緑分隊長を救え!ちびブラ団
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■ショートシナリオ
担当:紡木
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月06日〜11月13日
リプレイ公開日:2007年11月15日
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●オープニング
酒が入れば、辛かったことも悲しかったことも皆一様に忘れて、隣の人が何する人かどこの人かもわからずに肩を組んで和気藹々。神の前には皆平等。飯を食うのも皆同じなら、同じ屋根の兄弟よ。さてや、飲めや、歌えや、笑えと、それが収穫祭というかくも騒がしい祭である。
大人がそんなのだから、子ども達ももちろん同様で、星空よりも明るい祭の燭台の下で、人混みを駆け抜けていると、途中で顔をつきあわせた同年代らしき少年達と、言葉一つも必要とせず、それ今は鬼ごっこだぞ、おまえもついてこいよ、と誘って共に駆け出す。
ちびブラ団の仲間達も例に漏れず、大人達の喧噪豊かなメインストリートを少し外れた路地に、ほんの数刻前に出逢った数人の少年少女と今はもうすっかり打ち解けていた。鬼ごっこで跳ねた息をなだめながら、笑顔でようやく言葉を交わしあう。
「すっごい体力あるな。機転も利くし、チームワークもあるし、全然捕まえられなかったよ」
出逢ったばかりの少年に褒められて、ちびブラ団は一様に嬉しい顔をした。大変な目も苦しい思いもみんなで乗り越えてきたのだ。チームワークには自信があった。
「お前達も頑張れば騎士を倒せるぜ」
「騎士!?」
ちびっ子ブランシュ騎士団灰分隊長フランこと少年アウストが目を丸くすると、別の少年が得意げに笑った。
「実は、僕たちは収容所っていうところから来たんだ。収容所っていうのは国の都合の悪い人たちを閉じこめる場所なんだけど、僕もお父さんもお母さんもノストラダムス様を信仰しただけで捕まったんだ」
「ほら、ノストラダムス様がデビルの手先だとか言われてただろう? だから俺達やその家族もデビルの手先なんだって。預言で災害を知らせてくれたノストラダムス様が悪い者扱いしてるなんてどうかしてる。捕まった家族はみんなバラバラにされてひどい目に遭った」
「そこで捕まった人たちは密かに決起して、収容所の見張りである騎士を倒してその地獄から解放されたんだ」
得意げに笑う少年達の姿に、ちびブラ団は驚きの衝撃で言葉をうまく出せなかった。彼らの話が真実なら、目の前にいるのは脱獄した狂信者達なのだから。
「い、いいの? こんなところを歩いていたら見つかるんじゃ」
黒分隊長ラルフこと少年ベリムートの言葉に、少年達は笑った。
「大丈夫。収容所がそんなことになっているなんて思われないように、みんな普段は収容所で大人しくしているからさ。お父さんがいる収容所もお母さんがいる収容所もそうやって解放されたんだけど、また捕まらないようにって、みんな静かにしているんだ。だけど‥‥」
「だけど?」
「今度、ブランシュ騎士団が視察に来るっていってた。だから、こうやって収容所を抜け出して、ブランシュ騎士団のことを調べに来ていたのさ。お父さん達が居るところには緑隊が、お母さんとか女性ばかりいる収容所には黒隊が、そして僕たちのところには灰隊が来るんだ。
ブランシュ騎士団もまさか収容所が乗っ取られているなんて思っていないだろうから、不意をついてこてんぱんにやっちゃえば、ノストラダムス様の理想郷も早く実現できるよ」
少年達の言葉に、ちびブラ団はひどく動揺した。あの大好きなブランシュ騎士団が危機にさらされているのだから。だからといって、一緒に遊んだ時の気持ちが嘘や見せかけだったとは思えない。今、こうして話してくれるのも友情を感じてくれたからこそだ。
長い逡巡があったが、ちびブラ団の面々はそれぞれの目を見合わせて頷いた。
このまま放っておくわけにはいかない!!
一旦城へ行ってみたものの分隊長には会えず、親は信じてくれない。シスターアウラシアに会えたため、依頼を出しては貰えたけれど、事は一刻を争うのだ。こうしている間にも、分隊長は現地に近づいている。一度仲間達と別れて家路を辿りながら、ちびっ子ブランシュ騎士団橙分隊長ことコリルは焦る気持ちを抑えられずに居た。
「分隊長を追いかけたい?」
突然、声を掛けられて振り返る。
「誰?」
同じ年頃の少年。
「緑分隊だったら、同じ方向に向かう馬車を知ってるよ」
「え‥‥」
「追いつけるかどうかは知らないけどね」
「あなた、誰なの?」
「セルジュ。偶然、君達の話を聞いたんだ」
「‥‥協力してくれるの? 何故?」
「僕もブランシュ騎士団のファンだからだよ」
にこり。夕日を背負った笑顔に、コリルは何故か背筋が冷えるのを感じた。しかし、他に頼る相手は居ない。
「‥‥でも、私、緑分隊長の事、あまり知らないわ」
「大丈夫、僕は見たことあるよ。遠くからだったから顔は知らないけど、多分間違えないと思う‥‥さあ、早くしないと。馬車が出るよ」
セルジュが、くるり、と背を向けた。
一瞬の躊躇いの後、コリルはきっ、と顔を上げ、セルジュの背中を追いかけた。
『お母さん! お父さんは、どうしてずうっと帰って来ないの?』
『‥‥‥』
半年以上前、家から突然姿を消した父。パリで暴動に参加し、捕縛されたという知らせを受けてから、3ヶ月も経ってしまった。
『‥‥‥お父さんの事は、忘れなさい』
『お母さん!』
父は、市中警護に当たっていた緑分隊に捕まったという。
『教えてよ。僕、お父さんに会いたい。何でこんな事になったか、そんな事したのか、知りたいんだ‥‥お母さん!』
ちびブラ団の話を聞いた事も、その方向に向かう馬車が出ると知った事も、本当に偶然だった。だからこそ、誰かに「行け」と言われている気がした。道の先には、父が‥‥そして、父を捕まえた緑分隊の長が居る。
「僕は、知りたいんだ‥‥」
荷馬車の隅、コリルと身を寄せ合うようにして隠れながら、セルジュは両手を握り締めた。
馬車の中、緑分隊長は視察先の資料に目を通していた。
「収容人数40人、全て成人男性、パリ火災及び暴動の際捕縛したノストラダムス狂信者が中心」
シュル、とスクロールを広げる。
「被収容態度は良好、暴動の気配は‥‥無し」
「気に入りませんね」
きっぱりと言ったのは、フェリクスの正面に座った若い騎士。その隣の騎士も、無言で頷いている。
「だって、狂信者でしょう? 収容して以来、外部情報は一切与えていません。ノストラダムス様は何処だ〜! とか言って暴れ出しそうなもんじゃないですか」
「そうですね」
フェリクス自身、そこは引っ掛っていたらしい。
「とにかく、明日には到着します。判断は、様子を見てからにいたしましょう。よろしいですね、ロジェ、ラザール」
「はっ」
声を揃える。
「パリの事は、ヴィクトルに一任してあります。あれに任せておけば、問題ありません。私達は、目の前の懸念を除くことを考えましょう」
●リプレイ本文
「では、緑分隊にはお2人のどちらかが、という訳ですね?」
依頼主アウラシアの名を見て、クヌットの家を訪れたアニエス・グラン・クリュ(eb2949)。コリルとアウストが行方不明と聞いて、眉を寄せる。年少者の足では間に合わない。出入りの商人か囚人を護送する兵士か‥‥とにかく、馬車に潜んで移動しているだろうと当りをつけ、フライングブルームに跨った。
「ありがと〜、じゃあね〜」
見舞のくまのぬいぐるみを抱きしめたジュリアに、小さく手を振り返して。
馬車を駆るアウル・ファングオル(ea4465)の隣に、鷹が舞い降りた。パリで情報収集をしていたマリス達からの便りだ。足に括りつけられた羊皮紙を広げると、収容所の簡単な見取り図だった。
「よくもまあ、そんな機密事項を。‥‥ああ、戦乙女隊の顔が利きましたか」
緑分隊の人間に、カラットが顔を覚えられていたらしい。
最大出力で低空飛行しながら、ちびブラ団橙飛行隊長が街道を駆け抜ける。馬車を見つける度に声を掛け、怪訝な視線を向けられ続けた。そして夜。
「お腹ペコペコの人はいませんか?」
側で野営を組んでいる馬車を発見し、そっと声を掛けた。
「‥‥アニエスちゃん?」
もそもそと出てくる小さな影。こちらを驚いたように見詰める瞳に、涙が出そうなほどホッとした。
「あまり無茶はしないで下さいね、橙分隊長様」
「誰?」
馬車の中からもう1人の声。
「ちびブラ団橙飛行隊長よ。この子はセルジュ。緑分隊長を助ける為に一緒に来たの」
セルジュは、不審そうにアニエスを見た。アニエスは、2人を連れ出してテントを張り、保存食を差し出してから、2人を収容所まで連れて行くことを申し出た。
「私も会ってみたいですしね。この家宝の絨緞なら、3人くらい大丈夫です。だから、今夜はゆっくり休みましょう」
翌日。石壁の周りを、アニエス達は絨緞に乗って飛んでいた。門には門番、壁の上には見張り。空飛ぶ子供3人組は、不審な視線を一身に浴びている。
「何者だ?」
壁の上から声が掛かかった。アニエスが口を開こうとした時。
「父さん!」
え‥‥? とセルジュに視線を向けるアニエスとコリル。
「降ろして!」
絨緞を下ろすと、セルジュは真直ぐにその男の元へと駆けた。
「セル‥ジュ?」
「父さん」
「‥お前には苦労を掛けた‥‥だが、大丈夫だ。もうすぐノストラダムス様のお力で‥‥」
アニエスはぎく、と立ち止まり、コリルを絨緞に乗せた。目つきが尋常ではない。宿るのは、狂気‥‥
左右から、武器を構えた見張りが2人、じりじりと寄って来ていて‥‥飛び掛ってきた瞬間、アニエスは桃の木刀を抜き放ち、ダブルアタックで打ち据えた。敵が怯んだ隙に父親からセルジュを引き剥がし、絨緞に載せてその場を離れる。
「見張りも全て狂信者ですか‥‥」
そして、セルジュの父親も。
夕刻、アウル達は目的地に到着した。収容所が夕日に妖しく浮かび上がる。
「準備はいいですか〜」
アウルの隣に座ったエーディット・ブラウン(eb1460)が声を掛けた。荷台には、縄を打たれたロックハート・トキワ(ea2389)、エグゼ・クエーサー(ea7191)、ラファエル・クアルト(ea8898)、ロート・クロニクル(ea9519)、中丹(eb5231)の5人。
「それでは‥‥」
アウルが馬車を門まで進ませる。
「新たな囚人を護送してきました」
門番は2人。
(「警戒されてますね‥‥」)
鎧が体に合っていない。本物の衛士から剥いだ狂信者だろう。
「俺は神聖騎士。こちらは‥‥」
「文官のウィザードです〜」
「先に来てる筈の分隊長から話は通ってる筈です」
門番は怪訝な顔をすると、1人を残して去り、男を伴って戻った。
「これは、ご苦労様です」
薄っぺらい笑みを浮べた、まだ若い男。
「人間、ハーフエルフ、おや、河童ですか、珍しい‥‥それにしても、荷物が多いですね」
「物資です〜」
隠れたウサギとカメと妖精が動きませんように、と内心冷や汗のエーディット。
「その犬は?」
「囚人の逃亡防止です」
しれっと答えるアウル。
「ほう、それではこの馬は‥‥」
うま丹に歩み寄り、ザッ‥‥とナイフを振るう。袋が裂け、ガラガラと荷物が溢れた。ランタン、油、防寒服、そして剣に鞭、ナックル‥‥
「なかなか珍しい『物資』だな」
ざり、と零れ落ちた麗しき薔薇を踏みつける。
「敵だ!」
辺りに響き渡る大音声。わらわらと出てくる狂信者。剣から、金槌、斧といった道具類、木材など様々だ。
「ちっ」
バレのならば仕方無い。各人、緩く縛っておいた縄を外すと、馬車から飛び降りた。
中丹は腹からナックルを取り出し、手近な1人にスタンアタックを叩き込んだ。
「‥‥行くか」
狂信者が崩れ落ちたその横を、ロックハートとラファエルが駆け抜け、建物の中へ。
「おいらも行くで〜」
少し遅れて、中丹が追いかける。
「待て!」
狂信者が、ロックハート達を追う者と、アウル達に向かって来る者とに分かれた。
「さて、隊長はどこかしら?」
追手は撒いたが、仲間とも離れた。ラファエルは見取り図を思い出し、五感を研ぎ澄ませながら検索を開始した。
少し離れた場所で、中丹もまた。
「緑分隊長の顔、どないやったかなぁ?」
以前ちびブラ団に見せてもらった木の札を思い出す。特徴の薄い顔だったような気がするが。
「ん〜ちょっと自信ないわ」
一方、外の平原にて。
ロートが、ヘルメスの杖を構え、詠唱を開始した。全身をライトニングアーマーが覆う。そして、
「ストーム!」
ゴォッ‥‥! 暴風が、広範囲を渡った。
「ぐわっ」
向かってくる者の、半数程が後方へ飛ばされ、転倒した。2発、3発と続けて高速詠唱。その上に、大量の水が降り注ぐ。
「頭を冷やすのです〜」
エーディットが、ウォーターボムを彼らの頭上で炸裂させる。ストームに乗った水は、広範囲に降り注いだ。しかし、何度も繰り返される風の壁も水の諭しも、彼らの意思を止められなかった。狂信者はその都度立ち上り、ボロボロになりながら、駆けて来る。
「目を覚ましなさい。慈悲深きノストラダムスが、信じてくれた者達を死地に追いやる訳が無いでしょう?」
エーディットの呼びかけは、ただ、彼らの雄叫びにかき消された。そして、狂信者が目前に迫る。
(「ちっ」)
ロートが、ソルフの実を噛み締め、精神を集中させた。
「ライトニングサンダーボルト!!」
真直ぐに放たれた稲妻が、先頭の男を襲う。彼は後続を巻き込んで、仰向けに転れた。
浮き足立ち、それでも向かってくる相手の武器に、エグゼがスマッシュEXを叩き込み、バーストアタックで破壊する。砕けた斧に怯んだ隙に、祖師野丸で斬り下げた。
「が‥‥」
肩を流れ落ちる血。右腕はもう使い物にならないだろう。それでも、左腕を振り上げ、素手で飛び掛かってくる男を避けると、死神の鎌の如き斬撃を繰り出した。
「悪いね」
烏合の衆であろうとも、数が多い以上手加減をする余裕は無いのだ。
(「弓は、心配なさそうですね」)
エーディットを背に庇い、ちらり、と外壁の上を確認するアウル。一応、放っては来るものの、碌に扱った事がないのだろう、こちらまで届きそうも無い。
「なるべく‥‥」
ニン・ジャトーを横に凪ぐ。振り上げた両腕から、シュッ、と血が噴出した。角材を取り落とした大柄な男。その脇をすり抜けざま、足首に切りつける。
「殺したくはないのですよ」
「ぐあぁ」
腱を切られて転がり、もがく男に背を向け、次の敵と向き合った。
首筋に、朱が走る。弓を構えたままぐらり、と傾いだその体は、乱戦中の地表へ、真直ぐに堕ちた。隣に立つ男は、事態に付いてゆく事が出来ていない。
「‥‥騒げば、殺す」
しかし、首元で光るナイフの刃が、強制的に彼を現実に引き戻した。背後に、ひやりとした気配。
「振り向けば殺す、動けば殺す、問いに答えねば殺す‥‥お前の『大切な人間も全て』だ。‥‥逆に、答えれば死なずに済む」
「た、大切な‥‥」
「時間がない、5秒で決めろ。1、2、3‥」
「ひっ」
「4‥」
「は、話すっ!」
「分隊長は何処だ?」
「地下1階の最奥」
「そうか」
ドガッ‥‥後頭部をナイフの柄で殴り付け、ロープで縛って転がした。
「アニエスちゃん、見えないよ」
離れた場所で、アニエスはコリルとセルジュを頭ごと抱きしめていた。見せたくない、聞かせたくない。たとえそれが、戦場の真実であっても。
「離せ! 離せよ!!」
もがくセルジュを、必死で押さえつけた。辺りを覆う夕闇が、図らずもアニエスの意図を助けていた。
かび臭い空気の篭る地下牢。フェリクスは、遠くの喧騒に目を開いた。
「‥‥さて、まだ隠し持っている絵があれば渡してもらおうか?」
「残念ながら、ございません」
喉元に突きつけられたナイフを、苦笑で見下ろした。彼が女装祭で優勝した際の絵姿は、全て手放し済みだ。
「超越級の忍び歩きはご容赦下さいと申しましたのに」
死神の足音の方が、耳に聞こえるだけ、まだましだ。鉄格子越しに、真紅の瞳を見返した。
「よく、ここがお分かりで」
「ちょっと、人情に訴えかけてみた」
恐怖という名の。
「‥‥それにしても、良い格好だな」
微かな明かりでも、純白のマントが、泥や血にまみれている事が分かる。
「彼らを盾に取られまして」
視線をやった先、隣の牢には、文字通り人が『積み上げられて』いた。かすかに肩が動いているので、生きてはいるらしい。元々ここの警備に当たっていた者達だろう。
「すぐに殺されそうな雰囲気でもありませんでしたので、大人しく捕まることにいたしました。上手く庇いましたので、どこも折れてはおりません。動けます」
「そうか。‥‥ん、鍵か」
鉄格子を引くと、がしゃん、と拒絶の音が響いた。
「外は片付いたわ」
「スタンアタックでおねんねや」
そこに、ラファエルと中丹が入ってくる。
「はじめまして、隊長さん」
ラファエルは、盗賊道具一式を取り出し、手早く鍵を開けた。
「あんまり良い鍵使って無いわね。今は助かるけど」
「担当部署に申しておきます」
真面目な顔で頷くフェリクス。
「彼らはどうするの?」
隣の牢を見て、顔を顰めるラファエル。大分、弱っている。
「今連れてはいけませんね。‥‥ロジェ、ラザール!」
「はい!」
「‥‥は」
少し離れた牢から、2つの返事。
「あの牢の鍵もお願いいたします。2人を警護に置いて行きます。ポーション類をお持ちでしたら、彼らに譲って頂けませんか? 外を片付けたら、急いで迎えに参りましょう」
そして、牢の外に放られていた刀を拾い、抜き放った。
「‥‥いたぞ!」
鍵を外し終えた所に、新たに駆け込んで来た狂信者。ラファエルが、ソニックブームで牽制する。
「さ、出るわよ!」
「逃げるぞ!」
ロートが叫んだ。敵を挟んだ、その向こう。駿馬に乗って駆ける、先程の男の姿があった。
「どっけぇぇ!」
ズゥンビの如く立ち上がる狂信者をストームで凪ぎ倒す。その隙を、エグゼが韋駄天の草履で駆けた。しかし、既に相当の距離があったため、追いつけない。平原を抜け、闇に紛れられては、どうしようも無かった。
中丹が殿で警戒しながら、監獄の間を走り抜ける。敵は殆ど外へ向かったが、時折行き当り、そして向かってきた。
「気の毒ですが、加減する余力は無いのですよ」
負った怪我は、それなりに響いているらしい。それでも、フェリクスの剣は、寒気の走るような、正確な軌跡を描いた。まだ数少ないとされるノルド流の名手。その、1人である。
彼らが外に出た時、篝火がかろうじて浮かび上がらせたのは、重傷に呻く者、呻く事すら永遠になくなった者、そして、肩で息をしながらも、己の足で立つ冒険者達の影だった。
制圧終了。
平原を抜ける風が、血の匂いを僅かに緩和する。
「無事でしたか」
アウルが、フェリクス達の姿を確認して息をついた。
「怪我は如何ですか。リカバーポーションがありますので、必要なら囚人にも」
「恐れ入ります。消費分は補償させて頂きますので、後で数を‥」
フェリクスは、言いかけて、ふ、と視線を上げた。
「馬。結構な数ね」
ラファエルが、緊張を孕んで呟く。
「隊長!」
数十の騎馬の先頭には、白い鎧の女騎士。その姿を確認し、フェリクスは肩の力を抜いた。
「ディアーヌ」
「ギルドと冒険者から通報を受けました。‥‥制圧は終了したようですね」
駆けつけた者のうち、白い鎧は彼女を含め5名。揃って緑の剣帯とマント止めである。
「地下一階に重傷者多数。保護・治療を。遺骸の回収と囚人の拘束。瀕死・重傷の者は拘束後ヒーリングポーション投与」
「はっ」
ディアーヌと呼ばれた女性は、後続の騎士達に支持を飛ばし、事態の収拾に掛かった。
「あとは、彼らに任せましょう」
「本格的に体動かす依頼は、久々だったな」
エグゼが刀を拭って鞘に納めた。冒険者とフェリクスは、事態収拾の喧騒から少し離れて休憩である。そこへ、ディアーヌがやってきた。
「報告いたします。収容人数全40名中、軽傷5、中傷・重症23、死亡12」
12人、と呟き、俯くエーディット。
「収容者はそれで全員なのか? 途中で逃げた奴は?」
ロートが腕を組む。
「ここの囚人では無いようです。囚人達の証言によると、彼が首謀者のようですね。悪魔崇拝者かも知れません」
ディアーヌの言葉に、フェリクスが頷いた。
「緑分隊長、でいらっしゃいますか?」
そこへ、アニエスの声が掛かった。その隣には、緊張した面持ちのコリル。
「コリルはん達ちびブラ団が、陰謀を知ってギルドに通報してくれたんや」
「ちびブラ団‥‥同僚から話は聞いております。お陰で助かりました。貴女は橙隊長殿ですか?」
「はいっ。黒灰藍といつも一緒で、あと紫赤茶がいます〜」
「緑だけ居ないのですね」
本気で残念そうな緑分隊長。その時、
「父さん!」
もう1人の子供が、腕を取られ、護送馬車に乗り込む寸前の囚人に駆け寄った。
「‥‥あ」
ロックハートが呟いた。あれは‥‥
「ノス‥‥ダ‥スさま‥‥申し‥‥ざ‥‥せ‥‥申‥訳‥‥俺は、おれ‥‥は‥‥」
空ろな目で、呆けたように呟き続ける。
「父さんってば!」
セルジュがしがみつこうとして、周囲の騎士に止められた。
「父親、か‥‥」
ロートの呟きに、苦味が滲む。
「『大切な者』‥‥成程」
ロックハートはすたすたと近寄り、男に平手を見舞った。
「生と死の境界で、あんたは信仰より子供を選んだのだろう。それが答えじゃないのか?」
瞳が次第に焦点を結び、そして、セルジュを映した。
「‥セル、ジュ‥あ、あ‥‥」
がく、と崩れ落ちる。
「出来れば、寛大な処置をお願いします〜‥」
「私の一存では決めかねますので」
エーディットに、フェリクスは苦笑を返すことしか出来なかった。
「この度の事、皆さんには篤く御礼申し上げます。本当にありがとうございました」
夜が、更けてゆく。血と狂気の残り香が、静かに、闇に沈んでいった。