バンパイアの残像〜道化の瞳〜
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■ショートシナリオ
担当:紡木
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:03月07日〜03月12日
リプレイ公開日:2008年03月16日
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●オープニング
「おかしい、おかしい、おかしい‥‥」
ぐるぐると、部屋の中を歩く男。突き出た腹が、ゆさゆさと揺れている。
この所、良くない事が続いた。妓女が魔に狙われたり、取引のある仲介人が検挙され、その男から買い取った妓女数人を解放させられたり。そして、最も悪い事。先日、大金で妓女が身請けされた筈だった。この部屋一杯に金貨が積みあがる程の。しかし、暫く経ってふと正気に返ると、身請けした男も、金貨も、ついでに妓女も姿を消していた。金を盗まれた、と最初に思った。しかし、あれだの金を僅かな時間で盗める筈はない。よくよく思い返してみると、買っていった男の顔もぼんやりとしていて思い出せないし、その素性も一切記憶にない。そういえば金をどこから運び入れたのか、どういう交渉の末そういう事になったのか、前後にあるべき細かい記憶が一切ないのだ。鮮明に思い出そうとすればするほど、あの出来事は現実感の無い、夢のようなものに思える。
「しかし、ベルトは実際に姿を消した‥‥」
1人で、出歩ける状態ではなかったのに。
「何が起こったのだ、何か」
その日の朝、バンパイアを倒したという報告を受けて、上機嫌で冒険者に依頼金を配って、その後男が尋ねてきて‥‥
「‥‥ん?」
そういえば、冒険者はいつ帰ったのだったか。彼らも、主人が気付いた時には姿を消していた。
冒険者。様々な能力を有する者たち。
「まさか‥いや、しかし‥‥」
ひとしきり悩んだ後、主人はかつてベルト―アナイン・シー―を身請けしたがっていた『旦那様』の事を思い出した。彼女が身請けされた事、そしてその金額を聞いてかなり落胆していたが、それに、怪しい部分があると知らせたら‥‥
「動いてくれるかも、知れんな」
その様子を、物陰から伺う者があった。緑の瞳が、暗い光を帯びている。
●
柔らかな日差し差し込む、教会の一室。
「ヴィッツは、優しくて綺麗な『ベル姉』が大好きだと言っていた」
ロロの言葉は、いつもの飄々とした調子では無かった。
それは、何処か悲しげに、響く。
「ヴィッツ‥‥あなた、ヴィッツを‥‥?」
ベルトの唇が、久方ぶりに意味を成す言葉を紡いだ。
それには答えず、ロロは背を向ける。
「化け物を退けて、キミが身請けされれば‥‥上手くいくと、思ったんだ。キミにとって、それは悪夢かもしれないけど‥‥その悪夢は、すぐに覚めるから。そうすれば、キミは自由だから」
しかし『化け物を退け』られること―愛する者が、無に帰すこと―が、彼女にとって最大の悪夢だった。
背を向けたまま、ロロは語る。それは、口上ではなく、彼女自身の言葉。
「ロロは何もしなかった。見てるだけだった。ロロは傍観者だから。見届ける者だから。‥‥そう、約束したから。それで、上手くいくと思ったから」
ベルト‥‥ロベルティーネは、ただ、耳を澄ませる。
「どうして、心ってのは、こんなに厄介なんだろうね」
心を欲しない魔に、妓女は心の全てを捧げた。
妓女の行く末を真摯に想う何人もの心が、結果的に彼女の心を壊した。
金の亡者は1度目にした幻に心縛られ、僅かでも取り戻すべく躍起になっている。
「傍観者が『ベル姉』の幸せを、少しだけ願った。それが、間違いだったのかな‥‥」
ただ、冷えた傍観者である筈だった道化の心は‥‥鈍い痛みを訴え続ける。
そして、今度こそロロは部屋を後にした。
「また‥‥来る?」
「わからない」
そう、言い残して。隼の『ヴィッツ』が、ばさり、と羽をはばたかせた。
●
『そういや、ロロの名前って、ロロ・何?』
『何って、なんだい?』
『俺は、ヴィッツ・ヴィーク。だから、ロロも、ロロ・何とかじゃないの?』
『ロロは、ロロとしか呼ばれたことが無い』
『ふーん、じゃあさ、俺が考えてやろうか?』
『要らない』
『まあ、そう言うなって。ロロの誕生日っていつ?』
『なんで、そんな事を聞く?』
『んっと、名前付けるのにさ、季節に因んだりするじゃん』
『知らない』
『え?』
『誕生日なんて、知らない。正確な年も、知らない。ロロは、気付いたらロロだった』
『ふーん。‥‥ロロ‥ロロ‥どんなのが合うかなぁ』
『要らないって言ってるのに』
『ベル姉とお揃いで「クラム」。ロロ・クラム‥‥うーん、いまいち』
『キミの姉さん?』
『そんな感じ。ロベルティーネ姉さん‥‥あ、「ロベルティーネ」! ‥‥と、ロスヴィータ!! で、ロロじゃん』
『‥‥?』
『「ロスヴィータ・ロベルティーネ」略して「ロロ」。これでいこう』
『これって‥‥人の名前を、勝手に変えるな』
『いいじゃん、派手で格好良い。普通は、名前・苗字、だけど、これは、全部でひとつの名前。苗字って家の名前なんだけど、ロロにはあんまそういうの似合わないし』
『「ロスヴィータ」ってのは、どっから来たのさ』
『それは、今度話すよ。こっちも、大切な名前なんだ』
『ふうん? ‥‥まあ、いいか。それじゃあ、今日だね』
『何が?』
『誕生日。「ロスヴィータ・ロベルティーネ」の誕生日』
『そうだね、2月22日、おめでとう! ロスヴィータ・ロベルティーネ』
『‥‥‥長くて面倒だから、普段はロロと呼べ』
●
「‥‥バンパイアスレイヴが、出たそうよ。村人が何人か襲われて、スレイヴになってしまったとか‥‥。冒険者ギルドに、依頼が出たそうね」
ロロが帰った後、ぼうっとしていたベルトの耳に、庭で洗濯物を干す修道女達の会話が飛び込んできた。
「なんて、恐ろしい‥‥」
「場所は、何処でしょう?」
「それがね‥‥」
●
「行って、どうするの?」
深夜。教会の厩の入り口に、道化が立っていた。
「ロロ‥‥」
ある森の近くの村に、バンパイアスレイヴが出たという話を聞いた。その森は‥‥かつて、彼に聞いた居館のある場所だった。主を喪ったバンパイアスレイヴ達が、本能の赴くままに彷徨い出たのだと、ベルトには解った。
「もうあれは居ない。フラフラと出掛けた所で、スレイヴに噛まれて同じように彷徨うだけだよ。キミはスレイヴになりたかったみたいだけど、それは、あくまであのバンパイアの元で、だろう?」
「‥‥どうしたいのかわからない」
ぽつ、と呟く。
「でも」
目を閉じる。まるで、眼裏に残る、バンパイアの残像を探そうとするかのように。
「彼が残した物を、見てみたい‥‥」
魂の消えた、抜け殻のようになっていた。久方ぶりに何かをしたい、と、感じた。
「意味があるのか分からないけど」
「意味なんて、ロロも知らない」
ロロがしようとしてきたこと、しようとしていること、その意味なんて、考えた事はない。やりたいから、やるべきだと思ったから、ロロは動く。
「キミが行くなら、ロロも行く」
「でも‥‥」
「けれど、何もしない。ただ、見ているよ。見届けるのが、ロロの約束だから」
ロロは、止めなかった。全て彼女の意思のままに行われる事を、見届ける為に。
‥‥それと、もうひとつ。ここに居残ったままでは、遠からず見つかってしまう可能性がある。もし『旦那様』が妓女の失踪と冒険者を結びつけたら、この教会に目星を付けるだろうから。
その夜、教会から防寒具と保存食、馬が1頭、そして‥‥世話を預かった元妓女が、姿を消した。
●リプレイ本文
ベルトが消えたという知らせ。そしてバンパイアスレイブ退治の依頼。
「ベルトさんが!?」
張り出された吸血鬼退治依頼を思い出すミカエル・テルセーロ(ea1674)。
「まさか‥‥飛躍のしすぎ‥でしょうか」
不吉な予感を覚えたのは彼だけでは無かった。
「もしかすればベルトが‥どちらにせよ、このまま放ってはおけませんし、私は依頼を受けて一足先に向かいますわ」
リリー・ストーム(ea9927)はパリでの情報収集をエルディンに任せ、出発した。
そして、ゼルス・ウィンディ(ea1661)も。天禅に探って貰った所によると、娼館と『旦那様』は何度も接触しているらしい。
オグマ・リゴネメティス(ec3793)も、クァイと馬祖から同じような報告を受けていた。焔がフォーノリッヂで『ベルト』の未来を覗いた所、小柄な少女と乗馬する姿が見えたらしい。
「この前男性を預かった時にも、柄の宜しく無い方々がいらしたでしょう? ベルトさんが消えてすぐ後でしょうか。雰囲気の似た人達が尋ねて来られました」
知らせを受けて教会を訪れたエルディン。
「誰だか分りませんか?」
「ええ、申し訳ありませんが‥‥」
「ロスヴァイセ‥お願い急いで」
嫌な予感がする。確信は無いけれど、もしかしたら。
リリーが相乗りのベルトとロロを見つけたのは、村の直前で、だった。急降下し、行く手を遮るように立塞がった。
「キミは」
ロロが呟く。
ベルトは、震えていた。覚えている。白く輝く姿。手に取った槍が彼を打ち、連れた獣が彼を屠った。
「あ‥ああ‥‥」
落馬しそうになって地面に下りると、ベルトはぺたりと座り込んだ。1歩、リリーが踏み出す。砂を踏む音に、ベルトはビクリ、と身を引いた。それを見遣ると、リリーは踵を返した。
「貴方が見ておかないといけない物がありますわ。ついてきなさい‥‥」
避難先の村には、ババ・ヤガーの空飛ぶ木臼に乗ったマロース・フィリオネル(ec3138)が早く到着していた。
「大丈夫。私達が村を取り戻します」
セーラの加護たる白い光がマロースを包む。メンタルリカバーが必要な者が多く、彼女の手が空く暇が無い。
リリーが村に到着すると、視線が集まった。ベルトはその後をぼんやりと歩いた。考える事を拒否しているかのように。
「おねえちゃん、まっしろで、天使さまみたい。おうまもきれい。皆、びっくりしてるの」
子供が、リリーのマントを引いた。
「ありがとう。『純白の女神』‥‥なんて、呼ぶ人もいますわね」
「女神さま?」
大きな瞳をぱちりと瞬かせる。
「じゃあ、おねがいします。お兄ちゃんを助けてください」
1歩下がり膝をつき手を合わせ、目を閉じ俯いた。
「前の村にいるの。みんな、もうダメよって泣くの。だから、おねがいします」
リリーは息を飲んだ。まだ村に居る、その意味は。
「ごめんなさい‥バンパイアになってしまった人は、魂が安らかに天に昇れるようにしてあげる事くらいしか‥‥」
「わたし、毎日おいのりするわ。いい子になる」
リリーは、子供をぎゅっと抱きしめた。これが、バンパイアの遺したものの、ひとつなのだ。
「神さまはキセキを起こせるってきいたの。だから、お願いします、女神さま」
夕刻には、オグマと三笠明信(ea1628)も到着した。戦闘馬を預かって欲しいという明信の申し出に対し、初めて目にする大きさや、ガチャガチャと積み込まれた武具類に村人達は戸惑っていた。しかし、頼りになるのは彼らだけであるので、恐る恐る預かる事にした。それだけ、追い詰められているという事でもある。
オグマは村人に現地や周辺の地理を尋ね、簡単な地図を作った。「バンパイアの居た場所」を指定し、ダウジングペンデュラムを垂らす。すると、それはぼんやりと森の中を示した。
「怪物退治でござるな! 皆の様子を見るに、何やら因縁があるようでござるが‥‥剣豪たる者、細かい事は気にしないのでござる」
翌日、香月七瀬(ec0152)にレティシア・シャンテヒルト(ea6215)、ゼルス、ミカエルが到着した。先に到着していた者が集めた情報を伝える。ベルトが来ていた事について、ミカエルやゼルスは、やはり、と思ったようだ。
「ベルトさんは?」
ミカエルがリリーに尋ねた。
「昨日から寝付いているわ」
告げると、声を潜めた。
「昨日エルディン君から、手紙が来たわ。誰かが、動いているようね」
3日目、冒険者達は明るいうちに村へと向かった。
ゼルスがブレスセンサー発動、生存者は確認されなかった。オグマが魔除けの風鐸を風の吹く場所に吊るした。これが鳴っている限りは、周囲にアンデッドは近寄らない。安全地帯である。リリーが夜明け前に上空から伺ったところ、数体が1番大きな家に戻ってゆくのが確認された。恐らく、現在もそこに居るだろう。
昼のうちに掃討すべく、足跡等の痕跡を探し、位置の把握に努めた。生存者がいる可能性も考慮しつつ探したが、こちらは見つからなかった。真昼の今は、バンパイアはどれもいずれかの建物に潜んでいる。マロースが、デティクトアンデッドで数を確認し、報告してゆく。
「10体‥‥依頼書にあった数は10でしたね。建物の中で戦うのは厄介‥‥レルム、お願いします」
エレメンタラーフェアリーに声を掛けるゼルス。魔法ライトで建物の中を照らし、光を嫌うバンパイアを外に誘き出そうというのだ。
「う‥ん‥?」
困ったように、羽をはばたかせるレルム。フェアリーは元々臆病で、戦闘は極力避けようとする性質がある。
「お願いします」
主に重ねて声を掛けられ、レルムは意を決して窓から飛び込んだ。
『こっちも準備は良いわ』
鼓膜ではなく、頭に響く声。全員にテレパシーを繋いだレティシアが、ペガサスミューゼルに乗り、村全体を把握できる位置に付いた。
暫くして、光が漏れた。彷徨い出てきた4体のバンパイアスレイブ。その先頭が、1歩、外に出た瞬間、衝撃を受けたように立ちすくみ、ばたりと倒れた。ゼルスのライトニングトラップ。それに、リリーが止めを刺した。
『気をつけて。2軒隣から1体出てきたわ』
それを受けて、明信が立ち位置を移した。バンパイアスレイブに関して、警戒すべきはその戦闘能力よりも、感染性である。噛まれたら、今の状況ではバンパイア化は避けられない。確実に止めを刺すこと、囲まれないことに注意し、レティシアと連携を取って敵味方の立位置を把握し移動する。
「無理は禁物、ですね」
パラディン専用の武器、シャクティを構えなおした。
炎の柱が、バンパイアを包む。見覚えのある光景に、ミカエルは眉を寄せた。‥‥痛い。
「なんてエゴ‥‥僕の火は、優しくなんかない」
元人であったモノが、苦しんでいる。けれど、ミカエルに出来るのは、一層の炎でもって、その苦痛ごと焼き尽くす事だけなのだ。
レティシアもまた、震える手をぐっと握り締めていた。スレイブ化した者はもう人には戻れないし人ではない。己がすべきは、彼らが大切だった人に牙を向けずに済むようにすること。割り切らなくてはならないのだ。たとえそれが、難しくとも、無理にでも。
1体1体、着実に倒されていくバンパイア。目を逸らさずに、見渡す。
『気をつけて、1体が西側へ移動しているわ。そう‥‥そのまま真直ぐ。信明はそこ。オグマ、来るわ。‥‥構えて』
それが、今成すべき事なのだから。オグマの矢が、急所を狙い弧を描いた。
最初に外に出てきた分は片付けた。
「レルム、もう一度お願いします」
「やーっ」
先程、相当恐ろしかったらしい。ぶんぶんと首を振り、今にも何処かへ飛んで行きたそうな気配を見せる。
「どうしましょうか‥‥コタロウじゃ無理ですし」
背後をついて来る謎の人形では役に立たない。
「このまま押し入れば良いでござる。場所は分っているでござるし、寝ている間ならば倒すのも容易でござる」
七瀬が小太刀「永遠愛」を構えた。ある記念日に貰ったというそれは、本人曰くどんな妖も叩きのめす一品らしい。
「ここは、1体でござったな」
「はい」
マロースが答えると、七瀬は足音を忍ばせするりと建物に忍び込んだ。
部屋の隅に蹲っているのが、バンパイアであろう。
(「ちと剣豪らしくないでござるが、村人達の為でござる」)
手間取っては危険だ。ぐっとノワールシールドを構え、床を蹴って飛び掛る。見た目よりも力のある七瀬。噛まれないよう盾で押し倒すと、小太刀を真直ぐに脳天に振り下ろした。
「あと1体‥‥他より小さいですね」
マロースが探し出した、最後の1体。小ぢんまりとした家。その窓辺には、萎れた花が見えた。
「私が行くわ」
と、リリー。小さなアンデッド。つまり、ここに居るのは。
「辛かったわね‥‥もう、大丈夫ですわ」
真紅の瞳、透き通るような青白い肌。意思を持たずにうろつき回る、小さな体。‥‥まだ、子供だったのに。両親がいて、妹もいて。輝かしい未来が待っている筈だったのに。
「おやすみなさい‥‥」
「最も距離の近いバンパイアに当たれ」
一通り掃討したのを確認し、レティシアが、ムーンアローを発動。
「う‥‥」
放たれた矢は、術者本人に刺さった。
「射程圏内には居ない、か」
「有効な手段かも知れませんが、あまり感心出来ません‥‥」
ゼルスが顔を顰めた。対象物が射程範囲に居ない場合、レティシア自身が傷を負わなくてはならない。仲間が傷を追うのは、見ていて気持ちの良いものではない。
「うん、今回はこれだけにしておくわ」
少々捨て身な方法で周囲にはもう残っていないことが証明されたが、油断は出来ない。
「昨日調べた所によると、元々バンパイア達は森の中に居たようです。探してみますか?」
と、オグマ。
「ああ、森の方からの、比較的新しい足跡が残っていたでござる。何かがあるやも知れぬでござる」
「それでは、行ってみましょう」
マロースがデティクトアンデッドで、オグマがインフラビジョンのスクロールで周囲に注意しながら進んだ。七瀬も、感覚を研ぎ澄ませている。
「あれは‥‥」
暗い森の中を、足跡を追って暫く進んだ頃。オグマが、目を細めた。遠くに、熱源が見える。
「ベルトさん‥‥どうして此処に」
村で寝込んでいた筈なのに。抜け出して来たのだろうか。ミカエルが駆け寄った。
「誰‥‥え? ルーイ、なの?」
木々の間を抜けると、屋敷があった。どうやって建てたのか不思議なくらい、場所に似合わず整った建物だった。ベルトは、それを放心したように眺めている。少し離れた木に、ロロが寄り掛かっていた。
「貴女と彼女にどんな繋がりがあるのか、私は知りません。ですが、貴女はずっと、ただの傍観者でいるつもりですか?」
ゼルスが、語りかけた。ロロは、ちらりと視線を寄越す。
「それで彼女がどんな結末を迎えても、貴女は構わないのですか? 自分の心と向き合わなければならないのは、貴女も同じではありませんか?」
「‥‥じゃあ、彼女、どうしたら良いと思うんだい? パリに戻っても碌な事にならないよ」
冒険者達は、視線を交し合った。
「私は、この館に住むのも良いのではないかと。‥‥どこまで逃げたって、あの店主達は彼女を追ってくるでしょう。バンパイアの住む館となれば、早々、手出しも出来ないはずです。これで全てが片付くとは思いませんが、今は、彼女にこれからを考える時間を与える事が出来れば‥‥」
村人達に色々と証言をしてもらい、上手く事を運べないか、とゼルスは言う。
「けれど、ここに女性1人で住むのは、難しいと思います」
マロース。元々人の住むような場所ではない。食糧調達ひとつにしたって困難だ。
「私は、ベルトさんをバンパイアに仕立て店主達に見せ退散させた後、冒険者がベルトを退治した事にして彼女には望む場所で暮らして貰うのが良いのではないかと」
「しかし‥そうすると、店主や『旦那様』をこの村まで誘き出さねばなりませんね」
オグマとミカエル。
「もし穏やかな生活を望むなら、もっとパリから離れた教会を世話する事も出来ますわよ」
エルディンから預かった紹介状を示すリリー。
この件に関しては冒険者側でも意見が一致していない。
「私は、この館を焼いてしまいたいですわ」
リリーが松明に火を点け、ベルトに手渡す。
「貴女は、どう生きたいの?」
想いに埋もれてゆくのか、ここで、決別を選ぶのか。
松明の炎が、揺れる。ベルトは、じっとそれを見つめると、手に取った。屋敷を見上げ、1度、目を閉じる。
ぼうっ、と炎が床を舐めて広がった。じわり、じわりと広がってゆく紅を、ぼうっと見上げている。
ベルトの選択に、皆がほっと息をついた、その瞬間。
彼女は、燃える館に向かって駆け出した。
「!!」
パシッ。
しかし、飛込む直前、その手を捕まえた。ロロだ。
―彼女がどんな結末を迎えても、貴女は構わないのですか?
「‥‥嫌」
じりじり、肌が焼けそうなほど熱い。
「ロロは、嫌だ。ベルが死ぬのは、嫌だ」
ベルトが、はっと視線を向けた。
「僕は神様でもないくせに、傍観者になりきることも‥‥できない」
もう片方の手を、ミカエルが取った。火から引き離すように、そっと引く。
「彼らのようになれば、苦しみは一瞬だったでしょう。今までに比べれば。でも、それが安息だなんて思って欲しくなかった。明日への望みを積み重ねていくこと、明日が見えなくても道を歩いていくこと。生きることを見失い‥‥その上、ああなったら他人の生も奪う者になってしまう」
いつか、ミカエル自身が、彼女を滅ぼす事になったかも知れない。
「何度同じことがあっても、僕はあなたの愛したものを滅した。勝手でごめんなさい‥‥それでも、生きて欲しかったんだ」
「今まで、良かった事はひとつもなかったの?」
詳しい事情も、自分の心を壊してしまいたい、と思う程の絶望も、レティシアには分らない。けれど、心を壊すということは、彼女の中に心を残した人達も全て置き去りにするということ、それはきっと、とても悲しい。
死者を焼く煙が立ち上る。
「防具や武具は、教会で清めて貰いましょう」
バンパイアの血で汚れたものを信明が纏めて運んでゆく。
知らせを受け、ぽつぽつと戻って来た村人達に、リリーはバンパイアとなった人々から外した遺品を手渡した。
「お兄ちゃん‥‥」
鎮魂歌が、聞こえる。大切な人を失った人達が、再び歩き出せる事を願って、レティシアが歌い上げる。鎮魂歌は、きっとその為に歌うものだから。
「嫌だよ‥‥」
使い古された帽子を、くしゃりと握り締める。泣き出した子供を、リリーは黙って抱きしめていた。
「私の名前‥‥ロベルティーネ・クラム」
『笑わせる事が出来たら』。その約束は、破る事になるけれど、何故か知っていて欲しいと思った。
ロベルティーネ‥‥ロロと同じだ。何か意味があるのだろうか。ちらりと、ロロを伺う。
「僕は、ミカエル・テルセーロです」