聖夜祭に向けて
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■ショートシナリオ
担当:紡木
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月22日〜12月27日
リプレイ公開日:2007年12月29日
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●オープニング
「わたし、おとなになったら、あなたの、およめさまになります!」
と、年端の行かぬ少女に、言われたら。
「それは、楽しみだな。はやく大きくおなり」
そう答えるのは年長者の義務のようなもの。10年も経てば、それは大人達の揶揄の種と変り、なんでそんな事言ったのだろう、と思春期らしく顔を赤らめるものなのだと思う、普通。しかし、ラシェルは違った。物心ついたその日から、想いは褪せるどころか、募る一方で。ラシェルの背が伸びるにつれて、あの人は、少しずつ困った顔をするようになった。
「あなたには、相応しい方がいくらでも居るでしょうに」
そう、言って。
愛してくれたのだ。親友と元婚約者の間に生まれたラシェルの事を。しかし、それは彼女の望む形では、決してあり得なかった。
「いよいよ、ですか」
正式な騎士叙任を明日に控えた夜の事。久しぶりに会ったその人は、いつ見ても、歳を重ねることを忘れたかのようで、父とそう変らない年齢などと、どうしても思えない。
「おめでとうございます」
ブランシュ騎士団に属する証の白いマントと鎧が月光に淡く浮かび上がっている。ノルマンが平穏な現在、ほぼ一年中国内外を旅しているのに、今日は、ラシェルを言祝ぐ為だけに帰って来てくれた。
「‥‥お願いがあります」
「何です?」
「お慕いしております。わたくしを妻にしてくださいませ」
真直ぐに、告げる。
「‥‥ラシェル」
困ったように、笑う。この表情を、何度見てきたことだろう。
「私は、あなたと結婚する事は出来ません」
この言葉も、何度言わせたことだろう。
「本当に、美しく育ちましたね。昔のフェリシティに良く似ている。これから、もっと綺麗になることでしょう。そのうちに、あなたを慕う男が列を成すのが目に浮かぶようです」
深緑の瞳に溢れるのは、慈愛。兄が妹へ、親が子へ注ぐようなそれ。‥‥その色が変ることは、おそらく生涯あり得ない。
「それは、わたくしには意味の無い事です」
そして、ラシェルの恋も、彼には意味が無いのだろう。それならば、せめて‥‥
「わたくしを愛して下さるのなら‥‥それでも、妻に出来ないと仰るのならば‥‥‥誰とも、ご結婚なさらないで」
そうすれば、ラシェルは夢を見続けられるから。決して叶わない夢であっても。卑怯な事を言っていると分かっている。一蹴されても、何も可笑しくない。視線を落として、唇を噛んだ。
「わかりました」
あっさりと告げられた言葉に、はっ、と顔をあげる。
「強いて結婚したいとも思いませんし、この歳になったら、これから先、そうそうご縁もないでしょう。‥‥今まで、いくつかそういう話が無いではありませんでしたが‥‥」
知っている。その度に、ラシェルは身を切られるような想いをしてきたのだから。
「結局まとまりませんでしたしね。そういう巡り会わせなのでしょう、私は。‥‥それで、あなたが満足するのなら」
涙が零れそうになるのを、必死でこらえた。泣く資格はない。どれほど、大切にされて来たことだろう。ラシェルの一方的な想いに応えられない事を、とても気にしていたことも、知っていた。そこにつけ込んだのだから。
「ありがとうございます。‥‥妻になれないのであれば、せめて、立派な騎士に‥‥常にあなたの最も近くに立つ騎士に、なってみせます」
「さて、それはなかなか難しい。その為には、あなたは自身の父を超えねばなりません」
くすり、と笑った顔は、それこそ『父親』の笑みだった。
そして、数年後。かの人は、ブランシュ騎士団緑分隊の長になった。
「王様結婚させるんだって」
「な、なんだって〜!」
「分隊長も結婚させるらしいね。そのために見合いパーティーだぜひゃっほ〜う! ‥‥って感じらしいよ、今年のパリ」
とある地方の騎士団、女子宿舎。耳に飛び込んで来た会話に、ラシェルは、ぴたり、と手を止めた。
「それ‥‥本当?」
「ええ。私、兄がパリにいるんだけどね、手紙に書いてあったの。ブランシュの分隊長、独身ばっかりですものね‥‥いいなぁ、私も参加したい」
「無理無理。私達は、その間演習でしょう? 世間は聖夜祭なのにね。ああ、花の都は遠いわぁ」
騎士であっても、その前に若い娘でもある。溜息を吐く年下の同僚達に、さりげない風を装って、聞いてみた。
「それって、緑分隊長も対象かしら?」
「ええ。そういう風に書いてあったけど」
「‥‥そう、ありがとう」
ギルドの裏口からこっそりと入ってきたその人―緑分隊副隊長―を認め、休憩中だった受付嬢は目を丸くした。
「どうなさったんです、そんな所から‥‥。緑分隊は、お出かけ中じゃあ?」
「俺は留守番だ」
「そうですか。出発の方は、無事出来ましたか?」
「ああ。訪問の方も順調だと、知らせが届いた。‥‥こんな所からで何だが、依頼がある。受ける人間以外には出来るだけ漏らさないで欲しいのだが‥‥」
「了解しました。そういう依頼もたまに在りますので、大丈夫ですよ」
「あと数日で、隊長がパリに戻って来られる。そうしたら、仕事を邪魔してくれ」
「‥‥‥はい?」
今、何と?
「収穫祭辺りからこちら、隊長は妙に仕事を急いでおられた。怠ける方ではないが、どうも妙でな」
それは、長年側に居た者の勘。
「‥‥おそらく、今年分の仕事をとっとと片付けて、逃亡をかま‥‥いや、休暇を取られるおつもりなのだと思う」
「ふむふむ」
「つまり、見合いだなんだの前に、パリから離れてしまおうと考えられている訳だ」
「あらまあ‥‥」
そこまで嫌か、見合いが。確かに『休暇』とあれば、その間何をしていても誰に責められることもない。
「俺が側にいるうちは調整も出来るのだが、慰問組と入れ違いで5日間程パリを離れなくてはならない。俺がいては逃亡が難しいことは向こうも解っておられる。その間に、何とかしようとする筈だ。しかし、仕事が残っていれば、それも適うまい。それを放り出して逃げ出せる方ではないからな」
「では、とことん邪魔をすれば良いと?」
「それも困る。仕事が山積みであれば、見合いに出ない口実になるからな。それに、もし俺が意図的に邪魔をしている事が露見したら、流石に、増えた分の仕事、全て俺に押し付けて逃亡なさるだろう。事実を隠したまま、俺が帰る直前直後に、仕事が終わる位が丁度良い」
「なかなか厄介ですね」
「全くだ。それと、もうひとつ‥‥」
今までよりも、更に渋い顔になって、言いよどむ。
「‥‥俺の娘は、ある地方騎士団に所属しているのだが‥‥それが、無断で隊を離れたらしい。意図は分からんが、行き先は分かっている。隊長の所だ」
「‥‥‥?」
「もしかすると冒険者達とはち合わせる事もあるだろう。特に対策は請わん、が‥‥そういうこともある、と伝えておいてくれ」
「畏まりました」
来たときと同じく、こっそりと帰って行く後姿を見て、しかし‥‥と溜息を吐く受付嬢。
「灰分隊長といい‥‥ブランシュでは、逃亡が流行ってるのかしらね?」
●リプレイ本文
●12月22日
「隊内に協力者はないと思った方がいい、と」
「ですな」
アウル・ファングオル(ea4465)の言葉に頷くマリス。副隊長を鷹に乗って追いかけ得た情報を伝える。
「平気な顔で隊長に隠し事が出来るのは、副隊長くらいだそうですぞ」
「ふむ、厄介ですね」
下手に協力を仰ぐと、事が露見する可能性もある。
「次は娘さんのお話を〜」
弟を押しのけ、イリス・ファングオール(ea4889)が前に出た。
「女性にしては長身で、髪の色は‥‥」
ふむふむ、とメモを取るイリス。
「それじゃ行ってきますね!」
駿馬のシロさんで飛び出した姉を見送り、アウルは小さく溜息を吐いた。
その頃、分隊長執務室を、ライラ・マグニフィセント(eb9243)とシェリル・シンクレア(ea7263)が訪れていた。
「それでは、いよいよ」
「お菓子作り職人のギルドから許可が出た。お菓子屋ノワール開店さね」
「おめでとうございます」
「前祝のパーティを開催するから、是非来て欲しい。予定はどうだろう?」
「そう‥ですね、少々仕事が立込んでおりますが‥‥折角ですから、時間を作って伺います」
「忙しいのかい?」
「ええまぁ」
「そうか。皆が交代で来られるよう2日間開催するが、そうだな、25日にでも」
「畏まりました。あの、そちらのお嬢さんは?」
「隊長さんってどんな方かと思って〜。ご一緒させて頂きました♪ シェリルです〜」
ライラの背に隠れるようにして立ち、部屋を見回している。
「‥‥そういう事さね。招待状は、緑分隊の皆に出しておくさね。橙分隊にも出してあるしな」
「有難うございます。橙の、例の方もいらっしゃると良いですね」
「う、うん‥そうさね。それじゃ、失礼」
「沢山でしたね〜お仕事☆」
部屋から離れ、口を開いたシェリル。机上には、羊皮紙の山が出来ていた。
「ああ‥‥」
「それにしても〜お見合いから逃げるなんて〜どうしてなのでしょうね〜?? パーティが嫌いなのでしょうか?? お見合い自体が嫌いなのでしょうか?? それとも〜心に決めた方が既にいるからでしょうか〜☆」
「分らない所さね。宴会は好きだと言っていたような‥‥ともかく、あたしはパーティの準備に専念するよ。イヴェット卿に対応できるだけの量も用意しないといけないしね」
「がんばってください〜」
「忙しい中ありがとう」
続いて訪れたジェラルディン・ブラウン(eb2321)。
「『戦乙女隊』の活動を申請に来たの。緑分隊で慰問をやったんですって? でも漏れている村やパリ市街もあるだろうから‥‥そこを年始辺りに回ってみたいと思うの」
「ほう」
「その調査や救護見積もりなんかを‥‥」
フェリクスは席を立つと、がさごそと棚を漁り、数枚の書類を取り出した。
「宜しかったら。周辺村落とパリ市街の復興状況です。‥‥前回回ったのは、5ヶ所。特に被害が大きく、かつ周辺からも人が来られるような立地を選びました。それ以外となると、遠くなるか、比較的被害の小さかった村ですね。前者は、早急にという訳には参りません。後者は、厳しいようですがそういった村まで訪れていてはきりがありません」
「えーっと‥」
「予算の問題もございます。実際に人を動かすとなると」
少し考え込む。
「緊急の要件で早急な対応が必要ならば止むを得ませんが、現在それほどまでに困窮している地域はないようです」
緊急用の予算は緊急用として確保しておかなければならない。
「それじゃあ、パリ市内は‥‥」
「皆さんが労働奉仕をして下さるのなら、止める理由はございません。なるべく便宜を図るよう、各方面に口を利いておきましょう。『言うだけならタダ』ですし」
至極真面目に言い放ち、数枚の書類を書き付けて印を押す。
「此方をお持ちください。隊員は各自の業務がございますので、お手伝い出来ませんが、いくらか活動しやすくはなる筈です」
「えっと、ここは是非分隊員や隊長や、出来れば団長にも出席して欲しい所なんだけど‥‥」
「大変申し訳ございませんが」
今日の所は、引下がるしかないようだった。
●12月23日
「私は恋する女の子の味方。通りすがりの縁切りではないほうの神聖騎士のイリスです! ‥‥宜しくお願いしますね♪」
「‥‥は?」
いきなり現れ自己紹介を始めた女性に、ラシェルは戸惑いの表情を浮べた。
「ふっふっふ‥‥副隊長の娘さんが隊長に愛‥じゃなくって、会いに来るという話を聞いた時点で私にはピキピキーン! と来ているのですよ。ちょっと協力してください」
「父のお知り合いですか? 申し訳ございませんが、急いでおります」
「その格好で、隊長の前に? ‥‥お洒落してからでも良いじゃないですか、お手伝いしますよ♪」
散々急いだのだろう、薄汚れた旅装。
「‥‥そういった、用向きではございませんので」
ラシェルは手綱を握り直すと、再び駆け出した。
「ちょっと待ってください〜」
「すみませんね、お忙しい中」
「いいえ、お世話になってますし」
フェリクスの執務室。面会人はアウル。ちらりと机の書類に目をやった。昨日話に聞いた分より、大分減っている。
「少々お聞きしたいことがありまして。確か予言騒動までフェリクスさんはパリを離れて活動しておられたそうですが‥‥神聖ローマの話なんて何か耳にされてませんでしょうか」
「神聖ローマ?」
「ノルマンにとっては今も仮想敵国でしょうし、最近は王のお加減も宜しくないとききますが。離れていると案外懐かしくなってきたりもしたもので、何かお聞かせ頂ければと‥‥」
「ああ、あちらのご出身でしたか」
ふう、と息をつくフェリクス。
「ええ。‥‥フェリクスさんは諜報関連のお仕事もやっておられたのかなと」
「予言関連でそういった活動もしておりましたが、神聖ローマに関してさほど詳しい訳では‥‥まぁ、政治的関わりは無くとも通商や‥‥教会への影響はありますし、噂は聞かないでもございませんが‥‥」
と、曖昧に微笑む。嘘とも本当ともとれる笑み。
「あちらの動きに関しては、マーシー殿がお詳しいでしょうね」
今は封鎖されている神聖ローマへの月道。それを抱えるレンヌの領主。
「ほう」
「ノルマン復興の立役者にして辣腕の領主‥‥」
そして、ノルマンと神聖ローマの関りにおいて、何かとその影響を囁かれる人物でもある。
「丁度、登城されていますよ」
変らぬ微笑。しかし、アウルは、何処か違和感‥‥巧妙に隠された棘のようなもの、を感じた。
その後、とりとめのない雑談で時間を潰し、適当な所で切り上げ部屋を後にした。
「あの〜、外は寒いし、面会を申し込んでは?」
「お仕事の邪魔は出来ません」
「ではでは、せめて暖かいところへ〜」
「わたくしの事は、お構いなく」
イリスとシェリルが、代わる代わるラシェルを諭す。既に時間は深夜。イリスの静止を振り切り、夕刻城の前に到着してから、ラシェルはそこを1歩も動かない。
「ラシェ‥ル? あなたは、演習の筈では?」
そして、城を出たフェリクスが現れた。
「ご存知でしたか」
ラシェルはほろ苦く笑った。
「‥‥何故パリに居る?」
一段低くなった声に、肩が震えた。
「抜け出して‥‥お待ち下さい!」
踵を返したフェリクスの腕を引く。
「放しなさい。団に手紙を‥」
彼の名があれば、彼女の処分は相当軽くなるだろう。しかしそれは、1人前の騎士に対する扱いではない。
「責任は己で。営倉‥退団も覚悟の上。どうか‥どうか1言‥‥」
「あ、あのう‥寒いですし、中でゆっくり話しては〜??」
やり取りに呑まれていたシェリルが、おずおずと声を掛けた。
「いえ、直ぐ済みます。‥‥お見合いをされるそうですね」
「それでパリまで? 私が、約束を破るとでも思‥」
「いいえ! いいえ‥‥」
ぐ、とラシェルは拳を握り締めた。
「ご結婚、なさって‥下さいませ。わたくしの事は、お気になさらず」
皆が、目を見開いた。
我侭を聞いて貰えて嬉しかった。彼が1人であることが救いだった。‥‥けれど、そうして彼の幸せを、奪い続けているのではないかと、気付いた時には、苦しくて‥‥でも、どうしても言えなかった。けれど‥‥
「ありがとうございました。わたくしは、とても幸せです」
やっと、言えた。何年も掛かって。半分は本当、もう半分は‥‥。
「ですから、フェリクス様も、お幸せになって‥‥」
それだけ言うと、ラシェルは馬に跨り姿を消した。フェリクスには見えなかっただろう、振り返りざま目元から散った光の残像。それが、いつまでもシェリル達の心に残った。
「‥‥お手紙、書くのですか?」
再び城に戻ろうとするフェリクスに、イリスが訊ねた。
「ええ」
「でも」
「それでも、何かしたいのが親というものです」
進む道が少しでも平らかであって欲しい。気持ちを傷つける可能性があっても守りたい。
「彼女にはバレないようにいたしますし。‥‥知らぬ間に、子供は育つものですね。我侭など、こちらはいくらでも‥‥聞いてやりたいのに」
しかしそれは、彼女を苦しめてもいたのだ。
「女の子の考える事は、よく解りません‥‥」
明け方近く、彼は再び城を出た。その後を、冒険者達は追わなかった。今は、1人にしてやりたいと思ったのだ。
●12月24日
「やっぱり、団長には来て貰わないと!」
再び訪れたジェラルディン。
「ですからそれは‥‥」
「まあ、良いわ。明日も来るから。調整したい事もあるし」
「そちらの裁量で詰めて下さって構いませんのに。‥‥そういえば、分隊の者が、感謝しておりました。食事を作って下さったとか」
「簡単なものだけどね」
「私からも御礼申し上げます。良い士気高揚になっているようです」
「どういたしまして」
「仕事、大分減ってたわね‥‥」
拙いわ、とジェラルディン。
「ラシェルさん帰っちゃいましたしね」
1日デートを勧めるつもりだったイリスだが、ラシェルの意図が予想外だった。
「彼の様子はどうですか?」
クレアボアシンスを終えたシェリルに、アウルが尋ねた。
「冷静にお仕事してますね〜。昨日あんな事があったなんて思えないくらい〜」
「さて、どうしましょうねぇ‥‥」
慰問計画書を眺め、ジェラルディンが呟いた。
●12月25日
ヒイラギのリース、サンタクロース人形。飾り立てられた会場には、ライラが腕を振るった料理が並び、美味しそうな湯気を立てていた。
「楽しんでいってくれ」
鶏の丸焼きに、新鮮な魚介とサフランのスープ。デザートには栗菓子も。会場には、冒険者や騎士団の者も見え、賑わっている。
「仕事は大丈夫かい?」
「ええ、いくつか思わぬ用件が入って、少々遅れましたが‥‥今日中には何とか」
「そうか」
今日中、と胸中呟く。何やらあったらしい事は仲間から聞いたが、楽しげに料理を摘んでいる横顔からは何も伺えない。
「イリス・ファングオール、余興に歌いま〜す」
はいはーい、とイリスが手を上げた。
「ほう、これは‥‥」
見事な歌声。聞けば、生業は謡い手だという。
時は、人は、気持ちは、巡り巡って、どんなに辛い日もやがては思い出になる。だから、未来を信じて今日を生きましょう‥‥そんな、歌。
それを聞き、ライラは、ぽつ、と呟いた。
「なぁ、フェリクス卿。あなたは、もっと自分の幸せを追求して良いと思うんだ」
フェリクスの手が止まる。
「どうして、皆私を不幸だと思われるのでしょうね」
苦笑する。一瞬伏せた目は、此処にない者を追っているようでもあった。
「ライラさんは本当に料理がお上手ですね」
しかしそれは一瞬で、すぐに何時もの笑みに紛れた。
いよいよ時間稼ぎが難しいと判断したジェラルディンは、パーティから戻ったフェリクスと面会した。
「はっきり聞くわ。巷で噂のお見合いから逃げるの?」
その1言で、彼はここ数日の状況を理解した。
「フラン? ‥‥いえ、ヴィクトルでしょうか。それなら、誤魔化しても無駄でしょうね」
「お見合いを逃げられた乙女が、どれほど傷つくかしら?」
「出席を約束した相手はおりません」
「騎士とは公の為に身を捧げる者。私的な感情で逃げ出すなど、あってはならない事よ」
「例の会は、冒険者が企画したものと聞いております。公的なものでは無いでしょう」
裏で明らかに公人が動いていたとしても、だ。休暇中のフェリクスが、拘束される義務は無い。
「国の安寧の為に結婚は必要よ」
「そうですね。最近、陛下が結婚に前向きでいらっしゃるようで、大変有難いことです」
ジェラルディンは溜息を吐いた。駄目だこの男。
「もしかして‥‥不貞腐れてるの?」
フェリクスは小さく苦笑した。
「そうかも知れません」
「もう、物理的拘束しかありませんね」
アウルが一言。彼らは冒険者。個々人の感情がどうあれ、依頼を受け報酬を受け取る以上、目的達成に全力を尽くす義務がある。
「任せてください〜☆」
シェリルが執務室から離れた場所の物陰に身を潜め、超越ブレスセンサー発動。これで、一昼夜、離れた場所からフェリクスの移動を監視できる。
そして夜。
時節は聖夜祭。王宮では『聖夜祭を祝う名目で王に女性を引き合わせようの会』が、連日開催されていた。いつになく王が結婚に前向きという話を聞きつけ、各領地から貴族が娘を引き連れて来ているので、王宮は大変な賑わいを見せている。
「部屋から出て行きます!! 普通に歩いてますね〜」
ホシが動いた。いざという時のスリープ要員、妖精ゆえちゃんを引き連れ、冒険者達はフェリクスを追いかける。
「広間の方に向かってます〜」
「パーティ会場ですか? 僕達は入れませんね。‥‥フェリクスさんの動きは?」
「‥‥あら〜」
「どうしました?」
イリスが訊ねる。
「会場は人が一杯で〜‥隊長さん動き回るから‥‥紛れちゃいました」
しまった、と顔を見合わせる。
「出入り口を張りましょうか」
と、ジェラルディン。分散して、いくつかある入り口を見張る。人が多いと出入りも多い。厄介ではあるが、皆フェリクスの顔は知っている。しかし、パーティが終わり、夜中を回っても、彼は姿を現さなかった。
「不貞腐れている、かもしれません」
『彼』は呟いた。深く被ったヴェール越しに、馬車の外、夜闇に輝くコンコルド城を眺める。
「でも、アレコレ仕組まれると逃げたくなりますよね‥‥」
結婚しない理由は無くなったが、結婚したい訳でもない。親離れされたのも結構応えているのかも。‥‥存外、自分は子供だいい年をして‥‥と自嘲する。
「しかし‥」
このまま何処かへ、と思っていたのだが、不穏な噂を耳にした。かつて混乱をもたらした男の亡霊が冒険者酒場に現れた、という。そして、件の会場は冒険者酒場。王とマント領主も出席するらしい。
「でも、見合いは嫌ですね。どうしたものか」
「奥様、広場まで来ましたが」
外から御者の声。
『奥様』‥‥冒険者の落ち度。それは、彼の変装への警戒を怠ったことにあった。
「そうですわね。‥‥とりあえず、シャンゼリゼへ」