●リプレイ本文
●シェアト・レフロージュ(ea3869)&ラファエル・クアルト(ea8898)
ほわり、と。白い吐息が宙に溶けた。
「音が聞こえてきそうね‥‥星が、瞬く音」
パリ近郊、何者も眺めを遮らない高台の上、寄り添って星を見上げる。ラファエルが、自分と同じように感じていたことが嬉しくて、シェアトは微笑んだ。
「ええ。‥‥ぴんと張り詰めた空気の中で輝くこの時期の星は、本当に美しくて好きなのですよ」
だから、一緒に見上げたくて、無理を言ってしまった。ショールに、手袋。ホワイト・ブーツは可愛いサンタさんからの贈り物。温かく、温かくして出掛けたけれど、しん‥‥と冷えた空気は、2人の距離を自然と縮めた。
「はい、どうぞ」
ぱちん、と。焚き火にくべた小枝のはぜる音。ラファエルが差し出すカップから、柔らかい湯気が立ち上っている。
「ロホやイチゴちゃんも寒い? ならおいでおいで」
たしっ‥‥と、一緒に掛けたマントの中に駆け寄り、2人の間に納まろうとした白猫を、
「そこは駄目」
ラファエルは膝の上に抱えなおした。
そのやりとりに、シェアトはくすくすと笑みを漏らす。
彼は、一番話したい気持ちがあるのに、一番言葉が出てこない人。
一緒に居られる時間‥‥その先も、少しずつ言葉を紡いでいけば何時かは言葉で伝わるのだろうか。
それなら、残る事の価値もきっとあるのではないかと、思う。でも‥‥
「でも、今は‥‥今は幸せだから」
「‥‥うん?」
ぽつ、と。思わず零した呟きを、拾い直そうとするラファエルに、小さく首を振る。
「いいえ、何でも。‥‥そう、リュシアンさんに歌った歌、続きを作りました」
言葉は余りにも拙いから、私に出来る事は歌うこと。
紅く染まる瞳は 夕焼け空の色‥‥
ラファエルは、目を閉じた。そうすると歌に包まれているような気持ちになる。見えなくても、眼裏に星が広がるような気がする。
‥‥瞬きに腕を掲げ ななつ やっつ
遥かな流れ 記憶のぬくもり 抱きとめて
星を数えて歌う歌が、子供の頃教わった方法。でも、今はそれがなくても、自分を見失わない。ここに、居場所を示してくれる星があるから。彼女が、星の歌を、新しく紡いでくれるから。
時をいとおしみ ここのつ とお
振り返ればあなたの笑顔 ほのかに照らす千の星
風が抜け、星が鳴り、夜が更ける。
寝息を立て始めたイチゴを起こさないように気をつけながら、ラファエルはシェアトを抱き寄せた。
翌日パリに戻り、ブラン商会で買い物をした。
「可愛いお店って聞いてたから気になってたのよね」
そう言って、ラファエルは小奇麗な焼菓子を、ひとつ、ふたつ購入。
「これを、お母様に‥‥」
シェアトは、最近発売されたという簪をひとつ買って、差し出した。
「何時かまた行った時に、贈って下さいね」
「ありがとう。‥‥その時は、一緒に行きましょう」
「こういうの作ってみたいと思ってたのよね〜」
棲家に帰った後。先刻購入した焼菓子を食べて、思いついたレシピを実行してみる。ラファエルが教えながら、2人で。
「ふふ‥‥良いですね、こういうの」
楽しげに粉を振るうシェアトの横顔に、ふと何事か思いついたラファエル。
「ねえ、ちょっとわがまま言って良い?」
鶏と豆と根菜をたっぷり煮込んだスープ。魚の香草焼きに、蜂蜜を混ぜた甘いパン、チーズを混ぜた香ばしいパン‥‥
今年最後の晩御飯は、シェアトちゃんのがいいな、‥‥という小さなお願いを容れて、鋭意料理中だ。
上手く、出来ますように。
焼きはじけ、煮込むリズムに、小さく歌を混ぜる。
彼は、本当に料理が上手だから‥‥シェアトは、得意分野で小さなおまじないを。
優しい空気と小さな歌が、眠気を誘う。
いつの間にか掛けられていた毛布が、暖かい。
「‥‥ァエ‥さん、ラファエルさん?」
彼女の声は、自分をほどく。
ああ、気持ちいいなぁ‥‥数日だけじゃなく、一緒に‥‥‥駄目かなぁ?
ふわふわと浮かんでは消える思いに、思考を委ねる。
「もうすぐ、出来上がるので‥‥」
控えめに腕を叩く小さな手。
‥‥ああ、愛しい。
「ん‥‥」
細い肩に、両腕を回した。
「‥‥あっ」
とん、と。胸に落ちてくる体があまりに軽くて‥‥彼女がその気になったら、簡単に何処かへ飛んで行けてしまいそうで‥‥思わず、きゅ、と抱きしめた。いつも首に掛けている、誓いの印を指で辿る。
「‥‥あれ?」
空を掴んだ指。眠気にふやけていた視界が、像を結ぶ。
「今日は、ここに‥‥」
そっと頬に触れてくれる左手。握ると、その薬指に、硬くて冷たい感触があった。
「シェアトちゃん‥‥」
喉の奥が、熱い。
「‥‥お星様」
ぎゅう、と更に抱きしめる。これじゃ痛いかな、と頭の隅で声がするけれど‥‥
「好きよ。ここに、いてね」
小さな頭が、こくり、と頷き、細い腕が、広い背に回された。
●リリー・ストーム(ea9927)&セイル・ファースト(eb8642)
長期間の依頼を終え、久々に帰宅した彼を迎えたのは、少しぎこちない妻の笑顔だった。
1002年最後の朝、窓辺でぼんやりと外を眺め、時折溜息を漏らす妻に、セイルは声を掛けた。
「‥‥リリー。聖夜なんだが‥‥」
ぴく、と彼女の手が震えた。一番側に居て欲しい人が居なかったその夜を思い出したのか、青い瞳に物憂げな色が宿る。
無理も無い、とセイルは思った。寂しい思いをさせた。だから‥‥
「やり直さないか。遅くなっちまったけど‥‥」
後ろから、リリー・S・ファーストの肩を両腕で包む。
「一緒に祝おう。二人で、さ」
「え?」
振り返った、リリー表情。強張った口元が解け、頬が薔薇色に染まる。抱き寄せた体から、高鳴る鼓動が伝わってきた。
「うん、やりましょ♪ 2人だけの聖夜祭を‥‥」
「流石に聖夜を祝うための料理は殆ど売ってないわね‥‥私、簡単な物しか作れないし」
冷え込む街を、2人腕を絡めて歩く。あちこちに足を伸ばして、代わりになりそうなものを揃えた。
「後はキャンドルと‥‥あ! ケーキも買わないと。‥‥セイル君?」
ブラン商会でキャンドルを選んでいると、ふと、セイルが絡めていた腕を解いた。
「別の所も見てくる」
「‥‥? ええ、分かったわ」
ジャラン‥‥
教会に、リュートの音が響く。往き過ぎていった聖夜を、もう一度引き寄せるかのように、セイルの指は旋律を紡いだ。
『あれから、もう1年』
それが、2人の胸に去来する想い。妻は、初めて本当の恋というものを知った。夫は、かけがえのない相手を見出した。
色々な事があったけれど、出会えて良かったと、セイルは思った。その感謝を全て、音に込める。想いが、余すことなく伝わるように‥‥
リリーは、慈愛神に長い祈りを捧げた。皆の笑顔が見たいが為とは云え、天の御使いと偽っている事の懺悔を。そして、愛する夫と出会えた事の感謝を。
ジーザスの降誕を祝う旋律が、初めて出遭った頃‥‥1年前のこの季節を思い出す2人を、優しく包み込んでいった。
「メリークリスマス、セイル君」
キャンドルの焔に、ワインの赤がゆらめく。昼間買い揃えた料理は、温め直されて、優しい湯気をたてている。
「メリークリスマス‥‥だ」
セイルは、小さな包みを差し出した。
「‥‥あ、買い物の時‥‥」
リリーが呟く。月桂樹の葉を模った飾りのついた簪。2人の友人も、その製作に関ったという品だ。
「ありがとう」
瞳を見交わす。どちらともなく身を寄せ合い、瞼を閉じる。
「‥‥‥‥」
ゆるゆると、時が流れる。旧い年が往き、新しい年が来る。
「‥‥リリー」
僅かに体を離し、妻の目元をそっと拭う。それでも、後から後から溢れる涙が、セイルの指を濡らした。
「セイル君‥‥」
それは、笑顔。人前で見せる、強く気高い笑みではなく‥‥胸一杯に広がる、愛しい気持ちが、幸せが、そのまま形になったような‥‥ただ1人だけに見せる笑顔。
「私ね‥何時か‥‥」
セイルの胸の顔を埋めた。力強い腕が、リリーを包む。‥‥ここは、地上の何処よりも、暖かい場所。
金色の光が、町に降り注ぐ。
「綺麗ね‥‥」
セイルに誘われて、見晴らしの良い高台にやってきた。
「朝は、空気も澄んでるし‥‥」
吐く息が、2人とも白い。自然に繋いだ手から、互いの体温を感じる。
それを、セイルは強く握り直した。
(「この手は離さない‥‥この先何があろうと‥‥」)
今年最初の朝日に、そして、己の全身全霊に誓う。
「‥‥明日から、お父様とお母様に会いに行きましょう?」
「そうだな」
「最近忙しかったし、のんびりしましょうね」
「ああ‥‥」
両親に、睦まじく幸せな姿を見て欲しい、とリリーは微笑んだ。
(「‥‥‥親父‥」)
セイルの手に、僅かに力が入る。
「セイル君‥‥」
ふわり。繋いでいた手を、両手で包まれる。‥‥温かい。
「悪い。‥‥大丈夫、何とかするさ‥‥」
今年も、決して穏やかなだけの年ではないだろう。今の様なときはすぐに往き過ぎ、セイルもリリーも、それぞれの戦いの中へ、飛び込んでゆく事になるのだろう。しかし‥‥
(「護り抜く‥‥何としても」)
何度でも、誓う。いつまでも‥‥それはきっと、この命の続く限り、いつまでも。
●セルシウス・エルダー(ec0222)&レミア・エルダー(ec1523)
「有難う、お兄ちゃん! 大好き♪」
レミアが、セルシウスに抱付いた。紅の髪に映える水晶のティアラ。今日31日、29回目の誕生日を迎えた妹への、兄からの贈り物だ。
「よく似合ってる」
セルシウスは微笑んだ。最初、うっかり武具を贈ろうとしていたことは秘密だ。
「手紙の、返事が届いた。喜んでお待ちしています、だそうだ」
「本当!?」
年相応にはしゃぐ様子に、少し胸が痛んだ。故郷では満足に相手をしてやれなかった。甘えたい盛りだったろうに、愚痴ひとつ零さなかった‥‥。その分、今回は目一杯甘やかそうと思う。
「リュシアン!」
レミアが手を振った。視線の先で、ほわ、と少年が微笑む。
「突然申し訳ない」
セルシウスが、少年の家族にきっちりと頭を下げる。
「いいえ、こちらもお会いしたいと思っていました」
穏やかに微笑むユルバン。
「さあ、中へ。寒かったでしょう?」
「レミア‥誕生日おめでとう。知ってたら何か用意したんだけど」
「ううん。こっちこそ、突然で‥‥でも、会いたかったの」
料理をするレミアと、手伝うリュシアン。
「僕も‥会えて嬉しい‥‥」
「ふふ。‥‥ねえ、明日か明後日か、開いてる日、無いかな。4人でパリで遊びたいな。勿論、費用は全部お兄ちゃん持ち♪」
ここの滞在費も兄持ちだ。
「僕は、大丈夫‥だけど、アメリーは、どうかな。最近、元気無くて‥‥」
「少し良いかな」
庭でぼうっとしていたアメリーに、セルシウスが声を掛けた。
「これを、友情の印に、だそうだ」
そっとキューピッドタリスマンを差し出した。それは、彼の又従姉妹に当たる女性からの贈り物。
「お節介かもしれないが、いつか貴女を幸せにしてくれる人が現れますように、離れていても貴女の幸せをいつも願っている、と言っていた」
受け取る指が、震えた。彼女は、アメリーにとって大切な、大切な友人で。
「‥‥っ、ごめん、なさい‥最近、ちょっと色々‥‥」
ぼろぼろと落ちる涙を、手で隠す。
「わ、私も‥いつも、想ってます。‥‥嬉しい‥本当に、ありがとう、と‥‥」
「伝えておくよ」
その夜は、レミアの作った料理とケーキを囲んで、ささやかだが暖かいパーティとなった。
コスト家に1泊することになった兄妹は、ひとつの寝台に、揃って横になった。
「5日間だけだぞ」
「うん♪」
ぎゅ、とセルシウスの腕を抱き寄せるレミア。しなやかで逞しい肩。兄は、その上に多くを背負って生きている。故郷にいた頃は、領民の皆の為に駆け回っていて‥‥出来る限り、剣も、勉学も、遊びも、相手をしてくれていたけれど、寂しくて‥‥。でも、我侭は言えなかった。状況が許さなかった。
「えへへ」
だから、今回は特別。今までの分を取り戻す為、思い切り甘えまくるのだ。
「リュシアン、何かお揃いの物買わない?」
翌日、パリにやってきた兄妹とリュシアン。ブラン商会で、小物を物色する。
「アメリーさんも、来れたら良かったね」
「うん」
「パリは、好きな筈なんだけど‥この前も、すごく楽しかったって、話してたし‥‥」
理由は、言わなかった。ただ『今は行きたくないの』とだけ。
「‥‥あ、これいいな」
レミアが、ペンダントを手に取った。1粒の宝石に、ルーン文字があしらわれている。質素だが綺麗だ。
「文字には、どれも意味があるんだよ」
店主ダニエルが、簡単に説明する。
「じゃ、リュシアンには、これっ」
『カノ』開始のルーン。松明の炎。今、道を探しているリュシアンの、先を示す光となるように。
「私のも、選んで?」
「それじゃあ‥‥」
『エイワズ』防護。イチイの木。レミアは、冒険者で傭兵で、危険も多いだろうから。無事であって欲しい、という願いを込めて。
その後、アルヴィナや、他の商店を回り、蜂蜜亭で一休みして、またあちらこちらを歩き回って‥‥疲れている事にも気付かない程、夢中で遊んだ。
「あいつのあんな笑顔‥‥久々に見た」
余程、友達が出来たのが嬉しいんだな、とセルシウスが呟く。時を惜しむように走り回る2人が、可愛らしかった。
「有難う‥‥私ね、ずっと普通の友達が欲しかったの。今日、リュシアンと遊べて本当に楽しかった‥‥有難う!」
「うん‥僕も‥‥」
リュシアンは、目を細めた。快活な笑顔。自分にはないそれが、眩しい。今まで会った同種族は、彼にとって先達で、目標で、先を歩く人達だった。でも、彼女は、隣を歩く人だ。父や妹の時の速さに焦るリュシアンの隣を、同じ速さで歩いてくれる人。
「僕も‥レミアと会えて、良かった」
●
新しい年が、始まる。
その時、胸に抱く想いは、様々。
「ねぇ、シェアトちゃん」
「何ですか?」
「私‥‥一緒に暮らしたいな、シェアトちゃんと」
でも、今はただ‥‥
「すっごく楽しかった。お兄ちゃん! 大好きっ♪ 今夜も一緒に寝てね」
「はは‥‥仕方ないな。今夜までだぞ」
ただ、あなたと共に在れることに、感謝を。
「セイル君、私ね‥‥何時かあなたとの子を胸に抱きたい」
そして、願わくばこの先も、歩む道が、大切な人のそれと、重なり合って続いてゆきますように。