出動の裏で〜『預言者』を捕縛せよ〜
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■ショートシナリオ
担当:紡木
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 93 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:03月04日〜03月11日
リプレイ公開日:2008年03月14日
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●オープニング
「ノストラダムスさん‥‥」
掃除の手を止めて、リーディア・カンツォーネ(ea1225)が呟いた。しん、とした旧聖堂。ここに連日冒険者や王宮関係者が詰めかけ、緊迫した空気が漂っていたのは、既に半年以上前の事になってしまった。
「今、どうしていますか‥‥?」
先日、冒険者ギルドに1件の依頼が出された。極秘にノストラダムスを捕縛せよ、という。事件の性質から大々的には募集されず、有能な冒険者に声を掛けるという形で。しかし、様々な要因から思うように人は集まらず‥‥
本来、声を掛けられるランクの冒険者ではないリーディアだが、彼女には旧聖堂の番人として、また、直接ノストラダムスに会った事がある者として、依頼の事が知らされた。
以前会えたノストラダムスは、ごく普通の真っ当な聖職者に見えた。
「社会の荒波にもまれて恐怖の逃亡生活を送る羽目になったっぽかったですよね‥‥」
だから、このままではいけない。このままでは‥‥
「早く捕まえないと‥‥彼自身が、救われない」
きゅ、と箒を握り締める。
何とか、しなくては。
賛同してくれる友人も居る。だから。
「私、が‥‥」
リーディアは、決めた。自分が依頼主として動く事を。
ギルドへ行く前に、行かなくてはならない所があった。
一般人が簡単に入る事のできないその場所も、リーディアの顔と名前であっさりと通された。手入れの行き届いた部屋で、待たされる。
「‥‥お忙しいのでしょうか?」
随分時間が経ってから、ぽつり、と呟く。面会の相手が相手であるから、すぐに会うのが難しい事は分かるが、それにしても‥‥遅い。
「お待たせいたしました」
バタン、と扉が開く。平素物静かな印象の人であるから、その慌しい様子に少し驚く。
「フェリクスさん。お久しぶりです」
ブランシュ騎士団緑分隊長、フェリクス・フォーレ。
「お久しぶりです。時間が掛かりまして、申し訳ございません」
「いえ‥‥お忙しいのですか? 少し、やつれたような」
「色々と、立込んでおりまして」
苦笑するフェリクスに、リーディアは用件を告げた。再度冒険者を集めて奇襲をかけ、ノストラダムスを捕縛しようと考えている事。その依頼主として、動こうとしている事を。
「お申し出は大変有難いのですが‥‥」
フェリクスの表情が曇る。
「もう、以前の場所にノストラダムスはおりません」
「え‥‥?」
「こちらの動きが、露見したようです。極秘に動いたつもりだったのですが‥‥さすがは、地獄の諜報機関の長というべきか‥‥」
「それでは、今は?」
「より大きな廃城に移されました。そこには、ぞくぞくと狂信者が集まっています。‥‥このままでは、埒があきません。しかし、ノストラダムスがそこに居る事は、間違いないようなのです」
今までの、偽情報とは違って。
「ですから‥‥」
「まさか」
リーディアは息を呑んだ。この、フェリクスの忙しそうな様子は。
「緑分隊が出る事になりました。その地方の騎士団にも協力を要請しますが‥‥」
深緑の視線を、合わせる。
「予言は、終わりました。しかし、ノルマンは懸案続きです。主犯のアガリアレプト、酒場に現れたカルロス‥‥他にも‥‥。ノストラダムスについては、そろそろ決着を付けなければなりません」
一呼吸置いて、フェリクスは言葉を継いだ。
「今回は、正面からぶつかる事になるでしょう。奇襲でない分、危険も大きい。その上で‥‥手伝って下さるならば、お願いしたい事がございます」
「な、何でしょうっ」
「先程、申し出て下さった事を、そのまま行なって下さい。戦いは、私達が。あなた方は、ひたすらノストラダムスを目指して、探して、連れ出して欲しい。危険な事を申しているのは、分かっております。しかし、リーディアさんは、ノストラダムスと直接出会った事がある。それは、彼を探す上で、大きな武器なのです」
「はい‥‥っ」
「依頼も、出来ればあなたに出して頂きたい。あなた自身が信頼できる冒険者仲間を集めて欲しいのです。‥‥お願い、出来ますか?」
少し躊躇いを含んだ口調に、リーディアは、はっきりと答えた。
「お任せ下さい」
●リプレイ本文
道が荒れているらしい。ガタゴトと突き上げるような揺れを感じる。幌の掛かった馬車の中、馬の足音の隙間から、天津風美沙樹(eb5363)が木を削る音とエイジ・シドリ(eb1875)が金具を加工する音だけが響く。
「大丈夫ですよ」
不安げな顔をしていたのだろうか。気遣うように見上げて来る愛犬アネモネに、リーディア・カンツォーネ(ea1225)は微笑んでみせた。
「駄目だな」
エイジが道具を置いた。こう揺れては、細かい作業は出来ない。
「そうですわね」
美沙樹も同じく。平らな道に出るまで休憩だ。
再び沈黙。
出発前は忙しかった。あらゆる場面を想定し策を練り準備に駆け回り。しかし出発すると馬車に揺られているしかない。ぽかりと空いた時間は、向かう任務の困難さと重要さを意識させる。心なしか支給された保存食の減りも遅い。
「‥‥これを」
東雲大牙(ea8558)の声に、皆視線を向けた。
くるっぽー♪
「鳩?」
呟くリンカ・ティニーブルー(ec1850)。大牙がくるりと回した手から、飛び出した。
「すごーい、どうやったの?」
明王院月与(eb3600)が身を乗り出す。
「‥‥さあな」
休憩時にこっそり捕まえた事は秘密。
すごい、とはしゃぐ月与と、平和な鳴声を上げる鳩に、空気が緩む。
「‥‥気負いし過ぎると、成功するものも失敗する」
数人が、はっと顔を上げた。
「いやー大牙さんいい男だわ」
ピュゥ、と口笛を鳴らすカイオン・ボーダフォン(eb2955)。
くるる、ぽっぽー♪
鳩が飛び出したのと入れ違いに、何かが入り口の幌をまくって飛び込んできた。
「シフール飛脚です! 明王院月与さんの馬車はここですかー?」
橙分隊と合流後、各分隊、そして同行した冒険者の間で、最終調整が行われた。作戦上予測される所要時間や、敵の数、傾向等話し合う。
「ホシは多分、2本ある塔の‥こっち側、だね」
シフール飛脚で寄越された見取図と手紙を広げ、カイオンが見取図を指差した。地図は、パリでチサトとエフェリアが、緑分隊所持のものを写したもの。城内部の情報は無いため、部屋の配置や通路については解らない。しかし、オデットがこれと同じ地図をバーニングマップに掛けたところ、灰がぼんやりとこの塔を指したのだそうだ。
「皆これ頭に叩き込んでおいて」
そして、遠くにうっすらと浮かぶ城を仰ぎ、くすりと笑みを漏らす。
「敵も味方も、良い曲を奏でておくれよ」
「アネモネさん、ノストラダムスさんの聖書なのです」
橙分隊から借りた彼の持ち物。出発前にエフェリアのテレパシーで、以前会った彼の匂いを思い出すように頼んである。この聖書がその手助けになると良いのだが。
「ご無事でしょうか‥‥」
大切に使い古された聖書は、彼の信仰の証のように思える。
「リーディア、これで良い?」
鳳美夕(ec0583)が、仕上がった似顔絵を見せた。
「はい。そんな感じなのです」
「じゃ、皆に見せに行こうかな」
美夕は、かつての騒動時ノルマンに居なかった。馬車の中で様々な話を聞くにつれ、この任務の重さを改めて認識させられた。
「いかにも善人な顔立ちだよね」
「そういう方だと思うのですよ」
だからこそ、一刻も早く‥‥
「そろそろか」
闇が、少しずつ退けられようとしている。皆不要なものを馬車に預け、装備を整えると、緑分隊に出発する旨を伝えた。
「宜しくお願いします。‥‥どうか、ご無事で」
「はいっ」
緑分隊長の言葉に、リーディアが頷く。それじゃあ、とカイオンが立ち上がった。
「さあ‥‥ノストラダムスを隊長の誕生日プレゼントに謙譲しにいくぞ。隊長ってのはフェリクスさんじゃなくてリーディアちゃんね」
作戦は日の出直前に開始された。
「皆が全力を尽くすだろう事は言わずとも知れている。ですから、ひとつだけ」
フェリクスは、揃いのマント留めを付けた1団をぐるりと見回した。
「『生きて帰れ』‥‥緑分隊、出動!」
突入場所とは丘を挟んで反対側。リンカが弓の先で堀の底を探り、安全を確認してから、皆で堀の中に潜む。ブランシュは出動したらしい。物音が風に乗って届いた。
ノストラダムス確保組は、地表と良く似た焦茶のシーツを被り、息を詰め、連絡を待つ。
「‥‥行こう!」
暫くして、月与が顔を上げた。彼女は、陽動組の通信役とテレパシーを繋ぎ、状況を把握し合っている。陽動は、敵勢力を誘き出し少しずつ戦線を塔から遠ざけているらしい。行くなら、今だ。
リンカが素早く周囲に目を光らせ、頷いた。見張りの死角となっている地帯を見つけ出す。
それぞれ極力足音を忍ばせ、丘を登った。大牙は少し早く丘を登りきると、辺りを警戒しながら柵の朽ちている部分を探した。
「‥‥どうにかできるか?」
小さな穴が開いている。周囲も大分弱っているようだが、そのままでは入れない。
「やってみる」
エイジが荷紐代わりの六尺褌を解いて細工道具を取り出すと、極力音をたてないように作業を始めた。止め具を外し、あるいは崩し、穴を広げてゆく。
「帰りの事も考えたら、大きな穴が必要だな‥‥これで良いか」
柵を越えると、陽動組の喧騒が一層近くなる。それが、少しでも足音を誤魔化してくれる事を祈りながら、城に近づき壁に身を寄せる。
月与がベゾムを起動し、リンカを同乗させて静かに浮上した。
「結構、不安定だな」
リンカが眉を寄せる。浮上の魔力は月与にしか効かない。リンカは宙を浮く棒の上に、月与の体だけを支えに乗っている状態である。
「蝶が‥‥」
月与の石の中の蝶が、ゆっくりと羽ばたいている。城に近づいた時からずっと。‥‥狂信者の砦は、デビルの巣窟。ノストラダムスがデビルに利用され続けたという事実を、意識させられる。
目指すのは、塔。そこになるべく近い窓を巡って聞き耳を立てる。物音のしない部屋を探し出すと、リンカはエックスレイビジョンのスクロールを広げた。ただでさえ不安定な空中で、スクロールを広げるのは辛い。 精霊碑文字の技量不足も相まって、1度は失敗した。
「済まない、もう一度‥‥」
今度は成功。数拍見えた部屋に人の姿は無かった。蝶は相変わらず羽ばたいているが、すぐ傍に居る反応ではない。
月夜は、エイジが作った鉤爪付ロープを取り出し、鉤を窓に掛け引いてみる。強度に問題は無さそうだ。ロープを地表に下ろした。
地表では美沙樹がインビジブルホースの絶影に、先ほど使った焦茶シーツ等を使い、カモフラージュを施していた。
「これで、見え難くなっている筈ですわ」
「お願い絶影、じっとしていて‥‥」
絶影との絆は浅くない。が、作戦の困難さを思うとやや不安もある。絆を確かめるように、美夕はその首を抱き寄せた。
月与はリンカを部屋へ下ろすと、同じようにして一人ずつベゾムで部屋へ引き上げて行った。同時に、ロープを上れる者は、そちらを上ってゆく。
「塔はあっちだね」
月与が呟く。陽動組は、上手く戦線を遠ざけてくれているらしい。外部の増援が来る気配もないので、赤分隊と、同行した冒険者達も成功しているようだ。
「ちょっと待て、足音が‥‥」
リンカが、壁に張付いた。蝶の羽ばたきは、相変わらず緩い。人間か。
「今度は、僕がやろう」
聖者の指輪をはめ聖なるウィンプルを被る。‥‥似合わない、と思った者が数人居たが、そんな場合ではないので黙っておいた。
「どんな幻覚にしようか‥‥」
ドアを細く開ける。カイオンの体が淡く光った。その光を不審に思ったのか、足音が一層近づいて来る、が、数拍立ち止まった後、部屋の前を通り越して、駆け去って行った。彼には「正面が破られそうだから、見張りは良いから仲間を正面に集めろ」という伝令が見えた筈。
「‥‥行くか」
巨体に似合わぬ静かな動作で、大牙が歩を進めた。
行程は、静かなものだった。遠くに聞こえる戦闘の音や、ブルー・スカーフで抑えたランタンの光に浮かび上がる、陽動組と敵との衝突の『残滓』がなければ、戦場と壁数枚隔てた場所だとは思えない程に。
「アネモネさん、分りませんか?」
しきりに鼻を利かせるアネモネだが、まだ確信は得られないようだ。
月与は効果時間が切れるまで陽動組と状況連絡を交し、カイオンとエイジは城内の構造に注意を払い、絶えず退路を確認しながら進んだ。もしもの為に、破壊が可能そうな場所にも目星を付けておく。危険がありそうな進路等ではリンカが斥候の役を果たし、場合によってはリンカとカイオンのイリュージョン、時には大牙や美沙樹の『一撃』で退けた。
「そろそろの筈だが」
エイジが呟く。進んだ方向、距離を鑑みると、そろそろ塔の下に付いて良い筈。
「アネモネさん?」
リーディアが囁いた。アネモネが、パタリと尾を振り、確信を得たかのように駆け出した。ある扉の前で立ち止まる。
「ここか?」
リンカが扉に身を寄せ、耳を澄ませる。異常が無いのを確かめてからドアを開くと、上階へ続く長い階段であった。
「あー‥地味に応えるわ、これ」
長い階段を、足音に配慮して慎重に上っていくのは、忍び歩きの心得の無い者には、結構辛い。
「‥‥抱えてやろうか?」
「謹んで遠慮させて頂きます」
日の射さない暗い階段。その行き先が、ほんのりと明るくなった。リンカが先行し、最上階の様子を伺う。部屋がひとつと、その前に見張り。窓は高い位置に格子付きの小さいものがひとつ。
(「流石に、ここの見張りまでは立ち去らないか‥‥」)
パラリ、とスクロールを広げる。今度は失敗の無いように。
月与がデビルに襲われた幻影で気を失った見張りに猿轡を噛ませ、縛って拘束した。リンカはカイオンから盗賊道具を借りて扉の鍵を開ける。入り口の、対面。疲れ果てたように壁に凭れ掛かっている人物は。
「ノストラダムスさん‥‥」
リーディアが、駆け寄った。そっと揺さぶると、うっすらと目を開く。
「‥‥君、は‥‥」
「覚えてますか?」
「‥‥リーディア‥‥さん、でしたか‥‥」
身じろぎをすると、その腕に、足に繋がれた枷が、じゃらり、と音をたてた。
「はいっ」
こくこく、と頷く。間違いない、本物だ。
「お迎えに来ました。一緒に来てください。これ以上悪魔に利用されないように」
「迎えに?」
「外に、ブランシュ騎士団が。私たちはそのお手伝いで‥‥って、全部説明している時間は無くてですね」
リーディアが言葉を紡ぐ間に、リンカが枷の鍵を外して行く。
「これまで為した事を国へ伝える良い機会です」
その言葉に、胸を打たれた。かつて、伝えようとした。この国の危機を、何度も、何度も。しかしそれは、決して届く事無く‥‥今度こそ、この身で、この言葉で、伝える事が出来るだろうか。神の如く崇め奉られながらも、得体の知れぬ巨大な力に翻弄され無力を噛締め、救いたいと願った命が次々とこの手から零れ落ちてゆく。擦り切れ、疲れ果て、それでも、神の与えたもうた試練、と微かな光に手を伸ばし続けた日々。そこで見たもの、知ったこと、全てを。
「それに、結構お疲れでしょう? ちょっとお休みする感じで、捕まってみません?」
「お休み、ですか‥‥」
ちいさな笑みが漏れた。口元の強張りに、それが、久方振りに浮かべる表情である事に思い至った。
「はい。そして‥‥神の名の元に正当なる判決を下して貰う為にも‥‥。とにかく来て下さいっ」
ノストラダムスは、頷いた。
月与は、ベゾムで窓まで浮かび、鷹の玄牙を呼び寄せた。格子越しに足にブルー・スカーフを結わえる。玄牙は大空へ羽ばたき、鳴きながら旋回した。陽動組通信係への『通信求ム!』の合図。
「気付いて‥‥」
『月与ちゃん? 聞こえますか』
「繋がった! ‥‥こちら、目標確保。あたい達は、今から脱出に移ります!」
長い虜囚生活で、身は弱りきっていた。大牙はノストラダムスを抱え上げると、その余りの軽さに顔を顰めた。
長い階段を駆け下り、塔を降りきった、そこには。
バサリ、と、羽音。
「烏?」
しかしそれは、床に降り立つと人の姿を取った。
「妙に戦線が、ここから離れてゆくからね、可笑しいと思ったんだ。それ、置いていってもらおうか」
大牙は、ノストラダムスを背負っている。‥‥となれば。
「ここはあたしが。皆先に行って頂戴」
美沙樹が立ち塞がった。味方の足音を背中で聞きながら、向かい合う。ビリ、と空気が震えた。
「見つけた!」
そこへ、第3の足音。
「悪いけど、譲ってくれませんかお姉さん。因縁の相手なんだ」
「お前は‥‥」
「対面は3回目かな。始めは下級デビル付き悪魔崇拝者。次は収容所制圧の指揮。今度はノストラダムスの監視か。デビノマニになってるとは思わなかったけど」
白い鎧と、緑のマント留。緑分隊の騎士ロジェが、刀を構えた。
「因縁の相手なら、仕方ありませんわね。お任せしますわ」
美沙樹は踵を返すと、仲間の後を追いかけた。
「こっち!」
往路で想定していた退路のうち、陽動との通信で敵が少ないと想定される通路を選び、駆け抜ける。閉めたドアには、エイジと、追いついた美沙樹が木片を差し挟み、容易に開かないような細工を。
「明王院月与、敵の動きは?」
簡単に把握すると、エイジはノストラダムスの部屋にあった毛布を肩から掛け、
「借りるぞ」
彼の帽子を被った。
「全力疾走は、却って怪しまれるか」
1人離れて敵の遠目に付きそうな道を選ぶと、ぎこちなさを装って掛け去った。
ようやく最初の部屋に辿り着く。月与が素早くノストラダムスの体を背にくくり付け、ベゾムで下降した。
「ちょっと怖いかもだけど、我慢してね!」
その間に、ロープで地面に降りた美夕。
「絶影!」
偽装を剥がすと、果たして、愛馬は大人しくその場で待っていた。ノストラダムスを、今度は美夕の背にくくり付ける。
「揺れるけど、落ちないでね! ‥‥敵が少ないのは?」
「あっち、だって。それから、緑分隊と合流するなら‥‥」
説明を聞き、月与の指差す方向へ駆け出した。最初に空けた穴をどうにか潜ると、その瞬間、ふっと姿が消える。それを認めて、皆息をついた。
「僕らもトンズラしようかね」
日は、既に高く上っていた。
「聞こえる? ‥‥うん、無事離脱したよっ。あたしたちも撤退するね」
その後、城の制圧が完了。囮に走ったエイジも無事合流した。味方側の怪我人も少なくはなく、リーディアはその治療に奔走する事となった。
ノストラダムスは、ブランシュ騎士団の手でパリに護送された。その後の処分は、後日改めて決定される事となる。とりあえず、本人の体力が回復するまでの休息は与えられるであろう。
「どうか、彼に救いの道が開かれますよう‥‥」
数日後、緑分隊からリーディアの元に、彼女がギルドに仲間への報酬として支払った分の金貨と小包がひとつ届いた。添えられたカードには、たった二言。
『誕生祝いが、くたびれた男1人ではあんまりでしょう。19歳、おめでとうございます』