恋花の午後

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月22日〜09月27日

リプレイ公開日:2007年09月30日

●オープニング

 なんて我侭な子供だ、と思った。
 留守がちな両親が甘やかしまくるせいだ。時々マリーさんが軽く叱ってはいるけれど、それだって、リュックにしてみれば大甘だ。ジャムの蜂蜜かけだ。悪戯して父に拳骨を食らい、門限破って母に締め出され、兄と喧嘩して負かされ続けた自分とは大違いだ。
 ずっと妹が欲しかったから、奉公先に年下の女の子が居ると聞いて、結構楽しみにしていたのだ。ところが、相手は初対面から敵意丸出しだった。がっかりして、不干渉を決めたのに、相手は放っておいてくれなかった。四六時中、寄って来ては、散歩について来いだの、ゲームの相手をしろだの。しかも、ずうっと仏頂面で、少しも楽しく無さそうに。散歩に行けば、何か喋れ、喋ったら話つまんないわよ。ゲームで勝ち続ければ拗ね、わざと負ければ馬鹿にするなと癇癪を起こす。蹴るし、抓るし、叩くし。それがまた、地味に痛い。
「シャロンは、リュックが気にいったんだねぇ。良かった良かった」
 そんなわけ無いでしょ、旦那。
 暫くそんな事が続いた、ある日。主人夫妻が半月程出掛ける事になった。その間、店は休みになり、リュックは商品の勉強や、読み書きの復習をするのだ。
「シャロン‥‥また暫く会えないと思うと、辛くて仕方がないよ。ごめんね」
「大丈夫よ、父さん。お仕事、しっかりしてきてね」
 そういえば、とリュックは思った。今まで2、3日主人夫妻が、あるいは片方が居ない事は、何度かあった。
「リュック、シャルロットを、よろしく頼むよ」
 でも、我侭放題の娘が、この時ばかりは、文句を言った事がない。寂しくない訳はないだろう。両親が居なくなった直後は、いつも部屋に篭ってしょんぼりしているのだから。
「あ、あの‥‥旦那、予定、短くとかは‥‥なりませんかね。その、お嬢さんが、可哀そ‥‥」
 ―ダン!
「っ痛ぇ!」
「おだまりっ!!」
 思いっきりリュックの足を踏みつけたシャルロットは、くるりと背を向け、2階へ駆け上がった。
 その後、主人夫妻を見送り、シャルロットの部屋の戸を叩いた。
「お嬢さん、入りますよ」
「待っ‥」
 散々擦ったのだろう、予想通り、頬と目が真っ赤になっていたので、リュックは水を絞った布を手渡した。
「レディーの部屋に押し入るなんてっ」
「はいはい、すいませんね」
 それでも、シャルロットは、布を受け取ると頬と目元を拭った。
 ああ‥‥、と思った。この女の子は、いつだって、一番言いたい我侭を堪えていたのだ。言っても仕方がないと、両親を悲しませるだけだと。
 傷ついた顔をしていた。一生懸命、我慢していた、言うまいとしていた事を、リュックがあっさり言ってしまったのだから当然だ。腹だって立つだろう。
「マリーさんが、おやつ作って待ってます。それ食べたら、散歩にでも行きましょう」
「‥‥どこによ?」
「そうですね‥‥秘密基地なんてどうです? 俺らが、つい最近まで遊んでた」
「俺『ら』?」
「幼馴染です。ガキの頃は3人で、いつも一緒でした。今度、紹介しますよ」
「今だってガキじゃないの」
「お嬢さんに言われたくありません」
「何よ」
 ぷっと頬を膨らませた彼女を、初めて可愛いと思った。しょうもない我侭も寂しさの裏返しなら、出来るだけ、自分が傍に居よう。叱るべき時にはきちんと叱って‥‥そう、ずっと欲しかった妹みたいに、大切にしよう。ゆるい癖の掛かった蜂蜜色の髪を、ぽんぽん、と撫でた。

 ―コーケコッコー‥‥
 鶏の声で、目を覚ました。今日は久しぶりの休日だ。夜具を剥がすと、少し冷たい空気が肌を撫でた。明日は月道が開くから、手紙は今日中に頼んでおかないと。
「なんか、懐かしい夢見た気が‥‥」
 ノルマンの皆は、元気だろうか。
「‥‥そういや、昨日貰った」
 戸棚を空けると、ちょこん、と紙に包まれた菓子が置いてある。
「煎餅、好きかな‥‥」
 可愛らしい偵察隊(1人)は。もし今日来ていたら、お茶に誘おう。少し、故郷の言葉で話をしたい気分だった。


 何て愛想の無い男だろう、と思った。
 そもそも、存在自体が気に食わなかった。父が、一緒に居られる貴重な時間を彼に使ってしまうから。
 だから、色々と邪魔をしてやった。ざまあみなさい‥‥その代わり、自分の時間も削ってしまったのだけれど。ただ、我侭言いまくって、散々引っ張りまわして、そろそろ放り出すだろう、と思っても、彼はいつでも付いてきた。嫌そうな顔で。どーせ、雇い主の娘だからでしょ! それを盾にとって引っ張りまわしているのは自分だけど。何もかも気に入らなくて、苛苛して、当り散らした。
 ある日、店に出ていたリュックに、子供が声を掛けているのを見かけた。
「リュック兄ちゃーん!」
 自分と同じくらいの男の子が、ぶんぶん、とリュックに手を振っていた。
「おう、トマ、買い物か?」
「うん! 今帰るとこ。兄ちゃん、お仕事がんばれよー」
「ったりめえだ」
 見たことの無い、表情だった。自分には向けられない、笑顔。
 その子供は、母親と寄り添って、夕焼けの中帰って行った。何故か、何かが、無性に気に障って、思い切り向う脛を蹴り飛ばしたら、屈んでプルプル震え‥‥それでも、何も言わなかった。呆れたような目で、見つめられただけ。その視線が、もやもやと胸に残った。
 その晩、また両親が暫く留守にする事を告げられた。
「シャロン‥‥また暫く会えないと思うと、辛くて仕方がないよ。ごめんね」
 出発の時。
「大丈夫よ、父さん。お仕事、しっかりしてきてね」
「リュック、シャルロットを、よろしく頼むよ」
 また、ちょっと嫌な顔をして、それでも、黙って頷くだろう、そう思っていた。
「あ、あの‥‥旦那、予定、短くとかは‥‥なりませんかね」
 だから、心底驚いた。
「その、お嬢さんが、可哀そ‥‥っ痛ぇ!」
 どうして良いのか分からなくて、思いきり足を踏みつけた。それは、今まで、自分が言わなかったことだ。言えなかった、ことだ。
 部屋に篭ったら、涙がぼろぼろ溢れて、どうしようもなかった。悔しかった。惨めだった。‥‥でも、嬉しかった。気付いて貰えた事が、嬉しかった。
「お嬢さん、入りますよ」
「待っ‥‥」
 泣き顔を見られたくない女心が分からんのか。
「散歩にでも行きましょう」
 誘われたのは初めてだった。髪を撫でる手が優しかった。
 その時から、リュックは傍に居てくれた。どうやら、自分は彼の『特別』になったらしいと分かって、嬉しかった。
『幼馴染です。ガキの頃は3人で、いつも一緒でした』
 自分が一番欲しい『特別』は、既に他の人のものだったけれど、その人の『特別』はリュックじゃ無い事も、すぐに分かったから、黙って‥ただ黙って、見ていた。何年も。

「私、絶対経験値が低いのよ‥‥」
 シャルロットは呟いた。懐かしい夢を見たせいで、色々と思い出してしまったではないか。この前、同い年―実際は3倍だけれど―のエルフさんの話を聞いた時も思ったけれど、自分は、圧倒的に経験が足りない。なんせ、万年片想いである。
「やっぱり、色んな人の話が聞きたいわ」
 思い立ったら即行動。シャルロットは、冒険者ギルドへと足を向けた。

「旦那ー、手紙が届きましたぁ」
 店先でシフール便を受け取ったのは、リュックと入れ違いに入った見習いの少年、トマ。
「ああ、ありがとう‥‥おや、リュックからだね」

『10月に月道を渡ります。収穫祭の間には、そちらへ戻れると思います』

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9841 柚羅 桐生(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

「シャルロットさんはきちんとご挨拶するのは初めてですね。愛らしいお嬢さんですね」
 ふわり、と微笑むシェアト・レフロージュ(ea3869)。
「初めまして。‥‥あの、聖夜祭の前に、いらしてました、よね?」
「はい。うちの王子様がお世話になっています」
 この人が『姉さん』かぁ‥‥と見上げるシャルロット。綺麗な人だ。
「それから、江戸から手紙が届きました。『おせんべ美味しかったよ。お茶してお喋りしたけど浮気じゃないからね』だそうです」
「おせんべ? 浮気??」
「ふふ‥リュックさんはお元気、ってことです」

「ここで、愛の証『刻銘』が見られるのです☆」
 教会にて。クリス・ラインハルト(ea2004)が指差した先には、ラテリカ・ラートベル(ea1641)と柚羅桐生(ea9841)の名も刻まれている。
「わぁ‥っ! あの、結婚って‥‥どんな感じ、ですか?」
「とっても素敵です」
 うっとりと目を細めるラテリカ。
「同じお家に住んでると、悲しい時はすぐにぎゅーってして貰えるですし、キスが欲しくなったらいつでもおねだり出来るですもの」
 両手で押さた頬が、薄紅色。
「あとね、お目覚めの時、ラテリカを見ておめめが優しくなるのがとっても幸せです。‥‥桐生さんは、どうでしょか?」
「ぐ‥いや、あたしはその‥‥」
 くる、と背を向ける。
「一昨日、何故か刻印をしてしてしまったが、あたしはこれがそういう意味とは知らずに書いたので‥‥って今も認めていないつもりだっ‥‥その、相手はあたしを恋人か奥さんだと思っているようだが」
「柚羅さん?」
 前に回って顔を覗き込むエーディット・ブラウン(eb1460)。
「あら‥‥ふふふ〜♪」
 片手で覆っても、真っ赤な顔は隠し切れない。
「柚羅さんは、嘘吐きさんですね〜♪」
 可愛らしいやり取りを、微笑ましく見守るガブリエル・プリメーラ(ea1671)。いつかきっと‥‥、と憧れるシャルロットの様子に、目を細める。
「私はきっと、ずっと、ここに刻まれることはないけれど」
 ガブリエルが呟きに、ふと視線を向けるシェアト。それは、きっと自分も同じこと。
「でも‥‥悲しいとは、思いません」
「そうね」
 もう、とっくに、選んでいるのだから。

 パリを出て、近くの農園までやってきた。離れを借りて、お喋りしながら服を着替える。
「パリは収穫祭の準備に街全体が浮かれ気分ですが、一足早く、農園の実りを愛でながらのお茶会も良いと思うです☆ それに、この農園は、春に素敵な恋の物語があった場所らしいですよ♪」
 純白の衣装のクリス。裾や袖が動く度にひらひらと揺れて、目に楽しい。
「マルクさんとフローラさんと仰るお2人が想いを実らせた場所なんです。マルクさんは革職人さんで、この首飾りはその時のお礼に頂いたものです」
 シェアトは月草色のふりふり服。その胸元には、銀の星光る黒革の首飾り。
「あら、お揃いね」
 ガブリエルの首飾りもその時のもの。すらりとした真紅の服に合わせてあると、シェアトのそれとは大分印象が異なって見える。
「シャルロットさんも、リュックさんのご帰国のお祝いに何か誂えられては如何でしょう?」
 そういえば贈り物ってあまりしたことないなぁ、と言われて気付くシャルロット。
「あのお2人の恋は、順調でしょか。もう1人にも‥‥新しい恋、生まれたでしょか」
 ほんの少し複雑な表情のラテリカ。衣装は薄黄色のふんわりドレス。
「もう1人いたのか?」
 浅葱色の着物の桐生。
「はい、幼馴染さんが‥‥」
 シェアトの後を、エーディットが引き取った。
「ここは、幼馴染の3人が告白大会に使った所なのですよ〜♪ 叶った方も叶わなかった方も、勇気を持って自分の思いを真直ぐに貫いた素敵な恋だったのですよ〜‥‥さあ、これで出来上がりです〜」
 仕上げに、シャルロットの衣装、水色のエプロンドレスの背中のリボンをきゅっ、と結ぶ。
「皆さん良くお似合いですよ〜。頭にはウサギの付け耳か帽子をお好みでどうぞ〜」
 全員分の衣装を見立てたエーディットが、満足げに頷いた。
「テーマは『秘密の不思議なお茶会』なのです〜。シャルロットさんは不思議の恋の国に迷い込んだ女の子役なのです〜」
「ふふ‥‥いつもありがとう、エーディットさん。今回も、とっても素敵です」
「どういたしまして〜ですよ〜」

 身支度が出来たら、葡萄畑が見渡せる場所に卓を出して、エーディットの淹れたハーブティーと、シェアトの作った果物の蜂蜜漬を使ったパイ、シャルロットの持ってきた焼き菓子でお茶会の始まり。最初は、春に農園で実った恋と散った恋の物語。
「実際に舞台になったさくらんぼ農園は‥‥あそこに見えますね〜。あの時は、白い花がとっても綺麗だったのです〜♪ 花吹雪も舞ったのですよ〜」
「何か‥‥そのポールさんって人‥‥リュックみたい」
「実際、リュックさんが後押しなさったのは、マルクさんでしたけど」
 ブラン商会で、彼が渡すプレゼントを選んだんですよ、とシェアト。
「ポールさん、どうなさってるでしょね」
 ラテリカが呟いた時、近くを通った農夫がふと振り返った。お茶会の場を貸してくれた、この農園の持ち主らしい。
「失礼、お嬢さん。ポールと言ったかい?」
「はいです」
「ポールってえと、フローラに振られた?」
「はい‥です」
「おお。あいつ『俺はモテる男になる為旅に出る!』とか言ってたんだがな、なんて言うんだあれ‥‥女装? 妙な格好したジャイアントに捕まって追い回されててなぁ。お陰で、結構体力が付いたとか言ってたな」
「‥‥‥」
 あんまりといえばあんまりな展開に、静まり返る一同。
「‥‥早く、ポールさんにも春が来ると良いですね」
 ラテリカの言葉に、揃って頷く一同だった。

「それじゃ、まずは結婚組の話から聞かせてもらおうかな」
 ガブリエルが促した。
「では、ラテリカから。そですね‥‥あの方と比べて、ラテリカはちっぽけで。この気持ちが恋だって解った時、叶うわけないって思ったです。だから、お話してくれる、笑顔を向けてくれる‥‥それだけで良かったのに」
 ハーブティーを、一口。熱が、じわりと広がって先を促す。
「想いが通じたら、あの方の心も、体も、視線も‥‥全部、独り占めにしたくなって。我侭ばかり。ラテリカ、自分が嫌いです。だけどね、あの方は、いっぱい求めていいよって言います。焼き餅妬いても泣いても、怒らないで抱きしめてくれます。そゆ時、自分があんまり子供で、惨めになるですけど‥‥それよりも、嬉しくて、恋しくて‥‥幸せになっちゃうですよねえ」
 真剣に聞き入っているシャルロットに、にこ、と微笑む。
「あの方は大人で、ラテリカは子供。だけど、恋が出来ないとは違いました。ラテリカとあの方と、2人だけの恋の形になったですよ、シャルロットさん。‥‥桐生さんは、いかがでしょか?」
「あたしは‥‥そうだな、あれの話はひとまず置いておいて‥‥16あたりであったか‥‥」
 義理の親の雇い主の跡継ぎに、ほのかに恋心を抱いたのだという。
「あたしはこんな性格だし、身分も違う。想いを伝える事はなかった。しかし‥‥」
 ある日、相手はいさこざに巻き込まれ、命を落とした。
「今となっては仕方ないことであるが、もう少しあの方のお傍に居たかったと思うのだよ」
 綺麗に、そして少し寂しそうに、微笑んだ。
「それから様々な事があってキャメロット、ドレスタッド、パリと渡ってきた時、同じジャパン出身の陰陽師と出会い、宿を借りたのがきっかけ‥か? よく分からないが言い寄られるようになった。その後、先程も言ったが、その、刻印をしてしまい‥‥」
 現在は奇妙な恋人、もしくは夫婦のような形になっているらしい。
「あ、あたしは認めていないがっ‥‥‥まあ、ここだけの話なのだがあやつは、優しいのでな嫌いではないのだ」
 皆の顔を見ていられなくなって、背を向ける。
「認めたくはないがその、あたしもな‥うむ‥察していただけるとありがたい」
「素敵な方ですものね」
 ほえほえと笑うラテリカ。エーディットが、ポン、と手を打った。
「お仕事でご一緒した時も『ナンパは演技だ!』って主張していたですよ〜。あれは、柚羅さんに誤解されない為だったのですね〜。らぶらぶです〜」
「〜‥!!」
 ついに頭を抱え込んだ桐生は、指先まで真っ赤になっていた。
「ふふ‥‥柚羅さん、可愛い。じゃ、次は私かな‥‥う、何か照れる」
 苦笑いのガブリエル。
「私の大事な子は不器用で鈍感で、全然スマートじゃないの。シェアトやラテリカは知ってるかもだけど。そういう点ではリュックさんと似てるかも」
 くすりと笑う。
「あの子といると子供に戻ったみたいな気分になる。すきすきすき‥‥バード失格ね、語彙の少ない赤ん坊みたいにそれで一杯になる。それが心地良い。他のどんな器用な色男でも駄目よ。こればかりはどうしようもない、それがわかるの」
 シャルロットは、少し驚いた。いかにも器用で大人なお姉さんなガブリエルが、相手の事を話す時、子供みたいな表情をする。
「だから、今更種族どうこう‥‥言えないわ」
「種族?」
「人間なの、あの子」
「それって‥‥」
 複雑な表情のシャルロットに、ガブリエルは微笑んでみせる。
「もう腐るほど悩んだもの。でも手放せないもの。側にいたい、時間が許すまでずっと。そう思うことを許すことにしたの」
「未来の離別に怯えて、今共に在れることを放棄するのは、あまりに悲しいからな」
 うむ、と桐生が頷く。例え生きる速さが同じであろうと、時に、あっけない程、別れは突然訪れる。
 かつてそれに涙した彼女だからこそ、共に在る事の出来る今の重みも知っている。
「幸せ、ですか?」
 口にした後で、その問いのあまりの拙さに、赤面するシャルロット。
 ガブリエルの笑顔が、全ての答えだった。
「お次は‥‥席順からいくと、シェアトさんでしょうか?」
 ボクはその次ですね、とクリス。
「私の話は‥‥つまらないですよ? 秋の終わりに‥‥気持ちを伝えて下さったのはあの人でしたけど、今背中を追いかけているのは私の方です。私だけが欲張りになるばかりで。無理をさせてないか心配で」
 それで良いのか、一緒に居て良いのか、悩んだこともある。それでも、一緒に居たいと、あの人は告げてくれた。
「何かしたいのに、結局何もしない事が一番なのが悔しくて‥‥なのにずるいですよね、私が一生懸命言葉や行動を探してもさらりと撫でてくれる手の大きさや温かさの方が何倍も‥‥勝てる訳、ないです。色んな面をもっと沢山見たいんですけど、近くて遠い‥‥私が頼りないからでしょうか」
 両手でカップを包み、ほう、と溜息を吐く。すっきりとした香りを胸に吸い込み、顔を上げた。
「でもその人から貰った大切な物を預けた人が悪魔に魅入られてしまったから両方取り戻す為に強くならないと‥‥潰れない様に」
 彼女に託した、早春の冷気の中咲き誇る、あの凛とした花のように。覚悟の色を湛えた横顔。その瞳は、真直ぐにあるべき己の姿を追っていた。
「‥‥少し、重い話をしてしまいましたね。お次は、クリスさんでしょうか?」
「ボクのお話は‥‥そうですね‥好きな人を想うと、キュンと胸が痛くなったり、近くに居れるだけで嬉しい筈なのに、何故か涙が出てきちゃったり。そんな時は『自分の気持ちに気付かなければ良かった』って思ってしまうです」
 事情を知らなくも無い面々は、ふと想いを馳せる。彼は、今どうしているだろうか。
「仕事柄、恋の詩の十や二十は諳んじられますけど、いざ本番では役に立たないです。あ、今の発言、吟遊詩人ギルドには内緒ですよ」
 てへへ、と笑うクリス。
「‥‥ラテリカ、昔は恋って良く分からなかったです。恋の歌も上手く歌えなくて‥‥でも、今は恋の歌は甘いだけじゃだめって意味も、少し分かるよになったです。クリスさんも、恋にお歌が役立てられなくても、恋はお歌を素敵にしてくれてるですよ、きっと」
「そうですね。クリスさんの歌は、笑顔や力を分けてくれているようで‥‥それはきっと、辛さや切なさを知っていて、それでも明るさを失わないクリスさんだからなのでしょうね」
「えへへ、何だか照れるですね。自分が笑うより出会った皆に微笑んでいて欲しい‥‥臆病な心を、そう誤魔化しているのですよ。不思議です‥‥人様の恋の応援なら、さらりと出来るのに」
「ま、皆そんなものよ、きっとね」
 誰でも、自分の恋には不器用だ。
「恋のお話をする皆さんは、いつもとちょっぴり違うお顔ですね」
 ラテリカが、くすりと笑った。
「私、何となく『恋』って形があると思ってました。でも、本当に人それぞれ、なんですね」
「恋の歌も、きっと恋の数だけ生まれるのよね。シャルロットちゃんも、自分なりの恋の形を見つけられたら、いいわね」

 さて。今まで話した彼女達の恋は、ある程度、周囲に知れたもの。しかし。
「私の恋話は〜‥」
 エーディットに、関しては、誰も何も知らないのだ。自然、注目が集まる。
「伝えたい事やしたい事は、思った時にやった方が良いですよ〜。自分が後悔しない道を選ぶのがポイントですよ〜」
 こくこく、と頷くシャルロット。
「私の恋話の詳細は〜」
 皆の期待が高まる。
「秘密なのです〜♪」
 がくり。その場の何かが、一斉に折れた。多分『期待』というやつが。
「この展開には覚えがあるです‥‥」
 去年の聖夜祭前とか、と呟くクリス。
「エーディットさーん‥‥」
 シャルロットの上目遣いも、笑って流すエーディット。手強い。彼女は『秘密』と言った。隠すからには何かある筈。
「いつか聞かせてくださいねっ」
「うふふ〜そうですね〜♪」
 その詳細は、残念ながらお預けとなった。

 一通り話が終わり、場が落ちついて来た頃。高い笑い声が風に乗って聞こえて来た。見に行ってみると、収穫したぶどうを少女達が踏んでいる。
「わあ、ボク達もやらせてもらいましょう☆」
 足を丁寧に洗って、スカートの裾をからげて。
「さ、シャルロットさんもこちらへ」
 シェアトの手を取って、恐る恐る足を踏み入れる。
「わ、何だか変な感じ、でも‥‥ふふ、面白い」
 喜びのリズムにのって、歌い、踊る。
「スカートひるがえしーてー♪」
「きっと素敵な恋のワインが出来上がるですね〜♪」
 エーディットも、歌う。その音はちょっと‥大分‥‥外れてはいたけれど、とても楽しそうに。
「折角ですし、合奏もしましょうです」
 ラテリカとシェアトが竪琴、ガブリエルが横笛、クリスがリュートを取り出して、腰掛ける。
「豪華な組み合わせですね〜♪ さあ、柚羅さんはこちらへ〜」
「わっ‥‥」
 着物の裾を絡げていいものか思案していた桐生の手を引いて、ぶどう踏みの輪の中へ。
 4つの音色が絶妙に重なり合って、楽しげな歌声を乗せて、秋晴れの空へと上ってゆく。豊穣の季節に感謝を捧げ、来年の恵みと‥‥たくさんの恋の、実りを願って。