パリの灯は暖かく
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■ショートシナリオ
担当:紡木
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:4
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月25日〜10月28日
リプレイ公開日:2007年11月02日
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●オープニング
カラン、カラーン‥‥
高らかに響く鐘の音。
しん、と静まりかえった教会には、沢山の親しい顔があった。皆、優しく暖かく、こちらを見つめている。
1歩1歩踏みしめる道の先で、微笑んでいる、人は。
顔を見上げて、少し、泣きそうになる。
差し出された手に、ゆっくり、ゆっくりと、手を重ね‥‥ようとして。
一瞬早く、その手を取る誰か。
―え?
自分より高い位置にある顔は、ヴェールに隠れて良く見えないが、纏められた黒髪が透けている。
―ん? ヴェール‥‥私、ヴェール、してないっ!
どうりで、周りがはっきりくっきり見えるはず。
慌てているうちに、2人は手を取り合ったまま祭壇の前へ。
―え、ちょ、ちょっと待って、ヴェール持ってくるから‥‥って、あれ?
手元を見ると、ちゃんと持っている‥‥長い裾を。その先は『誰か』の頭。
―こ、これって。もしかして私‥‥ブライドメイド?
あの人の手が、そっと『誰か』のヴェールを捲る。照れたように微笑み交わして、ゆっくりと、その顔が近づ‥
「ちょ、ちょっと待って〜〜〜〜!!」
自分の声で、目が覚めた。
「い、嫌な夢‥‥」
シャルロットは、額を拭った。10月も半ばを過ぎたというのに、じっとりと汗をかいている。
「はぁぁぁ」
胸の奥から、空気を吐き出した。緊張しているからこんな夢を見るのだ、きっと。春からジャパンに行っていた店員、リュックが、今日帰って来る。とても、待ち遠しかった。そして、とても‥‥不安だった。
「どんな顔して会えばいいのよ〜ぅ」
毛布にくるまって、ごろごろとベットの上を転がる。
『私、あなたが好きだわ。ずっとずっと、あなたの事が好きだった』
「うあああああ‥‥」
何で言えたのか。それは暫く会えないと分かっていたから。つまり言い逃げ。
『私、諦めなくてよ。あなたが降参するまで、追いかけるわ。覚悟なさい、リュック・ラトゥール!』
「何よそれ! 何の覚悟よ!!」
ばしばしと枕を叩く。本当、人間追い詰められると何するか分かったものじゃない。そして後で思い出して悶えるのだ、こんな風に。その時はとにかく不安で、旅先で嫁でもとられたら堪らない、と無我夢中で。帰って来る時の事なんて、考えもしなかった。
「シャロン、どうしたの?」
「な、何でも無いわ、母さん。すぐ支度するね」
ドアの外に返事をして、ベッドから降りた。
「‥‥うん」
手をぐ、っと握り締めて、気合を入れる。もう一度、大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
セーヌの船着場。
懐かしい姿に、胸が温かくなった。
「リュック‥‥」
呟く。姿を見て、分かった。どれだけ会いたかったのか。怖かったけれど、不安だったけれど、恥ずかしかったけれど、やはり、会いたくて、会いたくて‥‥会いたかったのだ。
榛の瞳が、こちらを認めた。少し目を見開いて、パッと笑顔になる。そのまま向かってくる‥‥と思いきや、船を降りた所で、くるり、と振り返った。
すぐ後ろには、見慣れない帽子を深く被った、ジャパンの着物の‥‥女性。しずしずと歩いているが、最後の段差が少し高い。リュックが手を取って、降りるのを手伝った。そのまま、2人でこちらへ歩いて来る。
「お久しぶりです、只今、戻りました」
照れたように笑う。少し‥‥大分、大人っぽくなった、とシャルロットは思った。
「お帰り。待ちわびていたよ」
ブラン商会店主ダニエルが、ばん、とリュックの肩を叩いた。
「逞しくなったね」
「はは‥‥散々、力仕事してきましたから。あ、こちら‥‥」
言って、1歩下がる。
「うん、話は手紙で聞いてるよ」
「ハジメマシテ。じゃぱんカラ、キマシタ。あまぎかえで‥デス」
帽子―傘、というらしい―を取る。
(「黒‥‥」)
後ろで纏められた髪の色に、ドキリとする。
腰から体を折って、深々と頭を下げると、言った。
「ハナヨメ‥‥シュギョウ‥‥ニ、キタ‥‥キマシタ。ヨロシクオネガイシマス」
ハナヨメシュギョウ。はなよめしゅぎょう‥‥花嫁修行!?
一瞬、リュックが何か言いたそうな顔をして、結局黙った。
「うん。ゲルマン語がお上手だ。私はダニエル・ブラン。宜しく、楓さん。こちらは妻と、娘の‥‥」
促されて、上の空で自己紹介。そのまま、店に戻る事になった。
「リュック‥‥」
「お久しぶりです、お嬢さん」
並んで歩く。何事も無かったみたいに、ただ、会えて嬉しい、そんな風に、リュックは笑った。
(「やきもきしてたのは、私だけ、なのね‥‥」)
「ねえ‥‥かえで、さん? 彼女、何?」
ダニエルと話しながら、先を歩く黒髪の女性。一応聞いておく‥‥という風に、話を振った。しかし‥
「え‥‥ああ、彼女は俺が働いてた店の奉公人で‥」
「っていうか、花嫁修業って何!?」
つい、回答を最後まで待たず、聞いてしまった。
「それは‥あー‥‥」
「答えたくないのね。もう良いわ‥‥」
「‥‥すいません」
「父さんは知ってたのね」
「あ、はい。暫く店で働く事になってるんで、旦那には予め。お嬢さんも聞いていると思ってたんですけど」
「聞いてないわ」
「そうですか。あ、収穫祭中で、街が賑やかですね。何か、懐かしいな」
「そうね」
「‥‥‥‥‥」
沈黙が落ちる。
「‥‥明日ね、パーティーの予定だから。かえでさんの歓迎会も、兼ねるわね」
「あ、ありがとうございます。彼女も、きっと喜びますよ」
「そうだと良いわ」
「パーティーっていうと、あの人達も?」
「ギルドに招待状出しておいたから、きっと来てくれると思うわ」
「はは‥‥久しぶりだな。楽しみです」
偶には、格好良いんじゃなくって、可愛い格好も見たいなぁ、などと呟いている。
「あ‥‥そうだ。大事な事、言い忘れてました」
「な、何かしら?」
ぎく、と立ち止まるシャルロット。
「ただいま帰りました、お嬢さん」
少し大人っぽくなった顔で、以前と同じように笑う。
「あ‥‥‥。ふふ‥‥おかえり、リュック」
●リプレイ本文
「リュックさんお帰りなさい☆」
「おかえりなさい〜」
クリス・ラインハルト(ea2004)や、エーディット・ブラウン(eb1460)、他も皆で再会を喜び合う。
「逞しくなられましたね。ジャパンで沢山のものを得ましたか?」
満面笑顔のミカエル・テルセーロ(ea1674)。
「ええ、色々と」
「お土産話、聞かせて下さいね」
夕方からのパーティーで、沢山話が出来るだろう。
「お久しぶりです」
「えっと? あぁ! レオパルドさん。うわ‥‥1年振り、ですかね?」
「そうなりますね」
微笑む若い男。
「今日、ニコラとコレットも来ますよ」
「楽しみです。‥‥ブラン商会の方々は、初めまして。以前、リュックさんの依頼を受けた事があります、レオパルド・ブリツィ(ea7890)です」
「は、初めまして‥‥」
少し緊張した面持ちのシャルロット。
「皆さん、ようこそ。開始まで少しあるので、寛いでお待ち下さいね」
「すいません、結局手伝って貰って‥‥」
「力仕事くらいしか出来ませんから」
大きな机を運びつつ、話をするリュックとレオパルド。
「リュックさんこそ、主役ですのに」
「性分で。この店でじっとしてると、落ち着かないんですよ」
苦笑を浮べ合う。そんな調子で、夕方にはパーティーの準備が調った。
「えへへ、こやってると『レ・シャトン。』のこと思い出すです♪」
以前告白作戦が行われた客室で音合わせのラテリカ・ラートベル(ea1641)。『ジャパンの曲をお教えするですから、一緒に演奏しませんか?』というクリスの誘いで、歌と演奏を披露することになった。
「楽屋で音合わせ、ですものね。一夜限り、心の中で再結成です☆」
パリ吟遊詩人ギルド発ユニット『レ・シャトン。』(内2名)。今宵、子猫達はどんな音楽を奏でるのだろう。
「お久しぶりです」
会場に来たニコラとコレットに声を掛けたレオパルド。
「ええと?」
「覚えていませんか? 昨年、収穫祭で‥‥」
簡単にその時の状況を話す。
「ああ! お久しぶり。でも、どうしてここに?」
「リュックさんとご縁がありまして。お2人は、上手くいったようですね」
「あの、そちらは?」
「私?」
「綺麗な女性と一緒でしたよね?」
「あ、それは‥‥」
片思いは演技でした、と言って良いものか。しかし、口籠った様子を見て、2人は別の解釈をしたらしい。
「すみません‥‥不躾でした」
「いえ、お気になさらず」
とりあえず、そういう事にしておこう。
長いドレス裾を捌きながら進み出るラテリカ。葡萄染めの薄紫が、銀の髪と良く合っている。隣には、ラテリカと同じブローチを付けたクリス。2人、視線を交わすと、クリスはリュートの、ラテリカは竪琴の、輝く弦の上、遊ぶように指をすべらせる。それは、感謝の歌。ノルマンの、そしてジャパンの実りに。実りの歌姫ラテリカが、歌詞を紡ぐ。
「コノ、ウタ‥‥」
カエデが、呟いた。
曲は、登りつめる。ラテリカの高音に、クリスが低音を重ねると、2人の歌声は、聴く者の心に、麦穂の囁きを、葡萄の輝きを、木の葉照らす陽光を‥‥人々の歌い、笑い、踊る声を描いた。楽の音は、感嘆のため息すら取り込んで、会場を包み込む。
―シャン‥‥
余韻すら惜しむ沈黙の後、盛大な拍手が響き渡った。
『如何でした? ジャパンで覚えた曲なのですけど』
クリスがジャパン語で話掛けると、俯いていたカエデが顔を上げた。眼の縁が赤い。
『とても懐かしい、大好きな、曲です‥‥ありがとう』
『それは良かったです。ノルマンの曲も演奏するですから、好きなって貰えると嬉しいです』
ラテリカもジャパン語で。
『はい。とっても楽しみです』
『はじめまして、カエデさん。パーティーの間は、僕達が交代で通訳を』
ミカエルの申し出に、カエデはちらり、とリュックを伺った。
『えええっと、リュックさんが付きっ切りで通訳してると、来客とのお時間が取れないです』
クリスが焦ったように言い募る。
「イイエ、デス」
「ジャパン語話さない約束なんです。ゲルマン語上達の為に」
「そういう事でしたか」
ほっ、と息をつくクリス。
「でも、折角のパーティーだし、今日くらいは良いんじゃないかな」
『本当? 嬉しい。皆さん宜しくお願い致します』
『よろしくですよ〜。こちらのクリスさんは鳥の鳴真似の達人で、ラテリカさんは可愛いまるごとさんで、ユリゼさんは王子様なのですよ〜♪』
『まるごと? 王子様?』
「さ、リュックさん、皆がお待ちかねですよ☆」
エーディットが皆の紹介をしている間に、クリスがリュックを促して、招待客の方へ移らせる。早速近所の子供に囲まれた。
『さて、カエデさん。貴女のお名前は今の季節に美しい「楓」と書かれるんですか?』
ミカエルが指で『楓』と書くと、彼女の顔がぱっと輝いた。
『はい』
『お話に聞けば、花嫁修業に来られたとのこと。僕の記憶が正しければ、ジャパンは礼節を尊ぶ国、母国でも修行は十分に可能かと思うのですが‥‥』
『礼儀作法ではなく、ノルマンについて、学びに参りました。言葉、文化、人‥‥。それに‥‥』
少し口籠って、それから、花が咲いたように笑みを浮べた。
『大切な人が、生まれた国ですから』
「‥‥例の傷は癒えたのでしょうか?」
ふと、レオパルドが尋ねた。
「傷‥‥ああ、もうすっかり」
「それは良かった」
初恋に止めを刺した1人として、少し気になっていたのだ。
「新しい恋のお陰でしょうか」
「えっ‥‥」
少し動揺を見せるリュック。
「カエデさんの黒髪、美しいですね」
「あ、はい。そうですね、本当に」
軽く水を向けてみるも、反応は薄い。
(「やはり、彼女はリュックさんとは知合いというだけの様な気が‥‥」)
「うお‥っ」
刺繍入りの白いゆったりブラウスと、若草色のスカートのユリゼ・ファルアート(ea3502)に、リュックは眼を丸くした。
「どう?」
「珍しいですね」
「‥‥女の子に服の感想聞かれてそれは無いと思うわ。確かに、おばあちゃんにも『こりゃ雨が降る』って言われたけど」
「でも、凄く良いです。普段から着たら良いのに」
声には、素直な感嘆が滲んでいる。
「ん〜、嫌いじゃないんだけど、職業柄、余りスカートはかないから‥‥って、そんな話じゃなくてね」
リュックを物陰に連れて行き、
「彼女‥‥まさか押しかけ女房を断りきれなかった、なんて言うんじゃないわよね」
にっこり、微笑んだ。妙に圧倒されつつ、何の事‥‥と首を捻るリュック。
「‥‥て、楓さん? ち、違いますよ!」
「じゃあ、どういう事なの?」
「人の事情を、勝手に話せませんて」
「まあそうよね‥‥でも、それでシャルロットちゃんがどう感じるかとか、考えなかった?」
「‥‥あ」
この朴念仁、と溜息を吐く。全く、どうしてくれよう。
『お嬢さんは、嬉しい気持ちだけを素直に、ね』
ふと、ミカエルに言われた言葉を思い返すシャルロット。皆楓の事に興味深々だから、上手く聞き出してくれるだろう、とも。
「どうかされましたか?」
「え‥‥いいえ、何でも。リディーさん、こういうお衣装も素敵です」
「ありがとうございます。‥‥こういう衣装『も』、ですか」
貴族風の上着に細身のズボン、装飾の施されたブーツのリディエール・アンティロープ(eb5977)。ひとつに括った髪型と相まって、中々凛々しい仕上がりである。今日はユリゼ王子がスカートなので、シャルロットのエスコートを務めている。
「今回はちゃんと男の格好で‥‥というか、どうしてそれを断らなくてはならないのでしょうね‥‥」
「‥‥だって、リディーさん似合いすぎるんですもの」
『楓さんは花嫁さんになられるですよね? ジャパンの花嫁修業、こちらと同じなのでしょか?』
元花嫁のラテリカが、興味津々で問いかける。
『そうですねぇ‥‥』
楓の説明を、シャルロットに通訳して、一緒に勉強である。そのココロは『リュックさんにアピールです』なのだが、本人他の招待客と話し込み中。‥‥なので、気になっていた事を聞いてみた。
『楓さんは修業中なのですよね? その‥‥実際に花嫁になられるご予定ですとか‥‥』
『まだ、決定ではないのです。その‥‥』
指を組み替えながら呟く。
しきりに照れている様子からは、リュックが相手とは考え難い、とラテリカは思った。彼とはごく普通に接しているからだ。そもそも、もし彼ならダニエルが何も言わないのが妙である。
『相手は、どんな場合でも、と言ってくれてはいるのですが』
『素敵です〜。もしもの時は駆け落ちですね〜♪』
エーディットが言うと、楓はぎょっとして立ち上がった。
『ほ、ほんな、だっちもねぇこん‥‥!』
叫んで、はっと口元を押さえる。
『ああの‥これはその‥‥』
周囲がぽかん、としているのを認めて、顔が真っ赤になった。
『もしかして、今のは地方の言葉では〜?』
この中では最もジャパン語に長けたエーディットが、問いかける。
『はい。その、私は元々の田舎の出で‥‥今のは「そんなとんでもないこと」というような、意味、です、はい‥‥』
彼らには良く分からなかったが、彼女にとって恥かしい事らしい。
『薔薇色の頬を、少し冷ましに行きませんか?』
そこに颯爽と現れたのは、細身のパンツにベルトで絞ったブラウスのユリゼ。スカートから履き替えて簡易王子様に変身である。
「お嬢さん、私に町の祭りの様子を案内させて頂けますか?」
ノルマン語で言ってから、ジャパン語でも言い直して微笑みを浮べる。楓はこくりと頷いたので、ユリゼはその手を取って外へ出て行った。
「‥‥彼女の事が気になって、ちゃんと話してないんでしょ?」
去り際、シャルロットの耳元で囁き、そっと背中を押してから。
「単語帳、凄く役に立ちました。ありがとうございました」
「それは良かった。一生懸命勉強されたんですね」
楓と交わしていた流暢なジャパン語を思い出し、ミカエルが微笑んだ。
「ジャパンは、どんな国でした?」
行った事が無く、興味深いというリディエール。
「ん〜‥‥今ちょっと政治的には不安定な所もあるんですけど‥‥」
ぽつぽつと話し、やはりジャパンに行った事のあるミカエルが補足やコメントをしつつ、話に花を咲かせた。
「さて、まだ伺いたい話はありますが、僕達がリュックさんを独占していてはいけませんね」
「そうですね。‥‥あとは、帰りをずっと待っていた『貴方のお嬢さん』と積もる話でも‥‥」
それぞれ、やんわりと背中を押されたリュックとシャルロット。
「‥‥‥」
何となく周囲の意図が気恥ずかしくて黙り込む。
「そいや、ゆっくり話もしてませんでしたね」
「ええ」
「‥‥無事で良かった」
ぽつ、と呟く。7月の末。パリをも巻き込んで起った災厄の噂は、ジャパンにも届いていた。心配、していたのだ。
「この辺りでも騒ぎがあってね。近所で集まって家の中でじっとしてたの。‥‥怖かったわ。二度と会えなかったらどうしようって」
会場の隅。壁に寄りかかって、天井を仰ぐ。
「だからね、嬉しいのよ」
「そろそろお着替えですよ〜♪」
油断した、とリディエールが気づいた時には、時既に遅し。
「エ、エーディットさん、今回は、その‥‥」
言い訳を考えつつ、周囲を見回す。しかし、仲間(ミチヅレ候補)は、既に姿を消していた。
「ミカエルさんとレオパルドさんには、逃げられてしまったのです〜」
しゅーん、と小さくなるエーディット。ユリゼは外で、クリスとラテリカは子供達に曲をせがまれていて忙しい。
「リディエールさんも、逃げてしまうのですか〜?」
うるうると上目使いで見つめられ、冷や汗を浮べるリディエール。
(「あああ‥‥」)
「あ、リディーさん、違ったんだ‥‥」
悲しげに引き摺られて行く様子に、女装趣味に走った訳では無い事を悟って、少し安心したリュックであった。
『自己紹介が遅れたわね。ユリゼです、宜しく』
並んで歩く楓とユリゼ。
『天城楓です。ユリゼさん‥‥あ! 踊り子さんのお友達、ですよね? 一緒にお茶した時に、お名前を聞いた気が‥‥』
『一緒にお茶‥‥』
『時々、リュックさんと3人で。美味しそうに食べる子だなって』
『あの食いしん坊‥‥』
ぼそっと呟く。偵察はどうした。その様子には気付かず、続ける楓。
『私の下手な三味線で踊ってくれて。それが、とっても綺麗で‥‥』
楽しそうな様子に、何だか毒気を抜かれたユリゼ。
『ふふ、良かったわ。私、ジャパンには行った事が無いの。色々教えてくれる?』
その後、ジャパンの植物や気候等、様々な話をしながら町を歩いた。
『リュックさんって、あっちではどういう感じだったの? ‥‥楓さんにとって、どんな人?』
『働き者で、可愛がられてましたよ。私にとっては‥‥』
ふと考え、返ってきた答えは。
『理想の人です』
「お披露目です〜♪」
帰ってきた楓が眼にしたのは、ひらひらのドレスに身を包んだリディエールだった。
「キレイデス」
「‥‥ありがとうございます」
あんまり嬉しくない。
「じゃぱんノシバイ、オトコ、うちかけ、キル。のるまん、オナジ、スルデスネ」
「おおっ、女形のことですね?」
ぽん、とクリスが手を打った。
そして、少し離れた所では。
「リディーさん‥‥」
ミカエルとレオパルドが尊い犠牲に深い謝罪と感謝を捧げていた。
「そういえば‥‥あの衣装、どっから出てくるんです? 楓さんの桜色のドレスも、初めて見るんですけど」
リュックが出立する前は、マリー達が作ったり、冒険者の持参だったりしたのだが。ブラン商会は雑貨店。小物はともかく、衣装のストックはあまり無い筈だ。
「借りてきてるわ。予め見立ててもらってね。最近はいつもそんな感じ」
今回は薄紫の着物を見立ててもらったけど、流石にジャパンの衣装は無かったわ、と少し残念そうなシャルロット。
「‥‥それ、結構かかってるんじゃ」
費用的なものが。
「だって、楽しいんだもの」
「えーっと‥‥」
その感覚は、ちょっと問題かも、と思ったリュックだった。
「これ、良かったら」
パーティーも終わった帰り際、ラテリカがそっとキューピッド・タリスマンをシャルロットに差し出した。
「ありがとうございます。‥‥貰ってばっかりですね、私」
シャルロットが苦笑し、ポケットを探った。
「‥‥実は、私も持ってるんです。良かったら、こっち、受け取って貰えませんか?」
自分のタリスマンを差し出した。恋の成就を祈ってくれたのと同じくらい、ラテリカの恋がずっと幸せであるように祈りを込めて。
「楽しかったわね」
「ええ」
「ミナサン、ステキデシタ」
『楓サン、ヨロシクオ願イシマス』
シャルロットの口から出たジャパン語に、リュックが驚いた顔をした。
「‥‥勉強したのよ、春から、ちょっとだけ」
『宜しくお願いします、お嬢さん』
楓が微笑んだ。
つられて、リュックも笑う。
収穫祭の月、窓の外では、パリの灯りが、帰還を祝うかのように暖かく揺らめいていた。