●リプレイ本文
『はじめまして! シュマリ(ec3782)って言います〜☆ 今回は初めての冒険なのですが、頑張りますので宜しくお願いしますです』
「うむ。拙者も本格的に依頼を受けるのは初めて。服部肝臓(eb1388)でゴザル。宜しくお願い申すでゴザルよ」
『マミー・サクーラ(eb3252)よ。今回はかなり危険で面倒なお仕事なのね』
「そのような場所に赴くほど大切なもの、なのですね。レヨン・ジュイエ(ec0938)と申します。お手伝いさせてください、できる限り」
シュマリとマミーはゲルマン語が話せない為、シュマリは肝臓、マミーはレヨンが通訳をする事になった。
「ありがとうございます。サーシャさんも、前回に引き続き、お世話になります」
「ああ。レオンさんの大切なものなのだろう? 無事見つけられるよう、頑張るよ。皆も、宜しく。サーシャ・トール(ec2830)だ」
一行は、まずパリで大きめの布や体に沿った衣装を買う事になったのだが。
『肝臓さん、荷物重くないですか?』
『うむ。実はかなり重いでゴザル』
バックパックは膨れ上がり、引き摺らんばかりになっている。普通に移動するのも困難そうだ。
『良かったら、私の馬に載せてくださいです‥‥マミーさんも』
マミーもまた、肝臓程ではないが大きな荷物を背負っている。そのままだと、普通に歩いて往復4日の現地から、期日内に帰って来られない。
『うん、お願い』
シュマリとマミーが会話をするためにはレヨンと肝臓の2人が間に入らねばならず、少々煩わしい。
そんなこんなで、一抹の不安を感じながらの出発となった。
「‥‥しまったでゴザル」
野営時、食事を摂ろうという段になって、肝臓とマミーが保存食を忘れていたことに気がついた。
「私は多めに持って来ましたので、宜しかったら」
レヨンがバックパックを開けた。
「かたじけないでゴザル」
『ありがとう。買い取らせてもらうね』
「いえ、差し上げますのでお気になさらず」
レヨンはそう言ったが、準備不足の戒めに、と2人は保存食を買い取った。
『危うく欠食冒険者になる所だったわ』
「兵糧を忘れるとは‥‥拙者まだまだ未熟でゴザル」
そして、三日目の朝。
昨日の夜、目標の森に辿りついた冒険者達は、まだビリジアンモールドが発生していない森の入り口で、毛布を覆いにして夜露を凌ぎ、野営をした。
「準備は宜しいですか?」
着替えを終え、毛布を片付けたレヨンが振り返る。全員布で口や髪を覆い、服は動き易く隙間の無い、体に沿ったものに改めてある。
「ビリジアンモールドが発生しているのは、この一帯です」
地図を広げ、レオンが指で範囲を示す。
「箱は、この辺りに埋めたのですが‥‥」
『丁度、発生地帯の真ん中辺りなのですね〜』
『まずは、さっさと突っ切ちゃいましょ。ぐずぐずしてると毒にやられて解毒剤が尽きちゃうの』
「そうでゴザルな。かような場所に行くにはまず第一に拙速を尊ぶでゴザル」
「ああ。‥‥とりあえず、川沿いを進むのが良さそうだな」
それぞれ、しっかりと地図を記憶し、出発した。
森を暫く進むと、やがてビリジアンモールドの発生地帯へ到達した。
「夢に見そうな光景ですね」
レヨンが苦笑した。人の身長、あるいはそれ以上の大きさの黴の塊が、そこここに生えている。それら全て猛毒の塊であると考えると、背筋が冷える。なるべく群生している場所の風下には立たないようにして進んではいるものの、これだけ生えていては効果があるかどうかも怪しい。
風の無い天気だったことが幸いしたのか、あるいは口元を覆った事が良かったのか、暫くは誰も毒に倒れる事無く川沿いを進み、地図に書かれた場所近くまで到達した。
「これはまた‥‥一段と凄まじいでゴザルな」
発生範囲のほぼ中心に当たる地帯。今までに見ない密度で毒黴が発生しているようだ。
「大体この辺りの筈だが。分かるかい?」
サーシャがレオンを振り返った。
「いえ‥‥大分、地形が変わってしまっているようで‥‥」
『そうでしょうね』
マミーが辺りを見回す。辺りには何本もの倒木が見え、その陰には泥が堆積し、ビリジアンモールドがはびこっていた。
「ただ‥‥恐らく、もう少し向こうの方ではないかと。川沿いからの距離を考えると」
「一旦、その辺りを見て来るでゴザルよ。ここからでは、見通しが悪くて辺りの様子が把握しにくいでゴザル」
言うと、肝臓は足音を立てず、空気も殆ど揺らさず、わずかな隙間をすり抜けて偵察に向かった。
聴覚、嗅覚、視覚。あらゆる器官を動員して、周囲の様子を探る。
(「あそこと‥‥あれも、大丈夫でゴサルな」)
矢に油を染み込ませた布を巻き、火をつけ、周囲に延焼しそうなものが無い、比較的小さなビリジアンモールドに向けて放った。燃え尽きるのを黙って見ている暇は無いので、仲間の下へ戻ろうとした、その時。
「あっ‥‥」
懐から、緑色が飛び出した。地面に降り立ったリザードは、するすると地を這い、肝臓の入れない隙間へと入ってしまう。
「危ないでゴザル! 戻ってくるでゴザルよ」
声を掛けたが、ちらりと反応を見せただけで、自由気ままに動き回り。
―ボフッ!
ついに、黴の塊に突っ込んだ。
「‥‥ぐっ」
胞子が、巻き上がる。肝臓は喉を押さえ、固く目を瞑った。頭が絞られるような感覚の後、すっと力が抜け、呼吸が楽になった。どうやら、抵抗に成功したらしい。すぐさま解毒剤を取り出すと、今にも死にそうな、腹を向けてひっくり返っているリザードに、振掛けるようにして飲ませた。
「頼むから、じっとしているでゴザル」
何とか死地を脱したらしいそれを再び懐に仕舞いこむと、肝臓は仲間達の元へと戻った。
「比較的小さなものを3つ程燃やして来たでゴザル。でも、まだまだ残っているでゴザル。とりあえず皆でそこへ行くには‥‥」
数10歩程先に見える、一際巨大な塊‥‥ラージビリジアンモールドを何とかしない事には、どうしようもないようだ。堂々と道を遮っており、しかし他に抜け道もない。茂みへ分け入っていくのは、振動が発生するから危険である。皆が、肝臓のように木を伝って移動できる訳ではないのだ。
『燃やすしかないかしらね』
「そうだな。枯れ木や枯れ草は予め退かしておこう」
それらを拾い集めた後、油を振りかけ、火を点けた。炎はぶすぶすと燃え広がり、黴は黒く小さくなってゆく。
『そろそろ、消した方が良いですね』
シュマリが言った。退かす事が出来なかった倒木に火が移りそうになったので、毛布を広げて消火に当たった。すると、
「‥‥ぐっ」
誰かが呻いた。喉の奥が、体中が痺れ、膝が砕けた。マミー、サーシャ、レヨン、シュマリが相次いで倒れる。顔に巻いた布は一定の効果を示したが、それを潜り抜けた胞子が体を蝕んだのだ。それぞれ、震える手で解毒剤を流し込み、這うようにしてその場を離れる。今回も何とかやり過ごした肝臓は、解毒剤を開ける力も出ないシュマリの手からそれを取り、即座に飲ませ、抱え上げてその場を離れた。
「凄まじい体験だった‥‥」
ようやく指先まで感覚の戻って来たサーシャが、溜息を吐いた。
『まだ目の奥がチカチカするわ‥‥』
マミーが、目を押さえている。
「自分自身が毒にかかると、魔法をかける余裕もありませんね」
服の泥を払いながらレヨン。
『肝臓さん、ありがとうございました』
シュマリが深々と頭を下げる。
『どういたしましてでゴザル。どうやら、まだ燃えきってない部分があったようでゴザルな』
毛布で押さえたことでそれを刺激し、胞子を舞い上がらせてしまったようだ。
「とりあえず、大部分は燃えて通れるようにはなりましたし、燃え残りにコアギュレイトを掛けて、その上を進みましょう」
先刻試してみたら、胞子の拡散防止にも効果があったのだ。
そろそろと燃え残りの上を通り抜け、地図に示されたその場所へと辿り着いた。先ほど、肝臓が火矢を放った跡が見える。こちらは、問題なく燃え尽きたようだ。
『レオンさん、埋めた場所の近くに、何か目印はありませんか?』
「身丈程の若木の下に埋めたのですが‥‥」
レオンが苦笑した。かつて、この場所を訪れたことを思い出す。静かな森に、ぽっかりと出来た日溜り。茂った枝の隙間から、そこへのみ、陽の光が注いでいた。その光を一身に受けて伸びた若木は、まるで森中から祝福されているようで、この場所なら、やがて伸び行く若木の根が、それを守ってくれるだろうと‥‥。
「今は、跡形もありませんね」
木々は、あるいは倒れ、あるいは残り、陽光は、その隙間からまばらに降り注ぐ。
『それでは、太陽さんに聞いてみましょう』
シュマリは、金貨を取り出し、掲げた。
『太陽さん、昔、1本だけ若い木が立っていたのは何処ですか? ‥‥はい、ちょっと遠い、ですか。それでは‥‥』
10歩程、そーっと、そーっと移動して、隣の日溜りへ。太陽と会話をするには、日陰だと都合が悪い。
『こちらは?』
日溜りから日溜りへ。数度それを繰り返し、
『この辺りみたいです』
一箇所で、立ち止まった。
「それでは、そこを中心に穴を広げていくでゴザル」
『随分な危険地帯ね‥‥』
半径数歩内に、いくつものビリジアンモールド。
「しかし、この辺りは焼き払うのは危険だな」
退かしようのない倒木がいくつか見えるし、派手に燃えるとそれだけで風が発生して、周囲の胞子が飛ぶ可能性がある。
『レジストプラントを使えば、その間は毒にかからないの。でも、出来るのは1人2回。12分間しかもたないから、急いで探しましょう』
スコップは、レヨンとレオンがそれぞれ持ってきたものしか無かった為、他はダガーや木片で地面を掘り返す。時間は無いが、黴に土が掛かったりすると、胞子が飛ぶ恐れがある。今は平気でも、レジストプラントが切れた後が怖い。慎重に、しかし出来るだけ素早く土を掘り起こす。体力の必要な作業に、マミーやサーシャは既に肩で息をしていた。
―カツン
スコップの先に、固い感触。レヨンは、はっとして掘り進めると、果たして、木の箱が現れた。
「レオンさん!」
「間違いありません、これです」
掘り起こすと、周りに木の根が絡み付いていた。地面から上は、倒され、流れてしまったようだ。それは、かつて大切なものを託された若木が、根だけになってまで、箱を守っているようにも見えた。
『もう、魔法が切れるの!』
マミーが焦る。掘り返す過程で、それなりに空気を動かしたり、黴を移動させたりしている。移動させる際には、胞子の飛散を防ぐため、そのビリジアンモールドにはコアギュレイトを掛けておいたが、その他にも飛び散っているかもしれない。
「急いで離れるでゴザル!」
念のため解毒剤を取り出しておき、出来る限り静かに、素早くその場を離れた。
体を覆っていた布や消火に使った毛布は、森の外で全て火を点けた。胞子を外に持ち出さない為だ。外気に触れていた手や顔も洗う。
『お待たせしましたです』
森の入り口に待たせておいた馬を、シュマリが撫でている。
「箱も、焼いてしまった方が安全でしょうね」
「いいのかい?」
「はい。必要なのは、中身ですから」
言うと、箱を地面に置いて蓋に手を掛けたが、躊躇うように手が止まる。レオンは、瞑目して息を吐くと、意を決したように蓋を掴み、明けた。
これほどの思いをして、掘り返した物は何だろうと、皆箱を覗き込む。中には、箱の大きさに不釣合いな程小さな何かが、布に包まれて収められていた。
『指輪?』
マミーが呟いた。レオンが包みを開くと、銀を輪にしただけの、小さく質素な指輪が2つ。それらを小さな袋に入れ、長い紐で口を縛って首に掛け、服の中へ仕舞うと、箱と布とを火にくべた。
「それと、もうひとつ」
レオンは、すっと立ち上がると、そっと、風に乗せるように歌い始めた。
―『あの子、バードの癖に、歌わないんだ』
サーシャは、以前、村人が言っていたのを思い出した。
「レオンさんは‥‥歌も、一緒に埋めたんだな」
『綺麗‥‥でも、とても哀しいのね』
歌詞の意味は、私には分からないけれど‥‥とマミー。
「鎮魂歌、ですね。教会で歌われるものとは、違うようですが」
レヨンが俯いた。亡き魂に贈る歌。レオンの歌う、その調べは、単純で‥‥だからこそ、歌う者の心を映す。秋の空に、白い煙と歌声が、ひっそりと上り、やがて溶け、消えた。
『‥‥この森は、お墓だったのですね』
指輪は持ち主の代わりでは? とシュマリ。
「はい。誰よりも愛した人の‥‥。周囲に反対された仲でした。‥‥これが、ただひとつの遺品です」
かつて、愛の誓いに交わしたもの。自分自身の代わりに、己の指輪もまた、歌声と共に埋葬した。彼女の体は、今もどこかに眠っているのだろう。しかし、レオンがその場所を知らされる事は無かった。この森が、彼にとって唯一の墓所。そして、彼女の魂もまた、そこを永の寝床に選んでくれていたと信じている。
「これを埋め、2度と戻らぬつもりでノルマンを出ました」
しかし、昨年。国全体に降りかかった災厄の噂を聞いた。彼女は、静かに眠れているだろうか、と気に掛かった。掘り起こすつもりは無かった。ただ、大好きだと言っていた自分の歌を抱いて、静かに眠っていることが分れば。しかし、久方振りに訪れた森は、あまりに姿を変えていた。
「個人的な感傷に、皆さんをお付き合いさせてしまったのですよ」
自嘲するように、レオンは目を伏せた。
「それでは、私は直接村へ帰りますので‥‥」
街道の分かれ道。
「ああ。気をつけて。時間があったら村にも寄りたかったけど‥‥食料はなんとかなったのかな?」
「はい。楽ではありませんが、冬を越すくらいなら」
「そうか」
「良かったら、こちらもどうぞ」
レヨンが、大量の保存食を差し出した。
「ありがとうございます。大変助かりますし、皆さん喜びます」
「お役に立てば、幸いです」
「‥‥そういえば、レオンさんは、また旅に出るのかい?」
「そのつもりでしたが、冬の間くらい村に居ろとも言われてまして。考えている所です」
「そうか。村の人達にも、よろしくね」
「はい。サーシャさんも、お元気で。皆さん、本当に有難うございました」
厚く礼を述べると、レオンは別の道を歩いて行った。
「さて、拙者達はそろそろ野営地を探さねばならぬでゴザルな」
しばらく歩いて、夕刻。
『あれ‥‥?』
シュマリが、はっと立ち止まった。
『毛布、あと何枚ありましたっけ?』
しまった、と揃って思った。確認すると、残り4枚。覆いどころか、1人1枚も無い。9月後半ともなれば、本来ならテントが欲しい所を何とか凌いでいた位なのに。ちなみに、森は本当に人里離れた所になるので、近場で夜具を買えるような村も無い。
既に、空は夕焼け烏は帰巣。
翌々日、パリに冒険者達が到着した頃には、皆揃って風邪をひいていたということである。