詐欺師の悲鳴〜道化の瞳〜

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月29日〜02月03日

リプレイ公開日:2008年02月08日

●オープニング


 人だかりの中心に、道化。
 ニイィッと笑みを浮かべた白い仮面。しかしその左目の下には、大粒の涙模様。
 犬を繋ぐリードのような、細く長い三つ編は、燃え立つが如き赤。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 大げさな動作で、その場をぐるぐると回り回る。
 追い詰められ、無様に転び蹴躓きながら、あたふたと逃げる。
 悲しいほどに懸命に、空回り空回る。
 そして、最後の瞬間。
 どう‥‥っと、鋭い刃を受け、冷たい地面に倒れ込む。裾から零れ落ちた硬貨を、ずるずると這いずってかき集め、最後の一枚を手にした瞬間、その頭はガクリと崩れ落ちた。
 天に差し伸べた指先が、びく‥びく‥、と虫のように震える。
 凄惨な場面の、滑稽な動作。
 それは、観客に残酷な笑みを浮かべさせる。
 ‥‥チャリン。
 指の隙間から零れ落ちた金属音が、ひとり無言劇の終幕の合図。
「哀れ詐欺師の行く末は‥‥」
 ぴくりとも動かぬ体の、無言の仮面の下から紡がれる声は、少年とも少女とも付かぬ半端な音域。
 口上を述べ終えると、それまでの無様な動きが嘘のように、くるりと立ち上がる。投げられた見料を拾い終えると、仮面を外した。
「緑‥‥」
 誰かが、呟いた。鮮やかな瞳。
「ご観覧に、心より感謝を。――次の舞台で」
 腰を深く折り曲げ、腕は大きく振って体の前へ。その、大げさな礼を解くと、道化はニイィッと笑みを浮かべ踵を返し、雑踏の中へと消えていった。
 その笑みは、仮面と同じそれ。


 男は、路地裏を走っていた。どこまで行っても、足音が追いかけてくる。やっと1人撒いたと思うと、今度は別方向から気配を感じる。
「そっちだ!」
「待てっ」
 声ひとつひとつに、体中の毛が逆立つような気がする。
「‥‥うぅ‥‥はぁっ‥‥はっ‥はぁっ‥‥」
 さらに細い路地へと踏み込もうとした、その時。
 ―バササッ!
「うわっ」
 目の前を、羽音が通り抜けた。
「なっ‥‥た、鷹? いや、違う‥‥」
 それは、積み上げられた箱の上―男の目の高さ―に止まると、くい、と嘴で別の路地を示した。
「そ、そっちにいけって、事か?」
 素直に従う気にはならない。が、元の路地に進もうとすると、たちまち翼を広げて妨害する。
「こっちだ!」
 声が、迫る。こんなところで、立ち止まっている訳にはいかない。腹を括って、猛禽が示す路地に飛び込み、物陰に隠れた。
「!!」
 その奥から、小柄な人影。
「‥‥黙ってな」
 叫びそうになった男に、一瞥をくれる。
 その間にも、追っ手の足音は、迫る。
「おい、ボーズ」
「なんだい? おっさん」
「こっちに、男が走って来なかったか? 中年の、地味な服を着た‥‥」
「ああ、来たよ」
 男は、物陰でびくりと震えた。
「あっちの方に、走っていった」
「そうか」
 そして、足音は遠ざかる。
「出て来て良いよ」
「あ‥‥す、すまな‥」
 礼をさえぎって、その人物は喋りだす。
「元大道芸人ダミアン」
「うっ‥‥な、何で‥」
 男―ダミアンは目を見開いた。
「一座を率いて旅をしていたが、離散。パリに出て来て仕事を探すも上手くいかず、どうにか掴んだ金を手に、賭場へ」
 滔々と、語る。小柄な体‥‥多分、パラ。派手な髪と瞳の色。体を包むボロボロのマント。
「しかし、博打の神は無慈悲だった。だが、男には特技があった」
 それは、芸人の指先。かつて、巧みに玉を、カードを操り、客に目を剥かせたそれ。
「イカサマ」
 偶然、袂に手品用の仕込み賽が入っていたのは、幸いだったのか、不幸だったのか。
「男の指先は、賭博士達を上手く騙した。しかし‥‥」
 タンッ、と地面を蹴って、くるり、と背を向けるパラ。
「その大勝が、油断を生んだ」
 指先から、滑り落ちた賽。使い古したそれは、堅い床でふたつに割れた。その断面から覗いたのは、仕込まれた錘。
「周囲は怒り狂った。そして、運の悪い事に、その賭場の後見は‥‥くくっ」
 パラが、振り返る。ニイィッと笑みを浮かべて。
 ばさり。
 ボロボロのマントを、片手で払う。その下から現れた、派手な色彩。
「道化‥‥」
 ダミアンが、呟いた。
「長い名前は、ロスヴィータ・ロベルティーネ。呼び名はロロ。道化のロロだ。‥‥さて、中年男の骸がセーヌに浮かぶは、果たして明日か明後日か‥‥」
「た、助けてくれっ」
 思わず、叫んだ。すがり付こうとする手をひらりとかわして、ロロはその背後に立つ。
 そして‥‥
 その耳元で、道化は囁く。

「冒険者ギルドを知っているかい?」

●今回の参加者

 eb2321 ジェラルディン・ブラウン(27歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec0298 ユリア・サフィーナ(30歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ec4009 セタ(33歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

水之江 政清(eb9679)/ イリーナ・ベーラヤ(ec0038

●リプレイ本文

「事情は知りませんが、助けてと言われたら手を差し伸べます」
 エルディン・アトワイト(ec0290)の言葉に、ダミアンはその場にへたり込んだ。
「お、お願いしますっ‥お願い‥‥」
 ブルブルと震える男を宥め、落ち着かせる。
「とりあえず、移動しましょう」
 リディエール・アンティロープ(eb5977)が、古びた外套を着、フードを目深に被った。周囲を警戒している様子を見せながら、ギルドを出、自宅へ向かうも、
「おい」
 人気の少ない道に入った所ですぐに肩を引かれた。
「‥‥何ですか?」
「人違いだ。悪かった」
 ダミアンを探している者だろうか。彼とは似ても似つかぬリディエールの容姿を一目見るなり、すぐに踵を返した。
「警戒されていますね」

「どうですか?」
 ギルドの中から、周囲を伺っているユリア・サフィーナ(ec0298)にセタ(ec4009)が尋ねた。
「見える範囲には居ませんが‥‥」
 殺気感知で追手の存在を探ろうとしたユリアだが、相手の姿が見えなくては、判断が出来ない。
「とにかく、移動しましょう。近くの教会に話をつけておきました」
「変装もした方が良さそうね」
 ジェラルディン・ブラウン(eb2321)が、別の教会から借りてきたシスター服を、ダミアンに渡した。中年の男が女性用の服を着る姿は大変美しくないが、そんな事を言っている場合ではない。なるべく顔を隠させ、周囲を警戒しながら出発する。

「厄介ですね」
 ユリアが、溜息を付いた。ギルドから教会への移動は果たしたが、何人かに付けられていたようだ。振り返ってちらりと様子を伺ったら、此方に向けて殺気を放っていた者を数名見かけた。なるべく物陰を通るなどして人目に付かないようにしたが、それもまた、怪しまれてしまったらしい。
「酒場のごろつきや用心棒‥‥といったところでしたね」
 ユリアの言葉に、エルディンが頷く。2人とも、それなりの対人鑑識能力を持っている。間違いはないだろう。
「そのような人達に追われる‥‥大体何をなさったのか見当はつきますが、出来ればダミアンさんの口からきちんと説明しては頂けませんか?」
 セタが尋ねる。
「そうですね、誰に、何故追われる事になったのかをお聞かせ願いたい所です」
 こちらは、合流したリディエール。
「助けを求める手をむげに振り払う事はいたしませんから‥‥」
 穏やかに語りかけるも、男は小さくなって震えるばかりだ。そこへ、
「何故あのような事をしたのです」
 と問われ、驚いたように顔を上げた。
 ジェラルディンが、祭壇を背に立っている。
「懺悔すれば神は罪を許し、救いの手を下さるでしょう」
 そして、意味ありげに冒険者達を見回した。まるで、自分は全てを知っているという風に。ダミアンの様子を見れば、真っ当な理由でない事は察せられる。その混乱に乗じて、言葉を引き出そうという訳だ。真紅の眼差しに貫かれ、ダミアンはぽつり、ぽつりと話はじめた。狙われている、理由を。

 その日、酒場で「ダミアンという者が夜に荷馬車でパリを旅立つらしい」という噂が流れた。ユリアが、政清とイリーナに頼んで流させたものだ。

「尋ね人ですか? 冒険者ギルドの方が良いのではないでしょうか」
 教会の外で、仔馬の世話をしていたユリア。2頭とも、やんちゃ盛りで言うことをあまり聞かないので、教会から自分で世話をするように言われている。
 そこへ、いかにもな風体の男が声を掛けてきたのだ。
(「昨日、後を付けてきた1人ですね‥‥」)
 場所が場所だけに、手を出し難いのだろう。不満そうな顔をしながら、男は去った。

「馬車は、貸して頂けるそうです」
 聖職者同士のよしみって素敵です、とエルディン。
「御者は雇いました。それから、例の教会にも、手紙を送っておきました」
 5G程寄付金を付けて。
「あなたを、しばらく教会が預かって下さるそうです。行った先で十分悔いあらためて、たっぷり奉仕活動して下さいね」
「はい‥‥」
 セタも、笑顔で言葉を掛ける。
「それを足掛かりに地に足を付けた生活を手にして頂ければ‥‥二度と博打に手を出さずに済むでしょう?」
 ダミアンは、しおらしく頷いた。
「赤字じゃないの?」
 そこへ突然掛かった声に、びく、とダミアンの肩が震えた。
「そっちのキミ、結構、教会に包んだよね? 依頼金、軽く超えちゃってるんじゃないの?」
「ロロ殿」
 ギルドで依頼を眺めていたパラだ。一体何処から入って来たのか。
「冒険者ってのは、無駄遣いが好きなのかい?」
「無駄ではありませんよ。相手の教会のお役に立ててもらえるでしょう?」
「ふぅん?」
 よく分からない、という風にロロが肩を竦めた。
「ま、逃げられそうじゃないか。良かったね」
 肩に止まらせた猛禽が、ばさり、と羽ばたく。
「あ、ああ‥‥」
「ロロさん、こんにちは」
 セタも、にこやかに挨拶。
「あんたも、知り合い‥‥か?」
「はい。今回依頼を受けたのは、ロロさんに冒険者のマトモなところも見せられれば、と思ったからですし」
 大ホールでは変な一面しかお見せ出来ませんでしたから、と苦笑する。
「んー、一応期待しとくよ」
 にっ、と口角を上げるロロ。
「そちらの鳥さんは、初めて見ますね」
「相棒のヴィッツ。鳥目だからね、夜の酒場には連れて行かないんだ」
「よろしく、ヴィッツさん」
 セタが羽に触れても、ヴィッツは特に嫌がる様子は見せない。
「‥‥『ヴィッツ』?」
 ダミアンが小さく呟いた。

 2日程、教会で過ごした後の夜。
「良いですね? お教えした通り、背筋を伸ばして‥‥」
 滞在中に、ダミアンに礼儀作法を仕込んだユリア。シスター服に身を包んだ彼に、フライングブルームを渡した。
「皆さんが、追手を引きつけて下さっている間に、これで脱出します。避難先の村の位置は、大丈夫ですね?」
「はい」
 外では、エルディンがアンとメアリ‥‥自分の馬を馬車に繋いでいる。ダミアンが荷馬車で逃げる、という噂は流してあるから、上手く引っ掛ってくれると良いのだが。
「只今戻りました」
 セタが、愛犬エトゥと一緒に戻ってきた。
「見張りがいたのは、ここと、ここ‥‥」
 忍び歩きで偵察してきた結果を、簡単な周囲の地図を広げ、敵の風貌と合わせて報告する。
「全部で6人。‥‥10人、全て集まっている訳ではないのですね」
 とリディエール。教会が最も怪しまれていることは間違い無さそうだが、それ以外にも一応目を配っている、という所か。
「それじゃ、私達は行きましょうか」
 ばさり、とジェラルディンが外套を羽織、フードを被る。ダミアンと勘違いして貰えれば良いのだが。そして、ダミアンを振り返った。
「今までを悔い改めて神を敬い、この試練を乗り越えるのです」
 幸不幸は、気の持ちようなのだから。
「幸運を‥‥」
 エルディンが、ダミアンとユリアに夜闇指輪とソルフの実を渡し、全員にグッドラックを施した。

 月のない夜だった。星明りばかりが、パリの街を仄かに照らす。
 教会から馬車が一台、ゆっくりと走り出した。
「‥‥付いて来ていますね。人数は分かりませんが」
 馬車の外に、耳を澄ませるセタ。馬車を追うには、走らなくてはならない。その足音が、いくつか。
 ガタンッ。
 そして、いくらも行かないうちに、馬車が止まった。
「な、なんですかあなたたち‥‥」
 御者の震えた声。
「中を調べさせてもらおうか」
 来た。全員が、顔を見合わせた。

「さて、私達はあちらです」
 馬車を見送り、逆方向へブルームで飛び立ったユリアとダミアン。
 屋根の上に人が居ない事を確認しながら、建物や木々が少ないところを低空飛行。
 ―ピィッ。
 そこへ、闇を引き裂く、指笛のような音。
「なっ‥‥」

「郊外の教会へ向かう途中です。そこをどいてください」
 エルディンが、対応に出る。1、2、3‥‥5人。教会の回りにいたのは6人だというから、見張りがあちらに残っているかも知れない。
「こんな夜にか?」
「はい。‥‥セーラ様に誓って怪しいものはありません」
「さっき幌から顔を覗かせていたのは誰だ?」
「教会の仲間ですが‥‥」
 ―ピィッ。
 少し遠くから、指笛のような音。その音に、男が反応する。馬車と、仲間と、視線を往復させて、目配せ。それに頷き、1人が来た道を引き返す。
 それを目にした冒険者達は、焦った。ダミアン達が見つかったのかも知れない。

「止まれ!」
 地上からの怒鳴り声。見張りが、まだ残っていたらしい。
「高度を上‥‥きゃっ」
 地上から飛んで来たのは、石。相手に弓矢の持ち合わせが無かったことがせめてもの幸いだ。
 ダミアンの服装や姿勢は、ユリアのそれと良く似ている為、彼だけが狙われている様子ではない。ユリアは、ダミアンを庇うように移動した。
 そして、再びの投石。
「くっ‥‥」
 ユリアの額に、石が掠った。流れた血で、片目の視界が狭まる。バランスが、崩れた。
「行ってください!」
「でも‥‥」
「早く!!」
 必死に怒鳴り返され、ダミアンは高度と速度を上げた。ブルームに乗ったままでは戦闘は出来ないし、今のユリアの状態では最高速度に対応出来ない。ユリアは地上に降り立つと、ブルームを手放し、精神を集中した。
 駆け寄ってくる男。
 それが、ユリアに掴み掛かろうとした瞬間、ピタリと動きを止めた。
「は‥‥ぁ‥」
 息をつく。コアギュレイトで拘束した男から、距離を取った。
「ダミアンさん‥‥大丈夫でしょうか」
 見上げた後ろ姿は、既に小さい。
「そこか!?」
 再び、声。
 先程の指笛に呼び寄せされて来たのだろうか。ユリアは、十字架を握り締めた。

「人を探している。中を調べさせて貰おう」
 力任せにエルディンを押しのけようとした男が、ぴたりと動きを止めた。
「乱暴は止めてください」
 耳元で、セタが囁く。首筋に添えられた小太刀が、星明りに仄かに浮かび上がる。1歩、2歩、じりじりと引き下がった相手を敢えて追わず、セタは荷馬車を背に立った。
 ガチャリ。
 向き合った男たちが、そろそろと武器を抜く。
「やれッ!」
 叫んだ男が、そのままの姿勢で凍りついた。
「な‥‥」
 周囲に動揺が走る。
 アイスコフィン高速詠唱の後、ゆっくりと荷馬車から降りてくるリディエール。
 それを庇うようにして、セタが前に出る。突き出されたナイフをヒラリと避けると、地面を蹴って、小太刀の峰で装備の継ぎ目を打ち据えた。
「ぐ‥‥」
 その横合いから殴り掛かって来た相手は、セタに触れる前に氷付けになる。
「突然、何だというのです」
 リディエールが、さも心外だという風に問いかけた。
「大人しく、中を見せればいいんだよ!」
 エルディンに向かって、拳が繰り出される。避ける間もなく、それは肩に入った‥‥のだが。
「残念ながら、効きません」
「んなっ‥‥」
 エルフのクレリックにあるまじき反応に、目を剥いた瞬間、その男はコアギュレイトに拘束された。
「少し、大人しくしていて頂けませんか」
「‥‥集まって、来ましたね」
 セタが呟く。戦闘の騒ぎを聞きつけたのか、周囲に散っていた仲間が1人、2人と増えてきた。前に立てるのが2人では、大人数には対応出来ない。少し早いが、ダミアンの方へ向かった敵も気に掛かる。そろそろ降参して、中を見せようか‥‥と、思い始めた頃。
「戦いを止めなさい」
 馬車の中から声が掛かった。最後の1人、ジェラルディンが、馬車から降りてフードを外す。
「これは、郊外の村への炊き出しの為の食材の買出しです。邪魔をしないで」
「じゃあ、中を見ても構わないな?」
 じり、と歩を進める。諦めない様子に、ジェラルディンはヘキサグラム・タリスマンを掲げた。
「これは緑分隊の任務の一環よ。戦乙女隊の名は聞いた事が無い?」
 ブランシュの名に、明らかに相手が怯んだ。
「う、嘘をつくな。こんな夜中に、こんな馬車で‥‥」
「ちょっと待て‥‥あの顔、見たことあるような‥‥」
 ひそひそと囁き交す。
 はったりかも知れない。しかし、もし本当だったら‥‥。
 その様子を見て、潮時だと判断したエルディン。
「今日は物騒だから引き返します」
 さっさと馬車の方向を変えさせて、来た道を戻る。
 ダミアンが乗っていたとしても、パリから出なければ、打つ手はある。もし本当に教会や緑分隊の用事だったら、揉め事は起こしたくない。男達は、馬車を見送るしか無かった。

 教会に戻ると、ユリアもまた、戻っていた。
 2人目の追手をコアギュレイトで拘束した後、既にダミアンには追いつけないし、下手に追ったら敵に行方が知れるかも知れないため、戻って来たらしい。
「無事に、村に辿り付けていると良いのですが‥‥」

「くくく、キミ達の親玉は、さぞかし悔しがるだろうね?」
 凍りついた用心棒の背後。ロロが、立っていた。
「それにしても、薄情な仲間だなぁ。いっくら凍りついて地面から剥がれないからって、置いていくなんてね」
 その懐に松明を近づけ、必要な部分だけ氷を融かす。荷物を探り、武器にも財布にも見向きせず、小さなメダルを取り出した。
「ま、日が高く昇れば、また動けるんじゃないの? それまでは、見世物だけどね‥‥」
 人に見られるのも悪くないよ‥‥と、笑うと、道化は闇の中へと消えた。

「先日、町で戦乙女隊を名乗る冒険者が『緑分隊の任務』を騙ったらしい。ある酒場で、噂になっている」
 緑分隊の執務室。実態を調査したヴィクトルから説明を聞いて、フェリクスは軽く頭を抱えた。
「奉仕活動に戦乙女隊の名を利用する事は構わない‥‥が、今回は冒険者の依頼、つまり私用だ。しかも、依頼人も、その相手も何やら曰くありげな」
 そのような場面で戦乙女隊のみならず『緑分隊』の名まで出されるのは、困る。
「偽者なら良い。ただの騙りで済むからな。しかし‥‥」
「本物、ですものね。彼女は」
 戦乙女隊の称号は、現時点ではただの飾りだ。しかし、その飾りは宣伝効果という力を持っている。
「まあ、ある意味此方が彼女達を利用した訳ですが‥‥」
 目的の為に、只人の身に大仰な名を付して広めた。
「それでも‥‥困りますよね」

 後日、冒険者ギルドに、逃げ延びたダミアンからセブンリーグブーツとフライングブルーム、夜闇の指輪、そして手紙が届いた。ソルフの実は消費してしまったらしい。無事教会に辿り着き、今は奉仕活動に精を出しているとの事だ。今の所追手の気配は無いらしく、物品の返却を受けたエルディンは胸を撫で下ろした。そして仲間に手紙を見せるべく、酒場へ向かったのだった。

 大通り沿いの広場。人だかりの中心で、道化が踊っている。
「詐欺師は、屋根を越え、追手の頭を越え、灰色の空を何処までも何処までも」
 ぴょん、ぴょん、ぴょん。
 腕を伸ばし、滑稽に跳ねる道化の頭上を、猛禽が羽音をたてて通り過ぎる。
「その行方は、誰も知らない‥‥」
 ぴたり、と足を止め、仮面を手に、大仰な礼。

「ご観覧に感謝を。‥‥それでは、次の舞台で」