傲慢の代償

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月01日〜02月06日

リプレイ公開日:2008年02月10日

●オープニング

「却下」
 傲慢に言い放たれた一言に、エリザ・ルースは、頭の中でぴっきーん! と音がしたのを聞いた。
「‥‥それは、何故ですか?」
「どうしても、だ。休みはやらん。働け」
「働いてます! ってか、このお屋敷で1番お休み頂いてないの、どう考えても私じゃないですかっ」
「皆が休みたがる12月24日に、休みをやっただろう」
「そうですね、ええそうです。1日だけ! ですけどね。2週間ある聖夜祭の、たった1日!!」
「その分、割り増しで払っているだろ」
「私は余分なお給金より、休みが欲しいんです」
「どうして、そんなに休みたいんだ?」
「私の生まれた村から、幼馴染がパリに来るんです。その案内を、してあげたくて‥‥」
「‥‥そんなに、大事な相手なのか」
「はい‥‥アベルとは年に、数回しか会えませんし、その機会は、私にとって、とても大切で楽しみなものなんです」
「ふうん」
「お休み、下さいますよね?」
「却下」
「〜〜〜坊ちゃん!!」
「『坊ちゃん』言うな。エリックだ」
「エリック『坊ちゃん』!!」
「お前っ‥‥俺は主人で、年上だぞ!?」
「ろくに店にも出ず、毎日お屋敷でボケボケしている方を敬う気にはなりません。それが年上なら尚更です。私のお給金だって、下さっているのは旦那様方です」
「‥‥その『旦那様方』ってのは、俺の親が死んだ後に店を牛耳った叔父叔母のことか?」
 ぴくり、とエリザの眉が跳ね上がった。
「お2人とも、坊ちゃんの事を大変心配なさっています」
「兄夫婦が事故でおっ死んだのを幸い、小さかった俺を押しのけてうまうまと店主の座についてる奴らなんか、知るかよ」
 びきびきびき‥‥と、拳に力が入る。
「俺がぼーっとしてた方が、都合がいいだろうよ、あいつらには」
 ―バンッ!!
 エリザが、両手で卓を叩いた音が、部屋中に響き渡った。
「坊ちゃん‥‥」
 ドスの利いた、低い声。
 エリザは怒っていた。ちっとも休みをくれないことや、傲慢な態度にイライラしていた事など、すっかり吹っ飛ぶ程に。
 セーヌの水運商をしていたエリックの両親は、彼が幼い頃、水難事故で亡くなっている。大きな店に、残された跡取りの子供。‥‥それは、とても危険な立場だ。そんな彼を救ったのが、主人の弟夫婦だった。彼らは、兄夫婦の仕事を引き継ぎ、エリックが周囲の思惑で酷い目に遭わないよう気を配った。いつか、立派に成長した彼が、その両親の財産を引き継げるよう、店が潰れることのないよう、その経営を一手に担って。彼らの立場ならば、自分達が正式な店主となって、自分の子供に跡を継がせた所で、非難されるものではない。しかし、決して、そうしようとはしなかった。正式な跡継ぎは、あくまでエリックなのだから、と。
 エリザには、父親が居ない。記憶も残らない程小さな頃に、亡くなってしまった。だから、甥を実の子のように思いやり、暖かく見守る店主は、憧れの父親像でもあった。
「旦那様方が、どれだけ‥‥」
 そんな彼らの想いも知らず‥‥いや、知らない筈は無い。知っているくせに、子供のように、反発し、非難する甘ったれ振りが許せない、とエリザは思った。
 突然大店の店主代行を担う事になった主人夫妻は、忙しかった。両親を亡くし、寂しい思いをしているエリックに、十分についていてやることが出来なかった。その事が負い目になっているのか、とにかく彼らはエリックに甘い。一日中ぼーっとしたり、ゴロゴロしていても、自ずから自覚が出るだろう、と信頼して―エリザから見るとそれは超希望的観測でしかない―暖かく見守るばかりだ。
「‥‥駄目ですね。このままだと、お店は坊ちゃんの代で確実に潰れます」
「な‥‥いーんだよ、どーせ、従兄弟の誰かが乗っ取って上手くやるだろ」
「それで? その時坊ちゃんは、その方に寄生して養ってもらう訳ですか? はっ‥‥」
「な、お、お前さっきから、使用人にあるまじき態度を‥‥」
「潰れると分かっているお店に、居続ける気にはなりませんね。‥‥とにかく、私は5日間お休みを頂きます。旦那様の許可は、とっくに頂いてますから。一応、私は坊ちゃん付きですし、断っておこうと思いましたが、許して下さらないのなら、勝手に休むまで」
「ぐ‥‥」
 エリックが、言葉に詰まる。
「い、5日後には、戻って来るんだよ‥‥な?」
 急に語調の弱くなった彼を、横目で眺めるエリザ。
「さぁ‥‥どうでしょうね」
 くるり、と踵を返す。その足が向かった先は、実家ではなく、店主の部屋だった。

 そして、その日の午後。
「うちの、ダメな坊ちゃんを何とかしてください。旦那様の許可は頂いています。依頼代金も」
 冒険者ギルドに、エリザの姿があった。

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec3299 グリゴーリー・アブラメンコフ(38歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ロシア王国)
 ec4246 マシュー・デーヴィス(48歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ec4247 イーサン・アンダーソン(48歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ec4275 アマーリア・フォン・ヴルツ(20歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec4482 影山 千尋(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

諫早 似鳥(ea7900

●リプレイ本文

 初日、朝。‥‥というか、夜明け。
 あたーらしーいーあーさがっき(以下略)
「いよう、いい朝だなぁ」
 べりべり、べりり。
「‥‥んぁ? うわぁ!」
 文字通りベッドから引き剥がされたエリックは、眼前の光景に声をあげた。
「な、な‥‥」
「男の癖に軽いな、おい」
 頭の上から、呆れ声が降ってくる。
 ジャイアントがひとーり、ジャイアントがふたーり。‥‥このまま数えたら、もう一回眠りに就けるかなー‥と、半麻痺の頭を通り過ぎていく思考。
「ん? 固まってるぞ」
 ぐぐぐ、っと大きな顔が近づく。
(「ひいっ」)
 ジャイアント『ひとーり』目、イーサン・アンダーソン(ec4247)。
「まだ寝ぼけているのか?」
 その後ろで腕を組む『ふたーり』目、マシュー・デーヴィス(ec4246)。
 測って削った彫像のように、縦幅横幅の同じ壮年の筋肉質ジャイアント♂×2は、起き抜けに見たい光景ではない。
「おいおい、いい加減目ぇ覚ましな」
(「うぐ」)
 がくがくと揺さぶられる。先程からずっとエリックの寝巻きの背を掴み、宙吊りにしている、ジャイアント3人目、グリゴーリー・アブラメンコフ(ec3299)。
「ちょっくら、頼まれ事をな。潰れる事確実の店の将来が心配だから、次期店主の根性を徹底的に叩き直せだとさ。泣かせるねェ」
「へ? 何の事‥」
 言い終わらないうちに、グリゴーリーは、ドサっとエリックを床に落とした。
「痛って」
「ただれた根性が宿る肉体はやはり弛んでる、っちゅー事で‥‥」

「‥‥という訳ですので、少々手厳しい事をするかも知れませんが」
 所変わって、店主夫妻の部屋。現在進行形でエリックが『手厳しい目』に会っている間、ミカエル・テルセーロ(ea1674)は、夫妻に事情を説明していた。
「はい。私達も、少しあの子を甘やかし過ぎたのかも知れません‥‥」
 ほう、と息をつく夫人。
「兄の忘れ形見だと思うと、つい可愛くてね。でも、それは彼自身の為にならない仕儀だった。エリザにはっきりと言われて、やっと気付くなんて、情けない話です」
 肩を落とした店主と視線を合わせて、ミカエルはにこりと笑った。
「僕は、そんな風に彼を想いやる方がいらっしゃるなら、エリックさんはきっと大丈夫だと思えました」
 天使のような笑みに、つられて主人も笑顔を浮べた。
「エリックを、宜しくお願いいたします」
「はい」
 ミカエルが、頷く。
「エリックさんはきっと、本当はとても優しい人だと思うです〜」
 と、エーディット・ブラウン(eb1460)。
「何となく、変化を恐れているような、そんな感じです〜。‥‥ところで、使用人さんとの交際って、どう思われますか〜?」
 突然の話題に主人は首を傾げた。
「お、お互い好きなら、それも良いのでは?」
「そうですか〜♪ それは、素敵な考え方です〜」

「ん‥‥」
 靄がかかったような頭に、美しい声が響く。
(「‥‥聖‥句?」)
「‥‥リックさ‥、エ‥‥クさん」
 肩を叩かれて、うっすらと目を開く。金に輝く髪、翡緑の瞳。
(「天使‥‥? あ、俺死んだのか‥‥」)
 ここが天上ならば、セーラを称える言葉が絶える事は無いだろう。
(「えー‥っと、俺‥‥どうしたんだっけ? 確か、朝起きたらジャイアントが3人‥‥」)
 思い出したら、びくり、と体が震えた。
「どうしました、大丈夫ですか?」
(「んでもって、そんで‥‥あー‥なんか思いっきり走らされたんだっけ? 若い方のジャイアントに、防寒服を『仮にも神に仕える身だ、これだけは与えてやらァ』‥‥とか言って渡されて‥その後‥‥」)
「エリックさん? もう、起きているのでしょう?」
(「あーもー、うるせぇ天使だな。‥‥そんで、ひたすら走らされて‥‥」)
「エリック殿が目を覚まされましたか?」
 聖句が止まり、目の前の天使とは別の少し高い声。
「それが‥‥」
(「そだ、逃亡しようとしたんだ。したらば、振り返った先にもジャイアント×2が居やがって‥‥囲まれて‥‥なんて叫んでたっけ? あいつら。‥‥確か‥‥マッスル‥トライアングル‥‥アタック」)
「なんだぁ? まだ倒れっぱなしかよ?」
 びくっ。3人目の、聞き覚えのありすぎる声。
「そう、り、『略して、M・T・A!!』だ! ジャイアント3人でポージングとかありえねぇから! 暑苦しいから!!」
 叫びつつ、がばっ! ‥‥と、思いっきり身を起こす。
「‥‥あれ? 生きてる、俺」
「何言ってんだ?」
 がりがりと頭をかきながら、『聞き覚えのありすぎる声』主が顔を覗き込んで来たので、思い切り仰け反ったエリック。その拍子に周囲を見渡すと、そこは天上ではなく、我が家だった。どうやら、ソファーに寝かされていたらしい。聖句を詠んでいたのはエルフの女で、天使だと思ったのはパラの『子供』だった。
(「ちっ、男かよ」)
 どんなに可愛くても、男に興味は無い。
「俺、どうしたんだっけ?」
「足滑らせてスッ転んだんだよ」
「あー‥そうだった」
 マッスル・トライアングル・アタック略してM・T・Aにじりじりと迫られ、しかも目の前の男、グリゴーリーは、チェーンホイップを手に、びっしー‥‥とか音を立てつつ「何やっても構わないと聞いたぜ?」なんて言いながら暗笑を浮べてたり‥‥。後ずさりしているうちに、滑って転んで世界が暗転したのだ。
「吐き気とかしねぇか?」
「別に‥‥」
 言いつつ、頭のぶつけた所に手をやった。特に何ともない。
「それでは、私は朝のお祈りの途中ですので、お付き合い下さい」
 と、エルフの女性、アマーリア・フォン・ヴルツ(ec4275)に告げられ、渋々手を合わせた。
「明日からも、お付き合い下さいね」

「どうだ、体を思い切り動かしゃメシも美味く感じるだろ。‥‥世の中には3食満足に飯にありつける事も適わない者もいる」
 朝食を平らげながら、グリゴーリーの話を何となく聞くエリック。ふと先程走った川沿いの風景が蘇る。水面に朝日が反射して綺麗‥‥だったような? 疑問系なのは、伸びていたせいで、いまいちはっきりしないから。
「‥‥っと待った」
「何?」
 食事の手を止める。
「そのパンの材料、入手先はどこだ?」
「は? 知らね」
「おいおい、そんくらい知っとけよ‥‥」
 グリゴーリーは、予め厨房で話を聞いていた。何でこんな事‥‥と不満げなエリックの顔は無視して、入手先を地図と併せて解説。
「いいか、まずは規則正しい生活を習慣付けることだ。ランニングは明日もやるかなー。食材の生産地も覚えとけよ」
 に、と笑う。
「げっ‥‥」
 腰が引けたエリックだが。
「みっちり鍛えてもらうんだぞ。逃げ出したら‥‥なぁ?」
 ぐ、とポーズをきめるマシュー。
「ああ。どうなるか判るよな?」
 頷くイーサン。
 ジャイアント3人に囲まれては逃げられない事は、今朝で骨身に沁みている。諦めるしか、なさそうだ。

「さて、今から暫くは、僕がお相手させて頂きますね」
 笑顔のミカエル。
「僕は、人の上に立つものは、それだけの責任と、全体を見渡す視野の広さが必要だと考えます」
「‥‥‥」
「まぁ、口で言ってもわかり難いでしょうから、使用人さんのお仕事を体験していただきます」
「はぁ? 何で俺が‥‥」
 エリックがごねても、ミカエルは笑顔を崩さない。
「大体、子供に指図される覚えは‥」
「僕は18ですが」
 にこり。
「うわ、見えね」
 パラの年齢は、人間には判り難い。
「とにかく、俺は御免だ」
 ふい、と顔を背ける。
「僕なら、自分の苦労も全くわかってくれない方の下につくのはまっぴらごめんです」
 にこにこ。顔は相変わらずだが、声がすこぉし、低くなる。
「‥‥‥帰ってこられないかもしれませんねぇ‥エリザさん」
 にこり。
「ぐ‥‥」
 鈍いエリックだが、流石に気が付いた。ミカエルは、怒っている。いつからかは分らないが‥‥もしかしたら、ずっと怒っていたのかも知れない。笑顔に覆われたある種のオーラが、抑えた口調から滲み出ている。
「お仕事、して下さいね?」
 それに、気圧された。
「‥‥ハイ」

「エリックさんは、将来何になりたいのですか〜?」
 1日、みっちりと働かされ、ぐったりしているエリックにエーディットが話しかけた。
「わかんねー」
 投遣り。
「決めてないなら、ご両親の仕事を目指すのも良いと思うですよ〜」
「‥‥‥」
 唇を尖らせながら、ミカエルの淹れた温かい茶をすするエリック。優しい熱が、体を解す。
「早くエリザさんに相応しい男性にならないと〜♪」
「げほっ」
 ごほっごほっ‥‥と、咳き込む。茶が、気管に入ったらしい。ぜいぜいと肩で息をしながら、エーディットを睨む。
「女の子はいつまでも待ってはくれないですよ〜?」
「そんなんじゃねえよ、あんな生意気な女!」
「口では否定しても、本心は憎からず思っているというのは判るですよ〜♪」
「いやだから違うって」
「私も、エリザさんにお会いしてみたいですね〜。どんな方なのでしょう〜?」
「聞けよ、人の話!!」
 こと、エーディットに関しては、その思考回路を軌道修正すべく、世の男達が何度この↑台詞を吐いた事だろう。しかし、その試みは大抵において失敗している。海千山千の冒険者達ですらそうなのだから、箱入り坊のエリックに、太刀打ちできる訳が無いのだ。

 そんなこんなで、3日が過ぎた。始めはエリックも何かと口答えをし、突然『坊ちゃん』が入ってきた現場には混乱もあったが、M・T・Aの物理的な、そしてミカエルの笑顔の精神的な、この2つの圧力によって、逃亡も適わず、時間が過ぎていった。この頃になると身に染みる事があったのか、あるいは諦めたのか、大分大人しくなってきた。
「今日はお休みを取って街にお出かけしませんか?」
 ランニングとお祈り、そして朝食の後に、アマーリアが声を掛けた。
 連れ立って出掛け、忙しなかった3日間を振り返りながら、のんびりと街を歩く。
「エリック殿は、どのような未来を思い描いておられますか?」
「‥‥わかんね」
 ぽつ、と呟く。今までのような投遣りな態度ではなく、本当に分らない、という風に。
「あ‥‥」
 エリックが、足を止めた。そして、少し先を通り過ぎる若い男女を眺めている。
「‥‥もしかして、エリザ殿ですか?」
「ああ」
 面白くなさそうな返事。エリザと連れは、此方には気付かず、すぐ人混に呑まれて見えなくなったが、一瞬見えた横顔は、とても楽しそうで。
「俺さ。別にあいつのこと、どーのってんじゃないんだよ、ホント。たださ、あいつ遠慮しねーから‥‥むかつくけど、面白くって」
 それで、つい、いつも側に置きたがったのだろう。
「そうですか」
 アマーリアには、エリックは叔父夫婦や従業員達と、どう接したら良いか判断しかねているようにも見えた。周囲の人間に対しても、エリックをどのように思っているか聞いて回ったが、やはり、扱いに困っていたり、接し方を判じかねたりしている者が少なくなかった。血縁を考えた時、微妙な立場であるから、それもわからなくない。そんな中、歯に絹着せず物を言うエリザの存在は、きっと彼にとって貴重だったのだ。つい、甘え過ぎてしまう程に。
「叔父様方は、エリック殿にお店を継いで欲しいと思っておられるそうです。‥‥それは、エリック殿も分っているのではありませんか?」
「‥‥‥」
「それでも、このままでは従業員の皆さんが、エリック殿が跡を継ぐことに反対なさるでしょう。自立心と、自覚を持たなくては」
 アマーリアも一緒に店に立って手伝ったので知っているが、エリックは本当に何も知らない。このままでは、駄目だ。いつまでも、ゆるゆると甘えていてはいけない。‥‥そう、語りかけた。

 そして、最終日の夕刻。
「あら〜?」
 帰ってきた『エリザ』を見て、エーディットが声をあげた。
「あら? どこかで‥‥」
 エリザも同じく。
「あ!」
 2人の声が、重なる。
「マリーさんの!」
「お嬢さんの!」
 エリザ・ルース。ブラン商会家政婦、マリー・ルースの娘だ。
「そういえば、マリーさんが、エリザさんはあまりお休みが取れないって言ってたかも〜」
「そうなんですよっ、今年は、父の命日まで‥‥」
 ぷう、と頬を膨らませる。
「じゃあ、村から来ていた人は〜‥」
「アベルです。絵描きモドキの。皆さんが、夏に村に行かれた時、お世話になった‥‥覚えてます?」
 そういえば、今度パリに行くとか言っていたような。
「予定より、随分遅くなっちゃいましたけど。お蔭様で、楽しく過ごせました。ありがとうございます」
「‥‥あの〜、エリザさんは、アベルさんとはどういう〜?」
「? 幼馴染、ですけど‥‥」
「それじゃあ、エリックさんは〜?」
「勤め先の我侭な若様です」
 きっぱり。
「あら〜‥‥」
 2人が将来お店の跡取り夫婦になると良いですね〜♪ と思っていたエーディット。
「これは、エリックさん、相当頑張らないと〜‥‥」
 ぼそり、と呟く。エリックが聞いたら『だから違うって!』と盛大なツッコミが入りそうだ。
「でも〜‥‥障害があった方が恋は燃え上がるのです〜♪」
 うふふ〜、と妄想を燃え上がらせるエーディット。
「‥‥あのー、どうかしました?」
「ふふふ〜♪ エリザさん、エリックさんはとっても頑張ったのですよ〜きっとびっくりしますよ〜」
「そうですか? だったら、ちょっと楽しみですね」
 にこ、と微笑んだエリザを見て、
(「エリザさん、エリックさんを見たら、きっと惚れ直しますよ〜♪」)
 と思ったエーディット。エリザも、それを知ったら『そもそも惚れてないですから!』くらいは言っただろうが、残念ながら、バードでもなければ、他人の頭の中は覗けないのだった。

「何だ? その格好」
 戻って来たエリザに掛けた、第一声。それを聞いて、冒険者達は頭を抱えた。
「さあ?」
 エリザ自身も、良く分かっていないらしい。『久しぶりの坊ちゃんとの再会なのですから、おめかししないと〜♪』とエーディットに引っ張られ、滅多にしない化粧を施されたり、なんだり。
「まあ、何でも良いけどよ。仕事、戻って来るだ‥‥痛ッ」
 テーブルの下、冒険者の誰かに足を踏みつけられ、言葉を途切れさせる。
「あー‥その、何だ‥悪かった、よ。戻って、来てくれ」
 渋々といった風に紡がれた言葉ではあるが、エリザは驚いたようだ。
「まあ、こいつも反省してるみたてぇだし、許してやってくれよ」
 とグリゴーリー。
「思う所もおありでしょうが、この5日間、結構頑張られたんです。それは、認めて差し上げて下さい」
 穏やかに微笑むミカエル。もう、押し隠した黒オーラは消えている。
「‥‥今度から、皆と同じくらいお休み下さいます?」
「う‥‥おう」
「もう、旦那様の悪口、言いませんか?」
「ああ」
「‥‥分りました。暫く様子を見ます」
 その言葉に、冒険者達は肩の力を抜いた。
「良かったですね」
 とりあえず、ここから色んな事が上手く行くと良い。そう願って、冒険者達は店を後にした。