リトル・ハンターズ

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月19日〜11月24日

リプレイ公開日:2006年11月28日

●オープニング

「お願いしたいのは、露天の店番でね。あ、俺は近くの村で畑やってる、ジル・クロッツって者です」
 その日、冒険者ギルドを訪れたのは、三十手前と思われる男だった。
「店番…ですね」
 ギルドの受付嬢は、羊皮紙を広げ、ペンを取った。
「ちなみに、何を扱うご商売ですか?」
「これです」
 ドンっと、ジルが机に載せたのは、一抱えほどの、籠。
「・・・・・・?」
 なにやら、ごそごそ動いているような?
「まあ、見てくださいよ」
 と、蓋を外す。
「・・・・・・!!!」
 に〜。
 うに〜。
 にゃ〜。
 うにゃ〜〜ぉ。
 ごろにゃん。
「・・・・猫、ですか」
 白、茶、黒。トラ、ブチ、ミケ。十匹ほどの仔猫が、大きな毛玉団子を形成している。
 ふわふわである。ふにょふにょである。うにーっとしている。
 男が、一匹の首筋をつまみ上げた。吊り上げられて、うにょーん、と伸びる、仔猫。
 つい笑み崩れそうになる顔を、いけない仕事中、と引き締める受付嬢。
「愛玩用ですか?」
「いえいえ。こいつらは、ちゃんと働くんですよ。収穫祭が終わったこの時期、農家の悩みのタネといえば、蓄えを食い散らす鼠。鼠撃退といえば、猫。俺は、毎年この時期だけ、対鼠用の猫を商ってるんです。ま、副業ってやつだね」
「わざわざ猫を買う人がいるのですか? 譲ってもらえばいいのでは?」
「ふふ、こいつらを、そんじょそこらの猫と一緒にされちゃあ、困りますわ」
 ジルは、糸にぶら下がった小さな毛玉を取り出した。それを、先程からつまみ上げている猫の鼻先に垂らした、瞬間。
 バシィッ!
 猫パンチ、だった、と思う、多分。多分、というのは、よく見えなかったから。
 糸の切れた毛玉が、てんてんてん・・・・・・と床を転がっている。
「猫っていっても色々でね。鼠にはあんまり興味がなくて、鳥ばっかり狙ってるやつや、狩りをほとんどしないやつもいる。こいつらは、特別鼠獲りの上手い猫同士を掛け合わせた上、生まれてから四ヶ月、狩りの極意を母猫と俺がみっちり仕込んだ、特別な仔猫たちなんですよ。」
「なるほど。よく解りました」
「ただね、見てもらったように、こいつら、動くものにかなり敏感に反応します。一匹だったら別に問題ないんですが・・・・」
 と言うと、今度は少し太めの縄を取り出し、籠の上でさっと振る。
 ガッ!!
 大漁。縄の先に、猫が爪を立て、あるいは噛り付く。一瞬にして、六匹も釣れてしまった。
 この縄が、人の腕だったとすると・・・・・・今頃、血まみれ間違いなしである。
「とまぁ、なかなか扱いが難しい。俺は、扱い慣れてるんで、平気なんですけどね」
 ぶら下がった猫を、一匹ずつ剥がしながら、苦笑する。
「それに、こいつらは、生まれてから四ヶ月、母猫と一緒に、大事に育ててきた可愛い奴等です。その門出を、いい加減なヤツに、任せたくありませんや。そこをいくと、この冒険者ギルドってとこは、なかなか信用のおける者を紹介してくれるって評判でね」
「ありがとうございます。でも、なぜご自分ではなさらないのですか?」
 受付嬢が尋ねると、ジルは、照れたように頬をかいた。
「それが、うちの嫁にガキができましてね・・・・もうじ生まれるらしいとかなんとか」
「まあ! それは、おめでとうございます」
「猫のお産にゃさんざん付き合って来ましたが、人についちゃあ、さっぱり要領がわからねぇ。取り上げ婆の見立てじゃ、あと何日かで生まれるらしい」
「それは、お傍にいなければなりませんね」
「っつーか『こんなときまで、あたしより猫にかまけてるんだったら、今度から寝床も猫小屋に移したらいいわ』って、言われちまいまして」
「・・・・・・」
「ま、そんなわけで、数日間の店番をお願いにきたって次第です」
「了解いたしました」
 サラサラ、とペンを走らせると、受付嬢が顔を上げた。
「それでは、最後に一つだけ」
「な、なんですかい?」
 彼女の真剣な眼差しに、知らず、ジルの背筋も伸びる。

「あの・・・・一匹、抱かせてください!」

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9412 リーラル・ラーン(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb5528 パトゥーシャ・ジルフィアード(33歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb6508 ポーラ・モンテクッコリ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

カンター・フスク(ea5283)/ 森羅 雪乃丞(eb1789

●リプレイ本文

「‥‥‥‥」
 当日、クロッツ家に集まった面々は、残らず猫好きであった。籠の中で、うにゃうにゃと伸びたり縮んだり眠ったりしている小さな毛玉達に、知らず、ため息がもれる。
「どうですっ!可愛いもんでしょ」
 ジルの自慢げな声に、皆でこくこくと頷く。
「すみませんねぇ、この宿六ったら、本当に親バカで」
 隣室から出て来がてら、お腹の大きな奥方が苦笑交じりに詫びた。それに続いて出てきたのは、森羅雪乃丞。
「占ってみた感じだと、奥さんもお子さんも順調だ。きっと元気な赤ん坊が生まれるさ」
「ありがとうございます。やっぱり、雪乃丞さんをお呼びしてよかった。これで、皆安心してお仕事に行けます」
 リーラル・ラーン(ea9412)がにこ、と笑う。
「いやぁ、なんかすんません。こんな、余計なことまで気ぃ回していただいて‥‥」
「よ・け・い・な・こと?」
「そ、それじゃあ、そろそろ出発します。がんばってきますので、安心して奥様についていてあげてくださいね」
 奥方の周囲に漂った不穏な空気を、パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)がなんとかはぐらかし、あらかじめ伝えられていた村へと出発する。昨年と同じ村へ行っても、去年売れた猫が居て、商売にならない。そのため、毎年行き先を変えるのである。

●1日目―あと10匹
 村に着き、その中心にある広場に場所を決め、シェアト・レフロージュ(ea3869)が毛布を敷いて露店の準備をした。そこへ、少し遅れると連絡のあった、ラテリカ・ラートベル(ea1641)がやって来た。
「お待たせでしたー。カンターさんと、にゃんこの餌を作ってきたですよ♪ 買ってくれた人にもお渡しするです」
「あら、旦那さんと? いいわねえ」
 ラファエル・クアルト(ea8898)がくす、と微笑む。ラテリカの顔がほんのりと染まった。
「早速宣伝に行きましょう。あらかじめ、鼠に困っていそうで、なおかつ人柄の評判もいいお宅をいくつか挙げておきましたわ」
 ポーラ・モンテクッコリ(eb6508)が、教会と情報屋という二つの情報網を駆使して作ったリストを広げた。地図には、順路まで書いてある。粉屋や農家、酒の醸造所が中心のようだ。
 これに、ラテリカとリーラル、パトゥーシャがついていく。小さめの籠に、柔らかい布を敷き、三匹だけ移して連れて行くことにした。
「それでは、私はこの近くで、人を呼び込みますね。リーラルさんが書いてくださった似顔絵を持っていきます」
 そう言って、リディエール・アンティロープ(eb5977)も店を離れた。

「まずは、ここですわ」
 と、粉屋の前で立ち止まる。
「ごめんくださーい」
 パトゥーシャが声を掛けると、店の奥から、40歳ほどの女性が現れた。
「はい、いらっしゃいませ。何の御用でしょう?」
「突然ですけど、にゃんこの訪問販売です」
 ラテリカが、白地に黒ブチの仔猫を、両手で抱えて、ずいっと差し出す。
「あらまぁ、可愛らしい」
 女性が目を細める。確かに、人格的にも良さそうな感じだ。
「この子は、ただのペットではなくて‥‥」
 リーラルが説明しようとしたそのとき、仔猫が自らラテリカの手を離れ、粉壷の影に突進した。その瞬間、起こったこと。ポーラにはかろうじて、他三人にははっきりと見えたが、粉屋の女性には、おそらく見えなかっただろう。
 とりあえず、数拍後、ブチの仔猫は、鼠を咥えてすっきりと立っていた。
「なるほど‥‥大したもんだ。たしかにうちは、鼠に悩まされてるからねぇ。こういう子が居てくれると、助かるよ。娘も最近嫁に行っちまって、家の中も寂しいからね」
「仕事をさせていただけて、なおかつ可愛がっていただけるなら、このコたちにとって、これ以上の幸せはありませんわ」
 ポーラの言葉に、女性が頷いた。
「それじゃあ、もらおうかね。おいくらだい?」
「4Gですわ」
 女性の目が丸くなる。
「ずいぶん、高いじゃないか」
「でも、エチゴヤだと10Gもするです。お買い得なのですよ〜」
 と、ラテリカは言ったが。
「エチゴヤのペットは、冒険者向けだよ。あたしらみたいのには、とっても手が届かないからねぇ」
 そう言って、苦笑いだ。
「それでは、3.5Gでは?」
「‥‥う〜ん」
「思い切って、3Gまで下げますわ」
 ポーラの一声。
「そうだね‥‥それでも、やっぱり苦しいけど‥‥‥うん、なんとか出せるかな」
「ありがとうございます」
 四人揃って、ぺこりと頭を下げる。
「この子も、喜んでるですよ〜」
 ラテリカのこれは、お世辞ではなくて、テレパシーの結果である。幸先の良い、スタートであった。

●2日目―あと7匹
「ポーラさんたち、すごいですね、昨日1日だけで3匹なんて」
 露天の毛布の上に腰掛けたシェアトが、関心したように呟いた。
「そうね。私達も、がんばらないとね。‥‥さ、こっちも大体いいわ。後は、刺繍をするだけ」
 そう言ってラファエルが広げたのは、ふわふわの布地で作られた、おくるみと肩掛け。ジルの所に生まれる赤子と、その母親への贈り物である。生地は、あらかじめパリで、シェアトとリーラルと彼とで見繕っておいたものだ。
「すごいっ。速いです、ラファエルさん。それに、とってもきれい」
 うっとりと見つめる横顔に、ラファエルも自然と笑みが浮かぶ。
「あら、リディーさん」
 呼び込みに出ていたリディエールが、老若男女10人ほどを引き連れて、戻ってきた。呼び込みの成果のようだ。ちなみに、いつも緩やかに編んでいる銀糸の髪を、今日はきっちりと上げている。昨日、仔猫が三匹ほど、髪で釣れてしまったことの教訓である。
「みなさん、この近くで露店をひらいていらっしゃいます。鼠にお困りのようで、仔猫を見てみたい、と」
「それじゃあ、比較実験を。イチゴ、おいで」
 シェアトは、用意してきた籠の中に、そっと愛猫のイチゴを入れると、ラファエル作のネズミ人形を放り込んだ。
 ガッ‥‥瞬時に駆け寄って、きちんと押さえ込む。なかなか優秀である。
「次は、訓練を受けたコよ。どのコがお好み?」
 客の1人が指定した虎縞を、ラファエルが同じように籠に収め、人形を放りこむ。
 ガシッ!‥‥皆が、目を疑った。
(「‥‥‥‥え? 空中キャッチ?」)
 人形を投げた瞬間に反応し、四ヶ月の仔猫が高々と跳躍して空中で咥えたのである。
「次は、こちらです」
 リディエールが、裁縫で余ったはぎれで作った毛玉に糸をつけ、仔猫の鼻先でつい‥‥と揺らす。
 バシィッ! ‥‥‥てんてんてん、と地面を毛玉が転がった。
「猫パンチの威力も、ご覧の通り。お値段は4Gから。こちらは交渉にも応じます。ただし、お渡しできるのは、仕事と愛情をきちんと下さるご家庭のみです」
 わぁっ、と周囲から歓声があがった。

●3日目―あと4匹
「うう、今日は冷えますわね。それにしても‥‥リーラルさん?」
 昨日までの晴天とはうって変わり、今日は曇天、しかも冷たい風まで吹いている。訪問販売に出ているポーラとリーラルには、その冷気が一層厳しい。ポーラは防寒服を使用し、何とか凌いでいるのだが。
「何ですか?」
 リーラルが、首をかしげ‥‥ようとしたのは、判った。
「それ、動きにくくありませんこと?」
 黄土色の服?らしきものが、頭から足を覆っている。その生地はごわごわとしていて、硬そうだ。
「ちょっとだけ。でも、あったかいんですよ。まるごとはにわっていって、古いジャパンの兵士の格好なんです」
 ちょっとじゃないだろう、と思いながら見ていると。
 どったーん。案の定、足が縺れたらしい。抱えていた籠が宙を舞う。緊急脱出した仔猫が、たしっと軽やかに着地した。‥‥はにわの背中に。
「あぅぅ‥‥痛いです」
「少しすりむいてますわね。少し冷たいですけど、我慢なさって?」
 ポーラが水を振り掛けると、すぅっと痛みが引き、血が止まった。
「こんなに寒いと、お宅の方も、ドアを開けるのが億劫でしょう。お仕事になりませんから、露店に戻りましょうか。贈り物作りのお手伝いも兼ねて‥‥でも、あまり上手にできないのよね」

 その頃、別行動のパトゥーシャとリディエール、ラテリカも、露店に戻ることに決めていた。
「この子も、震えていますね」
 リディエールの抱えた籠の隅で、白い仔猫が小さくなっている。
「一匹だけだと、寒そうですね。抱いていた方が、あったかいかな? ほら、こっちおいで」
 パトゥーシャが手を差し出すと、仔猫はちら、とこちらを向いて、ふいっと顔を背けた。嫌なのかな、と手を引こうとすると、ぴくり、と反応する。まるで、引きとめたいけど、それは悔しい、というように。
「ふふ‥‥プライド高いコみたい」
 パトゥーシャが笑う。抱き寄せて包み込むと、白猫はおずおずと頬を寄せ、小さく喉を鳴らした。
「にゃんこにも、いろいろ性格があるですね」
 ラテリカが、関心したように呟いた。

 そして、露店では。
「ラファエルさん、防寒服持ってないんですか?」
「ええ。うっかりしてたわ」
 ラファエルが、苦笑する。
「これ、これ使ってくださいっ」
 シェアトが、毛皮のマントをふわ、と肩に着せ掛けた。
「ありがとう‥‥って、あなたの手! すごくつめたいわ。シェアトさん、手袋とか持ってないの?」
「え‥‥あの、持ってますけど、すっごくふわふわなので、猫さんに飛びつかれちゃったら悲しいなって。とっても、とっても大切な人からもらった、宝物なので」
「それって、もしかして」
 シェアトがにこ、と笑う。ラファエルが、照れたように頬をかいた。
「手、つないでくれる? 『手袋がないから』じゃないわよ。そうしたいなって、思ったの」

●4日目―あと3匹
 シェアトのリュートに合わせて、ラテリカが小さく歌う。その音にひきよせられて、1人、2人と立ち止まる。そこへ仔猫のパフォーマンスを披露し、順調に客を捕まえている。
「でも、欲しくっても、買えないって人も結構いるわねぇ」
 ラファエルが呟くが、あまり安くは出来ない。安易な気持ちで買われても困るからだ。
「でも、大丈夫そうですよ。『クロッツの猫』って、結構知ってる人も多くてびっくりしました」
 パトゥーシャの言う通り、ジルの猫の評判を聞いたことのある人が、意外と多いのである。毎年別の村で商いをしているのだが、村同士の付き合いで、噂に上ることもあるらしい。昨日も、先刻もそれで1匹引き取られていった。
「へえぇ、ここかよ、猫屋ってのは?」
 現れたのは、派手な格好の、中年の男。
「よし、こいつか。家ゃ、毎年鼠で困ってんだ。キリキリ働いてもらうぜぇ? いくらだよ?」
 黒猫の首筋をつまみあげると、男は財布を取り出した。
「申し訳ありませんが、愛情を注いで下さらないような方には、お渡しできません」
 リディエールが、静かに告げた。
「あぁ? なんだってんだ? この男女。俺は、客だぞ! ‥‥ぎゃあっ!」
 最後の悲鳴は、ラファエルが男の腕を捻り上げたから。
「黙りなさい。猫を粗末に扱うことも、仲間を侮辱することも許さない」
 ひんやりとした声に、殺気がこもる。
「う‥‥くそっ」
 悔しそうに去って行く背中を、睨み付ける。すると、ふわ、と優しい声に包まれた。これは、メロディーの魔法。気持ちを和ませる歌声。振り返ると、シェアトとラテリカが、心配そうにこちらを見ている。
「あら‥‥ごめんなさい」
 心配をかけてしまったようだ。男2人で、苦笑する。そこへ、訪問販売組が戻ってきた。
「先程、1匹売れましたわ。これで、当初予定していた家は回り終えました」
 ポーラが言った。
「こっちも、今日は1匹よ。それじゃあ、あと1匹、頑張りましょ」
 パトゥーシャの言葉に、皆が頷いた。

●5日目―あと1匹
 欲しい人には前日までに売りつくしてしまったのか、夕方近くになっても、残りの一匹は売れなかった。そろそろ店仕舞いか、と思い始めた頃。
「このコ‥‥欲しいな」
 露天の前に座り込んだのは、身形の良い、10歳程の男の子。
「クリス、ああ、こんな所に」
 後からやってきたのは、母親だろうか、こちらも、上等の服を着ている。
「あら、可愛らしいわね。でも駄目よ。このコはね、鼠捕りのための猫さんですって。うちは、鼠には困っていないでしょう? お仕事ができないと、猫さんも可哀想よ」
「うん‥‥でも‥‥」
 クリス少年は、じっと黒猫を見つめたまま、動かない。猫の方も、少年をじっと見返す。
「相性は、良さそうですね」
 シェアトが呟く。
「でも、やはり、お仕事の出来るところへ、貰われていったほうが良いわよね」
 ポーラが、言った。皆が頷きかけた、そのとき。
「このコは、クリスさんのとこへ行きたがってるです」
 猫を抱き上げ、ラテリカが言った。テレパシーで、猫の気持ちを汲み取ったのだ。
「このコ、実は、あんまりお仕事が好きないです。でも、お母さん猫やクロッツさんが大好きで、がんばって練習してたです。だから、あんまりお仕事しないで、可愛がってもらえるなら、一番じゃないでしょか」
「本当? おねえちゃん!!」
 少年の顔が輝く。
「そういうことなら、このコ、頂けますか? 実は、クリスは体調を崩しやすくて、寝込んでいることが多いのです。だから、友達もあまり出来なくて‥‥」
 こうして、最後の一匹も、無事引き取られていったのである。


「みなさん、ありがとうございました!」
 1匹残らず引き取られていったと分かり、ジルは嬉しそうに顔を綻ばせた。たが、その目が赤いのは、別の理由だろう。隣室から、赤子の、元気な泣声が聞こえてくる。
「お子さん、先刻、無事生まれたそうですわね。おめでとうございます」
 ポーラの言葉に、ジルの顔がにへ、と崩れる。
「よかったら、見ていってやってください」
 真更な布に包まれた赤子は、今は泣き止んで、すやすやと眠っている。
「ヤバイわ‥‥ホント可愛い。なんだか、自分も欲しくなるわね」
 ラファエルの言葉に、シェアトの耳が赤くなる。
「指、小さいですね。ほっぺたぷにぷに‥‥ラテリカのところにも、いつかきてくれるでしょか」
「これ、私達からお祝いです」
 パトゥーシャが差し出したのは、おくるみと、肩掛け。どちらも、猫や、その足跡の刺繍が施されている。刺繍は、精緻で巧みなものから、ちょっと歪んで、糸が毛羽立っているものも。一目で、全員が出来る限り手伝ったのだと分かる。
「ありがとうございます」
 奥方が、にっこり笑った。
「本当に可愛い‥‥はれ?」
 がしゃーん。リーラルが手を伸ばしかけ、ついでに小机の花瓶を引き倒した。
 途端、赤子が目を覚まし、力いっぱい泣き始める。母親があやすが、泣き止まない。
「あぅぅ、ど、どうしましょう」
 シェアトが、そっとリュートを爪弾く。そこへ、ラテリカが歌声を乗せる。誰でも知っている子守唄。リーラルとリディエールもそっと加わり、小さな合唱になる。
 いつの間にか泣き止んだ赤子が、きゃっきゃっ、と笑い始めた。
 秋の夕暮れに、妙なる音色と幸せな笑い声が広がった。