●リプレイ本文
森を抜ける黒い影。
「‥‥っと、見つけた」
セブンリーグブーツで駆けながらも、諫早似鳥(ea7900)の目は目標を見逃さない。
「街で買えれば、楽だったんだけどね」
ひっそりと咲く花を、根ごと掘り起こして袋に詰めた。
「皆さんが元の生活に戻れるよう、全力を尽くす所存です」
「ちょっと頼りないかもしれないけど頑張るね」
馬を駆って、他の面子より1日早く到着した、フィアレーヌ・クライアント(eb3500)とコトネ・アークライト(ec0039)。細身のエルフと、カラフルな衣装の少女に、筋骨隆々たる大男を想像していた村人達は驚いているようだ。
「明日になれば、想像通りの人も来るんだよ」
「儂らは、あなた方に頼るしかないのでの。どうか、宜しくお願いします」
村長らしい男と握手を交わした。
別の道で、同じく到着していた似鳥が、小屋の傍に建てたテントの脇で、鍋を火に掛けている。
「それは‥‥」
横に積まれた紫の花を見て、フィアレーヌは眉根を寄せた。
「毒草で、何を?」
トリカブト。この季節、特に毒性が強くなる野草。
「根を煮詰めて、矢尻に塗っておく。そうすれば、傷さえつければ、逃がしても野垂れ死にしてくれるからね」
「‥‥ッ! 私は、反対です。確かに有効な手段だとは思いますが、毒などという非道な代物の使用を黙って見過ごすことは、白の神聖騎士として出来ません」
「毒殺は非道で、斬殺は正道?」
ちらり、と視線を向けられ、フィアレーヌは口ごもる。
「有効だから、使うんだよ。あたい達は依頼を受けてるんだから、手を抜いてやられる訳にはいかないし。命あってのものだねだよ」
闇に紛れて消えるまで、2人の影はその場を動かなかった。
翌日。
「弱き民草を助けるのも、至高にして神聖なる身分の私の役目。もう心配は要りません。さぁ、ノルマンの至宝たる私の高貴な姿を見て、思う存分安心なさいませ!」
村に到着するや否や、高笑いのジャネット・モーガン(eb7804)を、純朴な村人達が、ぽかん、と眺めている。
「おねぇちゃん、これなぁに?」
「これかい? これは天使の羽飾り、お守りだよ」
そう言って、サーシャ・トール(ec2830)が子供を抱きしめた。血色の良くない頬が痛々しい。
「きっとお家に戻してあげるからね」
「よ‥っと、食料と薬草だ。有効に使ってくんな」
大きな荷物を軽々と馬から下したグリゴーリー・アブラメンコフ(ec3299)。食料は保存の利くものを、薬草は精神安定に効くものを、市場で見繕ってある。
「これも渡しておくね。今必要ないなら、いざという時の非常食にしてね」
アシャンティ・イントレピッド(ec2152)も、大量の保存食を手渡した。精神的にも、物質的にも困窮していた村には、どれも有難い土産となった。
「ここが街道、これが森‥‥森に逃げ込まれると、厄介だな」
グリゴーリーが、がしがしと頭をかいた。村長に書いてもらった地図を広げ、皆で配置を記憶している。
「バリゲードとか、落とし穴とか作っといた方が良いかもね。昨日偵察に行ってきた感じだと‥‥」
似鳥が、罠が欲しい場所に印を付けていく。
「家は、地図の通り村の中心に纏ってるね。ゴブリンも、その辺りを棲家にしてるみたいだった。構成は良く分らなかったけど、とりあえず、大きいのを1匹見たよ。リーダーがいるとしたら、そいつかな。家屋はそんなに壊されてはなかった。畑の作物には手を出してないみたいだから、まだ飢えてはないんだろう。作物は、避難だ何だであまり手を掛けられなかったせいかな、実りはいまいちだった」
「それじゃ、村の人たち、これからも大変なんだね‥‥」
しゅん、とコトネが肩を落とした。
「安心して生活出来ない状況が、一番問題なんだろうね。でも、まずはゴブリン達に死んでもらうしかないんだよね」
アシャンティとサーシャも、難しい表情になる。
「さっき話をしてきた感じだと、村人達は‥‥特にお年寄りや子供は、辛そうだった。大人の男たちが軒並み怪我人なのも、精神的に堪えてるみたいだな」
「そんじゃ、まぁ、早いとこ片付けようや。‥‥ゴブリンの生活時間は判るかい? 村人に聞いた感じだと、夜中には眠ってるらしいけど」
「偵察してきた時も、そんな感じだったよ。でも、2、3見張りが立っていたね。今夜も行って、確かめて来る」
「こちらも、食料等奪われないよう、見張りが必要ですね。私は徹夜は不得意ではありませんので、少し眠れれば結構です」
フィアレーヌの申し出であったが、コトネが首を横に振った。
「皆交代で見張りをしよう? 私もお手伝いしたいな、ちょっと眠いけど」
「私が見張りに立てば、ゴブリンなどその威光で何処かに逃げ去ってよ?」
ジャネットも胸を張る。
「ココアも、一緒に見張りをしようね」
「わふっ」
こうして、全員+コトネの柴犬で、見張りを交代することとなった。
「‥‥それじゃ、そろそろ自分のテントも張るかな。レオンさんは俺と一緒でいいな? ま、狭いしお姐ちゃん達と一緒の方がいいなら誘わねぇが」
「は? あ、いえ、ご一緒させてください」
2人がテントを出ると、少し離れた所に、子供が2人。木の影から此方を窺っているようだ。じっと見つめあうこと数拍。
「ホラ」
「わぁっ」
グリゴーリーはスタスタと歩み寄ると、両肩に1人づつ抱え上げた。
「たかーい」
「すっげー‥‥なぁ、おじちゃん達、強い?」
「ま、それなりにな」
「あのな、俺の父ちゃんと、コイツの兄ちゃんな‥‥怪我してんだ」
「ゴブリン相手に、頑張ったのかい?」
「うん‥‥」
「そりゃ、偉かったな。そんじゃ、おいちゃん達が仇を取って、お前らの家を取り戻してやっからな」
「うん!」
夜中、見張りを交代しようとサーシャが外へ出た所に、丁度似鳥が偵察から戻ってきた。
「おかえり。どうだった?」
「概ね、昼間話した通りだね。詳しい事は、また明日皆の前で‥‥ああ、そうだ」
似鳥は、サーシャにランタンの油が入っていた壷を渡した。中身は、昨日作った毒である。
「頼まれていたやつ。扱いに気をつけてね。下手すると、自滅するよ」
似鳥自身、毒矢は丈夫な袋に仕舞い、慎重に扱っている。
「ありがとう。肝に銘じておくよ」
襲撃を翌朝に控えた、3日目の昼。
グリゴーリーは似鳥の指示を仰いだ後、昨夜半から早朝にかけて落とし穴やバリゲードを作り、今は本番に備えて眠っている。他は、それぞれ、村人を手伝ったり、やはり翌朝に備えて休憩を取るなど、思い思いに過ごしていた。
「これは‥‥」
村人と話をしていたアシャンティの耳が、竪琴の音を捉えた。
「レオンだね。珍しい」
と、話し相手の女性。
「珍しいの?」
「あの子、バードの癖に、歌わないんだ」
「でも、綺麗な音だね」
「ああ。だから、子供達によくせがまれてる。そうすると、偶にこうして楽器だけ弾いてくれるのさ」
歌わないバード。変わってるな、とアシャンティは思った。まぁ、ナイトの海賊も、あまり一般的ではないのだけれど。
「あ、あの。何をなさっているのでしょう?」
フィアレーヌが、ジャネットに声を掛けた。ジャネットは、土で自分の装備や服を汚している。
「夜間行動に適するように、よ。こんな細工で高貴なる私の存在を隠せるものでは無いけれど、身に付けてる物を目立たなくする効果はあるのよ」
「はぁ‥‥」
大胆な行動に、フィアレーヌは感嘆の息をついた。‥‥自分は、真似はしなかったけれど。
そして、夜明け前。襲撃本番である。
「大体は、あの1番大きな建物‥‥村長の家に、たむろしてる」
似鳥が指差した家の周囲を、見張りのゴブリンが2匹、うろついている。
「えと、大きな建物に8匹、隣に3匹、かな。あっちの方にも、いるみたいだよ」
コトネのブレスセンサー。敵の数と位置を記憶して、各自配置に付いた。
まずレオンの指が、竪琴をかき鳴らす。密やかな音はやがて力を帯び、幻影を映し出した。ファンタズムによる迷い山羊。その近くで、似鳥が声色で鳴き声を真似、見張りのゴブリンに気付かせる。
よたよたと寄ってくる2匹のゴブリン。落とし穴まで、あと5歩‥3歩‥‥
「ギャッ」
落ちた所を、アシャンティの槍が貫いた。もう1匹が声を上げようとする前に、槍を返して、そちらも攻撃する。
それを合図として、グリゴーリー、ジャネットが村長の館に踏み込んだ。寝起きで動きの鈍いゴブリンを、ジャネットのロングソードが切り払う。
「ひれ伏しなさいっ」
斧を手にする間もなく、2撃、3撃と切り込まれ、動かなくなる。
「はは‥‥豪快だな」
ゴブリンと一緒に叩き壊された家具を見て、苦笑するグリゴーリー。
「正義の為には、多少の損壊には目を瞑るのが当然ですわ」
「ま、そりゃそうだ‥‥なッ」
気合と共に、グリゴーリーもヘビーアックスを振り下ろす。脳天を叩き割られて仰向けに倒れたゴブリンを踏み越え、次の相手に取り掛かる。周囲より1回り大きい。リーダーだろうか。
「大いなる父よ、加護宜しく‥‥ってな」
「そちらの方が、よほど豪快でしてよ!」
その間、ジャネットの剣とグリゴーリーの斧から逃れたゴブリンが数匹、窓や扉から飛び出した。
―タンッ
軽快な音で、行く手を阻むのは、矢。地面に刺さったそれに怯んだ、一瞬の隙。2本、3本と背中に矢を受け、倒れこむ。毒が回ったのが、びくびくと痙攣し、やがて動かなくなった。
「次は、餓鬼道以外に生まれるよう、天に願っといてやるよ。叶うかどうかは、知らないけどね」
村長館の屋根の上、月影を背に、似鳥は次の獲物に狙いを定め、矢を引き絞った。
阿鼻叫喚の村長館の隣。少し小さめの家に、サーシャはするりと滑り込んだ。隣の騒ぎに目を覚ましたゴブリンが、斧を握って襲い掛かってくる。スッとかわすと、ナイフを振り下した。しかし、カスリ傷しか付けられない。相手の攻撃を食わないが、此方の攻撃も効かない。膠着状態かと思われたが、徐々にゴブリンの動きが鈍くなり、やがて、動かなくなった。
「毒を塗っておいて、助かったな‥‥」
肩で息をしながら、サーシャが呟いた。残りの2匹は逃げ出したが、そちらは外の仲間に任せた方が良さそうだ。
「リシャール、あちらへ!」
逃げ出したゴブリンを、フィアレーヌが騎馬で追い詰める。ゴブリンの斧は、馬上までは届かない。
「ごめんなさい‥‥」
バリゲードの前まで追い詰めて、クルスソードを振り下ろした。
「あっちの家にも、いるよ」
コトネの指示を受けて、アシャンティが走り回る。修羅の槍は、その名に相応しく、赤く濡れていた。
「1匹、あちらの方へ逃げたようだね」
「そうみたい。‥‥ココア、お願い」
柴犬が、少し匂いを嗅ぎまわった後、走り出す。後を追いかけ、コトネはブレスセンサーを発動した。
「あの茂の影だね‥‥ゴブリンさん、かくれんぼはお終いだよ」
コトネの指差した先に向かって、アシャンティは槍を突き出した。
「ギャァ‥‥」
茂みの下、赤い水溜りが、じわり、と広がった。
その後、逃げ出そうとする者を、落とし穴に追い詰め、もしくは背後から追撃し、朝日が昇りきる頃には、周囲に動いているゴブリンは見当たらなくなった。バリゲードで主要な退路を断っていたことや、各人が落とし穴の配置を正確に記憶していたことが、功を奏したようだ。
「逃げ切ったのもいるみたいだけどね。矢で傷はつけたから、どっかで野垂れ死ぬだろ‥‥結構、使ったなあ」
残りの矢を数えながら、似鳥が呟いた。
「朝日が勝利を祝福してくれるなんて、正に私に相応しい舞台ですわ」
泥と返り血に汚れた衣装など少しも気にならないとばかりに、ジャネットが微笑む。
「私は、私自身が輝いているのです。多少の汚れなど、何の傷にもなりませんわ」
‥‥だそうだ。
「かなり疲れたけど、村の人が戻って来るまでに、なるべく片付けておいた方がよさそうだね」
アーシャが、ごろごろと転がる死骸を見回した。一般人には、心臓に悪い光景だろう。
「ゴブリンさん達にはちょっと可哀想だったけど、仕方ないよね‥‥」
コトネの言葉に、レオンの傷にリカバーを掛けていたフィアレーヌも目を伏せた。
「ありがとうございました。村を、助けてくださって‥‥そして、村を助ける為に、辛い思いをして下さって」
あまり表情を変えないレオンが、ふわりと微笑んだ。
「さあ、安心して日々の暮らしに戻りなさい」
ジャネットを先頭に、村人達が村へ入った。久しぶりに帰郷に、皆嬉しそうだ。血痕はなるべく始末し、死骸は目に付かないように纏めてある。それの埋葬なり棄却なりは、この後村人と協力して行うことになるだろう。
「よく頑張りましたね」
フィアレーヌが、子供の頭を撫で、微笑んだ。
「ありがとう」
にこ、と子供も微笑む。
「あ‥‥あとね、あのね、ゴブリン、みんな死んじゃった?」
「え、ええ」
「そっか。ちょっと、かわいそうね」
何気ない一言が、心に響いた。
『毒殺は非道で、斬殺は正道?』
ずっと、考えていた。村人達の生活を守るためには、ゴブリンを1匹残らず退治しなくてはならないけれど、毒の使用には反対で‥‥。過ぎた甘さは、あるいは傲慢なのかも知れないと。矛盾は、許されないと。でも、元の生活に戻りたいと願うことも、ゴブリンをかわいそうだと思うことも、どちらも素直な心の動きなのだ、きっと。
「おねえちゃん?」
きょとん、とした顔の子供を、フォアレーヌは、きゅっと抱きしめた。
竪琴の音が、風に乗る。
家屋の修繕を手伝いながら、ふとサーシャが尋ねた。
「レオンさんは、どういったご縁でここに?」
「パリに避難してたときに、近くで竪琴を弾いてたんだけどさ。それがあんっまりにも辛気臭い音でねぇ」
恰幅の良い中年女性は、あはは、と笑った。
「こっちは唯でさえ気が滅入ってるんだから、やめとくれって、あたしが文句付けにいったのさ。そしたら、えらい綺麗な顔じゃないか。皆に見せびらかそうと思って宿泊所に連れて行ったんだよ」
「は、はぁ‥‥」
「生い立ちなんかは、知らないね。ノルマン出身らしいけど、ずっと旅に出ていて、戻ってきたのは久しぶりだって。ホラ、吹けば飛びそうな雰囲気だろ? みんなついつい世話焼いちまってさ、そうしてるうちに、仲良くなってね。どうせ、旅に出るなら、最初にうちの村に寄ってけって、皆で言ったのさ」
「成程な」
「でも、余計なことにまで、巻き込んじまったよ‥‥あんた達、本当にありがとうねぇ。お陰で、元の暮らしに戻れそうだよ」
「でも、倉庫の食料なんかは、食い尽くされてしまったんだよね?」
資材を運んできたアシャンティが、心配そうに話しかけた。
「そうだねぇ‥‥それは、領主様か、王宮にでも掛け合ってみるよ。まさか、飢え死にしろとは言われないだろ」
「うん、それが良いかもね」
昼頃、冒険者達はパリに戻るべく旅立った。それぞれの思いを抱えながら。背中に、村人達の歓声を受けながら。