或る清らかなる娼女の願い

■ショートシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月18日〜08月23日

リプレイ公開日:2008年08月26日

●オープニング

 東西に広がるメイの国のほぼ中央に位置するティトル領はリザベのような分国ではないものの、ステライド領の一角であったその広大な地をティトル侯爵家が侯爵領として譲り受けたものである。
 その首都である港町ティトルは財力のある商人や貴族たちで賑わう豊かな都市で、酒場や劇場などの娯楽施設も揃っており、ごく一部ではあるが侯爵家公認の賭博場などもあった。
 公認の賭博場があるということは、当然ながら違法な店もある。それらはしばしば騎士団や自衛団の手で摘発されることもあったが、取り潰されるのはよほど悪質な場合に限っており、そうでない限りはいわば『持ちつ持たれつ』で、互いの利益を損なうことなく運営されていることがほとんどである。そうして、それらの賭博場のすぐそばには遊郭と呼ばれる、殿方が美しい女性たちと心おきなく酒を酌み交わし、一夜かぎりの夢を楽しむことができる特別な場所があった。 

「なあ、イザク。おまえ、聖女って知ってるか」
「聖女? なんだ、それは」
 娼楼が立ち並ぶ遊郭の裏通りの小さな酒場で、肌の白い男と黒の男が酒を酌み交わす。
「なんでも『聖女』って言葉自体は天界のものらしいんだけどよ、要するに心の清らかな、竜と精霊の守護を一身に受けてるような女のことを言うらしい」
「ふうん」
 肌の黒い男、つまりカオスニアンの用心棒イザクが興味なさげに返答すると、肌の白い用心棒がもっと話を聞けと言わんばかりに身を乗り出した。
「その『聖女』様とやらが、近頃できたばかりの娼楼にいるってすごい噂なんだぜ! 名前はペネロペと言って、歳はまだ二十歳にもならない小娘らしいんだが、それがもう、どっかのお姫様かと思うくらいに美人で気高くて、それでいてたおやかで清純で、毒々しい色香なんぞこれっぽっちもないらしい」
「だが、遊女なんだろ」
 イザクに話の腰を折られ、男はチッと舌打ちをしたが、目の前にあったワインを一口飲むとまたも懲りずに話の先を進める。
「でもよ、世間の汚れをまとっちまった俺たちみたいな男たちにしてみれば、一度でいいからその高貴なお姫様‥‥じゃなかった、聖女様とやらと、ひと時ゆるりと過ごしてみたくもなるだろうさ」
 そんなもんかね、という風に横目でイザク。
「まあ、俺ら用心棒は遊女が客を取ってる時が仕事の時。会うのは無理ってもんだよなぁ‥‥でも会ってみてえなあ」
「ちょいと。あんたにはあたいくらいがお似合いなんだよっ。ほら、これ飲んだら、油売ってないでとっとと店に帰りな!」
 酒場の女主人が呆れ顔で酒を注ぎ足すと、用心棒ふたりは肩をすくめて一気にそれを飲み干した。

 * *

 さて、その噂の美少女ペネロペであるが、天界人が彼女を『聖女』と呼んだのには別の理由もあった。
「もしあなたが過去になにか罪を犯しているなら、姫百合の丘の上にあるユタ様の教会に言って正直に告白なさい。でなければ大きな報いを受けますよ」
 彼女は客である男たちに、決まってこう言うそうだ。
 アトランティスには宗教はない。だが、天界からやってきた人々は宗教という文化を持っていて、その信念に従ってこの地に教会や社を建てた。ユタの教会というのもそれらの中のひとつだろう。そんなわけで、美少女の気を引くために男たちは教会とやらに足を運んだのだが、彼らはみな、たいそう幸せそうな顔で戻ってくるのだという。
 なにがあったか尋ねても彼らは一様に口を閉ざして語らなかったが、男たちがユタとペネロペに感謝しているのは事実だった。
 だが――――。
 そんな明るい噂とは裏腹に、その娼楼には暗い噂もあった。そこではたびたび人が行方不明になるらしい。
 正確には、その娼楼に立ち寄った客が朝になると忽然と姿を消しており、そのまま家にも職場にも戻らず、消息を絶ってしまうというものだった。
 もちろん娼楼に立ち寄る客には名うての海賊もいれば怪しげな闇商売人もいるので、そういう癖のある連中なら行方をくらましてもおかしくないのだが、つい先ごろ、とある貴族様が行方不明になるという事件が起きた。最後に立ち寄ったのがその娼楼で、相手をしたのは美少女ペネロペらしい。


「それで、その男爵の弟ってのが何人も家来を従えてやってきて、誘拐同然にペネロペを攫っていったのよ! ナンのカンのと言いがかりをつけてね。ええ、そりゃあ多少のお金は置いてったけど、あんなもんじゃ到底足らないわ。だって、あの子は店一番の稼ぎ頭なんですからねっ!!!」
 血相を変えて冒険者ギルドに怒鳴り込んで来たのは娼楼の女主人だ。
「男爵の弟は、ペネロペが兄になにかしたに違いないって!」
「なにかとは?」
「例えば、殺したとか‥‥闇商人に売っぱらったとか‥‥それはあの弟が勝手に想像してることなの! 貴族なんてとかく妄想好きなのよ!」
「はあ」
「でも証拠がないから捕まらない。『なら、おまえが知っていることを全て、私が吐かせてやる!』って‥‥ああ、あの子の綺麗な顔に傷でもつけられたら」
 と、女主人は気が気でない。
「とにかくお金は貴族に返すから、あの子を連れ戻して頂戴。話して分かる相手じゃなかったら、強行策もやむなしだわ。うちでひとり腕のたつ用心棒を雇うから、あとはそっちで揃えて頂戴。貴族様だろうがなんだろうが、やっていいことと悪いことがあるんですからね!」
 女主人はそう息巻くと、ギルドの役人に金を渡して帰っていった。ちなみにその用心棒とはカオスニアンのイザクらしい。

 それともうひとつ。
 その娼楼がある界隈で人がいなくなると、なぜか決まって山羊の姿が店の付近で見受けられた。
 賭博場があるような繁華街で山羊を飼う者などいるはずもなく、山羊たちはそのうちにどこかへ行ってしまったが、「魔物が取り付いて人が山羊になったのだ」「呪いの山羊に食われたのだ」などと、まことしやかな怪談話までが横行するようになったのも、見逃せない事実である。


■依頼内容:貴族のお屋敷に行って金を返し、ペネロペを引き取ること。依頼主は力ずくでも奪い返せと言っているが、殺傷沙汰はご法度である。あくまで慎重に、ペネロペとも話をさせてもらうなどし、状況が良くなるように取り計らうこと。
 ペネロペが無事でいることがわかれば、女主人も少しは安心するだろう。

・お屋敷には母屋と、母屋から離れたところに馬丁が住む小屋がある。
・母屋には主人とその家族と大勢の使用人たちが、小屋には馬の世話をする年老いた老夫婦と若い息子が暮らしている。

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●作戦会議
 ここはティトルの繁華街の裏通りにある小さな酒場。店を開けたばかりなので客はまだほとんど入っておらず、カウンターで突き出し用の小皿を洗う音が小さく聞こえているだけだったが、やにわにギィっと耳障りな音をたてて重い木の扉が開くと、店の隅のテーブルに腰掛けた冒険者たちの視線が一斉に入り口に集まった。

「イザクさん、お元気そうでなによりです!」
 待ち合わせの場所にやってきたカオスニアンの男を見るなり、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が嬉しそうに声を上げる。
 と、黒い肌の美しい男は少し驚いた顔をして、やがてそのキリリと引き締まった口元に小さな笑みを浮かべてみせた。
「久しぶり。こんな辺鄙な場所に呼び立てて悪いな」
「細かいことは気にしない、気にしない。それより、今回は琢磨の奴いないのね。いかにもKBCが食いつきそうな話なのに」
 イザクとは顔見知りのフォーリィ・クライト(eb0754)は隣に座れと、さっそく手招きをする。
(カオスニアンの中にもかなり美形‥‥なのがいるわけね)
 正面に座った客を珍しげにしげしげと眺める忌野貞子(eb3114)の横で長身のレインフォルス・フォルナード(ea7641)が一声を上げた。
「俺はレインフォルスだ。一緒に繁華街での聞き込みをやらせてもらう」
「承知した」
「俺はカオスニアンだろうが、俺たちを裏切らず、信頼に足る者ならば仲間として接するつもりだ。だが」
 風烈(ea1587)が厳しい目を向けると、イザクはまっすぐに烈を見つめ返して答えた。
「裏切らないと口で言うのは容易いが、判断するのはあんただ。俺は己が未熟だったせいで世界で一番大切な人を失った。俺は所詮気ままなカオスニアンだが、心の痛みくらいはわかるつもりだ」
「イザクさん‥‥」
 場が神妙な空気に包まれると、フォーリィが慌てて仕切り直す。
「まあ、ともかく始めましょ。まず調べるのは行方不明になった人について、性別とか身元とか性格とか仕事とか共通点に手掛かりあるかもしれないし」
「イザクが顔を出せない公認の賭博場や表通りの聞き込みは俺が当たろう。男爵邸ではできれば強攻策は避けて、ペネロペの身の安全を確保してほしい」
 レインフォルスの言葉に烈が頷く。
「後は行方不明者が出た後に出現する山羊についての調査ね。どんな感じで発見され、どんなふうにどっちの方へ消えていったか」
「例のユタとかいう奴の新興宗教の教会も予断は禁物‥‥ね。今回の依頼そのものは‥‥貴族からペネロペとかいう飯炊き女を取り返す事。でも教会の謎を解かないと‥‥きっとまた、同じことが起こるわ、ね」
「新興宗教ですか? うーん、よくはわかりませんが、教会へ懺悔という足を運ばせる目的でペネロペさんを宣伝に使っている者がいるような気がします。私は烈さんと共に男爵の館に出向いて、なんとしても彼女に会ってきますね」
 貞子の言葉を受けて、証拠を残そうとメモリーオーディオを手にしたベアトリーセが意気込みを見せ、次は烈がイザクに尋ねる。
「男爵の弟のこと、もう少し詳しくわからないか。なるべく有利にことを進めたい」
「そうだな、聞いた話だとめっぽう好奇心の強い男だそうだから、勲章をひけらかして冒険談でも聞かせてやれば、案外気を許してくるかもしれない」
「了解ですっ!」
「それじゃあ、みんなよろしく! また、あとでね!」
 フォーリィがテーブルに残っていたワインを飲み干すと、冒険者たちはそれぞれの場所に向かった。

●山羊の謎
「山羊が居座ってるんですか?」

 表通りの客の出入りが多そうな酒場を何件か回ったところで、レインフォルスは不思議な話を耳にした。
「追い出しても追い出しても、戻ってくるんだよ」
 開店前の店の掃除をしている男が指差す先は店の厨房に一番近い席で、そこに一頭の山羊が悠々と佇んでいる。
「いつもあの席なんだ。あそこは海賊仲間ではちょいと名の知れた大男がいつも好んで座る席なんだが、このところさっぱり見かけなくて。そしたら代わりに山羊が来るようになった。山羊に居座られても困るんだけど、殺すのも気がひけてね」
 レインフォルスが近づいて触ってみると、それはなんの変哲もないただの山羊だった。
 だが‥‥。
 気になった彼が山羊についての情報を集めてみると、これと似たような話が幾つか出てきた。
 夫が行方不明になった家に何度も山羊がやってくるとか、行方不明者の友人が山羊にしつこく付き纏われるなどだった。
 ちなみに今のところ娼楼絡みの行方不明者に、仕事や性格上の共通項は特に見あたらない。
 レインフォルスは入手した情報を大雑把に整理すると、イザクとの待ち合わせ場所に急いだ。

●教会
「まったく‥‥色に狂った助兵衛貴族の自業自得なんだけどねェ、クックック。所詮、ひとりの女を一途に愛する男なんて、それこそ甘い夢ね」
「貞子って、顔に似合わず面白いこと言うのね」
 なかなかの美人なのに、と思いながらフォーリィは小首を傾げてみせた。
 噂の教会がある丘の上にやってきたふたりは、まずは木陰に身を潜めつつ、教会の様子を観察する。外見上は変わったところもないようだ。
 やがて昼時になると数人の男たちが手に野菜や肉を持ってやって来た。みな明るい顔で微笑みあっている。
「どうせ遊郭からペネロペに唆された連中でしょ。何が幸せなんだか‥‥」
「懺悔しただけで、とても幸せな感じになるとは思えないんだけどな」
 怪訝な表情のフォーリィに貞子も頷く。
「それには教会に踏み込んで内情を探るのがいいんだけど‥‥今はまだ危険よ」
 そう呟いた直後に、ひとりの中年の男が水を汲みに井戸の方へ歩いてゆくので、貞子が先にたって男の後を追った。

「あのぉ‥‥」
「はい?」
「実は、ユタって人に面会したいんだけど」
「ユタ様は今はお留守ですが」
「娼楼のペネロペが罪を負わされて貴族の屋敷に囚われてるの。彼女の身の潔白を証明するためにもその人に会いたいのよ」
「ペネロペのことはみなも承知してます」
 男は急に真面目な顔になって答えた。
「ユタ様はたいそうお嘆きになられ、私たちもみなで祈りました。その貴族には近いうちに罰が下されることでしょう」
「罰‥‥ですって」
「ユタがそう言ったのね!」
 聞き込みの続きを貞子に任せると、フォーリィは急ぎ男爵邸へ向かった。
(ふう。いい情報が手に入ればいいんだけど‥‥長引くわね、この依頼)
 貞子は男からユタの容姿を聞き出すと、次に教会でみながなにをしているのかを尋ねた。
「会堂でユタ様から実りあるお話を頂いて、それぞれに個室でより深くユタ様と会話をいたします。あなたも興味があるならぜひいらして下さい」
 適当な返事を返してのち、これ以上は危険とみて貞子はひとまず教会を後にした。

●男爵邸
「ほんとにゴーレムに乗るのも楽ではありませんよ〜」
「なるほど〜それでもっと他にはないのかね、例えば砂漠の砦の話とか!」
 客間に通されたベアトリーセは、興味津津に笑顔を浮かべる男爵の弟にせがまれて延々冒険談を語り続けていたが、うしろに従者として控えている烈にも目配せして、そろりと本題に踏み込んだ。
「ところで、ペネロペは元気ですか。できれば一目会わせて頂きたいのですが」
「ああ、あの強情な小娘か。最低限の食事は与えておるから心配はない。だが、兄のことはなにも知らぬの一点張りだ! おまけに、私にまで‥‥!」
「なんですか」
「い、いや、なんでもないっ。金を返されたところであの娘は返さんからな!」

 ベアトリーセは後日また面白い話を聞かせると約束して、なんとかペネロペとの面会を許された。
 地下室の薄暗い部屋の床にその少女は座らされていた。
「娼楼の女将がたいそう心配していた。身体は大丈夫ですか」
 そう尋ねながら烈が石の中の蝶を見ると、変化はない。
「私は大丈夫です。でも男爵様のことは存じ上げません。どこへ行かれたのかも‥‥」
「教会へ行ったわけでもないですか?」
 ベアトリーセの問いに少女は悲しげに首を横に振る。
「教会へ行かれることはないでしょう。私が罪の告白を勧めると、『やましいことなどなにもない』と豪語され、ユタ様のことを愚弄されておられました」
「他になにか気づいたことはないかな。真犯人が見つかれば君はここを出られるし」
 とその時、石の中の蝶が微かに動いたが、地下室に変化はない。ベアトリーセにペネロペを任せて烈が階段を上がると、侍女が閉まっている客間の扉をドンドン叩いている。
「どうしたんですか!」
「中からヨハネス様の悲鳴が聞こえて!」
「でも、扉が開かないのです!」
 次の瞬間、扉がゆっくりと開いて男爵の弟が真っ青な顔で現れた。蝶の動きはすでに止まっている。
「魔物が現れたんじゃないのか? なにがあったか話してくれ」
 だが、弟ヨハネスは首を振る。
「なんでもない。あ‥‥あの娘を連れて帰ってくれ! 今すぐにだっ!!」

「烈、ちょっと来て! 早く!」
 ヨハネスに急かされ、地下室に下りようとした烈に仲間の声が届く。
「フォーリィ? それにレインフォルスも」
 男爵邸に現れた仲間に導かれて烈がたどり着いた先は、離れの馬丁が住む小屋だった。中を覗くと、老夫婦が床の上で事切れており、傍には若い山羊の姿があった。
「胸騒ぎがしたから、ちょっとばかし塀を乗り越えてみたら、いきなりこの惨状で」
「この山羊、老夫婦の息子かもしれん。確証はないが」
「なんだって?」
 思いがけないレインフォルスの言葉に、ふたりは沈黙するほかなかった。

 * *

 ベアトリーセに付き添われ、ペネロペは無事に女主人のもとへ返された。
 相変わらず男爵の行方は知れないままだったが、弟であるヨハネスはその件に関わることを避け、今は主を失ってしまった家の再興に力を尽くしているという。もちろん、娼楼へも二度と顔を見せなかった。
 例の教会については、ペネロペの勧め以外に男たちの口伝えもあってか、足しげく通うものが増えているらしい。
 それから今、男爵邸には若い雄山羊の他に、もう一頭雄の山羊がいるそうだ。なんでもヨハネスがそれらを快く迎え入れ、館の者に世話するように命じたのだと、侍女たちが不思議そうに話していたという。
 依頼を無事に終えた冒険者たちであったが、心はあまり晴れやかではない。そして、この事件にはまだ続きがあるように感じていた。