【恐怖の大王】星降る夜の前哨戦

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:7人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月18日〜07月23日

リプレイ公開日:2007年07月22日

●オープニング

「洪水」 
 小さな杯。
「寒波」
 ポタリ、ポタリと注がれる、赤い液体。
「蟲」
 ジーザスの血に喩えられる『聖なるもの』。
「毒」
 徐々に器を満たし。
「暗殺」
 淵より、僅かに浮き上がる。
「大火」
 それは、堰を切る一瞬前。

 男は、満たされた杯を見つめる。口元には、冷ややかな笑み。
「これで、最後」
 器に残った一滴を、注ぐ。水面は、震え、それでも、なお堪えるように収束する。
「そう。しぶといんだよね、意外と」
 あの、壁に囲まれたイキモノたちも。くつくつ、と喉の奥から笑いが漏れる。
「でも、もうすぐだ」
 さほどの効果を上げないことも、未然に防がれたこともあった。しかし、度重なる事件、それによってもたらされた恐怖は、確実に、溜まってゆくのだ。心の底へ、澱のように。
「後は、突いてやればいい」
 カツン‥‥長い爪が音をたて、倒れた杯が床に転がる。零れた液体は、机を汚し、床を汚し、じわり、じわりと広がり続ける。
「さあ、行こうか」
 ペロリ、と濡れた指を舐め、呼びかけは、背後で蠢く者達に。 
「最後の一滴を落としに」
 白い指は鉛色に。背には、堕者の黒い翼。


 パリの、冒険者が集まる酒場。深夜とあって、客はまばらだ。
「大変だ!!」
 そこへ、衛兵が駆け込んできた。
「襲撃! 城壁の近くに大量のインプが‥‥仲間が応戦しているが、とても足りない!!」
 全力で走って来たらしく、男は、がくりと膝をついた。
「王宮へも伝令を飛ばした‥‥でも、ここの方が近い。数は20以上。一般人も襲われている!」


 ドアを、窓を叩き壊し、家を荒らし、人を引きずり出す。飛び交う悲鳴。眼下の光景に、彼は目を細めた。
「今は殺すな。後で役に立つ。火もまだだ」
 松明を見せびらかすように振り回すインプ達。その光景は、数日前の大火を思い起こさせ、人々をさらに追い詰める。
 溜まり続ける、恐怖。ぶつけるあてのない、不満。もし、誰かが方向を定めたら?
「どれほどの、流れになるだろうね?」
 星降る夜に浮かび上がる、白亜の宮殿。
 闇に姿を溶かしたデビルは、くつくつと、喉の奥で嗤い続けた。

●今回の参加者

 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb2321 ジェラルディン・ブラウン(27歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb2390 カラット・カーバンクル(26歳・♀・陰陽師・人間・ノルマン王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb6508 ポーラ・モンテクッコリ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb8942 柊 静夜(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

アウル・ファングオル(ea4465)/ マリー・アイヒベルガー(eb1894)/ リスティア・バルテス(ec1713

●リプレイ本文

 一閃。
 それは、恐怖に苛まれた人々を、絶望から救い上げる一条の陽光。
「滅びなさいっ」
 淡く白く光る大天使の槍。馬上より下される、戦乙女の鉄槌‥‥渾身の、スマッシュEX!

 冒険者達が駆け付けた時、そこは惨憺たる有様であった。逃げ惑う人々、見せ付けるように松明を振り回すインプ。堅く閉めた扉からは、怯えたすすり泣きが漏れ聞こえてくる。
「うわ‥一杯いる。まさか合体して大王インプになるんじゃないでしょうね?」
 ジェラルディン・ブラウン(eb2321)が、実に嫌そうに呟いた。目前で転んだ子供を抱き起こし、背に庇う。
「パリの平和を守る神の使途、戦乙女隊参上! 私達が居る限り悪魔の好きにはさせません!」
 ランタンを掲げ、堂々宣言。その横を、ケルピーに乗ったリリー・ストーム(ea9927)が駆け抜けた。
「ヴァルトラウテ、行きますわよっ!」
「インプに化けさせられた人間は、周囲に居ないわ」
 デティクトアンデッドを発動したポーラ・モンテクッコリ(eb6508)の言葉を受けて、リリーは槍を振るい、目に付いた敵に鉄槌を下す。インプの爪では、彼女の鎧には傷すら付けることが出来ず、デスハートンは、リスティアのかけたレジストデビルによって弾かれる。
 その斜め後ろを行くのは、ライラ・マグニフィセント(eb9243)。
「パリの街をこれ以上傷つけられてたまるものかね」
 スマッシュを繰り出し、インプを灰と化してゆく。
「どんな陰謀を持ってこようが、皆が力を集結すれば、跳ね返せるさ‥‥そうだな、イヴェット卿、シェアト姉!」
「木の陰に1匹、あちらの家の中で、2匹暴れているわ!」
 感覚を総動員して敵を感知し、ポーラが指示を飛ばす。それに応えて、漆黒の戦乙女は疾風の如く戦場を駆けた。

「がっんっばってっくださーいっ!!」
 ランタンを掲げエールを送る、カラット・カーバンクル(eb2390)。寄って来そうな敵はアグラベイションで鈍らせて、アウルに叩いてもらう。
「‥あたしあんまり戦闘向きじゃないんで‥‥あははは‥はぁ」
 フレイムエリベイションは失敗したが、その辺は気力でカバーなのだ。
「外にいる分くらいは、手早く片付けてしまいましょう」
 ミミクリー発動。アウルの腕が、宙を舞うインプに向かって伸ばされた。

 背後の喧騒に恐れを成したインプが、細い裏路地に逃げ込もうとした、その時。すっ‥、と深青色のマントに進路を塞がれた。
「逃がしません」
 柊静夜(eb8942)が、ダマスカスブレードを振り下ろす。そのシュライクは、月の様に美しい曲線。背中から倒れこんだデビルが自棄のように繰り出した爪を、鉄扇で受ける。弾き返して止めを刺し、瞬時に次の敵を定めて走り出す。曲刀に、流星の光を映して。

 松明を持って空中を飛び回る敵を、リディエール・アンティロープ(eb5977)がウォーターボムで追撃する。水滴が雨のように飛び散り、火種を潰した。羽の付け根を襲われ、撃たれた羽虫のように墜落したところを、前衛組が叩いてゆく。
「しかし、数が多いですね」
 呟いたところに、衛兵が駆け付けた。呼びかけながら駆け付けたのが功を奏したようだ。魔法武器を持たない彼らには、怪我人の運搬を頼んだ。

 目に付いた敵を粗方片付けたのを見て取ると、リリーはケルピーを降りて戦乙女の剣を抜き、窓を壊された家に飛び込んだ。
「お止めなさいっ」
 隅で震える住人を尻目に、インプが部屋を荒らしている。飛び掛ってきた爪を、ブリトヴェンで受け、カウンターアタック。重症に呻いている所に、剣を振り下ろした。
「もう大丈夫よ」
 住人は、一人暮らしの青年。先程までの雄々しい戦い振りとは一変、柔らかい仕種で振り返る女戦士。その優しい微笑と魅惑的な香りに、頭がぼうっとする。
「広場の中央まで向かいなさい」
「はいっ‥あ、ありがとうございました」

「頑張ったわね。もう、殆ど討ち取られたわ」
 ポーラが外から語りかけると、啜り泣きが止み、扉が細く開いた。
「ほ、本当?」
「ええ。怪我は無い?」
「あ‥‥ドア、外から開けられそうになって‥‥必死で押さえてたら‥‥」
 両腕が擦れて、大きな擦り傷になっている。ポーラは、ピュアリファイで傷口を浄化し、リカバーをかけた。
「凄い‥ありがとう」
「どういたしまして。さあ、念の為、一度広場に避難しましょう」

 衛兵と協力し、カラット達は周辺の住人を少し開けた場所まで誘導した。ここなら安心だと伝えると、みな崩れ落ちるように座り込んだ。怪我人の様子を確認し、リディエールが薬草を処方し、ジェラルディンが応急処置とリカバーを施した。
「みんな、よく頑張りました! もう大丈夫だから‥‥落ち着くまで一緒に居てくださいね」
 カラットは、ふわりと微笑んで辺りを見回した。しかし、念の為リヴィールエネミーを発動させ、息を呑んだ。多くはないが、青い光がいくつか。慌ててミラーオブトルースを試みるが、デビルでなないようだ。
 なぜ‥‥? そう思っていると、光を発していた1人が、盛大に泣き出した。まだ、10に満たない子供である。その瞬間、理解した。
「怖かったですよね‥‥」
 駆け寄って、ぎゅっと抱きしめる。
「でも、もう大丈夫だから。みんなみんな、頑張ってるから」
 当たり前だった日常が、目の前で壊されてゆく。疲れるのだ。恐ろしいのだ。どうしようもなく。自分の境遇を、周りを取り巻く全てを、憎まなければ心の均衡が保てないほどに。どうすれば、一番良いのかわからないけれど‥‥
「きっと良くなるから‥‥信じて。信じてくださいね」
 ただ、泣き叫ぶ子供を抱きしめた。
 その様子を見たジェラルディンが、すっと立ち上がり、俯く人々に語りかけた。
「神を信じるのです」
 顔を上げた一人一人と、視線を交わす。
「さすればきっと神は応えてくれるでしょう。その証拠に私たちを遣わされました」
「あ、あんた達は?」
「私たちは、パリの平和を守る神の使途、戦乙女戦隊!」
 堂々と吐くほど、嘘はばれないものである。『嘘も方便』はセーラ様の教え‥‥というのがジェラルディンの説。
「戦乙女‥‥」
 呆然と呟き、思い出す。ケルピーに跨り先頭を駆けていった後姿。夜の湖のように静かにすべらかに、確実に悪魔を屠っていった剣。黒い旋風の如く翻るマントと、天使の加護のような白い羽飾り。そして‥‥
「こちらをどうぞ」
 差し出された器を受け取る。温かい。
「ハーブティーです。少しでも、気持ちが休まればと」
 銀の髪が、ランタンに照らされて柔らかな色を帯びている。淡い光では顔ははっきりとは見えないが、青い瞳が、真直ぐこちらの目を見つめているのが分かる。
「ありがとう」
「何か不安があったら、おっしゃってくださいね。出来ることなら、お力になりますから」
「ああ。‥‥戦乙女、か。成程」
 ある時は凛々しく、ある時は優しく。そして常に美しい。
 男の呟きに首を傾げつつも、リディエールは次の茶の準備に取り掛かった。

 暫くして、ライラとポーラが家に籠城していた住民を連れて、広場に駆けつけた。
「インプは殆ど片付いたよ。今、静夜殿とリリー殿、リスティア殿が最後の確認をしているのさね」
 互いに状況を説明していると、リリーが現れた。
「もう大丈夫ですわ」
「そうか。お疲れ様だったのだね。帰りに一杯奢ろう。そういう約束だったしね」
「そうですわね。先刻からそれが楽しみで‥‥」
 言い終わらないうちに、ライラが剣を振り下ろした。
「な、何をなさいますの!?」
 辛くも受けたリリーの顔に、動揺が走る。
「リリー殿とは、先程一緒に飲んでいたのさね。もう十分だと、帰りかけた所だったのだよ」
「ふっ‥‥成程ね」
 リリーにはあるまじき、歪んだ微笑。ライラの剣を弾き返して後ずさる。
「‥大王インプ?」
 ジェラルディンが呟いた。白い鎧は鉛色の膚に、背には蝙蝠の翼。インプを大型にしたような姿。それが、全身に炎を纏って上空に浮かび上がり、集まった人々を轟然と見下した。
「小賢しい手を使うんだね」
「神の使途たる私達の前には、いかなる邪悪な偽りも通用しないのです!」
 ジェラルディンが見栄を切る。その堂々たる様子に、周囲は少し落ち着きを取り戻したが、本人は内心汗だくである。
「あれは、何ですの!?」
 そこへ、リリーと静夜、リスティアが駆けつけた。
「あちらが本物ね」
 ポーラがデティクトアンデットを発動した。
「思ったより、速かったね。もうちょっとくらい、苦戦させてあげられると思ったんだけど」
 くすくす、と笑みを漏らす。手下を全て掃討されたにも関わらず、である。その余裕が、薄気味悪い。
「良いんだよ。あんなの、いくらでも替えがいるしね」
「嘘だわ。では、なぜ今回全て連れて来なかったの? ご覧の通り、襲撃は失敗に終わったわ」
 ポーラが、一歩踏み出した。
「だって、別に失敗しても良かったし‥ねぇ、君達」
 問いかけた先は、怯える民衆。
「怖かっただろ? 痛かっただろ? 苦しかっただろう? 傷を治したところで、その記憶が消える訳じゃないよね。僕にはね、その恐怖がたまらなく心地良いんだ。ウィリアム3世は、素晴しい君主だね」
「何が言いたいのよ!?」
 リスティアが、キッと睨み付ける。
「だって、隙だらけだもの。こんなに、デビルにとって付け込みやすい国、そうそう無いね」
 くい、と顎を向けた先には、国の象徴、コンコルド城。
「この8ヶ月間、いつだって後手に回り続けてきただろう? 人も沢山死んだよねぇ。ああ、本当に愉快だったな。今の王が玉座にある限‥‥」
 ―‥‥キィン。
 銀の光が、言葉を遮った。デビルの頬を掠めたそれは、弧を描いて石畳の隙間に刺さる‥‥小さな、銀のナイフ。
「密偵を名乗る割には、お喋りさんですね」
「何者?」
 それを投げた人物は、声からして男。しかし、他は闇色のフードに遮られて分からない。
「名乗る程の者ではありませんよ、地獄の密偵ネルガル。アガリアレプトは地獄の秘密情報機関の首領だそうですから、その使いっ走りとしては、相応しい人選ですね」
 くす、と笑った気配に、カラットは何か引っかかるものを感じた。
「‥‥使いっ走り?」
「だってあなた、下級デビルでしょう?」
 プライドを傷つけられたらしく、デビルの口元が歪んだ。
「この8ヶ月、あなた方にとっては、予想外の連続だったでしょう? 今頃のノルマンは、近隣の村は荒れ果て、パリは蟲に蹂躙され燃やし尽くされ、騎士団長を亡くし‥‥まぁ、散々な有様になっている筈だったのですから」
「‥‥あ」
 アウルが、小さく声を挙げた。大きくはなく、しかし滔々と言葉を継いでも聞き取り難くはない、この声、話し方。‥‥知っている。
「実際はどうです? 確かに、今まで小さくはない被害が出ました。それは、悔むべき事です。しかし、あなた方の想定よりは、遥かに小さかったでしょう?」
 その言葉の後を、リディエールが継いだ。
「それに‥‥あなた方デビルが踏みつけた人々は、己の力で立ち上がっています。助け合い、励ましあい、壊されたものを、少しずつ積み直しているのです。その過程には、陛下と、陛下が差し向けたブランシュ騎士団の力がありました。王も城に閉籠もっている訳ではありません。民の為に手を尽くしているのです」
 その言葉は、敵と、それ以上に、背後で震える民衆に向かって。決して見捨てられはしないのだと、分かって貰うために。
「それに! パリには冒険者が、そして私達戦乙女隊がいるのです!! 戦乙女隊は、必ずや悪魔の群を滅ぼしてパリの平和を取り戻します」
 ジェラルディンも負けじと叫んだ。張り詰めた空気が、流れる。そこへ、もう1人、フードの者が現れ、男の耳元で何かを囁いた。男は、軽く頷くとネルガルに向き直る。
「‥‥さて、もうすぐここに、衛兵だけでなくブランシュ騎士団員が多数駆けつけます。そして、あなたもご覧になった通り、戦闘も回復も出来る方々が既にいらっしゃいます。‥‥どうしますか?」
「フン‥‥元から、今日は小手調べだよ。本番は、こんなものじゃないさ。それに、あんた達がここにいる数十人を説得したところで、何も変わらない」
 デビル襲撃の報は、明日にはパリ中に響き渡り、その事実だけで、十分人々の心に影を落とすだろう。そう言い捨てると、ネルガルはその姿を闇に溶かした。
「‥‥去ったようね」
 ポーラの呟きに被せるように、
 ――コケーッ!!
 カラットの鶏が、甲高く一声。
「ぴよさんは、相変わらずお元気ですね」
 関心したように、フードの男。
「‥‥あ!」
 その言葉に、カラットが目を見張る。
「あなた、フェ‥‥」
 言いかけたところを、手を上げて遮り、袋を手渡した。
「リカバーポーションとソルフの実です。有効に使って下さい。余った分は差し上げます。私は所用で行かねばなりませんが、後から騎士団員がやって来ます。この場の事はあなた方の方がお詳しいですから、彼らに指示を出して頂けますか?」
 言うだけ言うと、フードの二人連れはその場を離れた。
 その後、途中になっていた怪我人の治療を再開し、騎士団員と協力して、人々を家まで送り届けた。家を荒された人は、近所で宿を借りたり、国の施設に泊まることにし、とりあえず、その晩は騎士団員が警護を固め、他は休むことになった。
『もう大丈夫ですよ』
 すすり泣く子供を抱き上げ、静夜がイギリス語で優しく語りかける。言葉は通じなくとも、込められた気持ちは通じるのだろうか。静夜の腕の中、安心したように眠りに就いた。

「私は、今から王宮に報告に上がります。あなたは、夜が明けたら、先程話した依頼をギルドへ出しに行って下さい」
「了解」
 フードの男が2人、裏通りを足早に通り過ぎた。

 翌日からは、再度の襲撃への警戒も兼ねて、冒険者達は再び現場に集まり、荒された家の修理や片付けを手伝った。

「貴女がたには悪魔と戦う力はないかもしれませんが、甘言に耳を貸さない強い意思を持つことは出来るはず。誰が‥何が悪いのか、周りに流されるのではなく、自分の力で考えて下さい」
 深く悩んでいる様子の人々に、リディエールが柔らかい声で、しかしはっきりと告げる。
「自分‥‥で?」
「そうです」
 昨夜の出来事は、御伽噺の一場面のようだった。颯爽と現れて敵を倒し、傷を癒してくれた乙女達。しかし、その前の恐怖も、傷の痛みも生々しく蘇ってくる。
「不安だったら、私達はいつでも力になるわ」
 ジェラルディンが、そっと青年の手を取った。昨夜、淡く光って、自分の怪我を塞いでくれた手だ。

『今の所、不満が爆発しそうな人は居ませんが、暫くは注意が必要ですね』
 静夜の言葉を受けて、皆が頷いた。
 
 襲撃は失敗に終わり、今の所暴動の気配はない。前哨戦は、こちらの勝利と言えるだろう。
 しかし、油断は許されない。ひたひたと近づいてくる、パリ全体を覆う不穏な空気を、誰もが肌で感じていた。