔化した。

「眠れないのか、ナナル。大丈夫か?」
 皆が寝静まった頃、ふと身体を起こしたナナルが、身じろぎもせずその場に座っているのに気づいた勇人が小さく声をかける。
「すまぬ、勇人‥‥起こしてしまったな」
「俺はかまわねえが」
「勇人、私は間違っていたのだろうか。カオスの穴を封印したことが、逆に魔物たちを煽ってしまったのだろうか‥‥」
「考えすぎです、ナナル殿」
 ふたりの会話に、リューズが加わる。
「カオスの穴を塞がなければ、世界は崩壊していたのです。ナナルが己を責める道理はない」
 リューズの言葉に頷くと、ナナルは再び横になった。

 小さな少女の肩に負わされた重みに、あらためて気づかされた。
 そんな彼女を少しでも励まそうと、翌日城に戻る道すがらアリオスはピクニックを提案し、暖かな陽だまりの中で仲間たちは昼食を取った。
 長くて険しい巫女の旅路の、ほんの束の間の休息であった。
 ちなみに、『夢を紡ぐもの』という魔物の獲物が同性愛者だった場合は、その嗜好に沿った理想の相手の姿を取るらしいと、KBCのジョゼフから報告が上がっている。