今年も、愛の記念は当店で!

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月10日〜02月15日

リプレイ公開日:2008年02月18日

●オープニング

「わ、お店、きれいですね」
 何時もより賑々しい店内に、楓が溜息をついた。
「もうすぐバレンタインだもの。‥‥あ、バレンタインって、分かる?」
「はい。ええと、ジーザス教の、りんじん愛のきねん日です」
「そうそう。恋人同士で贈り物を交換したり、村をあげてお祝いしたりね」
「だから『カセギドキ』なんですね!」
「あはは。そうそう」
 すっかりゲルマン語が上達した楓と、笑いあうシャルロット。
「去年はね、冒険者の人に手伝ってもらって、キャンペーンをやったの。すっごく、楽しかったな」
「どんなこと、したのですか?」
「ふふふ、あのね‥‥」
 シャルロットは、昨年の様子を説明した。‥‥そういえば『女装』はあの時が初めてだったような気がする。
「もう、1年経つんだなぁ‥‥」
 あの頃は、勿論、お店の為、ということもあったけれど、自分が楽しい事が一番で、リュックにも、ちょっと呆れられたりもして‥‥まだ、気持ちも知られていなくて。
「色々、あったわねぇ」
 ついしみじみと思い返すシャルロットを、楓がにこにこと眺めている。
「‥‥ねぇ、楓さん」
 聞くなら、今だ。
「楓さんは、花嫁修業に来たのよね?」
 どきどき。緊張しているのを悟られないように、何気なく。
「事情、とか‥‥聞いてもいい?」
「はい、いいですよ」
 あっさり。
「もう、知っているとおもっていました」
 寧ろ、そちらに驚いているようだ。
「だって、リュックに聞いたら、人の事情は勝手に話せないって」
 ぷく、と膨らんだ頬に、楓がくすりと笑った。
「リュックさん、らしいですね」

 楓の話は、大した事じゃないんですよ‥‥という、前置きから始まった。
「リュックさんが、ジャパンに来たりゆうは、新しいお店をつくるのに、本店がひとでぶそくになるから、でした」
「ええ、そうだったわね」
「新しいお店は、だんな様のむすこさん、若だんなの作ったもの、です。その人は、ノルマンの生まれです」
「‥‥んっと?」
 『旦那様』は、元々ノルマンの貿易商だった。イギリスや、時にはジャパンを相手に、手広くやっていた。その人が、長崎から江戸へ渡った時に、取引先の女主人と出会ったらしい。
「おく様は、大きなお店を、おひとりでささえていました。だんな様は、ノルマン人のおく様に、先立たれていました」
「‥‥で、結婚したんだ?」
「はい。でも、だんな様には、前のおく様とのあいだに、子どもがいました」
「それが『若旦那』で‥‥」
 ここまで聞いたら、何となく分かった。
「楓さんの、恋人なんだ?」
「こいびと、というか‥その‥‥」
 声が、小さくなる。
 ジャパンの女主人と結婚した後、ノルマン人の店主は本拠地をジャパンに移した。誰もが認める商売手腕を持っていた彼は、わりあいすぐにジャパン人の従業員達に認められたらしい。しかし、彼の連れ子の立場は微妙だった。
「だんな様は、ノルマン人ですが、かみは黒くて、そんなに大きくなくて‥‥」
 ジャパン人から見たらそれなりに異相だが、息子の方は、もっと奇妙な‥‥母親譲りの、燃えるような赤い紙と、青い瞳。
「‥‥でも、いっしょうけんめい、ことばや、字も、べんきょうして‥‥」
 ジャパン人の楓が、ノルマン人の彼に読み書きを習うくらいに。
「それで、あの日‥‥」

『今度、新しい店を任されることになった‥‥江戸からは、少し遠いな』
『そう、ですか‥‥寂しくなります』
『一緒に来てくれないか?』
『‥‥はい。喜んで、新しいお店に、ご奉公に』
『そういう意味じゃなくて‥‥!』

「すごーい、『タマノコシ』‥‥だっけ? 大店の若奥様じゃない」
「ええと‥‥でも、私はいなかの百姓の娘で、おさほうも、なにも、まだまだで‥‥」
 貿易商だから、ノルマンやイギリスの品も扱う。でも、楓は自分の田舎と江戸しか知らない。
「そんなときに、リュックさんが、ジャパンに来て‥‥」
 立場が、少し似ていたのだ、二人は。
「いろんな、話を聞きました。‥‥じぶんの目で、きちんと見てみたい、とおもいました」
 広い世界を。‥‥大切な人が、生まれた国を。
「そうしたら、若だんな様が、だんな様、おく様とそうだんして、こちらのだんな様におねがいして、私をりゅうがくさせてくれました」
 その人に、相応しくなるための、手助けをしてくれた。
「‥‥成程ねー。だから『花嫁修業』かぁ」
「ノルマンは、すてきな国です。見たことないものが、たくさん。知らなかったものの考え方も、たくさん」
「それじゃ、バレンタインも、きっと楽しいわ。私たちは、お仕事だけど」
「お仕事も、たのしいです」
「そうよね。だから、今年もがんばりましょ」
 客は、じわじわと増えてきている。今年も、忙しくなりそうだ。

●今回の参加者

 ea0214 ミフティア・カレンズ(26歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 ec1862 エフェリア・シドリ(18歳・♀・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 ec4540 ニコラ・ル・ヴァン(32歳・♂・バード・人間・フランク王国)

●サポート参加者

十野間 修(eb4840

●リプレイ本文

「カンザシ、ブラン商会のカンザシは如何ですか?」
 薄絹の単衣がひらり、ふわり。舞踏のピアスがしゃらり。
「枯れない花をあなたの髪に、あの子の髪に♪」
 腕に下げた籠には、沢山の簪。花のようなそれは、チリチリ、キラキラ、賑やかに飾りが揺れる、光る。
「ちょっぴり異国風味の髪飾り、贈り物におひとつ如何ですか〜」
 くるくる、タタン。ステップを踏みながら、ミフティア・カレンズ(ea0214)が町をゆく。
「ですか〜」
 フェアリーさくらんぼと柴犬あんずも一緒。
「わうっわぅっ」
 高く結った髪にも向日葵の簪。
「ブラン商会にはもっと素敵が一杯♪ 見てってください!」
 今年も、愛の記念日がやってくる。

「おかーさーん、あのお洋服、ぱりきゅ‥」
 道行く人の視線を集める、ふりふりひらひら衣装。正義の味方のドレスを纏い
「カンザシ、沢山あります。どれも、素敵な品なのです」
 簪籠片手に呼びかけるエフェリア・シドリ(ec1862)。長く美しい髪の一部掬い上げてくるりと巻き、菫の簪を挿してある。
「色々な使い方、あります。お店に行くと、教われます。他にも良いもの、たくさんあります」
 ちりん。ホーリーハンドベルの音が、浮き立った町の空気を震わせる。
「次は、広場です。スーさん、行きましょう」
 店で借りた地図を広げた。広場なら歌ったり踊ったりも出来るかも。うにゃあ、と足元で猫のスピネットが返事。その首に結んだリボンが、ふわりと揺れた。

「カメさんが増えてる‥‥」
 しゃがみ込んでノルマンゾウガメと視線を合わせるシャルロット。ゾウガメの背に小亀。どちらも甲羅にリボンを結んだ、お洒落亀だ。
「ノルマンコゾウガメですよ〜♪」
 飼い主のエーディット・ブラウン(eb1460)。店の小物を吟味しながら、シャルロットに声を掛けた。
「ミフティアさんが向日葵で、エフェリアさんが菫で〜、明王院さんには雛菊でしょうか〜♪ ウリエルさんにもおしゃれしてもらわないと〜♪」
 今回も他人のコーディネートに余念が無い。

「こんな感じかな〜」
 ばさぁっとエプロンドレスを広げる明王院月与(eb3600)。フリル付の可愛らしいそれは、自身の為ではなく、
「何で女装が必要なんでしょう‥‥」
 十野間修に用意されたもの。以前別の『男性』用に作成されたのを、サイズを直して彼に着られるようにしたのだ。
「宣伝の為ですよ〜。よくお似合いです〜♪」
 渋々それを着た修に、エーディットが化粧を施す。
「あはは、可愛い〜♪」
 けらけらと笑う月与に、むすりとした表情の修。
「そうだ、試食どうぞ」
 ついでのように差し出されたのは、綺麗に飾られたメッセージ付の焼き菓子。月与が提案したバレンタイン用商品で、予約を受けて、当日販売する事になっている。
 不機嫌なままの表情で受け取った修。
「‥‥あ」
 しかし、ちらりと菓子を眺めて、声を漏らした。
「試食、だよっ」
「‥‥はい。ありがとうございます」
 書かれた文章は2人の秘密。甘くこそばゆい空気が漂う。
「13歳同士〜素敵です〜♪」
 いつの間にか2人と距離を取っていたエーディット。物陰から楽しげに、可愛らしい恋人達の様子を覗いていた。

『心に届く贈り物、ブラン商会』
 宣伝文句にプレゼントを交換する人の絵が添えられた幟が、店先で風にひらめく。
「良い感じに出来たね。これなら目立つよ」
 ニコラ・ル・ヴァン(ec4540)が、幟を見上げて頷いた。
「そうだと、良いです」
「一杯、お客さんが入ると良いね!」
 作成者のエフェリアと、旗竿提供者の月与。
「どれだけ来てくれるか‥‥楽しみだ‥な‥‥」
 と、ウリエル・セグンド(ea1662)。
「皆の衣装も‥‥色んな人に‥見て貰いたいし‥‥」
 宣伝とあって、女性陣の格好は皆華やか。特に髪型は、カンザシの宣伝も兼て1日に何度か違う髪形に結い直すことにしている。
「ウリエルお兄ちゃんも格好いいよ〜」
 しげしげと、月与が眺める。ウリエルの衣装は紫綬仙衣。華国の衣装はノルマンでは異色だが、イスパニアと華国のハーフであるウリエルには、妙に似合っていた。エーディットに、あれもこれも、と付けられたペンダントや指輪も手伝って、中々に見栄えのする格好になっている。
「皆がほこほこ幸せになれる様に、頑張ろうね♪」
 ミフティアが、満開の笑顔を浮べた。

「ん〜おいひい〜♪」
 厨房にて、焼きたての菓子を試食中のミフティア。
「‥‥うん‥美味い」
 こくこく、と頷くウリエル。
「良かった♪ これなら自信持って売り出せるよ」
「この調子なら、予約分は問題なさそうです。もう少し受けても良いかもしれませんね」
 予約数を確認しながら、マリー。
「月与さんはお若いのにお料理が上手だから。ふふ、良いお嫁さんになりますね」
「あたいが、お嫁さん」
 ふと、去年の予約云々を思い出す月与。
「え、えへへ‥‥」
「お嫁さんといえば〜エリザさんにはお婿さん候補が多いみたいですよ〜」
 ひそひそ、エーディットが囁いた。
「エリザに? ‥‥そういえば、先日お世話になったとか」
 でも婿候補って? マリーは首を傾げた。

「物を売るためには、その物に相応しい『物語』が必要なんだ。『これはこういうふうに使いますよ』って説明するだけじゃなかなかピンと来ないからね。だから、店先で使い方の実演をしてやったらどうかな」
 ニコラが滔々と語る。
 そんな訳で、開催される事になった日常的恋愛ドラマ『街頭宣伝恋愛劇』。
「え、ちょ‥‥俺今忙し‥‥うわぁっ」
 ドンッ、と押し出されたリュック。
「頑張ってくださいね〜♪」
 エルフ女性の手など、力任せに振り払えば何とでもなるのに、それが出来ないこの男。
「今やってた‥荷運びは‥‥俺がやっておくから‥‥」
 安心しろ、とばかりに声を掛けるウリエル。それが退路を断っている事には気付いていない。
「う‥‥」
 足を止めてゆく観客。背後で流れ出すニコラの音楽。リュックは腹を括った。
『ごめんなさい、急に呼び出して』
 照れ笑いのシャルロット。
『いや‥‥』
『あ、リュックお兄さーん』
 そこへ元気に割り込んでくるカンザシ売り娘ミフティア。
『あのね、贈り物があるの。はいっカンザシ!』
 こんな使い方も出来るんだよ、とリュックの襟元にカンザシを飾る。
『へえ、面白いな』
 楽しげに話をする2人を、少し離れて見守るシャルロット。だが、首を振ると、1歩、踏み出した。
『私からの贈り物も、受け取って』
 勇気を出して、顔を上げて。‥‥想いを伝える。
『あ‥‥』
 そのリュックの表情を見て、しゅん、とするミフティア。
『適わないや‥‥。ね、リュックお兄さん、ちゃんとお返ししなきゃ、駄目だよ。‥‥私? 私には、要らないっ』
 パタパタと、退場。
『お礼‥‥したいから、ブラン商会まで、一緒に来てくれる?』
『うん‥‥』
 手を取り合って、退場。
 観客から、パラパラと拍手が上がった。

「うーあー」
 店の裏で、頭を抱えるリュック。
「お疲れ様」
 くすくす笑いのシャルロット。
「お嬢さん、役者でしたね」
「ん〜、お芝居だと思えば、楽しいじゃない? あ、次はミフティアさんとウリエルさんよ」
 見に行かなきゃ、と出て行くシャルロット。
「お芝居だと思えば、か‥‥」
 その背中を、複雑な表情で見送った。

『みゅ〜‥振られちゃった』
 とぼとぼ歩き。
『どうか‥したか‥‥?』
『うん、ちょっとね』
『そう‥か‥‥元気無いな‥これ‥‥食べるといい‥‥美味い物食べると‥元気になる』
『ありがとう、ウリエルお兄さん‥‥あれ?』
 よく見ると、貰った焼き菓子の上に、メッセージ。‥‥ミフティア宛の。
『これ‥‥。‥‥えへへ、食べるの、勿体無いな』
『食べていい‥‥消えたら‥‥何度でも‥俺が言う‥‥』
『うん、ありがとう』
 ちょっと涙目で、にっこり。明るい音楽を背景に、終幕。

「今男の子が贈ったメッセージ付焼き菓子、あと10件まで受付てまーす! 今日注文して頂ければ、14日にお渡しできますっ」
 もこもこのまるごと猫かぶり着用で、月与が元気に宣伝。劇の後には、関連商品の紹介は欠かせない。
「若い女の子が一番『共感力』があるからね」
 早速予約に集まる客層を眺めるニコラ。
「さて、次はどんな組み合わせが良いかなぁ‥‥」

「これは、手作りキットなのです」
 端切れや糸の包みを不思議そうに眺める客に、エフェリアが声を掛ける。
「線の通りに縫い合わせていくと、櫛に付ける飾りが簡単に作れます。飾りの並べ方は、自分で工夫できるのです」
 普通に買うより値段も安めとあって、結構好評だ。
「出来上がり品は、こちらです。布は、違う色にも交換できます」
 ふと、月与の言葉を思い出す。『みんな時間が無かったり、上手く作れるか不安だから完成品に手が伸びがちだけど‥‥出来たら気持ちを籠めた手作りの品を送りたいと思ってると思うの。その背中を後押ししてあげたらいいなって』
「世界にひとつだけの宝物、贈ってみてはどうですか」

「何か‥探してるの‥か‥‥?」
 少し離れた場所から店内を伺っていた男性が、ウリエルに声を掛けられてびくりと震える。
「ええと、こ、恋人への‥‥」
「そうか‥‥。可愛いものや‥‥美味い焼き菓子‥‥喜んでもらえそうなものが‥‥沢山ある‥ぞ。気が向いたら‥‥どうぞ‥‥」
「あの、で、でも‥‥」
 そわそわとした様子に、ピンときたウリエル。
「少し‥‥入りづらい‥よな」
 分かる、という風に頷く。
「そうなんです! 他の客、女の子ばっかりだし‥‥」
「じゃあ‥俺と一緒に行く‥‥か?」
 相談に乗るぞ、と生真面目に告げられ、客はほっと肩の力を抜いた。

「可愛いものは素敵だが、それがこう‥‥一杯だと‥‥妙に似合わない気がして‥‥そう思う人もいる‥‥からな」
 無事に贈り物を選び、何度も礼を言いつつ帰っていく客を見送りながら、ウリエル。
「あー‥俺なんかはもう麻痺しちゃってますけど‥‥そうですね」
 とリュック。言われてみれば、店に来る男性客がそわそわしているのを良く見かける。そういう人は、男のリュックが声を掛けると大抵ほっとした表情を浮べるものだ。
「お店、素敵なのです。でも、可愛いのが、恥かしいのですか」
 エフェリアが呟く。
「大人になれば、分かるのでしょうか。少し、大人になろうと思うのです」
 料理とか始めるのも良いかもです、と真面目に考え込む様子が微笑ましい。思わず、ぽむり、と頭を撫でたウリエルだった。
「それにしても‥‥華やか‥だな‥‥」
 商品もだが、見に来る客も女性ばかりで。その表情を眺めながら、ウリエルは目を細める。
「喜んでもらえるか‥‥どきどきしてる人の顔をみれる‥‥‥素敵な‥仕事だな」
「はい、素敵です。あと2日、頑張ります」

「うわ〜、エーディットお姉ちゃん、素敵だよ〜ぅ」
 月与が歓声を上げた。
「去年に引き続き、海賊衣装ですよ〜♪」
 くるり、と一回転。
「さぁ、お店に出ようか?」
 トン、と背中を押して、シャルロットをエスコート。
「はいっ」
 海賊なので、少しワイルドに。
「君たちも、見ていないで出ておいで?」
 物陰から覗いていた女性たちに、手招き。
「え、えへへ‥‥」
 カーラ始め『蜜蜂亭』の給仕達。
「うわ〜い、生エディ、生エディ〜♪」
「今年はフィリップは居ないのね〜」
「そうだね、残念ながら彼は居ない‥‥でも、こうして君が居てくれるから、寂しくは無いな」
 ぐい、と肩を引き寄せる。
「きゃ〜♪」
 一種異様な熱気に包まれる店の一角を『一般人』のお客達が、不思議そうに眺めていた。

「カンザシはね、こうやって使うんだよっ。でも、‥‥ほら、こうすると、沢山動く時にも、ずれ難くて良いかも。あとはね〜」
 くるくると、月与の手が動く。見る間に形を変える髪に、見物人が溜息を漏らした。
「ジャパン製に、ブラン商会オリジナルに、こっちは、自分で飾りが作れる手作りキット♪ お好みで選んでね。キットは櫛もあるよ。男性から女性へ、オリジナルの櫛も良いかな〜って♪」
「ジャパンのしなも、見てもらえると、うれしいです。ジャパンは、とてもすてきな国です」
 月与と同じくジャパン人の楓も、拙いなりに精一杯宣伝を。

「どうもありがとうございましたっ」
 5日間、宣伝して、売って、運んで、並べて、演じて、作って‥‥。急がしかったけれど、とにかく皆精一杯働いた。
「沢山のお客さんが来て下さって‥‥これも皆、皆さんのお陰です」
 礼を述べるシャルロットの隣で、店主夫妻も微笑んでいる。
「いやあ、去年の事も話には良く聞いておりましたが、今年はきちんと見る事が出来てよかった。大変、楽しかったですよ」
 商品のアイディアも斬新で勉強になりました、と店主のダニエル。
「ささやかですけど、お礼の品も用意したので、受け取って下さい。ブラン商会から皆さんへの、バレンタインです」
 愛する冒険者達へ、カンザシ「ローラス」。エーディットには以前渡しているから、今回はレースのヘッドドレスを。
「ご自分で使って頂いても、誰かに渡して下さっても結構ですから」
 商品が愛の架け橋になる、それが、雑貨屋稼業の醍醐味だから。

 5日間の祭を終え、しん、と静まりかえった店内。
「何か‥買っていこうかな‥‥」
 大切な相手を思い浮かべながら、ウリエルが商品を見て回る。
「装飾品‥は、貰ったから‥‥‥ん?」
 ふと、華やかな香りが鼻を擽る。
「香水‥か‥‥」

「リュックさんは〜、演技でなくちゃんと贈り物をしてくださいね〜♪」
 帰り際、夜空を背景に、エーディットがリュックに迫る。
「勿論。用意してますよ」
 さらりとした様子に、少々不満そうなエーディット。リュックが用意している贈り物の意味は、シャルロットが一番欲しい気持ちではないと分かるから。
「見守るだけじゃ駄目ですよ〜。大切な物は喪ってから気付いても遅いのです〜。機会を逃すと、胸の真ん中がすかすかして、ずっと治りませんよ〜?」
 ずずい、と距離を縮めて、囁く。
「だから、立派な狼になって素敵な告白と指輪を贈ってみてくださいね〜♪」
「オオカ‥って‥‥。エーディットさん」
 にこにこと笑みを浮べるエルフ。彼女には一番情けなかった頃からずっと見られているから、今更格好付けても意味がない。リュックは、言葉を捜した。情けなくて、身勝手で自分の。
「俺、何だかんだで、お嬢さんが1番大事だし‥‥」
 同じくらい大切だった奴らは、2人の道を踏み出したから、リュックにはあまり出来る事はない。勝手に幸せになるだろう。だから。
「そうですね、将来的には皆が望んでるみたいに、なるかもなって気が‥‥今は、します。お嬢さんの気持ちが変わらなければ、ですけど。でも‥‥まだ少し、待って欲しい」
 遅きに失して、失うかもしれない。その時、後悔するのかもしれない。情けない上、都合の良い事を言っているのは分かっているけれど、可愛いから、大切だから、嘘はつけない。
「今は、まだ‥‥」