夢想流剣術道場の鏡開き

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:5

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月19日〜01月24日

リプレイ公開日:2008年02月01日

●オープニング

「ありがとうございました!」
 きっちりと頭を下げる子供たち。天津風美沙樹(eb5367)も、すっきりと頭を下げる。
「皆さん、20日は鏡開きですから、忘れませんように」
「はい!」
 元気な返事。連れ立って帰っていく子供たちを、美沙樹は微笑んで見送った。

 天津風美沙樹の夢想流剣術道場。ノルマンの地で、ジャパンの剣術を教えている。門下生は子供が中心。剣術を習わせるとあって、良家の子弟ばかりだ。

「楽しみですわね」
 道場に飾られた鏡餅。それを、砕いて調理し食べる行事‥‥鏡開きが、1月20日に予定されている。
「クラリッサ様がいらっしゃらないのは少々残念ですけど‥‥」
 今日、マント領主の花押入りの手紙が届いた。『先日の大ホールでの催しへのご招待に続いて、素敵なお招きを頂いてありがとうございました』という書き出しに始まる招待へのお礼と、それに応えられないことを詫びる文面が綴られていた。
「お忙しい方ですもの、仕方がありませんわね」
 『楽しい思い出を重ねる善き日になる事をお祈りしております』という言葉で結ばれた手紙を、丁寧に仕舞う。
 ちなみに、同じく招待状を送ったシャルロット・ブランとシェラ・ウパーラからは、是非招待に預かりたい旨の返事を受け取っている。
「どうせなら、他の方にも手伝って頂きたいですわね」
 ギルドで募集したら、集まって下さるかしら、と呟く。
 ノルマンの国風に合わせ、慈愛神セーラを祀った神棚を仰いだ。

●今回の参加者

 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb5363 天津風 美沙樹(38歳・♀・ナイト・人間・ジャパン)
 ec2472 ジュエル・ランド(16歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ec3959 ロラン・オラージュ(26歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

「おー、皆さんお揃いですね」
 白い息を吐きながら、道場の戸をくぐったクリス・ラインハルト(ea2004)。防寒着も着て、準備万端。
「美沙樹さん、お誘いありがと」
 ユリゼ・ファルアート(ea3502)もやってきた。
「こういう時って『榊』って植物を飾るんでしょ? ちょっと違うかもだけど‥‥」
 天津風美沙樹(eb5363)が受け取ったのは、ユリゼが森で見つけた常緑樹の枝。
「良く似ていますわ。ありがとう」
 神棚に美沙樹が枝を供えた所に、声が掛かった。
「おはようございます」
「いらっしゃいですわ、シャルロットさん」
「皆、おはようっ」
 その背を押すようにして、声が掛かった。
「シェラさん、しふしふ〜」
 クリスが手を振る。
「クリスちゃん、しふしふ〜☆」
 美しい緑の羽を閃かせ、くるり、と道場を一周。
「ここが、美沙樹ちゃんの道場なんだ!」
 興味津々とばかりに、立掛けてある竹刀や防具、神棚を見て回る。
「お2人とも、ようこそですわ。揃ったようですし、始めましょう」

 まずは美沙樹から全員への挨拶があり、次に鏡開き‥‥飾ってあった餅を、砕いて食べられる大きさにする。
「ジャパンには、色んな風習があるのねぇ‥‥」
 交代で木槌を使い、餅を砕く子供たちを見ながら、ユリゼ。
「面白いわね、供え物をわざわざ砕いて食べるって」
「家庭の円満や長寿を願うのですわ。『鏡』は円満を『開く』は末広がりを意味するんですのよ。切らずに砕くのは、『切る』のは切腹を連想するからだそうよ」
「美沙樹ちゃん、物知りだねっ」
「『切腹』って、何ですか?」
 感心するシェラと、首を傾げるシャルロット。
「ええと‥‥」
 そして、何と説明しようか少々頭を悩ませる美沙樹だった。

「木槌でも、誤ると怪我をしますわよ」
 子供の小さな手に、己のそれを重ね、正しい使い方や力加減を教えるリリー・ストーム(ea9927)。
「うん、ありがとー」

「ねえ、この大きいの、何?」
 子供の1人が尋ねた。実は皆気になっていたものの聞けないでいたので、視線が集まる。
「ノルマンゾウガメですよ〜♪ でも今日は、鏡開きソウガメなのです〜」
 ぺちぺち、と亀を撫でるエーディット・ブラウン(eb1460)。甲羅の上には、彼女が持参した鏡餅が乗っていた。
 そんな事には一切お構いなく、ゾウガメは砕かれた餅の欠片を、のんびりと齧っている。
「この餅も、砕いてくださいね〜」

「それじゃ、調理に取り掛かります。30人前位でええかな」
「僕が運びますね」
 餅を布に包み、台所へ向かうジュエル・ランド(ec2472)とロラン・オラージュ(ec3959)。
「まずは、蒸して柔らかくせんとね」
 数日間飾られていた餅には、それなりに黴も生えていたが、クリス提供の蒸留酒ヴァン・ブリュレを使って拭き取ってある。
「ロランはん、手馴れてるなぁ」
 手分けして、火やセイロの準備をする。
「家事は、割と得意なんです。ジャパンの料理は初めてですが‥‥」
 ブラン商会の小正月に参加したクリスから話を聞いて予習をしてきた。作り方よりは、主に味についての話だが。
「そうなんや。でも、あんまり高価な食材は使えんしな」
 醤油や海苔は貴重品だ。
「それなんですが、クリスさんが‥‥」

「食材提供ありがとうです、シャロンさん」
 ジャパンの調味料はノルマンにおいては入手困難。その為、小正月で余った醤油や昆布の提供を、クリスからシャルロットに打診してあったのだ。
「どういたしまして。私も、お餅が美味しく食べられるなら、嬉しいですし」
 楽しみですね〜、と笑み交わす。
「その節も、ありがとうございました」
 ペコ、と下げたクリスの頭に、きらりと光るかんざし「昴」。
「こちらこそ、手伝って頂いて。それに、とっても楽しかったです」
「ねね、なんのお話〜?」
 楽しそうな表情を認め、ぱたた、シェラが寄ってくる。
「ええとですね、この前‥‥」
 こうして、暫し話に花を咲かせた3人だった。

 その間、門下生たちは演舞の準備。
「そろそろ宜しいかしら?」
 美沙樹の言葉に、門下生が、ぴし、と定位置に就く。まずは、入門して日が浅い子供達から。
「今回、クリスさんが軽い刀を持参して下さいました。本物は滅多に触る機会がありませんし、使いたい人は申し出て頂戴。ただし、くれぐれも慎重にね。それから、今日はもう1人参加して頂きます」
 そう言って、振り返る。
「テーマは和風青年剣士ですよ〜♪」
 びしっと胴着を着、小太刀を手にしている、
「ユリゼさん!?」
 ‥‥と、背後に立つエーディット。着せられた人と着せた人。
「昨日、剣の持ち方と、基本的な型だけ習ってみたの」
 胴着だから、当然裸足だ。頭の芯まで痺れるような冷たさだが、顔には出さない。姫の前ではかくあるべき、とばかりの王子様スマイル。送り狼にもなれない『どっかの誰か』よりも、数段男前だ。
「さ、姫はあちらでご覧になって下さい」
 さり気なく着替えで脱いだ自分の上着をシャルロットに羽織らせ、手を取って座らせる。
「ユリゼちゃん、かっこいいの〜」
 ほわー、とシェラが溜息をついた。

「演舞、始まるみたいやね、参加するんやろ?」
 鍋の火加減を見ながら、ジュエルが尋ねた。
「出来ればしたいのですが」
 ロランは商家の出だが、騎士に憧れているという。騎士であるリリーも参加するというし、剣術の心得を学びたいという思いを抱える彼にとって、この機会はとても魅力的だ。
「ここはウチに任せてええよ」
「すみません、宜しくお願いします」

 演舞が、始まった。
 年少組のそれは、複雑な動きではないし、体の均衡が取れていない所もあるが、みな真剣に、精一杯刀を振るっている。気迫が、心地よく道場に満ちる。
「ブランシュ騎士団もジャパンの剣術を取り入れてるです。もしかして将来の騎士団長さんが、この中にいるかもですね」
 くす、とクリスが笑みを漏らした。

「癖の無い太刀筋が綺麗でしたわ」
 演舞を終えた少年に話掛けるリリー。大天使の武具に身を包んだ、女神の如き姿に、助言を貰う側が緊張気味だ。
「昨日、おさらいしたことが、良く出来ていましたわね」
 美沙樹も、師範らしく言葉を贈る。
「皆さん、お上手です」
 剣術道場を見学するのは初めてだというロランは、自身も時折参加しながら、熱心に周囲の様子を観察していた。

「ユリゼさんも、素敵でしたっ」
「ふふ、ありがと。‥‥でも、私には演舞が精一杯」
 1人用の演舞を、何とかこなしたユリゼ。美沙樹に借りた霞小太刀は、かなり軽い刀だというが、それでも持ち慣れない物というのは、扱いが大変だ。
「父さんがね冒険者してる時はノルド使いの剣士だったの。本当は魔法剣士になりたかったのよね‥‥無理だったけど。気分だけでもちょっと嬉しい。‥‥どうしたの?」
 話すユリゼを、シャルロットが嬉しそうに見つめている。
「え、あの‥‥ユリゼさんのご家族の話とか、初めてだったから、ちょっと嬉しかったんです」
 
 そして、最後の演舞。リリーと美沙樹の模擬試合。
 ポウッ、と、薄紅の光がリリーの全身を覆う。オーラボディで防護を施すと、白く輝く槍を構えた。
「始めッ!」
 門下生の一言で、まず、美沙樹が前に出る。
「はっ」
 真直ぐに、小太刀を振り下ろした。
 ガキィン!
 鎧の継ぎ目を狙った攻撃を、僅かに避けて腕で受ける。デッドorアライブ。リリー自身には、カスリ傷ひとつ付かない。
「いきますわよ!」
 物理的な衝撃をやり過ごし、今度はリリーが槍に、それ自身の重量を載せて激しく突き下ろした。
「あ、危ない!」
 スマッシュEX。当たればただでは済まない攻撃に、観客が息を呑む。
「‥‥‥ッ」
 しかし、大振りのそれを、美沙樹はひらりとかわし、そのまま地を蹴ってリリーの懐に飛び込み、小太刀を振るう。
 美沙樹は、羽のような身軽さでリリーの攻撃を避け、次々と小太刀を閃かせる。
 リリーは、傷ひとつ作らずに、攻撃全て盾とその身で受け止め、見る物に目を剥かせる迫力で、槍を繰り出す。
 1合、2合、3合‥‥
 小太刀が風を切る音が、盾が攻撃を受ける音が、道場の空気を振るわせる。そして。
 リリーが、1歩下がった。
「次を最後の1合としますわよ‥‥よろしくて?」
「ええ」
 ぴしり、と。空間が、緊張を孕む。
(「上手くいってよ」)
 幸運アクセサリーに軽く祈りを捧げると、リリーは美沙樹を見据えた。
 美沙樹は、小太刀を鞘に納め、すっきりと立つ。
「はっ」
 2人の声が、重なる。
 先に攻撃に至ったのは、やはり美沙樹。必殺の居合いブラインドアタックEX。目にも止まらぬ速さで繰り出されたそれは、過たず鎧の継ぎ目‥‥肩を狙い打つ。それと入れ違うようにして、リリーが槍を突き出した。先ほどまでの大振りなそれではなく、ごく自然な、流れるような付き。

「そこまでッ」

 動きが止まった、その時。リリーの肩口には過たず刃が突きつけられ、美沙樹の胴着は脇腹が切り裂かれていた。
 引き分け。
 数拍の時を置いて、わぁっ、と歓声が広がる。
「流石、美沙樹ね♪ 人間の身だと、腕を1本もっていかれてますわ」
 魔力の防護が何重にもかかっているとはいえ、多少肩に響いたらしい。軽く腕を回してから『女神らしく』微笑んでみせる。
「リリーさんも、さすがですわ」
 あれだけ打ち込んでも、殆ど傷を付けられないのだから。壊れた胴着を脱ぎ、美沙樹も晴れやかに笑った。

「料理、出来あがったで」
 ジュエルが知らせにやってきた。
「あ、僕も仕上げをしないと」
 ロランが台所へ戻っていく。
「ジュエルさんのお料理は、斬新ですわね」
 ジャパンでは見たことないものばかりですわ、と美沙樹が感心している。
 塩茹でした豆を混ぜた豆餅や、揚げたおかきはともかくとして、焼餅をポトフに入れた雑煮や、フォカッチャの具として餅を載せるという発想は、ジャパン人にはない。
「ジャパンでも、地方によって味付けが変わったりはしますけど」
「先生の故郷は、どんな感じだったんですか?」
 生徒が尋ねる。
「そうですわねえ‥‥」
 
「フォカッチャは、結構大変やったね」
 ひっくり返せないから、フライパンを被せて炭火を載せたり工夫が必要だったし、小さな体では生地を伸ばすのも一苦労だ。
「ねえ、これなーに?」
 でん、と置かれた金属の鍋と串を前に、子供が首を傾げた。
「チーズの鍋や。こうやって食べるんやで」
 串に餅を差し、鍋に入ったチーズに潜らせる。
「ふうん、面白いね! ‥‥うん、美味しい」
 チーズは湯煎の状態で、湯には、冷めないように焼け石を入れてある。
「熱っ」
「あら、慌てると火傷をしますわよ」
 リリーがそっと窘める。
「お口の周りも汚れてますわよ‥‥ん、取れた」
 手拭で拭ってやる。
「ぅん〜‥‥ありがとっ」
 まだ、胴着に着られているような小さな子供。にぱ、と笑顔全開な顔に、優しく微笑み返した。

「いい感じに分かれたですね♪」
「クリスさんの観察眼に狂い無しですね〜♪」
 ひそひそ、にやり。
「美人なお姉さんに憧れる少年剣士さん〜。素敵青春なのです〜♪」
 食事の席は、ものすごく大雑把に分けて、美沙樹周辺、リリー周辺、その他、となっている。これは、クリスとエーディットのさりげない誘導の結果。少年達がどちらの女戦士に憧れを抱いたかを観察し、その相手と食事出来るように配慮したのだ。
「皆さん、キラキラの目でお2人の試合を見てたですしね」
「素敵なロマンスがあると良いですね〜♪」
 実は、2人の勝負の前に、ひっそりと話を聞いて回っていたエーディット。どちらが好みか、どちらが強そうか、等。やはり門下生だけあって美沙樹人気が上回っていたが、この勝負を見てまた変わった部分もあるかも知れない。

「リリーさん、着物姿も綺麗ですね」
 いつの間にか、着替えたらしい。『その他』の輪から、子供と触れ合っている様子を眺めるシャルロット。リリーの髪を纏めているのは、ブラン商会のカンザシ、『ローレル』。実際に使って貰っている様子が見られるのは、嬉しい。
「着物の模様の花、ウメっていうんですって。こっちでいう、プラムね」
 とユリゼ。
「ジャパンには冬にも鮮やかに咲く花があるんですってね。ツバキ、とか」
「ツバキ‥‥あ、商品の簪、だったかしら? そんな名前の花、ありましたよ。真っ赤で、綺麗な花でした」
「いつか、実物を見てみたいわね。ドレスやイギリスには行ったけど、何時かジャパンにも行ってみたいわ」
 その言葉に、シャルロットが少し視線を俯ける。
「皆さん、冒険者ですものね。‥‥遠くに行っちゃうことも、あるんですよね」
「ふふ。私は、暫くここにいるわ。何だか根付いちゃったもの。今はそれが楽しいのよ。ここにいても色んなものに出会えるし」
「そうだったら、‥‥私は、嬉しいです」
 小さく切った餅を平らげていくゾウガメを撫でつつ、呟くシャルロット。その横顔を見ながら、ユリゼはふと思いを馳せる。
「新しい1年‥‥か」
 いつの間にか両手一杯に抱えていた縁。‥‥その皆が、ずっと笑顔でありますように。

「お待たせしました。僕の分も出来上がりです」
 ロランが、運んで来たのは、かき揚げと、昆布出汁に醤油の雑煮と、鮭の昆布巻。
「おー、こちらは純ジャパン風ですね」
 こちらも美味しそうなのです、とクリス。
「はい、色々教えて頂いて、助かりました」
「へえ、鮭って、こんな風に料理すればいいんやね」
「ロランちゃんも、お料理上手なのっ」
 シフール達も嬉しそうだ。
「美沙樹さん、揚げたお餅、少し取り置きしても良いですか〜?」
「ええ、構いませんわよ」
「ありがとうございます〜。それでは、リュックさんや、フレイアさんにも持って帰る用に〜」
「わあ、ありがとうエーディットちゃん」
「きっと喜んでくれますよ〜♪」

 神棚に向かって、エーディットが祈りを捧げている。ここに祭られているのはセーラ神だが、ジャパンの神に向けても、同じように。道場の発展や、皆の幸せを。
「シャルロットさんも一緒にお祈りしませんか〜?」
「えっと‥‥」
 ノルマン生まれ、ノルマン育ちのシャルロットには、他教の神に祈るのは、少々抵抗があるようだ。
「それじゃ私は、セーラ様に‥‥」
 風変わりなセーラの祭壇に向かって、手を合わせた。

 食事が終わって、ひとしきり話で盛り上がって、お開き。流派は違えど、同じく戦う者として、リリーやロランの話は、子供達の良い勉強になっただろう。また、ロランとシャルロットが、商家同士で有意義な話が出来たとも言っていた。
「無事に終わって、良かったですわ」
 生徒と客人を見送り、美沙樹が伸びをする。道場に入ろうとして、玄関にそっと置かれたものに気が付いた。
「これは」
 天の破魔矢。家の中に幸運を呼び込むというそれを、誰かが置いていってくれたらしい。そっと手にとって。祈りを捧げる。
「今年も、良い年になりますよう‥‥」