いつだって恋は盲目
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■ショートシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月05日〜12月10日
リプレイ公開日:2006年12月11日
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●オープニング
「これはこれは、お嬢様。お久しぶりでございます。暫く見ない間に、一段とお綺麗になられましたね」
男は頭に乗せていた自慢のシルクハット(天界謹製らしい)を取ると、男爵家のご令嬢に深く会釈をした後、こう言葉を掛けた。
「よく来て下さいました、ローディール卿! さ、こちらへ!」
品の良い紫色のカーペットが敷かれた客間に、どこかまだあどけなく澄んだ声が響き渡る。
見事な金髪を綺麗に結い上げたレディは、淡いピンク色のドレスの裾をはためかせながらその紳士に小走りに駆け寄ると、やおら彼の両手をギュッと握り締めた。
「ど‥‥どうしました? 私は逃げも隠れも致しませんよ?」
ローディール卿は、彼女の手を優しく包み返すと、穏やかな笑顔を浮かべてそう言った。
男爵令嬢は客間で給仕をしていた侍女を下がらせると、侍女が閉めた扉を用心深くまた自分で開き、長い廊下に誰もいないのを確かめてから、再び扉を閉めた。
「‥‥何やら‥‥仰々しいですね」
「これくらいで丁度良いのです。お父様のスパイがどこで私を見張っているか分りません」
「はい?」
不可解な言葉に目を丸くする紳士を他所に、男爵令嬢はソファの上に崩れるように座り込んだ。
「ああ‥‥ハロルドが来てくれて本当にほっとしました。この邸に出入りするもので、『あの方』を除いて、私が心から信頼出来る方はあなたしかいないんですもの‥‥」
「それは‥‥光栄に存じます」
ハロルド=ユイ=ローディールは、尋常ならぬ彼女の様子に不安を隠せないでいた。
「それで‥‥お父様とケンカでもなされたのですか? 私でよければ‥‥」
と、ハロルドが言い終わらぬうちに、男爵令嬢はわっと大声を上げて泣き出した。
「ああ! ハロルド‥‥お願いですっ、私を助けて!」
「ええ、勿論‥‥! 私に出来ることでしたら、如何様にも‥‥お嬢様」
その言葉を待っていたかのように、男爵令嬢は突然泣き止むと、再び彼の手をしっかり握って言葉を続けた。幸運に逃げられないようにしっかりと握って‥‥。
「実はね、ハロルド‥‥‥‥‥‥」
――話の概要はこうである。
半年ほど前。男爵家は一台の珍しい楽器を手に入れた。それはピアノと言って、幾枚も並べた板を指で叩くことで様々な音色の調べを奏でる不思議な楽器であった。
さて。楽器はあるがそれを上手く奏でるものが邸にはいない。方々の音楽家に尋ねた所、天界人の中にそのピアノに精通した者がいるという。
男爵は早速その天界人を呼び寄せて、愛娘のピアノの師として雇い入れた。
だが、この年若き天界人。音楽に通じる者だけあって、なかなかに神経が細やかでおまけに大層ルックスも良い。また大層な正直者で、勇気溢れる若者であった。
そんなわけで、この若い二人が恋に落ちるのに、さほどの時間は掛からなかった。
「だが、お二人の関係に気付いた男爵様は、これを良しとはお認めにならなかったのですね」
「ええ‥‥」
ハロルドの言葉に令嬢は項垂れる。
「貴方もご承知のように、私には家が決めた婚約者がおります。父は縁談に支障がでないよう、早々に彼をお払い箱になさったのです! 私は悔しいやら悲しいやらで……7日7晩母に泣いてすがりましたの」
「それで‥‥?」
「母に説得された父は、彼にある難題を出しました」
「難題‥‥ですか?」
「はい。その難題を見事解決すれば、私との交際を認めると仰せになったのです」
「それは良かったではありませんか」
「ち――っとも、良くありませんっっっ!」
男爵令嬢は、自分がいささか品の無い話し方をしたことに気付いて、顔を赤らめながら話を続けた。
「とにかく‥‥父が出した難題はこうです。『今メイの国が総力を挙げて探し求めている阿修羅の剣を持ち帰ること』」
「『阿修羅の剣』‥‥‥‥って、あの阿修羅の剣ですかっ?」
男爵令嬢は額にその細い眉を寄せて、深く頷いた。
「これはお父様の嫌がらせです。あの方が阿修羅の剣を持ち帰る日を待っていたら、私はシワだらけの婆さまになってしまいますわああああ〜〜っ」
そこまで語ると、再び声を荒げて男爵令嬢が泣き出した。
(やれやれ‥‥)
と、ハロルド=ユイ=ローディールはため息をつく。
使用人との情事は、政略結婚が罷り通る上流社会ではごくありふれた戯言だ。双方いちいち気にしていてはキリが無い。
「男爵様も、とんでもないお約束をされたものですね。でも、その若者も、諦めてすぐに街に戻ってまいりましょう。早々簡単に見つかる剣ならば、国王様が躍起になってお探しになられるはずはありませんからね」
令嬢は大きく左右に頭を振ると、そういって席を立とうとするハロルドの腕を両手でしっかと押さえ込んだ。
「ですから‥‥ハロルドに助けて頂きたいのです」
「‥‥」
「彼は一度交わした約束を違えることはありません。そういう方なのです。彼が伝説の剣を求めて街を離れたら最後、彼は剣を手にするまで私のもとに戻ることはありません」
「ということは‥‥」
「なんとしても、彼を捕まえるのです。ハロルド‥‥彼が冒険に出る前に!」
男爵家とローディール卿の真上に、今まさに暗雲が覆いかぶさろうとしていた――。
●リプレイ本文
●事前確認と準備もろもろ
「いいなぁ〜、あたしも阿修羅の剣を探してくれるよーな恋人欲しーい!」
猫っ毛気味の豪奢な金髪をツインテールにしたルシール・アッシュモア(eb9356)の声が、天井の高い空色の部屋中に響き渡る。
ここはハロルドことローディール卿の邸宅の中の一室。卿が前もって用意してくれていたピアノの先生の絵姿や名前、経歴などが記された資料を皆で回し見ているところである。
「それにしても、貴族のご令嬢との恋とは大変だな‥‥しみじみと思うよ。阿修羅の剣だって、そんなに簡単に見つかったら苦労ないし‥‥」
と、今後自分も冒険者の一人として、その『伝説の剣』に深く関わってゆくであろうことを思いつつ、スレイン・イルーザ(eb7880)が小さくため息を漏らす。
「ともかく、お二人の仲を取り持つには、まずは冷静且つ、決して諦めず、あらゆる方法を探る事が重要だと思います。先ほどローディール卿にお尋ねしたところ、、身分違いの二人が結ばれる為に必要な条件として、戦で功を立て勲章を授与された場合‥‥など、その栄誉によって周りの者が二人の仲を許し縁組がまとまる事もあるそうです。天界人はすでに騎士待遇扱いですから、もしかすると可能性があるのではないかと‥‥」
凛とした表情の中にも、どこか温かい人柄を感じさせるピアノの先生の絵姿を見つめながら、イレイズ・アーレイノース(ea5934)はそう提案した。
「‥‥でさ、聞くけど。その先生すっごい月魔法使うとか名うてのゴーレム乗りな訳? 違うよねえ。正直剣探索よか、ご令嬢のお父さんを感動させる歌や音楽作って心動かした方が早いかもって思うんだけどね」
ルシールが、目の前に並べられたお菓子を口いっぱいに頬張りながら自分の意見を述べると、それを横で聞いていたエル・ローレン(eb9535)も、なるほどと頷く。
「そうですね‥‥それらの説得を成功させ易くするために、まずは私から皆さんに提案があります」
イレイズの言葉に皆の視線が集まった。
「男爵様がスパイを放っているという事を逆手に取り、それを利用して噂を流すのです」
「噂〜?」
「はい。例えばウィルの国では、陛下に認められ爵位を賜った天界人が何人もいる事や、限られた者しか使えない精霊魔法も天界人ならばどの系統でも習得出来る事や、彼らがメイの国のゴーレム開発に積極的に加わっている事‥‥つまり、天界人は『国の重臣』に成り得る将来性を秘めている事を、わざと男爵の耳に届くようにがんがん噂で広めるのです」
「噂か〜それ、いいかも!」
ルシールの瞳がキラリと輝く。
「それはそうと‥‥先生がメイディアを離れてしまっては、せっかく噂を流しても無駄になってしまいますよね」
二人のやり取りを見ていたエル・カルデア(eb8542)が、心配げに割って入る。
「私は先生が保存食や、旅の道具を買う為に店に寄る筈と考え、まずチブール商会を訪れてみます」
「非常食とか、物資も必要だが重要なのは情報だ。私は酒場や冒険者ギルドなどを当たろう。闇雲に探したとしてもいかんからな。 その先生の性格も考えないと厳しいかもな」
と、スレインはエルに協力して、まずは先生の身柄確保に奔走する役を買って出た。エル・ローレンも彼らに倣った。
「各所で情報が得られない場合、用心のため、先生が遠くに行かない様に町の出入り口は見張った方がいいですね 」
「色々と大変だが、できることをするさ」
「一緒にギルドの依頼、がんばりましょう! 」
その時――エル・ローレンが笑顔で声を張り上げたと同時に、空色の部屋の大きな扉が開いて、ハロルドが姿を現した。
「なにやら作戦もまとまったようですね」
ハロルドの柔らかな声と優しい微笑みが、困難な依頼に緊張する一同の心を一瞬で和ませてゆく。
「それでは、ここいらで少し休憩を入れましょう。隣の部屋に簡単な食事を用意させました。お口に合うか分りませんが、どうぞお召し上がり下さい」
扉の向こうから微かに漂ってくる、美味しいそうな匂いに満面の笑みを浮かべる冒険者たちであった。
●先生の家を訪ねる〜偶然の出会い
明けて翌日の朝。エル・カルデアはハロルドと共に、メイディアの城や男爵の邸がある町の中心部から少し離れた通りに来ていた。
令嬢から入手した資料に間違いがなければ、ピアノの先生はこの通りに住んでいるはずだった。まずは当人の家から確かめてみようというわけだ。
「ピアノの先生に会う事が出来たなら、私は全身全霊で説得します 」
と、朝が早いにも関わらず、エル・カルデアは元気満々で意気込んでいた。
「さて‥‥上手くゆくと良いのですが‥‥」
ハロルドは辺りとキョロキョロと見回しながら、該当する番地を確認する。刹那、隣であっという声が上がったと思うと、ドスン――っ!と何かが倒れるような気配がして、ハロルドは思わず振り返った。
「痛たた‥‥っ」
「す‥‥すみませんっ! 大丈夫ですかっ‥‥お、お怪我はありませんかっ!」
慌てふためく若者の視線の先で、なんとエル・カルデアが路上に尻餅を着いている。どうやら誰かとぶつかった拍子に、バランスを崩してしまったらしい。
「エルさんっ?」
「あ‥‥‥‥私は大丈夫です」
エル・カルデアはゆっくりと起き上がると、丁寧に服についた汚れを叩きながら言った。
「こちらこそ、初めて来た通りだったので余所見をしながら歩いていたのです。怪我は有りませんので、どうぞご心配なく」
「急いでいた僕が悪いんです。本当にすみませんでした」
申し訳無さそうに、深く詫びる若者の姿を見て、ハロルドとエル・カルデアは思わず同時に声を上げる。
「あ、あなたは‥‥もしかして!」
「男爵様の処の、ピアノの先生では?」
「はい。そうですが‥‥‥‥」
偶然という事はしばしば起こるものだ。ハロルドたちは早々に難なくピアノの先生を見つけることが出来た。
早速、エル・カルデアが本題を切り出そうと言葉を切る。
「先生‥‥実は」
「実は、先生をお探ししていた処なのですよ。どうしても先生にピアノを習いたいと、然るご婦人に頼まれまして」
「?」
ハロルドの言葉に驚くエル・カルデアだったが、ハロルドは(ここは任せて)という風に片目をつぶってウインクしてみせた。
「そうですか‥‥でも、申し訳ありません。僕は暫く旅に出てしまうので、新たに生徒を持つわけにはゆきません」
「旅ですか?」
ハロルドはこれ幸いに、旅の行く先や日程やらをあれこれと聞き出した。
どうやら先生は、諸事を済ませた後の1週間後にメイディアを出るという。
ハロルドは礼儀正しく別れの挨拶をして、エル・カルデアの腕を引っ張って通りを離れた。
「どうして先生を捕まえないのですか! 説得するチャンスでしたのに!」
エル・カルデアは不満そうに言葉を荒げるが、ハロルドはいつもの調子で穏やかに答えた。
「お嬢様の言葉を思い出したのですよ。彼は約束を決して違えない――つまり――相当な頑固者ということです」
「?」
「そういう人物に、頭からああしろこうしろ‥‥と言うと、返って意固地になってしまう恐れもあります」
なるほどと、エル・カルデアも頷く。
「とにかく、彼は1週間は町に居る事が分りました。これは大きな収穫です。この時間を有効に使わない手はありません」
二人はにやりと微笑み合うと、足早に皆の元に駆け出すのであった――。
●冒険者の密かな企み
次の日の夜。とある貴族の館で開かれた舞踏会の中に、煌びやかな衣裳を身にまとったルシールの姿があった。勿論、ハロルドが同伴である。
「く〜〜っ! やっぱメイディアの社交場は一味違うわよね。礼服を用意しといて正解だったわ〜」
ルシールは満足げに辺りを見渡してから、早速作戦に取り掛かった。
「‥‥ですから、聞くも涙の物語なんですの」
ルシールは、周りに集まったご婦人方に、延々と『男爵令嬢とピアノの先生の悲恋話』を語り始めた‥‥。
父親に強引に仲を引き裂かれた男爵令嬢は、恋人を想い、毎夜月を見上げて泣いているという。
他人の色恋沙汰に興味が沸くのは、なにも下町の人間ばかりではない。
ルシールが語った話は、その夜のうちに社交界の噂話となって、メイディアのサロンというサロンに知れ渡った。
勿論――ルシールが、酒場でも同じ話をふれ回ったのは言うまでも無い。
●窓辺の密会〜危機一髪!
「さて。彼が上手くこちらの思惑に嵌まってくれれば良いのですが‥‥」
「絶対来るって! あたしが先生なら、好きな女性の姿を瞳に焼き付けてから旅立ちたいって思うし‥‥あの噂にはあれこれ尾ひれもついちゃって、ご令嬢は心労が祟ってやせ衰え‥‥なんてことになってるみたいだしね。恋人なら心配で堪らないはずだよ!」
心配するハロルドを他所に、ルシールは自信満々である。
ルシールが噂を振り撒いた次の夜から、打ち合わせ通り、男爵令嬢は毎夜テラスに出て月を見上げる芝居を打った。
噂を聞きつけた先生が、こっそり館の近辺に姿を現したところを取り押さえ、皆で説得しようと冒険者たちは毎夜張り込みを続けていた。
そうして、今夜が最後の夜となる。
時間通りに、男爵令嬢がテラスに姿を見せた。月明かりに照らされて、薄い紫色のドレスが闇の中にぼんやりと浮かび上がる。その刹那――。
「あ! 近くに誰かいます!」
バイブレーションセンサーと優良視力を使って、物陰から周囲を探索していたエル・カルデアが、小さく声を上げた。
「やったー!」
「ええ、先生に間違いありません‥‥あれ、でも‥‥他にも複数の気配が‥‥」
「複数?」
「もしや‥‥」
「ああっ! 先生が襲われていますっ」
暗くて他の者にはよく見えなかったが、優良視力を有するエル・カルデアには、先生の背後に迫った二人組みの男たちが大きな袋を取り出して、無理矢理先生をその中に押し込めようとする様が、はっきりと見て取れた。
「しまった‥‥!」
「助けにゆかねばっ‥‥」
町中に知れ渡った噂は、ピアノの先生はもとより男爵のスパイの耳にも当然入っており、彼らも同様に機を狙っていたに違いなかった。
先生を閉じ込めた袋を抱えて逃走しようとする暴漢たち。すると、
「アグラベイション発動!」
エル・カルデアの身体がブラウンの光に包まれたかと思うと、暴漢たちの動きが突如鈍る。
「このぉ〜誘拐犯め!」
「現行犯だぞっ」
続いてスレインとエル・ローレンの勇ましい声が闇に轟いた。
屈強な鎧騎士であるスレインの前には、暴漢たちも歯が立たない。
エル・ローレンの加勢もあり、瞬く間にスパイらは叩きのめされ、先生の身柄は無事確保された。
●恋の行方
さて。ぼこぼこにされた男爵のスパイたちは、ハロルドの計らいで速やかに解放された。男爵家の名に傷が付くのを避けるためである。
無事再会を果たした恋人たちはというと、互いの存在の大きさと深さを改めて思い知らされ、若者はもう二度と傍を離れない事を彼女に誓った。
(ご令嬢は後々の噂の通り、心労から本当にげっそりと痩せ細ってしまっていたのである)
当の男爵もまた、愛娘に対して自分がいささか子供じみた真似をしてしまったことを悔やんでおり、イレイズが裏で流した情報から天界人への認識を改め、若者の才能を顧みて、令嬢との交際を暫くそっと見守ることを決めたのであった。
「天界人であれば今後冒険者として、身を立てることも出来ますよ」
「ギルドを通じて、阿修羅の剣を探しに出ることも可能です」
エル・カルデアとイレイズは若者に進言してみたが、若者はきっぱりと首を振った。
「僕は、僕に出来ることから少しずつ始めたいと思います。剣を取るだけが国のためになるわけじゃない。僕は音楽を通して、この国の人たちに少しでも多く『生きる喜び』を感じて欲しいんです」
若者の言葉に男爵とハロルドが深く頷いた。
冒険者たちもまた、己の成すべき役割について深く感じ入るのであった――。