【収穫祭】祝福の季節
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■ショートシナリオ
担当:紡木
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月30日〜11月04日
リプレイ公開日:2007年11月07日
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●オープニング
「乾杯!」
カシャン、と陶製のカップが小気味良い音を立てた。夕暮れの酒場。徐々に活気付きつつあるホールの端で、3人の若者が卓を囲んでいる。
「っ‥‥ぷはぁ。やっぱ、ノルマンのワインは最高だな」
早くもほんのり赤くなりつつ、今年出来立てのワインを煽る青年。
「ジャパンの酒は、合わなかった?」
こちらの青年は、少しだけ顔立ちが幼い。
「旨かったよ。でも故郷の味は格別だろやっぱ」
「飲み過ぎて潰れないでね。あんた、結構弱いんだから」
くすくすと笑う、同じ年頃の娘。
「ジャパンのお酒って強いんでしょ? 潰れなかった?」
「余計なお世話だ」
青年―リュック・ラトゥールは、ぷい、とそっぽを向いた。その仕草に、2人―ニコラとコレットは、揃って笑う。
「とにかく、無事で良かった。‥‥おかえり、リュック」
「‥‥おう」
「ねぇ、ジャパンの話、聞かせてよ。イギリスの話も聞きたいわ」
「ああ、話してやる。話してやるけど‥‥その前に聞いとく事がある」
言って、タン、とカップを置き、姿勢を正した。
「さて‥‥。レティが、未だにコレット・『デリダ』な理由を聞こうか、ニコラ・アーロン。お前ら、薬指のそれは、ただの飾りか? あぁ?」
ギロ、とニコラを睨む。来年には、子供の顔くらい見られるかも、と結構楽しみにしていたのに。
「ち、違うって」
こほん、と咳払いをして、やはり姿勢を正すニコラ。
「‥‥‥待ってたんだよ。帰って来るって聞いて、すぐ教会に頼んできた。名前は、いつ帰って来てもいいように、公示してあったし」
「‥‥でも、10月だぞ?」
コレットは、昔から妙に『6月の花嫁』に憧れている節があった。幼い頃に見た花嫁の姿が忘れられないのだそうだ。さすがに来年の6月までは待てないだろうし、自分がジャパンに行っている間に、とっくに結婚していると思ったのに。
「いいの。だって、あたし達、ずっと一緒だったじゃない。リュックの居ない結婚式なんて、考えられないもの」
コレットが微笑んだ。1年前より、ジャパンに旅立った時より、ずっと綺麗になった。‥‥そう、リュックは思った。
「それに、収穫祭中っていうのも素敵でしょ。大丈夫、ジューンブライドじゃなくても、きっちり幸せになるから」
そうやって話す様子こそが、とても幸せそうなのだ。つられて、リュックも微笑む。
「そりゃ‥‥ありがとな。‥‥まあ、あれだ。お互い初恋が実ってめでたいこった」
言うと、ニコラははにかみ、コレットは‥‥怪訝な顔をした。
「何だ、その顔は」
「‥‥‥あたしの初恋、ニコじゃないわよ?」
「は?」
「えええっ!」
リュックも驚いたが、ニコラはもっと驚いている。
「んじゃあ、誰だよ。ロラン? ヤニック? あ、ピーターか? お前、よく構われてたもんな、ガキの頃」
「な・ん・で! 15も年上の子守に恋しなきゃなんないのよ! ってぇかニコ。あんたも覚えてないわけ?」
「え、ええっと‥‥」
「‥‥‥もーさいてー‥」
「ってぇか、誰だっての」
呆れたようにリュックが尋ねると、ぎり、と睨み返された。
「あんたよ、あ・ん・た!」
「‥‥‥はい?」
「あたし、言ったわよ。『おとなになったらおよめさんにしてくれる?』って。そしたら‥‥そしたら」
くっ、と顔を背けるコレット。
「『だれがおまえなんかもらうか、ブス!』‥‥って!」
握った拳がぷるぷる震えている。
「で、傷心のあたしにニコが‥‥ねえニコ、本当に覚えてないの?」
笑顔を貼り付けたまま、だらだらと冷や汗を流すニコラ。覚えていないらしい。
「ふ‥‥男なんてそんなものよね。もういいわ。ニコはね『レティは、かわいいよ。だから、ぼくのおよめさんになって』って言ったの」
「‥‥なあ、それいつだよ」
「4歳の6月よ。近所で結婚式があった帰り」
「覚えてねぇよ! 何だ4歳って」
「あたしは覚えてたわよ! その時、将来はニコの可愛いお嫁さんになろうって決めたんだもの」
がくん、とリュックは机に突っ伏した。
‥‥っていうと何だ。悩み抜いた15年間は、全部自業自得だったとでもいうのか。去年はこの2人をくっつけるべく、みっともなく足掻いたというのに、実はプロポーズまで済んでいたとは。肝心のニコラは覚えていないみたいだが。自分も4才の頃の記憶は無いけれど、多分その頃からコレットが好きだった。内心嬉しかったに違いない。ブスだの何だのは、きっと照れ隠しで、しかしその不器用さが致命傷になった。一方、ニコラはそこにつけ込んで、ちゃっかり初恋の娘を射止めてしまった。
「‥‥‥そういう奴だよな、お前は」
ニコラを見つめた。さすが、人をけしかけて近所の林檎を盗みに行かせるだけの事はある。
「俺がジジイに見つかって追いかけられてる間に、こっそり侵入して、あっさり自分で盗んできたしな」
それを半分コレットに渡して、2人で仲良く食べてたっけ‥‥。呟きは、酒場の喧騒にかき消された。
「‥‥もう。仕方無い人ね」
「うん、ごめん‥‥」
でも‥‥、とリュックは思った。でも、きっと4歳児の失恋だのプロポーズだのは、ただの切欠で、そんな事がなくても、いずれ2人はこうなっただろう。見交わす視線は、他の誰を見る時とも違うから。
「まあ、その、何だ‥‥」
どうやら収まったらしい2人に、声を掛ける。自分の髪を、ぐしゃ、とかき混ぜた。
「良かったな。‥‥おめでとう」
心からの言葉。『3人』が『2人と1人』になるのは、少し寂しいけれど。
「うん‥‥」
「ありがとう、リュック」
2人の顔が、和んだ。こういう時、リュックが嘘を言わないことを、他の誰よりも知っているから。
リュックも、応えるように微笑んだ。
「‥‥そうだ。結婚式な、人が増えてもかまわねぇかな」
「ええ。大勢の方が、嬉しいもの」
「んじゃ、ちょっと俺に任せとけ。思いっきり盛り上げてやるよ。‥‥ああ、もしかしたら、お前らの大恩人も来てくれるかもしれねぇな」
大恩人? と首を傾げる2人に、ニッ、と、笑ってみせた。
●リプレイ本文
鐘が鳴り響く。
愛しい2人に、心から祝福を。
「これもいい思うです」
シャルロット私室。持ち衣装を広げて、エーディット・ブラウン(eb1460)とクリス、シャルロット、楓が服選びに夢中。
「主役は花嫁さんですから〜これ位シンプルな方がいいかも〜?」
「わたしモ、これガすてきおもうデス」
「『素敵だと思います』ね」
「はい、おじょうさん。『すてきダトおもいマス』」
「では、シャロンさんはこれに決定ですね☆ 楓さんは‥」
ノルマンの様式を学ぶ良い機会なので、楓も参列する事になっている。
「きもの、じゃぱんカラ、もってきマス、マシタ?」
「式はドレスが良いと思うわ。借りに行きましょ」
身支度に関して。時間が掛かるのは女子の宿命、楽しくて仕方ないのは女子の特性。
「あたしは祝福の踊りと豊穣の踊りなんだけど」
「こんな感じでしょか」
曲のさわりを奏でるラテリカ・ラートベル(ea1641)。
「うん」
頷くミラン・アレテューズ(eb7986)。目を瞑って、トン、と指で頬を叩いた。
「試しに踊りと合わせてみても良いかな」
「勿論ですよー」
「私は楽しい感じで。楽しいひと時を過ごしてもらえるようにしたいですね」
サーラ・カトレア(ea4078)が、唇に笑みを刷いた。
「お祝い事だしな。なるべく良い日になるように努力するとしようか」
「綺麗な栗色ですわ」
ジャパンの髪結刈萱菫(eb5761)が、コレットの髪を梳りながら、髪型を考案していた。衣装やヴェールと見比べつつ、様々な形を試している。
「どのような形がお好み? こちらの髪型も、大分研究しましたわ」
コレットは、手品のように動く手と、たちまちに形を変える髪に、感嘆の溜息を漏らした。
「じゃーん、試作が出来たよ!」
扉を開けたのは、エル・サーディミスト(ea1743)。手には、秋の花で作ったコサージュ。紫が基調の、上品な出来だ。
「収穫祭らしく、麦穂もあしらってみました〜☆」
「わ、素敵」
「髪の色と良く馴染みますわね」
「えへへ、ドレスが上品な形だから、こっちも落ち着いた感じで♪ これは試作〜。本番用は当日朝切った花で作るからね! ブーケもこんな感じで良い?」
「ええ。楽しみ! お願いします」
「まっかせて〜。いい日にしようね☆ 幸せな場面にはやっぱり花が必要だよね!」
「そうですわね。さあ、コサージュに会う髪型を考えますわ」
菫が、襷を締め直した。
「きゃぅっ」
長い棒を持ったラテリカが、バランスを崩した。その肩を、レオパルド・ブリツィ(ea7890)が支える。
「大丈夫ですか?」
「ありがとございます。お庭に風除けをご用意したいですけど‥‥」
柱を立て布を張るのだが、体力シフール並みのラテリカには難しい。
「僕がやりましょう」
軽々と柱を持ち上げるレオパルド。
「場所を指示して貰えますか? 僕、風は読めないので」
「はいですー」
「だめだめ、もっと優しく! 毟るんじゃなくて、外すんだよ〜」
「は、はいっ」
フラワーシャワー用の花弁を用意するエルと、手伝いのレオパルド。バスケットに、幸せ色が積み上がる。
着々と準備は整った。そして当日。
「おめでとう」
コレットに話しかけたユリゼ・ファルアート(ea3502)。
「この前パーティーに来てた方ですよね?」
「ええ。依頼でリュックさんと知り合って、偶然2人が幼馴染だって知ったの。1年前にも会ってるのよ、すれ違ってお茶したくらいだけど」
服装は、その時と同じものを揃えてみた。
うにゃぁ。ユリゼの腕の中、首に赤いリボンのアーモンドが声を上げる。
「‥‥もしかして」
胸元を探り、小さな青い袋を取り出した。
「これ、くれた人?」
それは、ラベンダー、タイム、ミントの香袋。もう、殆ど香りは無いけれど。
「あの日は、すごく大切な日なの。その記念に‥‥結婚式で、身に着けようって‥‥」
幸せのおまじない。花嫁が身につける4つの『何か』。
何か古いもの。母から貰った花嫁衣裳。
何か新しいもの。幼馴染が贈ってくれた真白い手袋。
何か借りたもの。憧れの花嫁だった近所の姉さんの首飾り。
そして、何か青いもの。2人の記念日に貰った、青い香袋。
「あの時の待ち合わせの相手が‥‥旦那様なのね? 友達から恋人へ‥綺麗に気持ちが実って‥とても素敵ね。末永く幸せに‥‥」
その香袋がリュックとお揃いなのは、心の中に閉まっておこう、とユリゼは思った。
「ええ、ありがとう」
花嫁の目元が、微かに光った。
祭壇への道を進み、神の前に立つ。
いかなる時も手を取り合い、生きていくことを誓う。これまでのように。これまで以上に。
指輪を交わし、視線を交わし、口付けを交わす。
「素敵です〜♪」
エーディットが、盛大に拍手を送る。その横で、楓が頬を染めていた。結婚式の作法はエーディットに習ってはいたものの、目にすると衝撃が大きい。
『大胆です‥‥』
思わず、ジャパン語で呟いた。
「‥‥コレットさん、お綺麗ですね」
庭に降りてくる新婦を見つめ、礼服のラテリカが、エルに囁きかけた。
エルお手製のコサージュにブーケ。ドレスにも花を飾り、衣装を引き立ててある。菫が張り切って結い上げた髪は、上品でいて華があり、花やドレス、ヴェールと上手く調和していた。
「ね〜♪ やっぱり良いよね、結婚式」
そして、それらを纏って輝く笑顔。
「キラキラでピカピカですね♪」
「いいなぁ、いいなぁ。見てるとこっちまで幸せになっちゃうよ‥‥」
ほう、と溜息。
「とっても、幸せで大切な日ですものね」
「だよね〜。ボクは友達と小さくお祝いしただけだったけど、それも大切な思い出だから〜」
「ラテリカも、ドレス着たですよー」
きゃ〜♪ と手を取り合う元花嫁達。
「さ、盛り上げていかないとね〜」
ゾーリャのドレスの、オーロラ色の裾を捌いて、エルが花を撒く。すると、各人に配っておいた花が次々に撒かれ、空を飾った。
「折角だし、ブーケ取っておいでよ。この幸せを掴み取れるように、ね♪」
「そですよ。想い人に積極的になれなくても、ブーケならご遠慮はいらないですよ」
エルとラテリカに見送られ。
「この辺りがよさそうですね」
「こういうのは取れるかどうかじゃないです〜。取るのですよ〜」
レオパルドとエーディットに誘導され、気付けば輪の中心に立っていた楓とシャルロット。
「幸せのお裾分けなのよ。ブーケを取った人が次の花嫁さんになるって」
「つぎノ‥‥」
ユリゼの言葉で、決意を固めたらしい楓。
「がんばりマショウ、おじょうさん」
頷くシャルロット。クリスにも、『ブーケトスには参加しなきゃ』と言われている。
そして、ブーケが宙を舞った。手を伸ばす、大勢の娘達。
新郎が新婦を抱え上げ、家の中へ。盛大な拍手が、宴会始まりの合図だ。ワインが樽ごと持ち込まれ、次々に注がれる。
「市場でミードも買ってきたよ☆ 飲んで飲んで〜」
給仕を手伝いながら、酌をして回るエル。
「えへへ、あらためておめでとっ♪ 幸せな家庭を築いてね。‥‥お産の時は手伝うからね〜」
「おさ‥‥っ」
真っ赤になる若い2人に、カラカラと笑いかけ、残った花を全て撒く。琥珀色のミードに、金色にも見える花弁が浮かんだ。
シュ‥‥ッ
ユリゼの掌から湧き出た水が、くるくると回って花の形に。どよめく周囲の視線を受けながら、ゆっくりと集まり、今度は大きなハート形へ。その上にワインを少し傾けると、ふんわり、淡い薔薇色に染まる。クリエイトウォーターとウォーターコントロールの合わせ業。御伽噺風王子様な衣装も手伝って、夢のような光景だ。
「おめでとう、2人とも」
「レオパルドさん‥‥」
思わず後ずさるリュック。目の前に、まるごとえんじぇる‥‥姿のレオパルド。獅子のマント止め凛々しい礼服姿はどこへやら。ぽっちゃり可愛いまるごとの手には、純白の大きな弓が握られている。
「宴会で出来る事を考えたのですが、これくらいしか‥‥似合いませんよね」
年の割に小柄で童顔なので、似合わないことは無い、が‥‥
「それでは、イッてきます」
爽やかな笑みに浮かぶ文字は『ヤケ』。
「ああ‥‥」
遠い処へ逝ってしまった。
「縁結びのキューピッドです! お2人を祝福に参りました」
「いいぞ、兄ちゃん!」
酔っ払いたちにやんやの喝采を浴びるレオパルド。その背に哀愁を見たのは、リュックだけであろう。
「風通しの良い所に吊るしておくと、ドライフラワーになるからね☆」
エルの言葉に頷く楓。手には花嫁のブーケ。周囲の娘達も頑張ったが、楓の気迫が1歩勝ったというところか。
「だいじにシマス」
きゅ、とブーケを抱きしめた。
「2人の所に行かなくていいの?」
リュックの隣で、芸を眺めるシャルロット。エーディットに、リュックの、本人も気付かない寂しさを紛らわせてあげるよう言われている。『幸せは自分の手で掴み取りに行かないと逃げてしまいますから〜‥‥だから、今を精一杯がんばりなさい〜』とも。
「後でも話せますから」
微笑む様子は、少し寂しそうだ。
「‥‥それ、似合ってますよ」
宴会だから、と式の時より可愛いドレスに着替え、髪を結い上げてある。
「ありがと」
髪にはジャパン土産の簪。菫に頼んで、それが映えるような髪型にしてもらったのだ。
褐色の肌が、篝火を受けて蜜色に輝く。瞳は、大地の色。ラテリカの伴奏で、真剣に踊るミラン。所作のひとつひとつに願いを込めて。2人の進む道、暮らしが、実り豊かなものであるように。小柄な体が、驚く程の存在感を持って、心に迫った。
ぴたり、演奏と舞が終わる。ミランが脇に下がると、入れ替わるように前に出たサーラ。
曲調が変わる。素朴で力強かった旋律が、軽妙で華やかなものへ。銀の髪が楽しげに流れる。見る者全て、心捕われずには居られない踊り。楽しい、嬉しい。溢れる気持ちを、振りまくように。
3人の踊りと演奏は、湧き上る拍手と歓声に彩られた。大変魅力的な2人の踊り子は、この後男性陣からひたすら声を掛けられ続けることになる。
ほてほてと2人の前に出るラテリカ。
「おめでとうございますー」
「ありがとう、ふぇれっとさん」
まるごとふぇれっと。首には可愛いリボン。
「お店でお会いしたカップルさんが、リュックさんのご親友だなんて、不思議なご縁なのです」
「あたし達もびっくりしたわ。メリーさんも、リュックのお知り合いなんですよね? パーティーにもいらしてたし」
あたし達の事知ってたけど、と首を傾げるコレット。
「ある時はまるごとメリ〜さんなウェイトレス〜♪」
「わっ」
真後ろで囁かれ、同時に振り向く新郎新婦。
「ある時は世を忍ぶ焼き菓子販売バイト〜♪」
エーディットが『焼き菓子販売バイト』の姿で立っていた。
「プレゼントです〜」
差し出されたのは、昔リュックが好きだった、くじ付きの焼き菓子。
「縁結びのペンダントは効いたみたいですね〜♪」
「‥‥あああっ、屋台の?!」
「です〜♪」
「え、ちょっと待って」
ニコラが額に手を当てる。
「レオパルドさんと、ユリゼさんと、エルフさんが、皆あの日に会った人で、リュックの知り合い?」
出来すぎている。というか‥‥
「おや、話す前にバレかけていますね」
と、レオパルド。
「あー‥‥好きにしてください」
手を振るリュック。事前計画では、全てレオパルドが話す筈であったが。
「それでは」
それは、一年前。1人の青年が冒険者ギルドを訪れた。彼が願ったのは、大切な幼馴染達の幸せ。
「‥‥そ、それじゃ、あんた、全部覗いてた訳!?」
ガクガクとリュックを揺さぶるコレット。
「上手く行ったの確認して帰ったから、その先は見てねーよ」
「そういう問題じゃ‥‥ちょっと、ニコ、あんたも何か‥‥ニコ?」
ニコラは、俯いて震えていた。知っている。1年前、リュックがどんな思いでコレットを見ていたか。だから、どんな思いでその依頼を出したのか、容易に想像がついた。‥‥どれだけ、リュックが、自分達を想っていてくれたことか。
「ありがとう、リュック」
「けっ」
そっぽを向いた顔が赤いのは、酒のせいだけではあるまい。
「あれからもう1年ですか。感慨深いですね‥‥リュックさんにも素敵な相手がきっと見つかると思います」
それは、とても近くに居る方かもしれませんね、とレオパルドが心の中で呟いた。
「もう遅いし、帰るわね」
話を聞き終わって、席を立つシャルロット。表情が少し硬い。
「じゃあ送って‥」
リュックも立ち上がるも、膝が崩れた。
「もう、飲み過ぎよ。私が送ってくるわ。後で、薬草処方してあげる」
同じくじっくり飲んでいたユリゼだが、こちらは程度を弁えているから大丈夫。
「う‥すいませ〜ん」
子供はそろそろ寝る時間。レオパルドが眠そうな子供を抱え上げ、寝椅子に運んでやった。ラテリカも、ふぇれっとの膝に載った2つの頭を優しく撫で、囁くように子守唄を歌う。
「今日、未来のお約束した子もいるですかねー」
寄り添って眠る男の子と女の子。その手は、仲良く繋がれていた。
「ぅおい! お前らちょっと来い!!」
リュックが叫んだ。また説教か? と寄ってきた2人の首に腕を掛け。
「ニコ、レティ」
そして、強く抱き寄せた。
「幸せになれよ。‥‥愛してるぜ、二人とも!」
かつて夜空に放った言葉を、今度こそ彼らに。涙を滲ませた2人の頭を、めちゃくちゃに掻き混ぜた。
「ああっ、あたしの渾身の作が‥‥」
菫が、ひっそりと嘆いたのは、ここだけの話。
並んで夜道を歩くユリゼとシャルロット。
「ホント、お酒弱いわね。‥‥ねぇユリゼさん、馬鹿だって知ってたけど、ここまでだと思わなかった」
ユリゼは、無言で少し震える肩を引き寄せた。そして、縁の不思議さを思った。健気なリュックの新しい恋を応援しようと決めてから1年。手首に巻かれた、記念品のレインボーリボンが揺れる。
「エーディットさんやユリゼさんは、その時リュックと知り合ったんですね。全部、知ってて‥‥」
去年の今頃。リュックが三日酔いで店を休んだ事があった。様子を見に行ったシャルロットは怒鳴られた。理不尽に怒られたのは、後にも先にもそれだけだ。それ程弱っていたのに、次の日からは店に戻って、昨日の事を必死で謝って。
「2人が結ばれたのを知ったせいだと思ってた。そんな、化膿した傷を、自分のナイフで抉り取るみたいな真似、してると思わなかった」
ずっと好きだった。それは、シャルロットもリュックも同じ。でも、自分に同じ事が出来るとは、思えない。
「良い人よね」
「‥‥はい。そして、大馬鹿者です」
空を見上げた。綺麗な月が、少し、滲んだ。
「おら、さっさと行きやがれー!」
よってたかって寝室に放り込まれる新郎新婦。その様子を、散かった場所をこまごまと片付けつつ、レオパルドが苦笑で見送った。
「俺らは朝まで飲むぞ〜」
突き上げた杯には、大地の恵み。酒精を含んだ吐息と、祝福の喧騒が、天へ上っていった。