邂逅

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月20日〜01月25日

リプレイ公開日:2008年01月30日

●オープニング

「うわぁ、老けたねぇ」
 それが、20数年振りに会った男の第一声だった。
「君、本当にあのユルバン?」
「うるさい、万年若作り」
 本当に久しぶりなのに、その男の容貌は驚く程変わっていなかった。いくらエルフでも、それなりに変貌する筈の時間が経っているのに。まるで、自分で自分の時間を、止めてしまったような‥‥
「アメリーから、どこまで聞いた?」
「‥‥‥。エルザが、生きていたこと」
 搾り出すような呟き。その、語尾が掠れた。
「君とエルザが結婚して、あの子が生まれたこと、そして‥‥」
 酒場のざわめきが、遠のく。カップを握り締めたエルフの手が、白い。
「私とエルザの‥‥子供のこと」


 1、2年に1度、訪れるだけの小さな村。パリから半日という近さの割りに、大きな街道も側にないせいか、どことなく閉鎖的な雰囲気が漂う場所。でも、そうであるからこそ、娯楽に飢えた村人たちに旅の吟遊詩人は歓迎された。特に、いつも一緒にやってくる子供たち‥‥エルザとユルバンは、始終彼に張付いては歌をせがんだ。
 それは、ある日のこと。
「この春で14になったの」
「へぇ‥‥この前まで、私の膝に乗っていたのにね」
 くす、と笑うと、エルザが頬を膨らませた。
「来年は、15よ。そしたら、もう大人だわ」
 そう言って胸を張る仕草が子供っぽくて、男はさらに笑みを零した。
「笑わないで。‥‥ね、レオン。そしたら、私を連れていってくれる?」
「‥‥え?」
 思いも掛けない言葉に、目を見張る。
「好き」
 真直ぐな言葉。レオンの、楽器の為に硬くなった指先を、エルザの、水仕事で荒れた手が包んだ。
「エルザ‥‥私は、エルフだよ」
「知ってるわ。でも、好きよ」
 真直ぐな瞳。いつの間に、この娘はこんな目をするようになったのだろう。底知れぬ熱を秘めた、深い色。

 次の春、レオンは、その村を訪れなかった。
 その次の春、偶然、パリでユルバンと再会した。ユルバンは、師に付いて修行をしている所だった。そして、エルザが他所の村に嫁ぐ事が決まった、と聞いた。

 その日の真夜中、村に着いた。足音を忍ばせて、エルザの家の前に立つ。すると、突然裏口が開き、娘が飛び出して来た。
「待ってたのよ。1年も、遅刻して‥‥」
 レオンにしがみ付き、彼を見上げた顔は、月明かりの下で青ざめて見えた。
「毎日、庭を眺めて待っていたわ。‥‥今夜は、来てくれるような気がしたの」
 来たのは、結婚を言祝ぐ為。そう、自分に言い聞かせていた。でも、違った。
「遅くなって、ごめん」
 二年振りに会った少女は、すっかり大人びていて。来なかったのは、きっと断りきれないとどこかで分かっていたから。言われるままに攫ってしまいたいと‥‥自分自身が思ってしまったから。
「いいの‥‥。もう、いいのよ。来てくれたんだもの」

 そのまま、村を出た。2人手を取り合って。うち捨てられた教会で、粗末な指輪を交換して。森の中の、小さな、本当に小さな、山小屋のような家を見つけて、住みついた。幸せで、とても幸せで‥‥しかし、それは本当に束の間だった。たった、ふたつ、季節が移る間。
 居場所を探り当てた村の者達に追われて、秋の森をひたすら逃げた。崖沿いを走って、足を滑らせたのは‥‥どちらだったか。右手にエルザの手、左手に崖の淵。非力なエルフでは、2人とも落ちるのは時間の問題だった。エルザのつま先のすぐ下は、急流。落ちるなら、一緒に‥‥そう思ったレオンの手を、エルザは渾身の力で、振り解いた。
「ありがとう」
 そう、言い残して。レオンの手の中に、すり抜けた銀の指輪だけを残して、彼女は落ち、流されていった。追いついた村人達に、レオンは引き上げられ、流されたエルザの捜索も行われた。

 やがて聞かされたのは、エルザの死と、2度と村へは来るな、という拒絶の言葉だった。


「それからは、ひたすら他国をフラフラしてたよ。彼女を殺した、己の非力が疎ましくって、いっそ野たれ死ねればいいと思ったり‥‥」
 でも、自ら命を絶つこともできなかった。この命は、エルザに与えられたものだったから。


 しかし、彼女は生きていた。
 下流で、石に引っ掛っていた所を発見された時には、大量の水を飲み、気を失っていたけれど、奇跡的に、助かった。


「エルザは、お前は流されて死んだって、聞かされてた。俺もだ」
 数年振りに村に帰ったユルバンは、そこで初めて、2人の駆け落ちと『レオンの死』を知った。
「お前が死んだってことで、抜け殻みたいになってた。‥‥腹に、リュシアンがいるって、分かるまではな」
 分かってからは、変わった。新しい命の為に。
「俺には、エルザは家族みたいなもんだったから、色々相談に乗ったり、生まれたリュシアンの面倒一緒にみたりしてるうちに‥まあ、なんだ‥‥」
 やがて2人は夫婦となって、アメリーが生まれた。
「お前が生きてるって知ったのは、本当に偶然だった」
 それは、村中が2人に隠していた秘密。しかし、時が経つにつれ、ほころびというのは、生まれるものだ。
「10年くらい前だな、俺が知ったのは。それから‥‥探したよ」
 己の生業を生かして、情報を収集して。レオン・ランベールというバードを探した。しかし、エルザは一昨年、儚い人となった。
「何処へ、行っていたんだ‥‥」
 呻くような、ユルバンの声。
「ずっと‥‥ノルマンの外にいた。色んな国を巡って‥‥去年、初めて戻ってきたんだ。‥‥そうか、生きて、いたんだな‥‥あと2年早ければ‥‥会えた」
 レオンが呟く。
「エルザには、私が生きていることを話した?」
「ああ。俺がそれを知って、すぐに」
「そう、か‥‥」
 目を伏せ、それから、小さく笑った。
「よく話したよね、だって、私は君にとって恋敵だろう?」
「舐めるな。一時期駆け落ちしただけのお前と、長年連れ添った俺じゃ、比べ物にならん。お前を選ぶことはありえん。アメリーもいたしな」
 ふん、と自信ありげに胸を張るユルバン。しかし、その瞳が、揺れた。
「だが、それでもお前はリュシアンの父親だ」
 リュシアンは、日に日にレオンに似てくる。姿だけでなく、声も‥‥そして歌い方も。
「リュシアンを見る度に、エルザをお前を思い出しただろう。自分が死んだと思ったまま、世界のどこかを彷徨うお前を思って、胸を痛めただろう。リュシアンを、お前に見せたいとも思った筈だ。だから‥‥会わせてやりたかったんだ」
 そう言って、深呼吸をする。
「リュシアンに、会うか?」
「会いたい‥んだと、思うけど‥‥実感が湧かなくて。あと、アメリー‥さん、は‥‥会わせたくないみたいだった」
「そうみたいだな。お前に会ったことも、俺だけに話した。だから俺も、まだリュシアンには何も言ってない」
「私、は‥‥」

●今回の参加者

 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec1358 アルフィエーラ・レーヴェンフルス(22歳・♀・バード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec1752 リフィカ・レーヴェンフルス(47歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec2830 サーシャ・トール(18歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

陰守 辰太郎(ec2025

●リプレイ本文

「あなたが、レオン・ランベール?」
 その一言に、周囲は息を呑んだ。リュシアンには、名は告げていなかった筈なのに。
「1度だけ‥‥母さんが、教えてくれた」
 父親の名。この世界のどこかで、今もきっと、生きているだろう人。
「ああ‥だから‥‥」
 リフィカ・レーヴェンフルス(ec1752)が、以前アルフィエーラ・レーヴェンフルス(ec1358)の手紙を届けたとき、リュシアンにバードの名前が分かるかと聞かれた。
「もしかしてって、思った。でも、偶然かも知れないし‥‥あんまり気にして無かったんだけど。‥‥そっか、あなたが、僕の‥‥父親、なんだ」


「おや? ユルバンさんと‥‥」
 酒場にやってきたリフィカは、知った顔に足を止めた。
「‥‥ん?」
 そして、隣に立つ妹の様子に首を傾げる。
「フィエーラ、どうかしたか? って、待て! どうしたんだ!!」
 慌しく卓に駆け寄ったアルフィエーラを、同じく酒場に来ていたラファエル・クアルト(ea8898)とシェアト・レフロージュ(ea3869)が目にした。
「フィエーラちゃん? どうしたんだろ、血相変えて‥‥あ、ユルバンさんじゃない」
 アルフィエーラは、挨拶もそこそこに問いかけた。
「ユルバンさん、教えて下さい!」
 アルフィエーラは、先日アメリーとレオンが遭遇した場に居合わせている。そして、今ユルバンがレオン一緒に居る。‥‥リュシアンと酷似した顔を持つ、レオンと。それは、予想が確信に変わった瞬間。全てが、ひとつに繋がった。
「これは驚いた‥話には聞いていたが、本当にリュシアン君とそっくりだな‥‥」
 リフィカの呟きを背に聞きながら、アルフィエーラは口を開いた。
「リュシアンさんの出生の話を‥‥あの兄妹のお母様の事を‥‥」

「そういえば、レオンさんは元気かな。冬の間は村にいるらしいが、また変なことに巻き込まれていないといいけれど」
 ふと浮かんだ面影は、予感だったのか。ひとりごちながら酒場の戸を開けたサーシャ・トール(ec2830)。
「‥‥おや、そのレオンさんがこんなところに。誰かと一緒みたいだけど、長くなりそうだから挨拶だけでもしておこうかな」
 足を向けると、数人の冒険者らしい人々も寄ってきた。その中心で、レオンはどこか途方にくれたような顔をしている。
「こんばんは、レオンさん。そちらの方は、始めましてだね‥‥どうかしたのかい?」
「サーシャさん‥‥」
 レオンの表情が僅かに緩んだ。
 成り行きに驚いていたユルバンだが、気を取り直して口を開いた。
「皆さんには、子供達がお世話になりましたし、そちらの方も、レオンの知り合いのようだ。‥‥事情を、知りたいですか?」
 頷いた冒険者達に椅子を勧めると、彼は語り始めた。随分昔の事のような、それでいて、昨日の事のように思い出せる、物語を。

「あなたが、リュシアンさんの実のお父様‥‥」
「指輪の彼女との間にお子さんがいたのか」
 シェアトとサーシャの呟き。
「はい‥‥私も、最近知ったのですが‥‥」
「それで、お前はどうする? 俺は、今から村に戻るが」
 ぴく、と。レオンの指先が震えた。
「レオンさんは、会いたいかい? その、アメリーさんのこと以外に会いにくい理由があったり‥‥?」
 サーシャの問いに、ぽつぽつと答える。
「‥‥会いにくい、というより‥どうしたら良いのか‥‥いきなり、私が目の前に現れても‥‥でも」
 胸元を、握り締める。服の下の、ふたつの指輪。
「会いたいです」
「そうよね」
 ラファエルが頷いた。
「私も‥会った方がいいと思うわ。自分の愛したこと、過ごした日々が遺したもの、しっかり見たほうがいい」
「はい」

 冒険者達は翌日村へ行く事に決め、その日はユルバンを見送った。
「少し、良いですか?」
 1度解散した後、シェアトがレオンに話しかけた。少し、話をしておきたいと思ったのだ。
「はい。‥‥リュシアン‥が、お世話になったそうで」
「私は、1度会ったきりですが、作った歌をお別れした後も歌ってくれたみたいで。今の、リュシアンさんの声に合わせて作れなかったのがちょっぴり心残りなんですけど‥‥」
「ああ、歌が好き、らしいですね」
 まだ見ぬ、息子は。
「はい。それを職にしないにしろ、きっと良い歌い手さんになると思います。それは、紛れもない貴方からの贈り物で」
「私、の‥‥」
 レオンは、1度歌を失った。かの人の魂と一緒に、葬った‥‥つもりだった。しかし、彼女は生きていた。生きて、自分が捨てた歌を‥‥かつて、自分が教えた沢山の歌を、リュシアンに歌ったのだろうか。そうやって、細い、細い糸で、繋がっていたのだと、思っても良いのだろうか。
「父親、として縁を繋ぐ事は実感が沸かなくても、同じ音楽を愛する者として何かを繋ぐ事が出来るのではないかと‥‥」
「愛して‥いるのかな‥‥」
 かつては、歌を、楽器の音を‥‥それらを取り巻く世界を、愛していたように思う。でも、今は‥‥?


「ごめんね」
 再開するなり、アルフィエーラに抱きしめられたアメリーは、目を白黒させた。
「アメリーちゃんの気持ちもあるのに。でもね、私なら‥‥本当の父様がもしどこかで生きているなら‥‥会いたいと思うから‥‥」
 アルフィエーラは、レオンとリュシアンの血縁を感じ、リュシアンに、レオンの事を、彼の名を伏せて伝えた事を語った。
「‥‥そっか、そんな事があったの。リュシアンが全然顔に出さないから、気付かなかった。いいの、気にしないで?」
 微笑む表情に、力が無い。
「皆さん、来てくれてありがとう。リュシアンは、中に」

「リュシアン」
 ラファエルに呼ばれ、顔を上げた。昨日、皆で酒場で話した時に、彼には隠さず伝えるのが良いという結論に達した。
「話、聞いた?」
「うん‥‥父さんから」
 大まかな話‥‥実の父親が生きていて、今、パリに居るということ。
「アメリーちゃんが、不安に思ってることも?」
「それは‥‥聞いたっていうか‥‥納得した。最近、ずっと元気が無かったから、ああ、そうかって」
「そっか」
 ぽん、とリュシアンの頭に手をやった。ラファエルは、多くを語らなかった。リュシアンは、自分で考えて選ぶ事が出来ると、知っているから。だから、一言。
「会いたい?」
「うん‥‥実感ないけど、会ってみたい」
 返事を聞いて、わしわしと頭を撫でる。血の繋がりは、軽視できるものではない。理屈抜きで。自分のルーツがわからないと、人は不安定になるものだから。
「彼もね、会いたいと言っていたよ」
 サーシャが告げる。
「私は、彼と多少縁があってね。なんというか、穏やかな人だよ。歌と、楽器の音がとても綺麗で‥‥」
 最初会った頃は、どこか生気の抜けた人形のようで、ふらふらしている印象があったけれど、今は帰る村も出来て、その村の人たちも温かくて。
「‥‥よかったと思ってたんだ。会いたいと思うなら、会うのが良いと思うよ、私もね」

 アルフィエーラとアメリーは、庭に出ていた。
「私の父様は私が生まれる前に亡くなって‥‥でもね、母様からは生前、父様は私が生まれるのを楽しみにしてくれてたって聞いたの。レオンさんも知ってたら、リュシアンさんの事、楽しみにしてた筈よ?」
「うん‥‥」
「アメリーちゃんは2人が会って真実を知ったら家族が離れ離れになっちゃうと思う? それは違うわ。私も結婚したけれど、見て? 今も兄さんと一緒に暮らしてる。家族の絆は変わらないの‥‥大体、貴女達兄妹の名字は『コスト』でしょ?」
「ええ」
「お願い‥今でなくてもいいの。2人がいつか会う事‥‥判ってあげて?」
「ええ‥‥リュシアンは、知ってしまったから‥‥。多分、会いたいって、言うと思う」
 私に、会うなって言う権利なんてないもの、と呟く。
「でも‥‥」
「少し、良いかしら?」
 そこへ、ラファエルがやってきた。アルフィエーラが、席を外す。
「リュシアンは、何て?」
「会いたい、って」
「そう、ですか」
 アメリーは、目を伏せたまま頷く。
「私も、会わせたい。血の繋がりって、とても深いもの。‥‥でもね、全て‥ではないわ」
「はい」
「会わせなくてもいつか後悔すると思う。似ていくリュシアンを見て、罪悪感を持つなんて嫌でしょう?」
 罪悪感、の言葉に、アメリーの肩が震える。それは、兄妹をずっと縛ってきたもの、だ。
 ハーフエルフであることの、それによって引き起こしたことへの罪悪感。
 ハーフエルフである兄を、愛せなくなったことへの罪悪感。
 しかし、それらは、少しずつ‥‥顔を上げて生きようと、そう思うことで、和らいで、いつしか、小さなものになっていた。それは、間違いなく冒険者によってもたらされた救い。けれど‥‥
「アメリーちゃん?」
「いえ、何でも。‥‥リュシアンが、そう決めたなら」
 それは、リュシアンが決める事だから。
「だから辛い、のよね」
 ラファエルの言葉に、微笑み返す。それは、どこか痛々しい笑みだった。

 罪悪感。薄らぎ、小さくなっていったそれとは別の、最も根源的な。
「母さん‥‥」
 あまりに辛くて、心のずっと底に沈めておいた筈のそれに、この頃、どうしようもなく襲われる。リュシアンの子守唄を聞いたときから、ずっと。

「家族3人でずっと幸せに暮らしたいそうだね‥‥」
 と、リフィカ。
「『ずっと』とはいつまでかな? 君が結婚するまで? 死ぬまで? 君の人生が終わるまで兄さんをつき合わせるかい?」
「そんな、事は‥‥」
「それが君の幸せに繋がるならそれも良いだろう。君が今まで味わった苦労の代償に見合うだろう。彼はハーフエルフだから君が死んでもまだ人生は残っている、運が良ければ自分で真実に辿り着く事もあるだろう」
「‥‥‥‥」
「酷い言葉だと思うかい? だが、君の言い分は私からみたらこういう風に取れるよ」
「知らせたく、なかった」
 ぽつ、とアメリーが呟く。
「でも、知ってしまったから‥‥会いたいなら、止めるなんて出来ない」
 血の繋がりは、軽くない。
「そうやって、リュシアンは世界を広げていく。少しずつ、1人で立てるようになっていく。‥‥必要だって、分ってます。そのせいで、離れ離れになっても、絆は消えないことだって‥‥でも‥‥」
 まだ、離れるかどうかも分らない。ずっと、未来の事かもしれない。けれど。
「怖い‥‥」
 暗闇から、引き上げられて、明日に、希望を見出せるようになって。その筈なのに。

 竪琴の音。拙い響きが一旦止むと、次に、滑らかな旋律が流れる。
「楽器、調子良いみたいですね」
 リュシアンから竪琴を受け取り、一節程奏でてみたアルフィエーラ。
「それに、よく弾きこんであります」
「うん‥‥時間は、いっぱいあるから」
「リュシアンさんも、音楽をやるんだな」
 サーシャが、感心している。
「最近、始めたばっかりで下手だけど」
「とても綺麗な音だと思うよ。‥‥そうだな、少し、彼の音に似ているかも知れない」


 翌日。
 一足遅く、シェアトとレオンは村を目指していた。
「まず、アメリーさんに、ご自分はどういう立場で会いたいのか、本当に会いたいのか、曖昧なままでは無く、しっかりご自分の心を決めてお話されてはどうでしょう? 迷われるからアメリーさんも不安に駆られる。奪うのではなく、何かを与えたり作る為に会うのだと伝えられれば、きっと」
「そう、ですね。ただ、あの子と話すのは、少し‥‥辛くて」
 あまりに、彼女と似ているから。喪った日々を、思い出すから。
「でも‥‥向き合わなくては、ならないのでしょう」
 彼女とも、自分自身の過去とも。
 村が近づく。その入り口に、アメリーの姿が見えた。きっと、おなじ事を考えていたのだろう。シェアトは、アメリーに近づくレオンから、少し、距離を取った。
 彼らが、何を話していたのか。シェアトの耳ならば聞き取れる距離だったけれど、聞かなかった。一見、穏やかに話しながら、しかし、少し離れて歩き、2人は、並んで家へと向かった。
「リュシアン、父さん‥‥」
「着いたか」
 ユルバンが立ち上がり、そっと、リュシアンの背を押した。リュシアンは、レオンの前立ち、その顔を見上げる。
「あなたが、レオン・ランベール?」

「ここに、居たんだね‥‥」
 墓石に、そっと触れる。何度も、何度も呼びかけた。しかし、彼女は1度たりとも、夢にすら現れた事が無かった。
「当然だね、君は、この地で生きていたんだから」
 死者への問いかけに、答える筈がない。
 ただ、静かに墓前の佇む後姿を見、冒険者達は席を外した。
 そして、暫く後。
「そろそろ、家に戻らないかい? 凍えてしまうよ」
 サーシャが、レオンに声を掛けた。
「あ‥‥はい。いつの間に」
 振り返って、辺りを見回す。薄暗くなっている周囲に、少し驚いたようだ。
「そうだ、サーシャさん‥‥ありがとう」
「どうしたんだい?」
「いつも、あなたには助けて貰っているから。‥‥長らく、自分には何の価値もないと思っていました。でも‥‥」
 皆が心配している、待っている、という言葉。差し出される助け。どれも、レオンには驚く事で。
「ほんの少し、この身にも何がしかの価値や、役割があるのだと思えた。だから、ここへも来る決心がついた。‥‥感謝しています」
「どういたしまして」
 くす、と。サーシャは笑みを返した。


「ああ、最近あの子と仲良くしてくれてるそうだね。有難う」
 あの子、というのは、リフィカの親戚に当たる、リュシアンの友人。
「ううん、こっちこそ、嬉しいから‥‥」
 ほわり、と笑う。その表情に、リフィカの気持ちも和む。
「そういえば、自分の将来について家族に何となく話はしたかい? 君自身の問題だけど、家族にもきちんと話はしとかないとね」
 リュシアンは頷いた。
「妹に元気が無い、と感じたら自分の事から話してそれとなく悩みを聞きだすといいよ。ま、これは私の経験だがね」
 そう言って、苦笑する。
「うん‥‥そうしてみる」


「これから、沢山の話をされるのでしょうね」
「そうね。‥‥出来れば、お母さんと彼のことも知って欲しい。自分が愛し合った末のものだと伝えたい。これは‥‥私のエゴだけどね」
 シェアトの呟きに、ラファエルが答えた。
「私も、そう思います。愛情や絆には、色んな形があって‥‥それは、脆い様で、強いから‥‥ほんの小さなきっかけさえあれば‥‥」
 分かり合うこと。向けられた愛を知ること。それだけで、きっと。
 シェアトは思う。そんなささやかなお節介をする為に、そんな人々が綾なす物語を見届ける為に私はここにいるのかもしれない。綴れなくても、音に残すのかもしれない、と。
「父、ですか。私は顔も知りません。会えるのなら、会ってみたいものですね」
 昨日、少しだけレオンと音を合わせた。その響きは、とても美しくて‥‥悲しくて。あの悲痛な響きが、少しでも和らぐよう‥‥村を振り返って、小さく祈った。