●リプレイ本文
「久々に体を動かす良い機会だ。俺は武道家の範飛耀(ec4228)、7日間だけだが世話になるぜ」
「‥‥七種鼎(ec4486)だ」
今回集まったのは、これが初依頼となる2人と、
「今回は雪山‥‥厄介ね。我が愛馬コルベット無しでは徒歩ですわね‥‥困りましたわ。私の神々しさが周囲に伝わり過ぎてしまいます」
本気で言っているらしい様子に、周囲を呆気に取らせているジャネット・モーガン(eb7804)、
「皆さん、宜しくお願いします」
そして元馬祖(ec4154)の4人。揃った所で、早速出発となった。
ガタゴトガタゴト。冒険者を乗せて、馬車が行く。
「それでは、必ずしも全員が被害を被る訳ではないのね?」
依頼人である御者の隣に腰掛け、情報収集をしているジャネット。
「ああ」
依頼人は、手綱を繰りながら質問に答える。
「体を鍛えてたり‥‥あとは、そうだな、しっかり者は、比較的影響を受け難い。頭でっかちで体が弱かったり、普段からびくびくしてるような奴は、駄目だな」
「それでは、鍛え上げた体に高貴なる魂を宿す私なら何の心配もありませんわね」
高笑いの似合う女、ジャネット。
「か弱き民草の為に化け物を退治するのも、高貴な生まれたる私の勤め。どんな怪物であろうと、この偉大なる私の敵ではありませんわ」
しかし、と表情を引き締める。
「猛禽の王たる鷲も、か弱き兎を狩る為に全力を尽くすもの。この私に、油断の二文字は無くてよ。情報とは尊い物。知っている事全て教えて頂戴」
「そうだな、吹雪がものすごい時よりは、割と落ち着いてる時の方が起こりやすいか‥‥ま、あっちも生き物だからな」
他に、山小屋の詳しい場所、そこへ至る地形と道筋、今の季節の状況等を詳細に聞き出した。
「俺は、街に用事がある。3日後、またここに迎えに来るから‥‥宜しく、頼む」
依頼人の言葉に頷いて、冒険者達は雪山攻略に取り掛かった。
「う‥‥、厳しい‥‥です」
吹雪の中、森の上をフライングブルームで飛行する馬祖。吹き付ける雪が、手の上に、服の隙間に積もってゆく。煽られそうになりながらも、懸命にドワーフの集落を目指した。
「雪の行軍は慣れてねーから不安があるが‥‥」
歩きやすそうな場所がねぇかな、と辺りを見渡す飛耀。
「‥‥結構積もっていますわね」
普段ドワーフ達が使う道は、雪が踏み固められている筈だが、その上に更にここ数日の雪が覆いかぶさってしまっている。そして今現在も雪は次々と降り積もる。
「先頭を交代しつつ雪を掻き分けて進みましょう」
スコップ等持っていないので、足で雪を掻くようにして。誰も雪上には詳しく無いので、慎重に、慎重に進んでいく。詳しい地形や、道筋は予め聞いておいたが、白く曇る視界の中では、それを確認するのも一苦労だ。それでも、後で道を誤らない為に布を枝に結んで目印を付けた。皆雪山に備えて皆荷物は必要最低限。その身軽さが効を奏したか、半日と少し後には、何とか山小屋に辿り着いた。
「お、お待たせしました‥‥」
馬祖がヨレヨレになりながら山小屋に辿り着いたのが、夕刻。集落に寄った後先行偵察をして仲間の元に戻る予定であったが、悪天候の為、集落から戻ってきた頃には既に仲間は山小屋に着いていた。
「かんじきのようなものをお借り出来ればよかったのですが、無かったのでブーツを借りてきました」
ドワーフ達が雪上を歩く為に使うそれは、かんじき程ではないが、雪の上を歩くのに優れている。一同はありがたく拝借する事にした。
「さて、今の所特に何も起こっていないが‥‥探し歩いたりはするのか? 俺は小屋で待機させてもらう」
自称救護班飛耀。
「応急処置に整体、辺りだな、俺に出来るのは。必要になったら声を掛けてくれ」
化粧もできるが役に立たないなぁ、等と呟いている。
「小屋で待てば良い。探すのは‥‥、現れる気配が無かった時だ」
ぼそり、と鼎が告げる。
「今夜は小屋に泊まりましょう。十分用心してね。‥‥声はすれども姿は見えず、ということですし、姿隠しの術を持っている可能性もありますわ」
周囲を探すにも、この悪天候では、難しい。
その夜は、全員まとめて言霊に捕われたら危険、という鼎の提案で、飛耀と鼎は、外にテントを張って寝る事になった。山小屋から少し離れた、周囲から見え難い場所にテントを張る。
その夜は、それぞれ寝袋に包まって眠った。びょうびょうと吹き荒れる風の音だけが聞こえる森の中、ただ、夜が更けていった。
翌日は、昨日の悪天候が嘘のような晴天だった。雪が日光を弾いてキラキラと眩しい。昨日グリムリーが現れ無かったので、その日は皆山小屋に集まって様子を見た。馬祖はパラのマントに包まって気配を消している。
「天候が酷い時には現れにくいと依頼人も申していましたわ。今日は晴天。‥‥そろそろかも知れませんわね」
「‥‥それはそうと、ジャネットさん」
飛耀が、ずっと気になっていた事を、遂に口にした。
「それ‥‥なんだい?」
ジャネットが、さっきから念入りに磨いている、それ。
「銀のトレイですわ」
「いや、そりゃ分かるんだけどよ‥‥」
どうして山小屋に銀トレイ。しかも、見た所それ以外の武器を持っている様子はない。まさか‥‥
「見ていれば分かりますわ」
不適に微笑むジャネットを、飛耀は何とも言えない表情で眺めていた。
「‥‥?」
最初に違和感を感じたのは、馬祖だった。他よりやや耳が良い彼女は、風が鳴るような、かすかな音を捉えた。続いて、体の奥から妙な衝動が湧き上がってくる。目の前の誰彼構わず、大声で詰ってしまいたくなるような‥‥。
「おぬしっ」
馬祖の変化に、最初に気付いたのは対人鑑識に優れたジャネット。ジャネットが馬祖に声を掛けると同時に、鼎がガタン、と音を立てて立ち上がった。普段、忍らしく話し方も行動もひっそりとした鼎に相応しくない動作だ。そのまま、疾走の術で飛び出して行こうとするのを、腕を取って引き止める。
「お待ちなさいっ」
そして、飛耀の様子を伺う。彼には変化は無い。抵抗に成功したのは、ジャネットと飛耀、言霊に掛かったのが、馬祖と鼎のようだ。
「鼎さん、ちょっと待て。苛々したまま飛び出しても、碌な事無い」
飛耀も、肩を抑える。
「こういう時は、素数を数えて心を落ち着けると良いって昔どこかの神父だかに教わった。‥‥てか、素数って何だ?」
「‥‥そんな事をしている場合では」
「そうです、早く追いかけないと」
びしゃっ。
言い募る鼎と馬祖の顔に、水が掛かった。掛けたのは、ジャネット。
「正気に戻りましたこと?」
少量とはいえ、水。室内とはいえ、冬。その冷たさに、沸騰しかけた思考も冷める。
「‥‥済まない」
「分かれば宜しいのです」
冷静になった所で、再度外へ。もう逃げてしまったかも知れないが、こちらの様子を何処かで伺っている可能性もある。
「高貴な私の前で姿を隠すなど、神に対する冒涜以外の何者でもありませんわ」
雪球を固め、オーラパワーを施す。
「姿を現しなさいっ」
馬祖が声を聞いたという方向に向かって、投げつける。オーラを帯びた雪球は、山小屋の角に当たる壁にぶつかって砕けた。
「ぎゃっ」
それに驚いたような声が、建物の陰から。
「‥‥そこか」
鼎が疾走の術で素早く走り寄り、風上に回りこむ。そこには、山小屋の壁に張付くようにして子鬼が3匹。いつの間にか現れた鼎に驚いたように、目を見張っている。
「‥‥眠れ」
春香の術。眠気を誘う香りが、漂う。1匹が眠りにつき、残りの2匹は逃げ出した。
逃げ出した分は仲間に任せ、鼎が小柄を構えた。
「終わりだ」
ひっくり返って眠るグリムリーの喉元に、体重をかけ、それを、突き立てる。
「出てきたな!」
建物の陰から飛び出した2匹のグリムリー。こちらにも敵がいると分かると、即座に踵を返して森の中へ逃げようとする。
「逃がしませんわ」
その背中に、雪球を投げつけるジャネット。しかし、当たらず、グリムリーの足元へ。
「通しません」
しかし、雪球に怯んだ隙に、馬祖が追いすがり退路を塞ぐ。自棄のように繰り出された爪を、馬祖はその身で受け止めた。
「十二形意拳が羊の奥義、羊守防!!」
瞬間的に気を高め、ダメージを軽減。グリムリーの爪では、傷ひとつ付けられない。馬祖が壁となり立塞がり、困惑するグリムリー。その後頭部を、硬いものが思い切り引っ叩いた。
「ぎゃあぁっ」
冬の陽光を反射して、キラリと光る銀のトレイオーラパワー付与ヴァージョン。角が当たるとかなり痛い。
「ぐ‥‥ぎゃっ‥‥ぎゃぁぁぁぁっ」
「ホーホッホッホッ!」
容赦無く、ひたすら殴り倒す。とにかく殴り倒す。血塗られた銀トレイに背筋を冷やしたのは、グリムリーだったのか、それとも同行の冒険者達だったのか‥‥。
「シャンゼリゼ・スペシャルとでも名付けましょうかしら」
赤く染まる銀トレイの先駆者―某酒場の某ウェイトレス―に、敬意を表して。
そして、残りの1匹は、
「はっ」
飛耀と向き合っていた。飛耀の拳は、半分が当たり、半分が避けられる。ひたすらしばき倒す為には、自慢の手数でとにかく勝負。オーラパワーを施した拳は、着実に相手の生命力を削ってゆくが、飛耀にもまた、グリムリーの爪による、新たな傷が増えてゆく。
「‥‥くくく」
拮抗した勝負は、衝動を呼び起こす。ざわざわと、髪が逆立つ。互いに増えてゆく傷。滴る朱‥‥それは、瞳と同じ色。
「あーッはっはっはっは!!」
それぞれの敵を倒した仲間が、その哄笑に振り返る。
「しまった‥‥」
馬祖が呟く。
予め、言われていたのだ。飛耀が意味も無く笑い出したら‥‥それは、狂化の印。
「はっはっはっは‥う‥‥‥」
しかし、それは唐突に途切れ、傷だらけの飛耀とグリムリーは、その場に倒れた。
「‥‥1度眠りに落ちれば、元に戻るだろう」
呟くと、鼎は眠りに落ちたグリムリーに止めを刺した。
ふわり、漂う春香の術の残り香。
冬の最中雪の上、強制的に春眠に叩き落された飛耀の髪が、静かに、元の形に戻っていった。
「あー‥‥馬祖さん、ポーションありがとな」
「いいえ、お気になさらず」
暫くして飛耀が目を覚ました。馬祖が差し出したリカバーポーションを飲み干すと、その身に負った傷はたちどころに回復した。
「皆も、悪い」
ハーフエルフってのは、不便だなぁ、とぼやく。
「‥‥敵は片付いた。問題ない」
と、鼎。
「退治した事を下々の者達に知らせたいところですけど、今から集落へ言くのは無理ですわね」
雪山の夜歩きは、危険極まりない。
「今夜はここに泊まって、明日山を降りましょう。そうすれば、依頼人との待ち合わせに間に合いますわ。この高貴なる私に救われた事をさぞ感謝する事でしょう。オーッホッホッホ」
やはり、ジャネットには高笑いが良く似合う。
「山小屋、せっかくだから掃除していきますね」
ドワーフさん達がもっと快適に使えるように、と馬祖。
その夜、グリムリーが出る事も無く、天候も荒れる事は無かった。静かな山の、小さな小屋で、冒険者達はぐっすりと眠りに就いたのだった。
翌朝、往路につけておいた目印を辿って、山を降りた。途中多少天気が荒れ、依頼人との約束にやや遅れて、町に到着した。
「そうですか、退治してくださいましたか‥‥ありがとうございます。これで、安心して仕事が出来る‥‥」
重々しく頷くと、彼は美しい宝石細工が施されたマント留めを取り出した。
「集落で作っているものの、ひとつです。皆、直接礼を言う事は出来んが、これを村人の感謝のだと思って受け取ってくだされ」
「わあ、綺麗ですね」
「‥‥頂戴しよう」
「はは、なんか照れるな」
「下々の者を助けるのは高貴なる私の当然の役目。しかし感謝の気持ちを無碍にするのも無粋ですものね」
がたごと。来たときと同じように、馬車が走り出す。それぞれの想いを胸に抱いて、冒険者達はパリへと戻った。