【花宴の想い】マルクとフローラ

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月30日〜04月04日

リプレイ公開日:2007年04月09日

●オープニング

 容姿は、普通。性格は割と冷静で後ろ向きで無口。特技は‥‥特に思い付かないな。
 
 土手に寝転がり、空を行く雲を眺めながら、マルクは思考を進める。
 
 そんな自分に対して、フローラは。可愛らしくて、特に笑顔なんかもう本当に可愛くて、真っ直ぐに見るのが勿体無いようなああでも見ないのはもっと勿体無い。でも、時々する拗ねた顔とかも良いよなあ。本気で怒った顔は殆ど見たことないけど、きれいだろうな。いや怒らせたくはないけど。悲しい顔は、見てるこっちの方が悲しくなる‥‥気立てが良くて、優しいから、他人のことでも心から同情して、一緒に悲しんで、それで、相手はちょっと救われるんだ。すごいな。特技は、家事全般。時々貰う焼き菓子なんか、絶品だ。彼女の料理を毎日食べられたら、幸せだよな。

 そこまで考えて、彼は目を閉じた。細長い溜息が漏れる。

 とことん釣り合わないんだ。自分と彼女は。でも、子供の頃から好きで、好きで、本当に好きで。どんなに幼馴染のポールに邪魔されようと吊るされようと、大事に大事に想いを抱いて生きてきた。フローラは自分のものじゃなかったけど、他の誰のものでもなかったから、結構幸せだった。その点、自分以外の男を追い払ってそのくせ自身が告白する度胸は無かったポールには感謝してる。ずっと、このまま3人でいられれば良いと思っていた。
 それなのに‥‥現れた。『フローラの料理を毎日食べられる男』候補が。その男の情報は何も掴んでいない。ただ、フローラがお見合いをするらしい、という噂を聞いただけ。
 その話を聞いて、呆然としていた所に、ポールがやってきた。曰く、長年の想いを告白する決意をしたとのこと。適当に相槌を打っていたマルクに、ご丁寧に日時まで指定した。
『だからお前は、その時間は駄目だぞ』
『何が?』
『だーかーら! お前も告白するだろ。時間が被ったら面倒だろうが』
『何で僕もすることになってんだよ』
『へ? しないのかよ?』
『‥‥‥‥‥するけどさ』
 まさに買い言葉に売り言葉。だったら撤回すれば良いのだが、自信が無いからと言って、フローラがポール、もしくは見知らぬ男と結婚するのを、黙って見ている訳にも行かない。行く訳がない。
 場所は、向かいの爺さんに借りたさくらんぼ農園。日はポールと同じ。時間は夕暮れから夜にかけて。花見を楽しみながら、贈り物をして‥‥想いを伝える。一世一代の大勝負。
 ただ、客観的に見て、自分は明らかにフローラと釣り合っていない。花見をどうやって演出するか、何を贈るか、着て行くか、見当も付かない。天秤を少しでも水平に近づけるために‥‥

 彼は立ち上がると、服の埃を払い、冒険者ギルドに向かって歩き出した。
「そういや、2人で花見とか‥‥初めてだよなぁ。いっつも、3人だったし‥‥」
 少年時代は、終わってしまった。何となく物悲しくなって、マルクは足元の石を川に蹴り入れた。昔、そうして遊んでいたように。

●今回の参加者

 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9519 ロート・クロニクル(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1875 エイジ・シドリ(28歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

「そうだな‥‥彼女のどこが好きなんだ?」
 ウリエル・セグンド(ea1662)の質問。まずは話し合いから。
「ええと‥‥笑った顔とか、話し声とか。一緒にいると、嬉しくなれるとことか‥‥」
 ぽつぽつと、しかし途切れる事なく賛辞は続く。
「つまり、まるごとですね〜素敵です〜」
 きゃ〜、とエーディット・ブラウン(eb1460)が頬を押さえる。
「まぁ、そうかな。嫌なとこなんてないし。だから、釣合わないとも思うんだけど」
 ウリエルが首を傾げた。
「なんだ‥‥それ? 人を好きになる気持ちは‥‥条件が合う合わないで‥生まれるものじゃないだろ‥‥」
「そうそう。それに釣合う釣合わないなんてのは客観的なもので、意味がねぇ。主観的なもの‥‥つまり自分が相手をどれだけどのように想ってるかってのが大事だ。てことで、惚れた者の負けっつーか、ともかく、うちの場合は俺が先に負けたんで俺が尻に敷かれてる」
 ふっ、と遠い目のロート・クロニクル(ea9519)。
「つーかさ、うちは歳が離れてるし、それはある意味『つりあわない』部分なわけよ。けど俺は、俺の中に育った思いを、まず相手に伝えてぶつけないことには、苦しくてしょうがなかった‥‥お前もそうなんじゃねぇの?」
 マルクは、目を閉じた。黙って過ごしてきた、幾つもの春。出来たらずっと3人で、という気持ちに嘘はない。でも‥‥少しも、苦しくはなかったか? 自分には無理だと、押し込めてきた気持ちがなかったか?
 ウリエルが、マルクの胸を指差した。
「望みがないと思ったって‥‥等身大の自分で‥‥ここに‥今まで降り積もってきた素直な気持ちを‥‥全部ぶつける。それが最善だし、最高の告白だろう。‥‥俺はそうしたよ。釣合いも条件も‥‥かなり悪かったけど‥な」
 そして、彼は想いを成就させたのだろう。
「ま、こーいうことは頭使っててもラチがあかねぇ、体動かせ、ってな」
 ニッ、とロートが笑う。マルクはこくりと頷いた。

「いらっしゃいませ。今日はどんな御用ですか?」
 プレゼントはブラン商会で。店員のリュックが、見知った面々の来店に相好を崩した。
「大人の階段を登る、少年のお手伝いなのです〜」
 エーディットが簡単に説明すると、彼はほろ苦い笑みを浮かべた。
「幼馴染への、ですか。どっかで聞いたよーな話ですね。ま、応援させてもらいましょう」
 リュックが簡単に店の案内をするが、かなりの品数に、マルクは早くも目を回しかけている。
「えー‥っと‥」
「フローラさんはどんな方でしょう? マルクさんが選ぶ事が大事なんです。何故それにしたのか口にするだけで立派な告白ですよ」
「彼女の好みはわかるだろ? 装飾品はつける方か‥‥実用的なものを好むのか。何色が好きか‥‥そういうとこを思い出したら‥‥何年も見てたマルクだからこそ絞れると思うが」
 シェアト・レフロージュ(ea3869)とウリエルの助言で、何とか我に返った。
「飾りの類は、あんまり持ってない。けど、好きだと思う。同じのを、ずっと大切に使ってる」
 ぽつり、ぽつりと、思い出しながら語る。
「淡い色が好き、かな。季節の花なんかも、時々摘んで髪に飾ってたり」
 条件に合う物を、シェアトが見繕って並べていく。
「ウリエルさんは、どうですか? 誰よりも気持ちを大事にされるお二方ですけど‥‥」
「俺か? ‥‥俺の相手は結構装飾品とかつけるタイプだし、今は春だからな‥‥外につけていきたくなる‥‥シンプルで明るい色合いの花飾り‥‥とか?」
「そう‥‥花、がいいかも」
 並べられた飾りを、1つずつ吟味する。
「これにしようかな‥‥少し変わってるけど、よく似合いそう」
「ああ、それは最近仕入れた品で‥‥」
 リュックの解説に、リディエール・アンティロープ(eb5977)が頷いた。
「素敵ですね。こちらの紙で包んでは?」
 最近始めたジャパン品のコーナーから、薄紅の和紙を1枚。
「綺麗‥‥持って帰って、エイジさんに少し凝った包装にしてもらいましょう」

「ムード作りとかは‥‥した方がいいだろうな‥‥実は、よくわからないけど」
 ボソ、とウリエルが呟いた。
「2日後ですと、あの辺りの木が綺麗でしょうね」
「そうなると、ランタンはあそことここと‥‥」
 リディエールが、蕾の様子から花見に適した場所を見繕い、エイジ・シドリ(eb1875)が会場設営の計画を練る。
 残りの面子は、せっせと花びら集め。
「出来るだけ綺麗なものがいいが、とりあえずは量が必要だ。面倒だけど、明日も頼むな」
 何やら、ロートに計画があるらしい。昨日も掃除に来ていたようだ。
「それにしても、昨日より大分少ないな。他に、花集めてる奴でもいるのか?」
「これで‥‥ムードが作れるのか‥‥」
 ウリエルの呟き。結果は、当日見てのお楽しみ。

 綺麗に包装された箱を見つめる。本番は、明日。
「不安、ですか?」
 シェアトの言葉に、素直に頷く。
「はい。とても。‥‥やるべきは、真直ぐ伝えることだけ‥‥それは、解ったけど」
「好きになればなる程不安ですよね。自分には足りないものばかりなのにって。想いが通じた後だってずっと波の様に続いて」
 マルクは、少し驚いた。こんなに綺麗な人なのに。じっと見つめると、シェアトはふわりと微笑んだ。
「でも、大丈夫だよって言い合えるから幸せで‥‥」
「‥‥君の、相手は幸せだね。素敵な人なんだろうなぁ」
「はい、とても。‥‥一緒にいられることが、幸せで、でも時々、どうしようもなく不安で。素敵が詰まったフローラさんにも不安な部分があるかもしれません。貴方はどうしたいですか?」
「フローラが‥‥考えたこともなかったな。でも、彼女にもそれがあるなら、分け合いたい。大丈夫だって、言ってあげたいし、言って欲しいな。‥‥君達みたいに」
 くす、と笑ってみせると、シェアトが少し赤くなった。
「ありがとう。少し、気持ちに余裕が出てきたみたいだ」
 今までの関係が、変わっていく。不安なのは、自分だけではない。ポールも‥‥もしかしたら、フローラも。

「うふふ〜お似合いですよ〜男装の要領でやれば完璧なのです〜」
 色合いこそ普段と変わりないが、よれっとした作業着ではなく、ぱりっとした新しい服。エーディットに、店を何軒も引張り回されて調達したもの。髪も程よく整え、準備万端。
「いいですか〜告白に行く時に必要なのは、度胸とノリと少しの何かなのですよ〜」
 エーディット流告白の極意。‥‥実際に使ったことがあるのか、気になる所だ。

「さて、こんなものか」
 エイジが、辺りを見回した。日の暮れかけた農園。花見の中心となる場所には、淡い緑色の布を被せた毛皮の敷物、借り物の卓と椅子。小さな焚き火の準備。それらを照らすためのランタンは飾り付け、花を照らすためのものは隠すように設置。
「結果に興味はないが‥‥美少女の幸せの為には、想いを伝えておいた方がいいだろう」
 美少女は須く幸せであるべき、というのが、彼の信条である。
「寒さに耐えて咲く、健気な花です。マルクさんの想いにも春が訪れますように」
 仕上げに、リディエールが卓の中心に花を飾った。

「皆さん、始めまして、今晩は」
「これは、なかなか」
 エイジが頷いた。及第点、らしい。
「ようこそですよ〜こちらへどうぞ♪」
 シェアトが、持参した料理を、エーディットが、酒場で調達した飲み物を並べ、花宴の始まりである。始めは、ごく軽いお酒で乾杯。
「‥‥旨い‥‥」
 真っ先に料理に手をつけたウリエルが、ん、と頷いた。アスパラや空豆といった春野菜の煮込みと、果物の蜂蜜漬を使ったパイ。
「‥‥‥ん?」
 煮込みを口にしたマルクが、首をかしげる。
「お口に合いませんでしたか?」
 言葉とは裏腹に、シェアトはくすり、と笑った。
「いや、すごく美味しいけど‥‥この味‥‥フローラ?」
「昼過ぎにね、シェアトさんが、一緒に作ろうって誘ってくれたの。唯のお客さんじゃちょっと心苦しかったから、嬉しかったな」
「フローラさん、とってもお料理が上手なんですね。勉強になりましたし、楽しかったです」
 いつの間に。っていうか、どうやって知り合ったんだ、とか。それってポールの件の後だよな、それについて何か話を‥‥とか。色々聞きたい事が頭の中をぐるぐるして、でもどれも場に相応しくないような‥‥ああでもやっぱフローラは料理上手だ。
「とりあえず‥‥食べたらどうだ‥‥?」
 どさっと詰まれたパイを、ウリエルが幸せそうにつついている。
「沢山ありますから、遠慮しないで下さいね」
 そうしよう。今は、とりあえず楽しもう。果物ジュースをぐっと飲み干し、料理に取り掛かった。

 8人で始めた宴会であったが、いつの間にか1人、2人と席を立ち、気付くと、卓には半数しか残っていなかった。
「皆さん、花を見に行かれたようですね」
 ランタンは、広い農園の所々に設置してある。フローラを卓から離れたところへ誘導しやすくなるという、エイジの配慮だ。
「僕たちも、行こうか」
「そうね。お茶、ご馳走さまでした。美味しかったです」
 リディエールの淹れたハーブティーは、体を中からじんわりと暖めてくれている。
「私はここで火の番をしてますから〜いってらっしゃいですよ〜」

「お‥‥来たな」
 木陰から、ロートが様子を伺う。足元には、皆で集めた白い花びら。きっちり掃除をしておいたから、余計なものが舞う心配はなし。2人が予定の位置に立ったことを確認し、詠唱を始めた。

「綺麗‥‥昼も素敵だったけど、夜だと、また違うのね」
 ランタンは上手く枝に隠れるように設置されており、まるで木それ自体が発光しているように見える。でも、マルクにとっては、花よりも、微笑むフローラの方が綺麗で。
「フローラ、その‥‥」
 ぶわっ‥‥!
「きゃっ」
 言いかけた、その時。地面から吹き上げるような突風と、花吹雪。

 花を撒いた地面に向かって、ロートのストームが発動。
「うあっ‥‥ちょっと強かったか?」

「大丈夫?」
「え‥‥ええ。ありがとう」
「良かっ‥‥」
 言い掛けて、硬直した。無意識に、フローラの肩を抱いていた‥‥突風から、守るように。ごめん、といいかけて、口を噤んだ。ここで、それを言ってはいけない気がする。
「まぁ‥‥」
 フローラの歓声に、周囲を伺う。‥‥雪? 違う、これは‥‥。高く吹き上げられた花弁が、風を失って、はらはらと舞い落ちる。淡く照らされた暖かい白色が、フローラの髪に降り積もる。

「‥‥これがムード‥‥か」
 ぽむ、と手を打つウリエルに、
「がんばってください〜」
 下見までして見つけた、絶妙な覗きポイントから、楽し‥もとい心配そうに見守るエーディット。
「上手くいくと良いのですが」
 先ほどの、フローラの話を思い出すリディエール。
『私‥2人とも同じくらい好きで‥‥何も言い出せないでいたら、親が、今回のお話を持ってきたんです。どちらかなんて選べないから‥‥他の人と、お見合いするしかないのかなって‥‥』
 お見合いについて、マルクが席を離れた隙に、少し話を聞いていたのだった。
「どうか、皆さんの未来に幸福がありますように‥‥」

「よくやるよ、皆」
 狭い木陰に身を寄せ合う仲間達を、少し離れたところで、エイジが呆れ気味に伺っていた。

 2人の周囲を、淡い光が覆う。シェアトのムーンフィールド。
「‥‥ずっと、3人だったね」
「そうね」
「それでも、良いと思ってた‥‥でも、本当は、心の底では、ずっと、言いたくて、言えなくて‥‥」
 ぐ、と奥歯に力を込める。
「一生、傍に居て欲しい。好きだよ」
「‥‥」
「返事は、明日でいい」
 時と場所を告げる。それは、ポールと同じ時、違う場所。
「応えられると思った方に、来て欲しい。両方駄目なら‥‥どっちにも、来なくて良い」
 一歩下がって、桜色の包みを渡す。手折った桜桃の枝が、一節添えられたもの。
「この、白い花びらも良いけど‥‥こっちも、きっと似合うから」
 遥か東方の国ジャパンで春を告げる花、桜を、縮緬で形作った髪飾り。春の花のようなフローラに、持っていて欲しいと思ったから。
 どこからか、歌声。星読みの歌姫の、歌詞を載せないメロディーが、ただ、花と共に降り積もる。

 翌日、約束の場所に、桜の髪飾りをつけたフローラがやって来たのを見て、マルクは泣いた。情けないと思ったけれど、止まらなかった。
「来てくれて、ありがとう」
 フローラは、少し硬い表情で、そっとマルクの手を取った。
「‥‥すごく迷ったの。だって、3人でいた頃は、本当に楽しくて、2人とも、同じくらい大好きで。だから、そのままで居たかった。でも、それじゃ駄目なのね。思い出だけに縋っていたら、全部失ってしまうのね」
 細くて、白くて、少し荒れた手が、小さく震えている。
「失いたくないのなら、どちらかを選ばなきゃって思った。ポールもね、すごく‥‥すごく私のこと考えてくれてた。嬉しかった。色々考えて、考えれば考えるほど何も見えなくなって‥‥だから、考えるのを止めたの。そうしたら、足が、こちらへ向いたわ」
「うん」
「私、マルクが好きよ。‥‥でも、ポールも好きだわ。多分、これからも迷うと思う。それでも、いい?」
 もし、フローラが、不安だったら。先日の問いを、思い出す。
「いいよ。‥‥だって、それでも、今、来てくれてるんだから」
 言ってあげたい、言葉があった。
「大丈夫」
 真直ぐに、瞳を見つめる。
「いつか、僕だけ見てもらえるように、頑張るから」
 手を、強く握り返すと、フローラが微笑んだ。花のような、マルクの大好きな微笑み。
「よっ! おめでとさん」
 隠れて様子を伺っていたロートが、ガッとマルクの肩を抱いた。
「‥‥良かった‥な‥‥」
「美少女が幸せなら、何よりだ」
 他の面々も姿を現して、口々に彼らを祝福し、そのまま祝賀会に繰り出した。若い2人の未来が、幸せであるように。軽い酒と、美味しい料理を楽しんだ。勿論、費用はマルク持ち。

「つまり、これはガメて良いってことですね〜」
 エーディットが呟く。手にはワイン。「もし失敗したら、これで潰してやって下さい」と、こっそりリュックに持たされたものだ。潰れるまで飲んで、二日酔いに苦しみ抜いていると、失恋の事まで考える余裕が無くなるらしい。悲しい経験則だ。「必要無かったらそのまま貰ってくれ」とも。『大蛇』も振舞うつもりだったけれど、今の彼には必要ないだろう。
「使わずに済んで、良かったです〜」

「何の取り柄もない奴だけど‥‥」
「あら、マルクは立派な革職人さんじゃないの」
「唯の、工房の下っ端だよ」
「私、マルクの作ったもの、好きよ。何だか暖かい気がするの」
「‥‥ありがとう」
 フローラの為なら、いつだって、何だって作ろう。でも、次はとりあえず‥‥
「何か、お礼を作ろうかな」
 一緒に卓を囲む冒険者達に。愛しい人と歩み続ける未来をくれた、いくら感謝してもきしれない、大恩人なのだから。