●リプレイ本文
「ミモザも咲いて、風も優しくなって。春は、駆け足」
ぽかぽかと店先を暖める陽光に、ラテリカ・ラートベル(ea1641)は目を細めた。
「ジャパンでもきっと、色んなお花がほころんで、咲いていくですね」
「桜はまだですが、梅はそろそろ。野や道にも、可憐な花が咲きます」
鳳双樹(eb8121)は、遠い故郷に想いを馳せる。
「植物も、動物も、一斉に外へ出てくる、始まりの季節ですね」
「早いわ‥春もそろそろ、か‥‥」
ユリゼ・ファルアート(ea3502)の呟きに、クリス・ラインハルト(ea2004)が頷いた。
「1年なんて瞬く間‥‥。花の季節先駆のお祭りを楽しむです〜」
「そうですね〜雛祭り頑張ります〜」
ぽかぽかの笑顔を浮べるエーディット・ブラウン(eb1460)。
「今年は、どんな雛祭りになるのでしょう。思えば、初めてブラン商会にお邪魔したのが去年の雛祭りでしたね。あれからもう1年‥‥月日が経つのは早いものです」
変わったこと、変わらない事‥‥自分自身も、誰かとの関係も。
「本当に。行事があるたびに思うんです。一年はあっというまですねぇ」
過ぎた12の月々を思い返しているのはリディエール・アンティロープ(eb5977)とミカエル・テルセーロ(ea1674)。
「僕も少しは成長してるんでしょうか‥‥」
風に揺れる、マント留めにしたカンザシから下がる細工の葉と、短く切り揃えられた金の髪。
「ミカエルさん、髪‥‥」
「ええ、思う所あって、切りました」
「折角綺麗だったのに」
シャルロットは少し残念そう。
「似合いませんか?」
「そんな事ありませんけど」
短髪でも可愛いから。
「楽しい雛祭りにしような」
アフリディ・イントレピッド(ec1997)が、晴れた空を仰いだ。
「1日休む分、頑張って稼ぎますよ〜♪」
エーディットが、いそいそと衣装や化粧道具を準備。今回は和服が多いから、皆にそれに合わせた化粧を。
「エーディットさん、キメは宜しく♪」
「勿論です〜♪」
衣装を調えた王子様と、ちゃき、と化粧道具を構える仕掛人。お馴染み2人組の横を、男雛亀と女雛亀になったノルマンゾウガメとコゾウガメがのそのそと通り過ぎた。
邪気払うような横笛の音。東の国の春祝う調べ。思わず足を止めた通行人が目にしたのは、紅白梅の振袖を纏い商品の櫛を挿したラテリカと、
「ブラン商会は只今雛祭フェア開催中です♪ 限定のお菓子も美味しいよ〜」
その笛の音に合わせて踊るミフティア。
「とっても、きれいです」
ぱちぱち、と楓が手を叩く。
「えへへ〜。楓ちゃん、もうすぐお嫁さんになるんでしょ? その時は宴で躍らせてね」
だきゅ、とくっつかれ、楓は照れたように笑った。
「はい。たのしみです」
「去年より、お品が増えてるですか? 見たことない小物が‥‥」
クリスがリュックを手伝いながら商品を眺めている。
「ええ。売り上げが軌道に乗ってきたんで、仕入れを増やしたんです」
そこへ、客から声が掛かった。
「使い方ですか? これは‥‥」
すらすらと解説するリュックの言葉を、クリスは一緒に聞いていた。
「リュックさん、沢山勉強されたですね」
「わぁ、綺麗‥‥」
いつもの焼き菓子も、少し形を変えて花形に。
「こっちも、美味しそう」
薄切り林檎を、皮付きのまま蜂蜜と赤ワインで炊いたコンポートのタルト。ほんのり染まった林檎が花びらのように飾られている。
「此方も宜しければ。お菓子屋ノワールから仕入れた、限定商品です」
すい、と差し出された盆の上には見慣れぬお菓子。エンドウ豆餡小饅頭と、菱餅形おこし。
「ジャパンの味わいを感じて頂ければ」
ジャパン風上衣を纏ったユリゼ。無論男装。その佇まいは、どこかぴしり、とした芯を感じさせる。言葉少なに、ちらりと寄越される流し目。目元涼やかに施された化粧が、女性客の心を浮き立たせる。
「お饅頭は、ワインで香り付けを。こちらのおこしは、菱餅に見立ててあるんですよ」
開発を手伝った経験を生かして、お菓子の解説をする双樹。
「菱餅というのは‥‥」
雛祭の解説も一緒に。今日の衣装は巫女装束。フェアリー雲母とお揃い。紅白の色合いが視線を集める。
「雛祭は故郷でもお姉ちゃん達としましたよ、懐かしいのです〜」
特別な日。お祝いの日。故郷で感じていた嬉しい気持ちを、ノルマンの女の子達にも、感じて貰えますように。
「流石ですね」
女性陣の接客を眺めているリディエール。自身は青い呉服をすっきりと着こなし、宣伝に勤しんでいる。
「ユリゼさんのファン、多いんですよ。皆の王子様なんですよね」
独り占め出来なくてちょっと残念、と冗談交じり。
「リディーさんも、とっても格好良いわ」
「おや、ありがとうございます」
着物独特の線は彼の細腰と非常に相性が宜しい。美しい後ろ姿に熱い視線を送る客が絶えない事に、彼は気付いているだろうか。
「春の苑紅にほふ桃の花‥‥」
木のカードに書付けられた和歌を読み上げるミカエル。
「桃花を詠んだ歌です。『万葉集』というジャパンの歌集の。読み方と訳も添書きしてありますので」
雛祭フェア関連商品を買い上げた客に、1枚サービス。リディエールが作ったお守り代わりの小さな雛も添えて。
「ジャパンの方は気持ちを歌で表現したりするんですよ」
「それじゃ、その‥‥」
女性客が、ミカエルの耳に口を寄せて囁いた。
「‥‥恋歌? ええ、宜しければ、見繕いましょう」
彼女は、頬を染めこくりと頷いた。
「こんな感じ‥でしょうか?」
「わあ、ありがとございます」
ミカエルの作った木枠に、ラテリカが和紙を張ってゆく。
「さて、お願いします。大役、頑張って下さいね」
リディエールが声を掛けると、彼の後を漂っていた不思議な輝きが、答えるようにちらりと明滅した。そのまま、ふわりと和紙を張った木枠の中に納まる。
「えへへ、ぼんぼりなのです。綺麗ですねえ」
和紙からほんのり透ける明かり。今日、3月3日当日は、店を休みにして雛祭パーティ。雪洞は、会場の装飾だ。
台所では、マリーとアフリディ、双樹が忙しそうに立ち回っている。今日は、ノワールから仕入れたものや、店に出したもの以外にも、色々と並ぶ事になりそうだ。
「綺麗に焼けてます」
双樹が、カマドからパイを取り出して歓声を挙げた。
「面白い事を思いつきましたね」
パイの皮で雛を作ってはどうだろう、というアフリディの提案。
「うん、思っていたより綺麗に出来たな」
「断面が、丁度着物のかさねみたいなのです〜」
「さ、かりんとうも仕上げてしまいましょう。双樹さんは、以前にも作った事があるのでしたっけ?」
「はい。ノワールで試作しました!」
「シャルロットさんは勿論お雛様ですね〜♪ 楓さんにもしてもらいましょう〜」
今日も今日とて、仕掛人は輝いている。
「十二単は2着〜。お内裏衣装は1着ですから、まずミカエルさんに〜」
「僕で良いんですか? ‥‥喜んで。お雛様はエーディットさんにお願いします」
「私ですか〜?」
「貴女は皆を綺麗にして下さいますが、折角の女性の為のお祭です。貴女も素敵なお姫様になって楽しんで頂けたらって。まあ、ちんちくりんの僕じゃ不足でしょうが」
「いいえ〜。流石にミカエルさんはちっさくても男の子なのですね〜」
衣装を調えた2人が並ぶと、シャルロットが嬉しげに、座っているエーディットと視線を合わせた。
「いつも、綺麗にしてくれてありがとう。でも、自分の事が後回しなのは勿体無いなって思ってたんです」
自身とて、麗しい女性なのだから。
「ありがとうございます〜自分で着てみるのも楽しいですね〜。でも〜‥‥」
ちらり。
「う‥‥」
視線が合ったその瞬間、要求を悟ってしまったリディエール。
「着せるのもやっぱり楽しいのです〜」
「‥今年は1歩くらい動けるとよいのですけれど」
逃げられないこともまた、誰より知っていた。
「良いですか〜。リュックさんには、お菓子は手渡しするですよ〜」
シャルロットの耳元で囁くエーディット。
「最近のお姫様は、がんがん攻めるのが流行なのですよ〜」
「そうなんですか?」
本当かしら、とくすくすと笑う。
「でも、がんがんは難しいかも知れないけど‥攻めてかないと、駄目ですね」
花柄の茣蓙の上に、アクセサリーを並べるクリス。
「きれーい」
「しゃらしゃら」
得意客の娘達が、目を輝かせて見入っている。
「どれが良いですか? ボクが付けてあげるですよ」
水晶のペンダント、クリーンティアラ、ブルーリボンに、他にも色々。クリスは簪「早春の梅枝」でジャパン風。
「おめかししたら、お菓子を貰いにいくです。今年も、色々あるですよ」
飾りを選ぶ様子を見守りつつ、昨年の様子を思い出す。浴衣を引き摺り歩きしていた娘達がずいぶん見違えた。
「前と同じ景色でも、巡る季節の中で成長があるです」
この子達も、やがて花開く時が来て、大切な人の為に身を飾る品を買いに来るだろう。その時、店で迎えるのが‥‥
「シャロンさんとリュックさんだといいな☆」
子供達の様子を眺める。彼女達も、いずれラテリカを追い越してゆくだろう。でも。
「ラテリカ、早く大人になりたいですけど、この体も気持ちも、毎日少しずつ育つですよね。だから1日1日‥‥大切じゃない日は、無いんですね」
「はい」
楓が頷いた。
「それに、ラテリカにも‥‥皆さんにも。心の傍で、見てくれる方が居て。ゆっくり時を掛けるは、その方の時間をいっぱい貰うですから、幸せで、とっても贅沢、かもしれませんです」
ほにゃ、と浮べた笑みには、幸せが溢れている。それはきっと、今手にしている木苺ジャムと蜂蜜たっぷりの、桃色プディングみたいな味。
「だれかといっしょは、幸せ、ですね」
楓がまず思い浮べた『誰か』は、ここには居ないけれど、ここにはここでしか出逢えない沢山の人。
「たくさんの人に出逢えるのも、幸せ、です」
「はいです」
「私も、今がとっても楽しくて、この国に来て良かったと改めて思います」
同郷の双樹。
「楓さんにも、そう感じて頂けているみたいで、嬉しいです」
広間の賑わいとは、少し離れた廊下にて。
「ね、可笑しくないかな‥‥」
ある人から貰ったドレスを、こっそり着てみたユリゼ。今日は‥ハレの日、女の子の日、だから。
「わあ、綺麗です」
「そう? 返しちゃおうかなとか‥思ったんだけどね、何か、何か‥‥」
その様子に、感じる所があったらしいシャルロット。
「ね、私‥‥ユリゼさんが大好き。王子様としても勿論だけど、女の人としても。とっても素敵で、魅力的です」
微笑む少女を、ユリゼはぎゅっと抱きしめた。
「‥今の自分が変で素直じゃないから、貴女の真直ぐな想いが益々可愛くていとおしい。私の大事なお姫様。何年掛かっても幸せになって」
こつん、とおでこを合わせる。
「ずっと見守ってるから」
「ありがとう。ユリゼさんも‥‥」
視線を合わせて、照れた笑みを浮かべ合う。
「‥さっさと脱ご。あ、着てみる? きっと良く似合うわ♪」
シャルロットはそっと首を横に振った。
「ユリゼさんより似合う人なんて、いないわ。‥ふふ、頑張って下さいね」
「あー‥埴輪の人、かな?」
偶然通り掛り、出るに出られなくなったリュック。
「‥聞いてた?」
そして、シャルロットにあっさり見つかった。ユリゼは既に着替えで別の部屋へ入っている。
「聞こえ‥ました。‥あの?」
「馬鹿ね、ぼうっとしてるからよ」
「何が? て、え‥え? えええ!?」
「力作ですね」
手ずから淹れた茶を差し出しながら、リディエール。十二単からは既に解放されている。流し雛を並べた小さなひな壇は、アフリディ制作。人形はリディエールとアフリディが作ったものだ。とりどりの色が塗られていて、見た目に楽しい。
「ジャパン服の色の組み合わせを、皆に教えてもらったんだ。なかなか興味深かったよ。‥‥ん? 変わったお茶だな」
「ジャパンのお茶だそうですよ。ノワールのお菓子とよく合いますね」
「それじゃ、いくですよ」
ぽう、とクリスの体が淡く発光する。
やがて生み出された幻影に、皆歓声をあげた。
中心はリュック。左右にシャルロットと楓。子供たちは、前の列に。冒険者とマリーと店主夫妻もバランス良く並べて、集合絵姿になっている。衣装は本人の希望ごと様々。概ね和装だ。
「僅か6分間のご披露ですが、心に残るなら嬉しいです」
「すごい、すごーい」
その周囲をくるくると走り回る子供達。エーディットは、記念に映像をスケッチ。
「皆、楽しそう」
映し出された人々の表情は、どれも幸せそうで、その事がシャルロットには嬉しかった。
「そうですね。‥‥そうそう、これ‥薬草の仕分けをしていたら出てきたのです」
リディエールが、そっと四葉のクローバーを差し出した。
「この時期に見つかったのも何かのご縁ですし、シャルロットさんに差し上げますね。貴女に、幸運がありますように‥‥」
「ありがとうございます。大切にしますね」
「変ですかね‥女性のお祭りですが、こういうの見てたら男に生まれて良かったって思いませんか」
楽しそうな皆を満足げに眺めつつ、すっとリュックの横に並ぶミカエル。
「あんなに可愛らしい方々を、守りたい‥そう自然と思える側でよかったって、ね」
リュックの視線を、追いかける。主人の娘を見守る視線は、ただ、温かい。
「ええ、本当に‥その通りですね」
「さ、足元、気をつけて」
今年も雛を流すために、皆でセーヌの畔へ。
ドレスを脱いだユリゼは、すっかりいつも通りで、最上級の微笑を浮べつつ、某橙分隊長直伝の技でシャルロットをエスコート。
姫君の嬉しそうな様子を眺めつつ、リュックにも教えようか、と考える。何気ない仕草から喜びや不安を見出すのが女の子だけれど、たまには、彼だって喜ばせる努力を少しくらいしてもいいんじゃないかと思うから。
「皆の健康を祈って〜。皆がずっと幸せだと良いですね〜♪」
くるくると流されてゆく人形を見送り、つつ、とリュックに寄り添うエーディット。
「環境が変わると気が付く事もあるのですよ〜」
「え‥‥? あの、何の?」
「自分の気持ちを確かめるなら、思い切ってデートに誘ってみたら良いですよ〜♪」
がんばってくださいね〜と言い残し、ひらりと離れてしまう。
「いや、気持ちは‥‥参ったな」
「今年も、楽しかったわね」
「はい。‥あの、お嬢さん」
「‥あの事? 大丈夫よ、私以外気付いてないわ」
その想いは、本当に淡いものだから。
「伝えるつもりもないんでしょ? ‥馬鹿ね」
「本当に。どうしてこう、無理な相手ばっかり‥‥」
「そういう、意味じゃないわ」
馬鹿で、優しくて、愛しい人。
「帰りましょ」
そう言って、手を取る。今日は、特別な日だから、これくらいしたっていい。
「女の子のお祭り。素敵な出会いが待つ、魔法の日かもしれませんです」
ラテリカの声が聞こえた。
本当に、そんな日かも知れないと思うから。