新し年の寿ぎを
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■ショートシナリオ
担当:紡木
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:01月12日〜01月17日
リプレイ公開日:2008年01月20日
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●オープニング
赤い髪のその人は、初めて会った日以来、時折、楓を訪ねて来るようになった。
『町に住んでるですか?』
『いや‥‥普段は江戸。商用で町に来る時に、ついでに此処まで来てる』
ぽしゃん、と川に石を蹴り入れながら、彼は言った。楓は、少し驚いた。確かに、街からこの村まで、馬をとばせは一刻も掛からない‥‥と思う。それでも『ついで』で来る距離ではない。
『へぇ、なんでほんなにエライこん‥‥あれ、顔赤いですよ?』
無理してやってきて、体調でも壊したのだろうか。
『でも‥‥江戸なら、また会えるかも知れんですね』
『‥‥え?』
『あたし、今度江戸のおたなに、ご奉公に上がるっつこん』
『奉公?』
『うち、貧乏ですから。口減らしと‥‥ああ、お給金も悪くないです。お行儀も習えるって』
『‥‥お前みたいなの、田舎者って言われて苛められるぞ』
『なっ‥‥確かに田舎もんですけどっ』
『きっと、色々辛い事もあるし‥‥』
『‥‥なんで、そういう、酷いこと言うでぇ? あ、あたしだって‥‥そりゃ、不安だし寂しいし‥‥でも、行かんきゃならんじゃん! 何にも知らんで、勝手なこん言っちょ!!』
くる、と背を向けて、家に戻った。会えるのは、今日が最後だったのに。喧嘩別れで、少し残念だった。
数日後、楓は父親から奉公先が変った、と伝えられた。元の店よりずっと良い条件で、雇ってくれるという申し出があったのだそうだ。
そして、その後、初めて江戸に出て、その煌びやかさ、人の多さに驚いた。しかし、店に入って、その人に会った時の驚きの方が、ずっとずっと、大きかった。
『うちの店なら、苛められることも無いだろ』
若旦那だと紹介されたのは、赤い髪のその人だった。
「ねぇ、リュック‥‥これ、何かしら?」
今朝届いた荷物を空けて、シャルロットは首を傾げた。
「ん‥‥あ、凄い。餅じゃないですか。それと‥‥昆布、と‥‥醤油まで入ってる」
リュックは、ひとつひとつ解説しながら、どれもノルマンでは貴重品である事を伝えた。
「手紙入ってますね‥‥ああ」
「誰から? 何て書いてあるの?」
「んっと、俺が世話になってた店の、若旦那から。『楓に旨い物食べさせてやってくれ』だそうです」
「楓さん?」
「あー‥‥まぁ、色々あるんです」
「‥‥ふぅん?」
「気になるんだったら、本人に聞いてくださいね? 俺は喋りません」
「‥‥はーい。ところで、リュック、料理の仕方分かるの?」
「いや‥‥マリーさんでも、流石にジャパン料理まではカバーしてないでしょうね」
「でも、楓さんにやらせちゃったら、意味ないような‥‥びっくりして欲しいわよね」
う〜ん‥‥と考え込む2人。
「‥‥そういえば、ジャパンでは聖夜祭じゃなくて、1月1日をお祝いするのよね?」
「らしいですね。『お正月』っていうらしいです。俺は向こうで年越してないんで、実際の様子は分かりませんけど」
「うちの1日はいつも通りだったから、楓さんには味気なかったかも。‥‥ちょっと遅いけど、ジャパン風にお正月をやりなおしてみるの、どうかしら? 飾りとか、お料理とか‥‥」
「ああ、面白いかも知れませんね。確か、15日は『小正月』っていって、もう1度お祝いをするらしいですし‥‥」
「あら、丁度良いじゃない。お餅、たくさんあるし‥‥冒険者の人を呼んで一緒にお祝いしてもらうの。そうすれば、料理が出来る人も来てくれるんじゃないかしら。そうでなくても、料理の仕方くらいは知ってたり‥‥調べたりしてくれるかも」
「成程。お嬢さんも、聖夜祭パーティー出来なくて寂しそうでしたもんね」
「そ‥‥そういうことは、本人に言わなくて良いのよっ」
「はぁ‥‥じゃ、俺午後の休憩時間に、行ってきますよ」
「うん、宜しくね」
●リプレイ本文
『あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします』
正座をして、三つ指をつき、ぴんと背を伸ばし、深々と頭を下げる。ミカエル・テルセーロ(ea1674)とクリス・ラインハルト(ea2004)の仕儀に、リュックも同じようにジャパン語で挨拶を返した。きょとん、としているシャルロットに、ミカエルが微笑みかける。
「ふふ、不思議な感じですか? こうやって皆さん新年をお祝いするんですよ。後で楓さんにも一緒にしましょうね」
その間に、続々と参加者が集まり、口々に挨拶を交わす。
「鳳 美夕です。今年からよろしくねー♪」
妹から楓ちゃんの事は聞いてるよ、と鳳美夕(ec0583)。
「新しき年を祝う日か。なかなか楽しそうな席だ。小正月を祝い、新しき年の門出に致そうぞ」
「祝い事ってのは何度あってもいいものさ。楽しいし旨いし嬉しいしねぇ」
同じくはじめましてのガルシア・マグナス(ec0569)と御堂鼎(ea2454)。ジャパン在住、現在里帰り中ミフティア・カレンズ(ea0214)や、お馴染みエーディット・ブラウン(eb1460)、そしてライラ・マグニフィセント(eb9243)もやってきた。
「‥‥これとそれじゃあ、こっちかねぇ」
ワイン飲み比べ中の鼎。折角の経費ブラン商会持ち、ざるの自分には1本や2本じゃ足りない、と祝い酒を探しに町に出た。
「んん? こいつはいいね」
己の舌に適うものを見繕う。
「承知いたした」
それをガルシアが抱え上げていく。値段交渉は、商人の心得を持つ彼の役目だ。
「お代は、ブラン商会につけておいておくれ」
ヒラヒラと手を振る鼎。こうしてブランの名も広めておくのだ。
「わ、今回も素敵です」
「ジャパンの風習に倣って新年の挨拶に来たの。衣装は‥ふふ、エーディットさんの計らいね」
ユリゼは、黒の紋付羽織‥『っぽいもの』姿。エーディットがマリーに仕立てを依頼したのだ。仮留めの急拵えだが、堂々と着こなせば結構格好がつく。
「シャルロット姫の着物姿は見たかったかな‥‥簪くらいは私につけさせて貰えますか、姫?」
くすり、と笑って『姫』の髪を梳き撫でる『王子様』に、シャルロットはうっすらと頬を染めて頷いた。
「わ〜お餅、お餅! こっちで食べられるとは思わなかったなぁ」
ミフティアが、ライラの手元を覗き込んだ。料理は、ライラが中心となって進めていく。鼎や美夕、やゆよ、セタ、茜といった、ジャパンやその近郊出身者や、滞在経験のある者に話を聞きながら、持参の鏡餅を使ってあれこれと試作する。
「私の知ってるのはね、白くて甘い味噌味で、おもちが少し溶けかかったような丸餅がはいってるやつだよ♪ でね、具材も丸くするの。ジャパンでいう所の『角が立つ』のを避ける為なんだよ」
「へぇ、縁起を担ぐのですね♪」
やゆよの説明に、クリスが感心している。
「さっき、挨拶ついでに、楓に話を聞いたんだけど、江戸の店では、四角い餅におすましだったみたいよ」
他にも、お節について聞いてきたわ、と、レアがその内容を説明する。
「お節の味は家によって違うからね〜」
と、美夕。
「ふむ、やはりミソが無いのでおすまし系がいいでしょうか」
ミカエルが呟く。
「あ、芋がら縄持ってるよ。これは味噌味で‥‥何時のだったかなぁ? まぁ、保存食だし、大丈夫!」
芋がら縄を取り出すミフティア。里芋の茎を味噌で煮しめて、縄に編んだもの。ちぎって湯で戻すと味噌汁になる。
「あと、お雑煮も良いけど、お醤油と海苔も美味しいし、黄粉と、奮発して砂糖をちょこっとだけ混ぜた甘いのも美味しいの! ほんのりお塩が隠し味。甘みが増すんだ」
ミカエルが頷いた。
「餅は単体に味がない分、アレンジがしやすいですよね。焼いてお醤油、は是非食べましょう。僕、真剣にお醤油は世界の中でも優れた調味料だと思うんです!」
「醤油は旨いよねぇ。ノルマンじゃ滅多にお目にかかれないけどさ。他のお節にも使うしね」
「他には、どんな料理があるんだい?」
鼎の言葉に、ライラが尋ねた。
「そうさね‥‥黒豆に栗きんとん、伊達巻に、煮しめ、かまぼこに、鯛や海老なんかあったなぁ」
作り方は分からないけど、と前置きして、見た目と味を伝える。
「昆布巻きでしたら、この新巻鮭をどうぞ」
「ありがとうミカエル殿。使わせて貰うな」
美味しい物談義には、自然と皆熱が入る。
「ボクは食べる専門で申し訳ないです」
「どの料理も楽しみですね〜♪」
楽しく作って、食べて、ノルマン流お節料理が開発されてゆく。
次は会場設営。ガルシアが部屋から椅子や卓を運び出し、クリスが花柄の茣蓙を敷いていく。
「これは、サプライズ企画なので、楓さんには内緒ですよね?」
人を楽しませることが生業のバード魂が騒ぐのだろうか。クリスは、ジャパン人やジャパン暦の長い者たちと、楽しげに行事内容を相談している。
「住処から、一杯持って来たよ、ジャパンの品物!」
ちょこん、と白ヤギの置物を飾るミフティア。鼎が、その隣に掛け軸を飾る。一番おめでたいとされる富士の日出絵図。
「基本は紅白‥‥んで、松竹梅が手に入れば良かったんだけどねぇ」
ノルマンでは少々難しいので、代わりになりそうな造花を飾っていく。
「でも、賑やかで楽しいよ。ちょっとジャパンと違うのも、面白いんじゃないかな」
一通り準備が終わった部屋を、美夕が満足げに見回した。
そして当日。
「わぁ、綺麗‥‥」
クリスの持参した帯留に、シャルロットは目を細めた。
「この帯留もかんざしも、お友達から頂戴した、ボクにとっては大切な思い出の品なのですよ」
「ほら、着付けするから、こっちおいで」
鼎がクリスに、持参した振袖『紅白梅』を着せてゆく。薄桃色の振袖は、クリスの快活な雰囲気と良く合っていた。髪には、新緑の髪飾りにかんざし「若葉」を合わせ、帯には花飾の帯留。
「‥‥ぐ、ジャパンの着物は、ちょっと窮屈かもです」
帯の辺りを撫でさするクリス。
「ま、振袖だから多少はね。慣れれば問題ないさ‥‥さ、出来た。おー、なかなかに様になってるねぇ」
そういう鼎は、庶民スタイル。気楽などてら姿だ。
「女性の着物は、華やかでなんとも景気が良いです」
着替え終わった女性陣を、ミカエルがにこにこと眺めている。
「わしも、晴れの日に恥かしくない格好をせねば」
ガルシアは町で購入した礼服一式を身に纏った。そして。
「ゾウガメもめでたい動物に〜♪」
ジャパンでは、亀は長寿の象徴。その上、紅白の垂れ幕で飾りつけられ、めでたさ2乗だ。
「撫でると長生きできるかもですよ〜♪」
エルフのエーディットに言われると、本当にそんな気がしてくるから不思議である。
『明けましておめでとうございます』
シャルロットに連れて来られた部屋を見て、楓は目を円くした。皆が膝と手を付いているのを見て、慌てて膝を折り、頭を下げる。
「今日は、『小正月』よね。遅くなっちゃったけど、ジャパン風の新年会なの。楽しんでね」
シャルロットが説明している間に、料理が運ばれてくる。給仕は、巫女装束に螺鈿の櫛を付けたライラ。器を載せるのは盆ではなくて、銀のトレイ。不思議な取り合わせが、面白い。
雑煮は、サフラン抜きのブイヤベースに昆布を入れ、煮立てたスープがベース。具は蕪と蕪の葉、蕪の茎、焼餅。味は、醤油で調えたものと、芋がら縄を入れた味噌味の2種類だ。
「おもち‥‥」
「餅と醤油と昆布は‥‥若旦那から、送られてきたんです。楓さんに、って」
リュックの言葉に、楓は眼を見開き、それからゆっくりと、じんわりと、笑みを浮かべた。
「うれしい‥‥。みなさんも、ありがとうございます」
ほんのすこし、眼の縁が赤くなったのを、そっと手で隠した。
「とりあえず、食べてみてくれ。鮭の昆布巻もあるぞ。こちらは、マリー殿が苦心してくれてね」
ライラの勧めで、1口、雑煮をすする。楓は、一瞬、おや? という顔になって、それから、にこ、と笑った。
「すこし、ふしぎな‥‥でも、おいしいです」
それを合図に、皆思い思いに食べ始める。雑煮と昆布巻きだけでなく、ガルシアから奈良漬「黒錦」も提供された。さくさくとした食感が楽しい、胡瓜の酒粕漬けだ。
「ノルマンの新しき年を祝し、乾杯」
ガルシアの音頭で、何度目かの乾杯も行われ、食事の席は和やかな雑談に包まれる。
「‥‥っあぁ、ジャパンの酒は、久しぶりだよ。日本酒と漬物の組み合わせは、堪んないね」
くはあぁ、と熱い息を吐く鼎。自らの足で探し、厳選したワインの他に、ガルシアから提供された桃の花香る桃花酒、レアがジャパンで買ってきた日本酒・どぶろく、お屠蘇代わりにとクリスが調達してきたそれぞれ白・赤ワインベースのベルモット‥‥と様々な種類が揃っている。
「美夕さんは、飲まないんですか?」
白湯ばかり口にしている彼女に、シャルロットが尋ねた。
「パラディン候補生なので飲めないの‥‥付き合い悪くてごめんね」
「いえ、私もあんまり飲めないんです」
桃花酒をほんの少し舐めただけ。まだ15歳なのだ。2人、くすりと微笑み交わして、白湯で乾杯の仕草をした。
「普通の焼餅も出来たぞ」
「ん〜おいひぃ♪」
みょーん、と餅が伸びる。
「むむ、ミフさんはそんなにほおばって食べたら‥‥」
くす、と笑いながらミカエルが声を掛けるが。
「大丈夫♪」
言葉通り、綺麗に食べきってしまう。食いしん坊は伊達ではないのだ。
食事が終わって、酒ばかりが注がれるようになった頃。
「はいはいっ! 踊りま〜す♪」
ミフティアが立ち上がった。
「ジャパンには獅子舞って、口ばくばくさせた虎? に頭を齧ってもらうといいんだって。でも流石に無いから代わりにジャパンの舞を踊るね。楓ちゃん、三味線お願い〜」
「はい。‥‥ふふ、ひさしぶり、ですね」
ジャパンに居た頃は、時々こんな事があった。
チン‥ツトン、トン‥‥
三味線の稽古で、最初に与えられる曲。決して上手くは無いが、楓は丁寧に旋律を紡ぐ。
ひら‥ひらり‥‥
扇が、閃く。蝶のように、花のように。
すい‥っと。足は、水面を滑るように、静かに、滑らかに。
装束の裾が、動きをゆったりと追うように、揺れる。
‥‥シャン。
ぱちり。曲の終わりと共に、扇が閉じられる。その音で、観客は夢から覚める。
拍手に応えて、頭を下げた。
「あ、因みに獅子舞はこんな感じ〜」
先程とはうって変わって、トトトン、っと床を踏み鳴らす。両手を広げて、
「きゃっ」
シャルロットの頭を抱え込んだ。
「‥ふっ‥‥ふふふふ」
そんな事も何だか楽しくて、笑いが漏れた。
「今年の抱負を『かんじ』で表す『書初め』という行事があるですよ」
クリスが、羊皮紙と木炭を配った。
「ミカエルさん、買出しお手伝いくださってありがとございました」
ギルドを通じて知り合った店で購入したものだ。
「振袖が邪魔ですね‥‥あれ? あれれ?」
キリリと襷がけ、のつもりがぐるぐると絡まる。鼎が苦笑しながら解き、襷をかけ直した。
「鼎さん、ありがとです。それでは‥‥」
紙一杯に、堂々と書かれた漢字。
「どういう意味ですか?」
シャルロットが尋ねた。
「『笑門来福』。笑うと、良いことがやってくる、いう意味です。皆が笑顔になれる一年だと良いですね☆」
「あんれ、同じかい」
隣で鼎が苦笑する。そこには『笑う門には福来る』。
「まさに今この場がそんな感じで、バッチリ合うからさ」
それは、きっととても幸せな事だ。
「ミカエルは『自立』かあ」
すっきりと書かれた漢字2文字を、美夕が覗き込む。
「はい。自ら律する心を忘れぬよう、という意味で」
「エーディット殿は、沢山書いてるな」
と、ライラ。大きく『皆が幸せでありますように』。しかし、外にも色々と書いているようだ。
「願い事が一杯なのです〜♪」
『リュックさんが立派な送り狼になれますように』『クリスさんの結婚式が素敵になりますように』‥‥本人が見たら、反応が面白‥もとい大変そうな。そして‥‥
「埴輪‥‥」
ひらり、と。滑り落ちた1枚を拾ったリュックが、なんとも言えない顔をした。
「ユリゼさんの趣味って‥‥」
視線は、鼎の連れたゴーレム‥‥埴輪の酔候へ。『ユリゼさんと埴輪さんの恋が実りますように』。
「うふふ〜、酔候さんも素敵ですけど〜。もっと素敵な埴輪さんのなのですよ〜♪」
それはもう、色々な意味で。
「シャルロットさんは自分で書かないとですね〜。後は門松に吊るすのでしたっけ〜?」
若干、行事が混ざっている。
「ね、この大筆、使えないかな? 凄く重いんだけど‥‥皆で持って1つの文字を書くのって楽しくない?」
と、ミフティア。
「宜しければ、わしが支えよう。ただ、ジャパン語には明るくない故、行き先は誘導して頂けると助かる」
「わぁい、ありがとガルシアおじさん♪ 楓ちゃんはどんな字がいいと思う?」
考え込んでいた楓に、声を掛ける。
「そうですね‥‥」
独楽を回して、福笑いで笑って、エーディット特性の不思議な―『金運微妙に良し』『女装するが良し』とかが混ざった―おみくじを引いて‥‥遊んで、笑って、ひと段落がついた頃。
「そうだ、大ホールでこのお店で作った簪があるって聞いたの。それ買いたいな」
シャルロットは、美夕に声を掛けられた。
「わぁ、ありがとうございます」
硬貨を受け取り、カンザシを差し出す。
「あれ、2本入ってるよ?」
「1本は、妹さんに。この間お手伝い下さった方には、お会い出来た時に差し上げてるんです」
「わぁ、ありがとー‥あとね、もうひとつ。これは、レアと私から2人に‥‥お守り、みたいなものかな♪」
そっと、差し出されたスターサンドボトル。恋人達に幸せをもたらすという。楓とシャルロットに、と。
「ありがとう‥ございます」
「願わくばいつか2人の想いが伝わりますように‥‥ってね」
「楓さん、楽しかった?」
「はい、とっても。よいとしに、なりそうです」
その言葉に、ガルシアが頷いた。
「これが小正月、こうして新しき年を祝えるのは、とても良いな。また来年も行いたいものだ」
そして、空を見上げる。
店を出て、広い場所へやってきた。大凧を元に、ミカエルが設計した凧が、風を孕んで揚がっている。
「いろんなことが、はじまるとし」
大筆を水に浸して、石畳に皆で書いた文字。
『始』
平仮名いろはを習い終えた楓が、一番最初に習った漢字。
『今から漢字を習い始める。そうすると、世界が広がり始める。そこで出会った刺激から、また何か新しいことが始まる。始まりは、連鎖する。良いことばかりじゃない。でも、始めることは、いつだって必要なんだよ』
(はい、その通り、でした)
遠く上ってゆく凧を見上げながら、遠くの人へ心を飛ばす。
(あなたの新年も、良いものでありますよう‥‥)
新し年に、寿ぎを。
始まり、繰り返される日々が、今日のような、幸せなものであるように。