明日はひとりで立つために

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月28日〜10月03日

リプレイ公開日:2007年10月06日

●オープニング

「リュシアン?」
 アメリーは、庭にしゃがみ込んでいる少年に声を掛けた。
「‥‥見つかった?」
 少年の手元を覗き込むと、煤けた色のクローバーをかき分けているようだった。少年は、ふるふると首を横に振る。
「今年は、もう終りね」
 今はほんの少ししか残っていないクローバーも、初夏には庭中を覆うほどに広がり、白い花をつけ、住人の目を楽しませていた。
「でも、来年またいっぱいに広がるわ、きっと」
「‥‥そうだね」
 この庭のクローバーは少し特別で、普通よりも四つ葉が見つかりやすい。アメリーとリュシアンは、それを探すのが好きだった。ひとつ見つかるごとに、幸せが積もっていくような気がして。
「さ、ごはんだから、中に入って?」
「うん‥‥」
 とてとて、と歩くが、あまり元気が無い。昨晩、夢にうなされて、夜中に暴れてしまったせいだ。それは、狂化と呼ばれる現象。リュシアンは、ハーフエルフだ。負の感情が高まったり、悪夢にうなされたりすると、見境無く暴れ、収まった後には疲れ果てて、ぐったりとしてしまう。
「あ、父さん起こしてきて?」
 そして、5つは年上に見えるアメリーは、人間。2人は、父親の違う兄妹である。
「うん‥‥」
 元気の無い背中が、痛々しい。でも、ここで自分まで落ち込んでは救いが無いと、アメリーは思う。
 母を亡くした直後は、本当に2人揃ってどん底で、どうしようも無かったけれど、その後、励ましてもらえて、笑わせてもらえて、優しくしてもらえて、叱ってもらえて‥‥明日も、明後日も、頑張ろうと思えるようになった。リュシアンも、少しでも狂化しないように頑張っているのが分るし、暴れてしまった後も、疲れきった体で、何とか片付けを手伝ってくれるようになった。実際に狂化を止める事は殆ど出来ていないけれど、世間の目も相変わらず温かくはないけれど‥‥明日は、今日よりいい日にしよう、そう思える事が、アメリーの顔を上げさせる。もっと、頑張らないと。リュシアンだって、頑張っているのだから。
「おはよう、父さん」
「おはよう」
 昨夜遅く帰宅した父が、眠い目を擦っている。その仕種が子供のようで、アメリーはくすくすと笑った。
「何だ? ‥‥ああ、そうだアメリー、話があるんだった」
「なあに?」
 朝食を整え、席に着くと、父‥‥ユルバンは、こほん、と咳払いをした。
「あー‥‥お前に、見合いの話が来てる」
「‥‥は? ‥‥‥えええっ? 私、まだ17なんだけどっ‥‥っていうかね、私がお嫁に行ったら‥‥」
 ちらり、とリュシアンを窺う。リュシアンは、ただひたすら驚いているようだ。
「うん。だから断っていいんだ。むしろ断る事が前提だ。俺だって、まだお前に嫁に行って欲しくはないよ」
「‥‥は?」
「つまりな?」

 その後、ユルバンが色々とアメリーに話していたようだが、リュシアンの耳には入らなかった。
(「アメリーが結婚‥‥?」)
 そうすると、自分はどうなるだろう。実際問題として、自分が1人で生活することは無理だ。父は居るけれど、あまり家には居ないし。そこまで考えて、自分が、いかに妹に依存して生きているかという事に呆然とした。
『妹を守れ』
 かつて言われた言葉が、胸を締め付ける。そうありたいとは思ってきたけれど、結局あの時から、何も変わっていないではないか。昨晩だって‥‥

「‥‥まあ、そういう訳だから」
「うーん‥‥父さんのお得意さんなら、仕方ないけど‥‥リュシアンは、どうするの? 父さんも私とパリに行くんでしょう?」
 以前程ではないとはいえ、情緒不安定で、ともすれば狂化を起こすリュシアンを、滅多な人には預けられない。
「ああ、それは、また冒険者ギルドに頼んできたから。その費用も、あちらで持ってくれるらしい」
「手早いわね‥‥まぁ、冒険者ギルドの人たちなら、大丈夫かな‥‥リュシアン? 聞いてる? 私、何日か留守にするからね?」

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec1358 アルフィエーラ・レーヴェンフルス(22歳・♀・バード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec1752 リフィカ・レーヴェンフルス(47歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec3845 セバスチャン・オーキッド(56歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 紅く染まる瞳は夕焼け空の色
 手を繋いで見ていよう 夜の帳が降りるまで

 闇に瞬く光 ひとつ ふたつ
 天の星 地の灯火を数えて

 数える声を重ね みっつ よっつ
 繋いだ心に星が降る

 耳を澄ませて いつつ むっつ
 独りの日も遠くに在る声を感じて‥‥

 夕焼けの帰り道。シェアト・レフロージュ(ea3869)の歌声は、茜色の世界に優しく溶ける。


「やっほ〜、元気だった?」
 笑顔全開のラファエル・クアルト(ea8898)。
 つられて、リュシアンの表情も和らぐ。
「アメリーちゃんがお見合いなんですって?」
「うん‥‥」
 少し下がった頭を、ぽんぽん、と撫でる。
「はい、前にも言ったでしょ? 顔を上げる〜!」
「ん‥‥」
「では早速家事に取り掛からせて頂きましょう。リュシアン様、私の事は爺とでもお呼び下さい」
 セバスチャン・オーキッド(ec3845)が姿勢を正す。
「爺、さん?」
「流石に50前の身に『ジイサン』は嬉しくありませんなあ」
「さん、ない方がいいの?」
「左様で」
「?」
 首を傾げるリュシアンであった。

 右手をシェアト、左手をラテリカ・ラートベル(ea1641)と繋いで、森を歩く。
「パリから戻ったお2人にびっくりして頂くです♪」
 収穫祭に備えて家の中を飾るため、材料の枝、葉、木の実やハーブを集めにやって来たのだ。
「少し休憩しませんか?」
 とシェアト。落ち葉の絨毯に、腰掛ける。他愛無い話をして、おやつを摘んで、歌を習って口ずさむ。
「アメリーさん、そろそろパリに着く頃でしょか。お見合い、どうなるでしょね」
 少し俯いたリュシアンの肩に、シェアトがそっと手を置いた。
「今回断ったとしても、いつかはアメリーさんにも、想う人が現れる時が来る訳で‥‥勿論リュシアンさんにも」
「僕? まさか‥‥」
「そんな風に、思わないで下さい。私の好きな人はハーフエルフで‥‥彼の狂化は見た事は無いですが、心が揺れる時は星を数えるのだと話してくれました。私に何が出来なくても、側に居てくれると幸せです。誰かを愛したり愛されたり‥‥自分には無縁と思っていても‥‥居るんですよ‥‥何処かに必ず」
「‥‥?」
 あまり想像が付かないようだ。
「ラテリカさんも?」
「ラテリカはこんなでももうお嫁さんです」
 驚くリュシアンに微笑みかける。
「ラテリカ、旦那さまのことが大好きですけど、お兄ちゃん達のことも大好きなままです。そのうちアメリーさんがお嫁さんになる時が来ても、忘れないで下さいね、家族の絆は、切れないいうこと」
「家族の、絆」
 リュシアンにとって、絆とは、家族とのみ持つものだった。でも、本当はもっと、色々な種類があって‥‥アメリーや、もしかしたら自分も、それを他の誰かと繋ぐ日が来るのかも知れない。親兄妹だけの小さな世界が、少しずつ広がっていく。
 その後籠一杯の材料を集めて、夕焼けの中、3人で手を繋いで家路を辿った。

「あらぁ〜?」
 首を傾げるエーディット・ブラウン(eb1460)。
「どうしたの?」
 洗濯物を干しに出たラファエル。
「鳥の餌台を作ろうと思ったのですけど〜」
 図面はきちんとひけたものの、目の前の物体はちょっと‥‥違う。
「ああ、だったらここは‥‥」
 少し手直し。
「工作は割と得意なの」
「さすがなのです〜♪ これで野鳥が寄ってくるかも〜。動物との触れ合いは気持ちが安らぎますよ〜♪」
 幸せそうに笑う。帰宅したリュシアンが、驚き喜んだ事は言うまでも無い。

 就寝時。
「良い夢を見るためには〜まずは枕元に、山と鷹と紫の野菜の絵をおいておくのと〜」
 いそいそと絵を並べるエーディット。
「紫?」
「寝る前に幸せな事を考えるのです〜。もし悪い夢を見た時は〜。夢を良い物に変えてしまうのです〜」
「ラテリカも、それがいい思うです。悲しい夢の事、考えないじゃなく、じっくり考えるが良い思います。夢の中の悲しい出来事を楽しい出来事に、涙を笑顔に。こんな夢なら良いのにって考えていれば、いつの間にか、本当にそうなるかも知れませんですよ」
「その通りですよ〜。まずは悪い夢は慌てず夢だと気付くように頑張ってみましょう〜。次は目の前のものを掴んで、その次は‥‥と徐々に挑戦していくのです〜。早めに『これは夢だ』と判断するのと『自分は出来る』と信じるのがコツですよ〜」
 一富士ニ鷹以下略が効いたのかどうか。その夜、リュシアンは夢も見ずにぐっすり眠った。

「ちょっと、いいかな」
 朝食後リフィカ・レーヴェンフルス(ec1752)に声を掛けられた。庭に出て並んで座る。
「この前『妹を守れ』と言ったね。君がどう捉えているか、少し気になった。前回は、少し言い過ぎた感もあるし、私の話を聞いて、今後の参考にしてもらえればと思ってね」
 リュシアンは頷いた。彼にとって、リフィカは目標。自然、背筋も伸びる。
「6月の末、妹のフィエーラが結婚したんだ」
 リフィカは溜息を吐いた。
「相手は妹の婚約者でハーフエルフ。前々から決まっていた事とはいえ、正直癪でね。考えてもみてくれ。いつも妹は私と一緒だったんだ、私の宝、私が守ってきたんだ! それがアッサリと他の男に取られてしまった。妹が幸せならそれでいい、なんて格好良いことは言えず、それどころか、嫁になんていくな‥‥と婚儀前夜まで駄々をこねたよ。私も家事はからきしでいつも妹任せだったしね。が、妹には泣きながら罵られてビンタを喰らったよ」
「ええっ!?」
 駄々をこねてビンタを張られるリフィカ‥‥想像しにくい。でも、その気持ちは少し‥大分‥‥分かる。
「その姿を見て、私は自己嫌悪に陥った。妹の幸せを願ってるのに泣かせてどうするんだと。だから私は決めた。妹が巣立つ小鳥なら、私は彼女がいつでも帰れる大樹になろうと‥‥変わらず妹を守ると。君は君の思うようにアメリー君を守ればいい。妹が流す涙は嬉し涙だけに出来るように、ね」
 散々、泣かせた挙句、泣くことまで忘れさせた。そんなリュシアンにとって、その言葉は重い。でもそれは嫌な重みではなくて‥‥戒めとして、体の中心に置いておくべきような。
「さ、私の話はおしまいだ。後は君がよく考えて、結論を出せばいいさ」
「うん‥‥リフィカさんは、結婚しないの?」
「ははっ。どうだろうね」
 カラリと笑うリフィカを、リュシアンはやはり格好いいと思った。

 収穫祭の飾りを作りながら、ふとラファエルが訊ねた。
「びっくりした? アメリーちゃんが結婚するかもって初めて考えて」
 こくり、と頷くリュシアン。
「でも、それって私達の種族関係なく普通のことだから。家族ってのは初めは小さなひとつのものから、それぞれが自分の家族を作って広がっていく‥‥そういうもの」
 語りながら、ラファエルは昔の事を思い出した。人間の父が亡くなり、母が再婚してから家を出た。それは、母を守ってくれる誰かが出来たので自分は不要と思ったのと、もうひとつ。
「ま、寂しくないって言ったら嘘だけど」
「僕も、寂しい」
 家族の絆。切れないと思っても、きっと寂しい。リフィカも、寂しかったと言っていた。でも、多分乗り越えなくてはならないもの。そこから、また新しい何かが生まれるから。

「そう、ここをを押さえて‥2本一緒に‥‥」
 チン、トテトテ‥‥シャン‥テン、ツルテン‥‥
 聞き慣れない音が、流れる。ぎこちないそれは、同じフレーズを繰り返すうち、少しずつ滑らかになっていく。
「これは、ジャパンの楽器で、三味線といいます」
 アルフィエーラ・レーヴェンフルス(ec1358)が教えてくれる。
「ジャパン‥‥」
 想像も付かない程、遠いところだ。
「すごいね。歌も、楽器も、上手‥‥」
「バードですから。‥‥私がバードになったのは、1人でも生きる術を身につける為でした」
「生きる、術」
「兄はご存知の通り、人間です。私とは時間の流れ方が違う‥‥寿命で言うならば、彼が先にいなくなります。凄く不安で怖くて‥‥」
 それは、リュシアンにも良く分かる。アメリーは、どんどん大きくなる。置いていかれる。‥‥いつか、先に逝ってしまう。
「でもそれは受け入れなくては」
 真直ぐ、視線を合わせる。
「子供の頃、兄は私を守り育ててくれました。私達の父は、私が生まれる前に亡くなったので兄が父代わりでもあります。だから、兄を心配させないように‥‥笑っていられるように。私は歌と楽器を学び、冒険者になりました。自分の足で明日への一歩を進めるように。どうかリュシアンさんも自分の足で立つ事を少し考えてみて下さい」
 こくり、と頷く。それは、ここ数日ずっと考えていた事だった。

「爺‥‥」
「おや、リュシアン様」
 食器を洗っていたセバスチャンの裾を引く。
「家事って‥‥難しい?」
「いいえ、すぐに出来るようなことも沢山ございますよ」
 数分後、並んで食器を磨いている2人の姿があった。
「実は、私の息子はハーフエルフでございます」
 皿を取り落としそうになって、慌てて支える。
「息子は怖い体験をするのが好きな子供でございましたが、木に登っては狂化して落ちておりましたねぇ」
 懐かしむような瞳。こんなに優しく狂化を語る人をリュシアンは知らない。
「狂化とは、一生付き合っていかねばばらない魂でございます。枷と取るか、生涯の相棒と取るか、それは人それぞれでございます。ですが欠点ではなく、ハーフエルフにしかない特徴のひとつだと思えば宜しいのでございます。私は少なくとも、そう思っておりますよ」
「でも、僕は物を壊すし、騒ぐ‥‥狂化した後は凄く疲れて‥‥辛い」
「リュシアン様はまだ10歳を越えたばかりとか。それでは上手に狂化とお付き合い出来ないのも無理はございません。妹君がご結婚とあれば心穏やかにお過ごしでは無いと愚考致しますが、リュシアン様の第一のお仕事は、まず年を重ねる事でございます。その間に得た色々な経験を糧とする事でございます」
「‥‥僕、早く大人になりたい。1人で立てるように、ならなくちゃ‥‥」
「1人でお過ごしになるのは不安でございましょう。無理もございません。ですから、この爺にその手助けをさせていただければ。家事が出来るようになれば一人前の一歩でございますし」
 ピカピカになった皿を見つめるリュシアンに、笑みを浮かべる。
「覚えるとなかなか楽しいものでございましょう?」
「うん」
「それから‥‥私は息子がハーフエルフで良かったと思っておりますよ。リュシアン様のお父様も、きっと‥‥。今度、お尋ねになってみてはいかがでしょう」
「‥‥うん」
「あれ? リュシアン、家事覚えてるの?」
 こちらは掃除をしていたラファエル。
「うん、家のこと自分でできるようになるのはいいかも」
「ラファエルさんも、教えてくれる?」
「まっかせて。じゃあ、それが終わったら、掃除しましょう」

「綺麗にできましたねー」
 少しずつ進めていた飾りつけが、完成した。ラテリカが旦那さまから貰ってきたというハギレで、枝や実を飾り、棘を隠して。秋の花も飾る。飾り気の無い部屋が賑やかになった。暖炉の上にみっつ並んだ松ぼっくりの人形は、リュシアンと、アメリーと、ユルバン。皆それぞれ手伝ったから、随所に各人の工夫が表れていて、楽しい。
「テーマは『妖精の演奏会』なのです〜♪」
 飾りつけが出来たら、その部屋で演奏会。淡い色合いのゆったりとした服に身を包んだバード達が並ぶ。衣装は、家にあった布を所々縫い合せたり折り返したりで作っただけのシンプルなものだが、その古風な形が賑やかな室内と良く合っている。
 それぞれ竪琴を構え、息を合わせて歌い、奏でる。三様の歌声と音色が絡まり、溶け合い、新しい音を作る。
 収穫に、感謝を。食べ物に、感謝を。そして、生きている事に、ここに在ることに感謝を捧ぐ歌。人はパンを、リスは木の実を‥‥日々の喜びを歌う。数度繰り返して、歌詞や旋律を、皆が大体覚えた頃。
「皆さんも、ご一緒に」
 誘われて、皆で歌う。賑やかな歌声で、部屋が一杯になる。

「もうすぐ、アメリーさん達が帰って来る頃でしょうか」
「あ、そうだ‥‥」
 リュシアンは棚から2つに折った布を持ち出した。
「これ‥‥貰って欲しい」
 布を開くと、四葉のクローバー。
「庭で見つけたのを、取っておきたくて‥‥」
 押し葉にして、残しておいた。
「幸せを、分けられたら、良いなって」
 基本的に表情の乏しいリュシアンが、笑った。
「ただいま〜」
 そこに、アメリーが帰ってきた。
「あら‥‥」
 賑やかな部屋に、目を細める。
「綺麗ねえ」
「これは、すごいな」
 後から入っていたユルバンも、同様に。
「皆さん、ありがとうございました。大変なこととか‥‥ありませんでした?」
「いいえ、楽しかったです。リュシアンさん、初めてなのに、楽器が上手なんですよ」
「お声もきれいだから、お歌も素敵なのですよ」
「‥‥ユルバンさん?」
 ラファエルが声を掛けた。心なしか、ユルバンの表情が固い。
「あ、いや‥何でも。そう、私は不得手ですが、妻がよく歌っていました」
 懐かしむような笑顔には、先程の影は無い。
「お見合いの首尾はいかがでしたかな?」
 聞きたくても聞けないリュシアンの様子を認めて、セバスチャンが問いかける。
「お話自体は、お断りしますけど、楽しかったです。リュシアンの話も少し、したんですけど‥‥相手にもハーフエルフのお知合いがいらして。とてもいい人達だって。彼、すごく女性が苦手らしくて、男性に、お見合いの練習に、女装してもらったとか‥‥」
「素敵です〜♪」
 見てみたいです〜♪ とエーディット。
「ご本人の名誉の為にお名前は伏せられてましたけど、凄く女装の似合う綺麗な銀髪の人だったそうですよ」
 ぴくり、とリフィカの眉が跳ね上がる。
「銀髪で女顔のハーフエルフ?」
「でも、リフィ。同じ条件の人なんて、沢山‥ね?」
「ああ。‥‥だが、一応、戻ったら色々と『詳しく』話を聞かないとな」
 例えば、この5日間、何をしていたか、とか。微笑に、黒い迫力が篭る。
「万が一ということがあるから、な」
「何か拙いこと、言いました?」
 おろおろと、アメリーが呟く。彼は誤魔化し切ることが出来るのか。銀髪の君の運命やいかに。

「それでは、失礼仕ります」
 帰る冒険者達に、リュシアンは大きく手を振った。
「楽しかった?」
 アメリーの問いに、頷く。
「良かったね。‥‥さあ、食事の支度、しないと」
「僕も、手伝う」
 アメリーは少し驚き、やがて笑顔になった。
「ありがと、兄さん」

『焦らずじっくり頑張るのですよ〜』
 言われた言葉を思い出す。ゆっくりでいい。皆そう言う。でも‥‥
「父さんや、アメリーの時間は、倍の速さで流れていくから‥‥だから、僕は普通より、早く‥‥1人で立てるように、ならないと」
 小さな一歩は、貴重で、でもそれだけでは‥‥焦らなくては、間に合わない。妹の背中を見つめ、リュシアンは呟いた。

 ふと庭を眺める。餌代の上、餌を啄んでいた小鳥が、高く飛び上がった。