●リプレイ本文
「ねえねえ、これ見て〜♪」
くるり。ミフティア・カレンズ(ea0214)が、軽やかなステップで皆に背を向けた。
ぴこっぴこっ。
「あらぁ。かっわいい」
まあまあ、とファウスト・エヴァンジェリ(ec4018)が目を細めた。
「えへへ♪」
まるごとぺがさす。その羽に糸をつけて羽を動かせるように細工をしてみた。
「ぺがさす‥まるごとだと、本物とは違う味があるわね‥‥」
ふむ、と検証しているのはレティシア・シャンテヒルト(ea6215)。自らは、既に彼女的定番となったまるごとウサギ。
「ふぇれっとさんとメリーさんも、準備出来た?」
ラテリカ・ラートベル(ea1641)と、エーディット・ブラウン(eb1460)に声を掛ける。
「はいですよ〜。えへへー、ふぇれっとさんて呼ばれると、くすぐったいです」
ちょこちょこ、ちりりん。短い足とアンクレット・ベルがトレードマーク、ラテリカふぇれっと。
「今夜はこの子もクリスマスゾウガメです〜♪」
赤い布と付け角でトナカイ仕様のゾウガメと、それに乗ってやって来たメリーサンタのエーディット。
「お店の人たちも、聖夜祭カラーにしましょうね〜♪」
と、楽しげに赤と緑のリボンやネクタイを配っている。
「皆可愛いわ〜。楽しそうでいいわね。まるごと持ってないから、あたしもメリーさんとサンタセットを貸してもらおうかしら。うふふ。1度着てみたかったのよ」
うきうきと積まれたまるごとを物色するファウスト。それを、店主のボリスが微妙な表情で眺めていた。
「なぁに? もちろんお仕事なのは分ってますって」
「いや、そうじゃなくて‥‥まぁ、いいか」
ボリスはファウストの奇怪な言葉遣いに少々面食らっていたのだが、冒険者には色んな人が居るとは知っていたので、口を噤んだ。
「あら、皆さん素敵ですわ」
着替え終わって出てきたクレア・エルスハイマー(ea2884)。衣装はまるごとえんじぇる。神々しいというよりもこもこと愛らしいのはまるごとの特徴。
「今回も忙しくなると思うが、皆頼むな」
●
「‥‥ああ、構わんよ。最終日でいいな?」
「宜しくお願いしますわ。それでは、行ってきますわね」
にっこり。何やらボリスに言付け、クレアは配達に出発した。
「やはり動き難いですわね‥‥。お陰で寒さは気になりませんけど‥‥フォルセティ、お願いしますわ」
ペガサスの背に乗る。テレパシーのスクロールを広げれば、意思疎通もばっちりだ。常には神々しいペガサスも、今日はトナカイ角のヘアバンドで、愛嬌を追加。
「さあ、参りましょう」
「聖夜のお食事はまるごとレストランへ〜♪ プレゼントのお求めはブラン商会へ〜♪」
クリスマスゾウガメがソリを引き、メリーサンタが宣伝をして歩く。違う宣伝まで混ざっているのはご愛嬌。揃いの赤い帽子が明かりに映える。色んな意味で周囲の視線を集めつつ、マイペースな1人と1匹だった。
「えへへ、ありがとね、あんず」
柴犬あんずと一緒にソリを引くぺがさすミフティア。ソリにはサンタクロースの白い大きな袋。若干もこもこしている。
「さくらんぼも、寒くない?」
陽のフェアリーさくらんぼ。サンタローブでミフティアとお揃い。届いたばかりの衣装でご機嫌である。
「雪が降って良かったね〜」
そうでないとソリは厳しい。雪の降る町は、寒いけれどとても綺麗だ。
「やっぱ動きが鈍くなるわね‥‥」
わきわき。ぐるぐる。
手を動かしたり、腕を軽く回してみたり。ウサギさんの上からもう一枚、は、下手をすると体力エルフ以下のレティシアには少々大変。
「見た目そんなに変らないぞ? ‥‥元からそう機敏でもなかろうに」
ボリスが首を傾げる。それはつまり鈍いということかしら‥‥と思いつつ口には出さない。
(「その位の事で、目くじらは立てないわよ」)
出したら肯定されそうだからではない。ええ決して。
「ええと、次はこっちのお家ね」
ファウストの馬、エリーも同じくトナカイの角。引かせたソリには、やはり大きなサンタの袋。
「皆さん、まるごとさんレストランを、よろしくね〜」
笑顔は0G。けれど、人の心に明かりを灯す。もしかしたら、笑顔はセーラ様から与えられた贈り物なのかも知れない。
しゃん、しゃん、しゃん。
ヴェルテの手綱につけたベルが鳴る。ラテリカは、今はふぇれっとを脱いでクマさん姿。ふぇれっとだと、足が短くて驢馬に跨る事が出来ないのだ。
「もう少しですよ〜、ヴェルテ」
ヴェルテにも勿論トナカイの角。小さなクマサンタと一緒に、注目の的だ。
今回の食事配達は完全予約制。だから、皆予め地図を見て、それぞれの移動手段も考慮して、きちんと効率良い仕事分担、配達ルートを考えてある。1回配送で複数の家へ、なるべく短時間で届けられるように。雪の降る町で、暖かい料理を一刻も早く届ける為だ。
「ねーねー、お母さん、あれなぁに?」
皆がそれぞれ注目を集めている中で、最も目立っていたのはペガサスミューゼルとレティシアウサギ。一般の人々は、普段はペガサスなどまず見ないのだから、当然といえば当然だ。バードの情報網で、何がしかのイベントが開催されて人通りの多そうな所を把握し避け、慎重に経路を選択しているのだが、それでも周囲には人が集まって来ている。クレアのフォルセティも同種だが、こちらは空を駆けているため、地上を歩くミューゼル程は、人目に付かない。
「ミュウ、ほら愛想振り撒かなきゃ」
ペガサスは本来プライドの高い生き物である。それにソリを引かせられたのは、偏に両者の絆と『万民に幸せを届けるのもエンジェルの仕事』という説得によるものなのだ。
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「メリーサンタのお届け物よ。聖夜祭おめでとう!」
もこもこメリーさんが、もこもこ袋の中から、料理を取り出してにっこり。まるごとさんたくろーす達にお揃いの袋は特別製。綿や布を詰めて、料理を衝撃と寒さから守りつつ、見た目はサンタ袋、というスグレモノなのだ。
「あらあら、メリーさんのサンタクロースなのね。ありがとう」
にこにこと料理の鍋を受け取る、若い奥さん。ひと時の小さな縁を、笑顔で繋ぐ。ドアの向こうから漏れてくる暖められた空気と、和やかな会話に、ほっこり気分のファウストだった。
「可愛いウサギさんねぇ」
迷子にならなかった自分偉い。内心ぐっと手を握り締めたレティシア。きちんと目印を頭に入れておいた甲斐があった。
「こんばんは。聖夜祭おめでとうございます」
笑顔でおじぎをすると、ぴょこん、と耳が揺れる。
「一緒に聖歌もお届けに」
部屋の中に入れてもらって、フェアリーベルを取り出した。ちりん、と可憐な音は、まるで妖精の歌。それに合わせて、澄んだ声が響く。歌姫の名を冠する少女の、魂のこもった歌声だ。
「ウサギのおねえちゃん、すごいね」
ジーザスの降誕を寿ぎ、セーラの慈愛に感謝を。
子供が、目を丸くしている。大人達は滅多に聞けないような、見事な歌唱に聞惚れている。
「ご静聴ありがとうございました」
セーラの民に祝福あれ、と結ぶ。温度差で少し赤くなった鼻やもこもこの衣装と、拡張高い曲と歌声のアンバランスはそれはそれで味なのだ。
「はぁい、めりーくりすます☆ ぺがさすサンタが美味しいプレゼントをお届けしまぁす♪」
翼が、ぴこぴこ、したぱた。
両手に料理を抱えて、ぴょこぴょこ、台所へ。
「えっとね、こっちで仕上げをしてもらうお料理があるの。その方が綺麗で美味しいから♪」
説明を思い出しながら、解説をする。
「こっちのお菓子には、飾りと干し果物のっけてね」
簡単な作業は、子供達にもお願い。
ばさぁっとローブを脱いで、お皿を片手で高く掲げて、くるん、可愛く回って、はいどうぞ。
きゃあきゃあ言いながら一緒に菓子を飾っているうちに、台所からは肉を炙るいい匂い。
「あ、まだ食べちゃ駄目」
お菓子に手を伸ばした子供に小さく「めっ」。
「ちょっとだけ我慢しよ? 皆で食べた方が美味しいよ♪ ‥‥本っ当に美味しいんだから」
思わず、じぃ‥‥と、料理を見つめる。店でちょっとだけ貰った試食の味が蘇る。
(「う‥‥でも、つまみ食いは我慢しないと」)
ちょぴり腹ペコ、ぺがさすミフティアなのだった。
「せっかくの夜に彼氏はお仕事‥‥」
くすん。ペガサスの上から道行く恋人達を見下ろし、小さく嘆くクレア。
「でも、その分私も気合入れてお仕事ですわ!」
目的地まで、地図を確認しながらフォルセティで。暗闇はスクロールのライトで照らして、星を読みながら進む。目的地の真上まで来たら、フライングブルームに乗り換える。闇夜を照らすライトと、それに浮かび上がるペガサスの姿に驚く人々に、笑顔を振りまく。
「皆さん、まるごとさんのレストランを、宜しくお願いいたしますわ」
ペガサスに乗ったえんじぇるが、箒で地上に降り立った。
よろ、としかけた体を、慌てて立て直す。まるごとクマさんにサンタローブ。これに加えて大きな鍋となると、ラテリカにはちょっと厳しい。
「お、お届けなのです」
料理を手渡して、ほっと一息。運んでいる途中で零れないよう、容器にしては中身は少なめだけれど、落としたりしたら大変だ。
「お鍋は、少し暖めてくださいです。ほこほこで、とっても美味しですよ」
笑顔もほっこり。暖かい気持ちごと、クマサンタは届けるのです。
「メリークリスマス〜♪」
袋からぱっと料理を取り出す。
「メリーサンタからの贈り物ですよ〜」
ここの家には、鶏のグリルとミルク味のスープ。スープはきっちり蓋の出来る容器で、零れないように。
「ねーねー、この大きいカメ、なあに?」
母親の後ろから顔を出しているのは、この家の子供だろうか。
「この子はノルマンゾウガメです〜。でも、今夜はトナカイゾウガメなのですよ〜♪」
はむはむはむ。
ちょっと捲れた、赤い布の端を食んでいるゾウガメ。いつでもどこでも彼らはマイペースを崩さない。
「子供は、今日はいい子にしてましょうね〜。そうしたら、今度はプレゼントサンタが来てくれますよ〜♪」
耳元でこっそり助言のエーディットだった。
●
予約の配達は、比較的時間が限られる。だから、それ以外では店内の給仕の手伝いだ。
「その大きなお皿はあたしが運ぶわ〜」
「お、お願いしますです、ファウストさん」
店の中。ここでは、ラテリカはふぇれっとに戻っている。
「ねね、この特別メニュー美味しそうだねっ」
ほえー、とミフティアが見惚れているのは、サンタの袋に見立てた、熱々のシチューを包んだふわふわの白パン。
「そですね。ラテリカ、お家に帰ったら旦那様にお願いしてみましょか」
「あ、いいないいな〜」
「ほらそこ、手を動かす」
「はいっ」
ぴし、と注意されて、揃って返事。店の中には誘惑が多いのだ。
店の明かりが小さくなった。明かりの蝋燭が、何本か消されたようだ。
「あ‥‥」
ふと天井を見上げた客が、声を上げた。天使に、サンタクロースに、輝く星。ラテリカのファンタズムで描かれた世界。見惚れていると可愛らしい歌声が、声に添うようにして、竪琴の音が響いた。ふぇれっとの歌とウサギさん竪琴。可愛らしい組み合わせの幻想的な演奏。その側で、ぺがさすとクレリックローブの妖精が、曲の調べを掬い上げるようにしてゆったりと踊っている。
即席のステージは、沢山の拍手で彩られた。
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閉店後、今回もレティシアは掃除をしていた。店舗に1年間の感謝を捧げつつ、丁寧に。塵1つ残すまじ、の精神は健在だ。厨房から出てきたボリスに、今日は何も言わなかった。策は前回で尽きた。だから、判定は神に託すのだ。この1年を、セーラ様が見ていると信じて!
「‥‥ふむ」
来た! ぐっと拳を握り締める。
「お前さん、良く頑張ってるよ。秘蔵の酒が飲みたいって言ってたな? ジャパンから届いたばっかりの、貴重品がある」
にや、と笑って棚の奥から取り出された小さな樽。杯に注ぐと。強烈な匂いが鼻を刺激した。
(「ありがとうセーラ様ありがとう!」)
手に取って、じーん、と感慨に浸る。長かった。本当に長い戦いだった。
「い、頂きます‥‥」
ぐい、と煽った瞬間‥‥舌に強烈な刺激を感じ、世界が反転した。
「んん? おい大丈夫か? ‥あーそうだ、甘酒も持って帰っていいぞ。‥おーい?」
(「ああ、遠くで声がする‥‥」)
『魔酒「呑大蛇」』‥‥非常に強い、辛口の米から作られた魔法の酒。飲酒量達人の判定に成功すると感覚が研ぎ澄まされるが、失敗すると泥酔するという珍品である。
翌日、彼女が2日酔いに悩まされたことは言うまでもない。序に、酒の味も忘れ果てていたらしい。
●
「皆、ご苦労だった。今年の営業はこれで終わりだ。ささやかなもんだが、楽しんでいってくれ」
わぁ、と歓声があがる。閉店後のホールでは、給仕も料理人も、勿論冒険者達も集まって、打ち上げが催された。
「えへへ〜♪ 賄いも美味しかったけど、やっぱり違うね☆」
幸せそうに料理を頬張るミフティア。
「あー、5日間も働き詰めたら流石に疲れたわ」
のべーっと机に突っ伏すファウスト。
「ファウストお兄さん、頑張ってたもん♪」
力仕事なんかは、かなり率先してやっていた。
「ありがとミフティアちゃん。お客さんや仕事仲間には弱音は吐かなかったわよ。あたしったら真面目ね」
自画自賛の彼を、給仕仲間が笑いながら小突いた。
「仕事の後の食事は美味しいですね〜♪ 皆さん楽しんでますか〜?」
「はいです。エーディットさんも?」
「勿論ですよ〜♪」
ふにふに、とラテリカの頬を突くエーディット。
「ひあ‥‥」
「来年も、楽しいことが沢山の年になると良いですね〜」
「そですね。あと、ラテリカ、も少し泣き虫じゃなくなるよに頑張りたいのと‥‥旦那様ももっと仲良くなれたら素敵です。えへ」
「あら、良い目標ですわ」
クレアが微笑む。
「おう、頼まれてたやつ」
そこへボリスが何やら包みを持って現れた。
「ありがとうございますわ。うふふ、これを、持って帰って‥‥」
照れ照れの笑顔を見れば、理由など聞かなくても分る。大切な人と食べる食事は、何より美味しい。
「ボリスさんは、何か目標がおありでしょか?」
「そうだな、やっぱり店を大きくするのと‥‥あと、夏をどうにか乗り切ることだな」
かつての灼熱地獄を思い出して「成程‥‥」と溜息のラテリカとエーディットだった。
そして、レティシアは。
「の、飲めない‥‥」
折角ワインが振舞われているのに、昨日のアレのせいで酒の匂いを体が受付ない。
「いいわよ、料理は美味しいんだから」
甘い筈のクレープが、少ししょっぱかったのは、きっと気のせい。
新しい年が、始まる。
来年も、皆の上にふわもこな幸せが降り立ちますように。