戀心〜マルクと可憐な百合〜

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月27日〜02月01日

リプレイ公開日:2008年02月04日

●オープニング

「マルク、居る?」
 ひょこ、と工房の入り口から顔を出した少女の声に、作業台に向かっていたマルクは顔を上げた。
「フローラ」
「皆、出掛けてるのね?」
 ちょこん、と隣の椅子に腰掛けたフローラが、工房を見回した。いつもは数人の職人が作業しているそこは、マルク以外の誰もおらず、ガランとしている。
「皆、食事に行ったよ。僕はキリの良いとこまでやってから、って思って‥‥」
「これ、アーマー? 珍しいわね」
 マルクは革職人だ。ただし、普段は日用雑貨や細工が中心で、武具にはあまり手を付けない。
「うん。‥‥ポールにね、渡そうと思って」
「そっか‥‥」
 ポールは、2人の大切な幼馴染。昨年とある事情から冒険者登録をし、厄介な事情に巻き込まれたりしつつも、頑張っているらしい。
 革の表面を磨く無骨な手に、フローラはそっと自分のそれを重ねた。
「きっと、喜んでくれるわ」
「そうだと、いいな。‥‥そういえば、フローラはどうしてここに?」
「お昼をね、持ってきたの」
「ありがとう」
 じぃん、とマルクは幸せに浸る。
「ここに来る前にね、ヴァネッサにも持っていったの。とっても喜んでくれてね」
 ヴァネッサ。その名に、ぴくり、と反応するマルク。
「‥‥本当に、仲良くなったんだね」
「ええ。だってね、とっても素敵なの。私の話も、じっくり聞いてくれて‥‥」
 ヴァネッサというのは、最近フローラが仲良くなった女友達だ。マルクは会ったことが無いけれど、フローラが何かと話をするので、すっかり人物像が出来上がってしまった。
(「『女』友達なんだよ‥な‥‥? 解ってる、解ってるんだけど‥‥」)
 ほんのり頬まで染めて話されると、一抹の不安を覚える。
「女の子なのに、信じられないくらい格好良いのよ」
(「う‥‥っ」)
 胸に、何かが刺さる。フローラがマルクを想ってくれているのは、日々の態度でよく分かる。今だって、こうしてわざわざ弁当を持ってきてくれているのだし。
(「でも‥でもなぁ‥‥」)
 マルクは、それなりに自分の事を分っているつもりだ。つまり、格好良い、という言葉とは無縁だと。
(「いや、考えすぎだ。劣等感からくる僻みだ‥‥しっかりしろ自分」)
「マルク?」
 考え込んだ顔を、フローラが心配そうに覗き込む。
「なんでもない。ごめんね」
「そう? 良かった‥‥」
 フローラが、ほんわりと笑う。それだけで、マルクは幸せになれる。

 しかし、幸せ絶頂のマルクが、谷底に叩き落されたのは、その日の夕刻。
「君が、マルク?」
 仕事を追え、家路につこうとした彼を、呼び止める声。
(「でかっ‥‥」)
 振り返って、思わず後ずさった。
 立っていたのは、長身の女性。長髪をすっきりと纏め、キリリとした表情を引き立てる化粧を施し、長い足には細身のズボン。少しあごを引き、背筋をピン、と伸ばして立っている。
「そう‥ですけど?」
「ふうん‥‥」
 上から下までじろじろと見られ、彼は居心地の悪さを覚えた。まるで品定めをされているような‥‥
「ふぅ‥‥」
 軽く肩をすくめ、溜息をつく女性。その動作は、大げさなものではないのに、どこか芝居がかっていて‥‥それが良く似合っている。
「フローラは、君のどこが良いのだろうね?」
「はぁ?」
「私の名はヴァネッサ。最近、フローラと親しくさせて貰っている者だ」
「ヴァネッサ‥‥ああ、フローラから聞いてます」
 それはもう、耳にタコが出来そうな程。
「フローラは、素敵な女性だね」
「はい」
 話は見えないが、これだけはきっちり同意しておく。
「気立てが良くて、可愛らしくて、料理も上手で‥‥あんな可憐な花に出会ったのは、初めてだ。そんな彼女が、大切な人だと言うから、一体どんな男なのだろうと常々思っていたのだが‥‥」
「フローラが、そんな風に‥‥」
 素直に嬉しい。
「それが、こんな平凡な男だったとは」
 ちっ‥と悔しげな舌打ち。品の無い動作である筈なのに、様になっているのはどういうことだ、とマルクは思った。
「率直に言おう。私は、フローラを愛している」
「はぁ、そうですか‥‥て、えええ!? あなた、女性でしょう? ああ、女友達とし‥」
「断じて違う。彼女に恋をしている」
 サッ、と手を払う。そんな仕草まで、目を惹く。
「恋って‥そんなこと、セーラ様が‥‥」
「真実の想いの前には、神など無力なものだよ?」
 にっこり。口の端を吊り上げるが、目は笑っていない。
「しかし、彼女には想い人がいるようだから‥‥私だって無理強いするつもりはないんだ。だけど、こんな平凡な男だったとは‥‥嘆かわしい。しかし、おかげで心が決まったよ。フローラは、私が頂く」
「頂くって‥そんなこと、フローラが同意する筈‥‥」
「ない、と言い切れるかな?」
「うっ‥‥」
 頬を染め、ヴァネッサの話をしていたフローラを思い出す。彼女の気持ちを疑う訳ではない。ないのだが、目の前に立つ人物は、マルクの目から見ても‥‥格好良かったのだ。異常な程に。気障な仕草が、きっちり嵌る程に。長い足をすっきりと揃え、腕を軽く組み、マルクに向かって斜めに立ち、少し目を眇めて、鋭い視線を向けて来る、その佇まい。ひとつに束ねた長い髪が、サラサラと風に靡く様は、一幅の絵のようで。
 うろたえるマルクに、かすかに見下げたような笑みを寄越して、ヴァネッサは颯爽と踵を返した。
「一応、挨拶はしておいた。あとは、文句を言われる筋合いはないな」
 カッ‥カッ‥っと、足音も高く去ってゆく。
「ど、どうしよう」
 ぐるぐると頭の中が回る。
(「ま、まさかフローラがそんなこと‥‥でも、フローラは、全然警戒してないし‥‥あああああ」)

 そして翌日。マルクは一睡もせずに朝を迎えた。
「マルク、またお昼を‥‥って、どうしたの! 酷い顔色よ?」
「ありがとう、フローラ‥‥」
 こちらに駆け寄って、何くれと世話を焼こうとしてくれるフローラの姿に、泣きそうになる。やはり、自分には彼女が必要だ。
(「言っておいた方が良いよな‥‥」)
 どうしたって、彼女は譲れない。
「あの‥‥さ、フローラ。話があるんだ」
「なあに?」
「ヴァネッサ‥さんの事なんだけど‥‥少し、距離を置いた方がいいと思うんだ」
「‥‥どうして?」
 フローラの顔が、少し強張る。
「あ、あの‥‥彼女と一緒にいると、あまり良くないことが起きるかも知れなくて‥‥」
 異端の道に、導かれてしまうとか。
「‥‥‥」
 フローラの沈黙に、冷や汗を浮かべるマルク。
「あの、その‥‥う、上手く言えないんだけど‥‥」
「酷い」
 ぽつ、とフローラが呟いた。
「彼女は、大事なお友達よ? それなのに‥‥何も知らないくせに、酷いこと言わないで!!」
 彼女にしては珍しく、声を荒げる。
「だって、ヴァネッサ‥さんは‥‥」
「もういい、マルクなんて知らない!」
 サッと立ち上がると、フローラは工房を出て行った。
「え、ちょ‥ええええ〜‥‥」
 追いかけたい、が、今追いかけても余計な事しか言えない気がする。というか、正直に『彼女は同性愛者で、君を狙っている』‥‥なんて言ったところで、信じてもらえるとは思えない。
「どどど、どうしよう‥‥」
 頭を抱えるマルク。混乱の中で、ひとつ、思い浮かんだ場所があった。すっかり諦めていたマルクを、フローラと歩む道に導いてくれた人達。あそこへ、行けば‥‥

「すみませんっ、助けて下さい!!」
 冒険者ギルドに、悲痛な叫びがこだました。

●今回の参加者

 ea2389 ロックハート・トキワ(27歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7191 エグゼ・クエーサー(36歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1875 エイジ・シドリ(28歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

若宮 天鐘(eb2156

●リプレイ本文

「情けない人‥‥フローラの心を自分に留めておく自信も、もっと好きになって貰うための心構えもなく、冒険者の力を頼るのね? こんな方に好きな人を託したポール君が、可哀想ですわ」
 ポール。その名にマルクが俯く。それを横目で見遣り、リリー・ストーム(ea9927)は踵を返した。

 髪を引かれた感触に、フローラは立ち止まった。
「やだ」
 生垣に絡まっている。
「あぁ‥じっとして、折角の髪が台無しになる‥‥」
 颯爽と現れた人物の手に掛かると、するりと解けた。‥‥髪が絡まった事が、彼女が送り込んだ幻なのだ。
「もう少し整えよう‥‥何処かに座ろうか?」
 にっこり、王子様スマイル(エーディットメイク補正付)を浮かべ、ユリゼ・ファルアート(ea3502)はフローラを促した。

「ヴァネッサ。酒場店員。容姿端麗自意識過剰‥‥序に同性愛者」
 物陰で情報を整理するロックハート・トキワ(ea2389)。視線の先には、談笑するヴァネッサとリリー。
「‥‥同性愛、異端の愛、否定はしない‥‥できない。それなりの覚悟があれば、だが」
 呟く。その声には、苛立ちと苦味が滲んでいた。

 広場で、ヴァネッサに、相席してもよろしいかしら? と話しかけたリリー。ヴァネッサは、にこやかに応じた。
(「私の事を好きになってくれるか、女友達になれるか‥‥さて、どっちかしらね?」)
 あくまで清楚に美しく。『幸運(約8割増)の女神』装備でヴァネッサに挑む。
「君は、本当に可愛らしい」
 くすくすと笑みを漏らす。
「可愛らしいだなんて‥‥」
「日が翳ってきたね、寒くはないかい? 手が冷えている」
 指先に触れる手が暖かい。
(『駄目よリリー‥‥私には愛する夫がっ』)
 少ぉしだけ惹き込まれそうになって、頭を振った。愛の印の指輪と首飾りは、今日は大切に仕舞い、指を飾るのは純潔の花。
「いつまでもこうして話して居たいけれど、待ち合わせがあってね」
 すっと立ち上がると、笑みを浮べた。
「君のような美しい人と知り合えて、とても嬉しい。それでは、また」
 颯爽と踵を返し、礼を失しない程度の早足で去っていく。
「‥‥本当にフローラが好きなのね」
 複雑そうに呟く。達人級のナンパ術に、最強の幸運装備を以ってしても、揺らがない気持ち。‥‥その、大きさは。

「さ、直ったよ」
 ユリゼの微笑みに、フローラは少し頬を染め、ふふ、と笑みを零した。
「‥‥あなた、私の友人と、少し似てます」
「君はその人のお姫様、かな? 僕には姫がいてね。君みたいなとてもとても可愛い‥‥頬を染めて微笑んでくれるけれど、彼女の本当の王子は別にいて‥‥君は?」
「王子‥って感じじゃ、ないですね」
 少し眉の下がった笑み。
「あ、ヴァネッサ!」
 それが、ぱぁっと明るいものに変わる。
「おや、君の王子が来たようだ」
 言うと、もう一度、髪に触れてから、離れる。
「君の、本当の王子様が自分の足で君を迎えに来る事を祈っているよ」
 ちら、とヴァネッサに一瞥をくれてから、退場。
「待ちきれなくて、迎えに来てしまった。‥‥今の人は?」
「さっきね‥‥」
 彼女達の会話を、背中で聞きながら。
「フローラさんは、ヴァネッサさんが大好きだけど‥‥やっぱり友達として、ね」

「何て言うか‥‥助けて下さい、じゃないでしょ? もう」
 フローラの所から戻ったユリゼ。彼女の様子を、簡単に説明する。
「女の子全てにとは言わないけど、あるのよこういうの。安心して夢をみられるっていうのかな‥‥解りきった上でやってると言うか。私もそう。でも、本気よ。その時は」
「う‥‥」
「とにかく、夢から戻ってくる場所がしっかりしてなきゃどうするの? しっかりしなさい。平凡に見える温かな幸せが大事だから彼女はあなたを選んだんでしょ? 言葉も中途半端すぎ。情けない所も纏めて伝えなさいよ」
「は、はい」
 ぴし、と小気味良い叱咤が飛ぶ。
「マルクさんとフローラさん、波乱万丈ですね〜」
「いずれにしろ、フローラにとって良い方向に向かうようにしないとな」
「その節は、どうもお世話に‥‥」
 エーディット・ブラウン(eb1460)とエイジ・シドリ(eb1875)には、前回も世話になっているマルク。
「恋に悩むのは若者の特権ですね〜♪」
 失敗の数だけ絆は強くなるけれど、今回は少し手助けを、とエーディット。
「まずは、君の行動の何が悪かったか、考えてみよう」
 と、エグゼ・クエーサー(ea7191)。
「確かに、彼女の言動は『礼』を失したものだと思う。心証悪いよね。けれど、同時にそれに揺さぶられて間接的とはいえ他者への攻撃に走った君も同じ穴の狢だと思うわけだよ」
 マルクが俯く。
「反省した?」
「はい‥‥」
「『それでも彼女は僕の事を愛しているし、僕も彼女を愛している。だから問題なんてない』‥くらい言い返してやれば、1番だったろうって思うんだ。だからそういうことを言える気概を持って欲しい」
「い、言いたい‥‥んですけど」

「ふ‥ふふ‥‥」
 部屋の隅。マルクを囲む輪から少し離れて、ずーん、となっているレティシア・シャンテヒルト(ea6215)。マルクを叱咤する声が、丸めた背中にぐさぐさと刺さる。
 劣等感。
 それは、とても身近な物だった。学校のバード養成科、周囲は森の妖精ばかり。綺麗な声、美しい容姿、知力‥‥それらを兼ね備えた長耳達と、全て人並みの自分な比べ、何度羨ましく思ったか! だから、マルクの気持ちも分かってしまう。
「でも! 第一印象だけで、平凡、だなんて‥‥あんまりよ」
 そう、一緒にへこたれている場合ではない。これは依頼なのだから、マルクには立ち直ってもらわないと。‥‥それに、彼の立ち直る姿は、レティシア自身にも、道を示してくれそうな予感がする。
「まずは‥‥」
 そして、レティシアは立ち上がった。

「とりあえず〜不安に思ってる事や、困ってる事を話してみてください〜。落ち着きますし、言葉にするのは物事を整理するのに良い方法です〜」
 言われて、マルクは考える。どうして、はっきりと言い返せなかったのか。フローラに、不安定な言葉を吐いてしまったのか。その、原因を。
「あ‥‥」
 じっと考えて、ふと、思い浮かんだ名前は。
「ポール‥‥」

「はぁ? 何やってんだよ、あいつ! 俺がせっかく身を引いてやったのにその体たらくは何だ!」
 パリ郊外の野原に響き渡った大音声。鳳双樹(eb8121)は思わず耳を押さえた。双樹は、リリーの紹介で、剣の練習中らしいポールに話を聞きに来たのだが。
「あたしは、マルクさんとフローラさんが仲直りできればと思って。その為に、お2人の人柄や関係についてお聞きしたくて‥‥」
「ったく、仕方ねぇな。まだまだ俺がついてなきゃ駄目だな。いいかよく聞け。フローラは、まず可愛いだろ。あと料理が(延々賛辞)‥だ。マルクは、見たまんまの気の弱い男だ。以上!! ‥‥って、ちゃんと聞いてたか?」
「は、はい‥‥」
 とりあえず、フローラが良い子で、そして‥‥ポールが、フローラの事が大好きな事が、良く分った。
「マルクさんに関して、もう少し‥‥」
「‥‥そうだな、あいつは、昔から、気が弱くて喧嘩も弱い奴だ。ただ、俺がどんなに絞めても、殴っても、川に落としても、フローラを諦めなかった。根性だけはある」
「ポールさんは、マルクさんの事もお好きなんですね」
「な、何言って‥」
「お話、どうもありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げた双樹だった。

「彼の様子はどうだい?」
 ヴァネッサが、フローラに問いかける。
「‥‥やっぱり、気にしているみたい」
 口には出さない。本人も、自覚していないかも知れない。それでも、フローラには分かってしまう。
「仕方のない男だな。自分のせいで失恋した男の悲哀ひとつ、背負う覚悟もないとは」
 その言葉に、苦笑を返す。ヴァネッサの事で、今少し喧嘩中なのは、黙っておく。
「‥‥優しい、人なの」
 だから、不可解だ。なぜ、あんな酷い事を言ったのか。こんなにも、自分とマルクの事を心配してくれて、話を聞いてくれるヴァネッサなのに。だからこそ、怒ってしまったのだが。
「妬けるな」
「‥‥何に?」
「なんでもないよ。‥‥さ、そろそろ日が暮れる」
「話、聞いてくれてありがとね」
「ああ。君の頼みなら、いつでも」
 手を取って、指先に口付ける。その大仰な動作に、フローラが笑う。
「また明日」

「‥‥本当に、想いだけで何とかなると思っているのか?」
 フローラと別れたあと、突然声を掛けられたヴァネッサ。
「君は?」
「あんたは、彼女を『そういう風に』見ているよな」
「‥‥‥」
 自分に、他人の恋愛に文句を言う資格は無いと、ロックハートは思っている。唯、尋ねたかった。
「‥‥例えば俺が、あんたを殺して彼女を殺しにいくと言った時、あんたは止められるのか? 理不尽な暴力から、彼女を護れる強さはあるのか?」
 マルクの話に聞いた、彼女の傲慢な態度は、少なからず彼を怒らせてもいた。
「最近はやけに甘い気もするが、同性愛は禁忌だ。神が無力でも、信奉者の力は強い」
 迫害から彼女を守る覚悟はあるか? ジーザス教圏から追われても、彼女を護る覚悟はあるのか? お前と生きることで子を成す幸せが無くなる彼女を、それ以上幸せにできると、本当に言い切れるのか? 次々に、言い募る。
「‥‥君には、そういう相手がいるんだな」
 その問いに、ロックハートは答えない。
「何が彼女の幸せか、なんて分からないよ。それは、私が決める事じゃない」
「勝手な‥‥」
「私は、無理強いをする気はない。ただ、彼女を愛しているから、彼女が私を愛してくれるように振舞う。それだけだ」
「あんたのエゴが、いつか愛する者を不幸にするかも知れないと、考えた事はないのか!?」
「何を以って『不幸』という? 私は、彼女と結ばれれば『幸せ』だ。彼女にとって、それに付随する様々が『不幸』ならば、彼女は私を選ばないだろう。君は、相手の事を思いやっているのだろうね、でも、同時に相手の気持ちを蔑ろにもしているんじゃないのか? 私は、フローラは、選ぶ事の出来る人だと思っている。だから、私はしたいようにするだけだ」
「‥‥そうか」
 正直、あんたが羨ましいよ。口の中で、呟く。
「まあ、それも全て‥‥あの男がしっかりしていれば、何の問題も起きないのだがね」
 忌々しげに、ヴァネッサが呟いた。

「人づてからですけど、お2人の事を聞いてとっても幸せそうだと思いました。フローラさんは、マルクさんのどんな所を好きになったのでしょう? マルクさんにも悪い所はあったかもしれないですけど、その良い部分はひとつの失敗で全てなくなってしまうものなのでしょうか?」
 双樹が、帰り際のフローラを捕まえて、話を聞いた。フローラの、気持ちを。

「良い出来だな。そっちの勝ちだ」
 エイジが、己の作品とマルクのそれを見比べる。
『迷っているなら、こういうのはどうだ? 俺と勝負をして、俺に負けたらフローラの事は諦める。職人なら職人なりに、その腕で示してみるのか早いだろ?』
 そう言ったエイジと、流れ上作品勝負をすることになった。
 フローラを諦める。そう、条件を出された時、必死で取り組んでいる自分が居た。‥‥どんな気がかりがあったって、諦められる訳がないのだ。
 その姿勢を導く事が目的だったエイジは、満足したようだ。
「ああ、お前に貰った黒皮の首飾りも、妹にやったが、なかなかの出来だったと思う」
「ありがとうございます‥‥」
「さ〜、勢いをつけたところで、彼女に謝りにいきましょうか〜。マルクさんが土壇場で決断が出来る人だという事はちゃんと知ってます〜」
「そうだね。君があんなことを言ったの、結局嫉妬あってのことだろう? そこのとこ、きちんと謝らないとね」
「あとは貴方の勇気ひとつ、頑張って」
「‥‥はい」
 今度こそ、マルクは頷いた。

「マルク? ああ、良い職人だよ。仕事に派手さはないが、器用だし、丁寧だし。将来は有望だな」
「マルクにーちゃん、やさしーよ。おもちゃとかなおしてくれるし」
「マルクの良い所? そーだねぇ、あの子は小さい頃から気が弱くってねぇ、ポールに苛められてフローラに慰められてたり(思い出話延々)」
「昔っから、ここらの近所で賭けてたんだよな、どっちがフローラ落とすかってよ。あ、俺? 俺はポールに入れてたんだよなぁ‥ちっ‥‥あ、違う? マルクの良い所とエピソード? そーだなぁ‥‥」
「そーじゃのー‥‥まるくはー‥‥(数拍停止)‥‥あー、なんの話じゃったかのー‥‥」

 足で稼いだ情報を、整理するレティシア。双樹が聞いてきたポールとフローラの話も含めて。
 彼に向けられたたくさんの『良かった』を歌にして、彼の歩んで来た道と、彼を見守って来た人々の気持ちをメロディに載せる。彼が、積み重ねて来た日々を誇れるように。バードの自分に出来ることは、これだけだから。
 バードのそれに劣らぬ技巧で、伴奏のリュートベイルを奏でるエグゼ。冒険者街イリス通り29番。エグゼの店のシチューは絶品中の絶品だった。
 胸に染み入る音楽と、美味しい料理。無事に謝罪を果たし、許しも得たマルクは、それらを心の底から堪能していた。
「不安にさせないって、約束したのに‥‥結局、させてたみたいだ。そのことも‥‥ごめん」
「うん。‥‥私だって、ポールが大事だもの。でもね、もう、1人で抱え込まないでね」

 翌日、マルクをヴァネッサが訪問した。
「収まるところに、収まったようだね」
 ふう、と呆れたような溜息をついたヴァネッサ。
「も、もしかして‥‥あんな態度で、あんな事を言ったのは、僕を焚付けるため?」
 フローラが、不安を抱えていたから。実は、いい人? そんな期待が、マルクの脳裏を過ぎる。
「いや全然」
 しかしそれは、一瞬で否定された。
「隙あらば、付込む気満々だった。今もな。‥‥しかし、思惑通りに君が揺らいだのを見た時は、してやったり、というよりは腹が立ったぞ」
 フローラは、あんなにこの男を想っているのに、この男は信じきれていないのか、と。
「この先も、私はフローラの側にいるし、隙を見つけたら遠慮はしない。せいぜい気張ることだね」
 ふっ、とニヒルな笑みを残して、ヴァネッサは立ち去った。
「‥リリー」
 角を曲がった。その裏側で、話を聞いていたらしい。
「お疲れさま」
 ふわ、と艶やかな香りがヴァネッサを包む。軽く広げられた腕。素直に、その肩に寄りかかる。
「‥‥ありがとう。流石に少し、応えたな」
 ふ、と視線をやると、ロックハートもまた立っていた。
「なぁ、君。‥‥もし神が全てを作り給うたとしたならば‥‥どうして、こんな感情を生み出すのだろうね」
 こんな、行き場の無い、報われない。
「知らん。‥‥答えがあるなら、むしろ俺が聞きたい」
「そうだね」
 恋を散らした百合の花。それが、午前の光の中、たった一滴、露を零した。