不可解な人攫い

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月30日〜12月05日

リプレイ公開日:2007年12月09日

●オープニング

 それは、数日前のこと。
「それでは、依頼は公開しておきますね」
「よろしくお願いします」
「それにしても‥‥」
 受け取った依頼金を見つめる受付嬢。
「レオンさんって、実はお金持ち? 見えませんけど」
 先日も個人的に冒険者を雇っていたし、今回は、前回より高いランクで依頼を出している。
「いえ。しがない旅のバードです」
「バードったって、この前まで歌も歌わなかったじゃないですか。楽器だけで、そんなに稼げるもの? あ、もしかして実は世渡り上手?」
「むしろ、いつ消えても構わない、野垂れ死ぬならばそれも、と彷徨い続けていたのですが‥‥そう、上手くはいかないものですね」
 水晶のような瞳は、どこか遠い場所を写しているようだった。
「そんな‥‥」
「ふらふらと地上を歩き回って、気が向いた時に楽器を奏でて‥‥そんな間にも、月日は過ぎてゆきました」
「じゃあ、この依頼金はどこから?」
「楽器を弾いていると、時々声を掛けられるのです。大抵は女性で。どういう訳か、何くれと世話を焼いてくれようとするのです。私はかつて、人と深く関わることが恐ろしくて‥‥いつも断っていたのですが‥‥」
「えーっと‥‥もしかして、『それなら、せめてこれを』とかいって、お金とか、高価な装飾品とか、差し出されませんでした?」
「はい」
「しかも『私の事は、忘れてかまいませんから‥‥』みたいなこと、言われません?」
「はい」
「で、そういう人は大抵身形がよくて、ちょっと年上の‥‥」
「はい‥‥どうして、分かるのです?」
「どうしてっていうか‥‥」
 受付嬢は、確信した。この男、天然ジゴロ、もしくは天然ミツガレ君だ。

 何の不満もない、しかし退屈な日々を送っている私。ある日、ふと切ない音を奏でるバードに目を留める。よく見てみると驚くほどの美形。しかし、その瞳は空虚。興味が沸いて色々と世話を申し出るが、彼は静かに首を振るのみ。そこで、想像する。彼の過去、傷、その他諸々。きっと何か、とても悲しいことがあったに違いない。私に力になれることなど、きっとないのね‥‥でも、せめて力になりたい。だから、これを取っておいて‥‥私ごときは、あなたの心に入る事はできないけれど‥‥あなたにとって、脇役ですらないけれど‥‥私は、あなたを、いつも何処かで覚えているから‥‥。

(「って感じなんだろうなあ」)
 早い話が、暇なご夫人が曰くありげな美形(←重要)のエルフにちょっとした非日常を見出し、本質的には相手にされないけれど少しでも力になりたい、と真剣に願う自分に、ほんのり悲劇のヒロイン(←ここも重要)を見出して自己陶酔に浸る、という構図だろう。
(「でも‥‥」)
 もしかしたら。その中には、遊戯ではなく、真剣に彼を案じた女性も居たのかも知れない、本気で彼を想った女性も居たかも知れない。
「‥‥‥そのうち、後ろから刺されないように気をつけてくださいね」
「はい‥‥?」
 しかし、その日が来ても、彼は抵抗すること無く、あっさり刺されそうな気がする。そして、最後まで自分が刺された理由など理解しないし、理解しようともしないのだろう。
「この罪作り‥‥」
 そういう所が、つい世話を焼きたくなる所以だろう。彼女自身がそうなのだから、よく分かる。
「ま、ギルドとしては、しっかり依頼金払って貰えれば問題ありません。レオンさんは、このまま真直ぐ村に帰るんですか?」
「いえ、他の村に行く用事も頼まれていますので」
 簡単に経路を説明するレオン。
「ああ、じゃあ結構遠回りですね。お気をつけて。依頼の結果は、手紙でお知らせしますから」
「よろしくおねがいします」


 そして、現在。
(「レオンさん、そろそろ村に着いたかなぁ」)
 受付業務を行いながら、なんとなく思いを馳せる受付嬢。ちらり、と手元の袋に目をやった。それは、先日レオンが忘れていったもの。中身は『暇なご夫人』達から押し付け‥‥もとい、貰ったと思われる装飾品。次回、来たときに渡そうと思って預かっている。
「なあ、聞いたか? 変わった人攫いの話」
「ああ、確か出没するのは‥‥」
 ふと、耳が、不穏な噂を捉えた。
「ちょ、ちょっとすいません! 今の地名もう1度!」
 依頼から戻ってきた所らしい冒険者に、詳しい話を聞いた。‥‥間違いない。昨日辺り、レオンが通り掛かっているだろう場所だ。
「変わった、って言ってましたよね? 何が変わってるんですか?」
「え? ああ‥‥何でも、金髪の男ばっかり誘拐するんだってよ」
「金髪!」
「それも細っこいのばっかり。でも誘拐されても数日で解放されるとか‥‥ただ、解放された時、その男達は‥‥なんていうか、呆然としていたり、怯えきっていたりで、きちんと話も聴けない状況らしい」
 細っこい金髪の男。どんぴしゃりだ。しかも、ろくに自衛もせず、ふらふらと彷徨っているあの男‥‥攫ってくれと、言わんばかりだ。必ずしも、遭遇するとは限らない。しかし‥‥と、迷っている彼女に、一通のシフール便が届いた。送り元は、レオンの滞在している村。
『レオンが、帰還予定日を過ぎても帰ってきません。何か知りませんか?』
 がっ、と、レオンの忘れ物を握り締めた受付嬢。ひとつかふたつ売り払えば、依頼金くらい出来るだろう。

●今回の参加者

 eb5266 フランシス・マルデローロ(37歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ec2830 サーシャ・トール(18歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ec3845 セバスチャン・オーキッド(56歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ec4004 ルネ・クライン(26歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec4023 ロレンツォ・アマーティ(31歳・♂・クレリック・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 白く、細く、長い指が、竪琴の上を、滑るように動く。少し俯いた横顔に、女は指を伸ばした。微かに、旋律が歪む。
「続けて‥‥」
 つい、と。
 指を、頬に滑らせる。目尻から、口元へ。涙の軌跡のごとく。
「‥‥‥」
 長い髪をすきやり、その耳元で何事か囁くと、女は、うっとりと目を閉じた。
「続けて、頂戴‥‥」
 私の為に、歌ってくれないのなら、せめて。


「ん〜‥‥これかな?」
 古着屋で、ルネ・クライン(ec4004)とロレンツォ・アマーティ(ec4023)が男物の服を見繕っていた。
「そうだね。実にみすぼらしくて、今回の目的にぴったりだ!」
 じろ、と向けられた店主の視線を物ともせずに、きっぱり言い放つロレンツォ。
「ズボン、シャツ、ベスト、マント‥‥こんな所かな」
 一揃い質素な服を選んで、代金を払うルネ。それらを身に着け、最後にボロボロのマントを羽織った。
「さあ、仕上げに化粧を施すとしよう。目指せ儚げ美青年」
「お願いするわ。‥‥何、その手」
 ルネに向かって、片手を差し出しているロレンツォ。
「何って、化粧道具を貸してくれないと」
「持ってないの?」
「ない。‥‥ルネ君も持っていないのか?」
「‥‥ええ。仕方ないわ、すっぴんで行きましょ」
 ルネの役割は、囮。
「僕も金髪になれれば良かったんだけどね」
 残念ながら、銀髪を金に染める方法が分からなかったのだ。


「金髪、細身、儚げな美形、竪琴を携帯、外套は質素なマント、でもそれなりに金持ち、旅暮らしの割りに無用心」
 フランシス・マルデローロ(eb5266)が、ギルドの受付から聞いた、レオンの外見や性格、経済状況等を纏めている。
「外見は、見事に今まで攫われた青年達と合致いたしますね」
 セバスチャン・オーキッド(ec3845)が溜息をついた。
「帰村ルートはこう‥‥で、犯行時間は、分からない、か。まずは聞き込みかな」
 やはり、ギルドで借りた周辺地図を広げながら、サーシャ・トール(ec2830)。
「手分けをしよう。戻ってきた犠牲者に話を聞くのと、周囲の村や、現場周辺で聞き込みをするのと‥‥レオンさんの村にも、行った方が良いかな」
「周辺の領主の名や、貴族の邸宅も調べておこう。えてして、こういう男を連れ込む云々は、貴族が絡んでいることが多いからな」
 と、フランシス。ギルド員によると、その辺りには貴族の小さな別荘等も点在しているらしい。


「それでは、まだ戻られて居ないのですね?」
 レオンの滞在していた村を訪れたセバスチャン。
「そうなんだよ、ホント、心配でねぇ」
 慣れた手つきで手綱を捌きながら、溜息を付く中年の女性。
「ちょっと帰るのが遅れたくらいで、問い合わせるのは過保護かも知れないけどね、あの子、吹けば飛ぶような雰囲気でさ‥‥。それでも、ずっと旅暮らしって言ってたから、問題ないと思いたいんだけど」
 並んで小さな馬車の御者席に腰掛、目指すのは少し離れた隣の村。ここに、攫われた後に解放された被害者のうち、1人が居るらしい。


「さぞかし、辛かったでしょう」
 寝台の隣に腰掛け、じっと相手の顔を見つめるサーシャ。犯行頻発地帯からほど近い町の宿屋。そこに被害者の1人が居ると聞き、訪れたのだ。
「僕は‥‥僕は‥‥」
 空ろな目で、宙を見つめる男。まだ若い、金髪細身の青年。レオン程ではないが、そこそこに顔も整っている。何より‥‥
(「シルエットが、似ている。雰囲気も‥‥」)
 寝台の隣には、竪琴が置かれていた。彼も、旅のバードらしい。
「レオンさん‥‥」
 サーシャが、ぽつり、と零した。
「‥‥っ」
 その呟きに、青年の目が見開かれた。
「僕は、レオンじゃない!」
 じわ、と冷や汗が浮かび、手が細かく震えている。
「レオンさんを知っているの?」
 サーシャが、身長に問いかける。
「知らない、知らないけど‥‥」

 彼は、旅の途中立ち寄ったこの町で、いつものように歌っていた。日が暮れ、宿に帰ろうとした時、あまり目つきの良くない男2人に声を掛けられ、名前や生業について聞かれた。ひと通り答えると、彼らは去っていった。その後、青年は宿に帰り、翌日、次の街目指して出立。途中で日が暮れたので、野営の準備をしていた。
「そうしたら、突然後ろから袋を被せられて‥‥あっという間に、馬車に乗せられて‥‥袋を外された時には、四方の壁、全て白い布が下げられた部屋に転がされていた‥‥そして‥‥」
『今までの中では、1番似てるかしら?』
 赤い唇を歪ませた、女。
『あなたは、レオン。レオンというの』
 夢見るような口調。狂気浮かぶ瞳。
 服も、食事も与えられた。ただし、部屋から出る事は許されなかった。女は毎日やってきて、青年に呼びかけ、触れ、竪琴を奏でるよう要求し‥‥そして、一貫して彼を『レオン』と呼んだ。
 そして、何日経ったかも忘れた頃、突然この町に放り出された。

「‥‥だから、その家の詳しい場所は分からない。距離も‥‥」
「では、その女の特徴だけでも‥‥」
「長い、黒髪の‥‥むせ返るような色気で‥‥年は、30を過ぎたくらい、かな」
 サーシャは、礼を述べて宿を後にした。


「犯人はレオンさんに一目惚れした女性だと思うの。すでに解放された人達は身代わりに攫われたんじゃないかしら‥‥じゃないかな」
 男言葉で言い直すルネ。そろそろ、人攫い出没地帯が近い。
「でも、それなら囮の意味はあるのかい? 本物を手に入れたなら、偽者は要らないだろう」
 と、ロレンツォ。
「う‥‥。でも、それも推測だし」
「まあ、そうだね。いずれにしろ、実行しても悪くないだろう」
 2人は、周囲で聞き込みをしながらここまでやってきた。『美麗なエルフのバード』を覚えている者は意外に多く、特にそれは女性に顕著だった。
「あの人‥‥何か訳ありなのかしら? いえ、私なんかが聞いても、きっと力にはなれないわね‥‥」
 ふ‥‥、と溜息をつく様子は、受付嬢が予測した『暇なご夫人』そのものだった。


「この辺り、か‥‥」
 森の中に、ぽつり、ぽつりと貴族や裕福な商人の『別邸』が建っている。‥‥まるで、人目から隠れようとするがごとく。
 フランシスは、その位置を確認し、地図に記をつけていった。
「それにしても‥‥」
 周囲には、人が住んでいる気配はあるのに、妙にひっそりとしていて、通りがかりの使用人らしい人々に声を掛けても、ろくに会話もしないうちにそそくさと去られてしまう。
「‥‥愛人の森、か」
 近場の町で聞いた呼称を思い出す。
 そう。ここは、貴族富豪その他様々な人々が道ならぬ、あるいは、公表できぬ恋の相手をひっそりと住まわせる為の邸宅が集中した、秘密の森。その為、訳ありげな馬車や、顔を隠した者など珍しくもない。よって、攫った人間を連れてくることも、潜ませておくことも難しくない。
「厄介だな」
 しかし、だからこそ、ここに捕らわれている可能性も高いと言える。


 セバスチャンは、仲間との合流場所に急いでいた。彼が村で聞いてきた話は、概ねサーシャが聞いたものと同じであった。
 待ち合わせた仲間と合流し、互いの情報を交換する。
「つまり、レオンさん狙いで間違いないのね」
 と、確認するルネに、サーシャが頷いた。
「同名の金髪エルフが他に居なければ、だけどな。現時点でレオンさんが解放された形跡は無いから、やっぱり本人の可能性が高いかな?」
「どちらの男も、夜間に町の外で無理やり攫われた‥‥か。あの森が、限りなく怪しいな」
 呟くフランシス。しかも、それぞれにレオンの目撃情報を集めたところ、途中までは、予定の帰村ルートに沿って目撃情報が得られたが、ある街から先は、ふっつりと情報が無くなるのだ。その町というのが、例の愛人の森のすぐ近くなのである。
「ふうん。それでは、場所が分かったら、布教活動でもして表から入ろうか。それ以前に、美貌で虜にしてしまうかもしれないけどね!」
「はいはい」
 ロレンツォの言葉を、さっくり流すルネ。
「冷たいなあ、昨夜は一緒のテントで寝た仲じゃないか」
 え、と周囲の視線が集中する。
「‥‥それは、ロレンツォがテント持ってなかったせいでしょ!」
 仕方なく、ルネの2人用テントで休んだのだ。
「うん。大変助かったよ。しかし、今の時期、もう毛布だけでは寒いね。次は、寝袋を持参することにしよう」
「うん。私は毛布も無かったから、途中で買ったよ。パリで買うよりも、割高だったけど仕方が無い。でも、荷物が多いと辛いんだよね」
 溜息のサーシャ。体力の無いエルフには、中々深刻な問題だ。


 3日目の夜。ルネが囮となるべく、該当範囲を男装で歩いた。昼間に、近くの町をやはり男装で歩いていたから、目を付けられている可能性は高い。仲間は少し離れて控え、ルネは攫われた時に目印とするべく、マントをほつれさせ、糸を垂らして待ちかねた。
「‥‥馬車が来るぞ」
 耳を澄ませていたフランシスが呟いた。
 ―ガラガラガラガラ‥‥
 男が2人、出てきてルネに大きな袋を被せた。そのまま、馬車に放り込んで去っていく。
「追いましょう」
 セバスチャンが掴んだ糸の端が、伸びてゆく。

 辿り着いたのは、ひときわ森の奥に建つ、ひっそりとした家だった。
「ええ、もう要らない?」
「なんかよ、本物が手に入ったらしいぞ。お前達、暫く出てたから、知らなかったのか」
 家の前、馬車の隣で、三人の男が話し合っていた。柄があまり良くない。雇われ者の用心棒、といった所か。
「ち、手間損かよ。せっかく細っこい金髪見つけてきたのに」
 顔を顰める男。
「どうする、これ」
「ここがばれるのもヤバイからな‥‥殴って気絶させて、すこし遠くに放っておくか」
 言って、ルネ入りの袋を引きずり出す。そして、振り上げた腕に‥‥
「ぎゃっ」
 矢が、突き刺さった。2本、3本と続けて、威嚇するように地面に突き刺さる。怯んだ所に、さっと飛び出して着た人影。
「ありがとう、皆」
 袋をルネから外すと、やっと息がつける、と深呼吸。
「これでは、忍び込む所ではありませんな」
 三人目の男を伸したセバスチャンが、曲刀を収めた。
「突入か」
 新たな矢を番えつつ、フランシス。

 家の中を探し回った結果、見張りの立っている部屋へ辿りついた。
「レオンさん!」
 入り口の見張りをセバスチャンが倒し、サーシャが部屋に駆け込んだ。
「‥‥サーシャ、さん?」
 少し驚いた風に顔を上げたのは、紛れも無く、レオンだった。
「誰?」
 そして、腰掛けたレオンの首に腕を回し、しな垂れかかっている黒髪の女が、怪訝な顔で睨み付けて来た。
「レオン様を迎えに参りました」
 続いて、セバスチャンが部屋に入ってくる。
「‥‥イヤよ。レオンは、ずうっとここにいるんだもの」
 ぎゅう、と、豊満な体を押し付ける。しかし、レオンは眉ひとつ動かさない。
「レオンさん、帰りが遅いって、村からギルドに手紙が来たよ。その上、この辺りでレオンさんみたいな人が誘拐される事件が続いてるって聞いて、受付のお姉さんは依頼を出したんだ。皆心配してる、レオンさんの事を、親身に思ってる。だから、帰ろう」
「私、を‥‥?」
「そうだよ」
「‥‥駄目っ」
 女が叫んだ。それと同時に、屈強な男が3人、部屋に飛び込んでくる。
「つまみ出して! ‥‥ううん、捕まえて、何処かに放り込んで置きなさい」
「まだ、居たのか」
 入り口を振り返って、フランシスが眉を顰めた。フランシス、ルネ、セバスチャンが武器を構える。
「う〜ん‥‥仕方が無い」
 ロレンツォが1歩踏み出した。
「金髪のか弱いお男が好きなら、僕が君の金髪君になってあげようじゃないか! 髪を染める方法はおいおい考えよう。ただし、衣食住は保障してくれたまえよ」
 そして、ごそごそとバックパックを探り、ラッキースターを取り出した。
「聖夜祭を君と共に過ごそう‥‥」
「‥‥‥。やっておしまい」
「ちょっと、逆効果じゃないのよー!」
 ルネが叫んだ。
「ふむ、おかしいな。僕の美貌が利かない」
「レオン以外に意味なんてないもの。代わりも何人も連れてきたけど、だめね‥‥」
 すぐに飽きちゃうもの、と女。
「レオンさん、説得してくれ」
「好きになった人の言葉なら、届くかも!」
 サーシャとルネが言い募る。少し考えて、レオンは女を見つめた。
「ベアトリス‥‥私は、帰った方が良いみたいだ」
 ぽつ、と告げると、女−ベアトリスの顔が、泣きそうに歪んだ。レオンは、『欲しいものは何でもあげる』と言っても、何ひとつ要求しなかった。彼女の『歌って欲しい』という要求以外全て受け入れ、大人しく閉じ込められていた。
「いえ‥‥。『愛して欲しい』とも、言わなかったわ。‥‥言えなかったのよ」
 去っていってしまうのが怖くて。
 ふと、レオンが振り返った。
「色々、ありがとう」
 その一言が、何よりも痛かった。
 去っていく後ろ姿を呆然と見つめた、男たちが、指示を仰ぐようにこちらを見ていたが、何も、言うことが出来なかった。

「しかし、攫われた挙句黙ってそこに居るなんて、暢気だな」
 レオンの村に向かう途中、フランシスが、呆れたように言った。
「彼女が、とても寂しそうだったので、つい‥‥」
 あの辺りに住む他の住人同様、彼女はとある大商人の愛人らしかった。詳しい話は知らないが、レオンが捕らわれていた間、その主人が訪ねてきた事はおそらく無かった。
「以前、彼女と何処かで会ってたのかい?」
 と、ロレンツォ。
「それが、よく覚えていないのです」
 その一言に、一同が溜息をついた。
「でも、彼女に同情して、そこに居たのか‥‥」
「それでも、良いかなと‥‥なるようになると思ったので。でも‥‥」
 レオンは、サーシャを見つめた。
「でも、待っている、心配してくれている人が居る、と聞いて‥‥ああ、帰らなくては、と思ったのです。そんな気持ちを持ったのは、どれくらい振りでしょうね」
 整った唇が、少し寂しそうに笑みを形作った。
「ともあれ、解決して良かったわ。レオンさんも、次からはもう少し自衛した方が良いわね」
 ルネの言葉に、少し戸惑いつつも頷いたレオンであった。

「‥‥つかぬ事を伺いますが‥‥」
 それまで、黙りがちであったセバスチャンが口を開いた。
「レオン様は、お身内にハーフエルフの少年がいらっしゃいませんか?」
 一目彼を見たときから、何か引っ掛るものを感じた。そして、先程の微笑んだ顔は‥‥
「いいえ」
 きっぱりと、首を振る。
「この間も、同じ事を聞かれましたが‥‥おりません、恐らく」
「そう、でございますか‥‥」
「あ。村が見えてきたよ。久しぶりだな」
 入り口に立っていた顔見知りの村人に手を振りつつ、サーシャ。彼はレオンの姿を認めると、村人に知らせに走っていった。
「皆、待ってたんだね、レオンさんを」
 その言葉に、村を眺め渡すレオン。笑顔で迎える人々を見て、眩しそうに目を細めた。
「はい‥‥」