愛の記念は当店で!

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月10日〜02月15日

リプレイ公開日:2007年02月19日

●オープニング

「どーも。いつもお世話んなってます」
 その日、なんかちょっと憔悴した感じで冒険者ギルドにやってきたのは、18、9の青年であった。
「こんにちは。どのようなご用件でしょうか?」
 にこやかにペンを取った受付嬢に、青年、リュック・ラトゥールは、ほろ苦い笑みを浮かべた。
「実は‥‥」

 事の発端は、先刻。新たに入荷した商品の陳列が終わり、一息ついていた時のことだった。
「リューック!」
「お嬢さん、どうしたんです?」
 背後からの声は、リュックの勤め先、ブラン商会の一人娘シャルロット・ブラン。
「あら、陳列終わったのね。やっぱりこの時期は華やかね」
「ま、稼ぎ時ですしね」
 店内を見回すと、いつもより商品が多く、その内容も、なんというか‥‥‥若干キラキラしている。
 ブラン商会は、主に雑貨やアクセサリーを取扱う商店である。宝飾店ではないが、日用雑貨よりはちょっと高級。例えるならば、3ヶ月分の給金を握り締め決死の顔でやってくる男性はいないけど、お付き合い○周年の記念品をおねだりにやってくる女性はわりと頻繁。また、保存食を買いに来る冒険者はいないけど、貯めた小遣いを持って、きれいな焼き菓子を買いに来る女の子は時々、という感じ。
 そんな店にとって「ちょっとした贈り物」を交換するバレンタインデーは重要な行事。毎年この時期は、いつもより多め、華やかめに商品を揃えておくことになっている。品物の選択・目利きは主人夫妻の役目であり、その狙いは凡そ外れたことはない。
「でも、今年は父さんも母さんも居ないじゃない?」
 そう。例年、彼らが商品を揃え、また、客の相談に乗って相応しい商品をお勧めする。その確かなセンスが、ブラン商会の売りでもあった。しかし、今年はドレスタッドでどうしても外せない商談があるとかで、夫婦揃ってあっさり旅立ってしまったのだ。
「品を揃えたのは父さん達だからいいけど‥‥問題は接客よねぇ」
 きっぱり言われて、リュックは軽く凹んだ。自分でもよくわかっているから、尚更。
 リュックが、店員として不十分な訳ではない。むしろ、留守がちな主に変わってよく店を回している。商品陳列のセンスは悪くないし、普段はぞんざいだが、その気になればきちんとした言葉遣いもできる。それが分かっているから、主人夫妻もバレンタインデーを前に旅立つ事ができたのだ。それは、シャルロットも承知している。しかし、やはり彼らに及ばないものは及ばない。
「勿論私も手伝うけど、やっぱり、私達だけじゃどうしたって父さん達には敵わないわね? だから、違うところに力を入れようと思うのよ」
「違うところ?」
「ええ。ズバリ宣伝! よ」
「あー‥‥成程」
「父さんも母さんも、商人のわりにおっとりしてるっていうか‥‥品揃えも、接客も素敵だけど、宣伝には頓着しないじゃない?」
 良い品をそろえて、丁寧にお相手をすれば、お客は自然と増えるもの、というのが、彼らの持論である。それは間違いではないし、常連客も多いのだが。
「私、この店が好きよ。だから、もっと沢山の人に知って欲しいの。バレンタインは、格好の機会じゃなくて?」
「そうですね。お客さんが増えるに越したこたぁないし。で、どんな宣伝をするんです?」
 この問いに、シャルロットはにっこりと笑みを返した。
「すっごくいい案があるのよ!」
 きらきらと輝く瞳を見て、リュックは嫌な予感を覚えた。彼女がこういう顔をするときは、大抵ロクな目に逢わない。
「あのね、人を雇って、男装をしてもらおうと思うのよ」
「‥‥‥‥はい?」
「聖夜祭の時に、とってもとっても素敵だったでしょう?」
「はぁ‥‥‥‥そういやお嬢さん、やたら喜んでましたね」
「あれは、目を惹くわよ! でね、その方々に、うちの商品を身につけて、お店の宣伝をしてもらおうと思うの。素敵な人がつけてると、余計素敵に見えるでしょう?」
「だったら、普通の美青年を探したらいいじゃないですか‥‥」
「駄目よ。普通の美男より、男装の麗人の方がずうっと目立つもの。女の人が敢えて男の人の振りをするとね、唯の男の人より、ずっと男らしく見えるのよ! ‥‥あら、それなら女装も、似合う人がやったら素敵かも」
「いや、女装の似合う男なんてそう滅多にいるもんじゃ‥‥」
「そうだわ! 男女逆転カップルとかで街を歩いてもらったら素敵ねぇ」
 既にリュックの言葉は聞いていない。一人夢の世界へ旅立ってしまっている。リュックは、大きく息を吸い込んだ。
「お嬢さん!!」
「な、何よ」
 彼には珍しい大声に、やっと意識が現実に戻ってきたようだ。
「いいですか? 男装女装も、人が集まってこそ、でしょう? そんなの引き受けてくれる人、滅多にいるもんじゃありません。でも、宣伝に力を入れようって案は賛成です。俺が宣伝を手伝ってくれそうな人を募集してきますから‥‥それでいいですね?」
 シャルロットは、少し唇を尖らせて、反論を試みたが、上手い言葉が浮かばない。
「じゃ、その人たちがやってくれるって言ったら、やってもらっていいのね?」
 仕方が無いから、ちょっとだけ譲歩してみる。
「それは、構いません、けど‥‥結局つまり、お嬢さんが見たいだけでしょう?」
「あら、バレた?」
「バレバレです‥‥まったく。まぁ確かに宣伝効果はありそうですけどね。じゃあ、店を閉めたら人探しに行ってきます」
 行き先は、決まっている。こんな妙な依頼を受けてくれそうな人材の居る場所といったら、ひとつしかないのだから。

「‥‥とまぁ、こんな具合で」
 一通り話し終えたリュックは、軽く溜息をついた。
「ええと、つまりお店の宣伝をお手伝いすれば良いのですね?」
「はい。お願いします」
「あの、男装女装は条件に入れます?」
「いや‥‥‥『やってくれると嬉しいなー』くらいで書いておいてください」
 受付嬢が苦笑する。
「了解いたしました。募集出しておきますね」

●今回の参加者

 ea0346 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea4107 ラシュディア・バルトン(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2735 スズナ・シーナ(29歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ガブリエル・プリメーラ(ea1671)/ クリス・ラインハルト(ea2004

●リプレイ本文

『バレンタインデーの贈り物はブラン商会で♪』

「いい感じね」
「そうですね♪」
 紳士貴族に扮したガブリエルと、少年剣士風味のクリスが、羊皮紙を見上げ、肯き合う。飾り糸で縁飾った広告は、数ある貼紙の中で最も目立つ。加えて「幸あれ」「愛をあなたに」「諦めないで」「永遠を願って」「大丈夫、ブラン商会の依頼書だよ♪」など、1枚ずつ異なるメッサージュ入り。これらは、昨晩中にパトリアンナ・ケイジ(ea0346)が仕上げたもの。
「パトさんが夜なべをして、張り紙作ってくれたです」
 歌にでもなりそうなイイ話である。
「大丈夫〜‥、ってメッセージは、よく分からないですけど」
「彼は『分かる人には分かりますぞ』って」
 パロディは通じる人と通じない人がいる訳で。

 こちらブラン商会。
「ユリゼさん、エーディットさん、こんにちは! お2人が来て下さったってことは‥‥」
「今回、集った方々はパリでも有数の女装男装の達人なので、お客様大満足間違いなしなのです〜♪」
 エーディット・ブラウン(eb1460)の言葉に、シャルロットが歓声をあげる。
「‥‥これ、店の宣伝の依頼だよな? 殺伐とした依頼を受け続けていたから偶には、と思って来ただけなんだが‥‥」
 『あちらの方々』ミカエル・テルセーロ(ea1674)とラシュディア・バルトン(ea4107)は、不穏な単語に顔を引きつらせた。因みに、同じく男性のパトリアンナは、夜通しの作業を終え眠っている。
「僕も仲間にただのお手伝いだって言われて‥‥」
「その袋は着替えじゃないんですか〜?」
 スズナ・シーナ(eb2735)に指摘され、
「いえ、これはさっき、役立つって渡されて‥‥まさか」
 中身を確認し、カウンターに突っ伏した。
「役立つアイテムって‥」
 それはそれは可愛らしい、ブーツとファーマフラーと‥‥ワンピース。先刻の「がんばりなさいよ〜★」の真意を悟った瞬間であった。
「皆さんの衣装は私が用意することになっていたんですけど〜」
 エーディットが取り出したのは、大量の布。
「折角、パトリアンナさんとスズナさんがいらっしゃるし、作ってもらおうかと〜」
「あら〜お裁縫得意ですよ☆ はりきっちゃいます!」
「クリスさんとガブリエルさんの分は、作ってもらってあって〜もう宣伝に行かれてます♪ 私達も行きましょ」
 これも、仕事の速い男パトリアンナの夜仕事。

 エーディットとフィリッパ・オーギュスト(eb1004)は普段着で宣伝。ミカエルとラシュディアは絶賛現実逃避中。
「送り物用のカードを作ったらどうでしょう。良かったら、絵とか装飾文字とか書きますし」
「いいですね。羊皮紙用意します。そうだ、あのワ‥」
 ビク! ミカエルが全身で反応した。
「ワイン色の‥‥あの?」
「ワ、ワイン色の、ええ、はい、何でしょう?」
「‥‥あの、俺はワンピース着ろとか言いませんから‥‥」
 リュックの労わるような視線に、却ってミカエルは居た堪れなくなる。
「いえ‥‥でも『売り上げを上げる』お手伝いの仕事を受けたので‥‥ええ、やります、やってみせます!」
 何かが吹っ切れた漢は、とても清々しい顔をしていた。
「あははは‥‥いいんです。頑張りますよ‥‥」
 心は、どこか遠くへ旅立ってしまっていたけれど。
 一方、ラシュディアは隅で小さくなっていた。折った膝を腕で囲む『あの』座り方。
「うぅ‥‥女装なんて‥‥でも、どう考えても他に、魔術師兼考古学者の俺に商店に貢献できる方法なんてないし‥‥」
「ラシュディアさん?」
「うわっ‥‥ラテリカか」
「女装、嫌ですか?」
「嫌だ! ‥‥でもなぁ、依頼を受けてしまった以上仕事だから、仕方ない‥‥仕方ないんだ‥‥」
 語尾はちょっぴり涙色。
「大丈夫ですよ。ラテリカの旦那様も、ラシュディアさんの女装は素敵って言ってたです!」
 あ、あの男‥‥。止めの一言に、彼はがっくりと肩を落とした。

 11日。
「‥‥やぁ、シャルロット姫。また会えて嬉しいよ。君も会いたいって思ってくれたんだろう?」
 ユリゼ・ファルアート(ea3502)の微笑に、シャルロットはうっとりと頷いた。
「勿論です、私の王子様」
 白シャツ、ほっそりパンツにブーツ。胸もしっかり布で潰して、颯爽とした貴公子の出来上がり。少し開いた襟から覗くのは、形の良い鎖骨と、一押し商品銀のペンダント(1G/2人お揃いで)。
「ラテリカもお着替えしたですよー」
 ラテリカ・ラートベル(ea1641)は、白シャツに、茶のパンツ。
「あ、あの‥‥」
 続いてミカエル。
「へ、変じゃないですか?」
『‥‥‥‥‥‥‥』
 空気が凍ったというか、時間が止まったというか。
 俯けた顔は耳まで赤い。ふわふわの金髪を下ろし、裾の広がるワンピースを着た彼は、正真正銘女の子であった。
「な、何か‥‥‥男が明らかに自分より可愛いって‥‥複雑、ね」
 ラテリカとミカエルの衣装は、リュックとシャルロットの店番衣装予備のサイズを直し、アレンジを加えたもの。同じ金髪に似た衣装では、格差が余計はっきりして、シャルロットは軽く凹んだ。
「こちらも準備できましたよ〜♪」
 眼帯に海賊風衣装のエーディットと、ナイスミドル手前な貴族衣装&メイクのフィリッパ。
「さて、あと1人」
 ユリゼが、扉を開いた。
「出ておいで、可愛い人。君には、私の手伝いをして欲しいんだ」
「‥‥可愛いとか言うな頼むから」
 おずおずと出てきたラシュディアを見て、リュックは2度目の眩暈を覚えた。
「こっちは、もっと洒落になんねぇ‥‥」
 語尾が乱れてますリュックさん。それほど、女装の大本命様のビボーは破壊力抜群であった。
「はわ〜‥‥お二人ともよくお似合いです」
 キラキラと輝くラテリカの瞳。
 フリルが可愛らしい黒ドレス&ヘッドドレス(自前)。
「素敵なご趣味ですね☆ ご希望のウェイトレスも、明日には仕上げますよ〜」
「趣味じゃない、断じて趣味じゃないからなっ! 希望て何だ!!」
 どんなに叫んだ所で、化粧も含めそりゃーもーよぉく似合っている事実は、動かせないのだけれど。

 12日。
「春の陽光のような貴女の髪には、萌え出ずる喜びの‥‥」
 シャツにパンツ、サッシュ、バンダナ。銀髪の映える黒ずくめの衣装に、銀刺繍のマント、商品の仮面(30C/シンプルなラインが好評)。少年怪盗風にまとめたラテリカが、ひそやかな恋をメロディーに載せ、そっと若葉意匠の髪飾り(20C/気張らない贈り物に)をミカエルの髪に。
「新緑の瞳を想い描いて、そっと溜息をつく僕を、貴女は知らないだろうけど」

「贈り物は是非当店で〜。(ある意味)パリ一番の紳士淑女がお待ちしております♪」
 エーディットの海賊衣装が、そして、
「ママー、あのおうまさん、キラキラしてるー」
 店の脇に繋がれた、小物でどっさりと飾り付けられた馬達が、通行人の視線を集めている。
「馬の女装というのもいいでしょう?」
 パトリアンナは、今日はフリル満載エプロンで台所に立っている。焼き菓子の仕込み時に「やらせてください手伝わせてください」とやって来たのだ。
 ブラン商会の焼き菓子(5C/蜂蜜たっぷり)は、家政婦のマリーが毎朝、焼いてリボンで飾りつけた、評判の一品。‥‥が、パトリアンナの焼いた菓子を一口味見したマリーは、ガッ! と彼の襟首を掴み「ちょっとこれどうやったんですかこの歯ざわりは仄かな香りは、いいい、一体どうやってー!」と叫び、揺さぶり、弟子入り志願までしかけた所をリュックに止められた。彼女が辞めたら、シャルロットとリュックは明日から保存食生活である。
 彼女とて腕は達人級。でも彼はそれすら超越していた訳で。
「スペシャルな商品を焼いてもいいなら、すこしだけカマド、貸して頂けるとありがたいんですけど」
 マリーがすぐさま台所を明け渡したのは、言うまでも無い。

 店内の一角が、小さなサロンになっていた。レースのクロスの乗ったテーブルに、ユリゼが爽やかに女性客をエスコート。
「来てくれてありがとう。君の事を待っていたんだ」
「いえ‥‥昨日、声をかけて下さったから」
 女性客が、ポッと頬を染めた。
 ユリゼは、昨日の準備中「今は準備中だから、今度は中に来てほしいな」と目の合った女性達に窓から微笑みかけていたのである。
「何をお探しかな? 恋人へのプレゼントかい?」
「いえ、友達への‥‥」
「あ、あの‥‥お茶をお持ち、しました」
 蚊の鳴くような声に振り向くと、銀のトレイ(3G/某アンリさんとお揃い☆)を持った女の子。
「あら、可愛らしいウェイトレスさん」
 女性客が微笑む。
 ウェイターなんだけどな、とがっくりしつつ、ラシュディアはお茶を注ぐ。羞恥に手が震えて、カチカチ、と注ぎ口とカップとが音を立てた。
「そんなに緊張しなくていいよ」
 ユリゼが、そっとポットを取り上げ、お茶を注いだ。
「あ、りがとうござい‥ます」
 一礼して奥に下がると、ぐわぁぁっと頭を抱えた。耳まで赤い。
「素晴らしい。姿といい仕草といい声といい‥‥初々しさといい、どこから見ても完璧に女性ですね」
 フィリッパの大絶賛。
「こっちは、ものっっすごく恥ずかしいんだよっ!」
「私も、負けていられません」
「俺は負けたい‥‥」
 中途半端なオカマになってバレるのと、完全に女性だと思われるのでは、一体どちらがマシだろう、と遠くを見つめるラシュディアであった。

 13日。
 店の前で、ラテリカが歌う。
「細い腰を抱いて、小さな足を掬い上げて、貴女ごと盗んでしまえたら‥‥」
 恭しくミカエルの手を取り、金の腕輪(5G/大奮発してみては?)をはめる。
「悲しませるなら、諦めよう。ただ、待っている。貴女の瞳が、僕を映してくれる日を」

「何をお探しですか?」
 棚の前で迷っているらしい女性に、フィリッパが声をかける。
「香水を。何が良いかしら? あら貴方、素敵な香りね」
 茶が基調の落ち着いた衣装から香るのは、あまり馴染みのない、しかし心落着く香り。
「この香りでしたら、こちら(1G/大人な彼に)と、この香り袋(8C/爽やか柑橘系)です。でも、ご自身でしたら、こちらの壜(80C/麗しき薔薇)もお勧めです」
「そうねぇ‥あら‥‥?」
 じっと顔を見つめる女性に、フィリッパは困惑気味に微笑み返した。濃目に入れた目元の化粧と相まって、なかなか女心をくすぐる表情である。
「昨日、酒場に宣伝にいらした方よね? 私の職場なの」
 貴族と海賊の組み合わせに、禁断の友情が愛がどーのこーのと同僚と盛り上がっていたことは内緒。
「はい。覚えていて下さいましたか」
「海賊の方が『良かったら遊びに来て欲しいな』って言って下さったの。男装の女性だってすぐに分ったけど、目を見つめられてドキドキしてしまったわ」
「実は、その前日にも同じ刻限に窺ったのですよ」
「え‥‥? 一昨日は‥あ! あの大人しそうな女性が‥‥貴女?」
「はい。装いだけで随分変わるものでしょう?」
 驚く彼女に、胸元の花を差し出した。重ねた布がさらり、と揺れる。
「本当に来て下さったお礼に」

「っと、スズナさん、この商品並べんの手伝ってもらえます?」
「は〜い☆」
「重いですから気をつけて」
「大丈夫です‥よっと」
 宣伝効果と客同士の口コミで、今日は随分と客が多かった。
「すいません、やたら忙しくて」
「いえいえ〜。出来るところでお手伝いします。いつも酒場なんかのお手伝いをしていますので、これくらいではへこたれません☆」
 可愛くがっつぽーず。一応男装にも挑戦したのだが、どうにも空気が「お母さん」で断念。その代わり「こうみえても既婚者ですので」と、若い娘さん達の相談相手もしてみたり。これが中々の好評を博している。
「助かります。俺、お嬢さんと恋人の振りしろとか言われてんですけど‥‥」
 勿論、コレはエーディットの指令。『このお店で買い物をすれば、意中の人とこんな幸せな構図に』の見本らしい。でも恋人役は既に2組あるからいーじゃないか、というのがリュックの意見。ついでに、忙しくて手が回らない。
「でも、出来るだけ休憩してくださいね。気を張り詰めてばかりでは、良い接客や宣伝はできませんからね☆」

 14日。当日。
「さぁ、今日は最後ですね〜。うふふ〜皆さん素敵ですよ〜」
 必殺男装仕掛人は、今日も楽しそうだ。

「すごいっ! 美味いなぁこれ」
 試食用のパンに、少年の瞳が輝く。バラ形のパン(5C/パトリアンナ特製)。花芯にギュっと干果物が詰めてある。ほのかな香りは練りこんだ果汁。表面はつやつやとして、それでいてべたつかない。見た目も味も素晴らしい。
「バレンタイン期間限定商品です。お値段控えめ。他のお花の形もありますよ〜」
「これにするっ。3つ頂戴。父さんと母さんと妹の分!」
「きっと、お母さんも大喜びね☆」
 子持ちのスズナが、にっこりと笑った。

「その小さな手に、触れることを許して。白く細い指に、月影を‥‥」
 ミカエルの指に、そっと銀の指輪(80C/三日月の透かし彫入り)。
「最後にするから‥‥覚えていて。姿はなくても、想っているよ。朔の月のように」
 ラテリカが一歩、下がる。手と手が離れた瞬間、今度はミカエルが、ラテリカの手を取った。
 にっこりと微笑んで、頬に触れるか触れないかのキス。想いの通じた瞬間に、観客から拍手があがる。

 ユリゼが席を立ち、ウェイトレスの手を取った。飴色の瞳が微かに潤む。‥‥イロイロ泣きたくなったらしい。フラフラと奥に下がると、打ち合わせ通り白いドレスにお色直し。
「あれ? あのドレスなんかお嬢さんのに似てますね。聖夜祭の」
 エーディットが通りに向かって呼びかける。
「夕暮れはダンスタイムですよ〜。ささ、リュックさんとシャルロットさんも〜。いちゃいちゃ風味でどうぞ♪」
 ミカエルとラテリカ、ラシュディアとユリゼが踊り始める。一組、二組と通行人や客も加わって、小さなダンス会場に。
「ずっと見ていてくれたんだね‥‥キミの魅力に気付かなくてごめんよ」←某朴念仁へあてつけ
「とても優しいのが、嬉しくて‥‥少し寂しかったわ」←棒読み
「妹みたいに思っていたから。でも、本当はこんなに女性らしかったんだね」
(「ユ、ユリゼさんっ」)
 彼らの寸劇に、シャルロットは冷や汗でリュックを窺うも、
「‥‥妹? そんな設定でしたっけ?」
 この朴念仁が気付く訳ないのだった。

 店が閉まって日が暮れて。
 奥の部屋では、ミカエルとラシュディアが、全てを出し尽くして屍となっていた。
「お疲れさまです☆お茶をどうぞ〜」
 スズナのお茶の懐かしい香りに、少しだけ気力が戻ってくる。
「そういえば、リュックさんは贈り物しないんですか?」
 ミカエルに問われ、リュックは髪をかき上げた。
「‥‥あー、一応用意は。後で渡しますよ」
 お嬢さんは、今頃男装の麗人たちに囲まれご満悦だろうから。隣人愛の記念日に、お楽しみの邪魔をして怒られるのは、ちょっと勘弁だな、とリュックは小さく笑った。