腐ったヲトメの方程式
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■ショートシナリオ
担当:紡木
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月20日〜08月25日
リプレイ公開日:2007年08月29日
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●オープニング
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―ザザ‥ン‥‥ザザ‥‥ン‥‥‥
夜の帳を、細く細く切り裂いたような、月。
その淡い光を受けたかの人の髪は、金紡。海風に乗りふわりと漂う。
海と空と月と‥‥夜。
岬の果て、全てを背に立つその姿は、月影に縁取られて微かに発光しているようですらある。
‥‥‥天使。
唐突に浮かんだ言葉を、かき消さんとこうべを振った。
知っている筈だ。
その手がいかに白くとも、裏返せば、固い皮に覆われた戦士の手であるということ。―その手が操る曲刀が、いかに多くの同胞を屠ってきたかということ。
その白い肌が、数多の返り血に濡れていること。
その赤い瞳が、敵の命の終焉に、何の感慨も示さぬこと。
それなのに‥‥
「明日だ」
たった一言。その一言に、潮騒が遠のく。全身に震えが走る。
「明日、仲間の船が迎えに来る。‥‥捕まえて、牢に放り込んでおくなら、今のうちだよ、伯爵様?」
『伯爵様』。そうだ。自分は、この港を含む領地を預る身。西の都におわす、国王陛下に忠誠を誓う者。
「偉大なる国王陛下の領海に仇なす海賊の首領、のさばらせておくのは、都合が悪いのではないかな?」
からかうような声音。表情は、陰となって見えない。
「今、私1人暴れた所で、そなたを捕える事など、出来まい‥‥1人で来るなど‥‥迂闊だった」
それが言訳であることは、誰より自分が知っていた。
「ま、そうだけどね」
惹かれたのだ、どうしようもなく。何者にも捕えられぬ、その奔放な魂に。何より自由を愛し、海と空の間を駆ける、その姿に。‥‥いつしか、憧れ以上の気持ちを抱く程に。
初めてまみえたのは、まだ10代‥‥伯爵家の跡継ぎとして、子爵を名乗っていた時分。それから20年、見る間に年を取ってゆく己とは違い、そのエルフの男は若いまま。まるで、自分は時間からも自由であると言わんばかりに‥‥
「まだまだ、長い付き合いになりそうだ」
横をすり抜け、悠々と去ってゆく後姿。金紡の髪に載せられた三角帽子が、どうにもならぬ彼との距離を嗤っていた。
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「もうっ‥‥もう無理です! 助けて下さい!!」
冒険者ギルドにて。男性が、カウンターに突っ伏して涙ながらに訴えている。何かしらに困っている人が集まる場所であるから、感情的な依頼人は珍しくない。ただ、8月も半ばを過ぎようとしている時期であるので‥‥非常に、暑苦しい。騒いでいるのが、腹の出た中年男とあれば、尚更だ。
「あ、あんな‥‥あんなセーラ様の教えに背くような‥‥」
脂汗を浮かべて、ぶるぶると震えている。
(「ああ‥暑い‥‥暑苦しい」)
心の中で愚痴りながらも、そこは玄人の受付嬢。そんな気配はちらりとも見せず、真摯な態度で話を聞いた。
彼の名前は、エジット・デコス。酒場『蜜蜂亭』の店主である。
『蜜蜂亭』では、若い女性を10人、給仕として雇っている。何でも、その中の1人が、奇妙な趣味に目覚めてしまったというのだ。
「その‥‥彼女は、昔バードを目指していた時期があるとか何とかで‥‥」
話を作る事が上手く、また読み書きの心得もあるという。
「も、元々、仕事が終わった後に、仕事仲間に、自分が作った話なんかを話していたんですが」
あくまで慰み程度。仲間も大して熱心に聴いてはいなかったのだという。しかし、それが変わったのは、今年の3月頃。終業後の一時を、皆して待ちわびるようになったらしい。
「妙に楽しみにしていたから、どんな話なのか聞いたんですが、皆にやにや笑うばかりで‥‥」
気にはなったが、女性の着替え部屋に聞き耳立てるような真似はするまいと、放っておいたのだという。しかし、つい最近のこと。
「彼女が書いた原稿を‥‥その、拾ってしまいまして‥‥」
勝手に読むのは気が引けたが、やはりずっと気になっていたこともあり、誘惑に負けて、目を通してしまったのだという。そして、その驚愕の内容を知るに至った。
「お、お、お‥‥男同士のっ! しかも異種族の、こ、こ、こ、ここここ‥‥恋物語などっ。セーラ様の教えに反しています!」
あああああ‥‥と頭を抱えた。残り少ない髪の毛が、汗にまみれてぐしゃぐしゃになっている。
(「あーもう、暑苦しいっ!」)
「‥‥でも、その、外部に公表している訳ではないですし‥‥内輪で楽しむくらいなら‥‥」
「私も、最初はそう思っていました。でも‥‥」
1度それを知ってしまうと、今まで意味不明だった彼女達の雑談が、耳に付くようになってしまった。
『ねね、あの2人連れの客‥‥』『ん〜‥‥右が上で、左が下かな?』『あ、やっぱそう思う?』『でも、右、きっとヘタレだね‥‥あ、水零した』『あ〜びしょびしょ。ってか左の人、拭く手付き慣れ過ぎじゃない? あ、手に触った』
「上と下って?」
「知りたいですか?」
ずいっと顔を寄せる。目が『知ったら後悔するぞ』と言っている。
(「だから、暑苦しいってば〜」)
「い、いえ‥‥結構です」
「まあ、常時こんな感じでして‥‥幸いにしてお客は何も気付いていないようですが‥‥私は! もう限界です」
よよよ、と再び泣き崩れる。
「か、彼女達は‥‥きっと、きっと‥‥‥っ! この暑さで腐敗してしまったんだぁぁぁぁ‥‥」
(「いや、3月からなら、暑いの関係無いから」)
受付嬢の心中は当然届く筈も無く、エジットはしばらくカウンターを占拠して泣き続けたのであった。
●リプレイ本文
パリ近郊の修道院。
「神父様。ある酒場に、愛に貴賎があると考えている方がいます。どうか神父様のお力を貸して頂けないでしょうか」
ジュエル・ランド(ec2472)の呼びかけに、ゆっくりと門は開いた。
「こんな所かな」
蜜蜂亭給仕カーラは、書き上げたばかりの原稿を読み返し、満足げに頷いた。
「さって、今日もお仕事頑張りますか〜」
願わくば、妄‥創造の種が拾えますように。ホールに出ようとすると、その入口に、同僚が鈴なりになっていた。
「何してんの? 店長に怒られ‥‥」
その言葉は途切れ、彼女の視線もまた、『彼ら』に釘付けとなったのだった。
束ねた金の髪が、店の灯に輝く。旅装束に身を包み、腰にダガーを下げた長身のエルフ。暑気全て払うような清廉な美貌。その肩越し、頭半分ほど低い位置には、銀の髪。深く俯けられた顔はよく見えないが‥‥。その耳元で、金の君が囁く。応えるように、そろり、と上げられた視線に、息が止まった。少し潤んだ青い瞳。白く艶やかな肌。憂いを浮かべた頬に銀糸が掛る。それを、相方の―武器よりも、楽器こそが似合いそうな―繊細な指が、すっとかきやった。
「いらっしゃいませ!」
悶絶している同僚達をかき分け、カーラは2人の前へ出た。
「お2人様でいらっしゃいますか? 此方のお席へどうぞ」
「ありがとう。さ、リディ」
「はい。ア‥アラン‥‥あっ」
軽く躓いた『リディ』の肩を、『アラン』が抱きとめた。リディを椅子に座らせて、自らは跪く。
「怪我は無いか? 君の美しい足に傷が残ったら‥‥」
そっと、爪先に触れる指。
(「ああ‥視線‥視線が‥‥」)
ぞくり、とリディの背中に震えが走る。纏わり付く熱視線。振り返っては駄目だ。今振り返ったら石になる!
「だ、大丈夫‥です」
「どうした? そんなに震えて。まさか‥‥」
リディの手首を掴んで、物陰へ。そして、
「熱は‥‥」
そっと額を合わせた。
「きゃぁぁ!」
「ああッ‥薔薇‥舞い散る薔薇が見える‥‥」
「盛り上がっているようだね」
リディ―リディエール・アンティロープ(eb5977)の耳元で、アラン―アリスティド・メシアン(eb3084)が囁き、くす、と微笑んだ。
「余裕ですね、アリスティドさん‥‥」
吐息が掛かりそうな至近距離に、何となく視線が泳ぐ。
「ふふ‥‥まあ、お芝居なんだから、気楽にね」
気遣いの言葉に、少し気分が軽くなる。自然、笑みが浮かんだ。
「はい‥」
これで更にギャラリーが盛り上がったことは、言うまでも無い。
【美形エルフ(金×銀)=麗しき夢幻】
「はぁ‥夢みたい‥‥」
「アランだけに向けられる笑みがぁぁ‥‥」
「お嬢さん方、随分楽しそうね? 何のお話?」
聞き慣れぬ声に、会話が止まる。振り返ると、女性にしては長身のエルフ。
「あ、申し訳ございません、こちらへはお客様は‥‥」
「あそこのとってもステキなお2人の事かしら?」
囁きと笑みは『分っている』人のそれ。ガブリエル・プリメーラ(ea1671)は、彼女達の自分を見る目が変わったのを認め、ニコリと笑った。
「ねぇ、もしもよ? あの2人が‥‥」
「全く、困ったものです‥‥」
所変わって、店主の私室。パトリアンナ・ケイジ(ea0346)と、店主とが、卓を挟んで座っている。
「内輪ならいいんじゃないですか? むしろ内輪だからいいんじゃないですか? 本人達の価値観が定まってしまっている以上、どうしようもないんじゃないでしょうかね?」
信仰に背いても、優先される『耽美』という価値。
「最終的には、彼女達の解雇もありえますかな?」
箱の中の果実が腐ったら。放置しておけば、腐敗は進むばかり。しかし、早々に患部だけを除けば、被害は小さくて済むだろう。
「それだけは避けたいのですよ。彼女達は娘のようなものですし‥‥だからこそ、その前に何とかして頂きたく‥‥」
しきりに汗をぬぐいながら、苦しげに呻く。
「ふむ、これは難しい」
パトリアンナ自身がバレなきゃいーじゃねーのと思ってしまっている辺り、なかなか難しいのだ。
「素敵っ。素敵です、お姉様ァァ!」
お客様→お姉さん→お姉様。たった数分間での変化である。本職バードの展開する物語に、彼女達はあっという間に虜になったのだ。カーラが、まるで神を崇めるが如くガブリエルの手を握りしめている。
「お姉様の物語だけで、私、黒パン10個いけますわ!」
ふ、とガブリエルは勝者の笑みを浮かべた。
「この程度ならいくらでも。でもね‥‥甘い! あなた達は甘いのよ!」
ずびし、と突きつけられた言葉に、きょとんとする少女達。
「禁じられた系に燃えるのも結構、抑圧がある程燃えるの結構! でもね‥‥ならもっと巧妙にやりなさいな」
「そうして貰えると助かるな」
突然の美声に、ばっ、と全員が振り返った。そこには、ゆったりと構えたアランと、憂い漂う伏目のリディ。
「やあ、お嬢さん方。何の話かな?」
「え、えっと‥‥」
言える訳がない。まぁ、気づかれているようだが。
「僕達の仲は、君達の察する通りだ」
びく、と震えるリディが、アランの話に信憑性を与える。
「君達の様な趣味を持つ者が居るのは知っている。そういった小説が広まったことが切掛けで仲を知られ、土地を追われ、パリまでやってきたからね」
「‥‥セーラ様の教えに背いていることが白日の下に晒されれば‥私達は逢うことすら‥‥」
「引き離された者達も居る。僕らのような者の為に‥僕らの為に‥‥」
「出来れば‥‥そういったご趣味は、人目に付かない所で‥‥」
眼差しに厳しい光を宿すアラン。震える声で、リディも言葉を紡ぐ。その様相に、彼女達も押し黙った。
沈黙を破ったのは、ガブリエル。頬が赤いのは、必死に笑いを堪えていたから。
「そう。皆必死なのよ。ほら、見て。あの可愛らしい人なんか‥‥」
「おお〜あっち、盛り上がっとるな。最近閉こもっとったから、こういうのが流行っとるとは知らなかったな〜」
クレー・ブラト(ea6282)とラシュディア・バルトン(ea4107)は、食事をしながら『アラン』達を伺っていた。
「さ、自分らも頑張ろか」
ちょっと楽しそうなクレーと、未知の領域に震えるラシュディア。
「うう、なんで俺、ここにいるんだろう‥‥?」
それは依頼を受けたから。
丁度、皿を下げに来たので、意を決して、彼は露骨に嫌そうな顔を作り体を引いた。
「?」
不思議そうな表情で動きを止めた彼女に、精一杯冷たい視線を向ける。
「あまり傍に寄らないでくれないか‥‥」
この先は、言いたくない。言いたくないが、言わねばなるまい。
「‥‥女は」
彼女の顔がみるみる赤くなる。それは、怒りではなく。
「も、申し訳ございませんっ♪」
「あ‥‥口元についとるで」
クレーの指が、ラシュディアの口元を掠めた。
「〜〜!!」
益々赤面して、裏へ下がった彼女。その後ろ姿は、スキップをせんばかりで‥‥
「‥‥なるほど、こういう行動を取ると、彼女らのネタにされるんやね〜」
「な、なぁ‥‥何か喜ばれてないか?」
「へ? その為にやっとるんやろ?」
「ち、違うっ。俺が『そういう奴』を演じることで、理想と現実の違いに気付いて‥もらおうと‥‥」
きっと、彼女達の妄想の登場人物は見目麗しい美青年だろうから。
「あ〜、でも、喜ばれとったってことは、ラシュディアさん、妄想の登場人物として、合格ってことやね。おめでと〜‥‥あ、そうすると、自分もってこと? それは、ちょっとなぁ‥‥」
「‥‥っ! 生まれて初めて、女装の方がマシな気がした‥‥」
思いっきり下がったラシュディアの肩を、クレーがぽむ、と叩いた。勿論、彼女らの視線を意識して。
「‥‥ね? あの人なんか、可愛らしすぎて色々な目にあってるのね‥‥警戒がすごいわ」
何せ「女は寄るな」である。びっ、と人差し指を立てたガブリエル。
「こういうトキメキには大概の男性は引いてしまうし‥‥美味しいシーンは、偶然にうまれるもの! 巧妙に隠れてやるべし」
「はいっ」
すっかり彼女に心酔している面々は、その言葉に、素直に頷いたのであるが‥‥
「あの人‥‥」
1人が、未だラシュディアじぃっと見つめていた。
「ブラン商会で働いてた子に、そっくり‥‥バレンタインの時のメイドさん」
ブラン商会のバレンタイン企画は、彼女達にとって特別な意味を持つ。何せ、カーラの話のモデルは、その宣伝に現れた男装の貴族と海賊なのだから。
「‥‥あっ、そういえば、似てる‥‥妹?」
「ちょ、ちょっと‥‥さっき、一瞬『女装』って言葉が聞こえたような‥‥」
物騒な単語に、ぎくり、と震えるリディエール。
「女装!? あ、もしかして、男の人と一緒に居るために?」
「あの、私も気になってたんだけど、十字架してる方ね、聖職者かな。誓いの指輪してたよ? もう1人は、してないよね‥‥」
「えええ? 不倫!?」
あちこち理論的に破綻しているのだが、彼女達には関係ない。
「聖職者と女装スキル持ちの不倫カップル‥‥あはは」
凄まじい属性を付けられた2人。乙女達のぶっ飛んだ思考回路に、ガブリエル達は乾いた笑みを浮かべた。
「‥‥あの?」
その人と何度目かに目が合ったとき、カーラは思い切って声を掛けた。
銀の髪を三つ編にして流した頭にターバン、ズボンとシャツに柔らかなマント。短いローブには精緻な刺繍。身動ぎする度に、しゃらり、しゃらりと涼やかな音をたてる装飾品が、繊細で神秘的な雰囲気を引き立てている。
「あー‥貴方をずっと見ていましたが‥‥真摯に細やかにお客さんを見ていらっしゃる」
ふ、と微笑み掛けられ、心臓が跳ねた。竪琴を傍らに置いた、異国情緒漂う姿。目尻に入れた線が凛々しいが、その細い手首も、小さな肩も、男には有得ないもの‥‥まごうかたなき、男装の吟遊詩人である。
「仕事熱心なのですね。素晴しい」
「お、恐れ入ります」
‥‥というよりは、某2人連れを思いっきり観察していただけなのであるが。眩しげに目を細められ、その場から動けなくなる。麗しくも珍しい装いを、つい、まじまじと見つめてしまった。
「私のこの格好を可笑しく思われますか?」
「え‥‥いえ、とても、お似合いだと」
「ありがとうございます。私が抱く想いは‥‥世間からは許されざる物です。せめて、すこしでも側に居るに足る存在でありたいと‥心から願うのですが。‥‥あぁ、貴方に言う事ではありませんね、失礼。貴女の真直ぐな眼差しに思わず」
寂しげな微笑。つい、と逸らされた視線の先には、連れと親しげに言葉を交わす金髪の男。眩しげな、切なげな眼差し。
「でも、あのお客様は‥‥」
そう、人間だ。そして、近寄るだけで嫌がる女嫌い。‥‥は、と気付いた顔のカーラに、彼女は意味ありげに頷いた。それでは、その格好は‥‥
「どうぞ、今の話は内密に。静かに見守って頂きたい‥かと。好奇の視線はもう慣れましたが‥‥事実は小説より奇なり、とはよく言ったものですね」
カーラの背中を見送りつつ、シェアト・レフロージュ(ea3869)は口元を押さえた。嘘を吐く時は、真実を混ぜると良いとはいうが‥‥途中、つい零れた本心に、苦笑する。
(「パトリアンナさんにも手伝って頂いたのに‥‥あの子程には、上手く変身出来ませんね」)
【既婚聖職者×女嫌い青年←男装の麗人=四角関係】
「とりあえずですね、ここは相互理解‥・は無理でも、程度に線を引くと言いますかね」
閉店後パトリアンナはエジットと給仕達を集めて、勉強会を開いた。
「程度? それは××は可で、○○は不可とか? あ、でも私としては△△は譲れないというか‥‥」
次々と飛び出す単語にエジットは泡を吹かんばかり。パトリアンナは、ほうほう、と聞いている。
「あ、でも今の所話はそこまで進んでいなくて、この先は‥‥」
「カーラ! ストップ、ネタバレ駄目!」
「あ、ゴメン‥‥まぁ、こんな感じで」
後半は、大人達に向けて。
「ふむ、どうでしょうな、依頼主様」
「‥‥どうして、今の話を聞いて平静で居られるんですか?」
っていうか、むしろ楽しそうじゃないですか。
「はっはっは‥‥いえ、決して興味があるとかでは。ええ、決して」
笑って誤魔化すパン屋。少し、場が混乱してきた頃。
「こんばんはー」
「あれ? ジュエルちゃん」
昨日、客として来ていて、仲良くなったシフール。
「そちらの方は?」
神に仕えていることを示す聖印と、質素な衣。
「今晩は」
地を這うような低い声。
「ジュエル殿の要請により、ブルーオイスター寺院から参りました」
ブルーオイスター寺院。
毎日多くの信者が訪れる、パリ郊外の古い寺院。逞しき『セーラの漢たち』の学舎。
「弱きに手を差し延べる事こそセーラ神の御教え。愛の道に迷うあなた方にこそ、神は‥‥」
以下滔々と貴賎無き愛とは、について力強く語る神父。エジットは涙を流さんばかりだが、少女達には右耳から左耳。何故なら、
(「‥‥むきむき」)
(「‥‥‥まっちょ‥‥」)
40絡みの神父は、まっちょだった。腕も肩も腹も足も背も、衣に覆われているにも関わらず、くっきりと筋肉の形がわかるまっちょだった。そして、
(「オヤジが3人‥‥」)
先程まで、若く美しい男や、男装の麗人をがっつり見ていた彼女達。優しい雇い主と、逞しい神父と、ちょっとダンディなパン屋。単品なら平気だったろうが、3人揃うと駄目らしい。あまりに濃ゆい光景に、頭の処理が追いつかず、呆然としている。
「う〜ん、無いなぁ」
神父による有難い説法が行われている間、ジュエルはそっと着替え部屋に忍び込んでいた。目的は、例の羊皮紙。
「‥‥あ、あったっ‥‥って、日付、今日の分だけかいな」
見つかったのは、たった1枚。しかし、まだ語られていないものを持ち去るのは少々気が引ける。
「‥‥ん? 奥にもう1枚」
例の物語、有難くお預かりいたしました。
来月中には、写本に仕立て直してお届け出来ると思われます。
続きも楽しみにしておりますので、出来次第送っていただけますよう、お願い申し上げます。
差出人も、宛名も無い小さなカード。しかし、意味する所は十分に読み取れた。
「そ、外に送ってしまったんかいな‥‥」
パトリアンナが取成しつつ、色々と話し合った結果、とりあえず、仕事中は皆で騒いだりしないこと、趣味は隠れてやること、という事だけは約束した。店主の悩みは消えないが、随時歩み寄って行くしかないだろう。‥‥外部と既に接触を持ってしまっている事は、カーラは黙っていた。言ったら、エジットが倒れそうだったからだ。
「ほな、新たなラシュディアさん(女装スキル持ち男色主義者)の誕生を祝して、カンパ〜イ♪」
最後、別の酒場で、クレーの奢りで簡単な飲み会が開かれた。
「ちょっと待て‥‥誤解を解く機会は? クレー、お前だって誤解されてるんだぞ!? 俺は普通だからな! なぁ、何で皆目を逸らすんだーーー!!」
めでたし、めでたし?