●リプレイ本文
「ウィリーさん! ご無沙汰してます。今回も頑張りましょうね」
ウィルシス・ブラックウェル(eb9726)の顔を見たウィリーは、はっきりと安堵の表情を見せた。
「ウィルシスさ〜ん‥」
今月15日に月道を渡りキエフに帰る予定であったウィルシスだが、依頼書にウィリーの名を見て出発を延期したのだ。
「アメリー殿というのは、あの時のお嬢さんか。うん、良い子だしな。精一杯羽を伸ばして、楽しんで、心に力を吸い込めると良いな」
こちらはアフリディ・イントレピッド(ec1997)。
「コストさんは、今妻が迎えに‥‥あ、着いたようです」
連れだって来たのは、アメリー・コストとクレア・エルスハイマー(ea2884)、アルフィエーラ・レーヴェンフルス(ec1358)。
「お久しぶり、アメリーさん。楽しんでいってくださいね」
「はい。お招きありがとうございます」
おや? ‥‥とウィルシスとアフリディはウィリーに視線を向けた。女性相手に、大分まともに挨拶が出来るようになったものだ。最初に1歩後ずさらなかったら、もっと良かったのだが。
「ウィリーさん。こちら妻のアルフィエーラです」
「バードのアルフィエーラ・L・ブラックウェルです」
ウィルシスから恐怖症の話を聞いていたのだろう、少し離れた位置から、アルフィエーラ。
「従姉弟でもあるので顔立ちが似ていますが‥‥姉ではなく妻ですからね」
ちら、と思ったことを指摘されて、少しぎくりとしたウィリー。右に同じのクレアも、こっそりと視線を逸らす。
「コストさん、始めまして。ウィルシス・ブラックウェルです。妻や義兄がお世話になりました」
「お世話だなんて‥‥こちらこそ、とっても助けて頂いて」
ウィルシスの『義兄』は、今アメリーの弟リュシアンの世話に出掛けている。
「南イングランドのアフリディ・イントレピッドだ。よろしくな」
イングランド出身と言いつつ、武士然として頭を下げる。さらりと髪が流れて、ハーフエルフの耳が見えた。
「あ‥‥。よろしく、お願いします」
「お久しぶりですね♪ お元気でしたか? お会いできて嬉しいです。今回は楽しみましょうね」
1日目は、女の子だけでパリの市場巡り。
「ええ。アルフィエーラさんも。旦那さん、素敵な方ですね」
「ふふ、あの人が、例の銀髪で女顔のハーフエルフですよ♪」
「あら‥‥」
言われてみれば‥‥いや、みなくてもかなりの女顔で、女装も違和感無く似合いそうだ。
「パリの街も、久しぶりですわね‥‥」
その隣で、感慨深げに周囲を見渡すクレア。
「パリを離れていたんですか?」
「ええ。1年近く、イスパニアの方へ行っておりましたの」
「イスパニア! 親戚の家が、イスパニアに在ります。今は、2人程ノルマンに来ていますけど」
何気ない話で盛り上がりながら、あちらこちらを見て回る。
「聖夜祭前で、さすがに賑わっているな」
アフリディが一行を連れて来たのは、雑貨店ブラン商会。聖夜祭を目した品が、ずらりと並んでいる。
「新作の簪があるそうでね」
「カンザシ?」
「ジャパンの髪飾りだな」
「いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」
店内を見渡していると、金髪の少女に声を掛けられた。
「簪をいくつか見せてもらいたいのだが。ノルマン製のものがあると聞いてね」
「はい! 今年の一押し商品です。種類は少ないんですけど‥‥」
「‥‥?」
アメリーは、その隣の、他の場所とは明らかに雰囲気が異なる区画を不思議そうに見つめた。
「そちらは、ジャパンからの輸入品です」
「ジャパン‥‥」
ノルマンの田舎で育ったアメリーには、想像も出来ない程遠い所だ。
「興味があるかい?」
「いえ。私は、ノルマンで育ちましたし、これから先も、出るつもりはないので」
「そうか。‥‥簪、1番気に入ったものを選ぶといい。費用はあたしの負担だ」
「え、でも‥‥」
「あたしからの気持ちだから、受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
「宜しかったら試着をどうぞ。使い方がお分かりでなかったら、良ければこちらで結わせていただきますが‥‥」
「お、お願いします」
髪に触れられながら、アメリーは、店で衣装を着替えて良かった、と思った。出掛ける前に、アフリディに薦められたのだ。元の地味で野暮ったい旅装では、こんなキラキラした店、絶対に気後れしてしまっただろう。
アメリーは、二枚の葉の飾りがついたものを選んだ。月桂樹の葉を模ったものだそうだ。
「折角だから、姉と、あたし自身の分も買っておこうか‥‥」
ジャパン製品は、月道を通す為に高くつく。その点、ノルマン製品は手に取りやすい。
「大丈夫、前回も出来たのですから今回もちゃんと出来ますよ」
お茶をしながら、ゆったりと話をするウィルシスとウィリー。
「それに、大分良くなってるみたいですし‥‥」
「はい。どうにか‥‥反射的に『怖い』と思ってしまうのは相変わらずですけど、あまり表に出さないようには」
その様子を見て、今回は女装しなくて済みそうだと内心安堵するウィルシス。
「でも‥‥それだと、今は、結婚は遠い存在ですよね」
「結婚‥‥」
それこそ遠い目のウィリー。一応、前回アメリーとは『お見合い』だった筈なのだが、双方に全くその気が無かったため、観光案内で終了した。
「姉達が早く結婚してくれないかなー‥とは思っていましたけど、自分は‥‥」
不意に近づかれるだけで絶叫する恐怖症だったのだから、仕方が無い。
「でも結婚って良いものですよ」
今年6月に式を挙げたウィルシス。
「僕の場合、妻は初恋でしたから‥‥想いも一入です。唯1人の守る人が出来てから、世界が違ってみえましたね」
ゆったりと微笑む。
「ウィリーさんもいつかそうなると良いですね。‥‥さて、当日のコースを考えましょうか。なるべく、ご自身で決めて頂きたいのです。お見合いとかは抜きにして‥‥コストさんに楽しんで頂きたいですよね?」
「はい‥‥」
リュシアンに貰った手紙を思い出しながら、ウィリーは頷いた。
「リュシアンさんへのお土産を選びませんか? お菓子とか色々ありますよ!」
市場に並んだ露店を巡りながら、アルフィエーラ。
「そうですね、兄さん、甘いもの好きですし」
村では見られない食べ物や雑貨、装飾品の数々に目を細めるアメリー。ふと、玩具のような指輪に目が止まった。
「お嬢さん、どうだいそれ。内側に、好きな相手の名前彫ってあげるよ」
店主に声を掛けられたが、やんわりと断る。
「好きな人とか‥‥いませんか?」
それを見て、アルフィエーラが耳元で囁いた。
「いえ。‥‥男の子と、あんまり関って来なかったので」
村の少年達とは、距離を置いて‥‥あるいは、置かれて来たから。
「結婚の話とかは‥‥まだ早いですか?」
くす、とアルフィエーラが微笑む。見た目アメリーと同じ年の頃でも、彼女は人妻だ。
「あんまり、というか、全然考えた事なくて。リュシアンの事もあるし‥‥私は、家族3人で、あの家でずっと暮らせたら、幸せかなって」
それが辛い時もあったけれど、今は‥‥辛い事もあるけれど、毎日少しずつ感じる小さな幸せを、ひっそり守っていけたらいいと、思っている。ずっと、3人で。
「そうですか。私は‥‥12歳の時に夫との婚約が決まって‥‥」
アメリーは少し驚いた。今のリュシアンと同じ歳だ。
「決まった時は嬉しかったですよ。家同士の約束から生まれた婚約でしたけど、夫は私の初恋でしたから‥‥」
「素敵ですね」
心から、賛辞を贈った。初恋。アメリーには遠い響きだ。
「でも、私は‥‥」
怖いのかも知れない。ふと浮かんだのは、父と、リュシアンと‥‥そして、母の事だった。
「‥‥どうして?」
翌日、アルヴィナ家には、がっくり項垂れるウィルシスと、彼にいそいそと化粧を施すアルフィエーラの姿があった。
「エスコートの下見に、男の人2人じゃおかしいじゃない」
「だったら、他の女の人が‥‥」
「本番前に、疲れさせちゃうもの。ウィリーさんも、他の人よりウカと一緒が良いって言ってたし‥‥」
先程、アルフィエーラが少年の声を作って会話練習をしていた時に『男の人っぽい女の人』よりも『女の人っぽい男の人』の方が気が楽、と言ったのだ。
もう女装はしなくて済む、と思っていたウィルシスだったが、以上の経過で再びその憂き目に会っていた。しかも、それを作り上げているのは彼の妻。
「この服なんてどう? ‥‥あ、こっちも似合いそう‥‥」
アルヴィナは衣料商であるので、着替えには困らない。山のような衣装を、楽しげに掻き分ける妻の姿に、ウィルシスは深い溜息を吐いた。最近、彼女の着替人形になっている気がする。
「ご、ごめんなさい‥‥」
うっかり漏らした一言が招いた惨状に、ウィリーはひたすら謝罪していた。
「あの姉達は大人しくしているかい?」
その頃、アフリディは店主と話をしていた。先程までウィリーの修行に付き合っていたが、ウィルシスに交代したのだ。
「ええ、特に長女は、ウィリーに反抗されたのがショックだったらしくて、軽く引篭もっておりますねぇ」
「反抗出来たのか。‥‥引篭もりって、良いのかい?」
「ほんの少し、言い返しただけですけど。それも皆さんのお陰でしょう。長女には、良い薬です。お気になさらず。彼女には、夫もおりますし」
「‥‥‥」
1度拳を交えたアフリディとしては、彼女の『夫』がどのような人物なのか、少々気になる所だ。
「1年も経つと、色々と変った所も多いですわね」
3人がウィリーに付き合っている間、クレアとアメリーは2人で街を巡っていた。1年‥‥ノルマンにとってこの1年は、受難の年でもあった。家屋が真新しい1画は、夏に大火で人々が焼け出された痕跡でもある。
「結構歩きましたわね。カフェで休憩しましょうか」
向き合って、テーブルに着く。
「イスパニアって、どんな所でした?」
「そうですわねぇ‥‥」
昨日初対面の2人だが、ゆっくり話しているうちに、少しずつ打ち解けた雰囲気になった。
「こう見えても、それなりに長く生きていますからね、色んな所に行きましたわ」
当年61歳。エルフの外見と年齢は、人間の感覚で推し量ってはいけない。しかし、その辺りはリュシアンで多少免疫があるから、あまり気にしない。
「出身はフランク王国。冒険者として、イギリスのキャメロットやケンブリッジにも行きましたし‥‥当地の闘技場では、結構鳴らしましたわよ」
冒険者としてかなりの経験を積んで来たクレアの話は、内容も豊富で、面白かった。何より、見通す世界の広さがアメリーとは大違いだ。
「街はそれなりに回りましたし、明後日は少し郊外へ出てみましょうか。そこでなら‥‥」
魔法にアメリーが興味を持ったので、今度披露する約束を交わした。
「昨日は、どうでした?」
4日目。城壁の外へやって来た。
「楽しかったですよ。丁寧に案内して貰えて。‥‥なんだか高そうなお店にも連れて行ってもらっちゃいましたし」
「それは良かったです」
とウィルシス。一昨日、その『高そうな店』にウィリーに付き合って女物の礼装で入店し、店側には咎められるどころか完璧に女性として扱われた経験も、これで報われるというものだ。
「そろそろですわね」
クレアが空を仰ぐと、太陽を背に、有羽の白馬が舞い降りた。
「すごい‥‥」
おそるおそる近づくアメリー。
「美しいな」
アフリディも感嘆の溜息を漏らした。
「ペガサスのフォルセティですわ」
共に有った時間が長いのだろうか、フォルセティとクレアの間には、深い絆のようなものが感じられた。初めて見るペガサスにアメリーが近づけたのもその為だ。
「あとは魔法をお見せする約束でしたけど‥‥」
さてどうしたものか、とクレアは考える。いきなりファイヤーボムやローリンググラビディーを発動させる訳にもいくまい。だから、クリエイトファイヤーや、スクロールを広げてライトを見せた。手品のようだか、喜ばれたので良い事にする。
「何かリクエストはありますか? 演奏しますよ」
弁当で昼食にした後、アルフィエーラが黄金の竪琴を取り出した。
「聖夜祭の歌で、簡単に覚えられるものって、ありますか? リュシアンに、教えてあげたいなって」
最近、歌う事が好きみたいだから。
「分りました。ね、ウカも‥‥」
「うん」
ウィルシスも、横笛を取り出す。
「素敵ですわ」
「うん、綺麗だな」
ブラックウェル夫婦の合奏は、その技術もさる事ながら、双方の呼吸が素晴らしく合っていた。それは、ずっと想い合い、これからも寄り添って生きてゆく2人だからこそ、紡ぎ上げることの出来る音なのだろう。
「あの、アルフィエーラさん‥‥」
「何ですか?」
「その、良かったら、フィエーラさんって、呼んでも良いですか? 私の事も‥‥敬語無しで、話してくれると、嬉しいです」
ぎゅ、と拳を握る。口の中が乾いて、心臓が高鳴った。これは、友達らしい友達の居なかったアメリーにとってかなり勇気の居る『お願い』だ。その様子に、アルフィエーラは、にこ、と微笑んだ。
最終日、出発の前に、冒険者酒場に立ち寄った。
「私達と一緒なら危険な事もないでしょう」
とクレア。
「酒場って、こんな朝からやってるものなんですか?」
問われて、ふと考え込む冒険者達。そういえば、シャンゼリゼが閉まっている所って、見たことないような。
「アメリー殿。世の中には追求しなくて良いこともあるんだ」
ウェイトレス最恐伝説、福袋の生産方法、その他諸々。
「‥‥?」
首を傾げつつも、冒険者達の表情を見て、一応納得しておこうと思ったアメリーだった。
「冒険者ギルドには、1度来たことがあります。でも、その時は色々見ている余裕は無くて‥‥」
精神的に限界だったから。今は、依頼群や、訪れる人の多様さを、見て楽しむ事が出来る。
「冒険者には、ハーフエルフの方も多いんですね」
皆当たり前のようにやってきて、周囲の者も当たり前のように接している。
「何しろ、ここに3人居ますからね」
ウィルシスと、アルフィエーラと、アフリディ。
「ふふ。そうですね」
「さて、そろそろ出発の時間だな。馬車停まりまで、見送ろう」
「そうですわね。いつか再会する事を楽しみにしていますわ」
「はい。私も‥‥パリには、また来たいですし」
そう言って、ギルドから出ようとした、その時。
「‥‥エルザ?」
懐かしい名前を聞いた。
「エルザ! どうして‥‥」
「痛っ‥‥」
何気なく振り返ると、強く‥とても強く、腕を掴まれた。
「レオンさん?」
思わぬ所で出会った顔見知りに、アルフィエーラとウィルシスが驚いている。
アメリーは、息をついた。そして、混乱の収まらない頭の中、ひとつの答えを導いた。この人は‥‥
「あぁ‥」
泣きそうな顔をして、震える手でアメリーの腕を掴み、懐かしい母の名を呼ぶ、このエルフは‥‥‥間違えようも無いほど、兄に‥‥リュシアンに、良く似ているのだ。